たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのクチコミ(15ページ)全1,854件
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投稿日 2021年01月25日
SHOPPING PLAZA apia 湖東三山・多賀・東近江
総合評価:5.0
八日市駅から歩いて数分のところにあるショッピングモールapia。滋賀と言えば平和堂の通り中核店はアルプラザとなっている都市型のショッピングモールである。
都市型店舗のため駐車場は平面ではなく、4~6階と屋上に約850台のスペースがある。付近には競合店舗らしいものがなく、商圏を握っているようには思えるが、アルプラザがあるものの営業時間は9:30~20:00までとなっている。テナントを含めた店舗数は多く、飲食店を含め、天候に左右されず家族連れで楽しめるものとなっていることはありがたいと思う。
やはり営業時間が短いことは気にはなるが、公共交通機関が近江鉄道だけなので車を利用する方が多いらしく、夜遅くまでオープンしている意味がないらしい。その点は少し寂しい気もするが、働き過ぎの日本人を敢えて短くしている人にやさしいお店のように思えた私であった。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 近江鉄道八日市駅から歩いてすぐ。
- お買い得度:
- 5.0
- スーパーマーケットなので。
- サービス:
- 5.0
- 悪くはない。
- 品揃え:
- 5.0
- スーパーマーケットなので。
- バリアフリー:
- 5.0
- スロープやエレベーターは完備している。
-
気持ちが落ち着く味は変わっていなかった。
投稿日 2021年02月07日
総合評価:5.0
職場の応援で守山に行った。外食は控えていたが人が少なかったこともあり、スガキヤに立ち寄ることにした。
メニューは少し変わっていたが〝ラーメン+デザートセット〟610円を注文する。デザートのトッピングが選べるようになっており、なんとなくベリーをチョイスした。デザートは変わったが定番のラーメンと五目ご飯は昔と変わらない懐かしい味であった。
我が街石山にはスガキヤはない。かと言って車で食べに行くところでもない。久しぶりに守山まで往復したのは確かに疲れたが、懐かしい味が少し元気をくれたように感じた私であった。- 旅行時期
- 2021年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 5.0
- モリーブの1階にある。
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- まぁそれなりの値段であろう。
- サービス:
- 5.0
- 悪くはない。
- 雰囲気:
- 5.0
- 空いていればゆっくりできる。
- 料理・味:
- 5.0
- なんとなく懐かしい味がする。
- バリアフリー:
- 5.0
- エレベーター・自動ドア・スロープ完備である。
- 観光客向け度:
- 5.0
- 出店エリア外の方には良いかもしれない。
-
投稿日 2021年02月03日
総合評価:5.0
地下鉄二条城前駅から東大手門へと歩いて行く際に白くライトアップされているものになる。元離宮二条城の歴史に於いて家康・秀忠・家光の三代に渡り〝拝賀の礼〟が執り行われた後は利用されることも減り、二条城は荒廃したと言われている。
寛永3(1750)年の落雷、天明8(1788)年大火、万延元(1860)年の京都地震によりほとんどの建物が倒壊し、修理できるものはそれなりに直したようだが多くの建物はそのまま放置されていた。
2世紀の時が過ぎ幕末を迎え、旧幕府軍・新政府軍の拠点として使われるようになり、再び歴史の表舞台へと出てくることとなる。現在残る多くの建物はその時代以降の再建であるが、東南・西南隅櫓は、慶長期の徳川家康の手によって建立されたものが残っており、重要文化財指定を受け、平成6(1994)年にはユネスコ世界遺産に登録された二条城の構成要素として重要な役割を担っている。
今年の京都二条城イルミナージュでは東南隅櫓はライトアップされており、普段外から見られる〝白亜の櫓〟とはまた違ったインパクトを与えてくれるものとなっていた。なかなか見ることができないカラーリングの東南隅櫓は、イベントとは別にまた興味深いものに見えた私であった。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 二条城前駅から東大手門の間にある。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 京都二条城イルミナージュでは入れなかった。
- バリアフリー:
- 3.0
- 階段はある。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 色がついている白亜の櫓はまた興味深く思う。
-
投稿日 2021年02月03日
総合評価:3.0
今年度初開催となった京都二条城イルミナージュ。日本の四季 Four Seasons ~春夏秋冬~というタイトルで元離宮二条城を会場として行われている。
数々の歴史の舞台となった二条城。そこへIKENOBOYSの作品や大杉信二監修の舞妓はんのイルミネーションが並び、加えて医療従事者への感謝の意を示す〝Make It Blue〟の趣旨を組み込んだものとなっている。
規模は地域で行っているものとは比較にならない大きさであり、期待をして訪れたが会場に関することをオンタイムに知らせるものがなく、行き当たりばったりの感が高い。訪れた日には2月7日までの期間は17:30~20:00迄の時短営業となっていた。またコロナ化の中イートインコーナーはクローズしており、あくまでイルミネーションの〝観覧〟のみとなっている。
肝心のイルミネーションも作りが凝ったものや、Make It Blueの趣旨に基くカラーリングなどの優秀なものも当然多いが、カラーリングがブルーに偏り過ぎてしまっており、作成意図がわからないものも数多く見受けられた。おまけに二条城の〝半分〟を会場として利用しているのであるが、出入口は一つであるため最後まで観覧後に同じ道を帰ってく仕組みとなっている。この〝最後の場所〟というのが電照がなくなることにより〝ここで終わり〟としているお粗末なものであった。
既に京都会場は開催期間中の時短が決まっている。訪れた日は雨が降っていたことも影響しているとは思うが、19:00頃の観覧者は数人しかいなかったのが事実である。ちょっと出歩きたいという方にはともかく、勢いのなさを見に行く価値は今年に至ってはないと思う。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 二条城前駅からすぐ。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 数人が訪れている様子であった。
- 催し物の規模:
- 5.0
- 規模は大きいのはわかるが中途半端。
- 雰囲気:
- 3.0
- 歴史の舞台にいるという感じは受けなかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- 基本通路は砂利敷きである。
-
投稿日 2021年01月18日
総合評価:5.0
ねねの道と下河原通を結ぶ石塀小路。The京都という雰囲気の漂う場所の歴史は意外に新しく、明治から大正にかけて作られたものである。そこに1970年代に廃止された京都市電の敷石が敷かれ、現在の様式になったようだ。
京都で増えている撮影禁止場所。石塀小路も例に漏れず5年程前に全面禁止となっている。勿論これには理由があり、インバウンドや商業写真の撮影時に大きな撮影機材を持ち込んだ上に三脚を立てて、通行の妨げをした挙句住宅敷地内にまで当たり前のように入り込んで、大声を出すなどして住民の方々とのトラブルが絶えなかったために取られた対策である。
これらに対し法的な根拠がないとか、私有地と公道の境も不明瞭ならば意味がないと宣うものが散見するが、ことの起こりがマナーやモラルの問題から派生していることを理解しているのかと不思議に思う。然るべき理由なくして他人の家(敷地内)に入ることはでは法に触れていないのだろうか?
結局住民の方々も目に余ることに対して注意をしたまでのことであり、注意されたことに対し、他人もやっているだろうと逆ギレされたらたまったものではない。どうどう巡りのやり取りに対し、自衛策として出されたものが撮影禁止の表示である。
石塀小路の写真撮影をウリにしている業者もあるようだが、撮影許可とはどこに許可を得ているかを書いているところは皆無である。つまりそんな許可を出せる場所など存在しないのであるから。
行政や警察、観光協会の範疇か?これは全ての機関が否定している。では小路沿いの店舗の集まる石塀会か?しかしこれも違うようである。理由として撮影禁止の表示を掲げているお店が全てではないということである。つまり会に属する個々の店舗や住宅が個別に出しているのが事実である。
身近な例を挙げるならば〝立小便禁止〟と同じである。また罰金10,000円がどうのこうのということを問うてる意見もあったが、まず賠償金請求の際に金額提示が明記されていることが話を進めやすいことも理由である。裁判所の支払命令に対しては、然るべき損害を被ったとこの証明が必要な上に、訴訟をして特になる金額かと言えばそうではない。
実際地元の方に聞いたところ一人旅で何枚か写真撮りたいんですが?と聞いたところ〝ダメです〟とは言われなかった。一級の観光地に住む者として、観光客が不愉快な思いをして帰ることなど思ってもいないのが事実である。
住民の方々が強行策に出たくて出た訳ではない。ただ今まで通りの生活ができればそれで良いのである。その気持ちを理解し、ここに生活している方も居られるんだという気持ちを持って、古き良き京都の街並みを散策して貰いたいと改めて感じた私であった。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 圓徳院の裏。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 夜だったので観光客とは会わなかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- 敷石は歩き易かった。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 歴史以上のものを感じた。
-
投稿日 2021年01月14日
総合評価:5.0
草津駅近辺の冬の風物詩となっている草津まちイルミ。7回目にして初めて訪れた。草津駅の東口・西口を中心にして、近隣の商業施設を含んだ場所に於いてイルミネーションが飾られている。
隣の守山駅前の〝冬ホタル〟が駅前だけの狭いエリアに密集していることを考えると、対象エリアが広いだけに大規模なイベントのように思える。コロナで明るいニュースがない中での盛り上げとして、西口ロータリーは規模の拡張、東口の〝光のトンネル〟はさらに長くなり、地域の子供達の手によって作られた〝ペットボトルツリー〟もか飾られてイベントを盛り上げている。
もりやま冬ホタルが企業協賛を主にして催されているのに対し、草津まちイルミは運営こそ草津まちづくり株式会社が行っているものの、市民の協力が随所に入っていることが見受けられる。比較してどちらが良いとか優れているという問題ではないが、隣接駅前で行われているイルミネーションは、遠出ができなくなっている今日に於いて駅利用者の目を楽しませていることは間違いない。
もしこの時期に界隈に来る機会があれば、守山共々見て損することはないイベントであると私は思う。- 旅行時期
- 2021年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- JR草津駅前が会場である。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 時期と時間によりけりだが、ラッシュ時を外したので空いていた。
- 催し物の規模:
- 5.0
- 駅の東西が会場なので結構広いと思われる。
- バリアフリー:
- 5.0
- 橋上駅舎の乗降にはエレベーターが完備している。
-
投稿日 2021年01月06日
総合評価:5.0
天正10(1582)年6月2日本能寺にて主君織田信長を討った明智光秀は、信長の居城安土城に入り城内の金品を奪った後に自らの居城である坂本城に入り、信長亡き後の後継者としての立場を確立しようと親族や信長の家臣達に対し、自分の配下になるように書状を認めます。しかしその一通が毛利輝元への書状であり、折しも信長の命を受けた羽柴秀吉が毛利方の備中高松城主清水宗治と戦っている最中であったが、光秀からの書状を持った使者が秀吉方に捕まってしまい、信長の死を知ることとなる。清水方は毛利の援軍も来ないこともあり士気は下がっていた。しかし水攻めをした秀吉方も勝つ〝決め手〟を欠いており、双方が膠着状態にあったとされている。そこに舞い込んだ〝信長の死〟の報を清水・毛利方に知られず講和条件を出し、2日間で講和を結びその翌日には兵を畿内へと引き返している。秀吉方の撤退を唖然と見ていた毛利方ではあったが、秀吉撤退の翌日に紀伊の雑賀衆からの情報で本能寺の変を知り地団太を踏むもすでに遅し、秀吉の叔父にあたる杉原家次が上代として残っているだけであった。
俗に言う〝中国大返し〟で機内へと向かう秀吉は、道中旧織田家臣達に対し味方に付くよう書状を出している。秀吉が帰って来ることを光秀が知ったのは、6月9日以降のことであろうとされている。光秀は天下人の如く京で善政を布くよう振舞っていたとされている。信長を倒した勢いと、畿内の武将の多くは〝日和見〟的な傍観者となっており、声を掛ければ味方になるという驕りがあったように感じる。しかし娘婿の細川忠興は、光秀の娘で制裁のガラシャを幽閉し、光秀方につかないことを表明する。それ以外にも高山右近・木村重茲・中川清秀・池田恒興、四国攻めに向かう途中だった丹羽長秀・神戸信孝が加わり総勢3~4万と言われる秀吉軍に対し、光秀軍は直属の家臣の他近江衆と丹波衆そして京都近郊を本拠地とする旧室町幕府衆の13,000の兵より構成されていた。
天正10(1582)年6月13日16:00頃に始まったとされる山崎の戦であったが、大勢はその日中に決し、光秀は勝竜寺城へと後退する。秀吉本隊が長距離移動後と言うこともあり、深追いはさせず、勝竜寺城包囲網を現地合流の武将に任せ自身は淀城に入っている。そんな中軍勢を立て直すため、勝竜寺城を出て挙上坂本を目指した光秀ではあったが、翌14日早朝山科小栗栖(おぐりす・おぐるす)の竹林内を数名の近臣と共に歩いていたところを、落ち武者狩りと言われる土民の〝錆びた槍〟によって深手を負い、最期を悟った光秀はそこで自害したとされている。現在〝明智の藪〟という名称が残る場所が自害した場所と伝わっている。
光秀は介錯の折自身の首を知恩院に納めよと言ったとされている。介錯をした家臣溝尾茂朝は、付近の草むらに一旦首を隠し後に遺言に従おうと考えていたようだ。しかし坂本城に立て籠もった明智秀満と共に城と共に運命を共にしている。その後里人によって見つけられた布に包まれた光秀の首は、神戸信孝の下を経て三井寺滞陣中の秀吉によって首実検をされている。光秀に味方した斎藤利三・阿閉貞大は六条河原で磔に処せられ、光秀の首と共に晒された後粟田口でも見せしめにされたと言われている。その場所こそが現在の光秀の塚内の〝五輪の石塔〟の下だと伝承されている。
胴塚同様伝承地が多いのも確かではあるが、場所的なことや日数のことを考えると最もそれらしく思えるのは不思議である。逆賊だったのか否かは個人の判断に任せるが、没後440年を迎える首塚が近隣住民の方々の手入れを受けて奇麗にされていることは嬉しく思う。光秀を身近に感じる気配が漂っているように感じた光秀の塚であった。- 旅行時期
- 2020年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 京都市営地下鉄東山駅から歩いて5分程。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 師走の日没後では誰とも会わなかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- 飛び石配置ではあるが歩きやすくなっている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 伝承地のひとつであるが本当らしい雰囲気の漂う場所であった。
-
投稿日 2021年01月06日
総合評価:5.0
円山公園内にある中岡慎太郎と坂本龍馬の像。現在は戦後に再建された2代目が置かれている。土佐藩出身の二人は尊皇攘夷を実現するために奔走し、大政奉還後自身は近江屋事件で横死するもその後の王政復古へと近代日本の舵取りを行った人物として知られている。
有名人でもありファンも多いようだが、どうもこの二人には良い印象を持っていない。グラバーをはじめとした〝武器商人〟から大量の武器を購入しており、その資金と言えば当たり屋の如く紀州藩の明光丸にぶつけたいろは丸の根拠のない多額の賠償金であったことからも余計にそう思えてしまう。
確かに幕府は倒れ明治維新を迎えることとなった。しかし鳥羽伏見の戦いに端を発する戊辰戦争ではその武器が使われた〝内戦〟となり、多くの血が流れている。ここまでやったから武家政治が終結したと考えることもあるだろうが、結局は新政府下での各藩の利権争いに繋がっているようにしか思えない。
なにか他の手段があったかどうかはわからないが、〝錦の御旗〟で官軍・賊軍が決まれば、賊軍側の戦意喪失により〝無血勝利〟が多々あったことを踏まえると、利権のために官軍を構成した諸藩が〝弱い者いじめ〟の如く賊軍に仕立て上げられた藩兵を蹴散らしてあたかも勝利したと言っていたに過ぎないのではなかろうか。結果オーライではあるのかも知れないが、近代最大の内戦を惹き起こした中心的人物であることも忘れてはいけないと考える。- 旅行時期
- 2020年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 円山公園内にある。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 師走の夜では誰にも会わなかった。
- バリアフリー:
- 3.0
- 足元は砂利敷きであった。
- 見ごたえ:
- 4.0
- 巨大像にしたいのはわかる気もする。
-
投稿日 2020年12月22日
総合評価:5.0
圓徳院隣に位置する高台寺掌美術館。膨大な高台寺所蔵品の中からテーマを決め、特別展が行われている。
訪問時は〝戦国時代の女性〟がテーマとなっていた。豊臣秀吉正室ねね(高台院)の遺品の他、同時代を生きた女性達が実際に使用した品々から、戦国の世を生き抜いた女性達の〝逞しさ〟を今に伝えているものであった。
確かにねねのように多くの遺品が残ることは、同時期を生きた女性には考えられないことであることは容易に想像できる。しかし少ない往時の品々から一括りに〝戦国時代の女性〟というタイトルでは、飛躍し過ぎているように感じた。
高台院として最晩年を過ごしたと言われる圓徳院。ならばねね・北政所・高台院という三つの呼び名を持つ〝ひとりの女性〟を全面的に取り上げて解説する。その卓越したスーパーウーマンぶりを見るだけで感じ取れるようにした方が記憶に残るものとなるように思う。
インパクトの弱さを感じた施設のように私は感じた。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 圓徳院隣にある。
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 個々の捉え方であろう。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 訪問時は私一人であった。
- 展示内容:
- 4.0
- 内容は素晴らしいが、テーマが拡張し過ぎている。
- バリアフリー:
- 5.0
- バリアフリー化されていた。
-
投稿日 2020年12月16日
総合評価:5.0
学問の神様として知られる菅原道真。生誕に纏わる話は多々あり、そのひとつである父菅原是善卿が出雲国庁在任中に、菅原氏の祖先と言われる野見宿禰の墓を訪ねてこの菅原の里を訪れた。その際に案内をした女子を気に入った是善卿は、国庁に招き方向をさせることにした。
是善卿が人気を終え京に帰る際乙女は懐妊しており、その後菅原の里に戻り男子を出産している。この御子が即ち道真公であり、伝承によると。生誕は承和12(845)年6月25日とされている。
道真公6歳の頃、母はこの草深き地に置いておく者ではないと考え、京の是善卿の邸を訪ね、父子の対面をさせている。
その後宇多天皇の下で出世意を続けた道真公であったが、藤原時平の讒言により起こったとされる〝昌泰の変〟により、右大臣だった道真公は大宰員外帥と左遷される。太宰府への移動はすべて自費によって支弁させられた上に、左遷後は俸給や従者も与えられず、政務にあたることも禁じられた道真公は大宰府浄妙院で謹慎していたが、心労や慣れない生活から体調を崩し、左遷から2年後の延喜3(903)年2月25日に大宰府で薨去、安楽寺に葬られた。享年59とされている。
その後道真公の〝怨霊〟とされる天変地異が起こり、朝廷は道真公の復権を宣言するが、それでも〝祟り〟は収まらず清涼殿落雷事件を目にした醍醐天皇が、その後体調を崩し崩御したことを踏まえ、天暦元(947)年に北野社において神として祀られるようになる。その後一条天皇の時代には道真の神格化が更に進み、正暦4(993)年6月28日には贈正一位左大臣、同年閏10月20日には太政大臣が贈られている。
この道真公神格化の過程に於いて、天歴5(951)年4月にここ菅原の地に御宮が建立され〝菅原天満大自在天神〟と仰ぎ奉ったことがこの菅原天満宮の創建とされている。その後700余年を経て松江初代藩主となった松平直政公の深い信仰を受け、寛文3(1663)年6月23日に東北の名木〝羅漢松(くさまき)〟を用いて本殿を造り、現在に至っている。御扉には狩野永雲筆による五彩の雲に金泥の双龍が描かれているが、現在直接見ることはできない。
創建後松平家累代の藩主が御造営・御祭祀に務めていたが、明治5(1872)年頃よりこの菅原地区の氏神様としてお祀りするようになり、氏子以外にも県内外の多くの崇敬者の尊崇を得て今日に至っている。
菅原天満宮という呼称は日本全国にあり、どの場所も道真公所縁の場所として書かれている。この松江菅原天満宮もそのひとつではあるが、合格祈願の願掛けは西日本一帯から訪れていることが絵馬からも伺える。神秘的な印象の強かった菅原天満宮に、若者たちに紛れて私自身も〝試験合格〟の〝祈願絵馬〟を奉納し、気持ちを引き締めてきた場所でもあった。- 旅行時期
- 2020年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 松江から車で30分程の場所
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 時期が時期だったので…。
- バリアフリー:
- 3.0
- 石段はある。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 神話の世界と被っているように感じる。
-
投稿日 2020年11月28日
総合評価:5.0
日生湾や周辺の瀬戸内海に浮かぶ14の島々から構成されている日生諸島。そのうち4つの有人島以外は無人となっている。
以前は天然の好漁港と風待地としてして栄えていたが、最も大きな鹿久居島周辺では漁業争論も起きていた。また大多府島では海上交通の要所として岡山藩の船番所が置かれていた。
昭和30年代頃から牡蠣の養殖が盛んになり、お好み焼きに於ける肉の代わりに、牡蠣を用いた〝カキオコ〟が作られるようになり、21世紀になって〝ご当地B級グルメ〟として紹介されたことにより全国に知られるようになったと言われている。
元々日生諸島の島々は離島であり、船舶での移動が必須であったが、平成16(2004)年に頭島と鹿久居島とを結ぶ頭島大橋が、平成27(2015)年には本土と鹿久居島を結ぶ備前日生大橋が架橋された結果、観光・宿泊施設が出来ることとなり観光地化が進んでいる。
離島間架橋で便利にはなったが、その反面デメリットも出てきている。鹿久居島の鹿が頭島迄の橋を渡ってやって来て、みかん農園のみかんを食い荒らす被害が出ている。
生活の利便性を追求する反面で露見したデメリットの話を聞き、以前のままが良かったのかもとふと感じた私であった。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- アクセス:
- 5.0
- 日生駅からすぐ。
- 景観:
- 5.0
- なかなかの景色だった。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 訪れた際には誰もいなかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- 橋には段差はない。
-
投稿日 2020年11月28日
総合評価:5.0
小豆島からの帰りに次の目的地を目指し、大部港から乗船した。所要時間1時間10分の船旅だが利用時の乗客は僅かで、車に至っては私達を含め5台であった。
運航されているフェリーひなせの船内には〝一等〟〝二等〟と言った座席の区分がなされていたが、料金区分にはなってはいなかった。
日没時の乗船だったため、デッキから眺める夕陽は本当に綺麗なものであり、また日没時 後の日生港入港時には港の灯りが幻想的に光っており、それもまた趣があった。
瀬戸内海の景色の堪能するには明るい時間が良いと思われるが、海に沈む夕陽を楽しむのもまた良いものである。そういう点では日帰り利用が良いのかも知れないとふと感じた私であった。- 旅行時期
- 2020年10月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- GoToキャンペーンのある神戸から坂手港航路と比較すれば割高である。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- ガラガラと言っても過言ではない。
- バリアフリー:
- 5.0
- 最低限のものはあった。
- 乗り場へのアクセス:
- 5.0
- 大部港では出港9分前の到着で乗船できた。
- 車窓:
- 5.0
- 瀬戸内海に沈む夕陽は素晴らしいの一言であった。
-
投稿日 2020年11月09日
総合評価:5.0
いつもと同じく宿泊代金で選んだが、眺望だけオーシャンビューを選択した。203号室10畳禁煙和室は洗面台が窓側に設けられている旧式の配列になったお部屋。標高があるため昼間だとエンジェルロードや海も窓から見える。
食事は別室のレストランで部屋別のテーブルで頂くことになる。プランによる食事の違いはすぐに分かるため、見栄を張るには不適かもしれない。
大浴場は内湯と露天風呂がある正真正銘の温泉。コロナの影響で朝風呂は味わえなかったが、夜の眺望が利かなくても十分楽しめるものとなっている。
客室は草臥れた感はあれど清掃は行き届いており不快感はない。
トイレは昔ながらのタンクに水を上げて水圧で落とすタイプ。この当時のもの故配管が剥き出しではあるが、知っている者からすれば〝懐かしさ〟を感じるもののように思えた。また後付けではあるがウォシュレットは完備している。部屋に風呂はないと記載されていたが、実際にはお湯の出るユニットバスが付いていた。
喫煙は外に灰皿が置いてあり、館内は禁煙となっていた。
今回利用したプランの場合2名2食付きだと一人1万円を超えるようだが、それでも悪くはないレベルではあったと思う。それがGoToの割引と地域振興クーポンを加味すると半額以下で泊まることが出来る。通常時はその時次第だが、宿泊した時期だとコスパが高過ぎると言っても過言ではない。照明など要所要所に手が加えられているなかなか味のある旅館チックなホテルだと感じた。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 5.0
- 土庄港から車で5分程。
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- GoTo適用だとかなり高いものがある。
- 客室:
- 5.0
- 古さは否めないが気にしなければ十分広くて快適だった。
- 接客対応:
- 5.0
- 悪くはない。
- 風呂:
- 5.0
- 内風呂・露天ともなかなか味のあるものであった。
- 食事・ドリンク:
- 5.0
- 量が少ないと思ったが十分であった。また質は良い。
- バリアフリー:
- 5.0
- 後付けではあるがスロープも完備していた。
-
投稿日 2020年11月09日
総合評価:5.0
恒例の〝郵便局巡りの旅〟で小豆島や豊島・犬島・直島を巡るために利用した。神戸三宮FT発1:00の深夜便高松経由小豆島坂手港までは6時間30分、しっかりと睡眠が取れるように配分された所要時間と言われている。
フェリー慣れしてなければエンジンの鈍い響きが睡眠の妨げになることは承知していたが、個室だったこともありそれなりに寝られたように感じた。また複雑な等級がないこともこの区間就航している船舶の特徴でもあり、今回乗船した〝こんぴら2〟の場合3階の和室、2階の洋室は女性専用ルームがある以外追加料金内で乗船することができる。唯一特別料金がかかるものは夜行便の個室だけであり、それも昼行便では利用そのものが出来なくなっている。
売店は神戸を出港した後4:00迄の営業となっており、小腹が空いたときには名物の〝うどん〟も食すことが出来る。
また一昔前の〝公衆電話〟が備え付けられているが、NTTのものではなくNTTdocomoの〝ワイドスターⅡ〟という衛星電話である。陸上から離れたところを航行する船舶ならではの装備であった。
敢えてこのご時世だから〝個室〟を利用すると言われることが多いのであるが、実は深夜便の航路を利用する際、GoToの適用が受けられることがある。小豆島航路の場合〝個室利用〟だけがその恩恵を被れる料金となっている。軽自動車+同乗大人の深夜便利用だと10,290円に対し、個室利用の場合は9,290円となる。おまけに2,000円分の地域利用振興券が手に入る。実質7,290円ならば利用する価値は言うまでもないことである。
この時期だから選んだ〝特別室〟は、結果として交通費を安くあげることに繋がった。久しぶりの船旅は、思いのほか安く上がる上に早朝から行動ができる〝強味〟も兼ね備えた移動手段になっていた。- 旅行時期
- 2020年10月
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 明細必読!
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 平日であるのと時期的に多くはなかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- りつりん2はエレベーターと多目的トイレが完備しているらしい。
- 乗り場へのアクセス:
- 5.0
- 京橋ランプで下りればすぐ。
- 車窓:
- 5.0
- 夜景と日の出が素晴らしい。
-
投稿日 2020年11月05日
総合評価:5.0
連れが持って来た通販チラシの商品を買うために訪れた。カーナビの住所は本社のものであり商品の購入はできなかった。しかしスマホで探してもどこへ行けばいいのかわからない。そんな時に社屋に戻ってきたスタッフさんに教えて貰って訪れることができた。
国道436号線沿いの大きな店は行きに見た場所でもあった。駐車場からは瀬戸内の海が見え景色も良い。1階がショップである〝井上誠耕園THE STYLE SHOP mother’s〟となっており、地元で作られた食品をはじめオリーブを用いた化粧水など〝地場産業〟にかかわる品々が数多く揃っている。
GoToトラベルの地域振興券の香川県エリアのものが利用することができ、フェリーと宿泊で貰った5,000円分を無駄遣いせず、余すことなく利用できたことだけでも訪れる価値は大きい。
〝小豆島へ行って来ました〟的なお土産は道の駅の方が品揃えは多いようにも思うが、小洒落たお土産を揃えるならばこちらをお勧めする。
口コミに古い情報が多く存在しているために訪れる場所に迷うことがあるが、まずこちらを訪れてから情報を基にして向かう方が効率的であることは間違いない。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 一人当たり予算
- 7,500円未満
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 5.0
- 池田港から車で5分程。
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 安くはないが手頃な値段で商品が購入できる。
- サービス:
- 5.0
- 推し過ぎない勧め方は好感が持てた。
- 雰囲気:
- 5.0
- 新しくきれいな店である。
- バリアフリー:
- 5.0
- エレベーターとスロープが完備されている。
- 観光客向け度:
- 5.0
- 100%観光客向けのショップである。
-
投稿日 2020年11月03日
総合評価:5.0
土庄郵便局の隣を流れる川、実はギネス認定の〝世界で最も狭い海峡〟である〝土渕海峡〟である。前島と小豆島本島との間を流れる海峡は目で見ただけではわからず、地図を見て初めて〝海峡〟であることがわかるレベルのものだ。
多数の島々がある瀬戸内に於いて、十把一絡げに小豆島と言っているものが実は〝海峡〟を挟む島の繋がりがあることは興味深いことだった。当たり前が当たり前でないことを知った土渕海峡訪問であった。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- アクセス:
- 5.0
- 土庄港から歩いて10分程。
- 景観:
- 5.0
- 海峡とは思えない景色とのギャップが興味深い。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 土淵海峡を訪れていそうな方とは会わなかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- 歩道は舗装してある。
-
投稿日 2020年11月10日
総合評価:5.0
犬島港隣にある「INUJIMA」と書かれた黒い建物。それが犬島アートプロジェクトチケットセンターカフェになる。犬島精錬所美術館をはじめとする〝犬島アート巡り〟の拠点でもあり、入館券購入の他音声ガイドをレンタルすることが出来る。
豊島・直島と犬島を結ぶ四国汽船は、往復でチケットを購入できないため、乗船時には必ずこちらでチケットを購入する必要がある。また犬島アートグッズも各種取り扱っており、犬島アートを満喫した後帰りがけに立ち寄って見るのも楽しい。
また不定休や営業状態がわかり辛い島内の数少ない飲食店の中では、オープンしている確率の高いチケットセンターカフェも併設されている。一部の口コミには月・火曜日は定休日と記されているが、どうやら犬島航路が〝止まっている〟日は休業と言うのが正しいようだ。事実私が訪れた時は月曜日であったため、行くことが出来ない…と思っていたらしっかり営業中であった。勢いで〝たこ飯〟プラス〝犬島ぜんざい(冷)〟のデザートセットを注文。連れは〝大島果実のジャムパン〟プラスアイスコーヒーをオーダー。お腹が空いていたことも勿論あるが、絶妙なバランスの料理は食が進む。二人とも程なく完食した。お昼時だったこともあるが〝たこむすび〟をテイクアウトするのが人気だったようだ。
値段は少し高いようにも思うが、アートの島で地元料理を頂くのも悪くはないと感じた。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 一人当たり予算
- 2,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 5.0
- 犬島港から歩いてすぐ。
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- まぁ観光地のお食事ですから若干は仕方がないだろう。
- サービス:
- 5.0
- 観光地らしい〝雑さ〟はない。
- 雰囲気:
- 5.0
- 落ち着いた感じで空いていれば落ち着いて食事ができる場所である。
- 料理・味:
- 5.0
- 地の物を美味しく頂いた。
- バリアフリー:
- 5.0
- 段差はなかった。
- 観光客向け度:
- 5.0
- ネタ作りにはうってつけ。
-
投稿日 2020年11月13日
総合評価:5.0
海の駅なおしまから道路を挟んで向かいに鎮座する住吉神社。海の守り神として住吉三神を祀っている。
また日本書紀によると第15代応神天皇が、故郷や家族を思い里帰りした妃の〝兄媛(えひめ)〟を想い、難波の津から船出して瀬戸内を巡幸し故郷とされる〝吉備国〟へ行幸した。
道中淡路島・小豆島を経由し、船の〝風待ち〟のために直島の宮浦に上陸し滞在したとされている。この際に天皇が船から岸に上がり浜辺の岩上に鎮座した。それが住吉神社内に残る〝応神天皇腰掛岩〟と言われるものとして現在に至っている。
応神天皇はその後目的地である〝吉備葦守宮〟に無事到着しているが、そこで兄媛のあにである御友別らのもてなしを受けたことをたいそう喜び、直島等瀬戸内の島を含む吉備国を分け与えたとされている。直島は現在では香川県に属するが、吉備国(岡山県)に属していたことも史実として残されている。
古墳時代に始まる直島の歴史、新しいアートと共存する史実は直島の魅力を盛り上げているように見えたのは私だけであろうか。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- アクセス:
- 5.0
- 直島宮浦港からすぐ。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 訪れる者とは出会わなかった。
- バリアフリー:
- 4.0
- 敷石はされている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 村の鎮守の神様としても慕われていることがわかるものである。
-
投稿日 2020年11月13日
総合評価:5.0
日生湾に面した場所にある活魚旅館つり幸。それ程大きな宿ではないが、少人数から団体まで対応出来る間取りとなっている。基本部屋はオーシャンビューであり、窓からは日生港や備前日生大橋を望むことが出来る。
大浴場は4階にあり、オーシャンビューを謳っているが残念ながら夜だとガラスに水滴がついて眺望はきかなかったのが残念だった。また貸切風呂は予約制であったが、建物角に設けられていたので眺望は素晴らしいと思う。
食事は1階大広間での提供となっている。畳敷きではあるが椅子にテーブルという様式なので足が悪くても気にならない。食事内容は本格的な海鮮料理であり、煮魚が苦手な私はちょっと…という気持ちもあったものの、味付けと食べ易いように加工されており完食することが出来た。他の料理も色々な旬の魚を多過ぎずアレンジされており、魚が苦手でも美味しく頂けた。
朝食は定番メニューではあるものの新鮮なものがおかずになっており、ご飯が進むと言った感じであった。
部屋は禁煙・喫煙と分かれており、禁煙希望の方は早めの予約をお勧めする。今回は喫煙ルームではあったがタバコ臭いレベルではなかった。
オーナーさんが日生の温かさを証明するため〝バナナ〟を敷地内に植えており、それを夕食時に頂いた。OYO傘下になってはいるが、家族経営の民宿ライクの雰囲気があって良い感じで一晩過ごすことができた。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 家族旅行
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 5.0
- 日生港から車で5分。
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- GoTo適用すると破格の値段であった。
- 客室:
- 5.0
- 喫煙ルームだったが不快感は全くなかった。
- 接客対応:
- 5.0
- 柔らかく柔軟な対応だった。
- 風呂:
- 5.0
- 眺望はきかなかったがゆっくりとお湯には浸かることができた。
- 食事・ドリンク:
- 5.0
- 食べやすい魚がありがたかった。
- バリアフリー:
- 5.0
- スロープ・エレベーター完備。食事は椅子にテーブル。
-
土庄港の愛称は〝オリーブポートとのしょう〟となったが使い勝手が悪い。
投稿日 2020年11月19日
総合評価:3.0
小豆島随一の海の玄関口である土庄港。別名〝円形ターミナル〟と呼ばれていた土庄港フェリーターミナルだが、愛称が付けられて〝オリーブポートとのしょう〟となった。
多くの船会社のフェリーや高速艇が離発着する港ではあるが、チケット購入するのに向かうターミナルがややこしく、小豆島豊島フェリー以外は新岡山港行きを含め高松航路ターミナルで発券する。しかし新岡山港行きも人だけならば土庄港ターミナルでも現金扱いのみ発券ができる。
オフの時期に行けば間違った売り場に行ったならば行き直せば良いが、繁忙期だとそうもいかないように思えてならない。窓口を統一して効率良くする狙いはあれど、慣れない観光客には不親切な施設だと思う。
時間の余裕を持って港に行くなどの自衛策を講じる必要を利用して改めて感じたターミナルであった。- 旅行時期
- 2020年10月
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 観光には許せる額であろう。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 平日の朝一便は空いていた。
- バリアフリー:
- 5.0
- 考えられている。
- 乗り場へのアクセス:
- 3.0
- 港の中で分りづらいのが難点だ。
- 車窓:
- 5.0
- 港を望む景色は良かった。
































































































