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jijidarumaさんへのコメント一覧(4ページ)全412件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 「車でヨーロッパの古城ホテルに宿泊して旅する」・・・なんて魅力的なのでしょう!

    jijidarumaさん

    こんにちは。

    「車でヨーロッパの古城ホテルに宿泊して旅する」、まさにこんな旅ができたら素敵だなと思い、とても楽しませていただきました。

    私も現役時代にアメリカではレンタカーで国立公園などを周遊していましたが、昔パリで運転して懲りて以来、ヨーロッパでは車で移動したことがありません。
    最近では、国内でも運転して旅行するのがだんだん億劫になり、今度5月に予定している4か国周遊も、重いキャリーを転がしながらの電車移動になりそうです。

    ルーカス・クラーナハのファンなので、フランケンギャラリーの情報は大変参考になりました。
    彼は単なる宮廷画家ではなく、宗教改革の視覚的な伝達者であり、時代の変遷の中で巧みに立ち回った政治的センスを持つ人物でもあった点が非常に興味深いですね。
    仕えていたヨハン・フリードリヒ4世がシュマルカルデン戦争で神聖ローマ皇帝カール5世に敗北し、1547年にザクセン選帝侯の地位を剥奪され幽閉された際にも、クラーナハは彼に忠誠を貫き、最後まで行動を共にしました。
    幸い、カール5世のお気に入りの画家でもあったため処罰は免れ、画家としての人生を全うしました。
    また、ご存じのとおり、クラーナハはマルティン・ルターを支援し、ルターの肖像画を描くことで宗教改革を視覚的に広め、資金援助も行っていましたね。

    息子のルーカス・クラーナハ(子)も父の影響を受けながら独自のキャリアを築き、ヴィッテンベルクからドレスデンへ移り、アルベルティン家の宮廷画家となりました。
    彼の人生もまた波乱万丈だったことが想像されます。

    いつかクローナハを訪れてみたいと思います。

    続きの旅行記も楽しみにしています!

    kawausoimoko 拝
    2025年03月08日13時58分返信する 関連旅行記

    Re: 「車でヨーロッパの古城ホテルに宿泊して旅する」・・・なんて魅力的なのでしょう!

    Kawausoimokoさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    先ほど、レンタカーの旅その2(~2016年)をご一読頂きありがとうございました。結構長文の旅行記だったと思いますが、古城ホテルに泊まる楽しさも感じて頂けた様子、古城好き、古城ホテル好きとしては誠に嬉しいものです。(同じ駐在体験しても、私共のようにドイツの田舎を楽しんだ駐在員はいなかったかと・・・)
    実はコロナ騒ぎでドイツの旅を断念して以来、南ドイツとザルツカンマ―グートなどを再訪すべく、計画しましたが、傘寿を過ぎて、段々レンタカーの旅も難しいかなと思うようになりました。5月に4か国周遊を計画との事、実に羨ましく思います。

    レンタカーの運転ですが、次のような事を書いたことがあります(駐在時や定年後の旅でヨーロッパは凡そ20万kmを走りました):
    「ヨーロッパ各国を車で走った経験ではやはりドイツ系の国・ドイツ、オーストリア、スイス、リヒテンシュタインが一番安心して走ることができる。運転技術やマナーがベストと言える。次にドイツ語をしゃべる地域をもったオランダ、ルクセンブルグ、ベルギーで、ドイツ系の人たちの影響があるのだろうか。
    3番手にイギリス。4番手はイタリアで、最後はフランスがくる。
    私もパリには数回訪れているが、パリ市内などはドイツ人に言わせると“Chaosカオス(混乱、無秩序)”だそうだ。この表現には納得する。」・・・レンタカーに乗るにはドイツから始めるのが一番です・・・もっとも難民が多くなった今は???。

    さて、ドイツの画家で同世代を生きたニュルンベルクのデユーラーとクローナハのクラーナハ、前者の代表的な自画像やカール大帝の肖像画、後者の金持ちの老人と若い女、ヴィーナスと(ハチミツを盗んで蜂に刺された)キューピッド、ルターの肖像画(工房のあったヴィッテンベルクも訪れました) などを見ると、対照的ですね。
    特にクラーナハはルターの友人でもあった所為か、政治的にも宗教的にも一歩踏み込んだ対処をしていたのは、作品の独特な印象からうけるのとは、別な気骨のある面を見せていて、それが面白いです。

    又含蓄のある美術紀行を拝見しに参ります。
    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma

    2025年03月08日19時07分 返信する
  • 古城ホテル

     jijjidarumaさん おはようございます。

     古城ホテルは私の憧れです。ちなみに昨年行ったアイビースクエアにある
    倉敷紡績創業の旧工場で、改修されたホテル、つまり「工場ホテル」でした。

     旅行記ののっけから城主自ら車を出してくれたり、煙突掃除のチンチムリーにであったり、幸運が重なり、幸先良い出だしとなりましたね。

     城主といえば今でこそ対等にお話もできるようですが、昔なら、なれなれしいぞ、と捕縛され地下の拷問室でひどい目にあいそうです。
    それにしても、言葉が出来るという事はなんとすばらしいことでしょう。
    旗を持った添乗員の後に着き、ひととおり表面を見て回る、旅行中現地の人とひとことも言葉を交わさない、こういうのと比べると、深く思い出に残る旅になりますね。
    羨ましいです。

     pedaru
    2025年03月07日05時57分返信する 関連旅行記

    Re: 古城ホテルと工場ホテル!

    pedaruさん、
    今日は。いつもありがとうございます。
    それにしても早々と、冴えたコメントを頂きありがとうございました。
    実に驚きです。

    私などは怠け者にて、遅寝遅起きと老人らしからぬ日常で、家内に叱られています。夜分が一番落ち着き、何故か古いパソコンもスムースに動きます。
    頭の方は固くて、スムースでないのが残念ですが、こうして十数年前の旅を
    思い出し、懐かしみながら、投稿させて頂きました。
    (2009年の旅行記はこれで漸く二件目です)

    最近、日本もお城の一角をホテル(すごく贅沢、高い宿泊費)にしているのをTVでみました。倉敷も大阪単身時代の頃に、家内の来阪の際に足を延ばしました。美術館や美観地区巡りで訪れ、取引のあったクラボーさんの<倉敷紡績創業の旧工場で、改修されたホテル、つまり「工場ホテル」>もその頃すでにありました。でも「工場ホテル」はオアシが無くて、断念しました(-_-;)。
    思えば、退職後のドイツ感傷旅行の方が、田舎周りだった所為か、オアシにやさしい古城ホテルが多かったようです(笑)。

    城主さまは代々の伯爵、当時70歳で、元軍人らしい姿勢の良い方でした。
    親切で、日本人にも優しく接して頂いたのは今も嬉しい思い出です。
    長い歴史を継続して守るという事は素晴らしいことで、もう日本ではそうした事を見るのも少なくなりました。さすがに古城を守っていく難しさを城主さまがつい愚痴っぽく口に出された事を今も記憶に残っています。

    何年か後に近くを通り、写真と同じように高々とした古城を望みました。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2025年03月07日16時43分 返信する
  • Kartoffelkn旦del

    最初のヨーロッパ旅行は50年以上前、当時のドイツは東西に分かれていましたが団体のバス旅行で東側にも行きました。ミュンヘンから南下しインスブルックまでの行程の中で昼食時に、場所は忘れましたが初めてカルトフェルクネーデルをいただきました。シンプルでしたが出汁が効いてとても美味しかった。様々なバリエーションをもち南西ドイツを中心の食文化圏で広まっている料理のようで、他でも何度か食べていますが最初の時の感動には適いませんでした。
    2025年02月12日08時21分返信する 関連旅行記

    Re: Kartoffelkn旦del

    クリスさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    50年以上前、当時のドイツのベルリンなどに旅行された様子、私が初めて東独に足を踏み入れたのは1977.6.8~6.9(1泊2日)、西ベルリンに先輩社員と出張した時ですから、ずっと遅かったですね。
    二度目は1983.4.1~4.4(3泊4日)、東西ベルリン旅行に家族で行きました。

    クネーデルについては、4Traのドイツ好きでもあまり食べられた体験をお見かけしておりませんし、写真で見る機会も殆どなくて、このようなセピア色の思い出話を書いてしまいました。

    クリスさんにとっては、旅の中で食べたクネーデル、よほどクネーデルが印象に残ったようですね。いまだにそのような思い出がサッと浮かんでくる旅はきっと楽しく、充実したものであったように思われて、素晴らしいです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年02月12日11時43分 返信する
  • クネーデル

    jijidarumaさん、こんにちは。
    クネーデルにまつわるお話興味深く拝見しました。
    昔々、学生時代にドイツに行ったときにこのクネーデルを初めて食し、
    まあなんと洗練されていない料理なんだと、たかが学生風情なのに思ったものです。
    しかし、ドイツでのジャガイモと生活の結びつきには、日本での豆腐みたいなものが
    あるのかもしれませんね。いろいろな料理の写真で、また食べたいなと思ったのは
    シュヴァインスブラーテンです。地味な田舎料理のようにも見えるし、ポークを見た目も美味しそうに料理したようにも見えて、私は好きです。
     セピア色に変色してしまった写真は、パソコンに写真編集用のアプリが入っていれば簡単に修正できます。お孫さんに頼んでみてはいかがですか。
    風邪をひかれた由。どうぞご自愛ください。ドイツは遠くなりましたが、私は今年は
    9月に行こうと思っています。一人では危ないので娘と。
    春も近付いて来ました。陽光に導かれて外出できる日が待ち遠しいですね。
    Rolleiguy
    2025年02月09日22時49分返信する 関連旅行記

    Re: クネーデル

    Rolleiguyさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    クネーデルはエルゼ夫人とともに強い印象の残る一品でしたから、私共のドイツ生活を彩る「セピア色の思い出の一章」に是非加えたく思っていました。

    「学生時代にクネーデルを初めて食し、まあなんと洗練されていない料理なんだ」と大兄も思われた由、ドイツ人の生活にしっかり根付いてしまったクネーデルは確かにそのような印象でしたね。「日本の豆腐」と比喩されておられますが、言い得て妙なもので、料理としてはメインではなく、付け合わせ、添え物ですが存在感はあります。

    さて、此処でご紹介したGoulashsuppeグーラッシュズッペ(パプリカ風味の肉入りシチュー)にクネーデルを添えた一品、Schweinsbraten mit Knödelnシュヴァインスブラーテン(豚肉のロースト)に付け合わせたクネーデル、 Schweinshaxe mit Kartoffelknödelバイエルン風シュバイネハクセ(ローストした豚のすね肉)にじゃがいも団子は、ドイツレストランでは定番ものですね。私も又食べたい料理です。

    大兄、9月にはドイツにお出かけの由、実に羨ましいですね。旅行記が楽しみです。
    我が家の最年長の孫娘が大学卒業にあたり、2月中旬に南ドイツにツアーで出かけると聞きました。初めての欧州で南ドイツを選んだのは嬉しく、ツイ、手元のユーロをお祝い(御餞別に)にあげました(笑)。
    若者は良いですね。

    アドバイス頂いた、セピア色に変色してしまった写真の編集用のアプリ、検討して見ます。ありがとうございました。

    寒さはまだまだの様子、大兄もご自愛ください。
    それではまた。
    jijidaruma
    2025年02月10日14時25分 返信する
  • 息栖(いきす)神社

    jijidarumaさん、新年あおめでとうございます。

    鹿島香取は参拝したことがありますが、息栖神社はまだ未踏です。
    いつかはと思っているうちに月日が流れ。。。
    三つの中では、一番小さく、名も知られていない感じがします。
    忍潮井は、面白そうですね。
    以前、天橋立の砂州でも清水が湧く井戸があり、驚いたことがあります。
    何故、海水が混じらないのかと。
    この社も、かつては海に鳥居が立っていたのでしょうね。

    それでは、今年もよろしくお願いいたします。
    旅猫
    2025年01月11日06時40分返信する 関連旅行記

    Re: 息栖(いきす)神社

    旅猫さん、
    今晩は。新年おめでとうございます。
    本年も宜しくお願い致します。

    鹿島・香取とともに東国三社に数えられる息栖(いきす)神社は思っていた以上に素晴らしく、本編を独立させて投稿しました。
    忍潮井(おしおい)が汽水(きすい: 海水と淡水の混合による低塩分の水)の中に湧き出す非常に珍しい)だと云う事も大変興味深く、かつてドイツでこの汽水の言葉を知ったのですが、日本の地でこれを見るのは初めてでした。

    佐原や潮来には堀割を遊覧する小舟が観光客を乗せていますが、かつての「木下茶船」(きおろしちゃぶね)と呼ばれた乗合船・遊覧船が復活したら、是非乗りたいものです。

    さて、早速の御挨拶、ありがとうございます。
    今日は鏡開きということで、鏡餅を切り、お汁粉を作ってもらって、
    3時のお茶をしました(笑)。まだまだ正月気分なのです。
    そして、Wienの楽友教会でのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートをTV(毎年NHKの番組恒例)で聴きました。楽友教会のホールには円安の所為か?日本人のお客が少ない感じがしましたが。
    音楽には!門外漢ですが、気分の良いワルツの各曲、オーストリアの第二国歌と称される「美しき青きドナウ」を楽しみました。

    それではまた。
    この1年もお元気でご活躍下さい。
    jijidaruma
    2025年01月11日18時08分 返信する
  • 謹賀新年

    新年あけましておめでとうございます



    jijidarumaさま、昨年はいろいろ御世話になりました。

    本年も亦何卒宜敷く御願い申します。



    令和7年 賀正





    横浜臨海公園
    2025年01月02日22時05分返信する

    RE: 謹賀新年

    横浜臨海公園さん

    明けましておめでとうございます。

    新年の幕開きは、まずまずであった気がします。

    投稿も年相応のセピア色したものになりますが、
    様々なものを適宜、選びながら進めたいと思います。

    お元気に迎えられた年、大兄の御健康、ご活躍を祈ります。

    令和7年(2025年)
     
    jijidaruma

    2025年01月02日23時48分 返信する
  • すごいレシピ編になりましたね

    jijidarumaさん

    今年も押し迫ってきましたね。
    毎日なんだか忙しかったりして、なかなか4トラにアクセスできずに、1年が終わってしまった感じです。
    奥様のレシピの記録、すごいですね。このまま本にできそう。貴重ですね。今度シュークリームを作るときには参考にしましょう。
    と言いながら、きっと近くのコージーコーナーで安くて簡単に手に入れて食べちゃうんでしょうね。

    ではどうぞ良いお年をお迎えください!
    また来年もどうぞよろしく!

    Mより
    2024年12月31日12時52分返信する 関連旅行記

    Re: すごいレシピ編になりましたね

    M-koku1さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。
    PCが不調で、折角書いた返信が固まってしまい、オタオタしている内に消えてしまいました。

    ドイツの旅ができないので、このようなセピア色の思い出を投稿することが多くなりました。

    クリスマスはシュークリームでなく、ドレスデンのシュトレンをデザートにしました。久しぶりにポアレのキッシュ料理(マトウ鯛)にロワールの白ワインで乾杯しました。この日は亡母の117回目の誕生日、この数に驚いています。
    亡母も私共も年を取りました。

    何やらこれから年越しそばだと、家内から声がかかりました。
    大晦日です。

    御健康で良いお年をお迎えください。
    それではまた。
    jijidaruma

    2024年12月31日19時57分 返信する
  • 西蓮寺の大銀杏

     jijidarumaさん おはようございます。

     茨城は好きなところですが、多くを知りません。西連寺の大イチョウは見事ですね。黄色というのは同じ空間を埋めても,陰になるどころか明るさを増幅させますね。まるで貴家の奥様のようです。(pedaruがそう言っていたとお伝えください)

     jijjdarumaさんらしく何事にも研究の癖が抜けず、今回も仏教の諸々のことを述べられていますね。たいへん勉強になります。
     水面に映ったイチョウ、みごとでした、にわかに習ったテクニック、お上手に撮れましたね。
     鉾田といえば年に一回、寺宝の幽霊のえを公開しています。たまたま行ったときに見ることが出来ました。たしかお盆の時期だったと思います。
     茨城は地味な県ですが、なかなか素敵な県です、人もおっとりしていて無欲です。
    千葉県とは真逆です(笑)。ちょっと言い過ぎでした。(笑)

     pedaru
    2024年12月17日07時32分返信する 関連旅行記

    Re: 西蓮寺の大銀杏

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    黄金色した大銀杏が天を指すように立つ姿、この景観は中々なもので、拡大色は気分が高揚します。(家内にしかるべく伝えておきました。本日の夕食は外出して和幸のとんかつ定食、私より高いものを選んでおりました^^)

    4Tra投稿では、どうも読む人に出来るだけ参考となる情報を書きたくなるのは習性になってしまいましたね。もっとも、自分で?と思った点はクリヤーにしないと気が済まぬのです・・・(それだけ無知なことが多いのは、この歳になって正直情けない)。

    確かに、茨城県は地味ですね。あまり観光宣伝も上手くないのかもしれません。水戸だけとってもなかなかのものですがね。私自身千葉県在住の為、鹿島神宮、水郷潮来といった東に偏った観光をしています。

    鉾田の幽霊の絵、一度見たいものです。これで宿題が増えました(笑)。
    新しい運転免許証を10月に頂きましたが、高速で走るスピード感覚がづれてきた、夜間運転が見にくいなど、車で走る観光は疲れるようになりました。

    少々早いですが、良き年をお迎えください。
    それではまた。
    jijidaruma
    2024年12月18日00時00分 返信する
  • イプホーフェン

    聞き覚えのあるオクゼンフルトという名が引っかかったので拝見してみました。この辺りは以前出かけた事があるので。
    イプホーフェンのツェーントケラーは宿泊した事があります。忘れていましたので調べてみましたら2001年のクリスマスシーズンの時でした。ここは名前にホテル&ワイングートとありましたので、ワイン畑も持つホテルでしたね。ワインは美味しかった記憶があります。
    この時はザクゼン・アンハルト州が中心だったので、バイエルンはヴュルツブルクやオクゼンフルト、マルクトブライト等のマイン川沿いを車で巡っただけですがとても懐かしいですね。堪能させていただきました。
    2024年12月06日09時12分返信する 関連旅行記

    Re: イプホーフェンとロマネスク街道

    クリスさん、
    今晩は。お立ち寄りとコメントまで頂きありがとうございました。

    以前、貴兄の旅行記では、No.15のマリア・ラーハ修道院を拝見した事がありました。日本人観光客がこの地を訪れて、旅行記を書くことも珍しいので、大変記憶に残っておりました。

    本編掲載のフランケン地方のイプホーフェン・ツェーントケラーにご宿泊されたとの事、ツイ貴旅行記を拝見したいと思い、探してみました。20年以上も前の旅でしたから、さすがに掲載がありませんでしたね。
    こうして旅行記を懐かしんで読んで頂くのは、掲載した者としては大いなる喜びです。

    ドイツのバイエルン州は好きな州で、中でもフランケン地方は古城群も古城ホテルも多く、それらが大好きな私はよく走りましたね。

    2001年にザクセン・アンハルト州にお出かけだったとの事、推測するに、1991年に作られた“Strasse der Romanikロマネスク街道“、長さ1,200kmの一周ルートを巡られたのでしょうね。
    私はロマネスク街道の名を初めて知ったのは、2005年にHarzハルツ山地などを巡った時でした。Quedlinburgクヴェトリンブルクは世界遺産の町ですが、以下の南ルートに入っています。この町でロマネスク街道の標識を見て、パンフレットを読んで知ったのでした。
    ザクセン・アンハルト州で神聖ローマ帝国の皇帝オットー1世(大帝)の足跡を目指すと、ロマネスク様式がいっぱい詰まった町を辿ると云う。
    1,200kmは65の町と80ものロマネスク建築の大聖堂や教会、修道院、古城と皇帝の居城を結んだものだそうですね。
    装飾豊かな木組み建築家屋や古城が数多く見られ、中世の時代を思い起こさせます。
    ロマネスク街道には北と南の2つのコースがある。

    北ルートはArendsee 、Bebertal 、Burg、Gross Ammensleben、Havelberg、Leitzkau、 Loburg、Magdeburg、Redekin 、Rohrberg、 Salzwedel 、Walbeck 、Wustなど。
    南ルートはAllstedt 、Bad Koesen、Blankenburg、Burg Falkenstein 、 Eckartsberg、Freyburg、Halle、 Ilsenburg、Klostermansfeld、Lutherstadt Eisleben、Merseburg 、 Naumburg 、Quedlinburg、 Querfurt、Seeburg 、Wanzleben、Zeitzなど。

    ツイ、以上の事も思い出し、長い返信になりました。ご容赦ください。

    又機会あれば、お立ち寄りください。
    jijidaruma
    2024年12月06日19時43分 返信する

    RE: Re: イプホーフェンとロマネスク街道

    この当時はまだ現役でしたので年末年始の休みを利用しての家族旅行でした。
    8日程度の行程しか組めませんでしたので、あまり広範囲という訳にもいかず北ルートは行けていません。Fuldaからハルツ山脈の南にあるStolberg (Harz)を越えて、南ルートではQuedlinburgはもちろんですが、Ilsenburg、Drübeck、Halberstadt、Wernigerode、Gernrodeといった場所になります。後はルートではありませんがGoslarにも寄りました。
    冬のドイツは日照時間も短いですし教会の撮影は光量が足らず厳しかったですね。引退した後はロマネスクの本場となるイタリア、フランス、スペインが中心になってしまいます。年齢的にも厳しくなっているので、限られた時間の中ではもうドイツには行けないかもです。

    返信ありがとうございました。また拝見させていただきます。

    2024年12月07日08時42分 返信する
  • 歴史

    jijidarumaさん、こんにちは。

    ドイツの古城や古城ホテルがお好きでしたか。
    欧州の古城と言うと、どうしてもドラキュラを思い浮かべてしまいます。
    それにしても、日本と同じく、やはり戦乱の時代はどこにでもありますね。
    それぞれに歴史があり、大きな時代の転換点となる戦いがあり。
    個人的には国内ばかりですが、欧州の中世の歴史も面白そうです。

    旅猫
    2024年11月21日09時40分返信する 関連旅行記

    Re: 歴史

    旅猫さん、
    今晩は。お立ち寄りとコメント書き込み、ありがとうございました。

    本編は私も途中であきらめかけたものですから、読む方すれば、たいへん面倒であったことでしょう。私の家族に残す意味もあって、出来るだけ固有名詞はドイツ語を併記しますので、多分読みにくいし、ドイツ人の氏名などは読んでいる最中に忘れてしまい、元に戻って読み直す事になりがちです。
    日本の戦国時代を思わせる、ドイツの地方・地域の争いを投稿しましたので、本編にご興味を持っていただいただけで、深謝しております。

    さて、欧州の古城というと、ドラキュラ(ルーマニアのブラン城)が旅猫さんのイメージに御有りの様子、ドイツの古城に拘泥したばかり、残念にもドラキュラの城は見ていません(苦笑)。

    ドイツ感傷旅行と称して、退職後の旅を十数回訪れましたが、目的は古城ホテルや古城探訪、そして古城ホテルのグルメレストランの食事を楽しむことでした。
    例えば、2016年秋の旅ではライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの4つの地域を中心に巡り、15日間、機中1泊、ホテル13泊のうち12泊を古城ホテルに泊まるといった旅をしました。
    従って、かつて宿泊した古城ホテルも相当な数になっています。
    レンタカーで田舎を巡りますのでそうした事が出来るのです。水城、山城、平城の古城・宮殿も様々で、古城の歴史を読み解く面白さもありますが、時には伝説が残る古城もあり、伝説好きでもある私には実に興味深いのです。

    <古城巡り(私の覚えにこんな事を書き残しています)>
    2012年の春に走った地域は古城群が実に多く、訪れる事が出来たのは52の古城でした。2013年の秋の旅は30の古城を訪れ、2014年の春の旅では29の古城を訪れた。2015年の夏は数が減ったものの、21の古城めぐりが出来た。
    2016年は昨年同様の21の古城を数えた。
    古城・古城ホテル好きとしては、まずまず満足でした。
    この5年で合計153の古城数になっているが、ドイツの古城群は2万とか3万とか、桁が違う数があります。

    ドイツの旅は、もう困難でしょう。昔のアルバムをめくって、楽しむしかなさそうです。
    それではまた、ありがとうございました。
    jijidaruma
    2024年11月21日19時14分 返信する

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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