jijidarumaさんへのコメント一覧(14ページ)全404件
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駐在員生活 あるある
jijidarumaさん
椅子の張替お上手ですね!
ヨーロッパの家具は 自らの手を入れることが可能なような造りになっていましたね。
日本に帰ってきたときもそのつもりで椅子を見たら
素人では 全く歯が立たない構造になっていました。
面倒なので 我が家の椅子は 全体をカバーで覆う形になってしまいました。
ストライプの椅子のクッション お洒落で素敵だと思います。
私のまた従姉妹がアメリカに駐在に出る時に 「ミシンは絶対にもっていかないとだめよ」と言っていたのですが、 入居時にまずカーテンの製作から手掛けるからですって。そのあと私がイギリス駐在で出たのですが、10年ぐらいたっていたので 幸いにももう既製のカーテンを購入できる便利な世の中になっていました。
jijidarumaさんのセピア色のお写真を見ていると かつての駐在員家族の大変さが 思い出されてきます。
お互いに 頑張りましたよね。
懐かしいです。
MよりRe: 駐在員生活 あるある
M-koku1さん 、
おはようございます。いつもありがとうございます。
思えばいろいろありましたね。ほんと!お互いに 頑張りました。
だから、家内は≪戦友!≫と言って良いのです。
セピア色の思い出(家内は古いソファーと椅子の布地を改装した)に
ついては、時たま古いアルバムから、懐かしい写真を選んでスキャンし、
写真集をためているのですが、その一部にこの写真がありました。
その写真の写しを家内にわたし、感想文を書いてもらったものに、私が
編集・追記したものです。
家内は工夫や細工に長けていたようで、今でもへーと感心するような
事をやります。ともあれ、一番下の若い駐在員生活は車や住宅設営資金
用の会社の借金返済が最優先で、駐在2年くらいは自分で直せることは
自分たちでやっていましたね。
もっとも家の事は不器用な私は全て家内任せでしたが。
ただ、若いだけに好奇心もあり、欧州各地の観光旅行や、目にする様々な
ものが魅力的でした。
そうそう、ミシンも持参しました。有れば便利で、古くなった私の
Yシャツを娘たちのエプロンとか、スカートに仕立てていました。
それではまた。
jijidaruma2021年02月22日11時52分 返信する -
青梅に昭和の街
jijidarumaさん
青梅にも昭和の街っぽいものがあるんですね。
豊後高田の「昭和の街」に行ってきましたが こんなに身近にもあるとは知りませんでした。老朽化等々で 赤塚不二夫記念館が閉鎖され 他もどうなるかわからないのは
残念ですね。
おばけが色々いたようですが そのあたりのことは けっこう有名なんじゃないでしょうか。
京極夏彦氏が 「巷説百物語」(角川文庫)という本を書いています。
3センチぐらいの厚さがある本ですが 青梅を含めた江戸時代の怪奇小説で面白かったです。 お化けなどにはそのもとになる事件があるんだという 話の進め方だったと思います。
青梅が江戸時代から開けていたんだなと思った記憶があります。
不二家のミルキーがお好きだったんですね。
あれは歯に詰め物があったら 食べちゃダメですよ!((笑))
子供の頃は 大好きでしたが 今考えてみると コンデンスミルクの味ですよね。
銀座にあった 昔の不二家のレストランを思い出します。
今の不二家はビルになってしまって なんだか夢がありません。
昔の不二家は憧れの夢のレストランだった気がします。
早く緊急事態宣言が解除される日が来ますように。
ではまた
MよりRe: 青梅に昭和の街
M-koku1さん 、
今晩は。いつもありがとうございます。
豊後高田の「昭和の街」は知りませんので、検索しました。
ずっと「昭和の街」らしいですね。多分時間が停まってしまった町
を上手に利用した様子。
青梅は東京都にあるだけに、開発・発展の波に大きく影響された
部分もありますね。
青梅観光でも塩船観音つつじまつり、青梅マラソン、吉野梅郷梅まつり、
御岳山、御岳渓谷、玉堂美術館、吉川英治記念館、ご存知の澤乃井酒蔵、
櫛かんざし美術館などがありますから、またお出かけください。
京極夏彦氏の「巷説百物語」(角川文庫)は読んでいませんが、
「青梅おちこちこぼれ話(小川秋子女史編)」はちょぼちょぼ読んで、
この青梅妖怪マップと突き合わせをしていますよ(笑)。
不二家のミルキー、レストラン、クリスマスケーキ、何やらレトロと
申し上げては失礼だったかも。
ミルキーのエピソードを書きましたが、道理で歯が悪くて、退職後は
インプラントを6本入れる始末になりました。もっとも運動部で日常的に
歯を食いしばった事!も悪かったのでしょう。
それにしても、部下殿は社長の友人の娘でコネ入社、少々扱いに困った
彼女でしたが、妙に慕ってくれました。
その彼女、当社内から選ばず、競合他社の方と結婚され、上々の幸せです。
それではまた。
jijidaruma2021年01月31日01時46分 返信するRe: 青梅に昭和の街
jijidarumaさん
火事でお寺が消失とのニュースに、ビックリしました。
まさかjijidarumaさんの菩提寺ではと、名前を確認してしまいました!
とりあえずは違うようで、 jijidaruma家にとっては 良かったですね!
でも 燃えてしまったお寺は 本当にお気の毒でした。
青梅の火事は鎮火しましたが、足利はひどいですね。
地方ではまだ庭の焚き火が許されているんですね。
火事は怖いです。
火の元には注意して過ごしたいものです。
ではまた
Mより2021年02月25日02時30分 返信するRe: 青梅に昭和の街
M-koku1さん 、
今晩は。まだ起きておられるとは!(お互い様ですが)
青梅の火事お見舞い、ありがとうございました。
TVに火事の報が出はじめた際はビックリしました。所がニュースは
大雑把すぎて、青梅市沢井駅(軍畑との間)近くが不明でした。
映像からすると、青梅の旧市街の中心・住吉神社からほど近い、青梅線
の踏切を隣り合って立つ西分神社と宗徳寺の近辺によく似ていたので、
境内の有名な“しだれ桜”や急坂を登った宗徳寺の墓地のことも
心配しました。ここの墓地に父の姉が嫁した家の先祖代々の墓が
あって、一度御参りした事がありました。
また、沢井には小沢酒造や対岸にご訪問された<かんざし博物館>も
ありますので、延焼リスクもありうるかと思っていました。
ともあれ、火事は他人ごとではなく、延焼、もらい火事もありますので、
クワバラクワバラです。お寺さんはもらい火事ですから、ほんとに
お気の毒です。
(今どきは私の住む千葉の田舎ですら、庭の焚き火が許されていません
から、どうしたんでしょう!油断は大敵ですね)
それではまた。ありがとうございました。
jijidaruma2021年02月25日03時04分 返信するRe: 青梅に昭和の街
jijidarumaさん
何事もなく 何よりでした。
沢井の近くですか。
この間行った時、沢井で昼食にしました。
軍畑から歩き始め、ちょうどいいところに酒蔵があったので、
甘酒なんかも楽しみました。
酒蔵に影響がなくて 良かったです。
jijidarumaさんも かなりの夜更かし組ですね。
お互い 夜中はゆっくり休みましょうね!(笑)
ではまた
Mより2021年02月25日11時15分 返信するRe: 青梅に昭和の街
M-koku1さん 、
今日は。御返信恐縮です。
軍畑から歩いた由、健脚ですね。
今度は≪御岳渓谷遊歩道≫を歩くのも楽しいでしょう。
いつも叱られていますが、何やら始め出すと、終わるまで
やってしまう悪癖!なのです。
これも油断大敵の部類に入りそうです!
それではまた。
jijidaruma2021年02月25日13時09分 返信する -
青梅市
jijidarumaさん、こんにちは
青梅と聞いたら浮かぶのは青梅マラソンのみ(失礼ですが・・・)
マラソン応援好きですが、自分で走ろうとは思いませんけどね^^
さて、こんな風に昭和レトロの記念館などがあるんですね。
昭和生まれも高齢になりこの先、若者はこの風景をどの様に見るのでしょうね。
我が家の近郊には明治村がありますが、入場者も減りつつあり維持管理も大変のようですし・・
街道沿いに邦画・洋画の看板が建物に架かっている風景は良いですね。
建物も現代の規格品のようなものでなくて風情もあるし^^
我が家も昭和のレトロな建物ですから入り込めそうです(笑)
台湾の淡水の北投温泉博物館の座敷で、上映されていた映画のポスターを思い出しました。
今考えると台湾に惹かれるのは、このような素朴でレトロな雰囲気が、まだまだのこっているからかもしれません(年を取ったという事でもあり)
続きも楽しみにお待ちいたしております。
rinnmama
RE: 青梅市
rinnmamaさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
そうですね!かつて青梅マラソンは良く知られていました。
・・が今は、それすら東京マラソンにとってかわられてしまいました。
地方?の風物詩まで衰退させてしまう陸連のやり方は如何なものかと、
思いますが、今は千葉県人故、何とかの遠吠えです。
私は短距離派で長距離は苦手、負けず嫌いで走りますけど。
昭和レトロの記念館や青梅の事はこれからも書いて行きたいですね。
明治村も良い建物がたくさん残されていますね。学生時代にジュータン
洗いのアルバイトした旧帝国ホテルもあり、あの姿を見ると、
当時を懐かしく思い出します。
台湾は日本統治時代をきちんと評価してくれますから、嬉しいことです。
私もドイツが難しければ、次は台湾の旅でも思うくらいです。
それではまた。
jijidaruma
2021年01月25日17時52分 返信する -
明けましておめでとうございます!
jijidarumaさん
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
お正月早々から美味しそうな旅行記になりましたね。コースで頼むと シェフのご挨拶料理が そんなに次々と出てくるんですか! すごいですね。
カルトの街のにぎやかなお祭り風景を見ていると、 なんでこんなに世の中が変わってしまったんだろうと 悲しくなります。
ヘッセが故郷であまり人気がないとは ちょっとかわいそうですね。確かに読んだはずの「車輪の下」は、暗いイメージ以外残ってないです。
前にも書きましたが、私は仏文科だったので、モーパッサンの「脂肪の塊」やカミュの「ペスト」の方が、いつまでもおぼえています。コロナのせいで、「ペスト」にまた日があたって、嬉しいやら悲しいやら。
白鵬も感染したようですね。お互い気をつけて一年過ごしましょう!
MよりRe: 明けましておめでとうございます!
M-koku1さん、
今晩は。いつもおありがとうございます。
明けましておめでとうございます。
こちらこそ、今年も宜しくお願いします。
もう13年も経っていましたが、とても印象に残ったレストランでした。
シェフの御挨拶、あるいは贈り物などと勝手に言っていますが、
要は御客の注文に厨房サイドがうまく対応できていれば、必ずしも
必要なものではないのです。
この夜は満席に近く、注文メニューの内容で対応が大変だったのでしょう。
この旅でも、この2日前にStuttgart近くのHotel Adler(鷲) Asperg
アスペルクのRestaurant Schwabenstubeシュヴァーベンシュトゥーベ
(ミシュラン1星)での夕食ではシェフの御挨拶はありませんでしたね。
仏文専攻のMさんにとっては、海外の旅はかつてを思い出すことも
多いのでしょう。羨ましいですよ。
私は、あ≪法学部≫でしたから、実は海外文学にはウトイし、カタカナが
多い本は苦手でした(苦笑)。
偶々、ドイツ駐在になったので、ヘッセやハイネといったカタカナに
少し慣れたようです。
正月は近くの次女一家5人が来訪しました。都内の長女家族4人は自粛。
最初に大学受験する孫娘も来訪したので、ちょっと気にしましたが、
週一で顔を合わせているので大丈夫と思っています。
婿さんの実家は新年会を中止、テレワーク・リモート方式でやったそうです。
体力のある力士でも罹患したので、体力派の私も用心ですね!
それではまた。
jijidaruma
2021年01月06日01時06分 返信する -
明けましておめでとうございます。
jijidarumaさん、
新年、明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
新年早々、グルメレストラン『シュロスベルク』での
優雅なお食事のご様子を羨ましく拝見いたしました。
早くまたヨーロッパを訪問しこのようなひと時を
楽しめるようになるといいですね。
本年もお健やかで良い一年を過ごされますよう
心よりお祈り申し上げます。
sanabo
Re: 明けましておめでとうございます。
sanaboさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
明けましておめでとうございます。
こちらこそ、今年も宜しくお願いします。
さて、正月は楽しくと思い、私共にとっても良き思い出の
グルメレストラン『シュロスベルク』を選んでみました。
4年間で10店の体験でしたが、様々なもので、次の旅でも
楽しみの一つ≪食べる≫事が満足に出来ればと思います。
楽しみの先伸ばしで、それも倍加する事でしょう。
長生きして楽しみましょう。
お元気で充実した毎日をお過ごしください。
jijidaruma2021年01月05日23時55分 返信する -
とても素晴らしい旅行記です
jijidarumaさん おはようございます。
ローレライの歌声を聞きながら旅行記を拝見しました。バックグラウンドになって今までにない経験をした気持ちです。
山下秀男氏、知りませんでした、こういう日本人が世界で活躍していることに日本人として誇りを感じます。
次にエルビスプレスリーの動画、思わず見とれました。人形も可愛くて、懐かしいエルビスの姿に目は釘付けでした。
「ああわれダンテの奇才なく バイロンハイネの熱なきも」の歌に登場するハイネ、
どちらかと言うと私はハイネケンのほうがお馴染みですがね(笑)。
良いお年をお迎えください。
pedaru
Re: とても素晴らしい旅行記です
pedaruさん、
今日は。いつもありがとうございます。
今まで手元にありながら、ハイネマンの菓子箱、裏面の文章を
ちゃんと読むまで、デュッセルドルフを2006年5月に再訪して土産に
買って(ユーロ19.95)以来、なんと14年を過ぎてしまいました。
大事に残したのか、何となく置いてあったのか、それはさておき、
綺麗な写真映えした箱をお見せできて良かったです。
勿論、その背景にあるローレライの歌、ドイツへの郷愁を感じ
させるものです。
其々に、お楽しみ頂ければ、大変嬉しいことです。
「ああわれダンテの奇才なく バイロンハイネの熱なきも」の歌、
与謝野鉄幹「人を恋ふる歌」、この歌を思い出しました。
クラブの納会で朗々と詩を暗唱した先輩、その後に皆で歌ったもので、
清酒運・・・いえ文字転換誤り(笑)・・・青春でありました。
ありがとうございました。良いお年を!
jijidaruma2020年12月28日15時05分 返信する -
ローレライ
jijidarumaさん、年の瀬も押し迫りましたね。
ローレライを聴くといつも思い出すのは、大学1年で聞き始めたNHKのラジオドイツ語講座で、エーリッヒ・クンツの若々しく素晴らしい美しさのドイツ語の歌声です。
ディースカウやプライとは全く違う趣の声で、これを聞いてドイツ語に目覚めた学生も少なからずいたようです。ラジオ講座の先生だった小塩 節先生はご体調を崩しながらもご存命でおられ、嬉しい限りです。ドイツ語は仕事で使いましたが、思い出すのはもっと古い記憶ですね。歳をとったせいかもしれません。今年はコロナでどこにも行けず、来年も難しいかもしれませんが、いつか行けるように事前勉強に精を出したいと思います。来年もよろしくお願いします。
RolleiguyRe: ローレライ
Rolleiguyさん、
今晩は。いつもありがとうございます。
寒くなりましたが、冬はこうでないと、春の訪れを楽しめません。
暮だというのに、春はさすがに早いですけど、冬至にゆず湯に
入ってみれば、何やら少し気分も良い感じです。
Rolleiguyさんのドイツ語体験、さすがです。
私の大学時代のドイツ語は教養課程のドイツ語、恥ずかしながら、
単に単位を取るだけのしろものでした。当時、体育会の格闘技の
部に入ったので、坊主頭の私はクラス連中とは疎遠で、唯一語学の
時間に顔を合わせただけで、クラスではお客様状態でした。
教わった加藤教授はできた方で、ドイツ語は楽しく学ぶのが大事だと、
専ら文法よりも歌を歌ったものです。このローレライの歌もそうでした。
夏休みの宿題は学生から教授へ手紙をドイツ語で書く事!でした。
やむなく、事前に文章を作り、群馬の神津牧場にキャンプに
行った際、そこから絵葉書を出しました。短くて済む絵葉書です。
結果は「可」でしたが、単位は頂けました(笑)。
こちらこそ、宜しくお願いします。
充実した、良いお年を!
jijidaruma2020年12月27日19時53分 返信する -
古き良き時代風のドイツ
jijidarumaさん
実際はしばしば戦争に明け暮れたヨーロッパですが、jijidarumaさんの旅行記を見ていると、いい時代もあったななんて感傷的になってしまいます。年の暮れだから余計かも。
私達が子供の頃海外アーチスト来日といえば、ヨーロッパ各地の少年少女合唱団ばかりで、ここでアップされたような曲は馴染み深いです。今のようにKポップで育った若者には、年をとったときに懐かしめる普遍的な曲があるかしら?
ハイネはユダヤ人だったんですか! 知りませんでした。ドイツ人の中でわだかまりは無いのでしょうか?名前を消してまで歌い続けていたなら、ユダヤ人を認めたら良かったのに。
先日BSで「シンドラーのリスト」をやっていて、久しぶりに見ましたが、人種差別というものの恐ろしさを、再度感じました。人間が動物である以上、解消されない問題なんでしょう。
バウムクーヘン、プラリネ、今はあまりパクパク食べてはいけない私ですが、思い出しただけでも、幸せになります。大好物なので。
ドイツも遠くなりましたね。
ため息が出ます。
MよりRe: 古き良き時代風のドイツ
M-koku1さん、
今晩は。いつもありがとうございます。
今はTVを見てもさっぱりで、とりわけ歌番組などもう駄目ですね。
私共は歌声喫茶を知る世代ですから、孫世代は無理でしょうね。
卒業式の歌ですらもう難しい・・・。
さて、ハイネの時代はナポレオン戦争時代、唯一ユダヤ人だった
ハイネが普通のキリスト教徒の學校教育を受ける権利を得たのは
ナポレオン法典のお蔭だったそうで、ユダヤ人には難しい時代だった
でしょう。学校ではユダヤ人であることでいじめられたとか、
若い頃は自らの進路を決めかねて、あちこちを道草していたようです。
彼の活動がドイツ政府を刺激し、目を付けられたこともあってフランス
のパリに移住し、そこで没します。このあたりが彼の立場を示して
いるようですね。
ともあれ、良いものは(この場合は詩であり、歌ですが)残って
いくものですね。
「苦を去ると云う29日」までに(家内にはっぱをかけられて)、半日を
掃除に費やしました^^。門扉、玄関、ガラスをきれいさっぱりにして、
新年を迎える準備にチョッと努力しました。
良いお年を!
jijidaruma2020年12月27日19時19分 返信する -
ファミリーヒストリーですね
jijidarumaさん
NHKのファミリーヒストリーで取り上げられそうな内容ですね!
1600年代からのルーツがわかっているお宅は、けっこう少ないと思いますよ。
祟りかもしれない役所にもびっくりですが、いくら昔とはいえ、ご親戚の方々が若くして亡くなられているのも、気にかかりました。
この義賊さんのことは全く知りませんでした。遠くの県まで行かなくても、まだまだ興味深いスポットがあちらこちらにあるものなんですね。
さぁ そろそろ年賀状を作らなくては。
MよりRe: ファミリーヒストリーですね
M-koku1さん、
今日は。いつもありがとうございます。
たまにはこのような日記も身近でご興味が湧いたことでしょう。
先だって、「澤乃井の櫛かんざし美術館」の口コミを書かれていたので、
元・地元の人間が書かなくてどうするといった思いがありました。
もっとも、現在の様々な青梅のスポットは観光的に成功している
ものが多く、私が社会人になって、世の中をうろうろしている間に
青梅も大いに変わりました。
菩提寺だけはその印象が子供の頃から変わっていませんけど、
当時叱られたご住職はとうに亡くなり、そのご子息、孫の世代が
寺を守っています。
祟りと言えば、武漢ウイルス禍もそうなのかもしれせん。
えたいが知れない、未知なるものへの恐怖は今も変わっていない。
地元のTVで先日、若い加藤剛の大岡越前をやっていました。時代劇好きです
から、好んでみますが、義賊・・・小僧の話が主題でした。
そういえば、青梅の「裏宿七兵衛」の話があったと・・・。
又何か、種を見つけて書いてみます。
ではまた。
jijidaruma2020年12月22日14時27分 返信するRe: ファミリーヒストリーですね
jijidarumaさん
櫛かんざし美術館の口コミを見てくださってありがとうございます。
御岳渓谷を歩いてきました。
軍畑から御岳までブラブラしてきました。
jijidarumaさんの故郷とは夢にも思っていませんでしたが、東京とは思えないぐらい川の水がきれいで、緑や紅葉の美しいエリアですね!
そのうち旅行記をアップしますが、内容は薄くなると思います。どうぞ悪しからず。
土星と木星の接近が見てもよくわからなかったMより2020年12月22日21時34分 返信するRe: ファミリーヒストリーですね
M-koku1さん、
今晩は。再度のコメント恐縮です。
旅行記を楽しみにしております。
御岳渓谷の軍畑から御岳までは奥多摩らしい景観が残り、良い所です。
「歴史的には宿場地域の青梅宿が市の中心であって、現在の青梅駅周辺一帯がそれである。多摩川と永山丘陵に挟まれたこの一帯は長細い土地で狭く、これに比べて東に開けた扇状地がある河辺・小作駅周辺などは、かつては広々とした畑地や野原が続いていたものである。」・・・なんて今やレトロを売りにしている青梅宿について書いたことがあります。
青梅は遠く、昭和も遠くなっているようです。
万葉集にある、こんな東歌もお勉強されたのでは?
「多摩川に さらす手作り さらさらに なにそこの児の ここだかなしき」
[大意:多摩川にサラす手作りの布のように、サラニサラニどうしてこの子がこんなにひどく可愛いのかしら。](『日本古典文学大系』)
明治22年に町村合併してできた調布村(都下にある調布市ではない)は私が育った村ですが、小学校の頃、昭和26年、更に青梅宿を主とした青梅町と合併して、青梅市になりました。
調布村の名は当地が古くから織物産地として栄え、織物業者も多く、そうした背景から調布と名づけたと云われています。
いろいろと飛びました。ありがとうございました。
jijidaruma2020年12月22日23時10分 返信する -
遅ればせながら包丁の活用状況報告です!
jijidarumaさん
こんにちは。
クリスマス特集のコメントを読み、こちらの旅行記にすっ飛んで参りました。危うく読み飛ばす所でした。
今回もセピア色の思い出と共にアップデートされた旅行記を興味深く拝見しました!ドイツの人気お土産ラインキングのうち、私は13項目を既に制覇したようです。残すはシュタイフの人形とかわいい食器。シュタイフは少々お高いので今しばらく保留…。かわいい食器は、jijidarumaさんの記事で知ったWesterwaldの焼き物をいつか購入したいので、それまでのお楽しみにとっておくことにします♪
さて本題のツヴィリング・ヘンケルスの包丁です。jijidarumaさんの推測は何から何までお見事です!母親の世代はもとより、「まさか大事にしまっていないでしょうね。」とのコメント(笑)。そうなんです!実はドイツに戻ってから『使い心地はどう?』と質問したところ『もったいなくて使えない』と…。いやいや、使ってなんぼよ!そのために少々奮発したのよ!と伝えたところ、普段使いの包丁にメジャー入りしたようです(一安心)。
日本人学校の記事も大変興味深く読ませていただきました。私の場合はデュッセルドルフにいるものの駐在員の方と関わることがほとんどないので。それにしても、22万マルクとは、もはや地域貢献の域ですね(笑)。当時Schadowplatzにあったツヴィリング・ヘンケルスの店舗は、今はケーニヒスアレーにあります。当時の布石のお陰でしょうか、私が購入した際にも店員の方は親切に対応してくださり、会話の中で日本人&プレゼントと分かるとレジで30%OFFにしてくれました。
先人の方たちの努力のもとで築かれた信頼関係があってこそ、今もこうして日本人として安心して過ごすことが出来るのだと日々痛感します。そして、jijidarumaさんの記事にも感謝です(*^^)
beachRe: 遅ればせながら包丁の活用状況報告です!
beachさん、
今晩は。コメントありがとうございました。
本項はやはりきっかけを頂いただけに、是非読んで頂きたく
思って居りました。
お母上、そうでしたか!でも大事にされるのもよく分かります。
使ってみれば、孫子の代まで使えそうですから・・・。
これで満足な年末年始を迎えられます(笑)。
ドイツの人気お土産ラインキング、殆ど制覇された由、すごいですね。
勿論ここに出ていないものも価値がありますから、お好み次第ですね。
シュタイフは本社と博物館に一度行っています。子供たちが大喜びで
動物たちと遊んでいました。私自身は若い頃(ドイツ赴任前)に
会社の大先輩(後に副社長になられた)に土産で頂き、大事に
してきました。娘や孫がこれで遊んでいました。
ドイツのものはこれがあるから価値があるのでしょう。
Westerwaldの焼き物ですか?!渋いお好みですね^^。
それにツヴィリング・ヘンケルスの店舗が今はケーニヒスアレーに
あるのは知りませんでした。
今度ドイツに行ったら訪ねてみたいです。
イエイエ、駐在員以上にドイツが大好きで、新鮮な目で情報発信されて
いるbeachさんには、こちらも多謝!、そして深謝!!です。
それではまた。
jijidaruma2020年12月15日17時44分 返信する



