pockyさんのクチコミ(221ページ)全4,966件
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投稿日 2013年05月02日
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投稿日 2013年05月02日
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投稿日 2013年05月02日
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投稿日 2013年05月02日
総合評価:3.5
1636年、清が侵入した乱(丙子胡乱)の際、第16代王の仁祖(インジョ、1595~1649、在位1623~1649)は南漢山城に避難し、翌年戻ってきてこちらに住んだと言われている建物
昌慶宮は、韓国ドラマでもなじみがある粛宗(スクチョン)の時代に起きた張禧嬪(チャンヒビン)とその一族が処刑された事件や、英祖(ヨンジョ)の時代に起きた思悼世子(サドセジャ)の死など、すべてここ昌慶宮が舞台
散策時いろいろな気持ちが巡ってきます- 旅行時期
- 2012年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2013年05月02日
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投稿日 2013年05月02日
総合評価:4.0
昔御堂の後方、浚明堂(チュンミョンダン)とつながっている即祚堂は、光海君(クァンヘグン・李朝第15代王)と仁祖(インジョ・李朝第16代王)が王位即位式を行った歴史的な場所
最初にここで即位式を行なった王は、権力を用いて半ば強引に王位を継承し、正殿ではなくここ即祚堂で即席の即位式を行なったため「殿」がついていないようです
朝鮮王朝の歴史を知れば知るほど、この建物の意味を考えさせられます- 旅行時期
- 2011年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月02日
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年05月01日
総合評価:3.5
徳寿宮は大韓帝国(1897年8月12日~1910年10月22日までの李氏朝鮮王朝の国名)の波乱万丈な歴史の中心舞台になりました。
1911年に建立され、徳寿宮に現存する殿閣の中で一番最後に作られたもので、主に外国使臣や大臣を迎えるための接見室として使われた建物
年代的に外国からの使者も多くなった頃なので接見室も必要になってきたのでしょう
現在は建物内部を高宗皇帝の寝殿として復元、当時の宮中生活を垣間見ることができるようになりました- 旅行時期
- 2011年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2013年05月01日
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投稿日 2013年04月30日
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昌慶宮・中宮殿(チュングンジョン)内殿の殿閣の中で最も大きい
投稿日 2013年04月30日
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投稿日 2013年04月30日
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投稿日 2013年04月30日
























