2022/06/24 - 2022/06/24
196位(同エリア345件中)
kojikojiさん
- kojikojiさんTOP
- 旅行記1760冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,460,397アクセス
- フォロワー169人
この旅行記のスケジュール
2022/06/24
この旅行記スケジュールを元に
余市に着いて「余市ワイナリー」の見学と試飲を終えて、タクシーで「ニッカウヰスキー余市工場」へ向かいました。余市市内はどこへ移動しても1,000円ちょっとで移動出来るので便利な街だと思いました。旅行の直前に予約もほぼ終えたところで、自分の作成したスケジュール表に「2週間前/要予約」と書き込まれてありました。自分で作成しながら何だっけとホームページを確認すると「ニッカウヰスキー余市工場」は予約しないと見学できないことを思い出しました。慌てて確認すると予定していた日曜日はすでに満員で、土曜日は見学が休みで、月曜日は東京に帰る日なので行くとしたら札幌から小樽へ移動する日しかありませんでした。慌てて予定を変更して何とか予定を詰め込むことが出来ました。「ニッカウヰスキー余市工場」の石造りの工場の入り口前には27年前に妻と一緒に来たことがありました。その時も予約していないので見学が出来なくて残念に思ったことがありました。この日念願が叶って午前11時30分から見学することが出来ました。入り口のゲートにある受付で名前を伝え、試飲用の用紙をいただきます。これが無いと試飲が出来ないのと、見学コースに戻ることが出来なくなります。待合室のロッカーに荷物を預けて身軽になって見学がスタートします。ガイドさんと警備の方がついて、この時間の見学者は30人ほどでした。一次乾燥棟の入り口では泥炭の臭いを嗅ぐことも出来ました。蒸留棟では本当に火入れをしているところで暑さを感じながら見学が出来ました。敷地内のリタハウスや旧竹鶴邸は試飲後に戻ってから自由見学になるので、外観と歴史についての説明があるくらいです。見学用の1号貯蔵庫を見せてもらって見学は終わり、全員で試飲会場に向かいます。ここではシングルモルト余市とスーパーニッカとアップルワインがいただけます。最初にストレートで一口飲んでみますが、昼間から強すぎるので炭酸で割って氷を入れていただきました。いい気分に酔いが回り気持ちよくなります。ここへ来る前に「余市ワイナリー」でもグラス3杯のワインをいただいています。この後にお昼は「Occi Gabi 」に予約を入れていました、このワイナリーのレストランに気が付く前はニッカのレストラン「蔵」で食事をする予定でしたが、レストランは休みでした。いい気分で酔っ払って、もう一度見学コースに戻り、ウイスキー博物館も見学しました。さすがに有料試飲にトライするほど元気はありません。旧竹鶴邸の一部も見学して1時間強の見学が終わりました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 タクシー ANAグループ JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
「余市ワイナリー」から「ニッカウヰスキー余市工場」までタクシーで戻ってきました。JR余市駅からはすぐの距離です。
-
蒸溜所の正門から先には予約をしていないと入ることは出来ません。門の中の左側にある受付で手続きを済ませます1934年竣工の正門など石造りの建物が続きますが、「札幌軟石」が使われています。札幌軟石は約4万年前に支笏湖ができたときの火砕流が冷えて固まったもので、加工しやすいのが特長です。
工場の見学は予約必須なので2週間前にはチェックを。予約が無いと工場の敷地にも入れません。 by kojikojiさんニッカウヰスキー余市蒸溜所 名所・史跡
-
手続きを済ませて時間まで待合い室で待機します。ここには使用後に100円が返却されるコインロッカーがあるので身軽になって見学が出来ます。旅行の直前になって見学の予約が必要だということを思い出して焦りましたが、予定を変更してまで来ることが出来たので感無量の気分です。
-
待合い室の入り口には昨晩ススキノでお別れしてきた男性がいます。モデルになったのは19世紀の英国の「W・P・ローリー卿」という人物です。ローリー卿は香りの効き分けが得意であったとされるウイスキーブレンドの名人で「キング・オブ・ブレンダーズ(ブレンドの王様)」と呼ばれていました。描かれているのは、ウイスキーの原酒をテイスティングしている姿なのだそうです。
-
受付でいただいたこのチケットは重要で、これが無いと試飲が出来なくなるのと、試飲後に再びガイドツアーエリアに戻る際に必要になります。
-
ガイドツアーに参加しないと一番奥にあるレストランとお土産売り場にしか行くことが出来ません。この差は大きいので予約は必須だと思います。
時間になってガイドさんと警備の方がやってきてツアーが始まります。大体30名の方がいらっしゃいました。 -
正門を入ってすぐに見えるのが「一乾燥棟(キルン塔)」です。特徴的な屋根は「パゴタ屋根」と呼ばれ、中国風のデザインが蒸溜所のシンボルにもなっています。乾燥棟の内部は大きな釜戸(かまど)のような構造で、ピート(泥炭)で大麦をいぶしながら乾燥させ、発芽を止めて大麦麦芽(モルト)が造られます。この作業はウイスキーにピート香(スモーキー・フレーバー)を染み込ませるためにも大切なプロセスです。
-
北海道はピート(草炭)がたくさん取れる土地で、前の旅行で行った「サロベツ湿原」では泥炭を採掘する浚渫船が残されていました。現在は乾燥棟での作業は海外に委託しているとのことでした。入り口には数日前に焚いたピートが置かれていて、ウイスキーを連想させるスモーキーな香りがしていました。
-
明治中期から後期にかけては札幌軟石の建物が多く造られました。その後の昭和25年の1950年に建築基準法が制定されたことやコンクリートの普及によって次第に衰退していきます。
-
「蒸溜棟」には単式蒸溜器(ポットスチル)が並んでいます。余市では昔ながらの石炭による「石炭直火蒸溜」が行われています。石炭直火蒸溜は温度調節が難しく熟練の技が必要です。その分芳ばしい香りと力強い味を持ったウイスキーができあがります。モルトウイスキーは単式蒸溜器(ポットスチル)で2回蒸溜を行い、アルコールをとりだします。
-
蒸溜の際に使われるポットスチルは下向きのラインアームを持つストレートヘッド型です。アルコール以外のさまざまな成分を残しながら蒸溜が進むため、原酒に複雑で豊かな味わいを与えます。
-
独特の香ばしさは創業から現在まで続く石炭直火蒸溜によるものです。800℃から1000℃もの高温になるポットスチルを、絶妙なタイミングで石炭をくべながらまんべんなく熱し、適度な「焦げ」をつくります。
-
奥から3番目の小さな釜は創立当時に使用していた釜だそうです。釜の上部の注連縄は創業者竹鶴政孝の実家が造り酒屋を営んでいたので、その風習を取り入れ「良いウイスキーが出来ますように」としめてあるそうです。「小笹屋」の屋号で知られる竹鶴酒造は現在も広島県の竹原市本町に現存しています。
-
「石炭直火蒸溜」を行なっているのは世界でも余市蒸溜所のみだそうです。余市蒸溜所では今でも伝統的な製法を守り続けているとガイドさんお説明にも力が入ります。
-
石壁の奥にある「粉砕・糖化棟」では大麦麦芽は粉砕された後、マッシュ・タン(糖化槽)で約60℃の温水を加えて攪拌され、麦芽に含まれる糖化酵素のはたらきで甘い麦汁(糖化液)に変化させます。ここから先は現在は見学コースから外れています。
-
「旧事務所」の建物はニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝の事務所として、昭和9年7月に建設されました。ニッカウヰスキーの原点となったこの建物は、余市の工業発達の足跡を示す文化的資産として、余市町より指定文化財に認定されています。
-
企業内の建物が指定文化財となったのは、北海道内ではここが初めてだそうです。創立当時はウイスキーは貯蔵する一方ですぐに商品化が出来ず売り上げが立たないので、余市で採れるりんご等の果物を使い、ジュースやジャム等の加工食品を製造していました。
-
その当時の社名は「大日本果汁株式会社」で、大日本の「日」と果汁の「果」取り、昭和27年の1952年に「ニッカウヰスキー」と社名変更しました。
-
白いカバーの掛けられたソファーがその当時の日本の雰囲気を残しています。昭和40年代でもテレビにカバーを掛けたり、黒電話にもレースのカバーをつけていました。壁に掛けられたハンティングトロフィーと暖炉が北海道らしいです。
-
工場でありながら山の中のリゾートホテルのような雰囲気です。赤い屋根が北海道らしさを感じさせます。
-
創立時に建てられた「第一号貯蔵庫」のある場所は、当時は余市川の中洲でした。床は土のままで適度な湿度が保てるよう、また外壁は石造りで夏でも冷気が保てるように設計されています。樽の中の原酒は木目を通して呼吸して少しずつ熟成が進みます。
-
熟成が進むと共に蒸発が進み、20年で約1/2ほど蒸発しますが、このことを「エンジェル シェア」、「天使の分け前」と一般的に言われています。
-
ワインでは1週間で5%が天使に飲まれてしまいますが、ウイスキーも随分飲まれているのだと感じます。我が家のエンゼルは銀行預金も大好きなようで、ちょっとづつ減っているような気がします。
-
「第一号貯蔵庫」の外部は石積みですが、内壁から屋根にかけては木造になっています。床も砂利なので湿気の強さを感じます。
-
倉庫の中に並ぶ樽は見学用のための物なのでお酒は入っていません。製材したホワイトオークの樽造りには熟練した樽職人が必要で、木を曲げる整形、樽の組み立て、チャーという焼き入れなど、必要な技術を習得するためには長年の経験が必要だそうです。ポットスチルと「石炭直火蒸溜」から生まれた力強いモルトは500Lの新樽に詰めて長期熟成させるそうです。
-
途中に「リタハウス」や移築された「旧竹鶴家」については簡単な案内だけで、試飲後に各自で見学するように言われます。
-
ここで見学エリアから表に出ます。予約していな場合はこの正面の売店とレストランだけの利用になります。
-
ガイドさんの案内で全員で右側にある試飲コーナーのある「ニッカ会館」に移ります。
-
ニッカのエンブレムは一見すると英国貴族の紋章のように見えますが、左右には魔除けの狛犬が向かい合い、中央には武芸を意味する兜、NIKKAの文字周辺の市松模様は文化を表しています。これは竹鶴政孝の発案で、洋の装いと和の魂が込められているそうです。
-
2階の試飲コーナーに上がりましたが、大きなビアホールのような広い空間です。ここで見学時にいただいたチケットを見せると試飲用のお酒がいただけます。
-
3種類のお酒がグラスに入っていて、おすすめの飲み方が書かれてあります。
-
この3本がこの日飲めるお酒でした。一番右のアップルワインは札幌に来た2日目の積丹半島のツアーで余市の道の駅で買い求めて、札幌のグランドホテルでオンザロックでいただいていました。
-
トレーに乗った3つのグラスがいただけます。氷と炭酸水も用意します。
-
「シングルモルト余市」をストレートで舌の上に乗せてみます。しびれるようなアルコールと何とも言えない香りが口の中に広がります。一度全部試飲した後に氷を入れて炭酸水で割りました。
-
「スーパーニッカ」
これも同じようにストレートでいただいてみます。父が遺した洋酒の多くは友人に飲んでもらいましたが、よいものはまだ家に保管しています。少しは飲んであげないとと思います。こちらも氷を入れて炭酸水で割ります。 -
「アップルワイン」
ここ数日ちょっとづつ飲んでいるので氷を入れていただきます。ストレートでは甘すぎます。 -
いい気分で試飲を終えて階段室に行くと笠谷幸生の昭和47年の1972年札幌オリンピックの70メートル級純ジャンプで優勝した際の写真パネルがありました。この時小学校の5年生でしたが、日本人3人のメダル独占は誇らしく思いました。しばらくは小学校の滑り台の上から10円玉をジャンプさせる遊びが流行りました。笠谷幸生は竹鶴の寄贈した竹鶴シャンツェで、ジャンプを学び、ニッカに入社して金メダルを獲っています。
-
当初はここにある「蔵」というレストランでお昼を食べる予定でしたが、いろいろ調べるうちに「Occi Gabi」というワイナリーのレストランを予約していました。この日「樽」は休みだったので、変更しておいて良かったと思いました。
-
「ノースランド」という売店は大変な賑わいでした。ここではオリジナルラベルのアップルワインを6本まとめて家に送りました。地元の友人には良いお土産になりそうです。
-
再度ガイドツアーのエリアに戻ります。ここでもチケットのチェックがありました。
-
ガイドツアーでは素通りした「ニッカミュージアム」の見学に向かいます。
-
「ニッカミュージアム」は2021年10月に旧ウイスキー博物館を改修し、展示内容を刷新してオープンしたそうです。
-
ウイスキーづくりの時間の流れをブレンダーに焦点を当ててご紹介するコーナーや、ニッカウヰスキーを代表する4つのブランドに関する展示を通して、ニッカウヰスキーの魅力に触れていただくことのできる見学施設になっています。
-
スペース中央には千葉県柏市にあるブレンダー室内に実際に設置されている「ブレンダーズテーブル」を再現してあります。ブレンダーの日々の様子に触れることが出来ます。
-
「ストーリー・オブ・ニッカウヰスキー」のコーナーではニッカウヰスキーを代表する4つのブランドの「余市」「竹鶴」「ブラックニッカ」「フロム・ザ・バレル」をご紹介するコーナーになっています。
-
「竹鶴」についての展示も常設のプロモーションのようです。
-
4色並んだボトルの違いはピートによるもので、これだけ色が変わるのだと知りました。
-
先ほど嗅ぐ事の出来たピート(泥炭)も置かれてありました。
-
懐かしい昔のラベルの張られたボトルが並んでいます。だんだん昔のテレビコマーシャルが思い出されてきました。
-
一番奥には「テイスティング・バー(有料試飲コーナー)」がありました。ピカピカに磨かれた「ポットスチル(蒸溜器)」が鎮座して、周りがカウンターになっています。蒸溜所限定商品も飲めるようですが、既に無料の試飲で酔っ払っています。
-
テイスティング・バーを左に折れるとニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝についての展示がありました。竹鶴という苗字は家(現在の広島県の竹原市にある竹鶴酒造)の裏にあった竹林に鶴が巣を作ったことに由来しているそうです。
-
両親の写真や兄弟の写真が並んでいます。造り酒屋の家ですから裕福だったことが写真からもうかがえます。大阪高等工業学校(現在の大阪大学工学部)の醸造科にて学びますが、この進学は兄2人が家業の酒造りを敬遠したからのようです。新しい酒である洋酒に興味をもっていた竹鶴は、大阪高工の先輩・岩井喜一郎を頼り、当時洋酒業界の雄であった摂津酒造に徴兵検査があったために期限付きで入社します。
-
徴兵検査ではアルコール製造は火薬製造に必要な技術であるので入隊させずに今後も製造に従事させるという理由から乙種合格とされたため軍隊に入隊せずにすみます。そのため摂津酒造での勤務を継続することとなります。19世紀にウイスキーがアメリカから伝わって以来、日本では欧米の模造品のウイスキーが作られていただけで、純国産のウイスキーは作られていませんでした。そこで摂津酒造は純国産のウイスキー造りを始めることを計画します。
-
竹鶴は社長の阿部喜兵衛と常務の岩井喜一郎の命を受けて単身スコットランドに赴き、グラスゴー大学で有機化学と応用化学を学びます。現地で積極的にウイスキー蒸留場を見学し、頼み込んでエルギンのロングモーン蒸留所で実習を行わせてもらうこともありました。最終的に竹鶴はキャンベルタウンのヘーゼルバーン蒸留所で実習を受けます。
-
スコットランドに滞在中に竹鶴はグラスゴー大学で知り合った医学部で唯一の女子学生イザベラ・リリアン・カウン(通称エラ)に頼まれて末弟のラムゼイ・カウンに柔道を教えていた。その姉であるジェシー・ロバータ・カウン(通称リタ)と親交を深め、1920年1月8日結婚することになります。
-
しかし、ラムゼイを含むリタの家族のほとんどに反対されたため、教会ではなく登記所で2名の証人と登記官の前で宣誓するだけの寂しい結婚式であったそうです。
-
1920年11月にリタを連れて日本に帰国します。結婚については実家の家族にも反対されますが、最終的にいったん分家するという形で一応の決着をみます。結婚後は摂津酒造に程近い帝塚山に新居を構えました。
-
摂津酒造はいよいよ純国産ウイスキーの製造を企画しますが、不運にも第1次世界大戦後の戦後恐慌によって資金調達ができなかったため計画は頓挫してしまいます。その後1922年に竹鶴は摂津酒造を退職し、大阪の桃山中学で教鞭を執り生徒に化学を教えます。
-
1923年に大阪市東区住吉町の洋酒製造販売業者「寿屋(現在のサントリー)」が本格ウイスキーの国内製造を企画します。社長の鳥井信治郎がスコットランドに適任者がいないか問い合わせたところ「わざわざ呼び寄せなくても、日本には竹鶴という適任者がいるはずだ」という回答を得ます。
-
鳥井は以前に摂津酒造に模造ワイン製造を委託していたことがあり、竹鶴とも数度面会したことがあったようです。鳥井は竹鶴を年俸四千円という破格の給料で採用します。この年俸はスコットランドから呼び寄せる技師に払うつもりだった額と同じと言われます。
-
竹鶴は製造工場はスコットランドに似た風土の北海道に作るべきだと考えていましたが、鳥井は消費地から遠く輸送コストがかかることと、客に直接工場見学させたいという理由で難色を示しました。竹鶴は大阪近郊の約5か所の候補地の中から、良質の水が使え、スコットランドの著名なウイスキーの産地ローゼスの風土に近く、霧が多いという条件から三島郡島本村大字山崎(現・島本町山崎5丁目)を候補地に推します。
-
ここにきて昨年の大阪と京都の旅で「アサヒビール大山崎山荘美術館」に行きながら「サントリー 山崎蒸溜所」に行けなかったことが悔やまれます。そして数年前のバルト三国の旅の途中で立ち寄ったドライブインに売っていた「山崎」を買ってこなかったことが悔やまれます。日本で手に入る金額の4分の1くらいの値段でした。
-
1934年3月に後続の技師が育ってきたこと竹鶴が帝王教育を任されていた鳥井の長男の吉太郎に一通りの事を教え終わったこと、最初の約束である10年が経過したことから、竹鶴は寿屋を退職します。同年4月に北海道余市郡余市町でウイスキー製造を開始することを決意し、資本を集めて7月に大日本果汁株式会社を設立し、代表取締役専務に就任します。
-
筆頭株主は加賀証券社長加賀正太郎で、加賀の妻は1924年以来竹鶴の妻のリタから英会話を学んでおり、竹鶴が事業を始めることを聞いた加賀は他の2人の出資者と共に竹鶴を支援することにします。
-
ウイスキーは製造開始から出荷までに数年かかるため、当然ウイスキー製造による収益はありません。そこで竹鶴は事業開始当初は余市特産のリンゴを絞ってリンゴジュースを作り、その売却益でウイスキー製造を行う計画でした。このため農家が持ってきたリンゴは1つ残らず買い取り、しかも重量は農家の自己申告をそのまま信用して買ったといいます。出荷できないような落ちて傷ついたリンゴでも残らず買ってくれるというので、大日本果汁の工場にはリンゴを積んだ馬車の列ができました。
-
この記述は竹鶴自身の自伝を元にしていますが、出資者の記述はこれとはだいぶ違い、竹鶴は余市で起業する際に寿屋と鳥井には大変に恩があるので、余市でウイスキー製造をする気は無く、大日本果汁はその名の通りリンゴジュースを製造販売する会社だと説明して出資を募ったそうです。
-
創業後に莫大な返品と積み上がった在庫をどうするのかという話になったところで、ようやくそれらを使って蒸留酒を造り、そのついでに少量のウイスキーも仕込むという話を持ち出して来たそうです。実際に大日本果汁は創業後しばらくは酒造免許を取得していません。このような経緯もあって、地元の農家の人たちは竹鶴が余市でウイスキー製造を企てているとは知らず「ジュース工場の社長がリンゴをたくさん買ってくれる」と信じていたそうです。
-
1935年5月に日果林檎ジュースの出荷を開始します。しかし竹鶴の品質へのこだわりはジュースにも及び、他社が6銭の果汁入り清涼飲料を作っていたのに対して30銭もする果汁100%ジュースしか販売しなかったため、あまり売れなかったそうです。混ぜ物をしていないため製品が濁ることがあり、誤解した消費者や小売店からの返品も相次ぎます。
-
昭和10年当時に販売していた甘味ニッカ林檎汁のボトルも残されていました。NHKの連続テレビ小説「マッサン」では竹鶴政孝ととリタについてが描かれ、ニッカウヰスキーは飛ぶように売れ、原酒が足りない状態が続いているそうです。ガイドさんは「放送の7年前に連絡いただければ、原酒の用意が出来たのですが。」と笑っていました。
-
大日本果汁株式会社を設立したのが昭和9年の1934年で、アップルワインはその4年後の昭和13年の1938年に誕生しました。その頃からラベルやデザインはほとんど変わっていないようです。余市工場で販売しているアップルワインのラベルはオリジナルの物でした。
-
懐かしいオーソン・ウェルズのポスターが額に入っていました。昔のテレビコマーシャルを思い出します。
https://www.youtube.com/watch?v=zyMfbwrIplk -
ポール・アンカのコマーシャルも懐かしいです。
https://www.youtube.com/watch?v=akyHuXqgTiY -
ロッド・スチュアートのCMよく流れていました。でも一番印象に残っているのはサミー・デイビス・Jrと一番かっこよかったのはキッド・クレール&ザ・ココナッツの「Don't take my Black 50!]」というフレーズでした。
https://www.youtube.com/watch?v=rFhUoQ0-f-Y
https://www.youtube.com/watch?v=s65iw48fXhI -
ドラマで使われていた衣装も展示してあります。スコットランドから帰国する際にマッサンと妻のエリーが来ていたスーツとドレスまで展示してありました。
-
ドラマの設定の北海道果汁株式会社の北海道の「ドウ」と果汁の「カ」を取り、「ドウカウイスキー」と命名され販売されます。
-
ドラマの大阪時代の衣装もよく出来ています。法被などは色あせているので、昔の物かと思うほどです。これで博物館の見学も終わりました。
-
出口に向かいながら「旧竹鶴邸」を見学します。創業者の竹鶴政孝が夫人リタとともに使用していた余市町の郊外山田町の住居を平成14年12月に工場内に移築し、復元したものの玄関ホールと庭園を一般公開しています。ガイドさん曰く2階の窓には障子とカーテンが入れられた和洋折衷の造りとなっているとのことでした。
-
玄関ホールだけ覗いてみることにします。住居部分を見ることが出来なくてちょっと残念です。
-
和風の竿縁天井(さおぶちてんじょう)に明り取りの窓にはステンドグラスが入り、山水画のゴブラン織りのようなタペストリー…。不思議な空間です。
-
屋敷の模型がありました。見学できるのは一番右側の離れのような玄関だけです。
-
竹鶴政孝とリタの結婚に至る経緯がパネルになっていました。
-
リタは日本食をマスターしているとは知りませんでした。正月には竹鶴家の広島風の鰤と丸餅の入ったお雑煮を作ったようです。我が家では母が亡くなるまで元旦は父の生まれた関東風のお雑煮で、2日は京都風の白みそのお雑煮でした。その味は妻に受け継がれています。
-
リタは日本に来て40年が経ち、30数年振りに再会した妹に「ワタシ エイゴヘタ二ナリマシタ」と笑ったそうです。
-
2人の幸せだった時間を垣間見た気がしました。
-
竹鶴は絵画にも造詣が深く、上野山清貢という画家との交流もあったようです。
-
2羽の丹頂は竹鶴夫婦を意味すると同時に笹竹と鶴で苗字にもなっていることが分かります。丹頂のつがいは一生添い遂げることでも知られています。
-
隣には「リタハウス」という名前の付いた建物もあります。橇に乗ったウイスキーの樽がニッカらしいです。
-
現在は「リタハウス」と呼ばれる建物は大日本果汁株式会社の事務所兼工場として誕生する昭和9年の1934年以前からここにあったそうです。竹鶴がこの敷地を購入した際に、但馬八十次という地主の屋敷であったこの建物ごと購入したそうです。
-
工場が設立された後は経理事務所として使用され、その後はウイスキー製造工程の研究やブレンド、成分分析などを行う研究室として使われていました。
-
その後リタ夫人にちなんで英国式アフターヌーンティーが楽しめる喫茶室として営業していたこともあるようですが、現在は老朽化と共に耐震基準に合わなくなったこともあって内部へ立ち入ることは出来ないそうです。
-
これで見学できるところは見終わったようです。札幌軟石と赤いトタン屋根と黄色い花の組み合わせが美しいです。
-
パゴダ屋根はもともと煙突で、かつては四角の普通の煙突がついていました。それを現在のパゴダ屋根の形状に変えたのは、19世紀の建築技師のチャールズ・ドイグだといわれます。彼はスコットランドの技師で、蒸留所の設計に多く携わっていましたが、1870年から90年代はヴィクトリア期で、ちょうどスコットランドでは東洋ブームが起きていました。
-
竹鶴がスコットランドに行っていた時代より遡りますが、残されたノートにはスケッチもあるほどこの形にはこだわりがあったようです。
-
この日は雨が降ったりやんだりでしたが、見学中は濡れることはありませんでした。こんな天候もスコットランドらしくて、この工場を見学するにはちょうど良かったと思えます。
-
最後に記念写真を撮りました。残念ながら周囲には誰もいないので2人の写真は撮れませんでした。
-
日本らしいエンブレムに見送られて工場を後にします。
-
我々が表に出ると門扉が閉められました。いつの間にか最後だったようです。
-
ここからタクシーに乗ってお昼を予約してある「Occi Gabi」というワイナリーのレストランに向かてタクシーに乗りました。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2022札幌・小樽の旅
-
前の旅行記
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(12)札幌から余市ワイナリーとOc...
2022/06/24~
余市
-
次の旅行記
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(14)旧越中屋ホテルに泊まり、昭和...
2022/06/24~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(1)ANA特典航空券で札幌に入り、...
2022/06/19~
札幌
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(2)中央バスのツアーで積丹半島を巡...
2022/06/20~
積丹半島
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(3)中央バスのツアーで念願の神威岬...
2022/06/20~
積丹半島
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(4)初めての旭山動物園で妻と3度目...
2022/06/21~
旭川
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(5)旭山動物園を満喫して札幌に戻り...
2022/06/21~
旭川
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(6)まるうんトラベルのバスで富良野...
2022/06/22~
富良野
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(7)富良野と美瑛をバスで駆巡り、冨...
2022/06/22~
美瑛(びえい)
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(8)北海道開拓の村でゴールデンカム...
2022/06/23~
札幌
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(9)小樽の鰊御殿へ行く前に開拓村で...
2022/06/23~
札幌
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(10)札幌で味噌ラーメンが一番美味...
2022/06/23~
札幌
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(11)開拓村でゴールデンカムイを知...
2022/06/23~
札幌
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(12)札幌から余市ワイナリーとOc...
2022/06/24~
余市
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(13)ニッカウヰスキー 余市蒸溜所...
2022/06/24~
余市
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(14)旧越中屋ホテルに泊まり、昭和...
2022/06/24~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(15)小樽堺町通りでショッピングを...
2022/06/25~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(16)小樽港からオタモイ岬までの海...
2022/06/25~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(17)小樽3日目は小樽芸術村の旧三...
2022/06/26~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(18)似鳥美術館のティファニーのス...
2022/06/26~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(19)ステンドグラスグラス美術館膨...
2022/06/26~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(20)西洋美術館のコレクションの膨...
2022/06/26~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(21)旧青山別邸と鰊御殿を見学して...
2022/06/26~
小樽
-
グランドホテル札幌とアンワインド ホテル&バー 小樽に8泊9日北海道の旅(22)海陽亭に在りし日を思い、銀鱗...
2022/06/27~
小樽
-
札幌と小樽の旅スピンオフ。余市のオチガビ(Occi Gabi)のワインの会で恵比寿のMONNA LISAへ行...
2022/08/07~
恵比寿・代官山
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
余市(北海道) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2022札幌・小樽の旅
0
98