リラクマさんのクチコミ(14ページ)全6,091件
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投稿日 2022年12月23日
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:5.0
掛木古墳は、国道382号線にある壱岐風土記の丘の敷地の一画にありました。円墳ですが、少し形が崩れていて、南北に22.5m、東西に18mと変形していて、高さ7mはとのことです。元の直径は30mはあったと見られるそうなので、今よりも二回りくらい大きかったのだと思います。この古墳でも石室の中を覗くことが出来ました。壱岐では1つだけというくり抜き式家形石棺がありました。エジプトのピラミッドの石棺みたいだと思ってしまいました。被葬者は鬼の岩屋の被葬者と繋がりのある有力者だとみられるそうです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:5.0
鬼の岩屋は、県道174号線沿いの、芦辺町の国分本村という地区にありました。直径45m、高さ13.5mの円墳で、6世紀後半から7世紀前半に築造された大きな壱岐古墳群の1つです。当時の首長の墳墓とのことです。横穴式の石室は前室、中室、玄室と続いていて、奥まで覗くことが出来ました。巨石で造られていて、こんな大きな石を、どこからどうやって運んできたのでしょうね。壱岐では横穴式石室古墳のことを全般的に「鬼の窟」(おにのいわや)と呼んでいて、それは石室を形成する巨石は鬼でないと運べないからだそうです。納得ですね。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:3.5
壱岐国分寺跡は、へそ石と顎掛け石の後方、國片主神社の西にありました。もちろん、建屋などは何もなく、各地にある国分寺跡と比べると、それほどの広さのない草原(当時の寺域の一部)があり、数個の礎石が残っているだけです。もっとも、当時の壱岐は国としての扱いではなかったので、島分寺だったのですが・・・。しかし、後にはここには壱岐島の中心だとしてへそ石が置かれた場所ですから、島分寺として最適地だったのだと思います。なお、西隣に桜並木があり、奥に石塔が建っていましたが、島分寺跡には関係なく忠魂碑でした。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:4.0
へそ石と顎掛け石は、県道172号線が南からの県道174号線に合流して道路名が変わったばかりのところにありました。へそ石は、黒っぽく平べったい大きな石の上に、丸い白いまんじゅうを重ねたような石が置かれていました。江戸時代に書かれた壱岐名勝図誌に、道路の反対側に「女夫石」と書かれている(案内板に当該ページが写されています)ものが、このへそ石だとのことです。(道路拡張で現在の場所に移されたとのことです)壱岐の中心を表わす石標として、往来する人々の道しるべになったとのことです。顎掛け石はへそ石の隣にありました。高い石柱です。昔、大男が海岸で拾ったもので、ここに運んで顎が乗せられる高さに立てたと言い伝えられているそうです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:4.0
月読神社は、壱岐島の中程で、農業灌漑用の梅ノ木ダムで出来た大きなダム湖の近くにありました。こちらは天照大御神の次に生まれた月読命を祀っている神社です。全国にいくつも月読神社はありますが、こちらがその総本社とされています。ご祭神は中央に月夜見命、左に月弓命、右に月読命と3柱なっていて、読み方はみんなツクヨミノミコトとのことです。何かややこしい感じですが、実はこの3柱は同神なのだそうですね。また、右手の境内には茅の輪くぐりもありました。掲示されたお参りの仕方に従い、ぐるぐると廻りました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:5.0
男嶽神社は、壱岐島の北東部で男女岳ダムの比較的近くありました。こちらのご祭神は猿田彦命です。境内には願いが叶う様にと奉納したたくさんの石猿に溢れていました。全部で250体くらいあるそうです。中には、ご利益の御礼に奉納したものもあるのでしょうかね。奥の方には石牛がいくつもありました。昔は猿ではなく牛を奉納したのだそうです。また、拝殿裏にあるご御神体の大きな岩は磁石が効かなくなるそうで、パワースポットといわれているとのことです。境内にはおみやカフェがありました。参拝者の少ない時期で、店内から声を掛けられると寄らない訳にはいきませんね。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月23日
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:3.5
壱岐イルカパークは、壱岐島の最北部となる串山半島にありました。近年、リニューアルオープンしたところです。自然の入り江を元に、整備して開放型の大きなプールが造ってあり、いくつかに区切ってありました。イルカにタッチ、餌をあげる、トレーニング体験といったイルカたちとふれあえるいろいろな体験プログラムがあります。入園料は1000円です。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 施設の快適度:
- 3.5
- 動物・展示物の充実度:
- 3.5
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:3.5
松尾芭蕉の高弟で、勝本で客死した諏訪出身の河合曽良の墓が、能満寺の墓地の一画にありました。お墓からは能満寺の屋根が大きく見えました。ここは曽良が療養に当たった、勝本の商家・中藤家の能満寺の墓所の一画とのことです。二百八十回忌碑とか三百年忌記念塔の大きな石碑がありますが、墓碑そのものは小さなものでした。勝本城跡にある諏訪から送られた御柱のところにある曽良の歌碑「行々て たふれ伏とも 萩の原」が思い出されました。奥の細道の途中で腹痛のため芭蕉と別れることになった時に詠んだものだそうですが・・・。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:3.5
文禄・慶長の役に当たって築かれた勝本城跡が、城山という丘の上にありました。駐車場から上る石段では何もないので、左方にある「秀吉の大石垣」経由で行くように案内されていました。まずは、御柱がありました。松尾芭蕉の高弟で諏訪出身の河合曽良が勝本で客死したご縁で諏訪から送られたものです。その先に、当時、大手門が築かれたと思われる石垣が集まっているところがあります。無理矢理にも感じますが、これが秀吉の大石垣だそうです。太閤の石垣とは呼ばない様です。ツワブキが開花期に当り、黄色いお花畑になっていました。そこから少し上ると主郭跡で、小さな城山稲荷神社と展望台がありました。展望台からは勝本港が一望でした。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年12月23日
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投稿日 2022年12月23日
総合評価:5.0
聖母宮は、勝本港の先端地区まで進んだところにありました。神功皇后が祀られていますが、皇后が三韓征伐に向かう折、ここには風待ちの行宮を建てたとのことです。そして、東風が吹いたので「風本(かざもと)」と呼んだといいます。勝利を収めた帰路にも立ち寄り、ここを勝本と改めたのだそうです。後年、海中から光るものが上がってくることが続いたので、行宮の跡にこの神社を建て、神功皇后を祀ったのだそうです。参道横には神功皇后がご乗馬された時の足跡が残るとされる「馬蹄石」がありました。同じく参道横に高い石組みがありました。これは文禄・慶長の役で朝鮮に渡る加藤清正ら武将が物見をした「旗揃舎物見台石垣塀」だそうです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月23日
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投稿日 2022年12月23日
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投稿日 2022年12月23日
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投稿日 2022年12月22日
総合評価:4.0
今回は宿泊プランの【壱岐牛+海鮮】さらに壱岐の「郷土料理」も味わえる♪贅沢コースというのを利用させていただきました。庶民向けの旅館ですし、全国旅行支援もありましたので、誠にリーズナブルな料金でした。コロナ下ですが、食事は1階の個室の食事処だったのが良かったです。夕食は料理数が多く、食卓に着いた時に並んでいた料理の後、さらに焼き魚など4~5品が出てきました。なお、壱岐牛の陶板焼きは特に美味しかったです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 友人
- 1人1泊予算
- 12,500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 4.0
- 風呂:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 5.0
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投稿日 2022年12月22日
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投稿日 2022年12月22日
総合評価:4.0
湯ノ本温泉近くの道路に、1971年(昭和46年)に近くの六郎瀬鼻の海蝕崖でステゴドン象の化石が見つかったと記された化石産出地案内板が立っていました。ステゴドン象はどんな姿をしていたのかですが、郷ノ浦の武生水地区公民館の横に復元された大きなステゴドン象がありました。発見された化石は、約400万年前に棲息していたもので、同種のものは九州から宮城県に掛けて発見されているとのことです。壱岐や対馬を含めて、日本は当時大陸と陸続きだったことの証明ですね。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月22日
























































