養和堂
史跡・遺跡
3.31
施設情報
クチコミ(13件)
1~13件(全13件中)
-
養和堂
- 3.5
- 旅行時期:2023/09(約2年前)
- 0
-
降伏した後に国王が住んだ場所
- 3.0
- 旅行時期:2018/12(約7年前)
- 0
-
清の侵攻により仁祖が帰還した場所なの
- 3.5
- 旅行時期:2018/09(約7年前)
- 0
-
-
養和堂でございます
- 3.0
- 旅行時期:2015/05(約11年前)
- 0
-
養和堂(ヤンファダン) 2015年5月 修復中でした
- 3.0
- 旅行時期:2015/05(約11年前)
- 2
養和堂(ヤンファダン)は昌慶宮の創建(1484年)時に建てられた正面8間、側面4間の平屋建ての建物。
豊臣秀吉の文禄・慶... 続きを読む長の役(1592年)や李适の乱(1624年)や丙子胡乱で焼失、そのたびに再建されました。
明の滅亡後、清が侵入した丙子胡乱(1636年(仁祖14)の際、第16代王の仁祖(インジョ、1595~1649、在位1623~1649)は南漢山城に避難し難を逃れました。
翌年戻ってきて澄んだのがこの養和堂です。
このときは一時昌慶宮の正殿として使用されました。
現在の建物は1830(純祖30)年に再び火災消失。1834年に再建したもの。
扁額は第23代王の純祖の親筆。
2015年5月に訪れたときには修復中で、垣間見ることしかできませんでした。
閉じる投稿日:2015/05/22
-
清国に屈服した丙子胡乱をご存知ですか。
- 4.0
- 旅行時期:2015/02(約11年前)
- 0
-
昌慶宮のメイン観光エリアとマイナーエリアの境界付近にあります
- 4.0
- 旅行時期:2015/01(約11年前)
- 0
-
-
第16代王・仁祖がこちらに住んだと言われています。
- 4.5
- 旅行時期:2014/03(約12年前)
- 0
-
王様の寝室!
- 4.0
- 旅行時期:2013/09(約12年前)
- 0
-
第16代王の仁祖の一時住まい
- 3.5
- 旅行時期:2012/07(約14年前)
- 0
-
避難場所・・・
- 4.0
- 旅行時期:2012/07(約14年前)
- 0
-
昌慶宮‘養和堂’は王妃の住まいとして建立された建物
- 3.0
- 旅行時期:2011/06(約15年前)
- 0
-
昌慶宮の奥にある小さな建物
- 3.0
- 旅行時期:2010/01(約16年前)
- 0
1件目~13件目を表示(全13件中)
このスポットに関するQ&A(0件)
養和堂について質問してみよう!
ソウルに行ったことがあるトラベラーのみなさんに、いっせいに質問できます。
-
ころんさん
-
mmm23さん
-
愛さんさん
-
みよっしーさん
-
konomiさん
-
ナツメロ大王さん
- …他