1982/08/07 - 1982/08/08
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jijidarumaさん
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手元に、古城を表紙にした一冊の本がある。
「Romantik in Deutschlandドイツのロマンチックな古城群の写真集」である。ドイツに始めて駐在した際に購入したもので、題名と素晴らしい写真(117頁、1975年版)が気に入って買ってしまった。
この本の102頁に【Die Bühler mit Schloss und Stadt Vellberg・Hohenlohe】と書かれた写真があった。
意訳すれば、その意味は【ビューラー川はホーエンローエ地方のフェルベルクの町と城を巻くように流れる】だが、この写真と名前に覚えがあったが、長い間思い出せなかった。
その写真の町の記憶を辿り、このほど一泊した古城ホテルが出て来るアルバムを漸く見つけた。
すでに43年近く過ぎた写真は文字通り、セピア色に代わり、改めてスキャンし、新たに近接写真も撮ったが、思うようにならないのが残念である。
本編を「セピア色の思い出:小さなローテンブルクの名があるVellbergフェルベルクの町が懐かしい。」として投稿した。
写真はSchloss Vellbergフェルベルク城の景観・・・「Romantik in Deutschlandドイツのロマンチックな古城群の写真集」の102頁
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
前述した本の表紙を飾るのは
<Schloss Bürresheimビューレスハイム城>
D-56727 Mayenマイエン、Bürresheimer Str. 1ビューレスハイマー通り1
(Rheinland-Pfalzラインラント・プファルツ州)
Mayenマイエンの北西にあるNettetal ネッテ渓谷には、中世の城をバロック様式で再建したラインの騎士貴族と生活文化の証であるビューレスハイム城がある。
写真はRomntik in Deutschland :表紙の古城はSchloss Bürresheim ビュレスハイム城 -
1982年8月休暇旅行は久しぶりに南ドイツを選んだ。
アルバムに写真の様な行程図が書かれていた。
1982年8月6日~16日の休暇はロマンチック街道、ドイツアルペン街道を走り、ボーデン湖まで行って、デュッセルドルフに戻るというものでした。
全行程の総距離は2400km。
写真は1982年8月休暇旅行:南ドイツ -
写真はRomantische Strasseロマンチック街道Map:左下の矢印の場所がVellbergフェルベルク
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イチオシ
1982年8月7日、ローテンブルクの町を見て、この日、Gast im Schloss古城ホテルのガイド本59番(1977・78年版)で知っていた、Hotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクを目指した。
写真はRothenburg o.d.T. ローテンブルク:鍛冶屋と市城壁、郊外の二重橋からローテンブルクの町を見上げた。旧鍛冶屋 建造物
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ドイツでは・・・・のローテンブルクと云った言い方をする。
例えば、「北のローテンブルク」と称されるNeubrandenburgノイブランデンブルクのように。(ノイブランデンブルクはドイツ北東部に位置するメクレンブルク・フォアポンメルン州の都市)
今回の古城ホテルのあるVellbergフェルベルクの町はその一つで、「小さなローテンブルク」と呼ばれる、小さな美しい町である。
写真はAral Auto Mapアラル オート観光本:矢印の場所は Schloss Vellberg in Hohenlohe -
参考写真はWappen der Stadt Vellbergフェルベルクの町の紋章:青の盾に金色の四角、銀色の鷲の羽根飾り(騎士貴族の印)
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この旅で、本物のロマンチック街道のRothenburg o.d.T.ローテンブルクからDinkelsbühlディンケルスビュールに向かう途中に一泊した町である。
Wikiによれば、Vellbergフェルベルクは、海抜 375 m、人口4,800人の町で、ドイツのBaden-Württembergバーデン・ヴュルテンベルク州の北東部にあたるLandkreis Schwäbisch Hallシュヴェービッシュ・ハル郡に属す郡所属市だ。
シュヴェービッシュ・ハル市の隣町(11km)がフェルベルクである。
参考写真は中央にHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルク・・・ Burg Vellberg(Schloss)フェルベルク城はビューラー川の頭上、海抜360mの北東に突き出た岩壁上に築城された。 -
Die Bühlerビューラー川(全長49km)はシュヴェービッシュ・ハル郡のホーエンローエ平野を流れるKocherコッハー川(全長182km、ネッカー川の支流)に合流する。Bühlerビューラー川=>Kocherコッハー川=> Neckarネッカー川=> Rheinライン川 =>そして最後にNordsee北海に流れ込むのだ。
写真はDie Bühlerビューラー川Map -
駐在当時はよく利用した「Gast im Schloss」古城ホテルのガイド本(1977・78年版)の59番は、Hotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルク の頁で「ホーエンローエ地方の宝石箱のKleinod宝物」と称されていると書かれていた。
この文章が魅力的で、ロマンチック街道から少し外れるのだが、チャンスだと思って、行程に入れたのだった。
写真はGast im Schloss古城ホテルのガイド本59番はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルク の頁 -
大変詳細に書かれた、ドイツの古城ホテルのガイド本は、退職後のドイツ感傷旅行にいつも利用した。
確か長女がこの本を購入し、友人とのドイツ旅行や新婚旅行でドイツに行ったので、本に掲載の古城ホテルを利用していた覚えがある。
いつの間にか、私共の手元に置いて利用してきたので、今は自分の本になってしまった。
この本では52の古城ホテル(西ドイツのみ)が記載されていたが、8割程度は宿泊、食事に行っているから十分使ったといえよう。
勿論、かつての東独も近年開業する古城ホテルも多くなり、全独には大きな数になるだろう。
私自身もこの本以外に各種のホテルガイドで、他の古城ホテル(他国も含め)も知ることになったので、訪れた古城ホテルは大きな数になっているだろう。
写真はボロボロになったドイツの古城ホテルの本(ダイヤモンド社1992年6月20日発行:第1版) -
古城ホテル フェルベルク の頁は発行の時期からして、1980年代以降に取材して纏めたものであろう。
私共が訪れたのは1982年8月7日なので、この頁に書かれた事と、ほとんど変わらない感がある。
写真はドイツの古城ホテルの本(ダイヤモンド社1992年6月20日発行:第1版):46番Hotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルク の頁 -
【Hotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルク】
D-74541 Vellberg 、Im Städtle 28
フェルベルク城の再建:1543年から46年
ホテルの開業:1970年
3星・全35室
小さな旧市街地28番地に立つフェルベルク城の1階はレストランである。
レストランはかつての武器庫を改造したものと云う。シュヴァーベン地方の伝統的な料理をベースにフレンチ風のアレンジもされている。
上階は騎士の間などがあって、市民の催しに利用されている。
城内には礼拝堂があり、16世紀のフレスコ画が残っていて、結婚式にも利用されている。
古城ホテルの客室はよくあることだが、城の建物の向かい側に立つ木組み建築の建物がホテルになっていた。ホテル内はいわゆる、ドイツのガストホフである。
写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクの冊子など -
写真はHotel Schloss Vellberg ホテルの説明書
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イチオシ
古びた城門塔をくぐると、小ぢんまりしたフェルベルクの町が現れた。
北東に突き出た岩壁上に中世の少々独特な形をした古城が見えて来る。
右手に古城・レストラン、左手に木組み建築の小さな古城ホテルがあり、一晩お世話になった。
写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクの写真集・・・ホテル棟の入口、見上げた古城フェルベルク、翌朝の出発。 -
<フェルベルク城の歴史>
1200年頃、フェルベルクの騎士領主が築城したとされている。
1489年、町は塔や外壁を築き、城塞都市化した。
1500年頃、フェルベルクは皇帝マクシミリアンによって、交易権を認められ、その6年後には都市権も与えられた。
フェルベルク城は1523年6月11日Schwäbischer Bundシュヴァーベン同盟(1488年)の軍が1万の兵士、1000人の騎士、100の大砲、30の銃をもって攻城され、落城した。(Ritterkrieg騎士戦争とよばれる戦いは、1522年秋から1523年春にかけて、宗教改革期のドイツ南西部で起きた戦乱)
フェルベルク城の再建はWolf von VellbergとAnna Treusch von Buttlar領主夫妻により、1543年から46年に完工された。
写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクのホテル棟の入口で・・・二階に私共の客室があった。 -
イチオシ
1857年、フェルベルク城はヴュルテンベルク王国(1806年 - 1918年)財務局から下げ渡され、2004年まで、町役場をして使用された。
1960年、かつての城郭地に立つ建物は改装され、2008年より全ての建物は個人所有となった。
フェルベルクの町は、現在は州内でも知られた保養地になっている。
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写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクの写真集・・・城郭は城塞都市の様式を見せて、ホテルのレストランの入口、絵葉書(Rothenburg o.d.T.ローテンブルクとDinkelsbühlディンケルスビュール)。 -
写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクのレストラン棟の入口で。
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参考写真はかつてのホテル棟は現在のschlossle vellbergフェルベルク小城(フェルベルクの小さな旧市街28番地・・・岩壁の突端にある)と名前が変わった。
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参考写真は現在のschlossle vellbergフェルベルク小城と名前が変わった。・・・元々の城は左に、かつてのホテル棟は右手にあり、佇まいはそのままだが名前が変わって生きてる(Im Städtle 28:フェルベルクの小さな旧市街28番地・・・岩壁の突端にある)。
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フェルベルク城内にはSchlosskapelle礼拝堂があり、16世紀のフレスコ画が残っていて、結婚式にも利用されていると云う。
写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクの16世紀の城内礼拝堂 -
写真はHotel Schloss Vellberg古城ホテル フェルベルクをチェックアウトし、マルクト広場を出発する愛車メルセデス230。
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フェルベルク城は1523年6月11日Schwäbischer Bundシュヴァーベン同盟(1488年組織化)の軍が、1万の兵士、1000人の騎士、100の大砲、30の銃をもって攻撃され、落城した。(Ritterkrieg騎士戦争とよばれる戦いは、1522年秋から1523年春にかけて、宗教改革期のドイツ南西部で起きた戦乱)
参考写真はBurg Vellbergフェルベルク城が1523年に落城した絵が残っている。 -
フェルベルク城の再建はWolf von VellbergとAnna Treusch von Buttlar領主夫妻により、1543年から46年に完工された。
Burg Vellbergフェルベルク城のLageplan縄張り図というものがあった。
参考写真はBurg Vellbergフェルベルク城のLageplan縄張り図・・・マルクト広場を中にした一の丸一帯は、市城壁に守られていて、図の右上に左にビューラー川が流れている。川が城を囲むようにぐるりと蛇行しているようだ。
縄張り図にあるABCDは
A:Schloss城、
B:Kornkasten穀物倉庫、
C:旧市街入口のTorturm城門塔(1896年)、
D:2つTore城門(Kanonenturm大砲塔とZwingertor城門(1898年))など。 -
参考写真はSchloss Vellbergフェルベルク城のAltstadt旧市街を見上げて。
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参考写真はSchloss Vellbergフェルベルク城のAltstadt旧市街を見上げて。
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参考写真は朝日が輝き出したSchloss Vellbergフェルベルク城のAltstadt旧市街を見上げて。
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城下から道を辿ると、この場所に来る。石橋を渡り、Torturm城門塔(1896年)をくぐると、かつてのフェルベルクの城郭の一の丸に出る。
こぢんまりした城塞都市は此処から始まるのだ。
多分、当時はフェルベルクの町をよく見る時間が無かったようで、写真は専ら古城ホテル近辺のみだった。
改めて、この町のこぢんまりした旧市街を調べてみると、「小さなローテンブルクの名がある」のも至極もっともに思えた。
参考写真はフェルベルクのTorturm城門塔 -
この3階建ての建物はHaus Fiebichハウス フィービヒという木組み建築の家で、1634年に建てられた。
当時は百姓家でその後、町の所有となり1987年に改装された。
現在も一部は個人住宅に利用されている。
参考写真はフェルベルクのハウス フィービヒという木組み建築の家とMarktbrunnenマルクト広場の噴水 -
参考写真はフェルベルクのMarktbrunnenマルクト広場の噴水:マルクト広場に1720年からあると云う。
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フェルベルクの小さな旧市街3番地にたつ歴史的なProfanbau建物でフェルベルク城に近いホテル・・・写真中央のDas älteste Gasthaus Ochsenガストホフ 雄牛(1519年建築)である。
現在はMuseumsgasthof "Ochsen"博物館ガストホフ オクセンと称して、500年という長い歴史を誇っている。
参考写真は Vellbergフェルベルクの旧市街:左奥にフェルベルク城、中央に ガストホフ オクセンがある。 -
フェルベルクの小さな旧市街27番地にたつ歴史的なProfanbau建物は、1528年に建てられたAlte Amtshaus旧町役場である。
この建物は木組み建築の家で、フェルベルク城に近い。
参考写真は Vellbergフェルベルクの旧市街:Alte Amtshaus旧町役場 -
フェルベルクの小さな旧市街Städtle28番地にある独特の形をした建物は、かつてのSchloss Vellbergフェルベルク城である。
1982年8月当時はここに古城ホテルのレストランがあった。
参考写真は旧市街の奥にたつ、かつてのSchloss Vellbergフェルベルク城 -
参考写真はフェルベルクの小さな旧市街6?番地にあるFachwerk木組みの家とRundturm丸塔。
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この絵はフェルベルクの小さな旧市街31番地にある建物群をJohann Friedrich Reikヨハン・フリードリヒ・ライク(1836-1904年、シュヴェービッシュ・ハル出身の画家)が描いたものだ。
町の南から見たStadtbefestigung城塞都市の形が残るが、右の建物は15世紀に作られたPulverturm銃器用火薬庫として利用された塔である。
建物の上部が珍しい木組みだ。1901年10月に町の大火で焼失したが、元のように塔として再建された。
1989年以来長く、Hotel Restaurant Schloss Vellberg古城ホテルフェルベルク城が所有した。現在は個人用住居になっている。
左(西)の建物はRundturm丸塔のKraftturmクラフトツルム(18番地)だ。
参考写真は Vellbergフェルベルクの旧市街の歴史的な城郭 -
この絵は前と同じ画家Johann_Friedrich_Reikヨハン・フリードリヒ・ライク(1836-1904年、シュヴェービッシュ・ハル出身の画家)が描いたものだ。
フェルベルクの小さな旧市街32番地にある歴史的なProfanbau建物のKanonenturm大砲塔とZwingertor城門である。
Kanonenturm大砲塔などは中世の城塞都市に必須のもので、1466年に建設が始まり、16世紀初期に完工した。右手のZwingertor城門は城と空堀への入口、階段となっている。
参考写真は Vellbergフェルベルクの旧市街の歴史的な城郭・・・Kanonenturm大砲塔(中央の丸塔)とZwingertor城門(右) -
フェルベルクの小さな旧市街32番地にある歴史的なProfanbau建物で、城門塔から入る道と異なるが、Am Zwinger 1番地(右の木組みの家)、Im Städle 6番地を(入り口を入った丸塔)城内に入る。
Holzbrücke木橋を渡ると、ほんのちょっとで旧市街になる。右手は旧市街を守るStadtmauer城壁が見える。
参考写真:Am_Zwingertor城門傍を城内に入る。 -
参考写真は第二次大戦前に撮られたと云うSchloss Vellbergフェルベルク城の景観・・・ビューラー川の流れと小さな木組みの家もみられる。
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参考写真は第二次大戦前に撮られたと云うSchloss Vellbergフェルベルク城の景観・・・ビューラー川の流れと古橋も添えて、好ましいものだ。
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参考写真は第二次大戦前に撮られたと云うSchloss Vellbergフェルベルク城の景観・・・手前の建物と城郭の間にビューラー川がある。
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写真はSchloss Vellbergフェルベルク城の景観・・・「Romantik in Deutschlandドイツのロマンチックな古城群の写真集」の102頁・・・第二次大戦前の写真の様に白黒バージョンで スキャンした。
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<古城巡り(私の覚えにこんな事を書き残しています)>
ドイツ駐在中、そして退職後のドイツ感傷旅行は思い出も多い。とりわけ古城好き、古城ホテル好きにとっては、面白い旅をしたと思っています。
2012年の春に走った地域は古城群が実に多く、訪れる事が出来たのは52の古城でした。2013年の秋の旅は30の古城を訪れ、2014年の春の旅では29の古城を訪れた。2015年の夏は数が減ったものの、21の古城巡りが出来た。
2016年は昨年同様の21の古城を数えた。
古城・古城ホテル好きとしては、まずまず満足でした。
この5年で合計153の古城数になっているが、ドイツの古城群は2万とか3万とか、桁が違う数があります。
ドイツの旅は、もう困難でしょう。昔のアルバムをめくって、楽しむしかなさそうです。
それではまた、お立ち寄りありがとうございました。
jijidaruma
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(2025年07月06日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
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旅行記グループ
ドイツ「・・・地方のローテンブルク、ヴェルサイユ宮殿」
この旅行記へのコメント (2)
-
- Rolleiguyさん 2025/07/07 17:25:05
- 魅力的な街ですね
- jijidarumaさん、こんにちは。
昔のご旅行で今も強く印象に残っている街なのでしょうね。
お城のある街というのは格別ですね。
特に、最後の白黒の古い写真はいいですね。私は昔古本屋で手に入れた1920年代くらいの白黒写真によるドイツ各地の紹介本が気に入っています。カラーでは味わえない、昔の空気を感じるような写真(エッチングも)が好きです。
9月にドイツにも3泊するので、白黒で撮影してみようかと思っています。
Vellbergのような美しい小さな街が他にもいくつもあるのでしょうね。どこに行っても
その街の魅力があり、飽きませんね。私もかなりの歳になって来たので、今回が
最後になる可能性もありますが、今のところ健康なので体力維持に努めます。
猛暑で外出する気にもなれませんが、どうぞご自愛くださいますよう。
Rolleiguy
- jijidarumaさん からの返信 2025/07/07 19:30:35
- Re: 魅力的な街ですね
- Rolleiguyさん、
今晩は。いつもお立ち寄りありがとうございます。
連日の猛暑続きで、御疲れの事でしょう。私は外出も買物ぐらいです。
私は暑い昼間は除湿を利かせた部屋のソファーで、TVの映画を見ながら、居眠りをする毎日です。さすがに夜の暑さは、扇風機の風では熟睡が無理のようです。マーこの時期は無理をしないのが一番でしょう。
さて、Vellberg、たった一度の訪問でしたが、記憶に残った町でした。
古城、木組みの家のある城塞都市が切り立った崖の台地に築城されているのは、ドイツでは珍しいものではありませんが、何故か良い印象が残りました。
ほんとにドイツの田舎町は魅力的ですね。
欧州も暑いようで、行程の策定にご苦労されておられるかと思います。
とはいえ、9月ももう直ぐ、今からいろいろと事前資料を作るのも暑さを忘れる楽しい作業になっていることでしょうね。
久しぶりの旅、きっと充実した旅になるのでしょう。実に羨ましいものです。
お帰り後の旅行記を楽しみに待っております。
良い旅を!
それではまた。
jijidaruma
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