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アリヤンさんへのコメント一覧(2ページ)全268件

アリヤンさんの掲示板にコメントを書く

  • KL-LCCTの寝床

    こんばんは、arfaです。
    KL−LCCTの1階は乗り継ぎの旅行客で席が一杯なんですが2階に上がるとソファのあるスペースがありここで眠れます(バッグを繋ぐワイヤーがあった方が安全です)。
    1階と違って静かなので結構眠れますよ。KL−LCCTは2回乗り継ぎの長いことがあったので2回ともここで休みました。ただ最後利用したのが4年前ですから変わってるかも知れませんが。
    2018年06月16日00時20分返信する 関連旅行記

    RE: KL-LCCTの寝床

    > こんばんは、arfaです。
    > KL−LCCTの1階は乗り継ぎの旅行客で席が一杯なんですが2階に上がるとソファのあるスペースがありここで眠れます(バッグを繋ぐワイヤーがあった方が安全です)。
    > 1階と違って静かなので結構眠れますよ。KL−LCCTは2回乗り継ぎの長いことがあったので2回ともここで休みました。ただ最後利用したのが4年前ですから変わってるかも知れませんが。

    もうこのLCCTは無くなって新LCCTはKLIAの方に行ってる、と思います。
    LCCは変遷も早い!
    2018年06月16日05時01分 返信する

    Re: KL-LCCTの寝床

    そうですか。もう新LCCTができているんですね。
    あの懐かしいプレハブみたいな通路も変わったんでしょうか。初めて行った時は結構面白いなと思いました。
    2018年06月16日12時49分 返信する
  • シーラーズ

    アリヤンさん、こんばんはarfaです。
    シーラーズはエスファハーンやテヘランに比べて物価も安く過ごしやすかったように思います。GWをフルに使った9日間のイラン旅行の間を通して体調を崩してずっと熱と鼻水に悩まされた旅になりました。
    ホテルはアリヤンさんの泊まられたアンバリーホテルよりキャリーム・ハーネ・ザンド通りを挟んで少し北東のルーダーキー通りのSadra hotelに泊まってエラム庭園へバス、ペルセポリスへのタクシーチャーター以外は歩いて観光しました。
    日本に帰ってスマホの歩行を見ると最高50,000歩ほど歩いていました、毎日20,000歩以上歩いていたので旅行に行ってる方が健康的な生活です。
    その後のエスファハーンでもアルメニア人地区へ行ったバス以外は歩き、テヘランでは地下鉄があったので電車に乗り駅から歩いて行くというパターンでしたがよく歩きました。

    まぁ歩いて行くほうがいろんなものを見ることができ楽しいですね。
    2018年06月10日23時21分返信する 関連旅行記

    Re: シーラーズ

    まったくそうですネエ。旅行先の方が日本にいるよりよく歩いて、またそれが楽しいのですから、タビはやめられないですネエ。現地の人々に接する機会も増えるし、歩きのペースでないものでないと見えないものもたくさんあるから、歩きは大切ですネエ。
    2018年06月11日08時26分 返信する
  • ペルシャは、日本人が行って作った町と理解

    ペルシャは、日本人が行って作った町と理解しています。楔形文字は、日本のカタカナが原型で、葦の茎を斜めに切り粘土板に押し付けて作られた文字ですね。他に、展示物に大日如来? 縄文土器風のものなど、まさに日本そのものですね。ゾロアスターに関係した写真は無いのかな?
    ペルシャは戦乱が続き、ほとんど破壊されていると聞きましたが、博物館には、残っているのですね。日本人に関係した物が…。もう少し、旅費が安ければ10年前に行っていたのですが、日本の過去の文化を見に…?!
    2018年05月21日11時00分返信する 関連旅行記

    Re: ペルシャは、日本人が行って作った町と理解

    >ペルシャは、日本人が行って作った町と理解しています。楔形文>字は、日本のカタカナが原型で、葦の茎を斜めに切り粘土板に押>し付けて作られた文字ですね。他に、展示物に大日如来? 縄文>土器風のものなど、まさに日本そのものですね。

    当方にとっては全く???な説で驚いています。
    ペルシャ人は昔も今も白人系コーカソイドでインド・トルコ人もその部類に当たるはずです。
    ましてや日本人が行って作ったのがペルシャ??
    シルクロードを伝って東の日本に色んな物事が取り入れられた、というのが定説ですネ。
    ゾロアスター教は火を崇める宗教で火は太陽神に通じているので、世界中どこでもプリミティブな宗教は太陽や火を崇めることから始まった、と社会科学的に言われていたと思います。
    ましてやクサビ形文字の原型がカタカナだって???
    カタカナってひらがなから派生した文字で、たかだか平安時代に出来たのではないカナア?

    最近ネットの広告でkoiさんのおっしゃるような説を売りにしているのを見た記憶がありますが、都市伝説的なものではないですか?
    現代のイランに行かれてイラン人と付き合ってみれば、かれらの精神の中になが~い文化・歴史に裏打ちされた素晴らしい人間性に気が付くと思いますが。。。。
    2018年05月21日15時34分 返信する
  • 3枚目の写真

    百姓理髪店ですね(^_^)
    なんて面白い名前でしょうか? 多分、漢語ではそんな意味は無いのでしょうが日本語にすると面白くなりますね。

    ウィグルではもの凄く嫌われたりしましたが(漢人と間違われる)日本人と分かるともの凄く好かれました。不思議に思って聞いて見ると「日本人は第二次大戦でたくさんの漢人を殺してくれたからフレンドだ!」とこそっと言われました。また漢人には100万人殺されたと言われていました。

    アパク・ホージャ墓ではお婆さんが熱心に拝まれていて、言葉はわかりませんでしたが祖母が仏壇に熱心に家族のそれぞれの安泰を祈っていたのと重なって宗教は違えど人の心は変わらないものだと心に響きました。(多分、官憲に連れ去られて行方のわからない息子の安全を願ってのお祈りと感じましたが)

    ウィグルは北方騎馬民族として突厥や西遼、モンゴル帝国の一部としてずっと独立しており、清の攻撃によるジュンガル滅亡まで嘉峪関が中国の最西端でした。安禄山の乱では反乱軍に西安・洛陽を占領された唐は王妃の出身国である突厥軍に援軍を要請し、その軍事力により鎮圧しています。この時に王妃の説得がなければ唐は突厥に占領されたと言われています。

    強国清の時代にウィグルもチベット、モンゴルも清の勢力下に入りましたが清の一部になったことはなく従っただけであり現在の中国による占領にはウィグル人やチベット人の反発は当然と思います。
    中国は琉球やアイヌを同族化した日本のやり方を模倣して同化策を進めていますが、日本人は少なくとも平等な扱いで同化しており、力で押さえつけたわけではなく生活レベルの向上やインフラも平等に整備して納得の上で同化しています。中国のやり方では永久に怨念が残り同化は難しいと思いますがいかがでしょう。
    2018年04月21日10時41分返信する 関連旅行記

    Re: 3枚目の写真

    その通りですネ。
    共産主義は「憎悪を増幅する宗教」と言われていますから。
    ところでワレワレは一度も漢人に見られたことは無くどこに行ってもウェルカムでした。
    ま、会えば必ず「サラーマレイコム!」とまず挨拶していたからかな?
    2018年04月21日16時34分 返信する

    Re: 3枚目の写真

    はい、私も途中から覚えて「アッサラーム・アクイエム」と右手を左胸に当てて挨拶をするようにしています。
    間違えられたのは市場です。ひとり旅でカメラだけ持って写真を撮っていたから漢人と間違えられたのかもです。漢人からは当然外国人だと判断されていたので市場とかに漢人があまり行かないので間違われた可能性はありますね。
    2018年04月21日18時11分 返信する

    Re: 3枚目の写真

    20数年間、中東専門要員だったワタクシの記憶では左手を胸にあて、右手を挙げて「サラーマ・レイコム」とあいさつするのですが、、、右手は耳の一で耳を澄ますようなしぐさであった、ようなんですが、、、
    2018年04月21日22時44分 返信する
  • 華通悦达商務酒店(成都)

    こんばんは、arfaです。
    安宿探しと列車の切符の獲得大変でしたね。成都行きだったんでつい昔泊まった安宿探しを思い出しました。今はだいぶ上がってしまってるんでしょうが、2007年当時の宿探しで見た時の旅行記が残ってました。華通悦达商務酒店さんが98元のプライスを掲げていましたが5月のGWは流石に108元からでした。このホテルはビルは古かったですが買い取ってからリニューアルしたため日本のアパホテルや東横イン並みの清潔さとアメニティで当時気に入っていました。
    https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10147325/
    2018年04月18日02時32分返信する 関連旅行記
  • メコン河イルカ

    こんばんは、arfaです。
    クラチエでイルカを見に行かれなかったんですね。
    カンピ村の船着場から直ぐにイルカウォッチングの場所でした。1時間で10ドルだったかな、すぐ近くには来てくれませんがイルカはほぼ時間内一杯に何度も出てきてくれました。
    天草=島原のイルカのように船のすぐ横を集団で泳いでくれたりはしませんが(ポルポト時代に射撃訓練の的にされた漁師から網にかかったら網を破る厄介者として人間には酷い目にあわされて来たので信用していないのですね。
    船頭の説明ではカンピ村には20数頭いて数頭ずつのグループ(家族?)で動いているようでした。私の時は2頭と4頭のグループでした。

    https://4travel.jp/travelogue/10884144
    2018年03月31日20時55分返信する 関連旅行記

    Re: メコン河イルカ

    Arfaさん、メコンイルカはラオスのコン島滞在中に宿の手配で見に行ったことはありました。遠くにチラっとしか見えませんでしたが、一応見たことになっています。その時一時的にカンボジアの領土を通ったようです(ヤミ入国)。
    すぐ近くで泳ぐイルカを見たかったのですが、それはまだお預けとなっています。
    ま、夢の「ユーラシア横断サイクリング」が実現する時には、ひょっとしてみられるかも?
    東南アジアから始めるコースも考えておりますので。。。
    2018年04月01日11時16分 返信する
  • ポルポト政権

    私は2度目にトゥールスレンに行った際には友人達を入れて自分は入らず入口のところの職員の休憩所で待ってました。霊感が強い訳ではないのですがここだけは恐ろしく霊気が感じられて入る気がしませんでした。

    ポルポトは最期の頃には「毛沢東に騙された」と言っていたそうです。
    毛沢東はカンボジア人の若い娘を500人中国に送らせて中国人の子を産ませ、自分に忠実な洗脳されたカンボジア人を製造して、一方で国家を運営する力のある政治家、官僚、学者、文化人などを根絶やしにして運営不能にしておいてカンボジア人と中国人の混血児の配下を送り込みカンボジアを中国の実質一部にする計画だったと言われています
    ポルポトはまさか国境を接していないのでチベットや西双版納のように中国に飲み込まれるとは思っていなかったようですが甘かったようです。
    事実このやり方はチベットで洗脳したチベット人をスパイとして送り込んでいる事を見れば同じことをやっているんですね。
    毛沢東からの指示の栄養量は3年目に栄養失調で死ぬように指示されていて残虐さを感じます。
    目的は1年に3度も収穫できる豊かなカンボジアの農地だったそうです。
    2018年03月19日22時36分返信する 関連旅行記

    Re: ポルポト政権

    なるほど~ 70年代、毛沢東主義に感化されて簡体字の看板を立ててゲバ棒に五寸釘をつけて暴れていた学生運動していた連中のほとんどはミーハーのなんちゃって左翼運動家だったけど、その経験者たちの今の心境を聞いてみたい!そしてこのポルポトによる惨禍の感想も聞いてみたい! ですナア。
    2018年03月20日09時59分 返信する
  • 感化(・∀・)

    アリヤンさん、キチャナイ、クサイと書かれてますが以前の旅行記には書かれて無かったですもんね。
    まぁ不思議だったのはあれだけキチャナイ、クサイと言われてますが、別の国に行ったらいいのにずっとインドにおられたことが不思議です。因みに私はインドへは7回の渡航ですが特に汚いともきれいとも思いません、タイやミャンマー、カンボジア・ラオスなどとも同じくらいですね。というより2000年以前のカンボジアなどは手足がなかったり、片目などの人が街中で乞食をしていたりしてもっと状況は酷かったです。
    奥様もどうしても嫌なら他の国に移られたでしょうから本当は楽しまれていたのかな、とも思います。
    私はインド大好きですので、ちょっと不思議だったので書き込ませていただきました。
    2018年03月10日23時13分返信する 関連旅行記

    Re: 感化(・∀・)

    パートナーは当方のクウェート駐在時代のメイドの出身地=ボンベイ(ムンバイ)の絹地のイメージが強かったのでものすごくファンタジー・イメージを持っていて、是非ともボンベイのシルク・マーケットに行ってみたい!っという夢を持っていました。現実のインドを全く知らない日本人女性のファンタジー世界vs現実のインド世界のギャップです。人間、若ければ若いほど、男女の感性の差があって、現実のインドのキチャナさにショックを受ける派とインドの神秘性にやられる派と両極端に分かれると思います。
    ワタクシは45年前の若いころのインド、といろんな国(東南アジア・中東・パキスタンなど)をつぶさに見てきて日本人のスタンダードを理解できたワタクシがいて、ショック派のパートナーを身近に見ていて「インド人には自分の国の現状をしっかり認識してもらわねば、この先ファンタジーなインディアは無くなることに気づいてもらいたい!」との思いでキチャナイ、キチャナイを連発していたのです。
    小生自身は「インドはこんなもので、それ以上の魅力はまだある!」と考えています。それが証拠にもし実現すればの話ですが、ユーラシア横断サイクリングでインド横断できることを予定ルートに入れてそのキチャナサが上かインド文明が上かを最終的に見極めたいと思っています。
    「インド大好き」という人の「アンタ本当に大好き?」と本当のところとそのココロを聞いてみたいです。
    インドを自転車で走った友人(若者)は「インドはウ○コの匂いとゴミだらけでクラクションがうるさく人々の目がウザイ!」と切り捨てていました。でもインド文明には感銘を受けていた。
    当方もインドの文明には一目も二目も置きますが、ウ○コの匂いには同意。インド大好き人間に聞いてみたのです。
    同じ夏「ここにヨーロッパ文明と歴史の深~いサンチャゴ・デ・コンポステーラの大聖堂があります。そしてブッダが悟りを開いたブッダガヤがあります。」「アナタをどちらかに3泊ご招待いたします。訪問後は全くフリーで各自のタビを3か月続けていただきます。バックパッカー旅費は当社が全て持ちます。」
    さて、どちらをアナタは選びますカ?
    小生は迷わずサンチャゴを選んでスペイン・ポルトガル・フランスetcの旅します。
    2018年03月11日20時13分 返信する

    Re: 感化(・∀・)

    なるほど、なるほど。
    アリヤンさんご自身はインドの現実もよく知ってるけどヨーロッパに比較したらさほど好きではないというところでしょうか。

    私はどうだろう、ヨーロッパはどうも現地の人と抱き合って喜べない、なんかポルトガル以外はアウェイ感があります。かといって南インド以外はパキスタン方面に向けてあまり好きでもないのです。ブッダガヤやバラナシは1度行ったからわざわざもう一度でもないですね。

    お前、ボリやがったな!へへ、ばれたか。おい返せ、を笑顔でやれるみたいな甘い空気が漂い、人が心地よいラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーに南インドが私はやっぱり好きですね。台湾も好きですがなんか文化や人間が近過ぎて気楽だけど異文化感が感じられなくて海外ではないです。

    結論は私にとって欧米やインド中部などは自分の居るところではなくたまに覗く別世界、東南アジア・南インド・ウィグルなどは適度に異文化で興味の対象、中国・台湾は同じ文化圏の範囲。中南米は未訪問なのでわからない。

    ま、こんなことを考えてみました。感じ方なんて人それぞれです。私は行くための口実で遺跡などにも訪問しますが本当はそこの国の人たちに甘えさせてもらって癒されるのが好きなんだと思います。
    2018年03月11日22時21分 返信する
  • LCCターミナル

    こんにちは、arfaです。
    KLのLCCターミナルで5時間を過ごされたんですか?
    私は2階にソファのある休憩できる場所があるので、そこでバッグに鍵をかけて常備してる自転車用の細いワイヤーをソファに縛って仮眠します。
    2階は店舗も少なくあまり人もいないので休むには丁度です。
    食事は1階でお弁当を売ってるのでお弁当で食事を済ませることが多いです。うどん屋さんは記憶にないです。次回行った時にはうどん屋さんも探してみます。
    2018年03月10日18時25分返信する 関連旅行記

    Re: LCCターミナル

    大変な南インド滞在約2か月。パートナーにとって人生初のインドだった。最初っから最後まであのキチャナさと食事難に根を上げそうなパートナーを引っ張っていたので当方もかなり感化されてしまい、普通の国に来てホッとしたのか、5時間くらいの待ち時間はあまり苦に感じなかったのでした、、、
    2018年03月10日18時53分 返信する
  • トリバンドラムへの鉄道

    おはようございます、arfaです。
    私はバスで移動したのですが、往路で2時間半だったのが復路はなんと4時間かかりました。祭りをやってて道路が渋滞したのですがLCCのジェットエアーの出発30分前を切ってしまいデリーからの東方航空の帰国便に接続していたのでヒヤヒヤものでした。
    係員の人もニコニコして入れてくれましたが日本なら完全にアウトですね。
    まぁ当てにならん交通事情でした。
    2018年02月22日08時55分返信する 関連旅行記

アリヤンさん

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46国・地域渡航

11都道府県訪問

アリヤンさんにとって旅行とは

「安く・楽しく・快適に、ユーラシア大陸を自由自在に行き来すること」

約45年前のロンドンとパリに約4年間住んでいたことがあります。
遊学の終わりに、ヒッピーロードをたどってユーラシア大陸を横断。
ロンドンとパリと大陸横断の青春以来;
「いつかまた、ユーラシア大陸を快適に横断できるルートを見極め、アジア⇔ヨーロッパを自由自在に楽しい旅をしたい!」
と思うようになりました。

遅ればせながら高度経済成長期の日本社会に参加し、約十数年前に日本製品輸出営業戦士から早目にリタイア。
その後、かわいいマゴたちの相手をしながら、忙しい合間をぬって、できるだけ毎年旅をしてきました。
リタイア後は、毎回パートナーと一緒の珍道中でした。

そのうちで最高の旅は「ユーラシア大陸往復横断の旅」でした。
パートナーと合わせて当時約140才の「ユーラシア横断」BPカップルは本邦最高ではなかったかな?
「予定は未定」の格言?通り、ことは予定どおり運ばず「地獄の○○」を味わいながらも、中国・中央アジア・コーカサスのシルクロードをくぐり抜け、ヨーロッパまで到達。
帰りは、トルコ・イラン・ドバイ・コロンボを伝ってアジアに帰着しました。
それでわが人生でユーラシア横断合計3度、達成できた。
すべてバックパック旅行でした。

事情ありここ数年は海外旅行を封印しております。
正直いえば「もう普通の行き方で行きたいところはもうない」状態なのですが。
でもあらたな夢が出てきました。

自転車で「ユーラシア横断」です。
全く新しいルートをバーチャルに体験済みです。
気力はあります!
あとは体力と相応の自転車です。

ボチボチと近所を自転車で回っているこの頃です。

自分を客観的にみた第一印象

自宅浪人時代に読んだ「宮本武蔵」吉川英治にあった「わがことに後悔せず!」との言葉に感銘を受けて以来、常に「わがことに後悔せず!」をモットーとしています。
ロンパリ数年⇒ユーラシア横断旅行⇒大学復帰⇒結婚・子育て・世界の危険地帯専門要員商社員⇒早期退職年金暮らし+ユーラシア夫婦BP旅行⇒子ども支援ボランティア+マゴたちの頼りになるジイジ、に専念。
環境のどんな変化にも「わがことに後悔せず!」で次なる夢をみる「団塊の世代」のヒトリです。

見た目、優しそうで穏やかさん。
一旦火がついたらISも恐れる??
アラブ風「目には目」的激しさがでてしまう、ただの頑固な日本の老人(アラ・セブン)です。

大好きな場所

フランスの田舎
ラオスの山奥
ヨーロッパの田舎
アンコール・ワット遺跡群とシェムリアップ
キルギスタン

大好きな理由

フランスのパリはわが青春のふるさと。
ラオスの山奥=古きよき時代の日本の里山がある。
ヨーロッパ:歴史も人々も、ふところが深い。
アンコール:その遺跡が多すぎて、1回の訪問では終わらない。あまりにも素晴らしい!
キルギスタン=森と泉の大きなシルクロード・オアシスそのものだから。

行ってみたい場所

キルギスタンのアールスラン・ボブ(世界最大のクルミの森がある)とソンコル湖周辺。
フランスの大変な田舎。
モヘンジョ・ダロとハラッパ。
そして、サンチャゴ・デ・コンポステーラの巡礼道。
すべてを自転車で走りたい!
「ユーラシア大陸自由自在」の完結を目指して!

現在46の国と地域に訪問しています

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