2012/05/15 - 2012/05/29
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《Romantische Strasseロマンチック街道、Schwaebische Alb Strasseシュヴェービッシュ・アルプ街道、Burgenstrasse古城街道の旅》
期間:2012年05月15日(火)~05月29日(火)15日間の旅
5月21日(月); 曇りのち晴、26℃、215km (ここまで850km;計画では824km)
Donauwoerthドナウヴェルトに到着・見学10:20~12:10->B2・16 33km Dillingenディリンゲン城に到着・見学 13:00~13:50->L?(Wertingenベルティンゲン)・L?(Langweidランクバイト)・B2 54km Augsburgアウクスブルクに到着・見学 15:20~17:40->B2・25(Donauwoerth) 80km Harburgには19:20着。->L? 3km 古城ホテル ハールブルク城に20:45に帰る。
(⑦Hotel-Restaurant Fuerstliche Burgschenke Harburg)
写真はAugsburgアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
この日の午後の行程は、Donauwoerthドナウヴェルトを12:10に発ち、国道B2・16を走ること33km(50分)でDillingenディリンゲンに至る。
この町は全く初めての町、使いこなしてぼろぼろになっているが、古いAral Auto Buchと言うドイツ国内の観光本を見ていて、訪ねる気になった。
写真はDonauwoerthドナウヴェルト=>Dillingen an der Donau ドナウ川沿いのディリンゲン・Map -
写真はWappen_Dillingen_svgディリンゲンの紋章
「青地の楯に銀の斜めの斜線で、左右に分離したデザイン。楯の左上部に斜めの格好の黄金のユリ、右下の2つの6画形をした黄金の星を置いた紋章である」
尚、黄金のユリは裁判と法律を象徴し、黄金の星はアウクスブルク教区の守護聖人マリアを表しているそうだ。大学や教会の町らしい。 -
ディリンゲン の町は、Dillingen an der Donau ドナウ川沿いのディリンゲンと Dillingen an der Saarザール川沿いのディリンゲンがある。
尚、余談だが、ザール川沿いのディリンゲンはSaarlandザールラント州Landkreis Saarlouisザールルイ郡に属している。
ザール川が流れる ドイツの西南部に位置しているザールラント州は第二次大戦後、フランスの支配下に置かれたザール保護領であったが、1955年に実施された住民投票でフランスではなく、ドイツ(当時の西ドイツ)を選択した。
写真はDillingen an der Donau ドナウ川沿いのディリンゲン1650年の絵
【“ドナウ川 ・ Donau”】
母なるドナウ川はドイツ南部の森林地帯「シュヴァルツヴァルト(黒い森)」に源を発し、概ね東から南東方向に流れてから、東欧諸国を含む10ヶ国を通り、ルーマニアで黒海に注いでいる。ヴォルガ川に次いでヨーロッパで2番目に長い大河=全長は2,888 kmである。河口にはドナウ・デルタが広がる。経済など、あらゆる点で重要な国際河川である。
ドナウ川は其の流域の広さと長さから、川の流れる各国の言葉で呼ばれている。因みにスロヴァキア語では、 Dunaj。ドイツ語で Donau、ハンガリー語は Duna、英語、フランス語ではDanubeと呼ばれている。現在の名Donauドナウ(ドイツ語由来)と各国語でそれに相当する名前は、ラテン語の Danubius に由来する。これはローマ神話のある河神の名である。語尾 au は古ゲルマン語で流れを意味する ouwe に由来し、ドイツ語名称に1763年以降使われている。ドイツ語では以前は Tonach、その後は Donaw の名が使われ、現在に至る。 -
次の町はロマンチック街道を外れて、B2・16を西に33km走ったDillingenディリンゲンである。
<Dillingenディリンゲン観光>
13:00~13:50
Dillingenディリンゲンには北シュヴァーベン地方にあるドナウ川沿いの大学の町である。
歴史的には10世紀の頃、Grafen von Dillingenディリンゲン伯が砦を築いたとある。
1498年、Friedrich II. von Zollern, Bischof von Augsburgアウクスブルク大司教のフリードリヒ2世がレジデンツと①カトリック巡礼教会Basilika St. Peter聖ペーターのバジリカを町の中心に建てた。
また、マリア昇天で有名なStudientkirche学生教会がある。
1551年②ディリンゲン大学(1551年~1803年) が創立されている。
ここではGoldene Saal黄金の間が有名。
写真はBurgschloss Dillingenディリンゲン城の俯瞰 -
人口18千人の町の中心、旧市街には大きな教会以外にも、魅力的な建物も多い。
例えば③Obere Apotheke高級薬局、④Mittleres Tor中央の塔。
⑤Burgschloss Dillingenディリンゲン城⑳は現在、町の管理・税務・裁判所などの役所になっている。
写真はBurgschloss Dillingenディリンゲン城⑳ -
さて、この宗教と大学の町の特記としては、次の事がある。
このディリンゲン城の一角に“魔女狩りの記念碑”がロータリークラブにより1994年に建てられた。
魔女狩りの犠牲になったのは250年前に最後に火刑に処せられたBarbara Zielhauserバーバラ・チールハウザーである。
この町で犠牲になった人数は記載がないが、ドイツ各地にこの種の記念碑が立っているようだ。
朝訪れたWemdingヴェムディングでも1628 ~32年の間に49人の男女が魔女裁判で命を落とした。その記念碑として町城壁傍に十字架が立てられていると云う。
http://www.dillingen-donau.de/
写真はDillingenディリンゲン:①カトリック巡礼教会Basilika St. Peter聖ペーターのバジリカを町の中心に建てた。聖ペーターの本祭壇。 -
イチオシ
写真はDillingenディリンゲン:聖ペーターの本祭壇にはオースターアイ「復活祭の卵」が飾られていた。
-
観光地から離れた大学の町では、日本人を見た事が無いように、異邦人として、ジロジロ見られた。
写真はDillingenディリンゲン:、④Mittleres Tor中央の塔 -
写真はDillingenディリンゲン:中央に見えるのは③Obere Apotheke高級薬局
-
イチオシ
学生教会の本祭壇では聖母マリアの昇天が描かれている。
写真はDillingenディリンゲン:マリア昇天で有名なStudientkirche学生教会。 -
しっかり見たのはバジリカぐらいで、黄金の間は大学の催し日で見学は不可。
レセプションで残念がったら、黄金の間の写真があるパンフレットをくれた。
町の観光の見所を1時間の駐車時間内に終わらせようと、小さな旧市街を駆け足で回った。
写真はDillingenディリンゲン:Goldener_Saal黄金の間 -
この日の行程の最終地はAugsburgアウクスブルクである。
ディリンゲンからはL?(Wertingenベルティンゲン)・L?(Langweidランクバイト)経由、B2 54km Augsburgアウクスブルクに15:20到着した。
写真はAugusburg_Mapアウクスブルクの市内図 -
写真はWappen_Augsburgアウクスブルクの紋章
「赤地と銀地で2分割された盾の中で、黄金の首都(かつて黄色い柱頭のデザインがあったが黄金の首都を意味した)の上に緑の松の実(ローマ人が好んだ松の実は町のシンボル)がデザインされていたが、1985年以来、黄金の色が松の実と同じ緑に変わった」
黄金色の方が、この町らしくて良いのにと思ったが、
この町の色は現在は赤、緑、白の3色となっているという。 -
さすがに大都市で、駐車場を探すのに苦労した。
もたもた走っていると、駐車違反を摘発中の小母さんに出会った。
彼女は市内に詳しいから、駐車場を早速教えてもらえた。
No.13のBleigaesschenブライゲッシェンの駐車場に車を入れ、中心街のマクシミリアン通りに出た。
写真はアウクスブルク:1493年の絵 -
<Augsburgアウクスブルク観光>
15:20~17:40
アウクスブルク は2000年以上前にローマ皇帝アウグストゥスにより建設された都市であり、モーゼル川上流のTrierトリアー 、ドナウ川の支流Illerイラー川沿いに出来たアルゴイのKemptenケンプテンと共に、ドイツでも最も古い3つの町に数えられる。
現在のアウクスブルク・オーバーハウゼン地区にローマの軍団基地が設けられた紀元前15年がアウクスブルクの始まりとされている。
ドナウ川の支流Lechレヒ川(長さ264km)と、レヒ川の支流Wertachヴェルタッハ川(141km) に面したアウクスブルクは4世紀から5世紀頃にはすでにカトリック教区の司教座が設けられていた。
15、6世紀にFuggerフッガー家とヴェルザー家が営んだ交易、銀行業務が富を生み、町は大きく発展した。
フッガー家の富はイタリアのメジチ家の財力の5倍だったと云われたほどだった。
この事から「フッガーシュタット」(フッガー都市)とも称された。
写真はAugsburgアウクスブルク:Fuggerscher Stadtpalastフッガーシュタット パレス(フッガー邸) -
三十年戦争(1618年~48年)では旧教派のアウクスブルクは1632年4月20日に新教派のスウェーデン軍に占領された。
その頃の遺産にスウェーデン塔やスウェーデン階段がある。
1805年12月バイエルン軍に占領されたアウクスブルクは、帝国自由都市の地位を失い、バイエルン領となっている。
アウクスブルクはミュンヘン、ニュルンベルクに次ぐバイエルン州第3の都市であるから、ロマンチック街道上、最大の都市と言える。といっても人口は26万人だ。
写真はアウクスブルク:1632年、市城壁前に臨む(攻城戦)スウェーデン王Gustav II. Adolf グスタフ2世アドルフの絵 -
<観光の見所>
①Maximilianstrasseマクシミリアン通り:町を南北に貫く中心街。ルネサンス・バロック様式の館が中世の趣を残している。
②ヘラクレスの噴水、マーキュリーの噴水。
③Fuggerhausフッガー家の邸宅:1512~15年に建設。戦争で罹災したが、再建された。
④Schaezler Palaisシェッツラー宮殿21(州立絵画館・ドイツバロック博物館):1770年、当地の銀行家Liebertリーベルト男爵アダムが建てた。後期ロココ様式。大きなFestsaal祝典の広間が素晴しいと云う。
写真はAugsburgアウクスブルク:ヘラクレスの噴水 -
イチオシ
写真はAugsburgアウクスブルク:一寸奇抜な建物はかつての商業ギルドハウス
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写真はAugsburgアウクスブルク:メルクリウスの泉
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今日はマクシミリアン通りを歩くこと、市庁舎の黄金の間(改装なったと聞く)を見る事、Fuggereiフッゲライを訪ねる事に絞った。
⑤Rathaus市庁舎:
市庁舎広場に立つ、アウクスブルクで最も重要な建築(1615~20年)。
ドイツルネサンスの傑作と云われている。
3階の黄金の広間は今日のハイライトだ。昔の市庁舎、職人の仕事の歴史などを天井や周囲の壁に描いて、それは見事なものだ。
15:50~16:15 入場券Euro4。
⑥アウグストゥスの噴水(1594年)。
⑦Perlachturmペルラッハ塔:市庁舎の左手に隣接した塔は1182年完工。高さ70m。
写真はアウクスブルクの市庁舎:アウクスブルクを象徴する建物である。アウクスブルク市庁舎の「黄金の間」は見所! by jijidarumaさんアグスブルク市庁舎 建造物
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写真はアウクスブルク:Augustusbrunnen-Rathausplatz市庁舎前のアウグストゥスの泉・・・町の創始者アウグストゥスの像
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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イチオシ
写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はアウクスブルクの市庁舎:Goldener_saal黄金の間
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写真はAugsburgアウクスブルク:DBP_1985年発行_郵便記念切手は紀元前15年から数えて2000年になる。
「2000 Jahre Augsburg2000年の歴史をもつアウクスブルク」 -
市役所から歩くと、10分かかる。Jakoberstrasseヤコブ通りから、フッガー家長老会の館の門をくぐり、中に入ると、チケット売り場がある。
⑧Fuggereiフッゲライ(日本語のパンフレットにはフッガーライとあった。):
16:25~17:20 入場券Euro8。
売り場にはさすがに日本人観光客も多いようで、日本語のパンフレットがある。
唯今日は市内でも、ここでも日本人を見ていない。
写真はアウクスブルクのフッガーライ (Fuggereiフッゲライ):チケット売り場・管理事務所前でフッガーハウス 建造物
-
フッゲライの中央をヘレン横丁がまっすぐ伸びている。
なにかこの中に入ると、急に辺りと隔絶したように静かな佇まいになる。
まだ実際に使用されて、住民もいるはずだが、静かなもので、観光客の歩く姿しか見る事が無い。
フッガー長屋とでもいうべきか、世界で最も古い2階建ての福祉施設が並ぶ地域。1519年、財閥フッガー兄弟により貧しいアウクスブルク市民の救済の為につくられたもので、当初250の家があった。
家賃は昔のままで、Euro0.88という信じがたい家賃だそうである。
但し、寄進者とフッガー一族の為に、一日3通りの祈りを捧げる事も家賃の一部とみなされていると云う。
現在は67軒に区分された長屋には140のアパートがあり、150人が入居しているとパンフレットにある。
写真はアウクスブルクのフッガーライ (Fuggerei):世界で最も古い2階建ての福祉施設・・・ヘレン横丁が伸びる。 -
かつて、この敷地を囲むように城壁があり、8つの通り、7つの門、教会、学校、病院まである小さな町を形成していたと云う。
その教会横から、ヤコブ・フッガーの胸像(2007年完)が立つ中庭に出た。
写真はアウクスブルクのフッガーライ (Fuggerei):ヤコブ・フッガーの胸像 -
その近くにかつての防空壕を利用して、新しい施設が2008年にできた。
防空壕を下りて行くと下は広い資料室になっていて、“第二次大戦のフッゲライ破壊と再建”と題した展示が常設されている。
展示された写真や映画・音声で、第二次大戦中に英国空軍の爆撃でフッゲライが壊滅したこと、死者も出た事も知った。
大戦後のフッゲライや、アウクスブルクの再建の道などが分かるようになっている。
写真はアウクスブルクのフッガーライ (Fuggerei):防空壕内に“第二次大戦のフッゲライ破壊と再建”と題した展示があった。 -
<お茶:FuggereiフッゲライのCafé Laedleカフェ・レードルで>
Ochsengasse雄牛横丁46番
16:50~17:10
チーズケーキとココア。Euro12.64(1,354円)
写真はフッガーライ (Fuggerei):チーズケーキ -
フッゲライの雄牛横丁の一角にあったカフェは、以前は無かったが、昼食なしでここまで来たから、さすがに空腹で、チーズケーキが美味しかった。
写真はフッガーライ (Fuggerei):日本語のパンフレットとココア -
中庭から出ると、Ochsengasse雄牛横丁がある。
この通りの52番地の2階にドロテア・ブラウンという病棟で働く看護婦が住んでいました。彼女はアウクスブルク最初の魔女狩りの犠牲者になったそうです。
11歳の娘に魔女として訴えられたそうで、痛ましい事です。
1625年9月25日に有罪となり、即日処刑されて、遺体は焼かれたと云う。
雄牛横丁から噴水を挟んだ反対側はMittlere Gasseミッテレレ横丁と言う。
写真はフッガーライ (Fuggerei):Mittlere Gasseミッテレレ横丁 -
ミッテレレ横丁の13・14番地にフッゲライ博物館がある。
昔のままの住居を残していて、暖炉のある居間・台所・寝室などを見学する事が出来た。それは予想以上に広く、立派であった。
写真はフッガーライ (Fuggerei):フッゲライ博物館 -
博物館の入口は14番だが、ここに神童モーツアルトの曽祖父一家が1681年から1694年に死去するまで住んでいたそうだ。
写真はフッガーライ (Fuggerei):フッゲライ博物館 -
写真はフッガーライ (Fuggerei):フッゲライ博物館
・・・・・
この他にも見所は多く、参考に下記した。
アウクスブルクの町は、2時間程度ではやはり無理だ。
Dom大聖堂:
904年に建設が始まり、11世紀後半に完成された。2本の西塔。青銅の扉。世界最古・12世紀のステンドグラスはダビデ王、預言者ダニエル等を描いたもの。
Residenz宮殿:
領主司教の宮殿。
St.Anna聖アンナ教会:
かつての修道院。1509年フッガー家の墓所礼拝堂もある。
1518年、宗教改革者ルターがここを訪れ、滞在した部屋はLutherstiege宗教改革記念室になっている。クラナハ作のルター肖像画。
Dominikanerkirche(現ローマ博物館):
教会内部は“アウクスブルクのバロック奇蹟”と云われている。
St.Ulrich&Afra聖ウルリヒとアフラ教会:
1555年のアウクスブルクの宗教和議(ルター派の信仰を認めたもの)を記念して建てられた。新(小さい方)旧(大きく、尖塔付き)の教会が一緒にある珍しいもの。教会の南東側に16世紀の城門RotesTor赤の門が見える。
http://www.augsburg.de/ -
アウクスブルクの駐車場を17時40分に出発し、B2・25(Donauwoerthドナウヴェルト)を経由して、80km先のHarburgハールブルクには19:20に戻った。
一日、目いっぱい動いたようだ。
走った距離も今までで一番長い200kmを越えた。
<Harburgハールブルク>
ネルトリンゲンからB25で南下すると12kmの距離にある。
シュヴァーベンとフランケンのユラ山地の間を流れるWoernitzヴェルニッツ川沿いに小さな町Harburg (Schwaben) がある。人口5400人。
http://www.stadt-harburg-schwaben.de/
写真は中央左下にハールブルク城、ヴェルニッツ川沿いできたハールブルクの町の図 -
イチオシ
農協の駐車場に車を置いて、まだ明るいのでヴェルニッツ川に架かるAlte Brueckeアルテブリュッケ(古い石橋)や、木組みの家など街歩きをしてみた。
石橋から見上げるハールブルク城は実に雄大で、絵になる。
写真はハールブルクの町から見上げるハールブルク城ハールブルク城 城・宮殿
-
まだハールブルク城内の見学をしていないから、明日の午前中にガイド案内を受ける予定だ。
写真はヴェルニッツ川、ハールブルクの町から見上げるハールブルク城となかなかの景観になっている。 -
Harburgハールブルクは「沼地の上のBurg城を意味している」そうだが、今のヴェルニッツ川辺りの景観は美しいものだ。
中州もあり、かつては周辺には沼地も点在していたのだろう。
写真はハールブルクの町:Woernitzヴェルニッツ川 -
石橋を歩いていると、地元の方に話しかけられた。
「あすこの家が我が家だ」と、川岸の良い所にあるご自宅を指して言った。
この町の生活を楽しんでいるようだった。
写真はハールブルクの町:Woernitzヴェルニッツ川 -
イチオシ
凡そ500年の歴史を持つという町一番と思われるホテル・レストラン「ガストホフ・金色の子羊で」の様子が写真中央に見える。
右下に川岸に向かってホテルのテラスがあり、船遊びができるらしい。
左上にハールブルク城、左に古い石橋が対岸まで伸びている。
写真はハールブルクの町:Gasthof Zum Goldenen Lammガストホフ・金色の子羊 -
<夕食:Harburg・Gasthof "Zum Goldenen Lamm"
「ガストホフ・金色の子羊で」
Marktplatz 15 19:40~21:30 Euro24(2,569円)
今夜は古城ホテルのレストランが休みの為、凡そ500年の歴史を持つという町一番と思われる「ガストホフ・金色の子羊で」で食べる事にしていた。
飲み物;錨印ビールLager Hellラガーヘル 0.5L、0.25L(Euro3.9)
写真はハールブルクの町:ヴェルニッツ川傍のホテル・レストラン「ガストホフ・金色の子羊」で:ビール0.5L、0.25L -
メイン;
いずれもこの時期の定番を注文した。
お値段は2~3割安いし、間違いのない美味しさだった。
家内はシュパーゲル料理、オランダ風ソース、ミックスサラダ添え(Euro10.9)を頼み、
私はWien風シュニツェルにミックスサラダ添え(Euro8.9)を注文した。
写真はハールブルクの町:ホテル・レストラン「ガストホフ・金色の子羊」で:ミックスサラダ -
写真はハールブルクの町:ホテル・レストラン「ガストホフ・金色の子羊」で:シュパーゲル料理、オランダ風ソース、ミックスサラダ添え
-
写真はハールブルクの町:ホテル・レストラン「ガストホフ・金色の子羊」で:ヴィーナー風シュニツェルにミックスサラダ添え
・・・・・
この町から頭上の古城ホテル ハールブルク城まで迂回して3km上る。
21:45に帰る。
これで旅も1週間が経った。
土産・書類を整理し、0時に就寝。
明日はハールブルク城内の見学予定だ。
最初のガイドは10時スタートなので、久しぶりにゆっくりした起床ができる。
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ヘッセン州
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ドイツ2012年・麗しの5月:ドイツ7名窯(めいよう)の一つヘキスト陶磁器工房に興味があったが・・・。
2012/05/15~
ヘッセン州
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この旅行記へのコメント (4)
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- メンフィスさん 2021/06/04 21:47:36
- お久しぶりです
- 忙しかった訳でもありませんのに、ちっともjiji~さんの旅行記を読ませていただくことができませんでした。
久しぶりに、「アウグスブルグ」に魅かれて、読みました。
アウグスブルグは私も1泊しました。
円筒形のホテルだったような気がします。
けれど、観光的なことの記憶は全くありません。
jiji~さんのお話・写真を拝見し、アウグスブルグはいいところだったんだなあと思っている次第です。
旅行記とは全く関係のないことで失礼ですが、コロナワクチンのことを・・・
jiji~さんは接種を終えられましたか?
私は先日1日に1回目を終えました。
私の住んでおります所は、自治会単位で接種日が指定され、接種場所である市唯一の総合病院へは自治会単位で観光バスで運んでもらいました。45人乗りのバスに18人でした。ガイドさんもいらっしゃって、わずか10分足らずの「旅」でしたが、お世話くださいました。私の自治会では、2台のバスが出ました。
地域のバス会社にもわずかですがお金が落ちることになり、いい方法だなあと思いました。
電話やネットで申し込み・・の大変さをニュースや友だちに聞きます。
私はその点、楽させてもらえました。
2回目は副反応が云々と言われます。さて、私は・・・? 22日が2回目です。
また観光バスに乗せてもらいます。
ゆったりと息をしてどこかへ出かける、旅にでかける。
あと1年経ったら、ちょっとはいいでしょうか?
jiji~さんの湯気の立つドイツ話をお聞きできる日がすこ~しずつ近づいているでしょうか?
また、読ませていただきます。
- jijidarumaさん からの返信 2021/06/05 01:41:27
- Re: お久しぶりです
- メンフィスさん、
今晩は。確かに久しぶりですね。
武漢ウイルス禍の狂騒の中、ともかくもお元気で何よりです。
私は相変わらず元気にしています。
先日も1978年8月夏の休暇・生涯一度のイギリス旅行:ドーバー海峡を渡り、ロンドン市内観光からネス湖、エディンバラ城のミリタリー・タトゥー見物まで(纏め:A4で214頁)を完成し、我がファイル用に印刷しました。
これは最初に4Traの口コミで掲載してきたものを旅行記に追加編集し纏めたもので、まだ4Traには掲載しておりません。
アウクスブルクも訪れていたのでしたか?懐かしかったことでしょう。
ワクチン接種もご順調の由、それは上々です。
御下問の件ですが、武漢ウイルス禍で大学のクラス会が2年続きで中止になり、先日近況報告をしたばかりですが、それから以下に転載しました。
・・・・・
<私の近況>
ワクチン接種:
当市の高齢者人口は3万2,830人、
予約数(6月末分まで)は1万1,715人、
1回目接種済み(6月3日現在):7,347人、
2回目接種済み:・・・・・・
当市は4月26日、8時半きっかりワクチン接種申し込みが開始されました。
方法は電話とWebの申し込みで、高齢者数が多いから、私もまず無理だと思いながら、パソコン2画面と電話で午前8時半の開始時間に申し込みしました。
予想通り、いずれも申し込みが殺到してつながらず、パンク状態の為、直ぐ断念しました。
午後になって、その状況に変化有りや?と、試しにWebでトライしてみると、なんとこれがつながり、予定の場所ではなかったのですが、 自宅から10㎞の距離の「地区健康館」で5月21日(金)14時、夫婦二人分が同一場所、同一日時で、第一回の予約が完了しました。
第二回目は一回目の接種が終わった段階で、優先的に6月11日(金)同じ場所、14時半で予約できました。ともあれ、来週末の接種待ちです。
ドイツの旅から道の駅巡りに:
2020年、2021年とドイツの旅(ドイツ駐在中を懐かしむ感傷旅行)も18回目に行けずに、がっかりしているのです。
今年は早々に諦め、自粛・自粛の声に巣ごもりしていますが、時々、千葉県内の「道の駅巡り」で車を走らせて、その土地・土地の名物などを購入して、発散しています。
同人誌からの卒業:
定年後の時間を暇に任せて、パソコンを利用し、大学法学部時代の友人(“大菩薩峠”の長編小説で知られた中里介山の姪を母に持つ男)が歴史好きの「同人誌(年1回発刊)」を主宰していて、それに誘われたこともあって、隠居した昨年までの6年間、メンバーでした。同人誌は創始以来、もう34年目になります。
教育者の大叔父(父の叔父は旧制府立5中(現小石川高校)の校長をしていた。クラスの友人の奥様はOG、運動部同期に建築科出身のOBが一人いた)の事を2年間(No.28、29号)、さらに39歳で亡くなった実母が若い時に御所(皇后宮)に7年間奉職していた事を、母が残した日記や手紙を読み解き(とても全て読み解くのはできませんけど)、4年間(No.30~33号)書いてきました。
これはちょっと面白い体験でした。
少々腰痛ながら、相変わらず元気で、ドイツの旅を中心に旅行好きの集まるSNSに投稿して楽しんでいます。
以上
・・・・・
少々長くなりました。
ご興味のない事もありましたら、読み流し下さい。
それではまた。
次のお立ち寄りをお待ちしております(笑)。
jijidaruma
- メンフィスさん からの返信 2021/06/05 20:48:07
- お元気そうで何よりです
- jiji~さん
本当にjiji~さんのお声を聞いたような気になりました。
お元気そうで何よりです。
同人誌に文章を寄せておいでだったとのこと。
納得です。
お話がリズミカルで読みよいですし、基本、難解なことばはありませんし、
気合を入れなくても読み進むことができましたから。
私もお母さまの日記をもとにしたお話を拝見したいなと思ったことでした。
私の母は95才まで生きることができましたが、3人の叔母ははそれぞれ、40才・42才・55才で亡くなりました。一番小さかった従妹は3年生・9才でした。その従妹ももう50代半ばです。
また、道の駅を訪れる「旅」をなさっているとのこと。
私は鈴鹿山脈が近くですので、その1000mほどの山へ登ることを楽しんでおります。ほとんど友人といっしょですが、今年は初めて2度、ひとりで登りました。
孫太尾根という、道迷いしようのない一本道の登山道です。名前の通り、尾根ですので、頂上へは行きません。2~3月にはセツブンソウやフクジュソウ、その後、セリバオウレン・ミスミソウやニリンソウ、ヒトリシズカ、カタクリと、次々とかわいい花を咲かせてくれる山道です。
鈴鹿の代表的な山には御在所岳があり、ロープウエーを利用することもできます。4月にはアカヤシオ、5月にはシロヤシオ・シャクナゲが見事です。今は、サラサドウダン・ベニドウダンが盛りです。
低い山なら1時間半、1000m越えても2時間半で登れますので、私のようにゆっくりしか登れない者にとっても、ありがたい「大きさ」の山です。
近い山なら自宅から15分、遠くても40分で登山口へ行くことができますので、気分的にも楽です。
(ただ、コロナウイルスのこともあって、友人と車で乗り合わせることはやめています。現地集合です。リーダー的な友人がそう提案してくれて、昨年3月からそうしています。)
そんなことで日々に彩りがあり、ありがたいことやなあと思っています。
今回はjiji~さんの旅行記を読ませていただいてのことではないので、すみません。「近況報告その2」という感じです。
- jijidarumaさん からの返信 2021/06/06 01:23:05
- RE: お元気そうで何よりです
- メンフィスさん、
今晩は。再びのコメントありがとうございます。
お母上はご長寿でしたね。私もその歳まで生きてみたいものです。
母の妹たち、叔母二人は93歳で亡くなりました。母方、父方とも同人誌に書くにあたって、過去帳や墓碑などを調べましたが、どちらも80代、90代と長寿でしたね。
母は戦中・戦後の生活で多分、無理をしたのか、急性肺炎であっという間に亡くなったようです(母の遺品から死亡診断書の写しが出てきて、初めて正確な死因を知りました)。後添えになった母の妹に兄、姉と私は育てられましたので、実母は写真だけに見るものでした。
同人誌を書いて、写真集も添えて、兄弟姉妹、親族、知人、友人に贈呈して喜んでもらえました。すこし母孝行をした思いです。
先日、義兄から電話で、是非一冊に纏めて本にしたらどうか!と言われましたが、今はその気力が湧きません。
日々の彩りとなる山行の御趣味をお持ちの由、良きお仲間にも恵まれて、結構なことですね。
私は歳を取るとともに、高所恐怖症になって、山と云うと何やら怖気が(苦笑)。
故郷青梅にも御岳山があり、ケーブルカーがあるので、小学生の頃から何度か行きましたが、前述の“大菩薩峠”には登った事がありません。
想像するだけでも、鈴鹿の御在所岳のロープウエーも遠慮することでしょう。
そんな私も以前後輩に誘われて登った山で往生しました。
jijidaruma大室山上でビビりまくり
https://4travel.jp/travelogue/11606279
それではまた。ありがとうございました。
(実は書き終えたコメントだったはずが、4Traの何かが投稿を阻害して、消えてしまいました。以上は再び思い出しつつ書いたものです)
jijidaruma
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