まみさんへのコメント一覧(87ページ)全2,146件
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祝!祝!開場100周年。
ふ、ふ、そうだったんですか。
祝!祝!開場100周年。
ふ、ふ、歌舞伎の大好きな私のコメントの入り方は。
明治44年(1911年)に歌舞伎座のライバルとして開場。
当初建物は、ヨーロッパのオペラ座のネオ・バロック様式の宮殿風だったとか。
なんて、ダブルキャストのミス、サイゴンを観て以来いっていませんでしたが、
100周年はすばらしいですね。
ありがとうございました。失礼しま〜す。RE: 祝!祝!開場100周年。
一歩人さん、こんにちは。早速のコメントと投票ありがとうございます。
ふふふ、そうだったんですか、確かに歌舞伎座は帝劇開場にまけまいと改修された歴史があったんですねぇ。
いやぁ、開場100年!
あらためてすごいですよね。
帝劇ってもっと重厚な芝居をやるところかと子供の頃は思っていたけれど、いまの私にとってすっかりミュージカルの劇場です@ いや、そればかり見に行くからだけど。
外観は重厚でかっこいいけれど、中はおみやげに目移りする、劇場にしては楽しいところだなぁと思っています。
よく知る会場がロビーの売店はもっとシンプルだから。2011年08月14日23時52分 返信する -
レバノンのベイルートを思い出しました
まみさん、
こんばんは。
トビリシやクタイシの廃墟となった建物を見るとベイルートの建物を思い出しました。ベイルートの旧市街に近い建物も同じような廃墟の建物が多かったのですが、いくらはボロボロになったとはいえ、その面影は残っており、おそらく戦後間もない頃の「中東の金融都市」として名を馳せていた時代にはきっと美しい街並みだったのだろうな、と感じました。
トビリシやクタイシも同様で、まみさんが撮影された家々の美しい木製の柱やテラスを見ていると、ソ連の平和な時代にはきっとその姿はカフカスで最も美しい街並みを残していたのでは?と思えてなりません。グルジアは南オセチアやアブハジア、一時はアジャリア共和国の独立運動もあるいっぽうで、グルジア自身が民族主義に走り、アブハジア人やオセット人を追い詰めた経緯があり、グルジア人が蒔いた種により内戦に発展し、疲弊の一途を辿ってしまったことが残念でなりません。RE: レバノンのベイルートを思い出しました
worldspanさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
古びてたり一部崩れていてもたくましく住んでいる人がいることから、廃墟っぽくても風情がある……と感じたのですが、紛争の爪痕かもしれないと思ったら、私も実は、とこかで見たベイルートの写真を思い出してしまいました……。
トビリシもクタイシもきれいに整備されて美しい町といえるところもたくさんあります。
しかし先にこういう写真をアップしてしまって……印象暗くしたかしらと心配です。
でもworldspanさんがおっしゃる戦後まもない頃は、もっともっと美しかったのかもしれませんね。
アルメニアとアゼルバイジャン、それからグルジアでの民族紛争については、これまで漠然としか知りませんでした。いや全然知りませんでした。
今回のコーカサス旅行をきっかけにやっと少し調べたんですよ。。
遠い国の遠い出来事というだけでなく、やはり足を踏み入れるとなると、うっかり紛争地帯に紛れ込んではいけないので、自分のことのように必死に調べることになりますから。。。2011年08月12日22時03分 返信する -
飛んでいるみたい!
まみさん
CANです。暑いですね〜。。。
さて、昭和記念公園のサギソウは相変わらず元気ですね。
ミソハギのピンクバックもいいけれど、表紙につかっている
青空にサギソウが最高です!!
本当に飛んでいるみたい・・
ヒマワリも楽しみにしています。 -
綺麗ですね
向日葵を見に行きたいなと思い、ネットで調べてみたところ、野木に広大な向日葵畑があることを発見。
フォートラベルで検索してみたらまみさんの旅行記に行きつきました。
今週末行ってみようかと思っております。
綺麗な写真、ありがとうございました。 -
これでも首都か〜
まみさん、こんにちは♪
グルジアの旅行記頑張ってますねぇ。
いろいろ見てますが、凄い所に旅行されるまみさんが凄いですぅ〜♪
この写真はただ壁が剥がれ落ちたという訳ではなく、
砲撃された感じがありますが...どうなんでしょう?
ひなびた街角の写真だけをまとめられたからだと思いますが、
何か物騒な臭いが漂ってきてます...。
crossRE: これでも首都か〜
crossさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
グルジアの首都トビリシ、先にひなびた写真ばかり集めたので、首都とは思えないような印象を与えてしまいましたね〜。
きれいなところや、首都らしいところもありましたよ。
がんばってそちらもなるべく急いで作成したいと思います〜。
あるいは他の方のトビリシ旅行記は、きれいなところもたくさん写っています。
もっとも私は最初は前世紀的な旧市街から歩き始めたので、これでも首都か〜と思いながら歩いていたのは確かです。
コメントくださった写真。
確かに、言われてみると、砲撃のあとなのかも。
ロシアとの戦争は、たったの3年前の出来事ですものね。短かったとはいえ。
歩いている分には別に物騒なかんじを受けずに全く平気でした。
この崩れ具合はちょっと度を越していたにしても、こぎれいなだけでない街角だったので、違和感は少なかったんです。
単に私が鈍いだけ!?
2011年08月11日08時49分 返信する -
赤筋のやまゆりに会えてよかったですね!
まみさん、こんばんは!
赤筋のやまゆり・・・巡り会えたって・・・そりゃぁすごい!
雨の中を頑張って出かけた甲斐がありましたね・・・
写真で拝見する限りはまだまだ見頃十分という感じがしてます・・・
見頃に間に合って良かったですね・・・
雨のやまゆりもしっとりとしていい・・・
水も滴るやまゆり・・・
美しさの敬称とされる所以でしょうか。
oakat
RE: 赤筋のやまゆりに会えてよかったですね!
Oakatさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
いやはや、Oakatさんがちょうどよいときに森林公園のやまゆりを見に行けて、うらやましくてたまらなかったです。
でもあの後に紅筋が開花したようですね。
私は以前、梅林の方で紅筋を見たことがあります。
でも、今回は、とてもあちらまで回れそうになかったので、あきらめていたんです。
そしたらやまゆりの小径の方にもあった〜。うれし〜。
私は森林公園のやまゆりはもう4度目になるので、もっと花の数が多くて勢いのよかったときを知っているので、やはりピーク過ぎたなぁと感じたのですが、そう思ったのは最初だけで、途中からまた夢中になりました。
おっしゃるとおり、まだなんとか見頃が続きそうなかんじです。
あっちにもこっちにもじゃんじゃん!というかんじは少なくなってしまいますが、緑の中にいきなり出現する白い花の姿には、ドキッとさせられて、思いがけない宝物を見つけた気分になりますねぇ。
やまゆりってちょうどよい加減でうつむいていて、その姿もとても気に入っています。
オニユリやカノコユリは下向きすぎで、私がなかなか行くことができない西武ゆり園のようなスカシユリとかハイブリッド系は堂々と上を向いてません?2011年08月03日12時42分 返信する -
テレビに衝撃!
まみさん
こんばんわ。マルシュルートカにテレビがあるとは・・・、これは衝撃的!
私が行ったとき、カフカスではアルメニアが一番治安が良いように感じましたが、どうでした??RE: テレビに衝撃!
worldspanさん、こんにちは。続けてコメントありがとうございます。
worldspanさんがアルメニアに行かれたのは12年前の1999年ですね!
worldspanさんから見ると、いろいろ変わった点があると思います。
それをコメントいただけるのも、とても興味深いです。
アゼルジャンはバクーだけ1日だったので、3国の正確な比較はしがたいのですが、アルメニアが一番良さそうというのは確かに思いました。
トビリシには物乞いの子供がたくさんいましたから。
昔、イタリア旅行で悩まされたジプシーの子供よりはしつこくなかったですけど。
アルメニアの方が、マルシュといい、寝台車といい、3国の中では一番進んでいるな〜という印象を受けました。
地下鉄のようなインフラものはトビリシと比べてもどっこいどっこいの印象がしたけど@@
2011年08月02日08時46分 返信するRE: RE: テレビに衝撃!
まみさん、こんにちは。
アルメニアとアゼルバイジャン・・・、私が訪れたときはお互いに料民族のことでとてもピリピリしていました。
アルメニアでお世話になった家族と談笑しながら食事をしてたのですが、アルメニアの次にどこ行くのか?とたずねられ、グルジア→アルメニアに向かう、というと今までの笑顔はたちどころに消え、水を打ったような静けさになってしまいました。映画のワンシーンのようにですよ!! みんな険しい顔になり、「どうしてそんな国に行くのか!」といわれてしまうほどでした。慌てて「ロシアに行くにはアゼルバイジャンを通らなければいけないので」というと、みんな納得した顔になり、再び談笑が始まった記憶があります。
一方のアゼルバイジャンでは、ナゴルノ・カラバフ戦争に参加した人と知り合い、彼は腕の銃痕を見せてアルメニアの事をケチョンケチョンに言ってました(そんな彼にアルメニアから来たといったら大変なことになってました(笑))。
カフカスではアルメニアが一番貧しい印象が強かったです。セヴァンのような田舎では当時月収は50ドル程度、エレヴァンでも200ドルもなく、車はオンボロ、一方のアゼルバイジャンなんてバクーでは高級車がバンバン走り、モダンな建物も多く、よくアルメニアがアゼルバイジャンに戦争で勝ったなーって思いましたよー。
ストリートチルドレンは、確かに当時からトビリシには多い印象でした。私が訪れたころはアブハジアや北オセチアの戦争のせいで、多くの難民がトビリシに押し寄せ、市内中心部の大きなホテルは難民が住み込み、一般の旅行客が泊まれるような安宿がとても少なく見つけるのに大変苦労しました。結局一泊10ドル位で民家に泊まる事になり、滞在時には停電は当たりまえ、国の貧しさがヒシヒシと伝わってきました。でもグルジアで一番往生したのが官憲の腐敗。どこに行っても警察がやってきてはパスポートコントロールの名の下にお金を強請りにくるんです。駅でも、町を歩いていても。特に国境はひどいものでした。。。
そんなよい印象がないグルジアではありますが、カフカスには亦是非訪れたいと思ってて、まみさんのブログの続き楽しみにしています。^^2011年08月02日12時50分 返信するRE: RE: RE: テレビに衝撃!
worldspanさん、レスレスありがとうございます。
それから興味深いエピソードをありがとうございます。
いやはや、worldspanさんに比べると、私はほんとうに観光地を表面的になぞった、いいとこ取りではあるけれど薄くにしか関われない旅行でしたよ〜。
でも、アクセスが難しいところは現地ガイドさんをお願いしたので、計5人のガイドさんと接したことで、私の旅行の中では、少しは地元の人と接すことができた旅行になるかもしれません。
このあたりは本当にここ数年で情勢も隣国に対する気持ちも大きく変わっているのでしょうね。
世代の違いもあるかもしれませんね。
アルメニアのガイドさんは、トビリシがアルメニア人のものだったという話になってびっくりしましたが、でも、グルジア人もアルメニア人も、互いの国を旅行することに対しては、ふつうでした。
外国人が旅行するのもよくあると捉えていたかんじでしたし、アルメニアのガイドさんもグルジア旅行をお願いすれば手配してくれそうなかんじでした。
アルメニアとグルジアは昔からそんなにぴりぴりしていなかったかしら。
グルジアの旅行代理店をネットで探しているときも、コーカサス3カ国の旅行を手配しているところもよく見かけました。
残念ながらアゼルバイジャンは、一日だけなので、ホテルの人くらいしか接していないんですよ。
でも、国境のことはともかく、宗教のことでは、グルジアで聞かれたとき、無宗教って答えないで仏教徒ってことにしておきました。
そうしたら運転手さんが、仏教徒なのにキリスト教の教会に入ってもいいのか、と質問したらしく、えーっ、入っちゃいけないの?とドキッとしましたっけ。
だって教会こそが観光の目的だったんですもの。
3カ国の中でアゼルバイジャンはオイルリッチという印象があります。
でも地方はきっとその恩恵はあまり行き届いていないかもしれませんね。
今回、私は首都比較でいうと、アゼルバイジャンの次にアルメニアがインフラとか整っていてきれいだという印象を受けました。
でも人々の暮らしぶりまで聞けたわけじゃなくて、worldspanさんのお話は興味深いです。
トビリシのホテルが難民の宿になっていたって話は私もどこかで聞いたことがあります。
トビリシの旧市街は、すてきなテラスのあるグルジアの昔の家屋に、For Saleが目立ちました。。
私のコーカサス旅行記は、どうしてもミーハーな旅行者視点のものなんですけど、よかったらまた見に来てください。
きっとworldspanさんがお出かけになった当時とがらっと変わっているところもあると思いますが、私が気付かないだけで、変わっていない貧しいところや不便なところもあったろうと思います。
いやぁ、しかしworldspanさんが出かけた頃のような状態だと、私にはハードルが高いので、行こうと思わなかったと思います。
昔に比べて旅行しやすくなったような手応えがプラン中になんとなくあったので行くことができました。2011年08月03日12時58分 返信するRE: RE: RE: RE: テレビに衝撃!
まみさん。
ごめんなさい! 上記に書いた文書がグルジア→アルメニアに向かう、って書いてましたが、正しくはアルメニアからグルジアを経由してアゼルバイジャンに向かう、でした。
アルメニア滞在中はアルメニア人のグルジアへの印象は全く悪くなかったです。
変な間違いでまみさんに誤解を与えてごめんなさい!!
worldspan2011年08月03日21時04分 返信する -
乗継が便利になりましたね!
まみさん、
私が11年前に訪れたときはアルメニアINで、アルメニア→(バスで移動)→グルジア→(寝台車で移動)→アゼルバイジャン→(寝台車で移動)→モスクワ→エストニアへと移動しました。
当時カフカス方面の飛行機はシェレメチェヴォ1からのフライトしかない上、シェレメチェヴォ2から1への移動をする為にわざわざ一度ロシアへ入国しなければならず(しかも自由旅行に制約のある中での自由旅行だったので、白タクを利用して2から1に移動しなければならなかった・・・)、当時はダブルエントリーの文化交流ビザを取得してアルメニアに入国しました。ただ、アルメニアはCISトランジット協定がまだ生きていたので、ビザ無しで入国ができましたけど。。
時が経てばSUでカフカスへの移動に伴う乗り継ぎも比較的楽になるものですね!
RE: 乗継が便利になりましたね!
worldspanさん、こんにちは。
おー、昔はカフカス入国に、いまに比べるとずっと苦労されたんですね。
乗り継ぎだけでロシアのトランジットビザが必要なんて、うわっ、許せない! なんちゃって。
私もロシア旅行した昔2000年は、モスクワに着いてそのままサンクトに行ったとき、シェレメチェボ1と2の間はタクシー移動でした。
あのときの記憶がばっちりあるから、いまだに1とか2とか気にしちゃうんですが、今回のように歩いてターミナル間が移動できるなんて、なんて便利になったんでしょーって思いました。
D、E、F間は徒歩で全然OKです。
ただ、間のコネクションデスクを通さなくてはならないところは、ちょっと面倒。
セキュリティはしょうがないけれど。2011年08月02日08時49分 返信する -
どこどこ?って初めて場所がわかりました
まみさん
CANです。こんばんわ〜!
最近すっかり4トラお休みしていたら、コーカサス?アゼルバイジャン?
どこだ〜ってところに旅に行かれていたんですね。
びっくりです。
まみさんの旅行記ではじめて場所がわかりましたよ。
これからゆっくりお邪魔させていただきますね。
なんか私の好きな路地や素敵な壁もたくさんありそう・・
私の今年の夏休み国内で終わりそうです。
節電の関係で夏休みが自由にとれず、休みが決まった時には
すでにチケットも取れず・・・
ちょっとさみしい限りです。RE: どこどこ?って初めて場所がわかりました
CANさん、おひさしぶりです。コメントありがとうございます。
いやいや、私もはじめにアルメニアやグルジアに行きたいと思っていながら、それがコーカサスと呼ばれるエリアだってことをガイドブックを買いにいってはじめて知ったくらいです@@
いやぁ、でもそんな風に知らなかった国に出かけることができて、本当に面白かったです。
日本人にはあまりなじみのない国の写真を、楽しんでいただければ嬉しいです。
ああ、節電の関係で私も休暇がちゃんととれるか心配でした。
一時はあきらめかけたのですが、実現できて本当によかったです。
CANさんも、秋あたりにどこか出かけられるといいですね。
国内はどちらを考えてらっしゃいますか。楽しい夏休みを過ごされるとよいですね。2011年07月31日00時01分 返信する -
久しぶりに拝見させていただきました
まみさま
こんばんわ。久しぶりにブログ拝見させていただきました。
今年の秋は10年ぶり4回目のラトビア訪問をしようと思っています。昨年我が家でラトビア人のホームステイを受け入れ、彼女のところに家族で遊びに行くことになったのですが、その時にルンダーレ城も行こうと思っています。
大分きれいに修繕されていますね!ルンダーレは今まで一度も行ったことがないので、まみさんのブログを見て大変楽しみになりました!
worldspanRE: 久しぶりに拝見させていただきました
worldspan さん、こんにちは。久しぶりのご訪問ありがとうございます。
二週間のコーカサス旅行中で本日帰国したので、お返事が遅くなりました。
秋のラトビアですか。まだ寒くないと思うのですが、きっと黄葉がすばらしく、ロマンチックな季節ではないでしょうか。楽しみですね。
私はルンダーレ城は現地代理店のツアーという形で車を手配してしまったので行き方の参考にはならないのですが、城内の写真を楽しんでいただけて嬉しいです。
修復はどんどん進めているようですよ。
もしかしたら私のときは白の間は見なかったかもしれないのですが、ぜひworldspanさんもルンダーレを楽しまれるとよいと思います。
よかったらぜひ写真を拝見させてくださいね。
まみ2011年07月17日22時21分 返信する



