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jijidarumaさんへのコメント一覧(3ページ)全418件

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  • ドイツのセピア色

    jijidarumaさん

    おはようございまーーす
    いつもいつも コメントありがとうございます。

    ドイツに滞在なさっていたのですね。
    写真を見ると娘さん! 今や 台湾に駐在なさってる方なんでしょうかね??
    ドイツ語大学で 学びましたが あまりにも文法が難しくて いつも教授に叱られてました。

    両親とも連れて ドイツ旅行 そして 仕事でドイツに行っても 全く使えず


    あの頃に もっと 勉強して グリム童話も もっと 理解してればと

    ハーメルンの「結婚式の家」の仕掛け時計知らなかったです。
    知っていれば よかったと 大体 行き当たりばったりの旅行が 多いのと
    今みたいにネットで 調べれず ガイドブックしかなったしね。
    地図で レンタルカーで ヨーロッパ回っていた時代が 今じゃ 信じれないですわ~


    それでは またまた セピア色の旅行 楽しみにしておりまーーす

    cookie


    2025年10月12日10時23分返信する 関連旅行記

    RE: ドイツのセピア色:メルヘン街道とグリム童話

    cookieさん、
    今晩は。

    コメントありがとうございます。
    1970年代(30代)と、1980年代(40代)に家族と2度駐在しました。
    若かったから、何でも見てやるスタイルで、よく走りました。

    長女は婿の海外赴任で台北、後にソウルに駐在しています。
    孫娘2人とも台北生まれで、生まれると同時に私共はお手伝いに
    台北に15日間、次は30日間と同居して世話をしました、その二人が
    もう大学生で、上は台北に、下はソウルを訪ねています。
    思えば懐かしい時代。

    私のドイツ語は他でも書いていますが、大学時代はドイツ駐在など
    思った事も無く、教養科目のドイツ語の成績は可、可で何とか単位を
    取りました。英語も含めて、語学は苦手にしていました。
    ドイツに駐在して初めて、その事を大いに反省したものでした。

    今のように、観光情報をサッと調べられなかったから、結構ドイツ語の
    情報を辞書持参で読むしかなくて、その分ドイツ語に親しんだようです。
    ドイツで自動車免許を取得して、同僚から祝いにもらったAralAutoの
    観光本(650頁、1974年版)は今も見ることが多いのですが、ボロボロ
    に年期が入ったものになりました。

    おっしゃるように、地図を見て車で周った当時は我ながら、すごかった
    と思います。
    定年退職後の旅はレンタカーもナビ付きですから、道を覚えませんね。


    それではまた。
    jijidaruma


    2025年10月13日02時28分 返信する
  • メルヘン街道ガイドブック

    jijidarumaさん、こんにちは。
    メルヘン街道はとても魅力的ですね。私が行ったことがあるのは僅かですが、北ドイツは南とはやはり趣が違いますね。ハンブルクに何度か出張で行った時に、レンタカーで
    幾つかの町を巡りましたが、そのうちゆっくり見たいものだと思っているうちに歳を取り、実現可能性が薄くなって来ました。それにしても、jijidarumaさんの記録は、このままガイドブックになり、通り一遍の市販ガイドブックとはレベルが違いますね。
    これをこの場限りにしておくのはもったいないなといつも思っています。
    プライバシーに関わる部分を削れば記録として長く価値を保つだろうと思います。
    紙ベースでは制約があって難しいかもしれませんが、他の旅行記とともにデータで提供出来れば、多くの旅行好きやドイツの歴史好きに歓迎されると思います。
    老後のひと踏ん張りで頑張ってみては如何でしょうか。
    DDRの切手は楽しいですね。あの時代にあの国でもこのような愛すべきものが世に出ていたのですね。ステレオタイプの思い込みだと見える世界を狭くしてしまいますね。
    まだまだいろいろ出て来そうなのでとても楽しみです。
    楽しく頑張ってください。
    Rolleiguy
    2025年10月09日13時52分返信する 関連旅行記

    Re: メルヘン街道ガイドブック

    Rolleiguyさん、
    今晩は。
    メルヘン街道の魅力にご賛同頂き有り難うございました。
    ドイツ最後の旅が2019年秋で、もう6年経ってしまいましたが、この時も、メルヘン街道を走りましたね。
    歳をとってからも、面白い街道で、いろんな出会いがあるので、旅行記の種になります。

    1982年の旅は後からアルバムを見ると、デジカメの無い時代で、写真が少なくて、ちょっと寂しいですが、ドイツ観光の広報大使たるべく、記述や伝説にも気を配ってみました。ドイツに興味を持って、4Traでもお読み頂く人が多いと嬉しいですね。
    <老後のひと踏ん張り>でガイドブックとのお勧め、畏れ多いですよ。

    先日、私共の中学時代の恩師(後に女子短大の教授)に「宝石の町イーダー・オーバーシュタイン」の旅を38頁に纏めて写しをお送りしたら、95歳になる、お茶の水女子大出の恩師は宝石好きもあって、熟読して頂き、旅の内容についてもいろいろと感想を述べてくださいました。
    宝石は勿論、古城ホテルSchloss Föhrenシュロスフェーレンで伯爵夫人に接遇されている様子に興味を持たれて、つまり、立派な銀器でお茶のサービスを受けた時や、ゲストハウスでの朝食の時に、食卓に置かれた燭台にローソクの灯がともされている様子が大変素晴らしいとおっしゃっていました。
    ドイツの旅で体験する、お客様を歓迎する意味の蝋燭の灯に慣れてしまった私共ですが、恩師はドイツ文化の良さとして、感じ取られたようです。

    こんな形で、ドイツ文化を発信している次第です。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma

    P/S:DDR(かつての東独)の切手、なかなか良いですね。
    ある種の文化の発信ですが、あの国が違って見えます。
    切手は今はやりませんが、駐在中は主に記念切手を中心に
    切手収集もしました。
    2025年10月09日23時59分 返信する
  • ネクタイをちょん切る日 なんてあるんですね!

    jijidarumaさん今晩は。
    「女性のカーニバル」初めて知りました。要らなくなったネクタイを処分して貰えるので便利ですね(^^)/ 着物を召されてカーニバルに参加されたお嬢さん、間違いなく一番人気だったでしょう。ドイツで暮らした経験からの旅行記、とても興味深く読ませて戴いています。
    お話したドイツの旅、アルザスは止めて、エルツ城、コッヘム城、ラインフェルス城を加え、ドイツの城巡りに変更して予定組み直しました。ですがカタール航空を使う予定だったので、昨日のドーハ攻撃の報道で怖気づき、ロシアのドローン事件もあり、ドイツ行をキャンセルすることにしました。 jijidarumaさんのブログに触発されて是非にと思っていただけに残念です。暫くは jijidarumaさんのセピア色の思い出を楽しませて戴きます。
    パッピー
    2025年09月11日23時00分返信する 関連旅行記

    Re: ネクタイをちょん切る日 なんてあるんですね!

    パッピーさん、
    今日は。昨日から当地は雨模様、落雷もあって怖いものでした。
    御地はトラブルはありませんでしたか?

    さて、「女性のカーニバル」、表紙の私のちょん切られた写真、
    珍妙で、妙に御機嫌な様子、多分オフィスで女性陣と一杯やってから、
    帰宅した感じです。家内が娘達と面白がって写真を撮りました。

    以前からアルバムを見ていて、ドイツ人の習わし(風習)の一編に
    しようと思っていました。11月になってからでも良かったのですが、
    何やら纏まったので投稿してみました。
    <Andre Länder, andre Sitten>アンドレ レンダー、アンドレ ジッテン 意訳すれば、<所変われば、品(風習)変わる> でしょうか!
    幾つか、シリーズで投稿したうちの一つですが、ご興味をひった様子、
    当方も有りがたいものです。

    娘達の着物姿、泣き虫で幼稚園では手こずらせた次女でしたが、長女の
    友達を引き継いで、この頃は実に楽し気で、ドイツ語も一番うまくなりましたね。もう二人とも50代で次女はまだ孫の受験戦争の最中です。

    ドイツの古城巡り、良いプランでしたね。次が楽しみですよ。
    ドイツ党!に乾杯です。
    そうそう、一度古城ホテルに泊まる企画も良いかもしれません。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma
    2025年09月12日14時27分 返信する
  • 射撃王も楽ではない

     jijjdarumaさん こんにちは

     カイザーズベルトの射撃祭は偶然の出会いですか?なんと運がいいのでしょう。
    向こうの人なら神のお導きなどと、すべて神様のせいにしそうですが、我々日本人なら
    普段の心がけがいいからだ、ということになります。
     私など、心がけはまあまあだと思っているのですが、人より運が悪いのは、というか
    要領がわるいのは普段の心がけでしょう、つまり学ぶ努力をしてないからでしょう。

     射撃王になるのは名誉に違いないのですが、大勢の人を自宅に招き、酒、肴の饗応、
    しかも飾り立てること。これも無理ですが、キリスト教徒であることも条件にはいるのですね。射撃が神の御心に沿っているかは疑問ですが、とにかく神様までひっぱりだしてのお祭りは盛大なことを予想させます。何処の国も祭り好きですね。

     昔の写真をよみがえらせて立派な旅行記を創作するとは、感心します。魔法のようですね。題材がドイツですから様になるのですが、私の場合、長瀞や多摩川などではちょっと、スケールが小さすぎます。まあ、分相応ということばがありますから、こんど
    やってみたいと思います。

     pedaru
    2025年08月27日16時48分返信する 関連旅行記

    Re: 射撃王も楽ではない

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    暑いですね!雷雨を期待していますが、今夜は柏近辺で降る予定があるものの、なかなか南に来てくれません。
    暑い中のコメント、誠に申し訳ありません。

    さて、私がドイツ大好き人間なので、ドイツの神さんも仏教徒にも幸運を与えたのでしょう。ほんと射撃祭は偶然の出会いでした。
    (この頃、1985年1月に家族を先に帰国させる事としており、5月に私自身の帰国も予定していました。人事の帰国手形がきちんと期日通りに落ちたことも思えば、私の運をドイツの神さんも支えてくれたような^^)

    とはいえ、ドイツの夏の風物詩といえば射撃祭といわれ、ドイツ好きと称しながら、私共も初めて見たのはちょっと情けないことですよ。

    本編を書くにあたり、改めて射撃祭の歴史や仕組みを勉強させて頂きました。
    日本でも夏の風物詩といえば、神社の祭りで、立派な神輿や山車が繰り出して人々は熱狂して楽しんでいますね。
    苦労の後のビール、ワイン(酒)のふるまいを受けるのは、何処の国でも人々は楽しいものです。それにしても、太っ腹なドイツ人の射撃王(有力者)、多分軍歴のある方で、かつての領主だったら座り心地も良さそうです。

    老い先短い?!者としては、古いアルバムの一頁からちょっとした小旅行記に仕立てるのも、家族史の一つになるかなと思っています。
    (捨てられる運命のアルバムより、写真入りかつ逸話マジリの旅行記にすれば、きっと孫たちも興味をもってくれるかも・・・)

    それではまた。
    コメントに深謝です。
    jijidaruma
    2025年08月27日19時30分 返信する
  • 初めまして

    初めてコメントいたします。
    しにあの旅人ともうします。妻と二人で掛け合い漫才の旅のブログをやっております。二人とも79才です。
    「一書に曰く」で始まり、「By妻」で終わるのが妻のパートです。
    長くて、文字ばっかりと、4トラで不評を買っておりますが、いっこうにめげる気配なく、書きたいことを書いております。
    10才の孫娘に8年後に読ませるつもりです。

    大網白里在住です。正法寺はまったく知りませんでした。
    早速地図で調べました。大網白里でも端っこで、東金との境目でした。自宅からは散歩に行けない距離で、まったくノーチェックでした。

    さっそく車で行ってきました。行きは緑が丘から。なるほど1カ所狭いところがあって、しかも大きなベンツが来てすれ違いに苦労しました。このベンツがまた下手。人のことは言えませんが。
    帰りは小西坂を上がって季美の森に行きましたが、急坂で車が何台も下りてきました。
    あまり車の便のいいところではありませんね。

    車はjijidarumaさんと同じところに駐めました。
    参拝者はやはり私たちだけ。
    建物は変わっていないようでした。
    墓地募集の看板もありましたが、。新しく墓地が作られている気配もなし。

    いいお寺だと思いますが、不便すぎます。唯一のアクセスは車ですが、道路がこうでは、新しく墓地を買う方も二の足を踏むでしょうね。
    お寺が葬式と墓地の管理だけではないのは充分承知していますが、ちょっと寂しい感じです。

    こんな山の中に学僧900人を擁したそうですが、いったい休みの日にはどこに遊びに行ったのだろうと、不謹慎なことを考えました。
    学僧は、年中無休で勉強するのですかね。

    緑が丘も季美の森もたかだかこの数十年の開発で、それ以前はタヌキもビックリの森だったはずです。
    現在の大網高校の近くに大網城というチンケなお城があったそうです。一応城下町(村)があったみたいですが、それだって、歩いて1時間はかかります。

    締めくくりの、

    ★三大檀林の締めくくりとなる「小西檀林」も其の歴史の興亡もすでに過去のものとなり、ひっそりと里山に隠れたように在った。★

    のお言葉その通りでした。
    2025年08月12日20時06分返信する 関連旅行記

    Re: 初めまして

    しにあの旅人さん、
    今晩は。
    本編にお立ち寄りとコメントを頂き、ありがとうございます。

    何やら、「小西檀林」がお目にとまったようで、ご地元とはいえ、早速現地探査にお出かけになった由、そのようなことはなかなか無いので、大変嬉しく、感謝しております。
    日蓮さんの生まれた千葉ですから、学僧たちのレベルは高かったようで、3つの檀林が千葉にあるというのも誇るべきことなのでしょう。

    実は、しにあの旅人さんが投稿された「堀辰雄シリーズ」3編を以前拝読させて頂いておりますので、完全に「初めまして」ではないのですよ(笑)。
    当時、その内容に凄いなと感じたものでしたが、私の方は恥ずかしながら、口コミだけで「軽井沢と言えば、堀 辰雄の「風立ちぬ、いざ生きめやも」でしょう。」の1編を投稿しただけです。

    前述の3編とは、少々異なった可笑しみのある最近の投稿・「勝手にフェスティバル」4編も、良いですね。いずれもじっくり、楽しく拝読できました。
    同じような場所を訪れても、私にはこうした軽妙さのある文章はとても書けません。

    79歳どうしの奥様との「二人で掛け合い漫才の旅のブログ」、さらに「一書に曰く」で始まり、「By妻」で終わるのが奥様のパートだとか・・・奥様のパートが入るのを拝読するのは初めてで、たいへん新鮮、コメントもなかなかのものです。
    我が家は3歳上になる1943年(昭和18年)生まれの夫婦で、家内の方が4ヶ月年長!です。私が古びたパソコンを駆使し?!パソコンの調子の良い真夜中に4Tra活動しております。書いたものは各々印刷して家内のチェックが入ります。昼間はその影響で、うつらうつらし、ソファーで昼寝することに。このご返事もそんな次第でもうすぐ1時半です(苦笑)。

    【長くて、文字ばっかりと、4トラで不評を買っておりますが、いっこうにめげる気配なく、書きたいことを書いております。】
    ・・・とあるのは、実にご尤もで私もそうありたいと思っております。
    とりわけ、お孫さんに読んで頂く為に書いていることも、素晴らしいです。
    私も我が家の歴史(母や大叔父のことなど)などを纏めて、大学時代の友人が主宰する同人誌に載せてもらい、孫たちに同人誌として残していますが、さて興味を持ってくれると良いのですが。

    私共は東京の西の果て、青梅から縁あって、千葉県人になりました。しにあの旅人さんご夫妻も似たようなご様子ですね。
    千葉県は小旅行をするには、このような檀林、成田山、空港、侠客、城址、酒処、古墳、桜や藤、紫陽花、銀杏など、訪れる場所に困りません。
    最近は巨木巡りなどもやっています。

    コロナや欧州も戦時体制の所為で、海外旅行もご無沙汰し、国内も夫婦そろって、何となく人混みや並ぶのが苦手になり、このところ、東京も世田谷の長女一家の行事に出かけるくらいになっています。

    そろそろ2時になりますので、この辺で失礼します。
    それではまた。
    jijidaruma
    2025年08月13日02時04分 返信する
  • 郷土愛

     jijidarumaさん こんにちは

     たくさんの写真、資料、詳しいお話はとても魅力的でした。郷土を語るには当然
    こうなるとは(笑)予測しておりました。読み終わって一冊の本を読破した気分です。
     津雲邸の宮大工の技、デザイン、どれも見事だと想像します。保存されてしかるべきですね。青梅市には津雲邸のような文化財があること自体立派です。そして保存に力を入れていることは称賛すべきです。建築のみならず庭園も見るべきものがありますね。
     ひな祭りのお雛さまの数々、どれも貴重な文化財、観賞できて幸せですね。

     呑龍様のお話、興味深く拝読いたしました。というのは故郷館林から近い所の太田市にその呑龍様があるからです。正式には大光院と呼び、子供のころから呑竜様と親しんでいました。小学2年生?のころには学校の遠足で太田呑竜さまに出かけたほどです。思いだすのは持って行った柿が渋柿だったこと、それを飼われている猿に投げたところ渋柿だったので怒って投げ返してきた、と言って家族を笑わせたこと、しかしそれは受け狙いの嘘だったことなど、ああ、それから当時でも珍しい乞食の家族が寺にいたことなど印象に残っております。お陰で懐かしい思い出が浮かんできました。
     機会があったら青梅をたずねたいですね。
      pedaru
    2025年07月13日13時49分返信する 関連旅行記

    Re: 郷土愛

    pedaruさん、
    今晩は。早々のコメントありがとうございました。

    郷土愛!その故郷も遠くなりました。5月に家内の母の17回忌で、本編の中で出て来た寿香寺に行ってきました。久し振りにおくたま路(かんぽの宿は予約できず)に一泊して、隣町の老人ホームの姉を見舞い、運転が怖くなった高速を使用せず、国道をテケテケ走って帰りました。

    青梅の町は訪ねる度に元気が無くなりましたが、私共はいまだに新聞、TVで青梅で事件が起これば、或いは大雨、地震などがあれば、いつも気になってしまいます。この町は身近に自然と文化財がある環境にあり、結構なものです。
    若い頃はそうした価値に鈍感でしたね。
    故郷故郷と何気に書きだすと、恥ずかしながら、幼少期から青年期までの思い出があれこれと思い浮かんできました。
    ほんとは、青梅に住みたかったのですよ。

    呑竜さん!偉い呑竜さんは私共にも大変身近な存在でした。
    本編に恥ずかしくて、書きませんでしたが、実は・・・
    ある日、近所の悪ガキたちと一緒になって、延命寺内のお墓で遊んでいて、自分で墓石に登り、降りる際にうまく足が着かずに南無三!!!エイッと手を放して飛び降り、そのまま転げ落ちました。
    墓石の角に頭を打ち付けたのでしょう。頭に傷を負いました。頭に包帯を巻いた不機嫌そうな顔で集合写真(小1の遠足)に写っています。
    呑竜さんのお怒り!!に触れたのかもしれません。以来、片頭痛もちとなりました。その祟りは長く、本来持っていた私の良き頭脳!も落ちてしまったのです。一浪も親泣かせの留年もその祟りの所為でしょう(笑)。
    今は幸い呑竜さんのお怒りもとけたようで、片頭痛もちはどこかに消えて、健康そのものになりました。
    ・・・・

    青梅の美味い道味の最中や火打ちやの酒まんじゅうは、まだま味も落ちずに売れています。
    もし、青梅をお訪ねの際はご購入を!^^。

    いつもながらありがとうございます。
    それではまた。
    jijidaruma
    2025年07月14日01時38分 返信する
  • 魅力的な街ですね

    jijidarumaさん、こんにちは。
    昔のご旅行で今も強く印象に残っている街なのでしょうね。
    お城のある街というのは格別ですね。
    特に、最後の白黒の古い写真はいいですね。私は昔古本屋で手に入れた1920年代くらいの白黒写真によるドイツ各地の紹介本が気に入っています。カラーでは味わえない、昔の空気を感じるような写真(エッチングも)が好きです。
    9月にドイツにも3泊するので、白黒で撮影してみようかと思っています。
    Vellbergのような美しい小さな街が他にもいくつもあるのでしょうね。どこに行っても
    その街の魅力があり、飽きませんね。私もかなりの歳になって来たので、今回が
    最後になる可能性もありますが、今のところ健康なので体力維持に努めます。
    猛暑で外出する気にもなれませんが、どうぞご自愛くださいますよう。
    Rolleiguy
    2025年07月07日17時25分返信する 関連旅行記

    Re: 魅力的な街ですね

    Rolleiguyさん、
    今晩は。いつもお立ち寄りありがとうございます。

    連日の猛暑続きで、御疲れの事でしょう。私は外出も買物ぐらいです。
    私は暑い昼間は除湿を利かせた部屋のソファーで、TVの映画を見ながら、居眠りをする毎日です。さすがに夜の暑さは、扇風機の風では熟睡が無理のようです。マーこの時期は無理をしないのが一番でしょう。

    さて、Vellberg、たった一度の訪問でしたが、記憶に残った町でした。
    古城、木組みの家のある城塞都市が切り立った崖の台地に築城されているのは、ドイツでは珍しいものではありませんが、何故か良い印象が残りました。
    ほんとにドイツの田舎町は魅力的ですね。

    欧州も暑いようで、行程の策定にご苦労されておられるかと思います。
    とはいえ、9月ももう直ぐ、今からいろいろと事前資料を作るのも暑さを忘れる楽しい作業になっていることでしょうね。
    久しぶりの旅、きっと充実した旅になるのでしょう。実に羨ましいものです。
    お帰り後の旅行記を楽しみに待っております。
    良い旅を!

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年07月07日19時30分 返信する
  • 天城越え

     jijidarumaさん おはようございます。

     昨日はじっくり読むだけにして、今朝コメントを書いています。
     jijidarumaさんはロマンチストですねぇ。何十年前かの友人との旅行をブログにして思い出を蘇らせました。これは私と同年代だけに懐かしくて涙が出そうです。
     私も同級生と16歳だったと思いますが、裏磐梯に出かけました。友は昨年他界しましたが、私にとって青春の宝ともいうべき出来事でした。

     伊豆の踊子の冒頭、道がつづら折りになって、雨脚が私を追ってきた。というのは
    大好きな一節です。伊豆の踊子の物語通り歩いたなんてやはり青春のかけがえのない思い出ですね。
     当時の舗装されてない道を行くお二人、セピア色の写真がいい味を出していますね。フィルム写真のころは多くて36枚撮りでしたから、大事にシャッターを切りました。今のように景色だけという写真は少なかったですね。

     4トラベルでも珍しい旅行記です。私も真似して‥と思いますが、几帳面でないから
    記録も皆無だし、その代わり記憶は?これも群馬県人らしくさっぱりと忘れ、旅行記を書ける条件は意欲だけですから、だめですねー。

     pedaru
    2025年07月02日05時25分返信する 関連旅行記

    RE: 天城越え

    pedaruさん、
    今晩は。お立ち寄りとコメント、いつもありがとうございます。

    62年前の旅日記、意外に時間がかかりました。写真が少ないのはご指摘の通りで、フィルム写真を大事に撮っていますね。しかも人物が主体。
    アルバムも写真をしっかりのり付けて貼ってしまったので、剥がせず、アルバムの頁をそのまま、スキャンしました。一部デジカメで古い写真を取り直して載せてみたり、参考写真や2020年の後輩に招待された別荘招待時の写真も付け加えるなど、苦心して40枚の定例の旅日記を作りました。
    確かにこのようなものは珍しい旅日記ですが、青春の一頁ですので、ご容赦ください。ちょっと時間を頂いて、大島の旅を投稿する予定です(笑)、

    大兄は同年齢とあって、似たようなエピソードをお持ちだろうと思いました。
    投稿してから、3度ほど追記・編集しました。このような事は私としても大変珍しいのですが、セピア色の青春は大事にしたかったのでしょう。
    じっくりお読み頂いた事はとても嬉しいものです。

    一高生であった私(川端康成)が涙もろく、感受性豊かな表現には今も途中途中を読みながら、ある意味で彼は羨ましいと思いました。
    冒頭の一節も、何時までも頭に残る一節ですね。

    コメントありがとうございました。

    それではまた。
    jijidaruma

    2025年07月02日19時55分 返信する
  • 県内に育つ巨木

     jijidarumaさん こんにちは
     
     樹齢1000年とは驚きました。旅行にも、遊びにも行かず、いえ行けず、
    じっと同じところにたたずみ、夏の暑さ、冬の寒さに耐え、歴史を見てきた椎の木
     自分がこの木だったらどうでしょう、幸せでしょうか?
     長生きしたい、人との付き合いに疲れた人、孤高の生涯を貫き通したい人、
    こんな人には千年の寿命はありがたいですね。
     自分がこの木になれなくても、千年の命には自然と尊敬の念が湧いてきます。
     同じ生物でありながら朝生まれて晩には命を終わる虫もいれば、千年、いやこのさきも命を長らえていく植物、ですが、人間に生まれてほんとうに良かったと思えますね。
     個人宅でありながら快く開放してくださるご主人、植物だけでなく、宮大工の建てた見事な家屋を見学出来て、幸運ですね。千葉県にこのようなところがあることを
    ご紹介くださり感謝しております。

     pedaru
    2025年06月22日15時22分返信する 関連旅行記

    Re: 県内に育つ巨木

    pedaruさん、
    今日は。お立ち寄りとコメント、いつもありがとうございます。

    千葉県人ながら、千葉を知らない元都民です。
    大方の人達が多分そのような自分史をお持ちでしょう。

    さて、いつもながら、違った視点をお示しいただき深謝です。
    巨木・安久山の大スダジイ(シイの木)の立場になって思う事は恥ずかしながら、私共は無かったです。
    唯々、見上げる巨木、板根状(その名の通り板状に発達した根のこと)となった根回りの凄さに生命力を感じて、その存在に神聖を感じ、畏怖したという事でしょうか。

    人間は欲深くできている所為か、いつまでも長生きを欲し、健康を維持しようと、或る意味で、涙ぐましい努力をしているようです。

    実は昨日、千葉の巨木について書き留めたものを、95歳になる中学時代の恩師(私共二人の)に写真入りで送りました。時々、書き留めたものに、ご機嫌伺いとして、千葉の落花生や羊羹など地場産を添えるのです。
    40頁のファイルを読み込んだ恩師は昼過ぎに早速、電話してきました。
    やはり巨木の神秘性、その存在の神聖さを感じたそうで、巨木の生命力に長寿を得てきた恩師でも羨ましさを感じたとの事でした。
    度々恩師とは健康談義をするのですが、先日、御一人で住んでいるご自宅の庭で、石に躓いて、転倒し、顔面を撃ってしまって、顔面は腫れて、青黒くなってしまったと、自分でも体力の衰えを感じたとおっしゃっていました。

    5月に家内の母の17回忌を済ませ、(義妹も教え子なので)その時の様子の写真もお見せしたので、気丈な恩師も、そう言えば来年は御主人の17回忌だと、それまで頑張らねばと、少々気弱の面を見せていました。

    思いつくままに書いてしまいました。謝謝!
    来週は雨模様、慈雨ですね。巨木も嬉しいことでしょう。

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年06月22日19時31分 返信する
  • 英国統治下の香港

    jijidarumaさま、おはようございます。


    当時の香港の事情、更に10年前たる1980年代の香港の衛生状態は頗る悪く、止めるように注意していたにも拘らず、屋台で購入した物を食して胃腸カタルに罹患して帰国時に苦しげな体調での搭乗を余儀無くさせられたツアー客の姿を今でも覚えております。

    啓徳空港、飛行機が本当にスレスレの建築物を掠める様に離発着する空港で、パイロットも心得ている為か、着陸時にドスンと機材を着ける独特な着陸方法で、あんな降り方をするのは、旧石垣空港ぐらいなものだったと思います。

    あれから40年以上が経過し、思いもよらぬ香港の現状に想いをはせております。


    横浜臨海公園
    2025年06月16日05時10分返信する 関連旅行記

    Re: 英国統治下の香港

    横浜臨海公園さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    香港を語るうえで、ツイ!当時の啓徳空港や衛生状態の悪さを書くことになりました。
    1980年代のエピソードもよく覚えておられますね。また、啓徳空港の事も体験者ならではのコメントです。

    アヘン戦争で香港を割譲した英国、以来数十年統治した割に(1841~1997年、一時的に日本軍が占領して軍政下においた:1941~45年を除く)、香港は中国的な部分と思われる非衛生、猥雑な環境が色濃く残っていましたね。
    英国人たちの生活はその上にたっていたもので、彼らはそうした環境を気にしていていなかったように思われます。インド統治もそうだったのでしょう。

    日本人の綺麗好き、日本の自然環境の良さもあって、香港に駐在する者は香港の怖さを忘れてしまう事があります。そのリスクを忘れて、受渡部長の男は郊外のレストランで飲食し、急性肝炎で倒れました。日本から前任者を急きょ呼び、業務にあたってもらいました。管理部門を統括していたので、一時は大変バタバタしたものでした。

    香港、マカオ返還は中国の悪癖を示したようです。返還で香港、マカオの魅力も薄れ、英国(ポルトガル)にとっても良い事は無いし、そして肝心の中国自身も香港では失政をくりかえしていますね。

    猛暑続きとか!ご自愛ください。
    それではまた。
    jijidaruma
    2025年06月16日17時53分 返信する

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

行ってみたい場所

ドイツ

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