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カブト虫さんのトラベラーページ

カブト虫さんのクチコミ(40ページ)全3,363件

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  • 鬱蒼と茂る森になっています

    投稿日 2021年12月11日

    東首塚 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    合戦戦死者を葬った塚のうちの一つです。家康が首実検をした場所に近く、西軍武将の首が多数葬られていると思われます。場所は古戦場記念館の入口に近く、塚自体は風化してうっそうとした森になっていました。しかし、北側には赤い朱塗りの唐門と供養堂があり、そこはきれいにされています。今でも地元の方々が戦死者を供養してくださっていることがよくわかります。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 東首塚の片隅にひっそりとある

    投稿日 2021年12月11日

    松平忠吉 井伊直政陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    合戦の先陣争いで抜け駆けして発砲したことで有名な松平・井伊隊。松平忠吉は、東軍大将で実父の家康に良いところを見せたいと思い、忠吉の目付け役・井伊直政は初陣の忠吉に手柄を立てさせたいと思ったのでしょう。そんな二人の陣跡が東首塚の敷地片隅にあります。合戦の先陣を切った部隊の陣跡にしては質素感満杯ですが、仕方ないですね。場所的には古戦場記念館駐車場の入口手前にあたり、訪れやすくなっています。

    旅行時期
    2021年11月

  • 武将の家紋のロッカー

    投稿日 2021年12月10日

    関ヶ原駅前観光交流館 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    関ケ原駅前にある観光案内所的な施設です。トイレやロッカー、お土産販売所があり、ロッカーには合戦武将の家紋が描かれていました。雰囲気が盛り上がりますね。また、レンタサイクルもあるのでJRで来た人には拠点になりますよ。駐車場も数台分ありますが、数が少ないです。長時間駐車は迷惑になるので、陣跡巡りなどをする人は古戦場記念館の方に駐車した方がよいと思います。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 入口が分からない

    投稿日 2021年12月10日

    本多忠勝陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    東軍・本多忠勝陣跡は関ケ原駅前交差点から南に下る細い道の左手にあります。細い道から直接見えなくて案内に従って公民館の横を恐る恐る進むと民家の裏庭のような場所に出ます。そこが陣跡でした。案内がなかったら絶対わかりません。陣跡には謎の祠と陣跡碑があります。幟も案内板もありますが、東軍の軍監を務めた武将の陣跡としてみると少し寂しいですね。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦

  • 関ケ原合戦戦死者胴塚

    投稿日 2021年12月10日

    西首塚 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    関ヶ原町には合戦の遺体を葬った塚が東と西の2か所あります。西首塚にある碑には「関ケ原合戦戦死者胴塚」と書かれていました。敷地はそれほど大きくありません。大きな木が生えた塚の前には小さな祠2つあり、それぞれに馬頭観音と千手観音が戦没者の慰霊のために置かれています。案内板があるからわかりますがなければ素通りしそうでした。場所は国道21号線沿いで、駐車場はありません。私はレンタサイクルで陣跡巡りをしながら訪れました。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 中学校の敷地内

    投稿日 2021年12月10日

    藤堂高虎 京極高知陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    東軍に属した藤堂・京極隊は、福島隊に続く第2陣として合戦に参戦し、大谷隊と激戦を繰り広げました。最終的には小早川はじめ西軍数隊の寝返りもあって大谷隊を撃破したことで有名です。陣跡は現在関ケ原中学校の敷地内にあり、幟と陣跡碑だけの質素なものです。校舎も近くにあるので静かに訪れたいスポットですね。

    旅行時期
    2021年11月

  • 春日神社という小さな神社にあります

    投稿日 2021年12月10日

    福島正則陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    福島正則は血気盛んな武闘派の武将だった。豊臣秀吉の子飼いの武将だったが、策略家の石田三成とはそりが合わなかった。そこに徳川家康が付けこむ。福島を東軍に誘い入れ、さらに合戦の先鋒役という大役まで任せたのだ。ただ、合戦では先鋒を井伊・松平隊に抜け駆けされて慌てて参戦したという。福島は意外と単純な人だったかもしれない。
    そんな福島正則陣跡は街中の春日神社という小さな神社にありました。敷地も本殿も小さい神社ですが、鐘楼や手水所もあります。しかも、境内には樹齢800年の杉の古木があり、「月見の宮大杉」として町の天然記念物に指定されています。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 関ケ原にありますが合戦の舞台ではありません

    投稿日 2021年12月07日

    不破の関跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    関ケ原の陣跡巡りをレンタサイクルで行っていた時、西軍域から東軍域へ移るちょうど中間くらいの場所で「壬申の乱」の幟を発見。さらにその近くで「不破の関」という資料館のような場所を発見。スマホで調べたら、壬申の乱は関ケ原よりもずっと昔に起こった天皇家の争いで、不破の関は壬申の乱以後、都(京都)の治安維持のため、東海道や北陸道の通行監視のため作られた関所の一つだと分かりました。そんな古代の関所跡がこの関ヶ原にあったのですね。ちなみに不破の関も歴史的には重要だと思いますが合戦の舞台にあるのが少し残念。別の場所にあったならもっと有名になっていたかもと思いました。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 小早川を見張る様に陣取り

    投稿日 2021年12月02日

    大谷吉継陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    大谷吉継は、馬にも乗れぬ程の重病を押して参戦しました。陣跡へのアクセスは歩きのみです。麓の広域農道から約10分の登りでまず大谷吉継の墓所に到着します。そこから少し下るように更に5,6分進むと陣跡に出ました。国道を挟んだ松尾山は、裏切った小早川が陣を張った山です。この山をしっかり見渡せる展望所もありました。最終的に自害することになりますが、最後まで睨みを利かせた吉継の意気込みを感じる場所です。

    旅行時期
    2021年11月

  • 大谷吉継の生き様に感動して墓参しました

    投稿日 2021年12月02日

    大谷吉継の墓 湯淺五助の墓 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    古戦場記念館の合戦シアターを見て大谷吉継の生き様に感動し、レンタサイクルで古戦場巡りをしました。もちろん大谷吉継の墓所と陣跡がメイン目的です。場所は国道21号から少し広域農道を入った所にある山道を登ります。レンタサイクルは登り口に置いておきました。約7,8分の登りですが汗が出始めた頃に墓所に到着しました。墓所には五輪塔と墓石が二つ。左が大谷吉継で右が大谷の介錯をした湯浅五助のものです。墓を守するご婦人が見えて花を供えて見えました。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 義に熱い平塚為広を思う碑

    投稿日 2021年12月01日

    平塚為広碑 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    平塚為広は秀吉に仕え秀吉死後、秀頼から垂井城主を任される。関ケ原では盟友大谷吉継と共に三成に進言し、家康との戦を止めさせようとしたができなかった。その流れで関ケ原では西軍に属する。合戦では少数部隊ながら大谷隊の前に陣取り、病身の吉継に代わり両隊を指揮した。合戦終盤、裏切った小早川隊の攻撃に見事な応戦をするもその後の相次ぐ裏切りで最後は討ち死にした。討ち死にする前の吉継との歌のやり取りも涙を誘う。
    そんな義に熱い平塚為広の碑は、為広が討ち死にしたとされる、国道21号から少し入った広域農道脇にひっそりと建っています。そこはまさに盟友大谷吉継墓所がある藤川台の麓でした。私は宇喜多陣跡からダム横の道を通ってここに行きたかったのですが、ダム横の道がスズメバチの巣が近くで見つかったため通行禁止。仕方なく国道まで出て遠回りしていきました。
    なお、この碑は為広の子孫・平塚定二郎氏が昭和15年に建てたものです。平塚定二郎氏は女性解放運動家として有名な平塚らいてうの父ですよ。以外とビッグなスポットです。

    旅行時期
    2021年11月

  • 西軍の副将・宇喜多秀家

    投稿日 2021年12月01日

    南天満山 宇喜多秀家陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    西軍の副将・宇喜多秀家は1万7千の兵力で南天満山に陣取った。合戦の朝、東軍の井伊・松平隊の宇喜多陣への発砲で合戦が始まったことは有名な話。最終的に小早川の裏切りで宇喜多隊も敗走。秀家はなんとか島津を頼って薩摩に逃げたが最終的に捕らえられる。諸藩からの嘆願により斬首は逃れ、八丈島への流刑となった。
    宇喜多陣跡があるのは、南天満山麓です。開戦地からもう少し進むと、右手に「天満神社」の碑があり、その参道を登って行けば宇喜多陣跡(天満神社境内)に着きます。車が入れない参道ですが、自転車は入れますので、私は境内まで自転車で行けました。ただし、昇りです。
    境内には神社本殿と宇喜多陣跡碑があるだけ。本殿の横に「宇喜多」ではなく「浮田秀家陣跡」と書かれた碑もあります。秀家は八丈島に流刑の後、「浮田」に改名したと言われていますが定かではありません。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • キリシタン大名の悲劇

    投稿日 2021年11月29日

    北天満山 小西行長陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    小西行長は宇土城主。西軍の主力の一隊として、勇敢に応戦したが小早川の裏切りで敗走した。行長自身は洗礼名まで持つ熱心なキリシタンで、捕らえられた際も教義によって自害できずに斬首されるのを選んだ。
    そんな小西の陣跡は開戦地の隣にあります。墓石のような陣跡碑があるだけの寂しいスポットです。開戦地碑と一緒に回れるのでぜひ立ち寄って悲劇のキリシタン大名を思ってください。

    旅行時期
    2021年11月

  • 井伊隊の抜け駆けで合戦が始まった

    投稿日 2021年11月29日

    関ケ原古戦場 開戦地 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    石田陣跡から島津陣跡を経てもう少し進むと右手の開けた場所に「開戦地」と書かれた幟がありました。東軍井伊・松平隊は、家康から先陣を任された福島正則を出し抜いて、宇喜多陣へ発砲して先陣を取りました。出し抜かれた福島隊も負けまいと参戦し、関ケ原合戦が開戦します。その井伊・松平隊が発砲した場所という設定ですが、すぐ近くに小西陣もあることから場所的には少し北にあったのではないかと思われます。わずか1日で勝敗が決した合戦ですが、その後の日本を大きく左右した戦いでもありました。その開戦地に立っていると思うだけでも感動がわいてきます。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 古川町の新鮮な農産物・季節のフルーツがあります

    投稿日 2021年11月29日

    飛騨産直市そやな 飛騨高山・古川

    総合評価:4.0

    国道41号古川地内にある地元農産物販売所です。主に古川町の農家の方が作った取れたての野菜や果物を販売しています。私的には近くにある道の駅よりも地場産の生鮮品は品揃えが多いし、珍しい野菜や果物もあったので面白いと思います。ただ、休みが不定休で特に冬期は行く前に確認したほうがよさそうですよ。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    家族旅行

  • 関ケ原と世界平和がテーマなんだけど…なんかピンとこない

    投稿日 2021年11月23日

    関ヶ原合戦400年記念平和の杜 関ヶ原・垂井

    総合評価:3.5

    関ケ原合戦後400年の2000年に作られた公園です。テーマが「関ケ原と世界平和」で、フランスと日本の有名な石彫作家の作品が置いてあります。ただ、作品を見ても私のような凡人には合戦や平和をイメージすることができませんでした。ちょっと企画に無理があったのでは?と思う公園です。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 島津の退き口

    投稿日 2021年11月23日

    島津義弘陣跡<島津の退き口ゆかりの地> 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    合戦中、島津隊は三成の再三の要請にもかかわらず参戦の動きを見せなかった。そして西軍敗戦が決まると突如東軍に向かって突進し、驚いた東軍の横をすり抜けて去っていった。これが有名な「島津の退き口」という、敵に背を向けて逃げない「敵中突破の前進撤退」である。
    島津陣跡碑は小池神明社境内裏手にひっそりとありました。林の中の神社で陽もあまり射さないような場所です。他の陣跡では碑が1本建っているだけの所が多い中、しっかりした台座付きの大石碑が建っていました。しかも石灯篭もありました。さらに、こんな山中に3台分くらいの駐車スペースもあります。さすが薩摩の島津ですね。

    旅行時期
    2021年11月

  • 合戦の舞台が一望できる

    投稿日 2021年11月23日

    石田三成陣跡 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    関ケ原古戦場記念館から徒歩15分ほどにある笹尾山。その地に石田三成は陣を張りました。麓には駐車場もあるので、車での陣跡巡り人も安心ですよ。ただし、麓から陣跡のある頂までは5分ほどの階段上り。私は息が切れかけた頃に山頂につきました。陣跡からは合戦の舞台が一望できます。戦況が悪くなってから三成はこの光景をどう見たのか。何か物悲しい気分になってしまうスポットです。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦

  • 甲冑武者体験できます

    投稿日 2021年11月23日

    関ケ原笹尾山交流館 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    石田三成陣跡のある笹尾山のふもとにある観光案内施設です。入館して休憩だけなら無料です。施設内にはパンフや地図などが置いてあります。また、合戦グッズや地元の特産品の販売所もあるし、コーヒーやソフトクリームも販売していました。この施設の売りは甲冑武者体験ができることです。武将の甲冑がずらりと並んでいるコーナーがありました。レンタルはもちろん有料ですし、今は完全事前予約制ですから飛び込みではできませんでした。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

  • 町全体が戦国武将のテーマパーク

    投稿日 2021年11月17日

    関ケ原古戦場 関ヶ原・垂井

    総合評価:4.0

    関ケ原合戦が繰り広げられた関ケ原の町には参戦した各武将の陣跡碑がたくさんあります。私は古戦場記念館のシアターを見て感銘し、レンタサイクルで陣跡を巡りました。各武将の案内板を読むと戦の様子だけでなくその人の生き様もよくわかり、いっぺんに戦国武将が好きになってしまいました。関ケ原は町全体が戦国武将のテーマパークのようです。健脚の方は1日かければ回れます。レンタサイクルなら半日かければほとんどの陣跡は回れます。ただし、丘陵起伏の多い土地ですので電動自転車が良いと思います。ちなみに私は普通の自転車で回りました。

    旅行時期
    2021年11月
    利用した際の同行者
    一人旅

カブト虫さん

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