2012/09/25 - 2012/09/25
185位(同エリア253件中)
アリヤンさん
テヘランでのメイン・エベント、国立博物館見学です。
ここに来れば、イラン中で発掘された世界的に貴重な考古学的、歴史的美術品を見ることができるのです。
高校の世界史の最初のほうに出てくる「古代オリエント世界」の秘宝がここにあるのです。
インダス文明とメソポタミア文明に挟まれた特異な地域性もあり、その歴史と文明は計り知れないものがある、と思います。
あんまりのスゴさに、ついつい惹きこまれて、熱心に見てしまうので、一度休憩をはさんで2部構成にしてあります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
イマーム・ホメイニ通りに面して、「グラウンド・コンプレックス=王様の謁見場」への入口があります。
非常に荘厳なつくりの扉です。 -
そのヨコの小さ目の入口から入ります。
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中に入ると、このように見通しの利く広大なスペースが広がっています。
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豪華な入口を振り返ってみます。
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黒子の女性も歩いています。
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国立博物館には、グラウンド・コンプレックスの広いほうには進まず、左方面曲がって行きます。
すると、このような重厚な建物が聳えています。
これが国立博物館です。 -
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イチオシ
入場料10000リアル(約330円)。
手荷物は全部預けます。
手提げバッグくらいはOKです。
カメラもOK(フラッシュはX)。 -
イランに最初に住み着いた、まとまった人々はエラム人で紀元前3千年記のことです。
(今から約5千年前)
博物館の展示はここら辺りから始まっています。
エラムはメソポタミアの南東周辺で、メソポタミア文明とシュメール文明の影響を受けている、とのことです。
中々しっかりした芸術的な絵柄の入った土器。 -
説明版には紀元前5千年記とあります。
つまり、紀元前4001年=~紀元前5000年のことを指す。
と言うことは、6千年前から7千年前のこととなります。 -
ここは石器時代のコーナーです。
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なんだって!?
紀元前8千年記だって!
という事は9千年~1万年前のことだ。
1万年前ってことは、直近の氷河期が終わったころですヨ。
と言うことは、ここらの地域は温暖で結構緑に恵まれていたのだろう。
今でもメソポタミア文明の跡のイラク南部はチグリス・ユーフラテス川の湿地帯が残る地域です。
つまり、エラム人やペルシャ最初の帝国、アケメネス朝ペルシャ(紀元前6世紀~紀元前4世紀)の人たちが住んでいたペルセポリス周辺も緑豊かな地域だったかも知れません。 -
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だんだんと成型技術が高くなってくるのが分かります。
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母神像=土偶です。
女性の神秘は神に値するのです。 -
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ここらでやっと紀元前1千年記となります。
ここらまでくると、ヒトも群がって住み、封建的な社会が出来上がってきた頃でしょう。 -
バックルの模様。
バックルは銅製になっています。 -
青銅器を使うようになって、人類は飛躍的に進化したようです。
弱肉強食の時代到来です。 -
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転がして粘土板に写す、印章。
インダス文明遺跡から良く出てきているのが印章です。 -
印章は紀元前4千年記~2千年記のもの。
やはり、年代は非常に古く、インダス文明の影響も否めない? -
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オオッと!!
いきなり紀元前7世紀~4世紀のアケメネス王朝のダリウス1世が出てきました。
これは征服した20数カ国の大使らがダリウス1世に貢物を持ってきているのを謁見している姿、と言われている。
ペルセポリスにあった壁のレリーフです。 -
イチオシ
このヒトがダリウス大王(紀元前522~486)。
西はドナウ川から東はインドまでを征服した、偉大な王様です。
*ロンプラの「イラン」を参照しております。 -
メソポタミア文明専属の楔形文字を刻んだ粘土板。
この文字は周辺のペルシャやシュメールやアッシリヤなどにも伝播して、ひいてはギリシャ文字やアラビア語の源となるそうです。
何千年も前ではみんな楔形文字をつかっていたようです。
トルコ・アンカラのアナトリア文明博物館にもこのような楔形文字を刻んだ粘土板レターがありました。
あれはヒッタイト文明のころでした。 -
イチオシ
石のモザイクの人面有翼獣(スフィンクス)。
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時代が進むにつれ、いろんな道具の完成度も高くなっていきます。
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でも、この頃になると、見て回る順序が、むちゃくちゃなのか?
それとも、いろんな地域で、それぞれの時代が交錯しているのか?
よう分からんが、また原始的な像が出てきた。
イヤ、これはこれで完成度高いカモ。 -
もうアケメネス朝時代くらいですが、、、、
つまり紀元前7世紀~4世紀くらいです。 -
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イヤ、やっぱりそれより古かった。
紀元前1千年記のものだって。 -
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紀元前3千年記と書いてるから、やっぱり出土した地域が違うのだろう。
イランは西北部はトルコやコーカサス地域と隣接しているし、南西部はメソポタミアの一部だったし、東部はインダスに隣接しているし、地域別に陳列されていたら、その時代も進んだり、下ったりします。 -
これは石のボウルです。
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人面が描かれている変わった壷。
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牡牛はトルコのヒッタイトでも神とあがめられていましたが、ここでも大きな牡牛像が出てきました。
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どうもエラム人の遺跡らしいです。
時代はまた紀元前3千年記くらいになります。 -
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イチオシ
女性土偶。
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水筒。
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甕。
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紀元前4千年記の甕。
カシャーンで出土、とあるので、やはり地域別+時代別の陳列です。
要するに、古代イラン高原では色んな勢力が、いろんな文明の影響を受けて、非常に古い時代から高度な文明を築き上げていた、ということです。 -
文字だけは楔形文字だったようです。
各文明の共通文字だった、とは驚きだ。 -
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ちょっとアフリカンっぽい模様。
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イチオシ
漫画っぽいかわいらしいデザイン。
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青銅の小さな小物。
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ろうそく立て?
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家畜はやはりヒツジだったようです。
⇒第2部へ続く。
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この旅行記へのコメント (2)
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- koiさん 2018/05/21 11:00:16
- ペルシャは、日本人が行って作った町と理解
- ペルシャは、日本人が行って作った町と理解しています。楔形文字は、日本のカタカナが原型で、葦の茎を斜めに切り粘土板に押し付けて作られた文字ですね。他に、展示物に大日如来? 縄文土器風のものなど、まさに日本そのものですね。ゾロアスターに関係した写真は無いのかな?
ペルシャは戦乱が続き、ほとんど破壊されていると聞きましたが、博物館には、残っているのですね。日本人に関係した物が…。もう少し、旅費が安ければ10年前に行っていたのですが、日本の過去の文化を見に…?!
- アリヤンさん からの返信 2018/05/21 15:34:32
- Re: ペルシャは、日本人が行って作った町と理解
- >ペルシャは、日本人が行って作った町と理解しています。楔形文>字は、日本のカタカナが原型で、葦の茎を斜めに切り粘土板に押>し付けて作られた文字ですね。他に、展示物に大日如来? 縄文>土器風のものなど、まさに日本そのものですね。
当方にとっては全く???な説で驚いています。
ペルシャ人は昔も今も白人系コーカソイドでインド・トルコ人もその部類に当たるはずです。
ましてや日本人が行って作ったのがペルシャ??
シルクロードを伝って東の日本に色んな物事が取り入れられた、というのが定説ですネ。
ゾロアスター教は火を崇める宗教で火は太陽神に通じているので、世界中どこでもプリミティブな宗教は太陽や火を崇めることから始まった、と社会科学的に言われていたと思います。
ましてやクサビ形文字の原型がカタカナだって???
カタカナってひらがなから派生した文字で、たかだか平安時代に出来たのではないカナア?
最近ネットの広告でkoiさんのおっしゃるような説を売りにしているのを見た記憶がありますが、都市伝説的なものではないですか?
現代のイランに行かれてイラン人と付き合ってみれば、かれらの精神の中になが~い文化・歴史に裏打ちされた素晴らしい人間性に気が付くと思いますが。。。。
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