旅好者さんのクチコミ(282ページ)全6,284件
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:3.0
この空中展望台は、金剛崎一帯の観光化の一環として設けられた施設の1つです。各地に高層の展望台は多いですが、ここの様に、空中にせり出している(およそ10mくらい)のは珍しいと思います。ここは日本三大パワースポットの1つだそうですから、天地をはじめあらゆるパワーを取り込めそうです。但し、高所恐怖症の私は見ているだけで身が竦みます。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:3.0
禄剛崎の台地にはいろいろなモニュメントがあります。「海風の灯」モニュメントは、日本海から吹き上げる風を象徴し、石川国体の時の「能登の火」を表しているそうです。「日本列島ここが中心」記念碑は北海道・九州を円で囲むとここが日本の中心と描かれています。禄剛崎灯台点灯百周年記念碑は、古来この海は海難事故の多いところで、江戸時代には近くの山伏山の山腹に大きな行燈を設けて、毎夜灯火していたのだと書かれています。また、灯台の碑の側面にある山口誓子の句碑には「ひぐらしが鳴く 奥能登のゆきどまり」と謳われています。その近くには能登半島をかたどった円形のオブジェ?もあります。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:3.5
途中でチューリップ型のLEDランプに囲まれ、「ようこそ」と草を抜いて書かれたところ(イベント「能登半島最北端の灯り」の名残り)を見ながら、急な坂道を登り切った禄剛埼の台地の先端に禄剛埼灯台があります。この灯台は、能登半島の先端(北東端)に当たる禄剛埼にある小振りな白い灯台です。明治16年(1883年)に造られたそうですが、その割にはデザインがどっしりと、尚且つすっきりしています。高さは12mしかないそうですが、岬の高さを合わせると48mの高さになるそうです。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:3.0
曽々木海岸は、輪島市の東端で珠洲市との境にある垂水の滝から、その2kmくらい西の町野川の河口までの間を指すとのことです。観光的には窓岩、千体地蔵、垂水の滝、波の花遊歩道(閉鎖中)などが見どころですが、付近一帯は硬い流紋岩が波による侵食で複雑な模様や奇岩をつくり出しているので、国の名勝および天然記念物に指定されているとのことです。今回は雨中の訪問でしたので、窓岩、垂水の滝だけを見ただけでしたが、遊歩道などを歩けば、名勝らしさがもっと感じられたのかも知れません。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:3.0
平時国よって新たに興こされた時国家ですが、その13代目(下時国家では時国の弟を2代目と数えているため1代多くなっています)の時に、大名の前田家と土方家の2重支配を受けていたので、時国家を2つに分け、当主は前田家側の下時国家となり、もう一方を土方家側の上時国家としたと案内されています。但し、これは下時国家が本家筋だとの立場からの説の様で、一般的には隆盛を極めた時国家に大名の干渉が入るのを避けるために、12代目の時に当主の弟が分家して下時国家を名乗り、時国家を2分したのだと云われています。どちらが本当のところなのか分かりませんが、建物を見る限り、上時国の方がはるかに格式の高い作りになっています。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:3.5
壇ノ浦の合戦で敗れた平家の実質的な統領・平時忠(平清盛の妻時子の弟)は能登に流されました(5年後に死去)が、その子・平時国は平家を捨て、時国家を興し、300石を統治します。代は下って、江戸時代には天領の大庄屋を務め繁栄したのだそうです。現在の屋敷は江戸時代のもので、間口21.6m、奥行き13.3m、棟の高さ18m、建坪89坪の茅葺入母屋の平屋建てです。屋敷内は場所ごとにテープで案内が流れます。庭園などを眺めて、江戸時代に思いを馳せるのも良いと思います。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
総合評価:4.0
映像では見たことがありましたが、ここには能登各地から集められた約30基のキリコが展示されていました。特に奥側に展示されている6基の大型のキリコは迫力があります。表側は文字が書かれていますが、裏側には武者絵などが描かれています。なお、2階ではお祭りの様子のビデオ映像が流されていますが、ちょっと画像が粗いのが残念でした。なお、訪れた日には夜の20:30から20:50に御陣乗太鼓実演が行われると案内されていました。公演日は事前に発表されているのでタイミング良く輪島に宿泊する時は見逃せないと思います。
- 旅行時期
- 2016年09月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日
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投稿日 2016年09月25日



























