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jijidarumaさんへのコメント一覧(8ページ)全404件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 佐原の魅力

    jijidarumaさん おはようございます

    のっけから私の名前が出てきて、面はゆい気持ちです。
    ところで、佐原はなんどか自転車で行きましたが、なにせ市川からですと、のろのろママチャリでは到着まで一日かかります。もともと走ることだけが目標のサイクリングですから当然です。
    そのため、佐原の名所はほとんど知りません。妻が朝寝ている間に、街並みを自転車で回ってみるくらいでした。伊能忠敬の住まいも入館しておりません。

    三大厄除け大師の西新井大師は、最近自転車で出かけましたが、観福寺もそうでしたか。観福寺の素晴らしいところは、その佇まいですね、深い森の中にあるため、森厳な趣です。

    >尚、忠敬は死の直前、「私がここまでくることができたのは高橋至時先生のおかげであるから、死んだあとは先生のそばで眠りたい」と語った。

    そうなんですか、これで忠敬が高橋至時とならんで浅草の源空寺にある謎が解けました。

    今度は電車で佐原に行って、ウナギを食べたいと思います。
    楽しい旅行記をありがとうございました。

    pedaru

    https://4travel.jp/travelogue/11772172
    2022年12月12日05時31分返信する 関連旅行記

    RE: 佐原の魅力

    pedaruさん、
    今晩は。

    市川から佐原までママチャリで往復走破された由、驚きです。
    お若いということですね。

    4Traの寺参りは歴史散歩、東京の下町は良い所が多いですね。
    しかも歴史的な興味を満足させる人物の墓や石碑の数々が
    残っている様子、実に良いですね。

    「寺町を歩く  東京歴史散歩 ? 西浅草」もあらためて拝見しました。
    いいねしてましたから、見たはずなのに浅草の源空寺にある伊能忠敬の墓
    は忘れていました。

    佐原も思えば、なかなかの町、観福寺の良さも伊能家の支援が
    あったからこそ、町人文化が栄えた町は忠敬の日本全国図完成にも
    寄与したようですね。

    それにしても観福寺訪問で【遺髪と爪を納めた「参り(まいり)墓、
    遺体を埋葬する「埋め墓」の二つがあった】とは、驚きで、
    またひとつ知識を増やしました(笑い)。

    佐原のウナギ、楽しんでください。
    それではまた。
    jijidaruma

    2022年12月12日18時55分 返信する
  • こんにちは。

    私が以前勤めていた会社の本社はハノーバーにあったのですが、ハノーバーの人たちはミュンヘンとか南の人は言葉がちょっとキツくてアグレッシブだと言ってました。
    日本で例えるなら関西みたいな感じかな、と勝手にイメージしてました(笑)
    ハノーバーはドイツの真ん中あたりですが、あまり陽気な人はいないですが、話していくと打ち解けられたように思います。
    すみません、雑談でした。

    ムギー
    2022年10月12日18時28分返信する 関連旅行記

    Re: こんにちは。=>コメントにツイ、長々と反応しました。

    ムギーさん、
    今日は。コメントありがとうございました。

    以前のドイツ企業本社はハノーバーだった由、ニーダーザクセン州の州都ですから、良い所ですね。専らメッセ(見本市)が知られていて、関係した部署の機械の見本市に陣中見舞いと称して何度か出かけています。
    歴史的には【エリザベス2世女王が崩御されたバルモラル城は、かつてヴィクトリア女王が購入したものだ。】で投稿していますが、ヴィクトリア女王はエリザベス2世の高祖母にあたり、18世紀、英国国王を兼ねたハノーバー(ハノーファー)王家につながる方でした。
    そのこともあって、興味深い町でもありました。

    観光で巡っても、明らかにドイツ北部と南部では明るさに差があって、面白いですね。
    ドイツ語の家庭教師だったデュッセルドルフ大学の学生は親切で、明るかったし、いろいろと助けてもらいました。実家が南部バイエルン州ニュルンベルクの近郊にあって、何度か訪ねて家族同士の交流もできました。とりわけ母上に気に入られた思いが残ります。
    北のブレーメンには長い付き合いになった友人夫妻(奥方が日本人で、かつてドイツ法人で私の秘書)がいます。こちらはブレーメン州最高裁判事だった方で、職業柄、お堅いですが、じっくりした物言いは好ましく、酒も好きで時にジョークも言われる茶目っ気もあって和んだものでした。
    所謂、関西人と東京人といったように、ドイツ人気質も様々でしたね。

    コメントにツイ、長々と反応しました。今年もドイツ行きは断念したのですが、行っていたら20回目の感傷旅行が出来ていたのに、とても残念です。
    それではまた。
    jijidaruma
    2022年10月13日14時05分 返信する
  • エリザベス女王が崩御されましたね

    jijidarumaさん

    いつか来るとは思っていた日が来たのは残念です。
    ロンドン滞在時はまだQueen Motherが存命中で、とても可愛らしい方で、大人気でした。101歳でなくなりましたから、晩年の彼女のお姿は、エリザベス女王とよく似ていました。長命の家系ですね。お住まいがバッキンガム宮殿の近くにあったので、パレードがあった日などに帰り際にクイーンマザーのお屋敷の前に行くと、バルコニーに出て見えて、気軽に手をふってくださったお姿が、今でも目に浮かびます。
    今回のことで、イギリスのことを色々思い出していたのは、jijidarumaさんも同じだったようですね。
    ただただ懐かしいです。

    Mより
    2022年09月11日07時27分返信する 関連旅行記

    RE: エリザベス女王が崩御されましたね

    M-koku1さん、
    今日は。
    コメントありがとうございます。

    イギリスは生涯一度だけの旅をしたことで、その印象が
    強く残ったようです。
    とりわけ、エリザベス2世女王が好んだスコットランド
    の地を旅して、様々な古城にであい、古城好きとしても
    満足出来た旅でもありました。

    96歳の御長寿ですから、おっしゃるようにいつかはこの日を
    迎えるのだと思っていました。
    やはり、大事な新首相を迎えた日を最後にスーッと生命力が
    消えて行ったのでしょうね。

    エリザベス王太后(Queen Mother)の写真を検索しました。
    親子だから似て当たり前ですが、それにしても笑った感じが
    実によく似ています。
    思えば、「王冠を賭けた恋」をしたエドワード8世の退位が
    無ければ、エリザベス王太后もエリザベス2世女王もなかった
    分けで、歴史は面白いものです。

    英王室でも、エリザベス2世女王ほど品位も政治力もあった方
    は珍しい。
    ヴィクトリア女王の血を引くだけに、これも納得です。
    英国は女王の時代が、もっとも繁栄した歴史がありますから、
    さてチャールズ3世、次のウイリアム皇太子の時代はどうなる
    のでしょう。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma

    2022年09月11日14時43分 返信する
  • 素晴らしい建物

    jijidarumaさん

    お久し振りです。
    お元気そうで、何よりです。
    jijidarumaさんは、素晴らしいご一族の一員でいらっしゃるのですね。
    この間テレビで一番遠い親戚を探そうみたいなのをやっていて、とても面白かったです。
    とんでもない人と、とんでもない人が、縁でつながってたりするんですね。小机家との繋がり、貴重ですね。
    コロナが再度感染力を強めなかったら、この夏はいつものメンバーで、青梅の方に一泊旅行をするつもりでしたが、諦めて、手前の八王子で藍染を体験してきました。
    旅行してもいいと言われても、なんとなく気が乗りませんね。
    こんなことがいつまで続くのでしょう?

    ではまた
    Mより
    2022年08月24日01時07分返信する 関連旅行記

    Re: 素晴らしい建物=>残暑お見舞い!

    M-koku1さん、
    今日は。
    いいねとコメントありがとうございました。

    残暑もまだまだ、お見舞い申し上げます。
    ほんと久し振りですね。
    ちょっと少なくなったと思われますが、ご投稿分はいつも拝読
    ・拝見しています。ご元気かつ好奇心満々の様子もうかがわれて、
    いつもながら感心しています。

    さて、先週末は世田谷の長女と孫娘たちが2泊し、其れに合わせて
    近所の次女一家も来訪し、私共と合わせて10名(長女の婿は都合で
    不参加)、3年ぶりの顔合わせとなりました。
    2夜にわたり、皆の好きな名物店のウナギ料理を用意し、家内が
    揚げた野菜の天婦羅などを食卓に提供して喜ばれました。
    コロナ禍や受験期の孫たちが続き、なかなか会えない時期が続き、
    困った事だと思っていました。

    3年ぶりの青梅の墓参りも、いろいろと宿題をこなし、この稿を
    含めて5編ほど纏めました。それらを兄弟姉妹、従妹、娘家族
    にも家族史の一つとしてコピーを贈りました。

    来春大学受験の孫娘は日本の歴史学を学びたい由、それで私の
    書いたものを大事にしてくれそうな後継者出現!と内心、期待
    を膨らませております(笑)。

    青梅小旅行もあきる野市(旧五日市町)旅行も良いですね。
    何しろ都内から近い。緑と清流があり、お酒も美味い。
    旧家の土蔵を改修した懐石料理店「燈々庵(とうとうあん)や、
    あきる野市小中野・黒茶屋(格式では3姉妹店の本店格)、
    青梅市藤橋・井中居といったレストランもお勧めですよ。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2022年08月24日13時44分 返信する
  • 三大檀林の一つ。

    jijidarumaさん

    いつもご投票を頂きましてありがとうございます。
    匝瑳近辺を巡られました旅行記、楽しく拝読させていただいております。

    私は実家が旭市ですので、この近辺は馴染みの地でもありましたので
    飯高檀林のことは聞き及んでおりました。
    それでも、このコロナ禍になり旅行も思うがままに出来なくなって
    改めて檀林を訪れ、壮大な規模に再び驚き、旅行記にもいたしました。
    このコロナ禍がなかったなら、もしかしたらずっとそのままだったかも
    しれません。
    日本寺も名前は知っていても未訪問、大網白里にも檀林があるとのこと、
    千葉県に三大檀林が存在していることがすごい事、と今更ながらに
    思いました。

    ちょうどタイミング良く、本堂内部をご見学されたとのこと、
    私も数年前、友人の骨折りで、グループで見学させていただく機会が
    ありました。
    天蓋の中にある、格式の高さを物語る葵と菊の御紋にはやはり
    驚かされました。
    飯高という辺鄙な地に、かつて多くの学問僧が集っていたという事に
    今更ながら信じ難い思いでおります。

    mistral
    2022年06月27日17時49分返信する 関連旅行記

    RE: 三大檀林の一つ。=>アールデコ

    mistralさん、
    今晩は。まだ少ない回数ながら、お立ち寄りとコメントまで頂き、
    ありがとうございました。

    私の小旅行と称した旅も何やら千葉近辺で多くなりました。
    旭市ご出身の由、飯高檀林にご注目されたのも当然かもしれません。
    私は東京は西の果て、青梅市の出身でして、30代の後半に千葉県人
    となりました。思えば、40年が過ぎましたが、まだまだ千葉にある
    知らない名所もおおく、(ドイツの旅が出来ない今)これもチャンス
    かと思っております。
    その辺りはmistralさんも同じようで、一寸した旅でも未知だった事を
    知り、知識が増えるのも楽しいものです。

    千葉県に三大檀林が存在していた事は、もっと千葉県人は誇りに思って
    良いのでしょうね。

    先だって、「旧朝香宮邸のアールデコ」を拝見・拝読しました。
    素晴らしかったのでコメントも考えましたが、多くの方が
    お書きになっていたので、遠慮してしまいました(笑)。

    ドイツ語にJugendstilユーゲントシュティール(青年派様式と訳す)
    という言葉があり、1897〜1910におけるドイツの芸術思潮です。
    その19世紀末の芸術は一種退廃的とも云われる芸術で、曖昧且つ
    曲線的表現を駆使している。仏語で言うアール・ヌーヴォーは
    それに近いとか。
    ドイツやオーストリア、バルト3国の旅でも時にそうした作品に
    出くわしました。
    一種退廃的というのは、少々言い過ぎかと、思って居りました。

    ご参考に:先日拝見・拝読した方の旅行記です。
    『ベルギーVII ブリュッセル アール・ヌーヴォーの館めぐり3』
    ブリュッセル(ベルギー)の旅行記・ブログ by のまどさん【フォートラベル】 (4travel.jp)

    それではまた。宜しくお願いします。

    jijidaruma



    2022年06月28日00時00分 返信する
  • 紫陽花が綺麗ですね

    jijidarumaさん おはようございます

    千葉県にもこんな素敵な所があるとは知りませんでした。
    歴史の解説も面白く、 ご自分の言葉で述べられているので大変わかりやすい優れた旅行記でした。

    pedaru
    2022年06月14日07時30分返信する 関連旅行記

    Re: 紫陽花が綺麗ですね

    pedaruさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    何やら私も千葉県人ながら、春の目覚め!のように、新聞と共に入って来る地域の情報誌を見ては、県内の(多分知られていないだろう)名所!観光に精出しております。
    5月のフジもそうでしたが、アジサイ寺も行ってみれば、知ることも多く、また美しい花を愛でて歩くと、気分も爽快になりますね。

    ついでに地元の団子や饅頭の名店(私、甘党でもあります^^)を見つけ、みたらし団子が出来上がるまで、店主ご夫妻とも親しく話しながら、名物をホウバる事となりました。
    県内日帰りの旅もまた、良いものです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2022年06月14日13時36分 返信する
  • 匝瑳市

    jijidarumaさん おはようございます。

    千葉県民でありながら恥ずかしくも、このお話は知りませんでした。たいへん面白く拝見いたしました。
    足利尊氏と新田義貞は、我が故郷館林の近くの町、群馬県の新田郡、渡良瀬川をはさんで栃木県の足利市と対峙しています。(にらみ合っているわけではありませんが)

    pedaru
    2022年05月17日06時08分返信する 関連旅行記

    RE: 匝瑳市

    pedaruさん、
    今日は。早々のコメントありがとうございました。

    私も似たようなもので、似非千葉県民といっても良いようで、
    近郊の様々な名物、名所、伝説など知らないのですよ。

    源氏の落人なんて、確か勝馬は源氏だったから、何で落人と思いました。
    それで旅行記の題名まで大きく変えました。
    足利尊氏と新田義貞、楠木正成、後醍醐天皇など、急に日本史のおさらい
    もしてしまいました。

    竜神伝説にしても、日照りや雨ごいは農民にとっては一大事、<龍>にも
    すがりたい気持ちだったことでしょう。
    こうした話が残り、それを知ることができるのは伝説好きな私には嬉しいこと。

    それではまた。
    jijidaruma


    2022年05月17日14時31分 返信する
  • 浪曲

     jijidarumaさん、おはようございます。

     このようなテーマの旅行記が出るのは大変珍しく、懐古趣味の万歩計は興味深く拝読しました。創作とは言え、座頭市と平手造酒が関係しているとは知りませんでした。

     今ではTV番組で浪曲が取り上げられることは滅多にないので、YouTubeで時々聞いています。義理人情は不合理な面が多いが、何故か日本人のDNAを刺激します。三波春夫や村田英雄の歌謡浪曲もいい。少し前に、TV東京で武田鉄矢が司会をする「昭和は輝いていた」で浪曲が特集されました。日本文化の一つとして残ってほしいものです。

      万歩計
    2022年05月01日09時32分返信する 関連旅行記

    Re: 浪曲=

    万歩計さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。
    先ほどまで、ようやく完成した文章が、ログインされていないので、ログインしなさいとなり、今まで完成した文章が消えてしまいました。
    以下は、思い出しつつ書いております。

    おっしゃるように、この種の旅行記は他に見ていないかもしれませんね。
    小さい頃、ラジオで聴いたような浪曲・浪花節、その調子は今もなお耳に残ってします。
    座頭市と平手造酒が実在の人物として、地区の古老に知られていたとは私も思いませんでした。子母澤寛という稀代の小説家に見出されたのは幸いでした。

    「天保水滸伝に登場する笹川繁蔵と飯岡助五郎」の争闘の地は千葉の東庄町にあり、銚子に行く、利根川沿いの小さな町です。
    小説、映画が全盛であった昭和・・・昭和生まれにしてみれば、しかも千葉県人として、やはり旭市の笹川繁蔵と飯岡助五郎たちの墓だけでは満足できず、東庄町・天保水滸伝遺品館は外せないと、日をずらして訪れたものです。

    下総の地は関八州(上野・下野・常陸・上総・下総・安房・武蔵・相模一円)の地、博徒とか侠客といった人種が大手を振って活躍?!していた地域ですが、面白いことに天保水滸伝遺品館には「明治23年版と称する・・・近世侠客有名鏡」の展示がありました。映画や小説で知っていた、錚々たる名前がそれに掲載されていました。

    大関には関東一の大親分と称された武州・大前田英五郎、関脇に「赤城の山も今宵限りか」の名文句で知られた上州・国定忠治がすわり、勧進元には浅草・新門辰五郎、下谷・幡随院 長兵衛、会津・会津の小鉄、それに名前も知らなかった京橋・金看板甚九郎、浅草・花川戸の助六の名があります。
    下総の笹川(岩瀬)の繁蔵、勢力富五郎と飯岡の助五郎は前頭に、「次郎長三国志」で有名な駿河・清水港の長治郎(清水の次郎長)、甲州・黒駒の勝蔵も前頭です。
    関八州を中心に、東日本(奥州、信州など)の侠客を番付表にしたもので、この地が幕府の直轄領(天領)、直参旗本の領地、寺社領、大名領の飛び地が多く、「関東取締出役(かんとうとりしまりしゅつやく、俗称で八州取締役)」を必要とする、一種治外法権の地であった様子が伺われます。
    次回に東庄町・天保水滸伝遺品館訪問記を掲載予定です。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2022年05月01日19時53分 返信する
  • シシー2

    jijidarumaさん、おはようございます

    拝見しました。
    ドイツ、オーストリアのゆっくり滞在記、羨ましいです。
    私は、どちらも訪問してますが、ツアーなのであわただしく日程をこなすだけでした。
    でも行けただけでも幸せで、今なら叶うことはない夢物語ですね。
    オーストリアの時の添乗員が、バスの中でシシーの事を詳しく説明してくださったのが印象的でした。
    シシーの座像のあるホテル、素敵ですね!
    “エリザベートの散歩道”なんて、夢みたい、そんな散歩道があるなんて。

    高島屋での展示では、体操器具を見ました。
    強い意志で、ダイエットを強行してたのですね。
    危険すぎるくらいのレベルですが、運動もよくこなしていて、体力も十分あったのですね。
    ダイエットが続かない私にとって、尊敬です。

    雪の日のノイシュヴァンシュタイン城の窓から見た、雪のヴァイェルンの森、今にも軽やかに乗馬姿のシシーが見えたのは、幻想でしょうか。
    2022年03月27日07時55分返信する 関連旅行記

    Re: シシー2

    みちるさん、
    今晩は。再度のコメントありがとうございます。

    早々と、シシーのお気に入り「ホテル・カイザリン・エリザベート」
    の本章をお読み頂き感謝です。写真などはダブっていますが、その点は
    ご容赦ください。この章の方を先に掲載しています。

    ミュンヘンから凡そ30kmにあるリゾート地は大きな湖、ドイツアルプス
    の高い山々も遠望できるといった恵まれた地です。
    ドイツの駐在と、それを懐かしむ感傷旅行が此処を教えてくれました。
    シシーのファンの方でも、この地にシシーのお気に入りのホテル・座像や
    “エリザベートの散歩道”がある事などはご存じないことでしょう。

    オーストリアのSalzkammergutザルツカンマーグートにあるシシー
    ゆかりの地Bad Ischlバード・イシュルには、Kaiservillaカイザーヴィラ
    があります。1854年エリザベート皇妃との結婚記念に皇帝の両親に
    贈られた別荘で、エリザベートのEの形に上から見るとなっている。
    (2004年の旅はまだ寄稿していませんが)
    ヴィラの丘の上にある、皇妃のティーハウスとして建てられた“大理石の
    小城”と言われる建物内に写真博物館があり、その最上階の映写室では
    エリザベートの愛したギリシャと其の航海、ギリシャの別荘での生活ぶり
    の映画が上映されていた。映画で見たシシー独特の急ぎ足で、お供が
    ついて行くのが難しいあの速さを・・・前述の“エリザベートの散歩道”
    は湖畔まで続いていますけど、シシーは多分、この道を独特の急ぎ足で
    散歩したのだろうと想像すると、何となく可笑しみが湧いてきます。

    バイエルンの地にはシシーの座像よりも、きっと乗馬姿のシシー像が
    似合いそうですね。
    それではまた。
    jijidaruma
    2022年03月28日00時43分 返信する
  • シシー

    jijidarumaさん、こんばんは
    シシーの事、詳しく紹介してくださって、ありがとうございます。

    私は、15年くらい前に図書館で、シシーの本にたまたま巡りあって、関連の本を読み漁りました。
    今は、もう忘れかけてますが、当時シシーに関しては、詳しくなっていました。
    名古屋で、エリザベート展が、高島屋であって、飛んで行ったものでした。
    オーストリアの、シェーンブルン宮殿に行った時、気分相当ハイになってましたよ。
    同じくシシーを好きだった友人と二つマグネットを買い求めたのは、星形の髪飾りをつけ、扇子を手に持った美しいシシーの姿のでした。
    今も冷蔵庫の一番上に、飾ってあります、大好きなシシーの姿です。
    暗殺されたシシーの最後は、悲しく涙を誘われました。                  
    ロミーシュナイダーのシシー、シェーンブルン宮殿近くに立て看板が出てましたが、こんな笑顔なんてシシーにあったのか、似合わないですね。

    2022年03月26日20時32分返信する 関連旅行記

    Re: シシー

    みちるさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    シシー、皇妃エリザベートを最も良く描いたと云われる
    ヴィンターハルター作品、お気に入りでしたか!
    皇妃の完璧な美しさを作家の塚本哲也さんが的確に表現された
    ことに私も納得したものです。
    美貌以上に、皇妃のドラマチックな人生もまた興味深いものです。

    ドイツの旅では興味をもって、訪ねたのはヒトラー暗殺未遂事件
    を起こしたシュタウフェンベルク伯爵の生まれた城と、
    バイエルン公爵家の王女・後のオーストリア皇妃エリザベートが
    一家で過ごした城、それにザクセン強王に愛妾コーゼル伯爵夫人が
    その死までの49年間、幽囚されたシュトルペン城でした。

    特に脈絡のない探し物をしたような旅でしたが、とりわけ
    シシーに興味を持ったのは2004年にシュタルンベルグ湖畔にある
    Golfhotel Kaiserin Elisabeth 、*ゴルフホテル 皇妃エリザベート
    に3泊し、このホテルと皇妃の関係などを知ったからでもあります。
    2011年の春に行った旧東独の旅で、皇妃の母ルドヴィカの伯母である
    プロイセン王妃・Elisabeth Ludovika von Bayernエリザベート・
    ルドヴィカの名を皇妃エリザベート(Sisiシシー)に与えられたと
    知ったこともあります。

    本章の写真で見られたように、この一族の女性は皆さん美しい。
    ロミーシュナイダーのシシーの映画は人気があったようですが、
    私もピンと来ないです。

    *ご参考:
    ≪皇妃エリザベートのお気に入り:ホテル・カイザリン・エリザベート≫
    https://4travel.jp/travelogue/11003358

    それではまた。
    jijidaruma
    2022年03月27日00時36分 返信する

jijidarumaさん

jijidarumaさん 写真

33国・地域渡航

12都道府県訪問

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2025.06.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2025年を迎えている。

(2025.06.11.)

行ってみたい場所

ドイツ

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現在12都道府県に訪問しています