2022/06/27 - 2022/06/27
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kojikojiさん
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札幌と小樽の8泊9日の旅も最終日です。ホテルで朝ご飯を食べた後はブラブラと堺町本通りを歩きました。まだ午前9時過ぎなので通りの飲食店はオープンしていません。観光客の姿も無いので北一硝子で小さな一輪挿しを買い求めました。妻が家の仏壇用にずっと探していたのですがようやく手頃なものが見つかりました。実の親でもないのにいつも気にかけてくれるので感謝です。散歩の終わりは「かま栄工場直売所」で、ここでお土産用に出来立ての蒲鉾を買い求めます。もちろん保冷バックは持ってきています。ホテルに戻る途中に時間があったので「日本銀行 旧小樽支店 金融資料館」の見学にも行きました。今回小樽に3泊しましたが、市内と近郊で丸々3日観光しても見終わった気がしません。ホテルの戻って荷物のパッキングを終えてチェックアウトします。荷物はフロントで預かってもらい、タクシーを呼んでもらいます。この日のお昼は南小樽の「銀鱗荘」の「グリル銀鱗荘」を予約してありました。方角的に同じなので「大八 栗原蒲鉾店」にも立ち寄ってもらいました。タクシーの運転手さん曰く、地元の人はかま栄ではなくて栗原蒲鉾店で買うそうです。ここでお土産も買い求め、東京まで持ち帰ることを話すと保冷剤をたくさん頂けました。次は「旧海陽亭」の前に向かってもらいますが、堺町本通りの「小樽オルゴール堂 本館」のすぐ裏だとここで気が付きました。タクシーの運転手さんは前の女将さんに可愛がってもらったと懐かしい話をいろいろしてくださいました。現在は手を離れた建物で、ロープが1本渡してありましたが、階段を上がったところまで上がらせてもらいました。ご主人が階段の下まで銀杏の葉が落ちて秋は大変ですと仰っていた階段はこんなにも短かったかと驚きました。最後に伺って30年以上経っています。銀杏の木だけは変わらない姿で残っていました。玄関先で「母や叔母たちや祖父母がお世話になりました。」と手を合わせました。この件については後日談があり、東京に戻ってお土産と一緒にお茶会で使う水差しを京都の叔母に出輪をすると同じタイミングで札幌と小樽に行っていたそうで、「あんたの行った前の日に海陽亭さんへ行って、下から手を合わせてきたえ。」と言われました。一緒に送った澤の露の水晶あめ玉はご主人が必ずお土産に持ってきてくれたと伯母からもお礼状が届きました。飴を買ってお土産にしたのは妻なので、ありがたく思います。「グリル銀鱗荘」のランチは「銀鱗荘」のお風呂もいただけるので人気があるようで、テーブルはほぼ満席でした。そのほとんどが女性なので、男湯はガラガラだと分かりほくそ笑んでいました。一番安いプランでは何なので2番目の4,400円のコースにしていましたがお値段以上の料理でした。これには入浴料も含まれています。さすが銀鱗荘と思える料理とスパークリングと白ワインをいただいていい気分でお風呂もいただきました。思った通り男性風呂は誰もいなく、女性部とは結構混んでいたようです。大きな露天風呂からは石狩湾の絶景が望めました。天気も最高の快晴です。お風呂の後は銀鱗荘の座敷の見学も出来ました。気が付くと我々が最後で、店の方にタクシーを呼んでいただきました。いろいろ話をさせていただいて「お値段以上でした。」というと「銀鱗荘の現在のオーナーはニトリです。」と教えてくださいました。これにはビックリですが、よい意味で投資されているので良いことだと思いました。お店の方は我々がタクシーで出るまで見送ってくださいました。格安のランチでの利用でしたが、しっかりした宿だと思いました。小樽に戻って最後に駅前の「三角市場」にも行ってみました。良い魚があればお土産に買おうと思ったのですが、ちょっと期待外れでした。駅の方からアナウンスが聞こえるので行ってみると小樽と銭函の間で架線事故があり、汽車が停まっているということでした。駅前にある中央バスの乗り場で時間を教えてもらい、急いでタクシーに乗ってホテルに戻りました。タクシーにハマってもらいましたが、最後の階段もホテルの方は手を貸してもらえませんでした。バスターミナルで切符を買ってとりあえず札幌駅前のバスターミナルに向かいました。旅の最初もここからバスツアーに出ましたが、旅の終わりも同じ場所でした。札幌駅からはJRは動いていたのでそのまま新千歳空港へ向かいました。午後8時30分の便なのでフードコートの「白樺山荘」でようやく味噌ラーメンが食べられました。9日間の旅はようやく終わりを迎えました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー ANAグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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小樽最終日の朝で、今回の8泊9日の旅の最終日でもあります。新千歳空港を午後8時30分の便で帰るので終日北海道を楽しめます。
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この1カ月で2回の北海道旅行はトータル16日にもなりました。その旅で何度ウニを食べたのか思い出しているのでしょうか?
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月曜日の朝の「The Ball」はガラガラでした。このホテルの朝食はセットメニューなので食べ過ぎなくて良かったです。
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メニューは2日前のものと同じでした。2種類のメニューを交互に用意しているようです。
ザ・ボール 小樽 グルメ・レストラン
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チェックアウトは午前11時なので朝食の後は買い物を兼ねて堺町本通りを散歩することにします。「似鳥美術館」になっている「旧三井銀行 小樽支店」もまだ開館前なので閑散としています。一昨日も歩いた道ですが、まだ歩いている人も少ないので堺町本通りの歴史的建造物をもう一度じっくり見てみます。
北のウォール街 名所・史跡
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「旧三菱銀行小樽支店」
北のウォール街といわれた地区の中心に位置しています。建築当初は外壁に煉瓦色のタイルが張られていましたが、昭和12年に現在の色調に変更されました。
1階正面のギリシャ・ローマ建築様式のような6本の半円柱が並んでいて美しい姿を残しています。小樽運河ターミナル (旧三菱銀行小樽支店) 専門店
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「旧名取高三郎商店」
山梨県出身の銅鉄金物商名取高三郎が、明治37年の1904年の稲穂町大火後に建てた店舗で、裏手に住宅や倉庫を連ねていました。角地に建ち、西側と南側に開いた形で防火のための袖壁(うだつ)を設けています。外壁には札幌軟石が使用されていて、上部壁体を鉄柱で支える構造となっています。 -
「旧百十三銀行 小樽支店」
「旧第百十三国立銀行」のすぐ近くにある建物で、銀行業務の拡大に伴い明治41年の1908年に新たに支店店舗として建設されました。木骨石造りの2階建てで、屋根は瓦葺きです。外壁は煉瓦タイルと窓や入口の柱の白い部分とが縦じまになっています。小樽浪漫館 (旧百十三銀行小樽支店) 名所・史跡
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「旧金子元三郎商店」
金子元三郎商店は明治から大正期に海陸物産、肥料販売および海運業を営んでいました。店主の金子元三郎は明治32年に初代小樽区長に就任し、その後衆議院議員に数回選出されるなど、小樽を代表する政財界人でした。堺町通り 名所・史跡
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「旧岩永時計店」
この建物は時計卸商の初代岩永新太郎の店舗として建てられ、店員で編成された楽団を持つハイカラな商店でした。平成3年の改修により正面2階のバルコニー、半円アーチ扉、手摺などが修理され、ほぼ創建時の姿になりました。屋根の装飾や軒の繰り型など細部にもデザインが施され、瓦葺き屋根を飾る一対の鯱は商店では珍しい装飾です。 -
「旧第百十三国立銀行小樽支店」
この建物は第百十三国立銀行小樽支店として建てられましたが、業務拡大に応じ明治41年にこの通りの少し北寄りに支店が移されています。その後は木材貿易商の事務所や製茶会社の建物としても使用されました。平屋建ての比較的小規模な建物ですが、寄棟の瓦屋根に「トンガリ」飾りを付けた和洋折衷の構成で、明治の面影を良く伝えています。軒下に刻まれた分銅模様のレリーフが百十三銀行のシンボルです。 -
「旧北海雑穀株式会社」
この建物は木材の骨組みの外側に軟石を積んだ木骨石造と呼ばれる構造で、瓦葺の切妻屋根、開口部には鉄扉が納められています。また正面両脇には、小屋根付きの袖壁(うだつ)が設けられています。 -
店舗は明治開業されていますが、2019年に閉店した金物店の奥野商店のままです。現在の店舗の経営は「大正硝子館」などを展開する会社のようです。
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「旧久保商店」
小間物雑貨卸を営む久保商店の店舗として建てられました。現在は和風商店の趣を残しながら喫茶店に再利用されていて、堺町通りの歴史的景観を形成する主要な建物になっています。小樽堺町通り商店街 市場・商店街
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久保商店の蔵の建物はステンドグラス工房の「Mahalo」が利用しています。
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北一硝子三号館の建物は小樽港の繁栄を示す大規模な石造倉庫で、当初は鰊漁場の中継倉庫でした。内部は中央廊下をはさんで2つの倉庫に分けられ、その廊下には港から引き込まれたトロッコのレールが今も残されていました。
北一硝子 三号館 (旧木村倉庫) 専門店
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月曜日の午前9時過ぎにこの辺りを歩く人もいないので、小樽市の歴史的建造物をじっくり見ることが出来ました。
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北一硝子というとやっぱりランプですね。さすがに買いませんでしたが、30年前に来た時も北一硝子と言えばランプだった気がします。妻が小さな一輪挿しを探していましたが、それは花好きだった母のための仏壇に置くための物でした。実の息子が考えていないことを気にしてくれていて感謝の気持ちを感じます。
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LeTAOの厨房ではこの日のお菓子が作られています。最寄り駅の構内で買うドゥーブルフロマージュは美味しいですが、わざわざ北海道で買って家に持ち帰る気にはなりません。
小樽洋菓子舗ルタオ 本店 グルメ・レストラン
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我々が目指していたのは「かま栄 工場直売店」でした。最終日にここで買い物をして家に持ち帰る予定にしていました。
出来立てをその場で食べるのが良いと思うけど、持ち帰ってもとても美味しい。 by kojikojiさんかま栄 工場直売店 グルメ・レストラン
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ガラス越しですが蒲鉾を作る作業を見ることが出来ました。練り物をヘラで成形する手つきの見事さに目が留まってしまいます。
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新千歳空港でも売っていますが、夜遅い時間になるのでここで買っておくことにします。何といっても食べたかったのはパンロールとパンドームです。パンロールは昭和37年に先代社長が発明したかま栄オリジナル商品だそうです。
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パンロールはかまぼこをスナック感覚で食べることは出来ないかということを追求した結果、すり身をパンで包むという発想になったそうです。パンドームはチーズとベーコンと玉ねぎが入って、チーズ感が強いです。1つ食べただけでもお腹がいっぱいになりそうなボリュームです。まだ暑いのでこの場で食べたいくらいですが、友人たちの分も含めてお土産にします。
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ここまでの8日間でお土産で荷物が大変なことになっていますが、また荷物が増えてしまいました。ホテルに帰ったら三陸海岸の旅で買った岩泉ヨーグルトの大きな保冷バックに入れなければなりませんが、出来立てなのでまだ熱々です。本当はここで食べたいくらいです。
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車の交通量の多い臨海線の通りは情緒が無いので、再び堺町本通りをホテル方面に戻ることにします。午前10時になろうとしていますが、月曜日の朝は人通りが少ないです。
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小さな路地に古い映画のポスターの複製が貼ってありました。それでも昭和の空気を感じてしまいます。小樽は不思議な街でした。
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「旧北海道銀行本店」
設計は通りをはさんで建つ日本銀行旧小樽支店の設計に携わった長野宇平治で、請け負ったのは地元の建築会社の加藤忠五郎でした。銀行建築独特の重厚さをもちながら、玄関や窓まわりの石組みデザイン、コーナー部分や窓の間隔の変化などに特徴があります。外観の正面はほぼ創建時の姿で残っていて、現在はレストランとして営業していました。3泊だけでは良いと思った店でも入れるのは限られてしまいます。 -
時間があったので「日本銀行旧小樽支店」にも立ち寄ってみます。ここは入場無料ですし、金融資料館としてよりも建築や内装を見てみたかったのです。昨年の旅では中之島にある「日本銀行大阪支店」の前を通りながら見学できなかった思いもあります。東京本店もいつか見学してみたいと思っています。
日本銀行旧小樽支店金融資料館 名所・史跡
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1900年当時の商業を中心に発展する小樽市に各銀行が集中し、市内で徐々に完成していった銀行街は次第に「北のウォール街」と呼ばれるようになりました。その中で日本銀行も小樽市に参入し、東京駅の設計者としても知られる辰野金吾や長野宇平治、岡田信一郎らが建物の設計を担当し、大正元年の1912年に竣工します。
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建物は積み上げた煉瓦の上にモルタルを塗った2階建てで、ルネサンス様式の外観設計が取り入れられています。さらに屋根の小屋組みには八幡製鉄所製の鉄骨が使用されており、小樽市内を眺めることのできる東側の塔にはイギリス製のらせん階段が取り付けられています。総工費は当時の金額で40万円に上り、東京の日本銀行本店と日本銀行大阪支店に次いで3番目に高額な建設費だったそうです。
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天井のモールディングの中の模様には日本銀行券の裏側のNIPPON GINKOの文字の前にある円形のマークがデザインされています。打ち抜きになっているので、中心雄円が表現できるように少しデザインは変わっています。
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営業場の木製の天井の裏側に八幡製鉄所の鉄骨トラスが組まれ、そのお陰で柱の無い大空間を作ることが出来ました。
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柱の上にある盾のような意匠はヨーロッパの宮殿などでも見かけますが、ここではフクロウをモチーフにしたそうです。シマフクロウはアイヌの守り神でもあります。
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板張りの格天井に回廊を支える軽いデザインの鉄製のブラケットなどを見ると銀行の内装とは思えないデザインです。
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営業場だった広いスペースにはいろいろな資料が展示されています。これを見るとこの辺りには13の銀行の支店が立ち並ぶエリアだったのだと分かります。「北のウォール街」とはよく言ったものです。また、道内の手形交換高は旭川や札幌は遠く及ばず、函館の倍くらいの扱いがあったのだと分かります。
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設計者である辰野金吾についての紹介もありました。東京駅を設計したことで有名ですし、日本銀行の本店と大阪支店の設計にも携わっています。後の辰野式と呼ばれる赤レンガに白い花崗岩でラインを描き、屋根に塔や小屋を載せた設計は魅力的で、本人の設計ではありませんが台湾総統府や中国瀋陽の瀋陽駅も見に行きました。
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日本銀行本店にも近いうちに行ってみたいと思っています。隣接するホテルのレストランから見下ろすとなるほど円の字に見えるなと思ったことがあります。大阪支店は昨年に中之島を歩きながら内部の見学が出来ると知らずに外観を眺めただけでした。函館支店は外観が変わってしまったことからまだ見に行けていません。
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東京駅は昨年ステーションギャラリーへ行った際に内装も含めじっくり見学してきました。大阪市公会堂は昨年にじっくり見学することが出来ました。
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日本銀行なので銀行券の展示もありました。現行の物より少し前のものからしか記憶はありません。聖徳太子の1万円札と5千円札、伊藤博文の千円と岩倉具視の5百円札ですね。当時のお札の臭いが鼻腔の奥に記憶されている気がしました。
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仕事を始めた40年ほど前は給料は現金で手渡しでした。印鑑を持って経理に行くのが楽しかったですが、今から思えばずいぶん安い給料で働いていたと思います。実家を壊す際に桐ダンスの中から古い新券がだくさん出てきましたが、未だに現行券に変えられずに残してあります。
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金融資料館ですが興味深いのはやはり建築的な部分でした。外観の構造についても説明がたくさんあるので見ていて楽しいです。今回小樽に来て長野宇平次という人について詳しく知ることが出来ましたし、作品も見ることが出来ました。
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こういったディティールについての表示があると建物を見ていても勉強になります。
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漆喰を取り除いた煉瓦の壁がリアルです。煉瓦の積み方がイギリス積みだというのも面白いです。
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ファサードのエントランスは三角破風の下にデンティル(歯の形のギザギザ)と支えになるブラケット、ドーリス式の円柱に支えられた重厚なデザインです。20分くらいでしたが立ち寄ってよかったです。
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ホテルに戻って荷物のパッキングを完了させて部屋で少し涼みました、午前11時前にチェックアウトを済ませます。荷物を預かっていただきますが、この時だけはさすがに荷物を運んでくれました。
旧越中屋ホテル 名所・史跡
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この後にお昼を食べに南小樽の方へ行くのでタクシーを呼んでもらいました。小樽の町に3日もいると歩き疲れるのでタクシーでの移動が便利です。3日間いても階段に日が当たる時間にはいなかったので写真を撮っておきます。
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タクシーがすぐに来たので先を急ぐことにします。目的は「銀鱗荘」なのですが、同じ方向にある2か所に立ち寄ってもらうようお願いします。まずは「大八栗原蒲鉾店」へ向かいます。年配の運転手さん曰く「小樽の人はかま栄ではなくて栗原ですよ。安いですしね。」とのことでした。
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「大八栗原蒲鉾店」の創業者の栗原八郎は、明治38年に群馬の前橋近郊の大室から北海道の小樽にやってきたそうです。その1年後に現在のかま栄の創始者のもとで蒲鉾の世界に入りました。才覚を開花した八郎は7年のかま栄での職務を経て、大正3年に独立を決意します。
小樽の地元の人は「かま栄」ではなくて「栗原蒲鉾店」がお好みのようです。 by kojikojiさん大八栗原蒲鉾店 本店 グルメ・レストラン
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この頃に作られ始めた角焼が大八の基礎を支えた蒲鉾の1つだそうです。角焼には大八の屋号がくっきりと焼き抜かれています。屋号の大八は”大室”の”八郎”ということで付けられた屋号です。
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先ほどかま栄でたくさん買ったばかりですが、シンプルな品揃えに買い物モードに火が付きます。
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いかつまみを200グラムづつ友人にもお土産を追加しました。これは美味しかったです。お店の方にこれから東京へ帰ることを話すと保冷剤をたくさんつけてくださいました。かま栄の蒲鉾も冷めたら保冷剤が必要なのでこれには助かりました。
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次にお願いしたのは「旧海陽亭」でしたが、今朝も通りがかった「小樽オルゴール堂 本館」のすぐ隣だったことには気が付いていませんでした。運転手さんと海陽亭さんについて話をしていて先代の女将さんをよくご存じということでした。「よくお供させていただきましたし、おうちの仏壇を運ぶのもお手伝いしました。」なんてお話しも聞かせていただきました。
最後にここを訪れて30年近い年月が経ってしまいました。 by kojikojiさん海陽亭 小樽本店 グルメ・レストラン
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特に立ち入り禁止と表示も無いので近くまで寄らせてもらいました。30年以上前になりますが、京都の祖父母の家に夏休みで遊びに行っていると毎年のようにご夫婦で遊びに来られました。ご一緒させていただいて庭でバーベキューをした思い出があります。もちろんここへも来たことがありますし、弟が札幌で結婚するときは2人を札幌の店に招待した思い出もあります。その時はお座敷に祖父の掛け軸や短冊が飾られてあり感激したことも覚えています。
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この階段もこんなに短かったかと、自分の記憶の曖昧さに驚きました。ご主人が「安芸になるとイチョウの葉が階段に落ちて、誰も歩かない朝はきれいなのだけど、掃除をするのが大変です。」とおっしゃっていたのを思い出します。
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そんな銀杏の木も注連縄を巻かれたまま残されていました。
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玄関も懐かしいです。祖父母や叔母たちがお世話になりましたと手を合わせました。玄関を入った奥にあった細くて小さいバーカウンターなどもどうなっているのでしょうか。若い頃の石原裕次郎や慎太郎の白黒写真が額に入って飾ってありました。玄関の大きな衝立や100畳敷きの大広間などが頭に浮かんできます。
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「旧海陽亭」は明治初期に開業した料亭で、亭名は創業期の魁陽亭から開陽亭、海陽亭と変わっています。建物は大半が大正期の増築ですが、2階の百畳敷きの大広間「明石の間」は明治29年大火類焼時の再建と推定されています。明治39年11月に日露戦役による樺太国境画定会議後の大宴会がここで開かれるなど日本史の舞台にも登場し、政財界など多くの著名人が訪れています。そんな料亭の建物はコロナ禍で修復計画も止まっているようです。
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ここへ来たことには後日談があります。東京へ戻って京都の叔母にお茶会で使う水差しを送る際に北海道のお土産も同梱しました。その中でも「澤の露本舗」で小樽名物の水晶飴が喜ばれました。海陽亭のご主人が京都へ来る際に必ず持ってこられたので懐かしかったそうです。さらに同じタイミングで札幌と小樽に行っていたことも分かりました。我々がここへ来る前の日に同じようにここで手を合わせたということです。
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「旧猪股安之丞邸」
この建物は鰊漁を中心に財を成した猪俣安之丞の邸宅として明治33年の1900年に余市町に建てられました。現在地には昭和13年の1938年に東小樽の宅地計画の一環として移築されました。 -
この母屋は猪俣家専用の住宅であり、多くの大規模な鰊漁家が親方の住居と漁夫の寝床を合わせている点で異なります。これほど大きな親方の住宅は道内に例をみません。母屋の中央にあるこの望楼からは沖合の漁を観察していたと思われます。
隣接するグリル銀鱗荘のランチと銀鱗荘の露天風呂を楽しみました。 by kojikojiさん料亭 温泉旅館 小樽平磯温泉湯元 銀鱗荘 宿・ホテル
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現在は「銀鱗荘」という高級旅館として営業しています。コロナブックスに「小さくて贅沢な宿」という本があるのですが、そこには日本各地の良い宿がたくさん掲載されています。妻と一緒にいくつかを訪ね歩いていますが、ようやくここへも来ることが出来ました。今回は泊まりではないのですが。
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平磯岬の高台からは小樽港が一望できます。正面には積丹半島が広がり、祝津港のある高島岬も見えます。今回の旅では陸からも海からも積丹半島を楽しめました。
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お昼をいただく「グリル銀鱗荘」は右手の入り口でした。
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今回の旅の直前になってこのレストランのことを知りましたが、食事代に500円を追加すると「銀鱗荘」のお風呂にも入れるというお得なプランです。平日の午前11時30分と正午の予約だけの特典で。ホットペッパーから予約しました。
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正午に予約していましたが、少し早めの到着でした。テーブルはほぼ満席でしたので午前11時30分からで予約は埋まっていたようです。周りのテーブルはほとんどが女性のグループなので、食事の後のお風呂は貸し切りだなとほくそ笑んでいました。
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プレゼンテーションプレートはスポード社のきれいなお皿で、絵替わりになっています。ファインボーンチャイナの完成と銅版転写による下絵付け技法において英国陶磁器界に大変な功績を残した名窯 で、1806年にジョージⅣ世より英国王室御用達の栄誉を得ました。1770年前後にジョサイア・スポードが開窯し、2代目が英国伝統のボーンチャイナを完成させます。そして3代目の死後にスポード社の株をもっていたW.T.コープランドに経営が移譲されて、コープランド窯に名前が変わりました。
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スタートは北海道産のゴボウのポタージュスープでした。これは濃厚でとても美味しかったです。函館の谷地頭温泉の「池の端」という旅館でいただいた蕗のすり流しのインパクトと同じぐらい強烈な印象を受けました。
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小樽での最後の食事になるのでスパークリングワインもいただきました。こちらはキンキンに冷えていて飲みやすかったです。
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おかげさまで楽しい旅になりました。7月と8月は夏休みになるのでどこも混雑するので旅行の予定はまだ立てていません。9月になったら旅行を再開しましょう。
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この冷前菜も素晴らしかったです。北海道産の野菜の下にはとぐろを巻いたように並べられた大きな甘えびが隠れていました。留萌の小平町のレストランで食べた甘エビ丼も美味しかったですが、さわやかなドレッシングのかかったこのサラダも美味しかったです。
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メインの牛肉も柔らかくて美味しかったです。ベリーの甘酸っぱいソースとよく合いました。新物のジャガイモもホクホクです。
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デザートはパンナ・コッタでイチゴとヤマモモが添えてあります。北海道ではイチゴも今どきのフルーツですし、ヤマモモもシーズンです。
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最後にコーヒーをいただいてくつろぎました。この料理でお風呂もいただけて税サ込みで4,400円はお得だと思います。
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お風呂に入れるのは午後3時までなので、あまりゆっくりも出来ません。お風呂は「銀鱗荘」にあるので少し歩きます。思った通り女性のお風呂は混んでいたようです。
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男性用は入れ替わりに出る方がいて、それ以降は貸し切り状態でした。
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窓にはステンドグラスが嵌められ、モチーフは鯛とつぶ貝のようです。タイは北海道ではポピュラーな魚ではないと思います。
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内風呂は意外に小さいです。
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誰もいない湯船にちょろちょろとお湯が出ています。
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表の露天風呂に出ると思わず「おぉ!」と言葉が出てしまいます。野趣あふれる大きな風呂で、お湯もちょうど良い熱さです。道内から集めた銘石を配した100坪もある野趣あふれる岩風呂です。
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目の前には石狩湾は広がっています。
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最高の天気で最高の時間帯に貸し切りで露天風呂にいるという贅沢を感じます。
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片隅には2人用のサウナもありました。窓が切って合ってここからも石狩湾が望めます。
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風呂上りは「銀鱗荘」の入り口の脇の大広間で休むことが出来ました。蓬萊(ほうらい)とは、古代中国で東の海上にある仙人が住むといわれている山dなので、北海道もそれにあたるかもしれません。そんな境地にいるような気分にしてくれました。
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入母屋造りの「銀鱗荘」の正面玄関を入り、右手の襖を全て開放すれば75畳の大広間があります。かつて網元の母屋で帳場だったところで、船玉祭や漁の後の宴が繰り広げられ、多くの漁師や芸者が集まったといわれています。
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先ほど行って来たばかりの海陽亭の大広間のことを思い出さずにはいられません。圓窓の前で写真を撮った記憶があります。
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豊漁と安全を祈願した二間半もの大神棚を奉ってあります。家屋の中でこれほど立派な神棚を見たのは初めてです。
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神棚の前には立派な色囲炉裏も切ってありました。品のある襖障子の金箔が何とも言えない豪華さを感じさせます。
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宝珠に鶴と亀の彫刻をつけた立派な炉鉤です。増毛町の「丸一本間家」の囲炉裏の炉鉤といい勝負です。波に千鳥の鉄瓶もいいもんなんでしょうね。
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襖障子の先は「銀鱗荘」の玄関なので行くことは出来ません。
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六曲一双の豪華な屏風も展示してありました。
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「特に作者や題名などは表示されていませんが、狩野派の画家の描いた「唐子遊図屏風」といった所ではないでしょうか。
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中国では「百児図」を描いて子孫繁栄を願うため、これに倣って唐子を配したものではないでしょうか。背景には松、竹、梅など長寿を意味する事物が配され、吉祥尽くしの作品になっています。
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作家は存じ上げませんがエイに鮭にカラフトマスにホッケ、キンキが生きているように描かれています。
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鰊漁の風景を描いた作品も味わいがあります。畚(もっこ)を背負った人が細かく描かれています。地形を見ると積丹半島のように思えます。
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川を遡る鼻曲り鮭が描かれてあります。産卵期になると鮭の鼻は曲がって来るそうです。
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これらの作品は昭和14年の初冬に「銀鱗荘」に来た画家がここで描いたようですが、これだけ描くのにどれだけ逗留されたのでしょうか?滞在費が気になってきますが、これだけ作品が残っているということは…。
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皮付き赤松の床に幅広い無垢材が贅沢に横たわる床の間も大変貴重な空間です。
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唐物の堆朱風の卓に日本で造られた鯛の形をしたおめでたい菓子器が乗っています。卓はそんなに良いものではなさそうですが、鯛は歯も表現されて、鱗の表現もリアルでよいものに思えます。
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ビックリしたのはこの巨大な獅子頭です。とても1人では扱えない大きさです。
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戎が鯛を釣る置物はよく見かけますが、巨大な鯛を頭の上に掲げるものは初めて見ました。とても良く出来ているので一瞬だけ欲しいと思いました。
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大広間には3枚の額が掛けられていてアイヌの方が描かれていました。脇に書かれた文字を読んでいくと江刺に伝わるニシンの伝説だと分かりました。この額については説明は全くないのですが、もったいないと思いました。
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今から500年も昔の江差町が寂しい片田舎だったころ、どこからか姥がやってきて今の津花町に草庵を結びました。不思議なことに、天地の間、四季の事々、この老女の予言がことごとく当たり、変事が起こるたびに予知して教えるので、人々はこの老婆を「折居様」と呼び、神のように敬いました。
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ある年に江差の浜で1匹の魚も捕れないことがあって、老婆は一心不乱に祈りを捧げました。2月はじめの夜の丑三つ時に鴎島の方から突然銀色の光が老婆の草庵を射ったので不思議に思い、訪ねてみると1人の翁が岩の上に座って、芝をしきりに焚いています。おそるおそる歩み寄ってその訳をたずねてみると、翁は小さな瓶をとりだして「この瓶の中に白い水がある。これを海の中に投げ入れると、ニシンという小さなサカナがうち寄せるだろう。毎年これを捕って暮らしたらよかろう」と告げて姿を消してしまいました。
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そこで老婆は教えられたとおりにしてみると、海水は変わり今まで見たことのない魚が群れをなして押し寄せてきました。老婆はこれこそがお告げのあった「ニシン」に違いないと村人たちに教えました。ところが村人たちはこれだけ大量の魚をどう捕獲するのか分かりません。
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そこで老婆が祈ると再び翁が現れて1枚の蓑の裏側を示しました。蓑の裏側は糸で編んだ網でした。翁は網でニシンを捕る方法を教えたのです。そして「ただし、その高さはお前の背の高さ、目の数はお前の年と同じものにせよ。」と言い残して消えました。老婆は村人たちに網の作りを教えました。
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喜んだ村人は早速漁を始め、江差の浜はやがてニシンで満ちあふれました。老婆はこれで住民たちは暮らしに困ることがないだろうと告げ、ある日去っていきました。人々は驚いて方々を探しましたが行方はわからず、老婆が住んでいた庵に行ってみると、1つの神像があったので、これを折居様とよんで漁業を護る神としてあがめました。
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その後、この神社の神職に藤原永武という人があらわれて、かの姥の神は天照大神、春日大明神、住吉大神宮の御尊体であると人々に告げたので、正保元年の1644年にその神像を津花から現在の場所に移しました。これが姥神大神宮の由来です。
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老婆が村人に示した網の大きさは高さが五尺三寸(約159センチ)目の数は63だったといいます。老婆はこれを固く守るように村人に言い渡しましたが、欲に目のくらんだ人々はいつしかこれを忘れて大きな網で漁をするようになりました。それは明治の初めの頃だといいます。
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この頃からニシンが捕れなくなってきたのは老婆の言い付けを守らなくなったからと信じる人が今もいるそうです。江差の人々にニシン漁を教えた折居様が祈りを捧げた神像を起源とする姥神大神宮は今になっても江差の人々の厚い信仰を集めているそうです。
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海中に投げ入れられた小瓶はやがて石となって海上に現れ、鴎島の「瓶子岩」になったといわれています。姥神大神宮とは別に、折居様を祀っているものに折居社があります。安政4年の1857年に元の江差港入口から現在地に移され、現在の社殿はおよそ110年前に再建されたものです。
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姥神大神宮もはじめ津花町に建てられ、正保元年の1644年に現在地に移されました。松前地はもとより蝦夷地の一宮として、代々の藩主や領民の尊崇を集め、藩主の巡国の折にはかならず参殿して藩の隆盛と大漁、五穀豊穣を祈願する祈願所となりました。
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ここに納められた3枚の額は昭和15年に「銀鱗荘」で抱園という画家によって描かれています。描かれたアイヌの人々の姿がとてもリアルで美しいです。
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豪華なのは建物の中だけではなく、細かいところに贅が尽くしてあります。波に千鳥の鏝絵かと思いましたが、千鳥というよりはカモメのように見えます。
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「グリル銀鱗荘」に戻ってきました。すでにお客さんの姿はありません。アール・ヌーヴォーの瀟洒なデザインのキャビネットには1対のフロアランプが置かれてあります。ギリシャ美術風のデザインで鉄製のスタンドはパティナという古色仕上げになっています。
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食事中は気が付きませんでしたが、妻の持っている花瓶によく似たスタンドがありました。
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「グリル銀鱗荘」は元々は漁網倉庫だった建物を生かしたもので、本館に隣接しています。寺社建築をそのまま残した風情ある趣で、大きな梁や柱は本館の雰囲気そのもののようです。お店の方と少しお話ししていて、「お食事も美味しかったしお風呂も良かったので、お値段以上でした。」というと「現在のオーナーはニトリなんですよ。」とのことでした。
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なるほど西洋アンティークの良いものが並んで、お皿もアンティークだった理由が分かった気がします。呼んでいただいたタクシーが来て、我々が乗り込んで出発するまでお店の方は見送ってくださいました。こんなところに高級旅館の片鱗を感じます。次回はぜひ宿泊してみようと思いました。
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「旧第四十七銀行小樽支店」
タクシーで小樽市内に戻って、駅近くの「三角市場」に行ってみようと思いました。通りがかったこの建物は色内大通りに面する銀行建築の1で、2階建ての小規模なものです。建築当初は内部を吹き抜けとし、周囲に回廊が設けられていたようです。正面に4本の大オーダー(円柱)を立て、壁面をタイル張りとする昭和初期の典型的な銀行スタイルで、創建時の姿をよく残しています。現在は建築会社の社屋になっているようです。 -
「旧安田銀行小樽支店」
この建物は第2次世界大戦後に富士銀行が継承した後、昭和45年から新聞社の社屋として使われましたが現在は使われていないようです。ギリシャの建築様式を模した昭和初期の典型的な銀行建築であり、重量感あふれる円柱が特徴です。 -
小樽駅の正面から延びる中央通りの道路拡幅に伴い、平成13年に建物が斜め後方に曳き家され、同時に外観も修復されているようです。現在は使われていないようなので、似鳥さん委有効な使い道を考えてもらえたらよいと思います。
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ブラブラ小樽駅までやってきました。
JR小樽駅 駅
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小樽で最後の立ち寄り先は「三角市場」でした。釧路では時しらずを1本買って帰り、函館からは巨大なキンキを東京に送って友人たちから喜ばれました。何か良いものがあったらと思い、最悪持ち帰ることを考えて最後に来ることにしていました。
三角市場 お土産屋・直売所・特産品
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思ったより小さい市場で、半分は飲食店になっていました。ちょっと拍子抜けだったので特に買いたいものはありませんでした。
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駅側に抜けて小樽でのミッションは終わりです。
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市場を出た所には石川啄木の歌碑がありました。「子を負ひて 雪の吹き入る停車場に われ見送りし妻の眉かな」とあります。妻と最初に来た北海道は函館で、立待岬へ向かう途中に一族の墓にも参りました。昨年行った釧路では港文館(旧釧路新聞社)にも行きました。函館の後は盛岡に住んでいた妻子を呼んで小樽に住むことになります。この歌は小樽から釧路へ行くときのものだと思いますが、こんな歌を詠みながら釧路では数々の女性とやりたい放題で人格は破滅していると思います。
石川啄木歌碑 (小樽駅前) 名所・史跡
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小樽駅からアナウンスが流れているので駅にも行ってみることにします。何か良からぬことが起きているような気がします。
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小樽駅と小樽築港間の信号トラブルで汽車は停まっていて復旧の見込みは分からないということでした。これは早く札幌に戻った方が良いので散歩は終わりです。
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駅前には中央バスのターミナルがあり、20分後くらいに札幌駅前のターミナル行きのバスが出ることを教えてもらいます。駅前からタクシーに乗ってホテルに戻り、車にはそのまま待っていてもらいます。荷物を受け取りましたが、やはり階段では手を貸してもらえませんでした。親切何だか不親切何だか最後まで分からないホテルでした。
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荷物を持ってバスターミナルに向かい、切符を買っているとバスがやってきました。小樽発のバスなので余裕で座ることが出来ました。市内のいくつかの停留所を経由して札樽自動車道に入りました。
小樽バスターミナル 乗り物
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札樽自動車道からは石狩湾がきれいに見えました。それを見越して左側の席に座っていました。
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自動車道でもいくつかの停留所に停まりながらなので結構時間がかかります。
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石狩湾港の火力発電所や風力発電の風車が見えてくると札幌も近いです。
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市内に入ってもいくつかの停留所を周りながら駅前のバスターミナルに着きました。旅の2日目はここから中央バスに乗って積丹半島の1日バスツアーに参加しましたが、もう遠い昔のようです。札幌駅からはJRで新千歳空港へ向かいました。
札幌駅前バスターミナル 乗り物
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予定より早く空港に着いて、荷物もさっさと預けて身軽になります。ここからは買い物モードで、妻は大好物のオランダせんべいを買いに走ります。余市で行ったOcci Gabiのワインも売っていました。
新千歳空港 空港
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礼文島の「島の人」では荷物を送り忘れられて嫌な思いをしましたが、空港の「島の人」ではとても親切にしていただきました。先に買い求めた他の店の魚にも保冷剤を入れてパッキングし直してくださいました。
島の人 新千歳空港店 グルメ・レストラン
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まだ時間があるので最後の食事はラーメンを食べることにしました。一番手前の「一幻」も気にはなりましたが並んでいる列が長いので諦めました。
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3組くらいで列の短い「白樺山荘」に入りました。1週間前にサッポロラーメン横丁の店にも行きましたが、休みで食べることが出来ませんでした。
白樺山荘 新千歳空港店 グルメ・レストラン
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まずは生ビールで乾杯です。9日間お疲れさまでした。
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「白樺山荘」は茹で卵が食べ放題です。だからって2個も食べなくても良いと思います。
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味噌チャーシューにバターとコーンのトッピングです。この店も味噌の塩味が少し強かったです。どうも札幌の有名なラーメン店の味は合わない気がします。今回一番美味しかったのが「北海道開拓の村」の味噌ラーメンでした。
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妻は味噌ラーメンにバターにコーンとトッピングです。ゆで卵を2個食べたせいで面が食べられなくなり、ヘルプしました。もうお腹は満腹です。
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午後8時30分の便で羽田に向かいます。「コンフィデンスマンJPの英雄篇」の最後のトリックの開明するところで羽田に着いてしまったので確認しようと思っていました。ところがこの機体にはシートテレビすらありませんでした。前の旅行で羽田から札幌で前半を観て、今回の羽田から札幌でほぼ終わりまで観て、また最後が見られませんでした。しばらく飛行機に乗る予定が無いのでレンタルDVDに頼るしかありません。
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