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jijidarumaさんへのコメント一覧(12ページ)全404件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 昔のものを大切にするドイツ人

    jijidarumaさん

    ヴェデキントの家、ベッカーアムツハウスなどとても美しいです! 
    戦後に戦前と同じように建て替えたドイツ人に脱帽です。
    外側を残して内装だけで快適な居住空間に作り変える技術を、もっと向上させられたら、日本の古い町並みも残せるのでしょうか?
    もう手遅れかもしれませんが。
    時々 もったいないなぁと思うのです。

    ベルリンまで車でいらしたトピックを書かれていましたが、東ドイツを通り抜ける時、事前に何か許可証とか通行ビザのようなものが必要だったんですか?

    あの大きなドイツ人に一時間も車の検査をされたら、本当に怖そうですね。何事も無く通過できて、本当に良かったと思います。

    Mより
    2021年06月13日06時21分返信する 関連旅行記

    Re: 昔のものを大切にするドイツ人

    M-koku1さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    この頃はヒルデスハイムは日本人観光客にはまだ知られていなかった世界遺産の町でした。
    世界遺産はイヌバラ(野バラ)を評価しているわけでもありませんし、その事はどうでも良いのですが、聖マリア大聖堂の中庭にある礼拝堂の外壁に沿って伸びるイヌバラ(野バラ)は戦争で焼かれたにもかかわらず、新しい芽を吹き出し、今の様に大きく成長したのを見て、ヒルデスハイムの人はこれを“奇蹟”だと感じたようです。
    1000-jaehrige Rose千年のバラとは言い得て妙で、大事にその成長を見守った精神はマルクト広場に並ぶ見事な木組みの建造物の再建にもつながったのだと、私は思っているのです。
    ドイツの町々は戦災で瓦礫の山となりましたが、例えばロマンチック街道の起点となるヴュルツブルクは第2次世界大戦末期には英軍の爆撃をうけて町の90%が破壊されたけれど、見事に再建されています。有名なローテンブルクは第二次大戦の被災で旧市街の40%を失ったが、昔のままに再建されている。

    歴史を大事にする点でドイツと日本では今は大きな差が生じたようですね。

    <ベルリンまで車:1983.4.1~4.4(3泊4日)ベルリン2度の訪問>

    ベルリンは東西分離の時代に、2度行きました。
    1度は出張、2度目は家族ずれで、車で東の支配する国境の検問を受けて、寂しいアウトバーンを緊張して走り、西ベルリンに入りました。
    (事前に何か許可証や通行ビザのようなものは不要でした)

    2度目の訪問は感謝祭(オースター)の休みに家族(中学と小学生の娘も)4人で、Mercedes 2300ccの中古に乗って走りました。
    Duesseldorfデュッセルドルフ=>Dortmundドルトムント=>Hannoverハノーファー=>Braunschweigブラウンシュヴァイク=>Helmstedtヘルムシュテット(当時、ここに東西ドイツの国境検問所がありました。380kmの距離)=>Berlinベルリンと往復1,247kmの旅になった。
    国境ではトランクから車の下まで検査されて、緊張しました。当時まだまだ東独から西側に様々な形で逃亡(亡命)しようとするケースがありましたから、やむを得ない事でしたが、気分の良いものではなく、何故か1時間ほどかかつて、東への道に入ることを許されました。国境検問所の写真は厳禁でしたから、記録は残っていません。
    東の道路は西とは違った貧弱なアウトバーンに思えました。80kmを超えると何処からともなく、東のパトカーが出てきて、西側からやってきた人から高い罰金を取ると聞いていたので、安全・慎重運転でした。
    アウトバーンの両側の丘に時々東独のパトカーらしき姿を見ています。

    朝6時にデュッセルドルフをスタートし、600kmを走り、午後0時には西ベルリンのホテルAlsterhofアルスターホフに到着しましたから、若かった。
    ・・・と言っても今の長女の年・40歳でした。

    以上、未完成のベルリンの旅から転載しました。

    jijidaruma
    2021年06月14日01時07分 返信する
  • ビビリ!!

    jiji~さん、大室山話、読ませていただきました。

    以前、と言っても、ここ1年程のことですが、この大室山をテレビで観ました。
    独立峰はかっこよく、きれいに私には見えました。
    すぐに地図で確かめたことを覚えています。

    jiji~さんのビビリ、私には笑えません。

    10年ほど前、友だちと紀州の谷瀬のつり橋へ行きました。
    友だちはすいすい道を歩くように進んでいきます。
    でも、私は足を前へ出すことができず、「どうしよう?」でした。
    自分がそんなにもビビリであることを初めて知った、そのことの「恐怖」もあったような気がします。
    結局、1才くらいの子どもさんを抱っこしたお父さんの後ろを、お父さんの足の運びを見ながら、同じリズムで歩き、やっと向こう岸へたどりつけました。
    向こう岸からの帰り道、どうやって帰ったのか、全く記憶にありませんが、もしかしたら、友だちの足を見ながら歩いたのかもしれません。

    話は変わりますが、うちの夫はヘビに対して、超ビビリです。
    私はヘビが好きではありませんし、びっくりはしますが、ビビることはありません。

    遠くないいつか、大室山へ行って、
    「ここでjiji~さんがビビリまくったんやあ」
    とにやにやしたいなあと思います。

    前回申しました御在所岳ふもとには湯の山温泉があります。
    名古屋から近鉄線で「湯の山温泉駅」まで行くことができますので、おいでください。
    古い旅館は寿亭、私が友人とランチしたことがあるのは鹿の湯ホテル。川は花崗岩、白い石が多いです。映画・寅さんの舞台にもなったことがありました。
    私は好みではないので、駐車場へしか入ったことはありませんが、「アクアイグニス」という今的な施設も近くにあります。

    話が飛んでしまい、失礼しました。
    2021年06月06日18時47分返信する 関連旅行記

    RE: ビビリ!!

    メンフィスさん、
    今晩は。早速いいねとコメントも添えて頂きありがとうございました。

    いやはや!と思いますが、4Traの旅行記にも違った旅で何度か、この高所恐怖症が出てきます。
    それにしても、「10年ほど前、友だちと紀州の谷瀬のつり橋」で似たような症状となったとのこと、その体験された様子に「そうでしょう!そうでしょう!」と、その場面を思い描いてしまいました。

    まだ若かった頃、部の若い連中と、山梨県西沢渓谷の二股吊り橋を渡りましたが、特に怖さを感じませんでした。
    子供頃、悪童たちと山際の沢に蛇狩りに行って、大きな青大将を皆で捕獲した事もありました。
    所が成長共に、年を経てみると、いずれも大変苦手になってしまったようです。不思議ですね。知恵や知識が蓄積すると、自分に影響を与えてしまったのでしょう。

    会社のある先輩がドイツのアウトバーンを走っていると、自分の車のタイヤが突然外れて飛んで行ってしまう様子を想像してしまうと、真面目な顔で言われた事がありましたが、これ凄く分かるのですよ(苦笑)。

    年賀状で伊豆の後輩も「また河津桜の頃に御出でください」と書いてきましたが、武漢ウイルス禍で今春は御誘いもありません。糖尿病もちだから、落ち着かない日々でしょう。
    大室山!すごいでしょう(笑)

    御在所岳ふもとの湯の山温泉、ちょっと検索してみました。良い所ですね。
    大阪単身時代の5年間、京都、奈良、和歌山、神戸、松江、岡山、名古屋、熱田神宮、伊勢神宮、伊賀上野といった場所には足を向けましたが、湯の山温泉は知りませんでした。
    世情が落ち着いたら、日本の各地も巡ってみたいものです。

    それではまた。
    jijidaruma

    2021年06月07日01時30分 返信する
  • お久しぶりです

    忙しかった訳でもありませんのに、ちっともjiji~さんの旅行記を読ませていただくことができませんでした。
    久しぶりに、「アウグスブルグ」に魅かれて、読みました。
     
    アウグスブルグは私も1泊しました。
    円筒形のホテルだったような気がします。
    けれど、観光的なことの記憶は全くありません。
    jiji~さんのお話・写真を拝見し、アウグスブルグはいいところだったんだなあと思っている次第です。

    旅行記とは全く関係のないことで失礼ですが、コロナワクチンのことを・・・
    jiji~さんは接種を終えられましたか?
    私は先日1日に1回目を終えました。
    私の住んでおります所は、自治会単位で接種日が指定され、接種場所である市唯一の総合病院へは自治会単位で観光バスで運んでもらいました。45人乗りのバスに18人でした。ガイドさんもいらっしゃって、わずか10分足らずの「旅」でしたが、お世話くださいました。私の自治会では、2台のバスが出ました。
    地域のバス会社にもわずかですがお金が落ちることになり、いい方法だなあと思いました。
    電話やネットで申し込み・・の大変さをニュースや友だちに聞きます。
    私はその点、楽させてもらえました。
    2回目は副反応が云々と言われます。さて、私は・・・? 22日が2回目です。
    また観光バスに乗せてもらいます。

    ゆったりと息をしてどこかへ出かける、旅にでかける。
    あと1年経ったら、ちょっとはいいでしょうか?

    jiji~さんの湯気の立つドイツ話をお聞きできる日がすこ~しずつ近づいているでしょうか?

    また、読ませていただきます。
    2021年06月04日21時47分返信する 関連旅行記

    Re: お久しぶりです

    メンフィスさん、
    今晩は。確かに久しぶりですね。
    武漢ウイルス禍の狂騒の中、ともかくもお元気で何よりです。
    私は相変わらず元気にしています。
    先日も1978年8月夏の休暇・生涯一度のイギリス旅行:ドーバー海峡を渡り、ロンドン市内観光からネス湖、エディンバラ城のミリタリー・タトゥー見物まで(纏め:A4で214頁)を完成し、我がファイル用に印刷しました。
    これは最初に4Traの口コミで掲載してきたものを旅行記に追加編集し纏めたもので、まだ4Traには掲載しておりません。

    アウクスブルクも訪れていたのでしたか?懐かしかったことでしょう。

    ワクチン接種もご順調の由、それは上々です。

    御下問の件ですが、武漢ウイルス禍で大学のクラス会が2年続きで中止になり、先日近況報告をしたばかりですが、それから以下に転載しました。

    ・・・・・
    <私の近況>
    ワクチン接種:

    当市の高齢者人口は3万2,830人、
    予約数(6月末分まで)は1万1,715人、
    1回目接種済み(6月3日現在):7,347人、
    2回目接種済み:・・・・・・

    当市は4月26日、8時半きっかりワクチン接種申し込みが開始されました。
    方法は電話とWebの申し込みで、高齢者数が多いから、私もまず無理だと思いながら、パソコン2画面と電話で午前8時半の開始時間に申し込みしました。
    予想通り、いずれも申し込みが殺到してつながらず、パンク状態の為、直ぐ断念しました。
    午後になって、その状況に変化有りや?と、試しにWebでトライしてみると、なんとこれがつながり、予定の場所ではなかったのですが、 自宅から10㎞の距離の「地区健康館」で5月21日(金)14時、夫婦二人分が同一場所、同一日時で、第一回の予約が完了しました。
    第二回目は一回目の接種が終わった段階で、優先的に6月11日(金)同じ場所、14時半で予約できました。ともあれ、来週末の接種待ちです。

    ドイツの旅から道の駅巡りに:

    2020年、2021年とドイツの旅(ドイツ駐在中を懐かしむ感傷旅行)も18回目に行けずに、がっかりしているのです。
    今年は早々に諦め、自粛・自粛の声に巣ごもりしていますが、時々、千葉県内の「道の駅巡り」で車を走らせて、その土地・土地の名物などを購入して、発散しています。

    同人誌からの卒業:

    定年後の時間を暇に任せて、パソコンを利用し、大学法学部時代の友人(“大菩薩峠”の長編小説で知られた中里介山の姪を母に持つ男)が歴史好きの「同人誌(年1回発刊)」を主宰していて、それに誘われたこともあって、隠居した昨年までの6年間、メンバーでした。同人誌は創始以来、もう34年目になります。
    教育者の大叔父(父の叔父は旧制府立5中(現小石川高校)の校長をしていた。クラスの友人の奥様はOG、運動部同期に建築科出身のOBが一人いた)の事を2年間(No.28、29号)、さらに39歳で亡くなった実母が若い時に御所(皇后宮)に7年間奉職していた事を、母が残した日記や手紙を読み解き(とても全て読み解くのはできませんけど)、4年間(No.30~33号)書いてきました。
    これはちょっと面白い体験でした。

    少々腰痛ながら、相変わらず元気で、ドイツの旅を中心に旅行好きの集まるSNSに投稿して楽しんでいます。
    以上
    ・・・・・

    少々長くなりました。
    ご興味のない事もありましたら、読み流し下さい。

    それではまた。
    次のお立ち寄りをお待ちしております(笑)。

    jijidaruma
    2021年06月05日01時41分 返信する

    お元気そうで何よりです

    jiji~さん
    本当にjiji~さんのお声を聞いたような気になりました。
    お元気そうで何よりです。

    同人誌に文章を寄せておいでだったとのこと。
    納得です。
    お話がリズミカルで読みよいですし、基本、難解なことばはありませんし、
    気合を入れなくても読み進むことができましたから。
    私もお母さまの日記をもとにしたお話を拝見したいなと思ったことでした。

    私の母は95才まで生きることができましたが、3人の叔母ははそれぞれ、40才・42才・55才で亡くなりました。一番小さかった従妹は3年生・9才でした。その従妹ももう50代半ばです。

    また、道の駅を訪れる「旅」をなさっているとのこと。
    私は鈴鹿山脈が近くですので、その1000mほどの山へ登ることを楽しんでおります。ほとんど友人といっしょですが、今年は初めて2度、ひとりで登りました。
    孫太尾根という、道迷いしようのない一本道の登山道です。名前の通り、尾根ですので、頂上へは行きません。2~3月にはセツブンソウやフクジュソウ、その後、セリバオウレン・ミスミソウやニリンソウ、ヒトリシズカ、カタクリと、次々とかわいい花を咲かせてくれる山道です。
    鈴鹿の代表的な山には御在所岳があり、ロープウエーを利用することもできます。4月にはアカヤシオ、5月にはシロヤシオ・シャクナゲが見事です。今は、サラサドウダン・ベニドウダンが盛りです。
    低い山なら1時間半、1000m越えても2時間半で登れますので、私のようにゆっくりしか登れない者にとっても、ありがたい「大きさ」の山です。
    近い山なら自宅から15分、遠くても40分で登山口へ行くことができますので、気分的にも楽です。
    (ただ、コロナウイルスのこともあって、友人と車で乗り合わせることはやめています。現地集合です。リーダー的な友人がそう提案してくれて、昨年3月からそうしています。)

    そんなことで日々に彩りがあり、ありがたいことやなあと思っています。

    今回はjiji~さんの旅行記を読ませていただいてのことではないので、すみません。「近況報告その2」という感じです。
    2021年06月05日20時48分 返信する

    RE: お元気そうで何よりです

    メンフィスさん、
    今晩は。再びのコメントありがとうございます。

    お母上はご長寿でしたね。私もその歳まで生きてみたいものです。
    母の妹たち、叔母二人は93歳で亡くなりました。母方、父方とも同人誌に書くにあたって、過去帳や墓碑などを調べましたが、どちらも80代、90代と長寿でしたね。
    母は戦中・戦後の生活で多分、無理をしたのか、急性肺炎であっという間に亡くなったようです(母の遺品から死亡診断書の写しが出てきて、初めて正確な死因を知りました)。後添えになった母の妹に兄、姉と私は育てられましたので、実母は写真だけに見るものでした。
    同人誌を書いて、写真集も添えて、兄弟姉妹、親族、知人、友人に贈呈して喜んでもらえました。すこし母孝行をした思いです。
    先日、義兄から電話で、是非一冊に纏めて本にしたらどうか!と言われましたが、今はその気力が湧きません。

    日々の彩りとなる山行の御趣味をお持ちの由、良きお仲間にも恵まれて、結構なことですね。
    私は歳を取るとともに、高所恐怖症になって、山と云うと何やら怖気が(苦笑)。
    故郷青梅にも御岳山があり、ケーブルカーがあるので、小学生の頃から何度か行きましたが、前述の“大菩薩峠”には登った事がありません。
    想像するだけでも、鈴鹿の御在所岳のロープウエーも遠慮することでしょう。

    そんな私も以前後輩に誘われて登った山で往生しました。
    jijidaruma大室山上でビビりまくり
    https://4travel.jp/travelogue/11606279

    それではまた。ありがとうございました。

    (実は書き終えたコメントだったはずが、4Traの何かが投稿を阻害して、消えてしまいました。以上は再び思い出しつつ書いたものです)

    jijidaruma




    2021年06月06日01時23分 返信する
  • 変な歌ですね・・・

    jijidarumaさん

    パン焼き職人の石像も無様ですが、それをまねしてアップされたyoutubeの ja woisch! 意味が分からないのですが、「うるさい」という意味ですか? 変な歌ですね。 きっとドイツ語が分かるjijidarumaさんには 面白い歌詞なのかもしれませんね。

    30年戦争当たりのドイツの歴史は、本当に複雑ですね。 
    一度頭に入ったと思っても、すぐにわからなくなってしまいます。(年のせいでしょうね。)
    パンを捨てて、相手をあきらめさせた戦略は、 ちょっと「のぼうの城」で城主が湖上に船を浮かべて、のんびり能を舞った故事と共通性があるような気がしました。
    どこの国でも やることは一緒なんですね。

    ワクチン接種一回目がおすみになったんですね。
    私は6月の予約を取りました。打ちたくないなあと思いながら、なるべく先の予約を!
    (悪あがきですね。)
    10キロは遠かったですね。区は小さいので、どんなに遠くてもたいした距離ではありませんが、近くのスポーツセンター会場に取ることができました。予約可能日は選り取り見取りだったので、ニュースで予約が取れない人々がいることが不思議で仕方なかったです。自治体によってずいぶん対応が違うようですね。
    お互いにスムーズにワクチンが受けられる自治体に住んでいて、良かったですね。

    「だるさ」 覚悟して内に行きます。

    Mより
    2021年05月31日15時19分返信する 関連旅行記

    Re: 変な歌ですね・・・

    M-koku1さん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    ご指摘のyoutubeの ja woisch! は私も分かりません(苦笑)。
    変な歌のリズム、登場人物の姿などを楽しむだけですよ。

    アウクスブルクはSchwabenシュヴァーベン地方の中心都市ですが、
    「ja woisch!」はどうもシュヴァーベン語(元はアルマン語系)らしく、
    標準ドイツ語辞書には出てきませんが、シュヴァーベン語の
    woisch?=>標準語のwissenヴィッセン(知っているの意味)
    ではないかと。・・・「ja woisch!」「やー、あんた知ってるかい!」

    youtubeの下にある説明分の最初を意訳すれば、
    Alter Schwede, is des pfundig: d'Stoinerne Maenner、
    かつてのスウエーデン人(=親友の意味も)は大した奴だよ!
    シュトイネルネ・マン(「石の人」)は・・・。
    といった次第で、やや苦しまぎれですが、ご容赦を!

    尚、beachさんが書かれていた1987年のヒット曲のDesireless「Voyage,voyage」は次のようなものです。
    https://www.youtube.com/watch?v=sM2ZhByFcDk

    30年戦争の歴史はおっしゃるように、いつも途中で混乱します。
    それにしても各地に様々な伝説を残しています。

    Mさんはワクチン接種一回目の予約ができた由、やはり付いている部類に
    入るのではないでしょうか。
    隣家の奥様も、かつて住んだ事がある柏の友人夫妻も糖尿病などの
    既往症があるので、ワクチン接種は諦めていると聞きますよ。

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年06月01日02時41分 返信する
  • Der Stoinerne Ma !!

    jijidarumaさん

    ご無沙汰しております。
    如何お過ごしでしょうか。お元気そうでなによりです(^^)

    私の拙い旅行記をお取り上げ頂きありがとうございます!
    「Der Stoinerne Ma」伝説記事、大変興味深く拝見いたしました。

    何度見てもやはり見た目は酷いですよね…。英雄ともあれ黒い鼻が不格好というか…。

    特にYoutubeでご紹介いただいた「ja woisch」面白いですね~!
    80年代ヒット曲のDesireless「Voyage,voyage」のカバーでアウクスブルクへのオマージュ作品のようですが、やる気が感じられないトーンとユニークで奇妙なD'Stoinerne Maennerが何とも癖になる(笑)。

    ドイツではようやく先週あたりから感染者数が減ってきており規制緩和も進んできましたが、ここ暫くは非常に厳しいロックダウンだったため、通常の生活を取り戻すのも一苦労です…。何をするにもコロナ陰性証明(24時間有効)が必須のため、1日の始まりがコロナテスト会場ということも多々です…。

    ドイツにいても旅行のある生活からは離れてしまい、少々気持ちが沈んでいましたが、jijidarumaさんの記事を読んで、またドイツを回りたいなと思いました。ありがとうござます(^^)

    どうぞjijidarumaさんもお身体にはお気をつけてお過ごしください。
    それではまた(*^^)v

    beach
    2021年05月27日21時10分返信する 関連旅行記

    Re: Der Stoinerne Ma !!

    beachさん、
    今晩は。早速のコメントありがとうございました。
    2012年の旅にかこつけて、漸く宿題を果たしたような気分です(笑)。
    これでまたドイツの伝説集に1つ加わったわけです。

    「ja woisch」も気に入って頂けたようで、我が意を得た気がします。
    それにしても良く飲むな!。
    これを見ていると、Der Stoinerne Ma !!がアウクスブルクの市民達に溶け込んでいて、クリスマス市にお出ましになるのも当然ですね。

    さて、ドイツもコロナ禍もやや改善中、結構なことですが、日本からドイツに行くにはまだまだハードルが高いように思います。
    ワクチン接種はされたのでしょうか?

    ワクチン接種と言えば、当市は4月26日、8時半きっかりファイザーのワクチン接種申し込みが開始されました。
    方法は電話とWebの申し込みで、高齢者数が多いから、私共もまず無理だと思いながら、パソコン2画面と電話で午前8時半の開始時間に申し込みしました。
    予想通り、いずれも申し込みが殺到してつながらず、パンク状態の為、直ぐ断念しました。
    その日の午後になって、その状況に変化有りや?と、試しにWebでトライしてみると、なんとこれがつながり、予定の場所ではなかったのですが、 自宅から10㎞の距離の場所で5月21日(金)14時集合、夫婦二人分が同一場所、同一日時で、第一回の予約が完了しました。
    第二回目は一回目の接種が終わった段階で、優先的に6月11日(金)の
    同じ場所で予約も出来ることになっていました。

    5月21日は所要時間が凡そ一時間、体温確認、事前質問書の提出と医師の内容確認、そしてワクチン接種(チクッとした軽い痛み)、その後の経過観察、接種完了票添付、最後に第二回目の予約完了と、予想以上にスムーズに進みました。
    この会場としては最初の日、約300名が接種予定と聞きました。
    搭乗業務のないANAの若いCAが事務手続きなどを手伝っていました。
    接種は15時に完了、車で直ぐに帰宅し、お茶を飲んでゆっくりしましたが、
    夕刻頃に接種した左の腕がやや重く感じてきて、上下に上げ下げすると
    筋肉痛を感じました。翌日から3日ぐらいは、何となくだるく、筋肉痛も
    ありました。発熱、頭通は特にありませんでした。
    夫婦二人とも出て来たのは似た症状です。
    (二回目の接種の方が、症状は顕著に出るとか、いずれにせよ体にとって、
    異物が入るわけですから、何らかの反応が出ても当たり前でしょう)

    以上は最近の出来事です。
    beachさんのご両親も似たような事になっているのでしょうが、何事もなく接種が完了されますように・・・。
    それでは良い季節のドイツ生活をお楽しみください。ではまた。
    jijidaruma
    2021年05月28日01時02分 返信する
  • ”物語り”拝読

     はじめまして jijidarumaさん。旅行年を拝見して、我が当時をも想起。まだヨーロッパは未踏のころ。商社躍進、開拓のころと勝手に想像させていただきました。お仕事ご苦労様でした。あの頃のヨーロッパを見てみたかった。ポルトガルの辛うじてその時代の残り香だけ味わっています。1980年代から90年代にかけての変貌は、私には悲しいものでした。ですから、知らないドイツのそのころを貴旅行記で味わえている気分です。ありがとうございます。
    2021年05月02日10時16分返信する 関連旅行記

    Re: ”物語り”拝読

    mom Kazuko さん、
    初めまして、今晩は。

    「ドイツの魅力」シリーズの「黒い森の伝統家具」の章にお立ち寄り、
    コメントも頂きありがとうございました。

    <いつも心にあるカフェ 北ドイツ>が目につき、立ち寄らせて
    頂きました。シュターデを訪れる日本の方は珍しく、拝見した
    次第です。
    北ドイツらしい風情のあるハンザ都市シュターデ、なかなか良い
    感じの町、カフェ、のんびりとする旅には最適!でしょうね。

    ブレーメン観光記にこの旅行記と、私の2019年の旅最初の章が
    続いて並んでおりました。

    2019年の旅でここも候補地でしたが、友人夫妻の勧めで
    一緒にブレーマーハーフェンに行ってしまいました。
    この年のメルヘン街道の旅では、ブレーマーハーフェンが2010年
    から「クラバウターマンの伝説(船の損傷や沈没を予言する船の精)
    によって、従来ブレーメンがメルヘン街道の終点でしたが、
    ブレーマーハーフェンとなった・・・と知り、気になっていた所為
    もありました(それでいて、この像を見るのを忘れてしまった)。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2021年05月02日19時46分 返信する
  • 我社の機械は結局引き取る羽目に

    jijidarumaさん

    売掛金回収できてよかったですね!
    ドイツは自分達に技術力があるから、外国製品をなかなか買ってくれません。
    よく言われたのが、「ドイツ製の機械なら、不具合があってもすぐにサービスマンが来てくれる。それに反して、日本の機械を直してもらうのに、何日待たされるんだ! 費用だって、日本からの航空運賃まで支払わされるなんて、冗談じゃない!」という誠にごもっともな意見で、営業としては本当に辛かったです。
    私は普段東京のオフィスで代金回収業務も担当していたので、jijidarumaさんの現地でのご苦労は、本当に大変だったろうとお察しいたします。落ち込んだお気持ち、本当によくわかります。
    うちの機械は、結局代金回収できず、サビサビの状態で戻ってきました。直属の上司が頭を抱えていたのを思い出します。
    新しいマーケット開拓のために、少々無理して売り込みをかけると、「持って帰れ!」とか簡単に言われるので、まあ大変でした。
    でも楽しくもありました。でしょう?
    今考えればですけれど。

    Mより
    2021年04月30日11時42分返信する 関連旅行記

    Re: 我社の機械は結局引き取る羽目に

    M-koku1さん、
    今晩は。ご理解あるお言葉、ありがとうございました。

    Mさんのように、語学が達者な才媛が同僚でしたら、私も同行
    をお願いしたでしょう。
    「ドイツ語をしゃべる奴を連れて来い!」、何故かこればかり
    が理解できた事が、我ながら可笑しみがある話です。
    結果として、問題先企業であることを、社内で意識の共有が
    出来たことや、中古車の値引き、含み損の存在をクローズアップ
    したのは、別の意味で良かったのです。

    ≪我社の機械は結局引き取る羽目に≫、しかもサビサビで、関係者の
    ガッカリ具合が私もよく分かります。

    さて、本章最後に思わせぶりに書いた≪別の件でまたエッセンに督促
    に行く事になる。≫
    これは2ヶ月後、相手は電気(冷蔵庫?)メーカーでちょっと
    大型の機械を販売していた。
    支払遅延中でしたが、まだまともな方で以前に支払いもあり、残金が
    1万マルクが残っていた。
    会社を訪ねてみると、大きな工場内が空間だらけ、従業員の姿も
    少ない。工場内にポツンと大型の機械が置かれていたといった様子で、
    これは危ないかと・・・。
    企業活動に疑念が生じながら、代表者にあうと、対応もまじめで
    申し訳ないと云う辺りもきちんとしていた。
    彼は曰く、「近々にイラン向けの冷蔵庫輸出が決まるので、その
    代金が入れば、残金は支払う」と。
    話の信ぴょう性は?で、ともかく交渉して、代金の残額を3等分し、
    4千マルクを週明けの日の先付け小切手、翌月末3千マルク、翌々月
    3千マルクの先付け小切手をもらった。この時は機械の稼働状況も
    しっかり確認もでき、前回よりはマシな結果だった。

    4千マルクは幸い落ちた。つまり現金となりました。残念ながら、
    残る3千マルクの2枚の小切手は不渡りで現金にならなかった。
    もうこれ以上は無理な回収と判断し、こちらの機械は結局引き取り、
    安い中古車として再販した。

    2軒目はちょっと、結果が出たので、私も嬉しかったのです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年05月01日03時54分 返信する
  • 若きjijidaruma さんの奮闘記!

    jijidaruma さん、こんにちは。
    ドイツに突然赴任されて、まだ経験を踏んでいないのに、問題のある顧客対応に苦労されたのですね。とても丁寧に率直に解説されているので、わかりやすく共感できます。
    たしかに、この顧客のような人はどの国にもいるのでしょうね。ただでさえ面倒な相手に
    言葉やビジネス習慣の違いによる困難が加わるのですから、jijidaruma さんのご苦労は大変なものでしたよね。帰り道の疲れとストレスはお察しします。
    jijidaruma さんといえば、ドイツはもちろんヨーロッパ各地を旅されていて私からは遠い存在にも思えます。でもこういうご苦労もされていることを知り、失礼ながらjijidaruma さんに親しみを感じました^^
      ちゃたろう
    2021年04月30日10時51分返信する 関連旅行記

    Re: 若きjijidaruma さんの奮闘記!

    ちゃたろうさん、
    今晩は。コメントありがとうございました。

    そして、奮闘記!とまで書かれ、ご共感を頂いた様子、
    感謝です。

    思えば、当時の事も40年以上前になりました。
    もう一度あの頃に帰ってやり直したいかと聞かれれば、そうは
    思いません。多分同じようなことになったでしょうから(苦笑)。
    あの日の出来事は「ドイツ語をしゃべる奴を連れて来い!」に
    凝縮されていますね。

    なんとか、ノイローゼにもならず、めげずに5年7ヶ月を過ごし、
    1979年の夏に帰国し、日本の業務に慣れたともいえない1981年
    の秋ごろには再度のドイツ駐在の内示がありました。
    ドイツ経験のないドイツ法人社長から、本社の副社長経由でドイツ
    体験者のdarumaの指名がありました。会社は評価してくれていた
    のでしょうが、daruma自身は帰国後の所属した業務も面白く、
    しかも家を建てたばかり、ドイツ再駐在はまだ早いと思っていた。
    直属の課長に相談すると、「この内示は副社長案件だから、断れんよ!」
    との事でした。それで1982年2月に懐かしのデュッセルドルフに
    赴任したのです。待ち受けたのは私にとっては青天の霹靂(せいてん
    のへきれき)といった大きな事件でした。

    これで、社内ではいわゆる≪ドイツ学派≫として認知され、
    「打たれ強いdaruma」が出来上がりました(笑)。

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年05月01日03時00分 返信する
  • 言葉の壁

    jijidarumaさん おはようございます。

    言葉もままならない状態で海外でのお仕事、ご苦労がよーくわかりました。
    巧みな文章で詳しく解説されて、読む方は非常に面白く楽しみました(ごめんなさい)。
    それにしても、代金の不払いを、機械の不具合などとでっち上げて、現地語でまくしたてるなんて、ドイツ人もいろんなのがいますね。ドラマの結末のように、結果は高くついた青果商の残念顔に溜飲が下がりました。

    こういう旅行記も面白いですね、旅行記と言えるかどうか、疑問ですが(笑)。

    pedaru
    2021年04月30日05時01分返信する 関連旅行記

    Re: 言葉の壁

    pedaruさん、
    今晩は。早々のコメントありがとうございました。
    出来の悪かった駐在員、最初の壁は≪言葉≫でしたが、
    ドイツ人もいろいろでしたね。

    さて、面白いとおっしゃって頂き、daruma外伝もシリーズ化に
    力が入ります(笑)。ドイツという大きな枠の中、小さな個人史
    です。こんなものもありかと・・・。
    ≪恥ずかしながら≫、文字通り若かった(30代初めでしたが)時の
    思い出話、新米駐在員の奮闘記?のお粗末、恐縮です。

    この章や、「セピア色の思い出:ドイツで家内は古いソファーと
    椅子の布地を改装した。」・・・といった章をコピーして90歳の
    恩師にご機嫌伺いでお送りしましたら、とても喜んで頂きました。
    何時までたっても恩師はありがたいものです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2021年05月01日02時14分 返信する
  • 独逸の質実剛健な田舎の家具のお話。

    jijidarumaさん、こんにちは。

    初めまして。
    先日は、私の拙い旅行記にお訪ね下さり、また「いいね!」も
    ありがとうございました。
    jijidarumaさんは、ドイツに2回もご家族で駐在され、
    また毎年のようにドイツに旅なさっておられるのですね。
    沢山の旅行記、どれから読ませて頂こうかしらと迷ったけど、
    まずはネルトリンゲンから拝見しました。
    丁寧な説明とお写真で、街の歴史がよくわかりました。
    ツアーで訪れたことはあるのですが、時間もなくゲオルグ教会の
    尖塔に心を残しつつ・・・でしたので、番人の逸話、塔からの眺めに
    多いに満足させて頂きました。
    これからドイツの案内書として読ませて頂きたいです。
    ドイツでは賑やかにイースターをお祝いする様子に驚きました。
    イースターエッグや泉の華やかな彩り卵の飾りつけ写真など、
    楽しいものが満載で、こちらまでワクワクします。
    そして、ドイツで求められた田舎風家具、とっても素敵ですね。
    独ガラスや、錫のワインカップやビアグラス、飾り皿など
    思い出のお品に囲まれていつでもドイツ。
    私も娘とドイツ旅行した時にローテンブルグで錫のビアマグ(小)を
    一個、お土産としました。その1年後、今度は友人とツアーで
    ローテンブルグ再訪。同じ柄の、も少し大きめの錫のマグを見つけ、
    求めました。もうそれだけで嬉しく思って居る位です。
    陶器のイースターエッグや、飾り物も、それだけで充分に
    かわいいのに、奥様の細工物やスズランのお花を添えてさらに
    可愛さが増してますね。アイデア、ばっちり。
    独逸のお方、製造中止になった家具の鍵を、捜し出して来てくれた上、
    ひとつだけでなく、鍵穴の数だけ送ってくれた・・・
    なんて美しいお話でしょう。
    ドイツファン度がいや増すのも当然というもの。
    2020年春には、主人の希望でドイツに行こうと計画して
    いましたが、コロナの為お流れになりました。
    後がない年齢なので、いつ行けることになるかわからないのが残念。
    でも、こんな中、とても話題豊富なドイツ旅行記作者に出会って
    嬉しい限りです。
    もうお話の世界だけで満足で~す。
    今後ともよろしくお願いいたします

    あまいみかん
    2021年04月26日19時57分返信する 関連旅行記

    Re: 独逸の質実剛健な田舎の家具のお話。

    あまいみかん、
    今晩は。以心伝心でしたね。
    相互にコメントをしあったのは大変珍しく、ありがとうございました。
    旅行記にお立ち寄り頂くと共にフォローして頂き、私もフォローさせて頂きました。どうぞ宜しくお願いします。

    さて、ネルトリンゲンか等の旅行記、2012年はもう9年前で、昨年、今年とドイツの旅を止めたので、前に遡って掲載したものですが、ドイツ観光の王道ともいえるRomantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅は多岐にわたり、けっこう好奇心を満足させてもらいました。旅の概括からコピーすると、
    ・・・
    いろいろと計画で調べていると、グリム童話(今年は初版発行から200年の記念すべき年)の白雪姫の城、皇妃エリザベートが幼少期を過ごした”シシーの城”、トム・クルーズが主演した”Claus Schenk Graf von Stauffenbergクラウス・シェンケ・シュタウフェンベルク伯爵(1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件のリーダー)の城などを見つけた。
    もちろん、1500万年前に隕石の衝突によって形成されたと言われるリース盆地に、珠玉のような中世都市を訪ねる事にしています。
    また、ゲーテが処女戯曲で描いた“鉄腕ゲッツ” ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンの古城ホテルDie Goetzenburgゲッツェンブルク城、ノイマンの建築作品、リーメンシュナイダーの彫刻作品も、フランケン(Franken)やヴュルテンベルグ(Wuerttemberg)のワインも楽しみの一つです。

    今まで泊った事が無い古城ホテルを中心に十数の古城ホテルを候補にピックアップし、それから旅の行程・場所と内容でホテルもあわせ決定した。
    古城ホテルに13泊、その内、こんな所にミシュランの星付きレストランがあるのかと、いつも驚かせるロマンチック・ホテル加盟のホテルに2泊となります。
    ・・・

    この麗しの5月の旅日記を、ドイツの旅を体験されたあまいみかんさん、お嬢さんにも楽しんで頂ければと思っております。
    そして、機会あれば御主人さまとの旅が実現できますように、祈ります。
    役立ちそうなものがあれば、コピーされてもOKです。これらの旅行記が少しでも役立つことがあれば、当方も嬉しいです。

    盛りだくさんのコメントありがとうございました。
    それではまた。
    jijidaruma

    追伸:
    伝説・民話は行程が決まると、その町の伝説を調べて訳すようにしています。
    ドイツのイースター、黒い森の伝統家具とドイツ人商人の話、お土産の錫のワインカップ、ビアグラス、飾り皿など、お目に留まって良かったです。
    尚、Westerwaelder Steinzeugヴェスターヴァルト・シュタインツォイク焼き物(陶器)の御紹介を番外編で掲載しています。ご参考までに。
    2021年04月27日00時18分 返信する

    Re: 独逸の質実剛健な田舎の家具のお話。

    あまいみかん、=>あまいみかんさん、と訂正です。スミマセン。
    2021年04月27日00時24分 返信する

    Re: 独逸の質実剛健な田舎の家具のお話。

    jijidarumaさん、おはようございます!

    ご丁寧にどうも。お気になさらないで下さい。
    今日は、良い天気。
    元気に行きましょう。

    今の季節は夏みかん


    2021年04月27日07時26分 返信する

jijidarumaさん

jijidarumaさん 写真

33国・地域渡航

12都道府県訪問

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2025.06.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2025年を迎えている。

(2025.06.11.)

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