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jijidarumaさんへのコメント一覧(22ページ)全404件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • ご旅行先での急病、大変でしたね。

    jijidarumaさん、こんばんは。
    急激な風邪症状に見舞われ、大変でしたね。
    よくぞホテルまでご無事にたどり着かれました。
    ドライバーさんおひとりの場合、責任重大ですし奥様もさぞご心配でいらしたでしょう。

    素敵なホテルレストランでのお夕食も存分にお楽しみになれず残念なことでしたね。
    ですが、途中のお写真もディナーのお写真も美しく、見入ってしまいました。
    私も15年ほど前に訪ねたスペインとフランスを跨ぐバスク地方で急な風邪引きに襲われ、夜は名物のピンチョスを十分に楽しむこともできず、早々に宿へ戻って高熱に唸りながらひと晩過ごしたことがあります。
    私の場合、海辺で冷たい風に吹かれながらランチをしたのが災いしたように記憶していますが、その旅も終盤で疲れも出ていたのかもしれません。
    旅先での発病は厄介なものですね。

    奥様の甲斐甲斐しいご看病で、翌日には回復されたのでしょうか?
    続きの美しいベルギーの風景、楽しみにさせていただきます。

    ハッピーねこ拝
    2019年07月18日23時22分返信する 関連旅行記

    Re: ご旅行先での急病、大変でしたね。

    ハッピーねこさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    普段ですと、風邪か!といった程度の感じでなのでしょうけど、
    旅行では風邪でも大事、車の運転という事から、さてさて
    どうしようと、レンタカーの中で弱音が出たものです。
    家内は免許を持っていないから、こうした時は時間に任せ、
    ひたすら回復を願う事に・・・。
    ハッピーねこさんも仏独に次ぐグルメで知られるバスク地方で
    風邪をひいた由、旅も度々すれば、何処かで無理のしわ寄せが
    生じるのでしょう。名物のピンチョス、残念でしたね。

    この後、シャトー・ダッソンヴィルにもう一泊、ずっと寝ていましたよ。
    それからルクセンブルクから南アイフェル自然公園内に位置するBollendorf
    ボレンドルフの古城ホテルに1泊、そしてまたまたPfalzプファルツ地方の
    DeutscheWeinstrasseドイツワイン街道を走り、街道沿いのDeidesheimの
    Hotel Deidesheimer Hof ダイデスハイマーホフで5時間という夕食を
    食べています。体調が力強さを回復したのは、旅の最終日です(苦笑)。
    その次第は旅行記で、もう少しおつきあいください。
    jijidaruma
    2019年07月19日00時10分 返信する
  • 折角のご旅行でしたのに

    jijidarumaさん、今日は。
    ご体調を崩されて大変でしたし、残念でしたね。私も昔家族でギリシャ旅行をしたときに発熱し、ホテルに一人で残りました。連れがいたことがせめてもの救いでしたが、
    jijidarumaさんも奥様の看病を頂けて不幸中の幸いでしたね。
    このご旅行の訪問先は美しいですね。ドイツとは異なる美しさです。私は来週から出かけますが、ドイツはミュンヘンとメミンゲン近郊のオットーボイレン修道院の見学のみです。帰国したら旅行記を作成しますので、どうぞご覧ください。
    Rolleiguy
    2019年07月18日14時52分返信する 関連旅行記

    RE: 折角のご旅行でしたのに

    Rolleiguyさん、
    今晩は。
    いつもありがとうございます。

    折角の名園も、急に気がそぞろとなってしまい、残念なことでした。
    この日は予定も省略し、走行距離も少なく、写真も殆ど取れずに一日
    が終わりました。何より、ダッソンヴィル城で美味しい夕食をちゃんと
    食べなかったのが悔いが残りました(苦笑)。
    数年に一度はこんな事があって、現役時代(大阪単身時)に松江・出雲
    の旅に出て、松江で風邪をひき、駅前のホテルで同じように部屋で汗を
    かいていました。この時も家内は看病ばかりでしたから、思い出される
    と頭があがりませんね。

    ミュンヘンとMemmingenメミンゲン近郊のOttobeurenオットーボイレン
    修道院にお出かけの由、楽しみですね。旅行記が待ちどうしいです。

    私はBad Toelzバードテルツから17kmの距離にあるBenediktbeuernベネディクト
    ボイエルン:ベネディクト派僧院(聖ベネディクトの右腕を聖遺物とした)
    には一度行っていますが、南ドイツには見事な僧院が多いです。

    古いドイツの観光本を見ると、メミンゲン近郊のオットーボイレン修道院
    にも印をつけていますが、残念ながらいまだ未踏です。
    走行の線を見てみると、ロマンチック街道のFuessen=>Kempten=>Oberstdorf=>
    Lindauとなっていて、見事にケンプテンから上に行かずに下に行ったようです。

    もう間もない旅、御気を付けてお楽しみ下さい。
    jijidaruma
    2019年07月18日18時34分 返信する
  • 美しい街

    jijidarumaさん、今晩は。デュッセルドルフは商都でありながら、歴史を感じさせるいい街ですね。出張で何度か行きました。SchadowplatzのBOTには行ったことがなく、その後に移転したJapan Hausの方でした。あの頃は欧州におけるドイツのプレゼンスは政治よりも経済でしたが、EUとなった今は政治面での影響力の方が大きいのでしょうかね。でも、当時はEECやEFTA、コメコン諸国などそれぞれの特色というか、独自性があったのが、今はヒト、モノ、カネが移動し易くなって、個々の国の特色が薄れてきたように思います。国際化というのは地域色を失うことでもありますね。オーケストラも〇〇色などと言っていたのが殆ど消えてしまい、どこのオケも同じような音になり、面白味がなくなりました。昔のもので残っているのは建物だけ、というようなことにならないよう願っています。
    Rolleiguy
    2019年06月17日21時52分返信する 関連旅行記

    Re: 美しい街

    Rolleiguyさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフは当時の西ドイツの経済を支えていた商都でした。だから日本企業は欧州や東欧、アフリカの商圏をねらって参集していました。まず商社が進出し、銀行が商社の資金需要に応え、そして鉄鋼、化学等の大手企業が軒を連ねていったようでしたね。
    数十万という州都は丁度良い規模の町で、日本人のプレゼンスもいろんな意味で大きかったでしょう。
    ウィーンの文化や歴史から比較すれば、歴史的人物も文化人もややマイナーなものですが、かえってそれが良かったように、こぢんまりとしたオペラ劇場、コンサートホール、博物館、美術館であったような気がします。日本人には何でもそろった町であり、気軽にとけ込めていく雰囲気があったと思います。

    西ドイツ時代のアデナウワー、シュミット、コール首相といった顔を思い起こすと、ドイツの個性の強い、政治的な力強さを思います。
    おっしゃるように、EUという、対米あるいはロシア対抗組織ができると、各国の個性はタガをはめられて埋没しますね。便利なようで、意外とめんどくさい組織ができてしまったようです。
    本来ドイツはフランスの如く中央集権的ではなかったから、田舎も豊かで、素晴らしい町や村ができていたはずですけど、あまりベルリンに集中していくのは「東独的」ではないかと、私思っているのですよ(笑)。
    jijidaruma
    2019年06月18日00時29分 返信する
  • 楽しく拝見しています

    jijidarumaさん

    こんばんは。旅行三昧です。

    お礼が遅くなってしまいすみません。フォロー頂きありがとうございます。

    旅行記グループ「2013年秋のドイツ・オランダ・ベルギー・ルクセンブルクの旅」楽しく拝見しております。
    この4か国のうち、ベネルクスに行ったことがなく、ドイツはほぼ1周しました。
    拝見していると、ドイツに似ているんだなと思っていますが、是非ベネルクスに足を運んでみたいと思っています。

    jijidarumaさんの旅行記で勉強させて頂きます。

    これからも宜しくお願い致します_o_


    旅旅旅-- 旅行三昧 --旅旅旅
    2019年06月12日22時04分返信する 関連旅行記

    Re: 楽しく拝見しています

    旅行三昧さん、
    今晩は。書き込みありがとうございました。
    2013年、既に5年半ほど過ぎました。この後、オランダ、ベルギー、
    ルクセンブルクを巡り、またドイツにもどります。
    お楽しみ頂ければ、幸いです。

    2018年からなんとなく古い旅に遡って旅行記を掲載しています。
    2001年から定年後の旅、ドイツを中心に行程を重ねてきました。
    私が慣れた国を走る旅ばかりで恐縮ですが、後期高齢者ともなると
    それが一番良い旅かと思っております。

    今年2019年は春のドイツは諦め、9月にしたのですよ。
    ザックリした行程は旧友の住むブレーメンを皮切りにWeser
    ヴェーザー川にそったメルヘン街道と木組み建築の家並み街道
    (Celle、Einbeckなど)、ハンザ都市などを再再訪、三十年戦争
    の平和条約の締結の町(ミュンスターには以前訪れているので、
    今回はOsnabrueckオスナブリュック)、ローマ軍団とゲルマン
    民族との戦いの場(トイトブルク森の戦い)などを巡ります。 
    田舎巡りが一番なのですよ。

    ありがとうございました。
    それでは宜しくお願いします。
    jijidaruma
    2019年06月12日22時44分 返信する
  • 沢山の水城

    jijidarumaさん、今晩は。ミュンスターラントには150以上も水城があるとは驚きです。平地だから防衛上の必要性が高いのかもしれませんね。オーストリアには水城が少なく、城の案内書などでは水城だということが強調されるくらいでした。訪問された城はいずれも美しい外観ですね。それぞれ丁寧にご覧になっておられるので感心しました。私などは城巡りが続くと、見ることに疲れてしまいます。そうならないようにするには、ひとつひとつの城の謂れをきちんと事前勉強しておくのが良いのでしょうね。ずぼらな私にはとても無理ですが。今年は7-8月に2週間ほど出かけますが、ドイツでは2-3日程度の時間しか取れず、修道院を巡りたいと思っています。
    Rolleiguy
    2019年06月04日22時33分返信する 関連旅行記

    Re: 沢山の水城

    Rolleiguyさん、
    今晩は。いつもながらご投票とコメントありがとうございました。
    平地が広がるミュンスター地方の田園地帯に、壕をめぐらす古城が無数に点在し、ミュンスターの観光協会は157の水城を観光用に選定したそうです。
    それらはSchlossシュロス(ここでは宮殿風な城)、Burgブルク(城砦)、あるいはHausハウス(城館)といった名前で登場し、大小様々な水城を見られるようです。
    中世、この地に水城が発達した理由は、ミュンスター地方が全くの平地で、城砦を作るのにふさわしい自然的地形に恵まれなかった為で、防衛面から2重3重の堀を作って、川から水を引き、その中に城門や城を建てたそうです。
    それらの全てを見て回るのは一大決心をしないといけませんが、駐在中も今回も同じような水城を見ることになってしまいました。
    マー城好きには水城も山城も、そして平城も見て回るのは其々に良さがあって楽しいものです。
    Rolleiguyさんは今年の「7-8月に2週間ほどの旅」の由、私は9月、またまた(苦笑)メルヘン街道、トイトブルクの森、木組みの家並み巡りを企画中です。
    jijidaruma
    2019年06月05日01時55分 返信する
  • Wasserbnurg

    jijidarumaさん
    Schteinbach地区の城と教会の詳しい解説 ありがとうございます
    1800年頃の絵 、私も見ていました。とても貴重な記録ですね
    濠で囲まれていたお城を 実際に見てみたかったです。

    シュタインバッハの紋章! あのアーチそのものなんですね!
    2019年05月31日21時31分返信する 関連旅行記

    Wasserburg

    すみません ↑タイトル訂正です
    2019年05月31日21時35分 返信する

    Re:Wasserburg

    Brunnen Altstadtさん 、
    今晩は。書き込みとご投票ありがとうございました。
    先に「ヘッセン 美しい3つの街(3) ミッヒェルシュタット:奏楽天使の見守る城」を拝見し、ミヒェルシュタットの美しい市庁舎、マルクト広場、偶々訪れたフュルシュテナウ城の事を思い出したのですよ。
    お蔭様でセピア色の思い出の記は少しずつ増えていて、ドイツ駐在中の旅のファイルがうまって行きます。

    私のアルバムは1984年の若い頃(といっても満40歳)ですが、ミヒェルシュタットの美しい市庁舎などが、幸いセピア色にもならずにすぐ見つかったのです。当時はデジカメではなく、貴重なフィルム写真でフュルシュテナウ城の写真はたった1枚、Bogenアーチも写っていて、娘と私の3人が小さく写る遠景写真でした。1枚ながらしっかりポイントは撮ったようです(笑)。
    当時とほとんど変わらない貴女の写真が興味深いものでした。様々な場所も探訪されていて、大変参考になりました。それにしてもあまり日本人観光客が訪れるような所でない古城、僧院など、何やら拘りを感じますよ。
    シュタインバッハ(ミヒェルシュタット)の紋章、中々良いですね。
    紋章は度々私の旅行記には登場します。このように何やら興味深いものが見受けられる所為です。
    それではまた。
    jijidaruma
    2019年06月01日00時07分 返信する

    シュタインバッハ

    あらら もう一つ間違ってる・・ ×Schteinbach→○Steinbach でしたね
    何度も失礼しました。

    ミッヒェルシュタットは 旧市街の写真を見た途端「ぜひ行く!」と決意した街でした。
    ただ シュタインバッハ地区の2名所、アインハルトバジリカとフュルシュテナウ城に関しては
    いつどのように知ったか記憶が無いのです(汗
    でもミッヒェルシュタット訪問時には ここにも行こうと思っていました。
    一時ここにあった聖遺物の最終到着地、ゼーリゲンシュタットにはまだ
    行ったことがありませんので
    みなさんの旅日記で拝見することにしましょう

    シュタインバッハの紋章 可愛いですね
    もしバッジかストラップになっていたら買ってしまうかも(^^)
    日本なら二人の天使を ゆるキャラ?等にするのでは と
    思ったりします。
    2019年06月01日22時05分 返信する

    Re:シュタインバッハ

    Brunnen Altstadtさん 、
    今晩は。再度のコメント恐縮です。
    ドイツ語の綴りは私もよく間違えます。この旅行記でもオーストリ―
    のDuernsteinをDuersteinと誤って書いていました。訂正済ですが
    ueとドイツ語独特のウムラウトを直す際にnがぬけてしまった。
    それにカタカナ名にするとよく違ってしまう事も、外国語と日本語、
    仕方がないでしょうね。

    さて、ゼーリゲンシュタットはフランクフルトにも近く、この辺りは
    走りまわっているのに、意外に立ち寄った記憶がないのですよ。
    ちょっと検索してみましたが、興味深い記述(町の改名の理由)も
    あって、近くを通る事があれば、寄ってみたいものです。
    今年の旅は9月の半ば過ぎですが、いまだにフランクフルトか、
    デュッセルドルフ空港にするか、決まっていません。
    メルヘン街道のハウナウを行程の予定に入れるとすれば、
    ゼーリゲンシュタットも近いですね。
    jijidaruma
    2019年06月02日00時16分 返信する
  • フラウエン島の修道院ってとても古かったんですね。

    jijidarumaさん、お邪魔します。
     フラウエン島の修道院って、アルプスの北で最古の女子修道院だったんですね。日本でいえば奈良時代の創建、そこまでのものとは知りませんでした。そしてフラウエン島自身、ひとつの小さな村が湖に浮かんでいるような感じの所で魅力的ですね。もう一度こちら方面に旅行する折は、ぜひこの島に立ち寄りたいものです。
     ゼーオンやフラウエンインゼルのイルメンガルド崇拝のお話を含む、非常に興味深い旅行記をご紹介くださりありがとうございました。    
    blumental
    2019年05月06日19時48分返信する 関連旅行記

    Re: フラウエン島の修道院ってとても古かったんですね。

    blumentalさん、
    お立ち寄りの上、ご投票とコメントも頂き恐縮です。

    4Traも最初は伝説好きでもあり、そうした話から掲載を始めたものです。「イルメンガルド崇拝」は私にとっては初期の頃のものです。それから「2014年ドイツの春・北方二州を巡る旅に出る」といった旅行記を掲載してきました。

    キーム湖はミュンヘン、ザルツブルクの中間にあり、どちらにも電車で1時間ですし、キーム湖から凡そ80km山間に入った町、BerchtesgadenベルヒテスガーデンにはKoenigsseeケーニヒス湖(王の湖)やSalzbergwerk岩塩坑といった人気の場所があります。又キーム湖地域をお訪ねの際はそれらを目的地に入れると楽しいことでしょう。

    さて、私より20年ほど後にバイエルンのMurnau am Staffelseeムルナウ(シュタッフェル湖)のGoethe-Institutにてドイツ語学習をされた由、私の会社の先輩もムルナウで学んだと聞き、たいへん楽しい地だったとよく聞かされたことを思い出しました。Oberbayernのこの辺りは湖水地方でもあり、Starnbergersee シュタルンベルグ湖一帯は好きな所で、皇妃エリザベートゆかりのホテルが好ましく、2度宿泊したことがあります。
    Goethe-Institutで学ぶ人が少なくなった所為か、財政面を考えたのか、今はこうした観光地に語学校が無くなり、(出来が悪く、不真面目な学生だった私が言うのも可笑しいのですが)ちょっと残念です。

    それではまた、立ち寄らせていただきます。
    jijidaruma
    2019年05月07日01時16分 返信する
  • 復活祭

    jijidarumaさん
    今年の復活祭は4月21日と遅かったですね。ヨーロッパに暮らすと、春の復活祭は生命の躍動を感じる風物詩でもありました。この年になると思うのですが、生命というものを意識するには年月が必要であり、小さな子供が何かわからずに復活祭のウサギと卵を探し回る楽しさが、実は人の命のことに関わりがあるのだと理解するのはずっと後になってからなのですね。沢山のイースター・エッグの彩色を楽しく拝見しました。
    Rolleiguy
    2019年05月03日22時28分返信する 関連旅行記

    Re: 復活祭

    Rolleiguyさん 、
    今晩は。コメントありがとうございました。

    そうですね。春の復活祭は4月の始めか、中旬の印象があります。
    2019年は少し遅めで、2009年は4月10日(金)~13日(月)でした。
    来年2020年は2009年と全く同じですので、早まります。

    我が家の一年は日本的な祭りとドイツ的な祭りとを意識して、それに因んだ小物を飾っています。高校生から小学生までの5人の孫たちが5月の連休に来訪したのですが、復活祭のウサギや彩色された卵を飾っておくと、孫たちも興味深くみて喜んでいました。
    ドイツ様々と称したファイルを興に応じて作っていますが、復活祭の話に写真を加えたもので10ページにしたて、その章を孫たちに見せました。
    それもあって、今回の番外編には復活祭を選んだのです。

    おっしゃるように復活祭のテーマ、生命というものを意識するには年月が必要で、孫たちも私の説明にフーンといった感じでした。
    娘たちと私共は懐かしいドイツ時代のひとコマを思い出して、昔話に花が咲きました。

    jijidaruma
    2019年05月04日01時25分 返信する
  • やはり古城ホテルはいいですね。

    jijidarumaさん、こんにちは

    今年のドイツ旅行は9月にいらっしゃるのですね。
    6年待たれてようやくチュッシェン訪問を果たされるとのこと、
    楽しみですね。 トレンデンブルグ城の再訪も楽しみですね。
    そういえば先日、ヒルシュホルンのクチコミも懐かしく
    拝見させていただきました。(以前あのお部屋に泊まりましたので。笑)
    フュルステンベルグ城で召し上がったFlammkuchenのお写真を拝見し
    アルザスで食べたタルトフランベを思い出しました。
    アルザスでは Flammekueche と呼ぶそうですが、タルトフランベは
    仏語の呼び名なのでしょうね。
    ザバブルグ城は仕事でフランクフルト滞在中に同僚たちと1泊で
    出かけた懐かしい思い出があります。
    今は修復中なのでしょうか? 9月のご旅行で拝見できたら
    よかったのですが、残念です。
    ヴァルデック城はドイツ最古の古城ホテルだそうですね。
    かなりモダンに改装されたようですが、やはり私も
    内装は古き良き趣が残っている方が好みかもしれません。
    とはいえ、お食事もとても美味しそうでした☆彡

    sanabo
    2019年04月21日16時25分返信する 関連旅行記

    Re: やはり古城ホテルはいいですね。

    sanaboさん、
    こんにちは。いつもありがとうございます。
    加えて、古城ホテルの口コミまでご投票いただき、深謝します。
    ヒルシュホルン城、ザバブルグ城と同窓会が開けそうです(笑)。
    ザバブルグ城も経営がうまくいかなかったのか、背景は分かりませんが、訪ねる頃は経営再開しているかもしれませんね。

    さて、ブレーメンの友人夫妻には2005年、2011年、2014年と訪ね、それ以来の御無沙汰になっていたから5年ぶりなのです。毎年もらうクリスマスカードに今度は何時来られるか?予定を言ってくれれば、日を開けて待っているということで、いよいよ腰を上げた所です。その間のつなぎに私の読み終わった小説、私の寄稿した同人誌などをブレーメン宛てに送っています(奥様はかつてのドイツ時代の日本人秘書で、元ブレーメン州最高裁の裁判官と結婚したのです。彼女は20代半ばから在独中で、70代になった彼女はやはり日本語が懐かしいようです)。

    目下、大学のクラス会の1年幹事を某高等検察庁検事長だった元検事殿と一緒にやっています。46名の内9名が亡くなり、7人が消息不明、残る30名の内、現在までにほぼ半数超えの出席回答を得てホッとしています。クラス全体の35%がまだ会に出られる体力・気力を持っているようです。
    6月初めの会の為、今年は春のドイツは諦め、9月にしたのですよ。
    ザックリした行程を決め、ホテルのみはキャンセル可つきで予約済みです。2連泊は前半・中間に4回、古城ホテルにはなんとか4城で5泊、ロマンチックホテル加盟ホテルに1泊、ドイツ伝統の木組み建築のホテルには4泊、City-Hotelに3泊といった構成です。
    手持ちの古城ホテルリストから見つけてみましたが、土地柄もあって、古城ホテルが普段よりは少ないのが残念です。
    ありがとうございました。
    jijidaruma

    2019年04月21日18時13分 返信する
  • 旅先での体調不良

    jijidarumaさん、こんにちは

    雨が降り出しました。皆様、今夜の夜桜見物は中止で残念でしょうね~
    桜も場所によって満開・3~5分咲きくらいとバラツキがありますので、入学式までもってほしいと願う毎日です(^^)

    レンタカーも慣れていないと心労もありそうですね。
    でも、ドイツ語が堪能ですから出来る対応だと羨ましく思いました。
    jijidarumaさんは、車も運転もお好きなのですね(^^)
    この先、いつ免許を返納されても悔いが残らないように、今の内に極められてられて下さいませ。
    とは言いつつ、日本・海外共に交通事故等、十分にお気をつけて下さいね。

    さて、旅先での体調不良ですが、運転手のjijidarumaさんが倒れられたら、旅が続けられなくなるわけですから、奥様も気が気ではなかったと思います。
    酷くならないで一安心でしたね。

    私も初海外2人旅出かけた折に、孫の風邪が移っていたらしく、出かけてから大変でした。
    ウィーンでオペラ鑑賞予定でしたのに、ミュンヘン辺りから咳が出始めて・・
    夫がサッカー観戦中に、付近の観光予定を止めてホテルで寝ていましたし、ザルツブルクの立ち寄りもスルーして、ウィーンの夜に備えました。
    何とか無事にオペラ鑑賞できましたが、旅先での体調管理は十分にしないといけませんね。

    秋の海外は黄葉が綺麗で日本と違う魅力があって良いですね。
    来年は秋の予定ですが、遅くなると寒さと日暮れの問題が出ますし難しいものですね。
    季節柄、体調にはお気をつけて下さい。

    rinnmama

    2019年03月30日15時12分返信する 関連旅行記

    Re: 旅先での体調不良

    rinnmamaさん、
    こんばんは。
    いつもありがとうございます。

    当地も夜半になって降り始めました。しかし寒いです。
    だから、桜も満開まで少し待ってくれそうです。
    我が家にも二人の娘の両方に中学一年になる、つまり桜の入学式に
    臨んでほしい孫たちがおります。

    さて、車の免許はドイツで取得し、いろいろと思い入れがあって、
    もう少し利用させてもらいたいものです。車はどちらかと言えば、
    不器用なんですよ。
    それでいつも慎重運転、アウトバーンも邪魔にされるほど、ゆっくり
    走ります(苦笑)。45年ほど乗っていますが、今までに事故はドイツ
    の駐在地で出勤時に追突されたことが一回だけです。車はお釈迦になり、
    全損の補償金をもらったのです。それは最初の駐在の帰国2ヶ月前の
    ことでした。そのため、楽しみにしていた、最後の休暇(南ドイツ)
    の旅は代車を利用して走る事になりました。
    追突時はしっかり見構えたので、実害はなかったのですが、会社の
    勧めで医者にも行き、将来発生するかもしれない医療問題に備えた
    ものです。今も首に帯を付けた、当時の写真が残ります。

    旅先での体調管理はほんとに気を付けねばと思います。運転手一人
    の旅は確かに責任重大で、庭園の城から宿泊ホテルまではそこそこ
    距離がありましたので、家内も落ち着かない時間だったでしょう。
    もっとも2013年の旅が最初で最後ですから、普段は丈夫なのです。
    この時の古城ホテルに、もう一度泊まりたいものです。

    それではまた。 桜、もちますよ!!
    jijidaruma
    2019年03月31日00時39分 返信する

jijidarumaさん

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2025.06.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2025年を迎えている。

(2025.06.11.)

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