ゆっくさんのクチコミ(20ページ)全1,048件
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投稿日 2018年10月29日
総合評価:5.0
冬季の土日、期間限定で横浜から東京まで、船が出ています。
伊豆諸島から帰ってくる船が横浜港にも寄港するとのことで、18:10に横浜港大桟橋を出発し、19:45に東京港竹芝桟橋の90分の旅です。2等座席で1,340円でした。
我々も、たまたま看板で見つけて、直前に桟橋に駆け込んだのですが、事前予約なしでも、窓口で問題なくチケットも無事購入できました。さるびあ丸でした。
座席指定でしたが、船内には入らずデッキで夜景を眺めながら過ごしました。おそらく皆同じじだと思うのですが、座席はガラガラでした。
食堂も自販機をあるので、船内でゆっくり過ごすこともできます。
ベイブリッジやレインボーブリッジの下を通り、横浜から川崎の工場、羽田空港、お台場や東京タワー等の夜景をこれでもかと楽しむことができます。言葉にならない位、きれいでした。癖になりそうです。
JRだと30分で500円弱で着く移動が、フェリーでは金額も時間も、ぷち優雅な旅へと変わりますね。- 旅行時期
- 2016年11月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 乗り場へのアクセス:
- 3.0
- 車窓:
- 5.0
-
投稿日 2018年10月29日
総合評価:3.0
多くの維新の偉人達の生家は甲突川の左岸にありますが、井上良馨の生家は大久保さんと同様に右岸にあります。高麗橋たもとのナポリ通の民家の前に碑がありました。
1845年12月1日に薩摩藩士の長男として生まれました。世代的には西郷さん達より17歳若いですね。
19際の時に薩英戦争を経験し、彼の軍人としての人生が始まります。この時、彼は陸軍でしたが、英軍艦の破壊力に魅了され、その後は海軍となったそうです。戊辰戦争、西南戦争では新政府軍として戦い、日清戦争、日露戦争では司令長官として、戦後、軍事参議官となったそうです。
その後、元帥の叙せられたとのこと。甲突川左岸には、元帥になった大山巌や東郷平八郎等、同時期を生きた偉人達の誕生地の碑がありましたが、同じ偉人でも、井上良馨の碑はやや寂しかったです。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月26日
総合評価:4.0
尚古集成館を見学後、異人館に向かおうとしたところ、レトロモダンな建物に惹かれ、中に入ってみました。
薩摩切子のギャラリーショップで薩摩切子が展示、販売されています。
薩摩切子は、江戸末期に絶え、近年復興されたとのことです。ガラスですが、宝石のようにキラキラ光っています。お土産に購入しようと思いましたが、気楽に購入できる値段ではなかったです(笑)。
ギャラリーショップの奥では、実際に職人さんが作業をしており、無料で見学できるようです。
ちなみに、このレトロモダンな建物は、もともと鹿児島市北部に明治42年に建てられた島津家の吉野植林所事務所だそうで、昭和61年にこの場所に移設されたそうです。国の登録有形文化財に指定されています。
また、この向かいに建っている建物も、明治37年に鹿児島県北西部の芹ヶ野金山に建てられた島津家の金鉱山事務所だそうで、昭和61年に現在の地に移設されたそうです。同じく国の登録有形文化財に指定されています。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- お買い得度:
- 1.0
- サービス:
- 3.0
- 品揃え:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
-
投稿日 2018年10月26日
総合評価:4.0
尚古集成館を見学後、異人館に向かおうとしたところ、レトロモダンな建物が2棟建っていました。どちらも、ペパーミントの板張りの外壁に瓦の屋根で和洋折衷で、趣がありますね。
海を背にして左側の二階建ての建物が、旧芹ヶ野島津家金山鉱業事業所です。残念ながら、私が訪れた時は、中には入れませんでした。
明治37年に鹿児島県北西部の芹ヶ野金山に建てられた島津家の金鉱山の事務所だそうで、昭和61年に現在の地に移設されたそうです。国の登録有形文化財に指定されています。
戦前には、仙巌園や尚古集成館を管理している島津興業が、鹿児島市内に移設し、本社屋として利用していた時期もあったそうですが、今はカフェとして利用されいます。
ちなみに、海を背にして右側の平屋の建物は、鹿児島市北部に明治42年に建てられた島津家の吉野植林所の事務所だそうで、昭和61年にこの場所に移設されたそうです。こちらも国の登録有形文化財に指定されています。磯工芸館として、薩摩切子のギャラリーショップとして活用されています。- 旅行時期
- 2016年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月26日
総合評価:4.0
仙巌園や尚古集成館等がある磯エリアにあります。
紡績所「跡」ですので、建物は無く、セブンイレブンの駐車場の一角に石碑のみが建っています。
1867年にあの五代様等が、イギリスで買い付けた紡績機械を用いた日本初の紡績工場の跡地です。想定地図を見ると、道路向こうの磯工芸館から、セブンイレブン、ジョイフルに至る大きさで、尚古集成館に匹敵する大きな建物だったようです。尚古集成館は島津斉彬による軍事の機械工場の一方で、こちらは島津忠義による綿糸布の紡績工場ですね。
西南戦争で破壊され、その後衰退していったとか。
紡績機械と共に招聘された7人のイギリス人技師の宿舎が、旧鹿児島紡績所技師館(異人館)として、ここから100mほど西に現存しています。こちらは、初期の洋風木造建築でコロニアル様式です。国の重要文化財で、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成物の一つです。
ここから見る桜島が、雄大で綺麗で、絵葉書のようでした。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2018年10月26日
総合評価:4.0
西郷銅像の道を挟んで正面に建っている建物です。
レトロモダンな建物で、重厚感を漂わせています。現役で公民館として機能しているそうです。外観だけでなく、中もドラマの撮影にも使えそうな重厚感でした。
1927年に完成した建物で、当時の皇太子(昭和天皇)のご成婚の記念して建てられたそうです。地上3階、地下1階。建設当時は「鹿児島市公会堂」と呼ばれており、戦後「中央公民館」に名称を変えたとのこと。国の登録有形文化財に登録されています。
西郷銅像の撮影スポットが、この建物の前ですので、鹿児島に来た人は、一度は目にしているかもしれませんね。夜は」建物をライトアップしていました。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2018年10月26日
総合評価:2.0
甲突川河畔にある維新ふるさと館の前の道路に自動販売機に挟まれて、ひっそりとありました。説明版がかなり風化して読みづらいのですが、石碑には明治百年記念とありますので、50年前に設置したままということでしょうか・・・。
1828年7月21日に薩摩藩士の次男として産まれました。西郷さんと同じ年。
藩校・造士館の教授となり、教え子には西郷さんの弟の西郷従道や初代陸軍大臣大山巌、東京府の知事高崎五六もおり、彼らは正治に生涯頭があがらなかったそうです。
蛤御門の変の際は島津久光と共に上洛し、その際薩摩藩の軍奉行に、その後、戊辰戦争では参謀として少数精鋭の兵法で勝利に導いたそうです。西南戦争では、新政府側に付いたものの、その後軍人になることを拒み、左院大護官、同議長、修史局総裁、宮内省御用掛、宮中顧問官など文官を歴任したそうです。お墓は東京の青山墓地だそうです。
他の維新の偉人達と同時期に活躍した勝るとも劣らない人物だと思いますが、あまりに寂し気な碑でした。年上過ぎたのかな・・・。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 1.0
-
投稿日 2018年10月25日
総合評価:5.0
鹿児島を代表する老舗ラーメンですね。
戦後まもない頃に駅の構内食堂としてスタートしたそうです。
チェーン店で、市内に数か所あるみたいですが、中央駅内にある店舗に訪れました。
私はラーメンセットを注文しました。ライスと餃子が3個付き。
九州ならではの豚骨スープですがあっさりしており、博多ラーメンとは違い細麺ではないため、しっかり味が絡みつきます。また、チャーシューやキャベツもやしと具だくさんで、チャンポンのよう。こがしねぎもアクサセントとなり、スープをよく混ぜて食べるのが流儀だそうです。
私は、このラーメンが大好きです。鹿児島に来る時は必ず食べています。
そして、もう一つの特徴が、大根の漬物が卓上に常備されていること。ラーメンが来るまで、常にこの漬物を食べ続けてしまいます。
「あいがとさげもした」の張り紙が、鹿児島って感じです。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
- 料理・味:
- 5.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 観光客向け度:
- 5.0
-
投稿日 2018年10月25日
総合評価:3.0
天文館からドルフィンポート方面歩いた際の路面電車が大きくカーブする大きな「いづろ交差点」に、それぞれ3基の石燈籠が建っています。
交差点名の「いづろ」は、この石燈籠がなまったからとか。
いしどうろう → いっどぅーろー → いーづーろ
ということでしょうか(笑)
南林寺(現在の松原神社)の参道だった説と、屋久島への航路の標識を移設した説があるとのことです。地名にまでなっているので、皆がふと気付いた頃には当たり前にあるくらい、相当昔からあるということですね。一基は、昔のもので、他は復元のようです。
夜は、灯りがともり、まさに石灯籠です。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2018年10月25日
総合評価:3.0
多くの維新の偉人達の生家は甲突川の左岸にありますが、大久保さんの生家は右岸にあります。高麗橋たもとのナポリ通の駐車場の一角に碑がありました。
18630年9月26日に薩摩藩士の長男として、この地で産まれました。西郷さんの3歳年下です。幼少の頃に、ここから200mほど離れた右岸の西郷さんの生家の傍に引っ越したそうです。
言わずと知れた明治維新の三傑で、内閣が発足するまでは、明治政府の内務卿として、事実上の内閣総理大臣だった人ですね。
西郷さんの敵として、遺骨も鹿児島に帰って来れず、東京の青山墓地に埋葬されているそうです。甲突川河畔に建立されている銅像も、西郷銅像に遅れること50年、昭和54年に建てられたそうです。- 旅行時期
- 2016年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月25日
総合評価:3.0
甲突川沿いの「大久保利通生い立ちの地」の前の道をまっすぐ川と反対の大通り方面に向かうと、大通りに出た駐車場の一角に碑が建立されています。
1842年11月12日に薩摩藩士の次男として生まれました。世代的には西郷さん達より15歳くらい若いですね。寺田屋事件、薩英戦争を経験し、彼の陸軍人生が始まりました。戊辰戦争では、会津戦争の薩摩藩の隊長として、従軍していいます。ただ、後の西南戦争では、政府軍の司令官として、西郷さんを自刃に追い込むこととなります。西郷さんとは従兄弟同士ですので、複雑ですね。
その後、日清戦争では陸軍大将として、日露戦争では元帥陸軍大将として、日本軍を勝利に導きました。また、初代内閣の陸軍大臣であり、国歌に「君が代」を採用した人だそうです。
西郷さんを自刃に追い込んだことから、西南戦争以後、鹿児島には一度も帰らず、お墓は晩年過ごしていた栃木県那須にあるとのことです。- 旅行時期
- 2016年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月24日
総合評価:3.0
中央高校の北側の校舎の背面に碑は建っています。
二本松馬場通りという道路に面して、高校敷地の柵に食い込んで碑が建っています。
実際の生家は、中央高校の化学講義室付近にあったそうですので、一般の人のために、ここに碑を建てたんでしょうね。
1848年1月27日に薩摩藩士の四男として生まれました。世代的には西郷さん達より20歳くらい若いですね。14歳の時には、薩英戦争に参加したそうです。そこから、彼の海軍人生が始まりました。戊辰戦争の際には軍艦で函館まで行き参戦し、そして23歳の時には、海軍士官としてイギリスに7年間留学しました。日清戦争、日露戦争では、連合艦隊司令長官として指揮を執り、日本を勝利に導きました。維新の偉人と言うより、日本の国際化に貢献した偉人ですね。
この生誕の地には、碑のみがひっそりあるのみですが、仙巌園に行く途中の多賀山には錦江湾を望むように銅像が建っています。ちなみに、東京の東郷ゆかりの地である、千代田区に東郷公園が、渋谷区に東郷神社が、調布市には東郷寺が建立されています。なお、お墓は東京の多磨霊園にあるとのことです。- 旅行時期
- 2016年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2018年10月24日
総合評価:4.0
鹿児島中央駅から徒歩10分程、甲突川沿いの維新ふるさと館の傍、北側にあります。
こんもりとした木々が茂った広場に石碑はありました。
産まれたのは、甲突川対岸の高麗橋の傍で、幼少の頃に、ここに引っ越してきたそうです。西郷さんの家は、ここから南に100m位南の場所にあり、本当に近かったんですね。西郷さんが三歳年上だそうです。
高見橋には、大久保利通像が建っていますが、この地をちょうど眺めているのでしょうか。
石碑は非常に古く、文字も読みづらくなっていますが、それもそのはず明治22年に建立されたたとのこと。賊軍の頭だった西郷さんが賊名を解かれた後、大山巌たちが敷地を買い取って、西郷さんの誕生の地と同時に整備したとのこと。その際、記念碑や碑文は全く同等に扱い、同種同数の樹木を植えることなど、完全に平等に扱う配慮を行ったとのことです。後世、大久保さんは鹿児島の敵的な扱いを受けますが、実際に、彼らと付き合いのあった明治維新の偉人達にとっては、そうではなかったということが垣間見れますね。この辺りで青年期を過ごした時期が、彼らにとって一番楽しかったのかなと思いを巡らしながら散策しました。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月24日
総合評価:3.0
天文館通りを北側に歩き、ぴらもーるとの交差点傍のドラックストア前にひっそりとありました。1779年に島津25代重豪が天文観測や研究のために明治館という天文館を建てたことが由来で、当時は石垣を巡らした武家屋敷や花岡屋敷もあったそうです。
ちなみに、この交差点には、時標5として、この重豪の「薩摩の科学技術の礎を築く」という彫刻があります。
天文館は、今では言わずと知れた鹿児島随一の繁華街です。アーケードの総延長は、日本一だとか。屋根が高いため、人が多くても、なんとなく開放感があります。
夜空を見上げる天文観測所が、夜空を明るくする繁華街に変貌するとは面白いですね。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2018年10月24日
総合評価:3.5
仙巌園から、歩いて数分のところにあります。
仙巌園には観光客が多かったですが、ここには、ほとんどいませんでした。
1867年にあの五代様等が、イギリスで買い付けた紡績機械と共に招聘された7人のイギリス人技師の宿舎として建てられたそうです。なるほど、部屋が7部屋あるので、個室があてがわれていたんですね。トイレは外にあったようです。
初期の洋風木造建築でコロニアル様式です。国の重要文化財で、世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成物の一つです。
彼らも1年で帰国し、その後、西南戦争時の救護施設に使われたり、鹿児島城跡地に移設され中学校の校舎として使われたりなどして、昭和11年に、再度この地に戻ってきたとのこと。
彼れらが来たのが薩英戦争の直後だったとので、市内中心部から外れた場所ですし、やはり薩摩人には彼らは異人として恐れられたのでしょうか。現在でも比較的寂しい場所ですし、当時はここらは工場しかなかった地ですので、異国で家と会社の往復だけの毎日は辛かったんじゃなかなとしみじみしてしまいました。故に、せめて様式にしたのかな。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月24日
総合評価:3.0
天文館傍の中央公園奥の宝山ホールの前に建っています。
ちょうど、軍服姿の西郷隆盛像と100mほど離れていますが、対峙するかのように建っていました。
1835年喜入領主の三男、肝付尚五郎として産まれました。その後、吉利領主の小松家の婿養子となり、小松帯刀清廉と名を改めました。小さいころから優秀だったそうで、島津久光に魅入られ、薩摩藩家老となったそうです。彼が身分に関係なく、西郷さんや大久保さんといった下級武士も重用することで、薩長同盟、大政奉還、そして明治維新へと繋がっていくわけですね。だだ、病弱だったため、版籍奉還の翌年、34歳で亡くなったそうです。
銅像は、1993年に、西俣敏弘氏によって作成され、大政奉還を他藩にさきがけ記帳した様子をイメージしているそうです。
あくまで薩摩藩の人間として振る舞い、東京へは行かず、京都や鹿児島で活躍したそうですが、緑に囲まれている西郷さんの像と比べると、ちょっと寂しいかな。西郷さんを見ているわけではなく、照国神社の久光を見ているとのことです。
なお、帯刀が住んでいた場所は、この宝山ホールの奥の現在は井後眼科が入っているビルだそうです。入り口には石碑も立っていました。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月24日
総合評価:4.0
鹿児島中央駅から徒歩10分程、甲突川沿いの維新ふるさと館の傍、南側にあります。
こんもりとした木々が茂った広場に石碑はありました。
1827年、下級武士の7人兄弟の長男として、この地で産まれました。
しかし、一回目の結婚後、祖父と両親があいつで亡くなり、家計が貧しくなったため、この家を売り、甲突川を挟んだ、現在共研公園として整備されている地に、借家を借りたそうです。
石碑は非常に古く、文字も読みづらくなっていますが、それもそのはず明治22年に建立されたました。賊軍の頭だった西郷が賊名を解かれた後、大山巌たちが敷地を買い取って建立したとのこと。
この加治屋町からは、明治維新の偉人達が数多く輩出されていますが、西郷さんの誕生の地が一番立派に整備されていました。政府の中枢にいた偉人達よりも、最後まで鹿児島に残った西郷さんが、やはり一番愛されているんですね。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2018年10月23日
総合評価:5.0
鹿児島市内の観光地を1時間半ほどかけて一周します。
一回当たり190円ですが、一日乗車券だと600円で乗り降り自由の上、シティビュー以外の市営バスや路面電車にも乗られますので、便利です。
城山展望台や仙巌園、西郷さんのお墓は市内中心部から離れていますし、バスは30分置きにバンバン来ますので、利用価値大だと思います。
バスはレトロな風貌で、他の市営バスと明らかに違うので、すぐわかると思います。中もレトロ調ですが、座席数が少なく、しかも後ろの方は、立ち見用になっているため、時間帯によっては、辛いかもしれません。しかも、山道等、割と揺れますし。- 旅行時期
- 2016年10月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 乗り場へのアクセス:
- 5.0
- 車窓:
- 5.0
-
投稿日 2018年10月24日
総合評価:3.0
鹿児島市内中心部を西から東に流れている川です。
鹿児島中央駅から天文館方面に向かうと、途中横切る川です。鹿児島城の外堀の役目も担っていたとか。江戸時代には5つの石橋が架かっていたそうで、そのうち3つが鹿児島駅傍の石橋記念公園に移設されて保存されています。
甲突川沿いは桜島が真正面に見える場所もあり、なかなか風光明美です。
両岸には遊歩道も整備されており、特に高見橋から高麗橋までの間は、特に西郷さんをはじめ明治維新の偉人達が生まれ育ったということで歴史ロード維新ふるさとの道として、ふるさと館や、様々な石碑、説明版が整備されています。
春は鹿児島でも有数の桜の名称とのことで、次回は春にぜひ訪れたいです。- 旅行時期
- 2016年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- 景観:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
-
投稿日 2018年10月23日
総合評価:3.0
中央駅傍の高見橋から甲突川沿いの高麗橋までのエリアを指すようです。
このエリアは幕末の明治維新の偉人達が生まれ育った地とのことで、それにちなんで、遊歩道が整備されていました。
川沿いに桜島も見え、木漏れ日が心地良いです。
維新ふるさと館(入場料300円)や下級武士の武家屋敷(無料)が再現されており、また、所々にこのエリアに関する看板がありました。
萩は幕末の偉人達の家や街並みが残っていましたが、鹿児島は石碑のみで跡形もないので、個人的には少し残念に思いました。鹿児島市は県都ですので、ある意味、仕方ないですね。- 旅行時期
- 2016年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0


























































