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たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのトラベラーページ

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのクチコミ(4ページ)全1,854件

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  • 三山時代のグスクと言われています。

    投稿日 2016年06月06日

    八重瀬城跡 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    八重瀬町富盛、八重瀬公園に残る八重瀬城跡は第一尚王朝が沖縄島を統一する前の三山時代に建てられたものではないかと言われています。当時の八重瀬按司の居城であったとされているものの、沖縄戦に於いて付近に置かれていた日本軍が潜んでいた壕が狙われた際に攻撃を受け、現在では一部石垣が残る程度の寂しいものとなっています。

    しかしながらグスク内には〝城火の神〟〝ナカジク火の神〟〝グスク井泉〟と呼ばれる三ヶ所の拝所・井泉があり、現在でも住民の信仰の対象となっているそうです。そして琉球の豪傑伝説のひとつである〝カニカマルー伝説〟の伝承地として知る人ぞ知る場所となっています。身分の違いによって産むことができなくなった子供でしたが、生まれると〝鉄より硬い人間〟として豪傑さを発揮し、向かうところ敵なしの戦いぶりを続けます。しかしどんなものにも欠点はあり〝頸部〟だけが弱点だったカニカマルーのことを知っていた使用人を買収して豪傑を亡き者にしようと敵国の按司が利用し、カニカマルーは亡くなってしまいます。それを理由に敵国按司が攻め込むものの、味方の按司はその遺体に弓矢を持たせ、気に括りつけました。その姿を見た敵国按司は?〝カニカマルーは生きている〟と誤解し、我先にと自国領に帰って行ったというものです。

    〝生きて千人、死んでも千人撃退した男〟として、琉球の豪傑伝説に浸りながら、八重瀬公園を散策するものまた面白いようにも思えました。

    旅行時期
    2016年05月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    八重瀬公園内。
    人混みの少なさ:
    5.0
    夕方はジョギングをされている方位でした。
    バリアフリー:
    3.0
    考えてありません。
    見ごたえ:
    4.0
    なんとなくグスク跡とはわかります。

  • 南山時代のグスク伝説が残っている。

    投稿日 2024年03月31日

    八重瀬城跡 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    古琉球の南山王国二代国王汪英紫氏(おうえいじし)によって14世紀に建立されたと伝わる八重瀬グスク。以降三代国王汪応祖(おうおうそ)と出城として利用されたが、汪応祖の出世を妬んだ兄達勃期(たふち)によって殺害され、達勃期が四代国王となり八重瀬グスクを居城とするが、程なくして汪応祖の長子である他魯毎(たるみい)らの軍勢によって彼もまた殺害される。五代国王となった他魯毎ではあったが、政治手腕は乏しく民衆の怒りをかっていたところ、中山王尚巴志によって滅ぼされ、南山王国は滅亡する。

    その後尚巴志の四男が八重瀬按司となり、八重瀬グスクを拠点とするも、クーデターで王位に就いた第二尚氏王朝初代国王尚円王の長男で第三代国王尚真王の時代に中央集権体制を確立するため、按司を首都の首里に集居させたことにより廃城となったようである。

    沖縄島南部の標高が低い山が連なる中で、標高163mの八重瀬岳の中腹の標高110m付近にに築城された八重瀬グスクは、その場所からの〝眺望〟を重視したとされている。一説には近くの勢理グスクより強固なものを必要としたことが築城の意図だったとも言われている。

    そのような場所柄沖縄戦に於いては日米軍の熾烈な戦いの最前線となり、グスク跡を含んで整備された八重瀬公園内には、白梅学徒隊が看護補助要員として勤務していた病院壕も残っている。

    グスク跡には拝所が残り、この場所が神聖な場所であったということがわかる史跡も残っている。1月に行われるさくら祭りを含め、それぞれの〝場所〟が持つ歴史を感じることができる素晴らしい場所であったと私には思えたのであった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    那覇空港から車で30分程度。
    人混みの少なさ:
    4.0
    時期と時間に大いに左右される。
    バリアフリー:
    3.0
    足元は決して良くはない。
    見ごたえ:
    5.0
    残存する石垣から往時の様子を窺い知れる。

  • 八重瀬グスク跡に作られた公園は、日本一早いさくら祭りの会場だった。

    投稿日 2024年03月27日

    八重瀬公園 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    古琉球に於ける南山王国の第2代国王汪英紫(おうえいじ)が築城し、その後汪英紫の長男達勃期(たぶち)が城主となったと伝わっている。3代国王となった弟の汪応祖(おうおうそ)の出世を妬んだ達勃期は汪応祖を殺害、自身が4代国王となる。だが汪応祖の長男である他魯毎(たるみい)他反達勃期の按司達に攻められて達勃期は殺害され、5代国王に担ぎ上げられた他魯毎ではあったが、横暴な性格の上に毎日政治を省みず酒色に耽り、民衆や按司たちに対し酷薄な王として次第に人から疎まれる存在となる。その後中山王となった尚巴志(しょう はし)に攻められて殺害され、南山王国は滅亡する。この際に出城のひとつであった八重瀬グスクも落城したとされている。

    その後第一尚氏王朝時代に尚巴志の四男が八重瀬グスクを再興し、八重瀬按司として入城したがその後のグスクの動向は不明である。南部にあり標高がある程度ある場所として、沖縄戦に於いて野戦病院がこの場所に設けられ、白梅学徒隊が従軍看護師として勤めていた病院壕が残っている。

    そんな暗い歴史の多い八重瀬グスク跡に憩いの場として公園が作られたことが八重瀬公園の始まりである。現在では〝日本一早いさくら祭り〟が行われる場所として、沖縄県民は勿論国内外を問わず多くの観光客が訪れる場所となっている。またそのさくら祭りの時期に合わせて〝イルミネーション〟や〝ライトアップ〟が行われており、晴れた日には満天の星空と共に訪れる者の目を楽しませている。

    残念ながら天候不良の影響を受け満開の桜には巡り会えなかったが、それでの内地ではこの時期に絶対見ることができない景色を堪能でき、満開の桜も見てみたいという思いに駆られた私であった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    空港から車で30分程度。
    人混みの少なさ:
    4.0
    少ないという訳ではなかった。
    バリアフリー:
    3.0
    足元は砂地であった。
    見ごたえ:
    5.0
    満開ではなかったが、見られただけでも十分であった。

  • 神戸空港への便利なアクセス交通である。

    投稿日 2024年03月27日

    ポートアイランド線 (ポートライナー) 神戸

    総合評価:5.0

    神戸空港を利用する際には必ず利用しているポートライナー。記憶にないがポートピア81に合わせて開業したらしい。その語神戸空港の開港に合わせて〝空港線〟が作られ、神戸空港を利用する際は三宮駅でJRに乗り換えだけで済みために毎回利用した。

    以前は混雑しているという印象はなかったが、ポートアイランド内に学校が移ってきたことから朝夕の混雑は酷くなったといわれている。ただ私自身利用時間がラッシュ時ではない時間帯が多いことから、あまりそういった印象はなく、静かに走ってくれる〝乗物〟として安心できるために利用している。

    ポートアイランド内を走るために空港手前以外は殺風景な車窓が広がってはいるが、それゆえに空港手前で一挙に景色が変わることが、出かけるという気持ちにあり、それだけでも乗る価値があると常々思っていた。混雑の解消に向けてバス利用などの代替ルートが書かれてはいたが、乗り換えの利便性を考えれば私の場合神戸空港利用時には使い続けるであろうと思う。

    旅行時期
    2024年01月
    コストパフォーマンス:
    4.0
    安くはないが仕方がないのであろう。
    人混みの少なさ:
    4.0
    決して少なくはない。
    バリアフリー:
    5.0
    優先座席は完備している。
    乗り場へのアクセス:
    5.0
    三宮英では5分で乗り換えは可能である。
    車窓:
    5.0
    神戸の色々な景色が楽しめる。

  • やはり便利だ。

    投稿日 2024年03月27日

    JR西日本 新快速 (223系・225系) 姫路

    総合評価:5.0

    京阪神の韋駄天列車〝新快速〟。営業最高速後130km/hは在来線一般列車の中では最も早い。我が街石山は新快速の運行開始当初からの停車駅でもあり、子供の頃はそんなことを自慢していたものである。西に向かう旅路に於いて滋賀県出発の場合必ずと言って良い程JRを利用しなければならない。飛行機を利用する際には、京都・三宮駅で一回の乗り換えで向かうことができるために、空港に使いエリアよりも利便性が高くなる。その理由はやはり高速走行ができる新快速の利用によるものが大きいのは確かである。

    例え先発の快速が先着することがわかってはいても、次の新快速を待ってしまうのは、どうやら滋賀県民の〝あるある〟らしい〟でも否定できないことが素晴らしい電車であることの理由だと勝手に思っている私であった。

    旅行時期
    2024年01月
    コストパフォーマンス:
    5.0
    追加費用は原則掛からない。
    人混みの少なさ:
    3.0
    快速よりもは利用客は多い。
    バリアフリー:
    5.0
    車両両端に優先座席が設けられている。
    乗り場へのアクセス:
    5.0
    主要駅には停車する。
    車窓:
    5.0
    山・街・海が楽しめる。

  • 2024問題…。

    投稿日 2024年03月27日

    江若交通 (大津エリア) 石山寺周辺

    総合評価:5.0

    瀬田川以西の大津市内を走る京阪バス。沿線には石山寺や瀬田川クルーズ乗船場があるなど観光利用にも欠かせないバス路線である。しかし乗車率低迷やドライバーの接待数の不足は例外ではなく、令和6(2024)年4月1日のダイヤ改正に於いて、一部路線で廃止や減便が行われる。

    実際に石山寺に行くだけならば影響はない。しかし唯一走っていた湖岸道路平癒のびわこ浜大津駅行きが遂に廃止されることとなる。本数は少ないながらも桜の名所のひとつである〝税所公園〟に行くには、最も便利であった公共交通機関であった。

    通勤時に利用する私も、減便の煽りを食らい20分前のバスを利用せざるを得なくなった。駅から歩けるエリアは良いのだが、郊外にできた戸建て住宅は、特にバス便なくしては死活問題に繋がる可能性がある。バスがないから車にシフトすることは当たり前、結局悪循環でまた乗車率が落ちる。これ以上減便をされるようならば私自身も通勤方法や転職迄も考えなければならないことになる。営利目的の企業に赤字を抱えて迄運行を続けろとは利用者の口からは言えることではない。観光利用も含め不便にならないように行政の〝テコ入れ〟を考えて貰いたいと思いながら、バスに揺られ続ける私であった。

    旅行時期
    2024年03月
    コストパフォーマンス:
    5.0
    安くはないが仕方がない価格であろう。
    人混みの少なさ:
    5.0
    余程のことがない限り多くはない…。
    バリアフリー:
    5.0
    ほぼノンステップ車両である。
    乗り場へのアクセス:
    5.0
    たいていのターミナル駅には乗場がある。
    車窓:
    5.0
    車窓は楽しめる。

  • 乗り換えが少なくて済むのが良い。

    投稿日 2024年03月23日

    神戸空港 (マリンエア) 神戸

    総合評価:5.0

    大阪三空港の中で最も小さな神戸空港ではあるが、わが街滋賀からだと〝乗り換え〟が少なくて済むのが良い。三宮までは新快速で、後はポートライナーだけである。意外にも沖縄に行くには〝バーゲン〟を探せば最も安くで行くことが出来たりもし、今回の往復の航空券代は、10,000円程で済ますことができた。勿論一度値上がってしまえばレガシーキャリアの値を超えることもあり、その辺りはどのタイミングで予約するかが大きなカギとなって来る。

    規模が小さいだけに歩き疲れることもないのが田舎者の私には一番ありがたいことかも知れない。兎に角〝行き〟に関しては、毎回でも利用したい空港だと私には思えるのであった。

    旅行時期
    2024年01月
    アクセス:
    5.0
    自宅から2時間で搭乗が可能である。
    人混みの少なさ:
    4.0
    最近団体客とバッティングすることが多い。
    施設の充実度:
    5.0
    まあ必要なものは揃っている。

  • 近年最も利用している空港である。

    投稿日 2024年03月23日

    那覇空港 那覇

    総合評価:5.0

    国内外問わず最も利用回数が多い空港である。以前はピーチ航空でLCCターミナルが多かった時期もあったが、最近は使っていないために猶更利用回数は増えた。

    あまり余裕を持って空港入りをしてはいないので、あまりのんびりとすることもないのだが、それでも勝手知ったる空港であるために気持ち的に楽ではある。

    今回は出発空港を神戸にした。しかし沖縄側は相変わらず那覇空港である。一度ゆ~っくりと空港巡りをしてみたいと思う場所であった。

    旅行時期
    2024年01月
    アクセス:
    5.0
    レンタカー返車後30分後には到着できる場所にある。
    人混みの少なさ:
    3.0
    時期と時間によりけりだが、空いているところを見たことがない。
    施設の充実度:
    5.0
    利用頻度の高い空港では随一である。

  • 搭乗までの時間潰しには最適かも…。

    投稿日 2024年03月23日

    那覇空港 国内線旅客ターミナルビル 那覇

    総合評価:5.0

    保安検査を通過する前にちょっと何かを買いたい・見てみたいときに種類も豊富で飽きないエリアである。ばら撒き用のお菓子等は事前に購入し、機内預けにした方が良いとは思うのだが、他にちょっと何かが欲しいときには最適である。ただ混雑時には人で埋め尽くされ、レジを済ませるのも一苦労という時もある。込み具合を考えて立ち寄るのであれば、いいお店群であると思う。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    空港建物内にある。
    お買い得度:
    3.0
    そういったものを期待するお店ではない。
    サービス:
    5.0
    悪くはない。
    品揃え:
    5.0
    これはかなり良い。
    バリアフリー:
    5.0
    部分的に狭いところもあるが凡そ考えられている。

  • 送迎時間に注意をすれば、利用価値は高いレンタカー会社である。

    投稿日 2024年03月23日

    アップルレンタカー那覇空港店 那覇

    総合評価:5.0

    旅行時期に〝NOC補償〟が付けられる最も安いレンタカー会社として選んだ。高年式ながら〝訳あり・フルコミ〟プランは格安レンタカーの中では最も充実したプランであった。

    那覇空港~営業所迄の送迎は原則2便/1時間となっている。借車・返車客の集まり具合で不定期の送迎をしているレンタカー会社と比較すると、時間の目安を付けながら営業所に戻るルートで時間取りを決められるため、無駄がなく、焦りながら運転することもない。そのことを考えると逆に安心して利用することができる。勿論車の清掃や整備等は問題なく、多くの機能を求めずにただ安く借りられればといった私のよな考えの物からは正にうってつけのレンタカー会社であった。

    次回も料金と空車次第という但し書きはつくものの、是非とも利用したいレンタカー会社のひとつであった。

    旅行時期
    2024年03月
    コストパフォーマンス:
    5.0
    ナビとオーディオは旧式だがスマホを使えば問題ない。
    人混みの少なさ:
    5.0
    借車の時は私ひとりであった。
    バリアフリー:
    4.0
    入口にステップがあった。
    乗り場へのアクセス:
    5.0
    那覇空港から送迎バスで15分程度。
    車窓:
    5.0
    悪くはない。

  • 次回のために下調べ。

    投稿日 2024年03月23日

    安座真港フェリーターミナル 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    南城市の安座真港は神の島久高島への玄関口である。フェリーと高速艇が就航しており、それぞれ一日3便の計6便が運航されている。久高島も未訪問の島のひとつであるが、今回の旅に於いて訪れる予定はしていた。しかし帰りの飛行機の時間を勘違いしていたせいで、もし向かうならば滞在時間35分で折り返さなければならないことが前日になって判明。よって今回は泣く泣く諦めることにした。

    伊江島に渡る際の本部港も、事前に港湾内の情報を調べて行かなかったがために右往左往した。そのため〝次回〟の準備としてターミナルの〝情報〟を仕入れるべく今回訪れた。ターミナルは小さく、徒歩で行こうが車で行こうか迷うことはないことを確信する。ただ航走料金の高さと、車の必要性はすぐには決めることが出来ず暫く考えることにした。

    なにがある訳でもない建物であったが、多くをやる必要もないのかと思えるような必要最小限も設備を備えているターミナルであった。

    旅行時期
    2024年01月
    コストパフォーマンス:
    3.0
    通常料金が高いのは致し方ないであろう。
    人混みの少なさ:
    5.0
    船の発着時刻以外は静かなものであった。
    バリアフリー:
    3.0
    ターミナル建物には段差があった。
    乗り場へのアクセス:
    5.0
    斎場御嶽から車で5分程度。
    車窓:
    5.0
    大海原が広がっている。

  • 斎場御嶽入口の郵便局である。

    投稿日 2024年03月23日

    知念郵便局 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    国道331号線斎場御嶽入口に位置する知念郵便局。以前は集配を担当していた郵便局であるが、郵政民営化後は南風原中郵便局にその業務を移している。

    ゆうちょ銀行TMはホリデーサービス実施店であるために、休日でも懐がさみしくなった時にお金を下ろすことができる。また風景印もあり、絵葉書を書いて〝知念郵便局〟と銘を打った消印をついて送ることができるので、何かと利用価値は高い場所である。

    今回は旅行貯金をするために訪れたが、何かで見たことがあるような気がして記録を辿ると、斎場御嶽を訪れた際も訪れていたようだ。二度あることは三度ある…そのうちにまた訪れることがあるだろうと不思議な縁を感じた郵便局であった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    がんじゅう駅・南城駐車場から徒歩すぐ。
    人混みの少なさ:
    5.0
    時期と時間によりけりだが、訪れた際は空いていた。
    バリアフリー:
    5.0
    スロープと自動ドアが完備されている。
    見ごたえ:
    5.0
    旧集配局の面影を残した郵便局であった。

  • 南城の情報発信地であり駐車場でもある。

    投稿日 2024年03月23日

    体験滞在交流センターがんじゅう駅 南城 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    国道331号線知念岬近くにあるがんじゅう駅・南城。今回は近くの郵便局に行くために立ち寄った。斎場御嶽の駐車場兼チケットブースが設けられており、こちらに車を停めてチケットを購入し、斎場御嶽まで歩いて行く。道の駅としての役割もあり、沖縄土産や地元産物を購入できる場所でもあった。

    最近のコスプレブームからか〝琉装〟体験が低価格で体験でき、敷地内での写真撮影等ができるようだ。がんじゅう駅より海側にある知念岬に行くには、そちらの駐車場を利用した方が便利ではあるが、情報発信拠点としての〝使い勝手〟のことを考えると、こちらの駐車場を利用して、施設を楽しむ方が良いように思える場所であった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    南風原南ICより車で30分程度。
    人混みの少なさ:
    3.0
    時期や時間に大きく左右される、
    バリアフリー:
    5.0
    自動ドア完備で専用駐車スペースが設けられていた。
    見ごたえ:
    5.0
    品物や施設など立ち寄って損はない場所である。

  • 展望台って…どうよ。

    投稿日 2024年03月23日

    ニライカナイ橋展望台 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    沖縄県道86号南風原知念線を南風原側より走り、航空自衛隊知念分屯基地を越えたところに位置するニライカナイ橋。海側に向かって大きくカーブを描く橋は全長660m、高さ80mの大きな橋は、沖縄島南部の観光地のひとつとして有名なものである。

    設計上の意味合いも勿論あるものの“見どころ”としての位置付けが強い場所でもある。数年前にも一度訪れてはいるが“ニライカナイ橋展望台”という表記が地図上でなされており、なにか変わりがあったのかと再訪することにした。

    結果としては何も変わらず、県道を跨ぐトンネルの上の場所を“展望台”と呼んでいるに過ぎず、相変わらず“路駐”をしなければ行くことができない場所であった。

    変わったことがなければ長時間滞在する場所ではないため、即座に撤収する。また橋自体は駐停車禁止区間であるにも拘らず、観光客が車を停めたり、タクシーが急にスピードを落として客に眺望を見せるために走ることなどがあることも事実である。

    見せるために作られた橋は、全体の“景色”を最大限に引き出すために、カーブの先の様子が分かり辛い等走行するには決して走り易い道ではない。

    有名な観光地のひとつとして駐車場を作ることを含めて、事故対策を考えて貰いたい場所のひとつだと思ったことには変わりない観光地であったと思う。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    南風原南IC
    景観:
    5.0
    那覇空港道南風原南ICより車で30分。
    人混みの少なさ:
    3.0
    人がいない時は無いに等しい。
    バリアフリー:
    5.0
    舗装はされている。

  • 間違いないニライカナイにつながる橋です♪~ニライ橋カナイ橋~

    投稿日 2016年03月04日

    ニライ橋 カナイ橋 知念・玉城・八重瀬

    総合評価:5.0

    沖縄県南城市の県道86号線にある全長1,200mのニライカナイは、山側のニライ橋と海側のカナイ橋からなる大きく曲がりくねった橋脚の総称です。

    ニライカナイとは沖縄で海の向こうにある理想卿という意味ですが、トンネル上の展望台からはその窓口となる琉球開闢の祖アマミキヨが降り立ったとされる聖地久高島を望むことができることなど文字通りニライカナイに通ずる場所としての景色を楽しむことができる場所になります。

    ニライカナイ橋は駐停車禁止となっており、橋脚上に車を止めることは出来ません。頂上付近にあるトンネル上にある展望台から眺めるのが一番良いのですが現在車止めがつけられており、展望台に車を乗り入れることは出来ません。車止めの前に路駐して歩くことになりますが、スペースが広いわけではなく2台が限界でした。

    ドライバーが2人いて交代で見に行くことができるならともかく、1人であれば夕方や早朝など人が集まらない時間を選んだ方がいいように思えます。日暮れ30分前でも写真のようにバッチリ見ることができました!

    旅行時期
    2016年03月

  • 長年の夢であった伊江島タッチュー登山。

    投稿日 2024年03月18日

    伊江城山 伊江島

    総合評価:5.0

    本部から船で30分の距離にある伊江島、そのシンボルとも言える城山(タッチュー)は、近くて遠い場所として対岸の本部から何度その姿を拝んだかわからない。今回その念願が叶い〝4回目の正直〟で伊江島渡航が叶った。中でも最も手強い場所である〝城山〟。標高172mとは言え侮ると失敗する。一月に行く理由はここにもあった。6月の暑い時期だとヘタレでは登り切れないかも…という心配もあった。

    1月29日は晴れてはいたが気温は20℃程度、登山にはうってつけである。最初は平べったい道が続くがすぐに石段に変わる。そして上へと登るに従い勾配も急になって来る。でも山頂から降りてきた湧出で出会った奥さんに〝もう少しですよ~〟と声をかけられて頑張った。結果10分で城山頂上に到着。ヘタレは山歩きをして死ぬ思いを何度もしているが、山頂がそれほど広くない城山では、360°広がる景色から流れてくる風が本当に気持ち良く、登って正解だったと改めて思った。景色は勿論だが普段から鈍っている体を動かすには、以外にも丁度良い刺激になったように思えた。

    美ら海水族館迄来たら絶対に来るべき場所だと再認識した城山タッチューであった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    伊江港から車で10分程度。
    景観:
    5.0
    山頂からの景色はやはり素晴らしい。
    人混みの少なさ:
    5.0
    訪れた時間では一組と登山道ですれ違った。
    バリアフリー:
    3.0
    標高が急になれば石段は急になって行く。

  • 米軍の従軍記者であったアーニー・パイルの戦死場所である。

    投稿日 2024年03月17日

    アーニーパイル記念碑 伊江島

    総合評価:5.0

    米国インディアナ州の出身であるアーニー・パイルは、第二次世界大戦に従軍記者として同行した新聞記者である。彼の入隊は〝通信兵〟であったが、戦場となった各地を転戦し、戦場から無名兵士たちの模様を報道して全米を感動させた〝戦場カメラマン〟でもある。その〝写真〟を介した情報発信は欧米の多くの民衆の関心や感動を呼び、1944年にはジャーナリストとして最高の名誉であるピューリッツアー賞を受賞している。その際一時的に米国に帰国しているが、すぐに第77歩兵師団に入隊し、再び戦線へと赴いた。

    沖縄戦に於いては第77歩兵師団零下の米軍第305連隊と行動を共にしていた。伊江島での戦いのさなか昭和20(1945)年4月18日に他の将校たちとジープに乗って移動していたところ、伊江島守備隊の機関銃小隊からの銃撃を受ける。一旦は降車して身を隠したところに続けて撃たれた銃弾が命中し戦死した。享年44歳。

    彼の亡骸は粗末な木の十字架の下にヘルメットを装着したまま埋葬された。その後米軍基地内に移された後、1949年にハワイ・ホノルルの国立太平洋記念墓地に埋葬された。そして毎年4月18日に最期の地となったここ伊江島にて慰霊祭が行われている。

    彼自身のジャーナリストとしての活動の中に〝兵士〟という概念はなかったようだ。そのことは彼の〝戦争道具〟一覧に記されているノート・ペンそしてタイプライターであったということからもわかることではある。しかし戦時下であり、かつ〝負け戦〟の様相を呈している日本軍兵士に、相手を選ぶ余裕はない。むしろ少しでも多くの〝米兵〟を殺すという〝義務感〟に苛まれていたであろう。そんな中に現れた米軍将校が乗るジープと遭遇すれば、手あたり次第に銃撃したであろう。殺さなければ殺される…それが戦争であり、人間の心を蝕む要因となることは、今も昔も変わってはいない。

    ただ相手は伊江島を占領した米兵である。そういった立場で言うならば〝勝てば官軍〟そのものであろう。彼の戦死場所はその後綺麗に整備され、現在でも〝アーニーパイル記念碑〟の場所として伊江島観光の場所として多くのガイドブックに取り上げられている。

    戦死した兵士に敵味方は関係ないが、村民を含めた多くの日本人が亡くなっている場所でのこの違いは正直違和感を感じずにはいられない。伊江村長が述べた〝私達村民は誓う 二度とあの忌わしい戦争を繰り返さない、平和な世界を築くことを〟という言葉にも、反論を持つ者は絶対にいると不思議にも感じたアーニーパイル記念碑訪問を終えた私の気持ちであった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    伊江港から車で5分程度で到着できる。
    人混みの少なさ:
    5.0
    訪れた折には誰にも出会わなかった。
    バリアフリー:
    5.0
    入口の階段以外はしっかり整備されていた。
    見ごたえ:
    5.0
    明らかに周りの風景とは異なっている。

  • 戦火を潜り抜けた築95年のコンクリートの建物である。

    投稿日 2024年03月17日

    公益質屋跡 伊江島

    総合評価:5.0

    伊江村中央公民館の敷地内にある公益質屋跡は、昭和4(1929)年12月に政府の融資を受けて設立されたものである。設立当時は世界大恐慌のため村の財政や村民の生活が苦しい時期であり、高利貸しの暴利に泣く村民に低利の融資を行うことで生活の安定を図ることを目的とした。公益質屋は大正元(1912)年に社会福祉事業の一環として設置された非営利的な金融機関であり、大正13(1924)年頃に全国に広がったとされている。

    昭和20(1945)年4月16日からの六日戦争に於いて、学校陣地が置かれたこの界隈は米兵から〝血ぬられた丘〟と称される程の激戦が繰り広げられ、米軍上陸準備のために艦砲射撃を開始した3月28日以降2週間に渡り空と海から昼夜問わず爆撃が加えられ、村の建物は悉く焼き払われた。

    その中で公益質屋は〝質物の管理・保存〟のために頑丈に作られており、砲撃を受けながらも辛うじて原型を留めることができた。しかし現在でも見られるように建物の内外には無数の弾痕や砲撃の痕が残されており、戦争の恐ろしさを後世に伝える存在として村の史跡に指定されるにあたり、建物内部の補強や壁面の保護などが外観を損なわないように施され、現在にその姿を伝えている。

    伊江島戦跡の代表と言われるこの〝公益質屋跡〟は、伊江島を訪れたく思う理由のふたつ〝伊江島タッチュウ〟と共に私の中でずっとその〝価値〟を呈し続けていた。実際に見て、歩いてみてその存在感は期待通りの素晴らしい建造物だったと改めて思った。

    ここは文章で書かれたからその価値がわかるレベルのものではない。見るだけで何かを感じられる場所である。戦跡に〝良い場所〟も〝悪い場所〟もないのだが、沖縄戦の生き字引を目の当たりにして心を動かされないものはいないだろうと確信した場所でもあった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    伊江港より車で10分程度。
    人混みの少なさ:
    5.0
    訪れた際には誰にも出会わなかった。
    バリアフリー:
    3.0
    足場はあまり良くはない。
    見ごたえ:
    5.0
    砲爆撃の凄さが伺える。

  • 伊江島の戦いでの戦没者を祀っている。

    投稿日 2024年03月17日

    芳魂之塔 伊江島

    総合評価:5.0

    ニーバナ児童公園内に建立されている〝芳魂之塔〟。伊江島での戦闘に於ける伊江島守備隊と、その戦いに於ける住民の戦没者を祀る為に1951年4月20日に建立された。当時の沖縄群島知事平良辰雄氏の書による碑銘と、伊江島の三大歌人の一人である名嘉元浪村の〝ひねもすを とヾろ とヾろと 潮騒の 声をまくらに ここだくも 眠れる霊の 夢まどかならむ〟という歌が刻まれている。

    長年に渡る風雨に晒され劣化したものを平成13(2001)年3月に境内の拡張並びに塔の建替えが行われ、また同時に塔に向かって右側には礎が併設された。この礎には村外での戦没者も刻銘されており、伊江島の〝戦没者慰霊碑〟として現在に至っている。

    伊江島に於ける終戦とは昭和20(1945)年4月21日の米軍に於ける〝伊江島占領〟が宣言された日となっており、毎年4月21日に慰霊祭が行われていたが、昭和52(1977)年の33回忌を以って慰霊祭は終了し、翌年からは〝平和祈願祭〟と称し、遺族は勿論、県内を始めとする子供達も参列し、平和を考える式典として現在に至っている。

    慰霊碑についてはいつも思うところがある。終戦後の混乱期に材料も乏しい中で作り上げられた〝粗末な慰霊碑〟、それが劣化を理由に建て替えられて立派な物が建立されることは良いのだが、観光名所として取り上げられるがために〝初代の碑〟の存在が蔑ろにされている残念な現実だ。〝芳魂之塔〟も例に漏れずwebで検索した限りでは〝初代の碑〟の映像が見つけられなかった。

    沖縄平和記念公園の〝平和の礎〟を彷彿させるような立派な物が目の前に広がっている。それはそれで慰霊の気持ちには変わりはないのだが、70余年前に建立された初代の碑がどのような状況下で作られたものなのかを知らなければ、ただの慰霊碑としか見えなくなってしまうことに対する危惧は否めない。古き物にはそれなりの背景がある。それを残して欲しかった…と少し残念にも思った私であった。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    伊江港から車で10分程度で到着できる。
    人混みの少なさ:
    5.0
    訪れた際には誰とも出会わなかった。
    バリアフリー:
    4.0
    塔の周りは石が貼られているが段差はある。
    見ごたえ:
    5.0
    慰霊碑としてはかなり大規模な物のように見受けられた。

  • 湧出を眺める展望台。

    投稿日 2024年03月16日

    湧出展望台 伊江島

    総合評価:5.0

    伊江島の古の水源である湧出、そこに新たに建てられた展望台である。高さはそれ程高くはないが、伊江島自体が標高が低いために360°の展望が楽しめる場所となっている。ただ海側にせり出ているわけではないので、湧出の〝水の湧き出し口〟までは見えないのが残念である。それでも大海原が眺める場所であることは間違いないので、話のネタには訪れて損はない場所だと思う。

    旅行時期
    2024年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    5.0
    伊江港から車で10分程度。
    景観:
    5.0
    海岸沿いで大海原が望める場所である。
    人混みの少なさ:
    4.0
    少なくはなかった。
    バリアフリー:
    5.0
    スロープは切ってあった。

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん 写真

5国・地域渡航

41都道府県訪問

たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんにとって旅行とは

非日常生活の出来事を体験できて、日頃の鬱憤を晴らせる場。

自分を客観的にみた第一印象

能ある鷹は爪を隠す♪

大好きな場所

夏は風鈴、冬はイルミネーション。そして6月は沖縄。

大好きな理由

触れ合う人々がすべて暖かく接してくれ、大自然を満喫できる場所に思えるので。

行ってみたい場所

波照間島・与那国島・竹富島・石垣島・宮古島・多良間島・大神島・池間島・来間島・伊江島・奄美大島・喜界島・冬の北海道

現在5の国と地域に訪問しています

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