リラクマさんのクチコミ(18ページ)全6,091件
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:5.0
菅尾磨崖仏を訪れたところに、三重町観光協会が1993年(平成5年)に設置した「三重町観光十二名所 菅尾石仏と六字名号」がありました。設置をしても取り外しはなかなかしませんから、残っているのですね。(虹澗橋にもありました)同じ地区にある史跡なので2つまとめて1つの名所としたのでしょう。早速、訪れて見ましたが、菅尾磨崖仏の様には整備されておらず、正に穴場の観光スポットという感じでした。1753年(宝暦3年)に1年掛かって彫られたもので、1字の大きさが約2m、6文字で約12mの深い溝が垂直の岩壁に彫られていました。現地では近すぎて文字が判別できませんが、写真を見ると、きれいに彫られているのですね。紙に書かれた文字をどのように拡大転写したのか興味の惹かれるところです。市指定の史跡になっています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
磨崖クルス近くに国内最大規模のキリシタン墓地・下藤キリシタン墓地がありました。近くの丘の上に開拓された畑の農道を進み、道は合っているのかと心配になったところに、大きな「←下藤キリシタン墓地」の案内があってホッとします。放棄された仏式の墓石?の先に広場があり、そこが下藤キリシタン墓地とのことです。掲示されている案内板の写真ではお墓の石組みが露出しているのですが、現在はすべてきれいに埋め戻されていました。ここはおよそ400年前の、66基のお墓が確認されているとのことです。それぞれ体の大きさに合わせたと思われる石組みで、装飾などはなく、貧富の差なく葬られたとのことです。国指定の史跡となっています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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境内にある吉四六さんのお墓は、奥さんのおへまさんと並んでいました。
投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
野津地区を観光で廻っていると、観光スポットに立派な吉四六の里の民話ボードが設置されていました。そのとんちや奇才ぶりが語り継がれたものです。その吉四六さんのお墓が普現寺の境内にありました。吉四六さんと呼ばれたのは初代廣田吉衛門さんといわれ、江戸時代初期の人物だそうです。吉四六さんの隣には奥さんのおへまさんのお墓もありました。なお、案内板によると、吉衛門は代々名乗った名前で、吉四六さんと呼ばれた人物が何代目か分っていないとも書かれていて、???です。2005年(平成17年)に市の有形文化財に指定されています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
安政橋は野津川に架かっていたものです。ここは臼杵藩内の三重郷とを結ぶ主要街道筋で交通の難所だったところだそうです。同じ街道筋に、1824年(文政7年)に架けられた虹澗橋に遅れること36年、1860年(安政7年、万延元年)に架けられたものです。幕末の架橋ですが、明治期の諸々の発展には大いに貢献したのだろうと思います。そんな酷使に耐えられなかったのか、1916年(大正5年)に崩壊してしまったそうです。そこで翌年の1917年(大正6年)に仮屋橋と名を変え、再架橋されたそうです。短期間での再建ですから現在見られる橋は、ほぼ原型通りのものだろうと思われます。臼杵市の有形文化財に指定されていますが、登録名は元の安政橋となっていました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
浄国寺に近付いて行くと、大きな石組みの先に石垣風に擁壁された高台にあり、ちょっと、どこかのお城を訪れた様な感じがしました。創建は江戸前期で、現在地には20数年前に移転してきたとのことです。擁壁の間に切れ込んで造られた階段を上ると、新しい鉄筋コンクリート造りの本堂がありました。その前には親鸞聖人の銅像がありました。また、前面にはさらに新しく見える鐘楼がありました。戦争で供出したままとなっていましたが、2009年(平成21年)に梵鐘の寄進を受けて、再建されたそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:5.0
大原総合公園は、豊後大野市三重町の町並みの北部台地に拡がる総合公園です。一般にスポーツといった施設は一通り揃っていて、珍しいものとしては馬場がありました。豊後大野は国体の馬術の大分代表全員を輩出する理由も納得のところです。町中のホテルますの井はスポーツ合宿の利用もあるのがよく分ります。今年、そこに大規模な遊具施設が出来ました。「豊後大野 いいとこめぐり」をテーマ・コンセプトを遊具に盛り込んだのだそうです。児童用エリアや幼児用エリア、乳幼児用エリア、ユニバーサルエリアとあり、約50種類があります。例えば、児童用のスライダーだけでも、ジェットスローラースライダー、チューブスライダー、ストレートスライダー、ウェーブスライダー、沈堕の滝スライダー、ワイドスライダー、フリーフォールスライダーがあります。聞いただけではどんなものかも分りませんね。正に、ここは羨ましいくらいの子育て支援ランドでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
みくにの里農林水産物直売所は、地元の農家さんが参加する野菜類の直売所でした。生産者も消費者も定期的に訪れる場所となっていて、井戸端会議ならぬ直販所会議で情報交換などの交流の場になっている様でした。ここはお総菜なども扱っている様ですが、訪れた午後の時間帯では見当たらず、まだ売れ残っていた?饅頭などが目に入りました。ここでは野菜には直結しませんが、幟に惹かれてソフトクリームを買いました。普通に美味しかったです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- お買い得度:
- 4.0
- サービス:
- 3.0
- 品揃え:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
丈六寺は、国道326号線沿いの、みくにの里農林水産物直売所横の路地を入ったところにありました。17世紀に中興されてからは現在の18世住職まで続いてきていますが、境内に入ると、建物などが順次更新されている様で、全体に新しい印象受けました。黒い柱の鐘楼がありましたが、床にもう1つの梵鐘が置かれていました。大きさにそれほどの差はありませんが、新しく寄進があったのでしょうかね。その隣には新しい供養塔がありました。お墓の継承者がいない等事情のある方の供養をして戴けるのだそうです。こちらでは毎月1回坐禅会が行なわれていました。原則として第2日曜日の7時からで、約30分間の坐禅の後、抹茶と住職法話が行われるとのことです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:5.0
石橋である出会橋と轟橋は、カワセミ公園から奥嶽川を下流方向にしばらく進んだところにありました。ここも滞迫峡で柱状節理が発達していました。河原まで降りられる数少ない場所の1つですが、ほかと違って数mのロープを頼りにしないと降りられません。出会橋は人道橋で大正の終わり頃に、轟橋は森林鉄道の橋として昭和の初めに架けられたものです。アーチの長さが、轟橋が日本一(32.1m)で、出会橋が2位(29.3m)なのだそうです。意外な場所に、しかも並んであるところにビックリです。ちなみに、アーチ長の3位は熊本県美里町の霊台橋で28.4mとのことです。造られた年代が全然違いますから、単純には比較できませんが・・・。周辺にアザミの花がたくさん咲いていましたが、クロアゲハが止まっていて、豊かな自然を感じました。今は身の回りではまったく見掛けませんから・・・。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:4.0
カワセミ公園は滞迫峡の中で河原まで降りられる数少ない場所の1つです。滞迫峡公園から奥嶽川を下流方向にしばらく進んだところにありました。滞迫峡公園の辺りに比べると水の流れも多く、川筋も幅広く流れていました。ここは無料のキャンプ場にもなっていました。トイレはありましたが、テントサイトが整備されている訳ではなく河原でキャンプです。昔ながらの本格的なキャンプなのです。川の増水が怖いですねぇ。もちろん、そんなキャンプの予定はなく、名前のカワセミが多く棲んでいるのかと期待してみました。残念ながら、そう簡単には見られませんでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月21日
総合評価:5.0
滞迫峡は、原尻の滝から高千穂に通じる県道7号線で、奥嶽川を遡っていったところにありました。原尻の滝は緒方川に懸かっていますが、同じ大野川の支流である奥嶽川に移動をしたことになります。滞迫峡公園を訪れました。峡谷は河原からは溶結凝灰岩の岩壁が立ち上がっているとのことですが、全体としては緑の濃い峡谷となっていました。ここの谷の深さは70m以上あるとのことです。なお、滞迫峡の長さは7km~11kmとのことです。この峡谷の形成過程はあの高千穂峡と同じだそうです。見上げると、県道7号線から分かれて奥嶽川の下流方向に通じる奥嶽橋が架かっていました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月21日
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投稿日 2022年12月20日
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投稿日 2022年12月20日
総合評価:5.0
網代の漣痕・洗濯岩は湾となった比田勝の集落を南端まで回り込んだ外れにありました。網代の漣痕の案内板が立っていなければ、どこにあるのか分らなかった思います。その横にある港の堤防に上がると景色が一変しました。洗濯岩は満潮が近い様で、ほとんどが海中に没していましたが、30度に傾いた砂岩と頁岩が重なり合っている様子が見られました。そして、漣痕は砂岩の表面に波形が残されていることをいうそうですね。自然の営みとは不思議なものだとつくづくと感じさせられました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
























































