1970/05/02 - 1970/05/04
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jijidarumaさん
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【昭和45年(1970年)5月2日~4日三春の滝桜(たきざくら)を会社の同僚と見物に行った。】
三春滝桜(みはるたきざくら)
福島県田村郡三春町大字滝字桜久保296番地
三春滝桜(みはるたきざくら)の美しさは聞き及んでいたので、入社2年目、昭和45年(1970年)の5月の連休に出かけた。
写真は三春滝桜(みはるたきざくら)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- JR特急
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
東京発7:30 特急で三春に向かった。行程はどのようなものだったか?新幹線があったわけでもないから、結構時間がかかったのだろう。
参考写真:現在の滝桜周辺ルートマップ -
手帳には簡単に出発時間を書いてあるだけであった。
同行者は同じ部の同僚I君、S君である。
5月2日(土)~4日(月・・・振替休日)2泊3日の小旅行であった。
普段なら家族旅行だろうが、この年の2月に長女が生まれ、家内達は留守番でした。
写真は三春の学校の桜と -
三春の駅前にあった旅館だった記憶があるが、名前も覚えていない。飛び込みで2泊3名、宿泊は出来たが愛想のない旅館だった。
当時の写真はセピア色になり、カメラも悪かったようで、ピントが合っていない。
3人のうちの誰がカメラ持参だったかも覚えていないのだが、桜は満開で満足したものの、カメラで撮った写真は満足した景観を見せていない。
写真は同期I君と三春城跡から -
当時は見物客も少なく、今のように大賑わいな様子は驚くばかりだ。
帰途は独身の同期のI君、1年下のS君たちがまだ行きたい所があると言い、留守家族が気になった私は別行動をとって、早めに一人で帰ってきてしまった。
写真は1年下のS君と -
参考写真:三春城縄張り図
三春城跡 名所・史跡
-
「東北の小鎌倉」とも呼ばれる、戦国の世以来500年間続いてきた城下町で、三春(みはる)という美しい名前の町である。
豪族田村氏が築城したと云う三春城の跡があり、「お城山(おしろやま)」と呼ぶ城山公園には土塁や石垣の一部などが残っており、遊具や遊歩道が設けられ、公園として整備されている。
三春町には今も数多くの寺社とともに、あちこちに見事な枝垂れ桜が残る。
写真は三春城跡に登って城山公園 公園・植物園
-
この地はその名が示す通り、三春には三つの春が同時にやって来ると云う。
最初に梅の花が咲き、続いて桜が満開となる。そして桃の花が続くのだ。
参考写真:三春城跡map -
イチオシ
とりわけ推定樹齢1000年超の国の天然記念物の枝垂れ桜、「三春滝桜(みはるたきざくら)」が、日本五大桜または三大巨桜の1つとして世に知られている。三春の滝桜、また単に滝桜とも呼ばれているが、品種はエドヒガン系の栽培品種の紅枝垂れ桜(べにしだれざくら)だ。
写真は三春滝桜(みはるたきざくら)三春滝桜 名所・史跡
-
イチオシ
三春滝桜(みはるたきざくら)は2012年時点で推定樹齢1000年超、樹高12m、根回り11m、幹周り9.5m、枝張り東西22m・南北18mにわたるという。
毎年4月中・下旬に四方に広げた枝から薄紅の花が流れ落ちる滝のように咲き匂うことから、滝桜の名がある。毎年全国から30万人の観光客が訪れる。
天保の頃、加茂季鷹の詠歌「陸奥にみちたるのみか四方八方にひびきわたれる滝桜花」によってその名を知られ、*三春藩主の御用木として保護された。
写真:昭和45年5月2日~4日福島:三春の桜見物 -
*三春藩(みはるはん)は磐城国田村郡(現在の福島県田村郡三春町)に存在した藩の一つで、永正年間(1504~1521年)に田村義顕(たむらよしあき)により築城されたと伝えられる三春城があった。田村氏以降は、伊達氏、蒲生氏、加藤氏、松下氏とつづき、1644年に常陸国宍戸より秋田氏が入封され、幕末まで三春藩主(5万5千石)として支配した。
参考写真:三春滝桜正面・明治時代 -
<三春滝桜の沿革 >
明治時代の三春滝桜 1922年(大正11年)10月12日 - 2本の桜と共に国の天然記念物に指定された。
1990年(平成2年)- 「新日本名木100選」の名木ベスト10に選ばれている。また「日本さくら名所100選」には滝桜を含む約2000本の「*三春町のシダレザクラ」が選ばれている。
*1960年頃に柳沼吉四郎と木目沢伝重郎が三春滝桜とその周囲にある枝垂れ桜の伝承・由来などの調査を行った結果、田村郡内では三春滝桜の半径10km以内に、根廻り1m以上の枝垂れ桜が420本以上分布していることがわかった。
またこれらの枝垂れ桜は滝桜から同心円状に広がり、遠ざかるほど幹が細くなり本数も減少する傾向があり、これらは滝桜の子孫樹であることがわかった。
参考写真:三春滝桜パノラマ・現在はこのようにきれいに整備されている。 -
追記すれば、
この年は大阪万博(吹田市の千里丘陵)が開幕した年(1970年3月14日~9月13日)で、7月25日に大阪在住の友人と見に行った。
唯々混雑の中を歩いた記憶だけが残った。
今年は大阪万博(夢洲ゆめしま)の再来(2025年4月13日~10月13日)だが、あの時に懲りているから、もう行かないだろう。
参考写真:現在は大賑わいの三春滝桜(正面)
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(2025年4月18日Wiki・HP参考、編集追記)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- pedaruさん 2025/04/22 06:10:17
- 三春
- jijidarumaさん おはようございます。
三春といえば桜と三春駒でしょうか、私は若年の頃から東北地方に関心があり
各地の郷土玩具などを集めていました。
そのなかで三春駒といわれる馬の置物、いえ,きっと子供の玩具としてつくられたものだと思いますが、気に入っておりました。馬は生活に身近な生き物で、とくに南部地方を初めとしてたくさんの地方で飼われていたようですね。
関心のある割にはまだ三春地方へは行っておりませんので、東北地方好きとは言うのをはばかれます。
セピア色というよりむしろピンク色に変色した古写真、そこには若者のスリムな姿が見受けられます。わざわざ出かけられたようですが、旅好きはこの頃からの習性?ですかね。私も最初に旅行したのが15歳の時、会津地方への友と二人旅でした。
あのころの感動は今よりずっと、新鮮で、忘れがたく、終生の思い出です。その時の友は一昨年他界しましたが。
jijidarumaさんの三春は花に囲まれ、桃源郷のようですね。良い思い出となっているかと思われます。
pedaru
- jijidarumaさん からの返信 2025/04/22 15:12:56
- Re: 三春
- pedaruさん、
今日は。いつもありがとうございます。
確かに桜と日本三大駒の「三春駒」が知られていますが、
駒の方を書き忘れていたから、少々片手落ちでしたね。
実は留守番の子供の土産に白駒を購入してまして、今も
様々な各地の土産と共に飾り戸棚の中に置かれています。
お蔭でこの事を思い出しました。
白駒は「老後安泰・長寿のお守り」、黒駒は「子宝・安産
・子育てのお守り」として作られるそうですが、本来ならば
長女が生まれたばかり、黒駒を買うべきでしたが、自分の
老後安泰・長寿の白駒を買ってしまったようです(笑)。
因みに八幡駒(青森県八戸市)、木下駒(宮城県仙台市)、
三春駒(福島県三春町)が日本三大駒だそうですが、
当時、三春駒しか知りませんでしたね。
貧乏教師の息子でしたから、家族旅行をした記憶がありません。
高3の夏に高校野球(神宮球場2回戦対成蹊高)に負け、野球部
仲間3人+2人で白馬岳に登り、帰途は会津・猪苗代湖などを
廻った旅が初めてだった記憶があります。
pedaruさんは15歳で友人と会津の旅に出たとの事、私はそれに
出遅れた旅になりますが、翌春の大学受験も忘れて、楽しい旅に
なりましたね。
予定通り?私中堅手と仲間一塁手A君の二人は1浪し、翌年同じ
大学の法、理工に入りました。
吃驚したのはもう一人の仲間右翼手B君は現役で北大工学部に
合格した事でした。
(野球部の同期は5人で現役は1人、1浪が3人、2浪が1人・・
一番優秀だった仲間二塁手が2浪したのは意外でしたが。
ついでに言うと、私以外は全て理工系です。創部120年の歴史
を持つ野球部でこれほど理工系が多い期は他に無いのですよ。
同期ながら、そんな資質を見せていなかったから不思議です。
幸い同期5人は健在です)
それではまた。
jijidaruma
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