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jijidarumaさんへのコメント一覧(10ページ)全404件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 新しい建物と旧市街問題

    jijidarumaさん

    新しいタワーなどが建てられ、旧市街が一体感を失っていくのは、どこの街にもある「必然」的変化なのですよね。
    それを悲しいと思う人間がいる一方で、新しくその景色に馴染み楽しむ人々もいるわけで、都市の新陳代謝に関しては複雑な気持ちになります。
    デュッセルドルフはメッセと旧市街をちらっと回っただけなので、タワーがあったかどうかも覚えていませんが、東京でもスカイツリーによって、町並みがどんどん変わってきました。最初は東京タワーが圧倒的に良いと思っていた私でしたが、今ではすっかり馴染んでしまい、隅田川とスカイツリーの織り成す新しい風景が大好きになっています。
    ロンドンなんてもっとどんどん変わっているし、かつての統一感のある美しい街並みを知っている身には、違和感が強いのの、それも時間が解決していくんでしょうね。

    ナポレオンが食事をしたというレストラン、いつか行ってみたいものです。

    Mより
    2022年01月09日07時04分返信する 関連旅行記

    RE: 新しい建物と旧市街問題

    M-koku1さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    こちらの方にコメントを頂戴してしまいましたね。
    口コミにもコメント欄があるのは少々煩わしいかもしれませんけど。

    Mさんの御趣旨は勿論反論すべき点はありません。

    経済中心に進化すると時に突飛なものが出来てしまいます。
    ドイツの古城を我が千葉に作っても違和感だらけですが、幸いまだありません。
    東京ドイツ村と称する所も、東京ディズニーランドも私には摩訶不思議ですが、
    孫たちも含めて、若い人は楽しんでいますね。

    ラインタワーは1979年から1982年にかけて建てられたので、
    もう40年の歴史があるわけですからdarumaが体験したドイツ時代を
    とっくにはるかに過ぎてしまいました。

    ただ、ドイツの片田舎巡りを好む老兵が、かつて其の30代、40代を家族と
    共に馴染んだデュッセルドルフの旧市街の景観は愛おしいもので、訪れる
    度に変わって行くのが、それもまた異質感たっぷりなのです。
    ドイツは古さを尊び、伝統を大事にしてきた国、戦災で破壊された町や村
    の歴史的な建物、市民の家並みも再び同じように再建したドイツという国、
    この国はどうなって行くのかと、残念に思うのです。
    その気持ちを一寸嘆いてみたのですよ。

    多分、それは三田の街、東京タワーが立つ景観を好んだ人にも共通する
    ものでしょう。
    東京は巨大化しすぎて、更に何かを失っていくように思います。

    jijidaruma


    P/S:
    ナポレオンが食事をしたというレストランなどは、ドイツ的な雰囲気が残る
    レストランです。是非、ナポレオンのコーナーでドイツのアルトビール
    などお楽しみアレ!
    ナポレオンはこの町にとって征服者、破壊者なのですが、英雄というものは
    好まれますね。この町はナポレオンを大事にしています。

    2022年01月09日19時24分 返信する
  • メルケル首相

    初めまして。
    メルケル首相は中国が一番のお得意様と思って中国詣でをしてきたと思います。
    揉み手をしながら中国の首脳に擦り寄り姿が浮かんで来ます。慰安婦問題でもどれだけ知識があるのかは知りませんが、当時の朴槿恵に肩入れしたり日本を軽視する人だと思っておりました。しかしながら日本は人口減少社会で衰退気味でなのでドイツに馬鹿にされても思ったりもします。何とか国力増強を図る様に政治家に頑張って欲しいと思います。
    今後ともよろしくお願いいたします。
    2022年01月02日18時50分返信する 関連旅行記

    Re: メルケル首相

    yoshiboさん、
    今晩は。度々のお立ち寄りありがとうございます。

    貴コメントの御趣旨はおっしゃる通りですね。
    昨年後半でメルケル首相が漸く!退任した事もあって、
    従来から気になっていた日独関係を番外編3編で書いてみました。
    慰安婦問題の例の像がベルリンで建てられた際のドイツの対応、
    これがニュースになった所為もあったのでしょう。
    旅先のある町で中年の親父に卑猥な言葉を投げかけられて、
    嘲笑された事がありました。
    反論をしたものの「蛙の面に・・・」でした。

    3篇の中でも当該編がお立ち寄り数が少なかったですね。
    この点はちょっと不思議な気持ちが残っています。
    貴兄にコメントを頂き、安心しました。
    本年も宜しくお願い致します。
    それではまた。
    jijidaruma
    2022年01月02日23時29分 返信する
  • メリー・クリスマス

    jijidarumaさん

    ヨーロッパのクリスマス それも前世紀のクリスマス 素敵ですね!
    私もクリスマスを古城で楽しんだ思い出があります。ロアール川の方でしたが。
    日本の感覚でいたら、ヨーロッパのクリスマスは家族のお祝いで、ホテルに来る人もほとんどなく、jijidarumaさんたちが貸切状態だったこと、さもありなんですね。
    ボーリングはアメリカのものかと思っていました。ドイツ人がアメリカに運んだのかもしれませんね。移民が多いから。
    今年も残すところあと一週間。
    一年お世話になりました。
    どうぞ良いお年をお迎えください!

    Mより
    2021年12月26日00時04分返信する 関連旅行記

    Re: メリー・クリスマス

    M-koku1さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    ロアール川の古城ホテルのクリスマス、これもまた魅力的ですね。
    クリスマス、この時期になるドイツの地に思いが飛んでいきます。
    11月末から昨日まで、意外に長いクリスマス、寒い冬を楽しむ
    知恵なのでしょう。
    この時期に食べるシュトレン、レープクーヘンの味は格別です。

    25日は亡母の生誕114年の日でもあり、私には格別の日になります。
    明治四十年生まれの母の若い頃の日記が残り、昭和三年十二月
    二十五日(満21歳)を読むと、先輩宅での送別会に出席し、誕生日を
    自ら祝うこともなく、クリスマスの一言もないのが、印象的です。
    尚、昭和二年に当時の休日法「休日ニ関スル件」が改正され、
    大正天皇祭(十二月二十五日)が設定された。日本でのクリスマス
    の習慣は大正天皇祭として休日だった時代に広く普及したとか。

    さて、ボウリングの古い写真を探しました。
    「お百姓さんのボウリング」を撮った事を思い出しました。
    並んだ木製のピン、ドイツらしい味があります。
    ドイツ=>アメリカ=>日本と流行も移り、アメリカは知りませんけど、
    日本はいまやブームが過ぎて、地方に行くと廃墟になっているのを
    見ます。本家ドイツは根強く気軽に楽しめるようです。

    コロナ、コロナで今年も過ぎました。
    お互いに元気に次の年を迎えられることは幸せです。
    来年も宜しくお願い致します。
    jijidaruma
    2021年12月26日17時13分 返信する
  • ゆったり時間の流れる大人旅ですね。

    ゆったりとした時間が流れている大人の旅日記ですね。
    私もこんなふうに、旅先の空気を自然に感じるような旅ができるようになりたいですね。

    最近、私もコロナ禍で旅行に出られないので、過去旅を紹介しようかと”4travel”を始めました。
    旅好きの人たちと繋がれるように、頑張って情報発信していきたいと思います。
    これからよろしくお願いします。
    2021年11月14日23時15分返信する 関連旅行記

    Re: ゆったり時間の流れる大人旅ですね。=>フォロー&フォロー

    World TraveRunnerさん、
    今晩は。お立ち寄りと早々のフォローありがとうございました。

    拝見すると、当方のフォロー仲間と重なる方多いですね。
    それはともあれ、「過去旅を紹介しよう」、「情報発信していきたい」との御趣旨に賛意を申しあげ、当方もフォローさせて頂きました。

    当方ドイツ大好き人間で、古城巡り、古城ホテル滞在を好み、歴史好き、伝説・民話を見つけては訳して楽しむとか、少々スタイルが違うかもしれません。

    主にドイツばかりの旅行記、それも伝説やら番外編も多く、また口コミも・・・それらを含めて内容が少々拘った形になり、短いものが少ないのです。
    また写真より文章が長くお読み頂くのも大変な所為か、飽きられてしまいます(苦笑)。
    街巡りの写真は少なく、じっくり読んで頂くのがありがたいのです。
    どうぞ宜しくお願いします。

    以上ご挨拶を兼ねて。
    jijidaruma
    2021年11月15日00時48分 返信する
  • ちょうど2年前

    はようございます、jijidarumaさん。

    クロンベルクの旅行記とても懐かしく見させていただきました。
    ちょうど2年前の11月、1泊3日の弾丸でクロンベルクに行ってシュロスホテルに宿泊したのが蘇ってきました。

    現在、コロナでヨーロッパへ行くことは難しく、クロンベルクはコロナ前に最後に行ったヨーロッパでした。1泊3日という弾丸でしたが、あの時頑張って行っていて良かったなと思っています。

    大好きなシュロスホテルクロンベルク。
    一歩、エントランスを入ったところから、ザ・ヨーロッパ。
    またいつか行ってみたいです。

    まほうのべる
    2021年11月14日08時18分返信する 関連旅行記

    Re: ちょうど2年前

    まほうのべるさん、
    今日は。いつもありがとうござます。

    そうでしたね!もう2年も前、「弾丸」とおっしゃっていましたが、
    とても充実した旅であったと思ったものです。
    「古城ホテル大好き」の人間が増えて頂くと、私も嬉しいですよ。

    ドイツもコロナ禍が再浮上している報道ですが、なんとも残念な
    ことで、またドイツの旅が延期になるのはつらいですね。

    それでもべるさんは、近隣の旅を楽しんでおられる様子、羨ましい。
    当方は4Traで昔の旅を思い出すばかりです(苦笑)。

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年11月14日14時09分 返信する
  • アルト・ハイデルベルク

    jijidarumaさん おはようございます。

    冒頭の歌の動画を拝見しました。ドイツらしい雰囲気のあるちょっと田舎臭い歌ですが、明るくて希望に満ちていて、聴くだけで楽しくなる歌ですね。観衆も一緒に口ずさんでいますね。誰でも知っているお馴染みの歌なのでしょうね。
    こんな動画を見ると、ドイツもいいなぁ、とため息が出ます。
    街中にある記念像、移動に便利で、楽しい銅像、日本にもこんなのあってもいいですね。アーヘンと言う街にもたくさんの銅像があるそうですね。一度行ってみたい国です。

    pedaru
    2021年11月07日05時58分返信する 関連旅行記

    Re: アルト・ハイデルベルクとアーヘンの銅像

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    アルト・ハイデルベルクに気持ちが残り、出だしにこの動画を入れましたが、シュパーゲル小母さんの動画を載せずに良かったです。
    『わが心、ハイデルベルクに失い』は青春と失恋を軽やかに歌っていて、ドイツ人には人気が高く、広場は一杯になっていたし、口ずさむ小母様方も多かったですね。いろんな歌手の其々の歌い方がありますが、こちらの歌手さんに魅力があったようです(笑)。

    <アーヘンの銅像のこと>
    アーヘンは赴任の年の1974年秋口に、初めてデュッセルドルフを離れて家族で小旅行に行きました。(その後は2回ぐらい行ったはずですが、もう記憶も飛んでいます)それもドイツの運転免許を取得する前でしたから、電車で行ったのです。あの頃からすると、街もきれいで、銅像も大変多くなり、驚きました。

    2020年01月、アーヘンのある旅行記の疑問に答えたものですが、ご参考に下記します。

    1)噴水とコインを拾っていた彫像:
    「Der Kreislauf des Geldesお金のサイクル(Circle of Money)」はハルトマンシュトラーセ(通り)/ウルスライナーシュトラーセ(通り)の角に位置し、Bildhauer彫刻家Karl-Henning Seemannカール・ヘニング・ゼーマン教授によって1977年に作成されました。
    噴水の端にある6つの青銅の像は、お金のUmgang回転を示し、水のKreiselbewegung円運動はお金の一定の流れを表しています。
    例えば、二番目の写真にある3人組の銅像は見事に太った女性から、男が右手で何か(この場合は金)を受け取り、後ろにいる男に左手で渡しており、お金の中継でしょう。
    *Karl-Henning Seemannカール・ヘニング・ゼーマン教授は1972年、アーヘン応用科学大学の教授に任命される。彼は1934年Wismar生まれ、公共スペースの彫刻や噴水で最もよく知られています。
    尚、多くの像が各地に建てられていて、「Auseinandersetzung対立」という名前が付く銅像2体(1975-76年)がデュッセルドルフの旧市街にあります。

    2)街のあちこちにモニュメント:
    Spatzenbrunnen雀の泉はアーヘン出身の彫刻家Bonifatius Stirnbergボニファティウス・シュティルンベルクが1978年に造形したもの。Muensterplatzaruミュンスター広場にある。
    尚、アーヘン駅前にあるPferdegruppe馬の群れ(5頭)も同じ(1975年)。

    3)踊りまわる市民?:
    1970年に彫刻家Hubert Loenekeフーベルト・レーネケによって作成されたKlenkes-Denkmalクレンケス記念碑はアーヘン市のホルツグラーベン(Holzgraben木の堀)にある。
    Klenkesクレンケスとは上げられた小指の事だそうだ。クレンケスはアーヘン市民の目印、識別、特徴であり、彼らの間で交わす挨拶である。
    右手の小指を上げることで、その意を表現するのだと云う。その像はよく見ると、確かに小指をあげている。

    4)変わった噴水・Puppenbrunnenプッペンブルネン(人形の泉):
    1977年にドイツ・アーヘン出身の彫刻家Bonifatius Stirnbergボニファティウス・シュティルンベルクが造形したという「レムゴーの伝説:ビール酒税の導入とビール樽の紛争が生んだ宰相の泉」を2019年の初秋の旅番外編で掲載しましたが、アーヘンでも同じような(人形の泉)がある。アーヘンのKraemerstrasseクレーマーシュトラーセ(通り)、丁度、大聖堂と市庁舎の間のつながる通りにあり、アーヘン銀行から寄贈され、1975年にアーヘンの彫刻家ボニファティウス・シュティルンベルクにより作られた。
    アーヘンがレムゴーより先に出来たようです。「宰相の泉」と同様に、噴水の人形は手足などが可動式です。
    シュティルンベルクの作品はアーヘン出身の彫刻家ということもあって、アーヘン市内に彫刻、記念碑(作品リストから)など10作品もある。

    尚、同じ作者が作った銅像と泉(1981年作)を2019年の初秋の旅でOsnabrueckオスナブリュックの聖ヨハン教会前で出会いました(こちらは番外編に纏めていません)。

    (2020年1月21日纏め:Wikiなど訳・編集加筆)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    それではまた。

    jijidaruma
    2021年11月07日19時03分 返信する
  • お誕生日おめでとうございます

    jijidarumaさん、こんにちは

    お元気そうで何よりです。お誕生日おめでとうございます!
    お誕生日の間隔が、我が家と似た感じでニッコリ。(^^)
    私は7月で夫が11月なので、以前は何時も夫から年齢が並ぶまで若さをアピールされたのも今や昔^^今や数か月に違いでも、私の方が若い~~です(笑)自己満足ですが。
    お孫さんも我が家と似ていますね!我が家は中3と小6ですから・・・

    栗がお好きなんですね(^^)
    私も好きで‥先日飛騨の帰りに中津川の「すや」の栗ぜんざいをと思いましが、遅くなり立ち寄れずガッカリ。。色んなタイプのモンブランケーキを皆様で、和気あいあいと召し上がっている姿を想像いたしました。

    さて、コスモスですが・この辺りも岐阜などの郊外に行きますと、休耕田に広くヒマワリとコスモスが植えられていたりして、車を留めて眺めたりします。
    広い場所ですと見ごたえありますよね。。

    かんぽの宿。。姉も以前は会員になっていて良く旅にいっていました。
    此の潮来の宿はおしゃれですね~
    良いお部屋を選ばれていらっしゃるのでしょうか?
    アワビの酒蒸し・・目に焼き付きました^^
    焼津にもありますが・・もう少しショボそう(地元なのでなので宿泊していませんが)

    潮来など未踏ですので行って見たいですが・・目の保養で終わりそうです。
    コロナもどうなるのか分かりませんが、早く欧州に行きたいですね。
    季節の変わり目ですのでどうぞ、ご自愛くださいませ。

    rinnmama
    2021年11月01日14時35分返信する 関連旅行記

    Re: お誕生日おめでとうございます

    rinnmamaさん、
    今晩は。御祝詞ありがとうございました。

    ≪私は7月で夫が11月なので≫・・・我が家の誕生月は家内が6月、私が10月です。順序と4ヶ月の時差!が同じとは面白いですね。
    お孫さん中3だと、受験でしょうか?
    我が家の中3は次女宅の孫、長女宅の孫娘の2人いますが、この時期は内申の事が気になり、学校巡りや志望校も決めていかないといけない時期なので、娘たちは真剣です。昨春は高校入学の長女宅の孫娘、今春も大学入学の次女宅の孫娘と続きましたので、毎年、親たちも私共も落ち着かぬものです。

    78歳、まだ元気です。10月後半に、二人で庭木の剪定を三日間で片づけました。筋肉痛はちょうど簡保の宿 潮来でゆっくりしたら出てきました。
    これは加齢の所為ですね。

    栗は毎日、焼き栗を所望し、お祝い事はモンブラン、栗の焼き菓子、かんぽの宿のお土産は栗羊羹ですから、この季節は大変嬉しいのです(笑)。

    かんぽの宿も日本郵政が売却するので、変わってしまうのでしょう。
    老齢者にやさしい宿なので、ちょっと残念です。

    それではまた、お元気にお過ごしください。
    jijidaruma
    2021年11月02日00時46分 返信する
  • お久しぶりです

    jiji~さま

    少し落ち着いている今、どうしてらっしゃるかなあと思いながら、久しぶりにのぞかせていただきました。お元気そうで、何よりです。

    こちら三重も田舎でありながら一時は陽性者が500を超え、どうなっていくのかと大きく息をすることもできないような気持の日が続きました。
    最近の陽性者数人情報は心落ち着く要因になってくれてはいますが、常に「横着はしたらあかん!!」と言い聞かせている感じはやっぱりあります。

    さて、「潮来」の文字を拝見し、久しぶりにメールを・・と思いました。

    10年ほど前、夫が千葉・稲毛海岸駅近くに「出稼ぎ」しておりました時に、茨城で仕事をしていた娘と落ち合って潮来を訪れたことがあります。まだ私も仕事をしていた頃で、ほんの半日程度、娘の車で潮来、そして、鹿島神宮へ行った程度でしたが。潮来ではやはり、「潮来 花嫁さんは~」と小さいころに聞き覚えた歌がよみがえってきました。

    また、全く別件ですが、私の恩師の弟さんで、かつてクイズダービーの番組作りをしておられた方は林利根男さんとおっしゃるのですが、利根川そば(茨城県)でお生まれになり、そう名付けられたとお聞きしました。私は利根川と耳にすると、クイズダービーにつなげてしまいます。おかしいですね。林利根夫さんのご兄である私の恩師は金沢でお生まれになっていますから、金弥です。松任でお生まれになったお姉さんは松子だったそうです。

    jiji~さんのドイツ話も久しく読ませていただいていませんでしたので、また再開!をと思っております。新しい旅話も楽しみにしております。
    いつもいつも「私中心」の話、失礼しました。

    どうぞ、お元気で。
    2021年11月01日10時54分返信する 関連旅行記

    Re: お久しぶりです

    メンフィスさん、
    今晩は。そちらもお元気の様子、何よりです。

    さて、コロナ感染者も千葉も一ケタ、我が市はこのところ零が続いて、気分的にも落ち着きを取り戻しています。
    土曜日もある「道の駅」に買物に行った所、駐車場も車で一杯、店舗内も一杯、お目当てのお気に入りのせんべい!が、売り切れていてガッカリしました。
    人は確実に動き出していますね。

    「潮来」の旅行記にご反応頂きありがとうございました。
    ご家族や恩師の思い出にもつながったようで、良かったです。潮来、鹿島神宮、利根川と連鎖的に頭に浮かび、アルバムも見返しされたのでは。
    恩師がお元気なれば、秋の御便りも喜ばれるでしょう。

    旅行記以外に、今夏は1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件に関与した人々と家族の運命、ドイツ「・・・地方のローテンブルク、ヴェルサイユ宮殿」といった連作を手がけました。
    頭の体操という訳で、今まで知らなかったことも知る事が出来ました(笑)。
    我が家のドイツ関連のファイルはまだまだ増えそうです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年11月02日00時13分 返信する
  • トイ、トイ、トイ!

    jijidarumaさん おはようございます。

    トイ、トイ、トイ!のビデオを拝見しました。
    幸せな気持ちになりました。天気予報のお兄さんも出演でしたね。
    トイ、トイ、トイ!落ち込んだ時などにいいですね。

    pedaru
    2021年10月16日05時06分返信する 関連旅行記

    Re: トイ、トイ、トイ!

    pedaruさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    トイ、トイ、トイ!の曲、お聞きになりましたか。
    耳に残るリズミカルな良さがありますね。
    トイ、トイ、トイ!も前作の『ドイツ人の仕草(しぐさ): 親指を拳(こぶし)で包んで親指をぎゅっと握る。』もどちらも「頑張れよ!」と健闘を祈るもので、コロナ禍時代には良いかなと思い、ご紹介しました。

    ≪最後に、私はpedaruさんが素晴らしい休日をお過ごしになられるよう、私の親指をしっかり(ギュッ)と握っておきますよ! ≫(^^)

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年10月16日13時31分 返信する
  • 美しくノスタルジーを感じる街

    jijidarumaさん、こんにちは。
    美しく、余り馴染みのない北ドイツの東地域ですが、印象的な街だと思いました。
    4つの塔を拝見して、100年ほど前に出版されたドイツの本で見た記憶があるため、久しぶりに出してみたところ、Treptowerがありました。前後に2つの門がある塔で、説明では他の門を圧倒する美しさだと書いてありました。この門も戦災を受けたのかもしれませんが、旅行記の写真と比べると、そのまま再建されているようで感心しました。
    本には、もうひとつFriedland, Neubrandenburger Tor, Feldseiteという見出しの門がありましたが、旅行記の門とは違うため、再建されなかった門があるのかなと思いました。この地域や、今はドイツでなくなってしまった東プロイセンのケーニヒスベルクや、ポーランドに組み入れられたダンチッヒなどの古い写真を見ると、今はどうなっているのだろうと思い、そうした旅行ならツアーでもいいかなと思ったりします。
    普段あまり見かけない地域の詳細な旅行記をとても楽しめました。
    Rolleiguy
    2021年09月19日09時42分返信する 関連旅行記

    Re: 美しくノスタルジーを感じる街

    jijidarumaさん
    訂正します。FriedlandはNeubrandenburgの北東にある街で、その街にあるNeubrandenburger Torでした。
    Rolleiguy
    2021年09月19日10時41分 返信する

    RE: Re: 美しくノスタルジーを感じる街

    Rolleiguyさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    たしかに、様々な旅行記もリューゲン島や、シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州&メクレンブルク・フォアポンメルン州の2州は訪れる日本の方も少ないのでしょう。

    初めて訪れたノイブランデンブルクは地方色豊かな市門が魅力的で、特に表紙にしたTreptower Torトレップトアー門とStargarder Torシュタルガルド門を好ましく思いました。
    東プロイセンのケーニヒスベルクや、ポーランドに組み入れられたダンチッヒなどのツアー、興味がありますね。意外にこうしたツアーは見当たらないのですが、狙いとしては面白いと思うのです。
    先に書いたメリッタ・シュタウフェンベルク伯爵夫人の出身もたしか、南プロイセンでした。

    さて、フリードレンダー門とシュタルガルド門の名称について調べてみました。

    ?Friedland (Niedersachsen) ニーダーザクセン州のフリートラントはかつての収容所Grenzdurchgangslager Friedlandがあった事で知られている。
    ?Frankfurt(Oder)とCottbusの間にあるのが、Friedland (Brandenburg)ブランデンブルク州のフリートラント・・・ポーランドとの国境に近い小さな町。
    ?歴史的には東プロイセンに属し、1946年まではFriedland in Ostpreussenフリートラント・イン・オストプロイセンの名で知られた、現在ロシア領カリーニングラード州(かつてはKoenigsberg ケーニヒスベルク)に属するPravdinskプラヴジンスク。
    1807年に、ナポレオン1世率いるフランス軍がロシア軍と戦った「フリートラントの戦い」が起きた場所である。

    <Friedlaender Tor フリードレンダー門:最も古いフリードレンダー門は北東に位置する>ということから、?に向かう道の起点になる門をこのように称したと思います。

    また、Stargarder Torシュタルガルド門は
    ?シュタルガルド城(1929年まで、Mecklenburgメクレンブルクのシュタルガルド)は、Mecklenburgische Seenplatteメクレンブルギッシェ・ゼーエンプラッテ地区にあるノイブランデンブルクの南東にある小さな町にある城です。
    ?Stargard in Pommernポンメルンのシュタルガルドはポーランドの北西、ノイブランデンブルクからはドイツ国境を越えた南東に位置する町です。のぞいてみると、似た風な市門が見られました。

    <Stargarder Torシュタルガルド門は町の南門にあたる>ので、?の小さな町より、?のポンメルンのシュタルガルドに向かう道の起点になる門と思います。

    それではまた。
    jijidaruma

    2021年09月19日18時13分 返信する

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33国・地域渡航

12都道府県訪問

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2025.06.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2025年を迎えている。

(2025.06.11.)

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ドイツ

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