旅行のクチコミと比較サイト フォートラベル

jijidarumaさんのトラベラーページ

jijidarumaさんへのコメント一覧(5ページ)全418件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 息栖(いきす)神社

    jijidarumaさん、新年あおめでとうございます。

    鹿島香取は参拝したことがありますが、息栖神社はまだ未踏です。
    いつかはと思っているうちに月日が流れ。。。
    三つの中では、一番小さく、名も知られていない感じがします。
    忍潮井は、面白そうですね。
    以前、天橋立の砂州でも清水が湧く井戸があり、驚いたことがあります。
    何故、海水が混じらないのかと。
    この社も、かつては海に鳥居が立っていたのでしょうね。

    それでは、今年もよろしくお願いいたします。
    旅猫
    2025年01月11日06時40分返信する 関連旅行記

    Re: 息栖(いきす)神社

    旅猫さん、
    今晩は。新年おめでとうございます。
    本年も宜しくお願い致します。

    鹿島・香取とともに東国三社に数えられる息栖(いきす)神社は思っていた以上に素晴らしく、本編を独立させて投稿しました。
    忍潮井(おしおい)が汽水(きすい: 海水と淡水の混合による低塩分の水)の中に湧き出す非常に珍しい)だと云う事も大変興味深く、かつてドイツでこの汽水の言葉を知ったのですが、日本の地でこれを見るのは初めてでした。

    佐原や潮来には堀割を遊覧する小舟が観光客を乗せていますが、かつての「木下茶船」(きおろしちゃぶね)と呼ばれた乗合船・遊覧船が復活したら、是非乗りたいものです。

    さて、早速の御挨拶、ありがとうございます。
    今日は鏡開きということで、鏡餅を切り、お汁粉を作ってもらって、
    3時のお茶をしました(笑)。まだまだ正月気分なのです。
    そして、Wienの楽友教会でのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートをTV(毎年NHKの番組恒例)で聴きました。楽友教会のホールには円安の所為か?日本人のお客が少ない感じがしましたが。
    音楽には!門外漢ですが、気分の良いワルツの各曲、オーストリアの第二国歌と称される「美しき青きドナウ」を楽しみました。

    それではまた。
    この1年もお元気でご活躍下さい。
    jijidaruma
    2025年01月11日18時08分 返信する
  • 謹賀新年

    新年あけましておめでとうございます



    jijidarumaさま、昨年はいろいろ御世話になりました。

    本年も亦何卒宜敷く御願い申します。



    令和7年 賀正





    横浜臨海公園
    2025年01月02日22時05分返信する

    RE: 謹賀新年

    横浜臨海公園さん

    明けましておめでとうございます。

    新年の幕開きは、まずまずであった気がします。

    投稿も年相応のセピア色したものになりますが、
    様々なものを適宜、選びながら進めたいと思います。

    お元気に迎えられた年、大兄の御健康、ご活躍を祈ります。

    令和7年(2025年)
     
    jijidaruma

    2025年01月02日23時48分 返信する
  • すごいレシピ編になりましたね

    jijidarumaさん

    今年も押し迫ってきましたね。
    毎日なんだか忙しかったりして、なかなか4トラにアクセスできずに、1年が終わってしまった感じです。
    奥様のレシピの記録、すごいですね。このまま本にできそう。貴重ですね。今度シュークリームを作るときには参考にしましょう。
    と言いながら、きっと近くのコージーコーナーで安くて簡単に手に入れて食べちゃうんでしょうね。

    ではどうぞ良いお年をお迎えください!
    また来年もどうぞよろしく!

    Mより
    2024年12月31日12時52分返信する 関連旅行記

    Re: すごいレシピ編になりましたね

    M-koku1さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。
    PCが不調で、折角書いた返信が固まってしまい、オタオタしている内に消えてしまいました。

    ドイツの旅ができないので、このようなセピア色の思い出を投稿することが多くなりました。

    クリスマスはシュークリームでなく、ドレスデンのシュトレンをデザートにしました。久しぶりにポアレのキッシュ料理(マトウ鯛)にロワールの白ワインで乾杯しました。この日は亡母の117回目の誕生日、この数に驚いています。
    亡母も私共も年を取りました。

    何やらこれから年越しそばだと、家内から声がかかりました。
    大晦日です。

    御健康で良いお年をお迎えください。
    それではまた。
    jijidaruma

    2024年12月31日19時57分 返信する
  • 西蓮寺の大銀杏

     jijidarumaさん おはようございます。

     茨城は好きなところですが、多くを知りません。西連寺の大イチョウは見事ですね。黄色というのは同じ空間を埋めても,陰になるどころか明るさを増幅させますね。まるで貴家の奥様のようです。(pedaruがそう言っていたとお伝えください)

     jijjdarumaさんらしく何事にも研究の癖が抜けず、今回も仏教の諸々のことを述べられていますね。たいへん勉強になります。
     水面に映ったイチョウ、みごとでした、にわかに習ったテクニック、お上手に撮れましたね。
     鉾田といえば年に一回、寺宝の幽霊のえを公開しています。たまたま行ったときに見ることが出来ました。たしかお盆の時期だったと思います。
     茨城は地味な県ですが、なかなか素敵な県です、人もおっとりしていて無欲です。
    千葉県とは真逆です(笑)。ちょっと言い過ぎでした。(笑)

     pedaru
    2024年12月17日07時32分返信する 関連旅行記

    Re: 西蓮寺の大銀杏

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    黄金色した大銀杏が天を指すように立つ姿、この景観は中々なもので、拡大色は気分が高揚します。(家内にしかるべく伝えておきました。本日の夕食は外出して和幸のとんかつ定食、私より高いものを選んでおりました^^)

    4Tra投稿では、どうも読む人に出来るだけ参考となる情報を書きたくなるのは習性になってしまいましたね。もっとも、自分で?と思った点はクリヤーにしないと気が済まぬのです・・・(それだけ無知なことが多いのは、この歳になって正直情けない)。

    確かに、茨城県は地味ですね。あまり観光宣伝も上手くないのかもしれません。水戸だけとってもなかなかのものですがね。私自身千葉県在住の為、鹿島神宮、水郷潮来といった東に偏った観光をしています。

    鉾田の幽霊の絵、一度見たいものです。これで宿題が増えました(笑)。
    新しい運転免許証を10月に頂きましたが、高速で走るスピード感覚がづれてきた、夜間運転が見にくいなど、車で走る観光は疲れるようになりました。

    少々早いですが、良き年をお迎えください。
    それではまた。
    jijidaruma
    2024年12月18日00時00分 返信する
  • イプホーフェン

    聞き覚えのあるオクゼンフルトという名が引っかかったので拝見してみました。この辺りは以前出かけた事があるので。
    イプホーフェンのツェーントケラーは宿泊した事があります。忘れていましたので調べてみましたら2001年のクリスマスシーズンの時でした。ここは名前にホテル&ワイングートとありましたので、ワイン畑も持つホテルでしたね。ワインは美味しかった記憶があります。
    この時はザクゼン・アンハルト州が中心だったので、バイエルンはヴュルツブルクやオクゼンフルト、マルクトブライト等のマイン川沿いを車で巡っただけですがとても懐かしいですね。堪能させていただきました。
    2024年12月06日09時12分返信する 関連旅行記

    Re: イプホーフェンとロマネスク街道

    クリスさん、
    今晩は。お立ち寄りとコメントまで頂きありがとうございました。

    以前、貴兄の旅行記では、No.15のマリア・ラーハ修道院を拝見した事がありました。日本人観光客がこの地を訪れて、旅行記を書くことも珍しいので、大変記憶に残っておりました。

    本編掲載のフランケン地方のイプホーフェン・ツェーントケラーにご宿泊されたとの事、ツイ貴旅行記を拝見したいと思い、探してみました。20年以上も前の旅でしたから、さすがに掲載がありませんでしたね。
    こうして旅行記を懐かしんで読んで頂くのは、掲載した者としては大いなる喜びです。

    ドイツのバイエルン州は好きな州で、中でもフランケン地方は古城群も古城ホテルも多く、それらが大好きな私はよく走りましたね。

    2001年にザクセン・アンハルト州にお出かけだったとの事、推測するに、1991年に作られた“Strasse der Romanikロマネスク街道“、長さ1,200kmの一周ルートを巡られたのでしょうね。
    私はロマネスク街道の名を初めて知ったのは、2005年にHarzハルツ山地などを巡った時でした。Quedlinburgクヴェトリンブルクは世界遺産の町ですが、以下の南ルートに入っています。この町でロマネスク街道の標識を見て、パンフレットを読んで知ったのでした。
    ザクセン・アンハルト州で神聖ローマ帝国の皇帝オットー1世(大帝)の足跡を目指すと、ロマネスク様式がいっぱい詰まった町を辿ると云う。
    1,200kmは65の町と80ものロマネスク建築の大聖堂や教会、修道院、古城と皇帝の居城を結んだものだそうですね。
    装飾豊かな木組み建築家屋や古城が数多く見られ、中世の時代を思い起こさせます。
    ロマネスク街道には北と南の2つのコースがある。

    北ルートはArendsee 、Bebertal 、Burg、Gross Ammensleben、Havelberg、Leitzkau、 Loburg、Magdeburg、Redekin 、Rohrberg、 Salzwedel 、Walbeck 、Wustなど。
    南ルートはAllstedt 、Bad Koesen、Blankenburg、Burg Falkenstein 、 Eckartsberg、Freyburg、Halle、 Ilsenburg、Klostermansfeld、Lutherstadt Eisleben、Merseburg 、 Naumburg 、Quedlinburg、 Querfurt、Seeburg 、Wanzleben、Zeitzなど。

    ツイ、以上の事も思い出し、長い返信になりました。ご容赦ください。

    又機会あれば、お立ち寄りください。
    jijidaruma
    2024年12月06日19時43分 返信する

    RE: Re: イプホーフェンとロマネスク街道

    この当時はまだ現役でしたので年末年始の休みを利用しての家族旅行でした。
    8日程度の行程しか組めませんでしたので、あまり広範囲という訳にもいかず北ルートは行けていません。Fuldaからハルツ山脈の南にあるStolberg (Harz)を越えて、南ルートではQuedlinburgはもちろんですが、Ilsenburg、Drübeck、Halberstadt、Wernigerode、Gernrodeといった場所になります。後はルートではありませんがGoslarにも寄りました。
    冬のドイツは日照時間も短いですし教会の撮影は光量が足らず厳しかったですね。引退した後はロマネスクの本場となるイタリア、フランス、スペインが中心になってしまいます。年齢的にも厳しくなっているので、限られた時間の中ではもうドイツには行けないかもです。

    返信ありがとうございました。また拝見させていただきます。

    2024年12月07日08時42分 返信する
  • 歴史

    jijidarumaさん、こんにちは。

    ドイツの古城や古城ホテルがお好きでしたか。
    欧州の古城と言うと、どうしてもドラキュラを思い浮かべてしまいます。
    それにしても、日本と同じく、やはり戦乱の時代はどこにでもありますね。
    それぞれに歴史があり、大きな時代の転換点となる戦いがあり。
    個人的には国内ばかりですが、欧州の中世の歴史も面白そうです。

    旅猫
    2024年11月21日09時40分返信する 関連旅行記

    Re: 歴史

    旅猫さん、
    今晩は。お立ち寄りとコメント書き込み、ありがとうございました。

    本編は私も途中であきらめかけたものですから、読む方すれば、たいへん面倒であったことでしょう。私の家族に残す意味もあって、出来るだけ固有名詞はドイツ語を併記しますので、多分読みにくいし、ドイツ人の氏名などは読んでいる最中に忘れてしまい、元に戻って読み直す事になりがちです。
    日本の戦国時代を思わせる、ドイツの地方・地域の争いを投稿しましたので、本編にご興味を持っていただいただけで、深謝しております。

    さて、欧州の古城というと、ドラキュラ(ルーマニアのブラン城)が旅猫さんのイメージに御有りの様子、ドイツの古城に拘泥したばかり、残念にもドラキュラの城は見ていません(苦笑)。

    ドイツ感傷旅行と称して、退職後の旅を十数回訪れましたが、目的は古城ホテルや古城探訪、そして古城ホテルのグルメレストランの食事を楽しむことでした。
    例えば、2016年秋の旅ではライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの4つの地域を中心に巡り、15日間、機中1泊、ホテル13泊のうち12泊を古城ホテルに泊まるといった旅をしました。
    従って、かつて宿泊した古城ホテルも相当な数になっています。
    レンタカーで田舎を巡りますのでそうした事が出来るのです。水城、山城、平城の古城・宮殿も様々で、古城の歴史を読み解く面白さもありますが、時には伝説が残る古城もあり、伝説好きでもある私には実に興味深いのです。

    <古城巡り(私の覚えにこんな事を書き残しています)>
    2012年の春に走った地域は古城群が実に多く、訪れる事が出来たのは52の古城でした。2013年の秋の旅は30の古城を訪れ、2014年の春の旅では29の古城を訪れた。2015年の夏は数が減ったものの、21の古城めぐりが出来た。
    2016年は昨年同様の21の古城を数えた。
    古城・古城ホテル好きとしては、まずまず満足でした。
    この5年で合計153の古城数になっているが、ドイツの古城群は2万とか3万とか、桁が違う数があります。

    ドイツの旅は、もう困難でしょう。昔のアルバムをめくって、楽しむしかなさそうです。
    それではまた、ありがとうございました。
    jijidaruma
    2024年11月21日19時14分 返信する
  • 「T4作戦」、久しぶりに目にしました

    jijidarumaさんこんばんは。
    いつもお世話になっています。

    「T4作戦」、忘れかけていた懐かしい言葉に出会いました。
    と言いますのも、私も随分前に調べたことがありました。
    Jijidarumaさんも書いていらっしゃいますが、ミュンスターで『クレメンス・アウグスト・フォン・ガレン司教』の像を見て、調べるうちに「T4作戦」を知りました。
    イトシュタインにもT4作戦の施設があったのですね。あの美しい町に、あのおぞましい施設が・・、知りませんでした。

    ここのところ齢をとったせいか、旅行記を書いても現代史に触れるのが億劫になっていましたが、jijidarumaさんの旅行記で、久しぶりにそのころの情熱が戻ってきた感じです。ありがとうございました。

    私の2017年のミュンスター、ガレン司教の旅行記です。
    「それはホロコーストのリハーサルだった」・ヒトラーの安楽死計画を敢然と非難した勇気ある司教
    https://4travel.jp/travelogue/11393976

    himmel
    2024年10月03日21時16分返信する 関連旅行記

    Re: 「T4作戦」、久しぶりに目にしました

    himmelさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。
    まだまだ、お元気に投稿を続けておられて、素晴らしいことです。

    2017年の「それはホロコーストのリハーサルだった」・ヒトラーの安楽死計画を敢然と非難した勇気ある司教・・・を改めて拝読しました。
    よく見たら、立ち寄って読みましたとばかりに、「いいね」していました(苦笑)。拝読していなかったら叱られていたような・・・。
    再読しても、誠に素晴らしい旅行記で、いつもながら感服しています。

    さて、2016年、2019年とミュンスター地方を訪れて、水城、古城群、伝説の多い事に楽しんだ覚えがあります。「T4作戦」とガレン司教の事も「2016年ドイツの秋にライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの旅に出かけた」際に、聖者たちの場所Xantenクサンテンの列福者の事と一緒に纏めた一文が投稿もせず、手元にありますから、私自身がその事すられ忘れていたようです。
    従って、<ガレン司教とナチスの「T4(テーフィア)作戦」との関わりを全く知らなかったのです。>とは誤りで、後で修正しておきます。

    何故?言及しなかったのか、多分、「1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件に関与した人たち(ベーゼラーガー男爵兄弟)」とか、時代がさかのぼる「爆弾ベルンハルト」と畏怖されたミュンスターのガレン侯爵司教(Christoph Bernhard von Galen クリストフ・ベルンハルト・フォン・ガレン、1606年~50年)の事といった話に、興がおもむくまま注力したせいかもしれません。

    1983年当時は40歳、駐在業務に追われて、「T4作戦」などの恐ろしい事を知らずにいましたね。

    それではまた。ありがとございました。
    jijidaruma
    2024年10月04日01時07分 返信する
  • ホテルについて

    ディンケルスビュールとローテンブルクどちらに泊まるか悩んでいるのですが
    こちらのホテルにされた理由はありますか?
    2024年09月01日11時07分返信する 関連旅行記

    Re: ホテルについて

    Yu Gさん 、
    今晩は。初めまして。

    さて、2012年の旅はロマンチック街道を久しぶりに走りたくて、計画したものでした。
    私はドイツ駐在が長く、ドイツの古城ホテルや古城好き、伝説好きなので、好んでそれを目当てに退職後もレンタカーで旅をしています。

    ディンケルスビュールとローテンブルクもロマンチック街道の珠玉と称されている町々なので、いずれを選んでも満足されることでしょう。
    この年はマイン川沿いに<白雪姫>の伝説の城を見つけた事でちょっと北に寄り道してから南下しました。行程は一日に走る距離、興味のある町の観光、宿泊ホテルの良さなどを勘案しました。
    ローテンブルクは駐在中も含めると何度も観光し、記憶の上では2度泊まったでしょう。その多くは近郊の古城ホテルに宿泊しています。世界中から宿泊客も多いから、私的には市内に宿泊するのを敬遠したと云う事です。
    ディンケルスビュールの方が町はこぢんまりとして、町一番の歴史ある木組み建築のホテル(本編をお読み頂けば)を見つけた事、そして伝説・Die Kinderzecheキンダーツェッヒェの祭りも、こちらに泊まった一つの理由です。

    ともあれ、ドイツがお好きなれば、そしてレンタカーに慣れておられるならば、ドイツ有数の街道を例えばロマンチック街道、古城街道、ゲーテ街道をじっくり訪ねてみるのも宜しいかと思います。

    望まれた回答になったか、分かりませんが、旅の一助になれば幸いです。
    お気に入られたら、本旅行記に<いいね>してくださいね。
    jijidaruma
    2024年09月02日01時47分 返信する
  • 懐かしの地

    jijidarumaさん、こんにちは。
    ドイツが長いjijidarumaさんにとっても、この地は特に思い出深いようですね。
    私もバイエルンが好きで、ドイツ人の友人夫妻がミュンヘンに住んでいるので、
    何度も出かけました。昔スイスからドイツに行くと、アウトバーンや国道などの
    道路端に雑草が生えていて、ドイツはスイスよりも管理が行き届いていないなと思ったのですが、それは一面であり、ひとつひとつの町や村を訪問するにつけ、その蓄積の
    重厚さに、目に見えたり、見えなかったりする文化資産の継承が積み重なって、ドイツの歴史になっているのだなと思いました。お金をかければできるものとは違う価値を羨ましく思ったものです。私の職業柄、jijidarumaさんの会社の方たちとは、分野を問わず関わりを多く持ちました。今でも年賀状を交わしている人もいますが、当時は日本の成長期でもあり、若い世代でも多く海外勤務に送り出されて、同世代の人たちとの
    交流も刺激になりました。
    ケーニヒスゼーには、学生時代に企業研修でマンハイムにいた時に旅行しました。
    あの時代も今でも変わらぬ美しさを保っていますね。
    コロナで海外旅行が出来ない期間がながくなり、ヨーロッパに行きたいという気持ちが
    余り涌かなくなってしまいましたが、体調が万全であれば、ドイツの田舎をゆっくり旅したいものです。絢爛豪華な文化財ではなく、町や村に触れたいなあと思っています。
    この暑さではどこにも行きたくありませんが。
    残暑はますます厳しくなっています、どうぞご自愛くださいますよう。
    Rolleiguy
    2024年08月18日15時55分返信する 関連旅行記

    Re: 懐かしの地

    Rolleiguyさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。
    残暑お見舞い申しあげます。

    当地は台風7号、予想と違って雨も風も少なくすみました。恵みの雨であったのは家内にとって幸いでした。庭木は専ら家内が水やりして、私は蚊に刺されるのが嫌だと、涼しい屋内で過ごしています(苦笑)。

    バイエルンの旅は気持ちが実に落ち着きますね。
    巡る風景も人々の人情も誠に好ましく、今一度、バイエルンの地を巡りたい、出来れば隣のザルツカンマ―グートも走ってみたいと思っていたら、手元に古いアルバムを引き寄せて見ながら、今回のような思い出の記を書いてしまいました。ケーニヒスゼーで1909年より電力のボートを使用したなどと歴史を知ると、ドイツ人の文化度の高さを思い知らされますね。

    思えば、ドイツでの企業活動はトヨタの車でもまだまだ認知度も低い頃、企業戦士はよく頑張りました!そして御行には大変お世話になりました。
    会社でも私はドイツ党と呼ばれていましたが、いろいろあったものの、ドイツ駐在で良かったなと、時々家内とも話をしています。
    先日も60代の知人からメールがあり、彼のお嬢さん家族の事を書いてきました。彼女の御主人の研究(大学の文化交流:ハイデルベルク大学、ミュンヘン大学)で家族はミュンヘン在住とのこと。この春にお孫さんのミュンヘン日本人学校運動会を見に訪ねたそうです。南ドイツやウィーンも旅してきたそうです。
    以前、彼にハイデルベルクの話(4Traでも投稿)などを数編コピーして送った事があり、お嬢さんに見せたとか。
    彼曰く、ドイツ党が増えそうですよと、嬉しいことです(笑)。

    2004年に南ドイツからオーストリアを巡った事がありました。写真が少ないですが、今時々、口コミを投稿しています。その内、その懐かしいオーストリアの旅を投稿しますので、又お立ち寄りください。

    それではまた。酷暑もまだまだ、皆さま健康第一にお過ごしください。
    jijidaruma
    2024年08月18日20時02分 返信する
  • なんじゃもんじゃの木

     jijidarumaさん おはようございます。

     神社にどうどうと生い茂る大木、見ているだけでパワーももらえるきがしますね。特に表紙の写真は大木の姿を見事にとらえています。
    なかなか、大木は大きすぎて、思うように写真に撮れません。
     なんじゃもんじゃの木はいろんな種類があるそうで、私が知っているのは御徒町の公園にあるものです。真っ白な花をつける時期に見ています。

     神崎町は以前訪れたことがありますが、こんな立派な神社があるとは知りませんでした。酒造会社をおとずれて酒粕と清酒を購入しました。
     また機会があったら神社をおとずれなんじゃもんじゃの木を見て、もんじゃ焼きなど食べたいですね。
     蒙古襲来ならぬ猛暑襲来です。お体大切に。

     pedaru
    2024年07月05日06時53分返信する 関連旅行記

    Re: なんじゃもんじゃの木

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    なんじゃもんじゃの木の写真、恐縮です。
    黄門さまの謂れがあるので、黄門ファンの私はしっかり
    撮らねばと・・・^^。
    友人たちに送る暑中見舞いの手紙の巻頭を飾るには、気分の
    良い写真かなと思います。
    ご立派な立ち姿を撮るべく、正面、横から、裏手からとしっかり
    写しましたから、アラも目に着きます。
    樹齢が古いだけに、火災により一部焼失とか、1本の木ではなく、
    何やらみんなで支え合っている大木に少々驚きながら、
    これまた良しと納得したものです。
    なんじゃもんじゃの木の花は知りませんでした。
    機会があれば、また見てみたいものです。

    蛇足ですが、欧州、中でもドイツでは、日本的な古木や巨木を
    【神木】としてとらえているようには思いませんが、ドイツ人
    がゲルマンの時代から【菩提樹】や【樫の木】にその精神性を
    見ていたように思います。
    以前、此処でも書いた【枯れ死した『Goethe Eicheゲーテの樫の木』
    とブーヘンヴァルト強制収容所】の樫の木を思い出します。

    それではまた。
    jijidaruma


    2024年07月05日19時26分 返信する

jijidarumaさん

jijidarumaさん 写真

33国・地域渡航

12都道府県訪問

写真 | QA掲示板 | 行ってきます | 掲示板 クリップ

jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

行ってみたい場所

ドイツ

現在33の国と地域に訪問しています

拡大ボタンを押すと地図が
動かせます。

現在12都道府県に訪問しています