1984/08/03 - 1984/08/03
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jijidarumaさん
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帰国の予定が来春と予想されていた1984年夏の休暇(1984年7月20日~8月3日の15日間)はDuesseldorf=>Frankfurt=>Passau=>*オーストリー各地(Melk、Duernstein、Wien観光とBadenなど近郊巡り、St.Wolfgang、Salzburg、Hallstatt、Zell、Grossglockner)=>Burghausen=>Muenchen=>Ulm=>古城街道(Heinsheim、Mosbach)を巡って、
最終日に木組みの家並みで有名なモスバッハからオーデンの森にあるMichelstadtミヒェルシュタットと近くのSchloss Fuerstenauフュルシュテナウ城に立寄って、デユッセルドルフに戻った。
(全走行距離3400km)
写真はミヒェルシュタットの市庁舎、マルクト広場:正義の女神の泉・ドレスナー銀行前で
*尚、今後はオーストリアをオーストリ―と表記します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ミヒェルシュタットはオーデンの森の真中にあって、“マイン川の真珠”と謳われるMiltenberg ミルテンベルグから33km(L?/B469/B47)の距離と近く、中世の雰囲気を色濃く残した町で、現在の人口は17千人、古くから交易都市として栄え、今でも伝統工芸が盛んであり、特にドイツ象牙細工の中心地になっていると云う(隣のErbachエアバッハにはドイツ象牙博物館が1966年に設立)。
ミルテンベルグとミヒェルシュタットの二つの町はいずれも私にとってはお気に入りの町である。
今日は長い休暇の旅の最終日であったので、古城街道・Mosbachモスバッハから北に50kmの距離を走って、ミヒェルシュタットだけを訪れたのだ。
写真はドイツ郵便切手:ミヒェルシュタット旧市庁舎建築500年記念 -
とりわけ、この年の9月にドイツ最古の市庁舎として、ドイツの郵便切手(上の記念切手の写真)にもなったほど、ここの旧市庁舎(1484年、後期ゴシック様式の建築)は有名である。赤いとんがり帽子の形状をした、二本の尖塔と中心に時計台がある市庁舎は木組み建築の小さな建物で、大変愛らしく、美しい。
1階がアーケード風になっているのも珍しく(かつて訪れたメルヘン街道巡り・Alsfeldアルスフェルトの市庁舎は同じものだった)、その昔は土間で、各種の交易がなされたと聞く。
写真はドイツ郵便切手:ミヒェルシュタット旧市庁舎建築500年記念 -
イチオシ
市庁舎に面したマルクト広場には、レストランがテーブルを出し、多くの観光客がお茶を楽しみながら談笑している。
泉(噴水)もあり、夏の広場はこの季節に最もふさわしいゼラニウムの花々で美しく飾られている。正義の女神が立つ泉の周りにゼラニウム、窓辺がゼラニウムの花で美しいドレスナー銀行(ドイツ三大銀行の一つ)、その前で中3の娘がポーズを取った。夏の休暇だからと、南ドイツの民族衣装を着ていたので丁度良い写真が撮れた。
写真はミヒェルシュタット:美しい市庁舎、マルクト広場:正義の女神の泉・ドレスナー銀行前でミヒェルシュタット:赤いとんがり帽子のドイツ最古の市庁舎は大変愛らしく、美しい。 by jijidarumaさん市庁舎 (ミッヒェルシュタット) 建造物
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イチオシ
ミヒェルシュタットの町は市庁舎とマルクト広場を中心に美しい木組みの家並みも多く、旧市街はこぢんまりと纏まっていて、見物しやすい。
写真はミヒェルシュタットの美しい市庁舎、マルクト広場:正義の女神の泉、右下は近くのフュルシュテナウ城 -
<2007年5月1日(火) 快晴 22℃涼しい 、182km (メーデー休日)>
ミヒェルシュタットは過去に二度訪ねた事があるが、またやって来た。
(14:30~15:35)
写真はミヒェルシュタット(2007年):ドイツの郵便切手にもなった旧市庁舎(1484年の建築)とマルクト広場 -
市庁舎そばの象牙博物館は残念ながら休館日だったが、広場近くにあった、以前木工品やドイツの名産品を購入した店を探してみたが、もう無くなっていた。
写真はミヒェルシュタット(2007年):美しい市庁舎、マルクト広場:正義の女神の泉 -
写真はミヒェルシュタット:美しい市庁舎、マルクト広場:正義の女神の泉・ドレスナー銀行前で
ミヒェルシュタット:オーデンの森の”真珠”の名にふさわしい景観がある。 by jijidarumaさんマルクト広場(ミッヒェルシュタット) 広場・公園
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イチオシ
広場に面した、1813年完成のホテル・レストランDrei Hasenドライ・ハーゼン(三匹の兎)のSchild看板は三匹のウサギが飛び跳ねているもので、思わずデジカメで撮った。
写真はミヒェルシュタット(2007年):ホテル・レストランDrei Hasenドライ・ハーゼン(三匹の兎)のSchild看板 -
写真はミヒェルシュタット(2007年):こちらは太陽の看板が
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ミヒェルシュタット城址は741年、フランク王国の貴族の屋敷が起源であると云う。中世初期のフランク時代の城址上に建てられたルネサンス様式の建物であるKellerei醸造所(ワイン蔵)はミヒェルシュタットの市壁と一体化して、レストランや郷土博物館、玩具の博物館などになっている。
写真はミヒェルシュタット(2007年)中庭のワイン蔵前:若い男女の恋愛劇のリハーサル -
中庭のワイン蔵前では町民の方たちがなにやら演劇のリハーサルを繰り返していた。若い男女の恋愛劇をコメディータッチ風にしている様子だ。
なかなか恋心を言い出せない若者に母親がいろいろと加勢しているシーンの練習が何度も繰り返される。
監督さんは見物人が居る所為か、気合が入っていたのが可笑しい。
写真はミヒェルシュタット(2007年)中庭のワイン蔵前:若い男女の恋愛劇のリハーサル -
写真はミヒェルシュタット(2007年)中庭のワイン蔵前:若い男女の恋愛劇のリハーサル
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写真はミヒェルシュタット(2007年):中庭の五月柱
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中庭から狭い木造の橋を渡ると公園になる。そこには町の城壁の一部が残り、Diebsturm盗賊の塔(昔の牢獄)や城壁に沿った空掘りなどが見て取れた。
写真はミヒェルシュタット(2007年):ミヒェルシュタット城址の雰囲気が感じられる一帯 -
この城址一帯は1970年、町が所有し、盗賊の塔は今や町のシンボルである。
塔の前にもう一つの橋があり、これを渡って、広場に戻った。
何度来ても、魅力ある良い町だ。
写真はミヒェルシュタット(2007年):バックはDiebsturm盗賊の塔(昔の牢獄) -
<Schloss Fuerstenau フュルシュテナウ城>
D-64720 Steinbach‐Michelstadt 、Schlossplatz 1-2
1984年8月3日、ミヒェルシュタットの町から直ぐのシュタインバッハ地区にあるフュルシュテナウ城は偶々訪れた。
行ってみると、城郭には人一人見当たらず、拍子抜けしたものだ。美術館(小さな部屋だった)でちょっと赤茶けた古い絵画を見ただけで、デユッセルドルフに向かった。
手持ちのAralの観光本にもフュルシュテナウ城の掲載が無く、むしろアインハルトのバシリカの事が載っていたのだが、どうしてここを知ったのか?今は定かではない。
写真はミヒェルシュタット・シュタインバッハ地区:フュルシュテナウ城 -
ともあれ、フュルシュテナウ城はオーデンヴァルトの町ミヒェルシュタットのシュタインバッハ地区に流れる Muemlingミュムリング川(オーデンの森を流れる川、全長50km)の川沿いにある水城です。
1588年、フュルシュテナウ城の中央に力強いBogenアーチを作った。古城は多く見てきたが、確かにこうしたアーチは初めて見るものだった。
水城西側の2本の隅塔が立ち、その間にあるルネサンス様式の巨大なアーチ門には2つの天使像が立っていて有名のようだ。ここから中庭を通して旧城内庭園が開けている。
写真はミヒェルシュタット・シュタインバッハ地区:フュルシュテナウ城のBogenアーチ -
写真はWappen_Steinbach_(Michelstadt)シュタインバッハ(ミヒェルシュタット)の紋章にはフュルシュテナウ城のアーチに立つ2つの天使像が使用されている。
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フュルシュテナウ城は14世紀頃、Kurpfalzプファルツ選帝侯 に対抗して近隣のKloster Steinbachシュタインバッハ修道院と周辺の地所を防衛するため、Kurmainzマインツ選帝侯(大司教)が築城した。
北と東の翼の石造りの建物は14世紀、木組み造りの建物と屋根は14、15世紀のものと云われている。
写真はミヒェルシュタット・シュタインバッハ地区:フュルシュテナウ城の左に新パレス、中央は一の丸(右に本丸が続く)
フュルシュテナウ城はエアバッハ・フュルシュテナウ伯の城館となっており、現在もその家族が住んでいる。 -
写真はミヒェルシュタット・シュタインバッハ地区:フュルシュテナウ城の1800年頃の絵(水城として描かれている)
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参考:
Schloss Fuerstenau - Wasserschloss in Michelstadt - Ortsteil Steinbach
https://www.youtube.com/watch?v=DzFM4jpnbkM
写真はミヒェルシュタット・シュタインバッハ地区:かつての城郭が良く残っている北側から見たフュルシュテナウ城 -
フュルシュテナウ城からほど近いKloster Steinbachシュタインバッハ修道院(*Einhardsbasilikaアインハルトのバシリカ)は9世紀にさかのぼる建物で、ドイツのカロリング王朝時代の建築の一つとして貴重な文化財である。
現在も残っているシュタインバッハ修道院(アインハルトのバシリカ)は1967年までエアバッハ・フュルシュテナウ伯の所有であったが、現在はヘッセン州の所有となっている。
写真は辛うじて残るシュタインバッハ修道院 -
*Einhardアインハルトは、カロリング朝フランク王国の廷臣、教職者、建築家、歴史家で、この僧院もアインハルトの建築と伝えられている。アインハルトは『カール大帝伝』の著者で、カロリング・ルネサンスの主だった文筆家の一人。
写真はアインハルト -
以下はおまけです。
ミヒェルシュタットとミルテンベルグの二つの町はいずれも私共にとってはお気に入りの町である。
写真はミルテンベルグのMildenburgミルデンブルグ城から見たた景色(2007年):マイン川、ドイツ人の言う、“麗わしの5月”の景色は目の前にあった。 -
その先に旧マルクト広場が16世紀の正義の女神像が立つ泉を中心に、素晴らしい木組み建築の家々に囲まれている。ミルテンベルグの旧マルクト広場はドイツで最も美しいマルクト広場と謂われているが、小ぢんまりとした中世の趣むきいっぱいの広場である。人々は泉の水をすくったりして、その周りで憩っていた。
左手奥にミルデンブルグ城に登る道がある。
写真はミルテンベルグの旧マルクト広場(2007年):ドイツで最も美しいマルクト広場と謂われている。マルクト広場(ミルテンベルク) 広場・公園
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この旅行記へのコメント (5)
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- Brunnen Altstadtさん 2019/05/31 21:31:30
- Wasserbnurg
- jijidarumaさん
Schteinbach地区の城と教会の詳しい解説 ありがとうございます
1800年頃の絵 、私も見ていました。とても貴重な記録ですね
濠で囲まれていたお城を 実際に見てみたかったです。
シュタインバッハの紋章! あのアーチそのものなんですね!
- Brunnen Altstadtさん からの返信 2019/05/31 21:35:23
- Wasserburg
- すみません ↑タイトル訂正です
- jijidarumaさん からの返信 2019/06/01 00:07:29
- Re:Wasserburg
- Brunnen Altstadtさん 、
今晩は。書き込みとご投票ありがとうございました。
先に「ヘッセン 美しい3つの街(3) ミッヒェルシュタット:奏楽天使の見守る城」を拝見し、ミヒェルシュタットの美しい市庁舎、マルクト広場、偶々訪れたフュルシュテナウ城の事を思い出したのですよ。
お蔭様でセピア色の思い出の記は少しずつ増えていて、ドイツ駐在中の旅のファイルがうまって行きます。
私のアルバムは1984年の若い頃(といっても満40歳)ですが、ミヒェルシュタットの美しい市庁舎などが、幸いセピア色にもならずにすぐ見つかったのです。当時はデジカメではなく、貴重なフィルム写真でフュルシュテナウ城の写真はたった1枚、Bogenアーチも写っていて、娘と私の3人が小さく写る遠景写真でした。1枚ながらしっかりポイントは撮ったようです(笑)。
当時とほとんど変わらない貴女の写真が興味深いものでした。様々な場所も探訪されていて、大変参考になりました。それにしてもあまり日本人観光客が訪れるような所でない古城、僧院など、何やら拘りを感じますよ。
シュタインバッハ(ミヒェルシュタット)の紋章、中々良いですね。
紋章は度々私の旅行記には登場します。このように何やら興味深いものが見受けられる所為です。
それではまた。
jijidaruma
- Brunnen Altstadtさん からの返信 2019/06/01 22:05:01
- シュタインバッハ
- あらら もう一つ間違ってる・・ ×Schteinbach→○Steinbach でしたね
何度も失礼しました。
ミッヒェルシュタットは 旧市街の写真を見た途端「ぜひ行く!」と決意した街でした。
ただ シュタインバッハ地区の2名所、アインハルトバジリカとフュルシュテナウ城に関しては
いつどのように知ったか記憶が無いのです(汗
でもミッヒェルシュタット訪問時には ここにも行こうと思っていました。
一時ここにあった聖遺物の最終到着地、ゼーリゲンシュタットにはまだ
行ったことがありませんので
みなさんの旅日記で拝見することにしましょう
シュタインバッハの紋章 可愛いですね
もしバッジかストラップになっていたら買ってしまうかも(^^)
日本なら二人の天使を ゆるキャラ?等にするのでは と
思ったりします。
- jijidarumaさん からの返信 2019/06/02 00:16:00
- Re:シュタインバッハ
- Brunnen Altstadtさん 、
今晩は。再度のコメント恐縮です。
ドイツ語の綴りは私もよく間違えます。この旅行記でもオーストリ―
のDuernsteinをDuersteinと誤って書いていました。訂正済ですが
ueとドイツ語独特のウムラウトを直す際にnがぬけてしまった。
それにカタカナ名にするとよく違ってしまう事も、外国語と日本語、
仕方がないでしょうね。
さて、ゼーリゲンシュタットはフランクフルトにも近く、この辺りは
走りまわっているのに、意外に立ち寄った記憶がないのですよ。
ちょっと検索してみましたが、興味深い記述(町の改名の理由)も
あって、近くを通る事があれば、寄ってみたいものです。
今年の旅は9月の半ば過ぎですが、いまだにフランクフルトか、
デュッセルドルフ空港にするか、決まっていません。
メルヘン街道のハウナウを行程の予定に入れるとすれば、
ゼーリゲンシュタットも近いですね。
jijidaruma
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