2019/11/04 - 2019/11/04
484位(同エリア4766件中)
kojikojiさん
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- 旅行記1760冊
- クチコミ1205件
- Q&A回答73件
- 3,462,428アクセス
- フォロワー169人
夕方6時過ぎに最後のホテルである「クラウンプラザ・オールドシティ」に到着しました。最終日はホテルにチェックインした後は自由行動になり晩御飯もついていません。オプションのベリーダンスとディナーに行かれる方も多かったようです。我が家は出発前から考えていたルートで出掛けることにします。最寄駅から地下鉄に乗って、タクスィム広場まで出てイスティクラル通りを散歩して、チェチキ・パッサージュの中のレストランでシーフードを食べて、「ペラ・パレスホテル」のバーに行くという予定です。まあ午後10時くらいに帰ってこれるかと思ったのですが、地下鉄駅に着く前に数店のお店に引っ掛かり、ムール貝のピラフを食べたり…。タクスィム広場までは何とか問題なく移動できましたが、イスティクラル通りのお菓子屋さんやKOTONやOXXOなどトルコの洋服屋に寄ったり、靴を買ったりとどんどん時間が過ぎていきます。かなり予定を押したところでパッサージュで最後のディナーもゆっくり。食べたかったものが全部食べられたので思い残すこともありません。白ワインを1本空けていい気分でペラ・パレスにも行きました。このホテルには23年前に1週間ほど滞在した思い出があるのですが、きれいにリノベートされて豪華に変わっていました。今回の旅の最初にはシルケジの「オリエント・エクスプレス」でディナーをいただき、アガサ・クリスティー繋がりでこのホテルのバーで締めくくろうと考えていました。昨年のエジプト旅行ではアスワンの「オールド・カタラク」やルクソールの「ウインター・パレス」でアガサのナイル殺人事件のロケ地にも行きましたので、ひとつのことが完結した気分にもなりました。15日間と長かったツアーも最終日を残すだけですが、楽しかった思い出ばかりでした。そんな充実したものを感じながらホテルに戻りました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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予定通りイスタンブールのラーレリ地区の「クラウンプラザ・オールドシティ」には午後6時過ぎに到着しました。トラムの走るオルドゥー通りにバスが着くのかと思いましたが、裏道の細い道を神業のように通り抜けました。
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初日に郊外の「ホリデイインホテル」からタクシーに乗って、ラーレリの時計塔で降ろしてもらい、グランド・バザールへ向かって歩いている途中でこのホテルの前を通っていました。何か聞き覚えのある名前だと思っていて、通り過ぎてしばらくしてから最終日に泊まるホテルだと気づきました。
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ホテルは4棟の建物をアーケードで繋いだようなデザインです。夕暮れ時の青い空が雰囲気を盛り上げています。
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4棟の建物は伝統的なオスマン時代のトルコの邸宅を模したデザインになっています。古い町中の四辻に迷い込んだような雰囲気です。
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落ち着いた雰囲気はトプカプ宮殿の中にでもいるようです。というのは褒め過ぎですね。
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添乗員さんとガイドさんがチェックインするのをしばらく待ちました。このフロントの方もとても親切で、チェックアウト時に絵葉書の投函をお願いすると気持ち良い笑顔と「またお越しになられるのをお持ちしています。」って嬉しい言葉で見送ってくれました。
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阪急交通社に関わらずツアーで利用するホテルは最終日が一番豪華だというのが鉄則なようで「終わり良ければ総て良し。」という考えのようです。ということでこの日のホテルの部屋はかなり豪華でした。
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こんな豪華な部屋ですが、この後すぐに出かけてしまうのがもったいないです。このホテルは一番良いのかもしれませんが、今回泊まったホテルは個性的な古民家のホテルだったり、眺めの良いリゾートホテルだったり、その町で一番豪華なホテルだったりと変化に富んでいてどこも良かったように思います。
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バスルームも大理石をふんだんに使った豪華な感じです。
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バスタブも大きくお湯の量も温度もストレスなく使えました。使ったのは夜中になってからですが。
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我々が泊まった棟は1階が「ラーレ・レストラン」という朝食会場がありました。他の棟が吹き抜けになっているか探検する暇はありませんでした。
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ちょっとおめかししてホテルを出発します。
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朝食のレストランもちょっと覗いてみました。
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すぐにホテルを出るはずだったのですが、妻がホテルのアーケード内のお店のセールの文字に引っかかってなかなか先に進めません。更に表にあった靴屋さんで試着したり…。ホテルの周辺は問屋街なので安いお店からブティックまでいろいろ揃っています。
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さらにホテルを出て1ブロック進んで、左に曲がったところでミディエ・ドルマ(Midye Dolma)の山を見つけて大変なことに。
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ミディエというのはムール貝のことで、ドルマというのは詰め物料理一般をさす言葉です。
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これから晩御飯を食べに行くというのに…。でも嫌いじゃないから付き合っちゃいます。妻はずっとこれが食べたいと言い続けていましたが、ここで初めて目にしました。1個1TLなので4個で4TLって100円もしません。
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席を立って店のお兄ちゃんに口の前で手をすぼめるゼスチャー(美味しいという意味)を送ると胸に手を当てて応えてくれました。言葉が無くても旅が出来るトルコっていいなと改めて感じます。
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小腹を満たした後は地下鉄に乗って新市街へ移動します。この駅は2016年6月7日のイスタンブールのテロで標的になったそうですが、そんなことは妻には言えません。知らないほうがいいってこともあるよね。
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自動販売機で2回券(あるのかどうか)を買おうと思ったら良く分からないので、近くに人に尋ねたら親切に対応してくれたのだけど、ドイツ語を選択していたので「あなた方も旅行者ですか?」と聞くと「そうですよ。」彼らも良く分からなかったようで「ごめんなさい。」と言って1回券を2枚買いました。
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電車が来たので飛び乗ったら逆方向へ1駅進んでしまいました。結果的には終点駅だったのでそのまま座って移動できました。最近旅先での勘違いが多くて妻に叱られることが多くなりました。ウィーンではブダペストに向かうつもりでミュンヘン行きの特急列車に乗ってしまって危ういところでした。
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間違えた分も入れて4駅でタキシム広場に到着しました。ほんの数分で移動出来てしまうので便利です。
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23年ぶりのタクスィム広場です。以前は泊っていたペラ・パレスからぶらぶら歩いて来て、広場の近くにあるアエロフロートのオフィスにリコンファームしに来たことがあります。月曜日の朝のリコンファームは休み明けなのでなかなか電話が通じないのでオフィスまで出向くことが良くありました。国をまたいでの電話などはオペレーターの人と予約が確定するまで世間話をしたり、楽しい時間でもありました。
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「タクスィム」とは分割とか分配を意味するアラビア語に由来するようで、オスマン帝国のスルタンマフムト1世の時代にイスタンブール北部の水源から送られてきた水を都市の各方面に分配する設備があったそうです。広場の中心部には1928年のトルコ共和国の建国を記念して建設された共和国のモニュメントが建っています。
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カメラを構えていたら横を子牛が通り過ぎたと思いました。上の写真でもカップルがびっくりしていますが、背までの高さが1メートル20センチくらいある真っ黒な犬でした。
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これにはびっくり!リードも付けていないのでちょっと怖いけれど、みんなに写真を撮られても平然と去っていきました。
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タクスィム広場からはイステシクラル通りに進みますが、放射線状になっている広場でもどこへ進めばよいかすぐに分かります。
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この路面電車の通っている線路をたどれば間違いありません。
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トラムの後ろにはタクスィム・マスジットという名前のモスクが建設中です。建設途中の内部を見てみたい気になります。トラムヴァイと呼ばれる路面電車はタクシィム広場からトゥネルまでの1.5キロを往復しています。
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イスティクラル通りに入った途端にタクシムスーティス(Taksim Sutis)という由緒あるお菓子屋さん店先に出くわしました。
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奥はレストランになっていて1922年の創業だそうです。チキンスープやチキンピラフは90年前の味を守っているそうです。ガラスケースに並ぶお菓子の美しさは夜になると雄弁です。
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今回の旅ではトルコのお菓子に驚かされた旅でした。今までの旅ではほとんど見ていなかった気がします。妻が一緒だからかなと思いましたが、ほとんど食べていなかった気もします。
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いろいろなナッツの入ったロクムも、まるでローマ時代のモザイクのようです。
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そうするとこちらはビザンチン時代のモザイクでしょうか。
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冷蔵ケースに並んだムースも美味しそうです。
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フルーツのコンポートも美しいです。この日のお昼に食べた葡萄酢で煮込んだリンゴも並んでいます。
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ハフィス・ムスタファ(Hafiz Mustafa)は創業150年を誇るお菓子屋さんです。店員さんはフェズと呼ばれるつばのない円筒形の帽子を被っています。フェズという名前はモロッコの都市フェズにちなむそうです。日本ではトルコ帽と呼ばれエジプトなどではタルブーシュと呼ばれますね。
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オスマン帝国がマフムト2世の近代化改革によって文官と武官共に洋装を取り入れることになった際に、従来ムスリム(イスラム教徒)が頭に巻いていたターバンに代わるものとして導入されたそうです。しかしトルコ革命によってオスマン帝国が倒れ、近代化を国是とするトルコ共和国が成立すると、かつて近代化のシンボル的存在であったフェズはムスタファ・ケマル・パシャによって1925年に法令で着用が禁止されます。
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ケスターネと呼ぶ焼き栗やムスルと呼ばれる焼きトウモロコシのいい香りが通りに漂います。平日の月曜日なのにイスティクラル通りはすごい人出です。
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妻が靴屋さんのウインドウで動かなくなりました。最初はお腹が減ったのかなと思いましたが、どうやらブーツが見たいようです。そして試着して…。
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黒いブーツをお買い上げで、70%オフで8,000円くらいでした。悪い子の顔してます。
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以前は夜は薄暗かった通りですが、今はきれいにライトアップしていました。主に19世紀から20世紀初期のオスマン帝国時代後期の建物に囲まれた大通りは、ネオクラシックやネオゴシック、ルネッサンスリバイバルやボザール、アールヌーボーやトルコ初の国家建築様式で設計された建物が並んでいます。
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ドンドゥルマ屋さんでは相変わらず観光客がカップのコーンを持たされてからかわれています。
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今回初めて気が付きましたが美しい建物のオンパレードです。アールヌーヴォのデザインの庇が印象的ですが、出窓の雰囲気はトルコ伝統の建築様式も感じます。
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歩いても歩いても我々2人それぞれの興味の違いもあって、すぐにどこかの建物に引っかかってしまい、予定がどんどん遅れていきます。ただツアーの予定から外れているので気兼ねなく歩けます。そう、この日はホテルに到着した後は自由行動で、ベリーダンスとディナーのオプションに行かれた方が多かったようです。
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スマホの画面はインスタグラムの枠になり、その中では山のように積まれたお菓子の上からハチミツのようなものが大量にかけられました。これは写真に撮りたくなります。
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多分この通りで一番豪華で美しいグランドペラ(GyandPera)の建物が見えてきました。1833年から1918年の間に住んでいた政治家アブラハムパシャの住居として建てられ、オスマン帝国の建築家アレクサンドル・ヴァラウリーによって建てられました。
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新古典主義(ネオクラシック)のシンメトリーのファサードの中央はパサージュのようなデザインになっています。トルコの国家主義建築様式なのかもしれませんが、その違いは分かりにくいです。
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美しくリノベーションされているので宮殿のように見えます。現在は劇場や映画館として利用されていました。
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1階のショップは妻に任せて、2階から上は私の担当で役割分担します。目を離すとKOTON(コトナ)という店に入ってニットの巻きスカートなんか探しています。
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OXXOというファッションブランドの店にも入ってしまいました。トルコの国産ブランドの店がこの通りにはたくさんあり、値段も手ごろなので時間があったら楽しいでしょうね。
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その隣が目的地のフランス名シテ・デ・ペラで知られるチェチキ・パッサージュはイスティクラル大通りを飾る多くの歴史的建造物のひとつです。この辺りの地名であるガラタは古いギリシャ語のPeran en Sykais(対岸のイチジクの野原)に由来するペラ(Pera)と呼ばれていたのでペラの名を冠した建物が多いです。
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入口の雑貨店を抜けると途端に別世界が広がります。美しいパッサージュの世界です。通路の天井はガラス屋根になっているので、昼間も日差しが差し込んできれいなことでしょう。
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入ってすぐ左側のレストランの呼び込みのおじさんに引っかかって、ここで晩御飯を食べる事にしました。店の中も良いですが暑くも寒くもないアーケードが気持ち良いです。
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まずはトルコの白ワインで乾杯です。成田を出てから13日間お疲れ様でした。
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ソーヴィニヨン・ブランのスッキリした飲み口で美味しかったです。Leona Sau Beyazというメーカーで、アンタルヤのレストランでも飲んだものと同じ会社です。
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最初にギャルソンが標本箱のようなものを持ってきて前菜(メゼ)を選ぶのですが、それがそのまま出てくるのではなくてちゃんとお皿に入ってくるというシステムが面白かったです。その中から選んだひよこ豆のペースト(Humus)はパプリカがかかってちょっとスパイシーです。料理が出てくるまでパンに付けていただきます。
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巨大なパプリカのピクルス(koz biber tursu)も最高に美味しかったです。一度焼いて皮を剥いてあるので甘いビネガーがしっかり漬かっています。
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ミディエ・ドルマ(Midye Dolma)は先ほども食べましたが妻のご所望でここでも注文しました。
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タコのサラダ(Ahtapot Salatasi)もしっかりお酢に漬かって日本人好みの味付けです。
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最初に出てきた標本箱はこれでした。隣の席のカップルが選んでいるところを写真に撮らせてもらいました。
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翌日の最後のランチはガラタ橋のネプチューンというレストランでカラマーレを食べることになっていましたが、妻が「もう我慢できない。」というので注文しました。これが柔らかいイカの熱々のフリットとサワードレッシングのようなソースが絶品でした。
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私が今回一番食べたかったのがイスケンダル・ケバブ(I.Bahar Bcnfile Iskender)です。スライスした牛肉の下には切ったピデ(パン)が並んで余分な肉汁を吸い取っています。肉の上には最後にバターが乗せられ、白いのはヨーグルトです。トマトとバターとトマトが混然一体となった信じられない美味しさです。
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旅の最後にアレクサンダー大王の名前を冠した料理が食べられて大満足です。ここでカラマーレを食べておいたのは正解で、翌日のランチでは1切れだけがお皿に乗せられただけでした。
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ワインを飲みながら今回の旅の反省会です。と言っても楽しいことばかりでしたので後は空港で荷物の重量オーバーだけを心配するだけです。自分の体重オーバーは特に話題にはなりませんでした。
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実はパッサージュが大好きで、最初に知ったのは「月刊太陽」のパリの特集でした。15カ所ほどの有名なパッサージュが紹介されていたのですが、その全部を周ったことがあります。それ以外にもブリュッセルやナントやブダペストなど…。
パリのパッサージュ1 https://4travel.jp/travelogue/10624895
パリのパッサージュ2 https://4travel.jp/travelogue/10624897 -
ナントのパッサージュ https://4travel.jp/travelogue/10628739
ナントのパサージュ・ポムレは階段状になった美しさがありますが、「シェルブールの雨傘」の劇中にカトリーヌ・ドヌーブが唐突にこのパッサージュに立つ姿が出てきてビックリしたことがあるのですが、監督のジャック・ドゥミがナント出身と知って納得したことがあります。 -
ブダペストで偶然発見したパーリジ・ウドゥヴァルの廃墟のような姿にも感動しました。
ブダペストのパッサージュ https://4travel.jp/travelogue/10564605 -
妻と2人で仲良く旅をしてきましたが、こんな楽しみもあと何年続けられるのでしょう。若いころは7週間だった旅が5週間になり3週間へと短くなってきました。そして個人旅行の割合がどんどん減って、体力的に楽なツアーへの参加が増えてきました。
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お店に入った時間が遅かったので、賑わっていた他のお店も空席が目立ってきました。
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旅行前からここで食事がしたいと思っていましたがその願いは叶いました。またいつかイスタンブールに来ることがあったら立ち寄りたいレストラン街です。
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IKINCI BAHARの意味を後で調べてみたら「第2の春」でした。我が家の第2の春が長く続きますように。ちなみに299TLは6,000円弱でした。もちろんチップを20TLほど置いてきましたよ。
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黒ずくめなので闇夜では見落としそうになります。
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イスティクラル通りから脇道に入りたい気分になりますが、次の予定があるので我慢します。
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また新しいお菓子屋さん。一体どれだけのお菓子屋さんがこの通りにあるのでしょうか。
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夜遅いのに子供連れのお母さんをたくさん見掛けました。それだけ安全な通りだということが分かります。
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サンタ・マリア・ドラペリス(Church of St. Mary Draperis)は1584年に設立されたイスタンブールで最も古いローマカトリック教会の1つです。
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ニッチの聖母像が飾られた新古典主義様式の美しい聖堂がライトアップされていました。
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トラムヴァイが脇を通り過ぎて行きます。この通りは何度も通っていますがまだ乗ったことはありません。
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ガラタ塔へも行く時間が無いので工事囲いのパネルで良しとしましょう。
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旅の終わりに来てかなり元気です。普段だったら手荷物なんて持たないのですが、買ったばかりのブーツを小脇に抱えています。
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以前この通りに面した伝統料理の店に入ったことがありました。メニューは2つだけで1つは羊の内臓のスープで、スパイシーかスパイシーじゃないかが選べました。そしてメインの料理は「羊の頭脳みそ添え」か「脳みそ無し」から選べましたが、値段は同じなので脳みそ添えを注文しました。
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最初のうちはお肉を美味しくいただいていたのですが、ナイフとフォークで頬肉をどかしたら、下にあった目玉と目が合ってしまいました。それからはもう手が出ませんでした。そんなレストランはもう無くなってしまったのでしょうか?
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ベイオールで最も古く最大のシリア・パッサージュは、1901年にシリア人ハサン・ハルブニパシャと彼の兄弟であるイスタンブール商工会議所の長であるメフメット・アブブドパシャによって建てられました。建築家デメトレ・バシラディスによって設計され1908年に完成しました。
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下層階は商店街として設計され上層階は住宅として設計されています。宮殿として使われた後は、イスタンブールで電気と空調設備が設けられた最初の建物と言われています。そんな話を聞くと後から増設された空調ダクトが面白く見えてきます。
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またお菓子屋さんのショーウインドウに目が止まりました。麺状の生地を鳥の巣のように仕立てて、卵のようにアーモンドやピスタチオやヘーゼルナッツが入れられています。
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今から思えばいろいろな種類を盛り合わせて買って来れば良かったと思います。
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妻は「もう一度イスタンブールだけに行きたい。」と言っているので、近い将来また食べる事が出来るでしょう。そんなことを言いながら行けていない都市が幾つも出来てしまいました。
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トラムヴァイともここでお別れです。テュネルまで行っている時間が無くなりました。テュネル(トンネル)の開業は1875年で、ロンドンに続いて世界で2番目に古い地下鉄と言われます。ただ地下ケーブルカーという特殊な方式であるため、2番目の地下鉄としては世界遺産に認定されているハンガリーのブダペストの地下鉄1号線があげられます。
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ここからイスティクラル通りとは別れて脇道に入ります。途端に下町のような雰囲気に変わり、若者向けのバーや安宿が現れます。
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古い建物をリノベートしたレストランもオシャレな感じがします。
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だいぶ明るくはなりましたが、23年前に来た時と変わらない雰囲気も残っています。
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こんなお店は昔から残っているのだと思います。近くの雑貨店でジュースやお菓子を買った記憶が蘇ってきました。
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路地を曲がった先に目的地が見えてきました。初めてイスタンブールに来たときに泊まったホテルです。
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現在は一時の休業から蘇り、経営も変わって生まれ変わった「ペラ・パレス」です。当時は1泊10,000円程度で泊まれたので1週間ほど滞在しました。部屋はマタ・ハリというプレートが貼られた隣の部屋でした。
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中に入ってびっくりしました。事前にホテルのホームページで見て雰囲気は分かっていましたが、それにもまして豪華なインテリアになっていました。
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天井のドームは昔とあまり変わっていませんが、特に装飾の無かった時代とは天と地の違いがあります。
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ペラ・パレスはフランス系トルコ人建築家のアレクサンドル・ワリョリーが手掛け、1892年に竣工したホテルで、新古典主義やアールヌーボーと東洋的なスタイルでデザインされています。部屋のベランダからは金角湾の素晴らしい景色が望めます。
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このホテルを有名にした人にはトルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマル・アタチュルクが上げられると思います。彼の泊まっていた部屋は博物館になって、日中に見学する事が出来ます。そして、「オリエント急行殺人事件」をこのホテルで執筆したアガサ・クリスティも忘れられません。
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ドームの奥にはティーラウンジのクベリ・サロン(Kubbeli Saloon)で、雰囲気がエジプトのアスワンのオールド・カタラクトに似ていると思いました。オールド・カタラクトでは同じくアガサ・クリスティが「ナイル殺人事件」を執筆しています。
オールド・カタラクト https://4travel.jp/travelogue/11437033 -
サロンには誰もいないので写真撮りまくりです。完成されたインテリアなのでどこを切り取っても絵になります。
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23年前に泊まった面影は全くありませんが、変われば変わるものだと感心します。ここへ来たときはエジプトへ一緒に行った友人夫婦が一緒だったらなと思いました。
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旅の最初の晩に旧市街のシルケジ駅に行きました。ここはパリから出発したオリエント急行が最後に到着する最終駅です。その駅舎にあるオリエント・エクスプレスというレストランで最初のディナーを楽しみました。シルケジ駅で始まった妻へのプレゼンテーションもこのホテルで終わりになります。
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100年以上前から使われている木製のエレベーターもそのまま残されていました。エッフェル塔にエレベーターが設置された3年後の1892年からここでお客を運んでいることになります。トルコで初めて設置された木とアイアンを組み合わせた電動のエレベーターとしても知られています。エレベーターの籠の中にはベンチもありベルボーイが昇降してくれます。
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1888年に開通したオリエント急行は80時間の旅の後にパリからイスタンブールに到着しましたが、その乗客は高級官僚や作家や金持ちだけでした。 ペラパレスの建設はこれらの人々が豪華な宿泊施設を必要としていたため進められました。
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1895年にオープンしたホテルは、イスタンブールで最も素晴らしい建物の1つでした。 このホテルはオスマン帝国内では宮殿以外で電力を供給された最初の建物で、また市内で唯一ゲスト用に温水を提供できる場所でもありました。
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面白いエピソードとしてはペラパレスの厨房はオスマン帝国で初めてカレースパイスが使用されたとされ、カメのスープもこのキッチンで初めて調理されました。
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1926年にアガサ・クリスティーは11日間姿を消しました。本人の主張によるとこの期間にペラパレスホテルに滞在していたということです。 アガサの死後に著名な霊媒師のタマラ・ランドは「アガサが姿を消した時の秘密がペラパレスの部屋に隠されている。」と主張しました。
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そしてアガサの霊が説明した場所で彼女の11日間の失われた日々の秘密を明らかにする鍵が見つかりました。この話しから映画を作りたいと思った映画会社のワーナーブラザーズとホテルの経営者の間で意見が不一致となりこの謎は明らかになりませんでした。
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ペラパレスが物語に出てくる文学作品としてはアーネスト・ヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」やグラハム・グリーンの「叔母との旅」とアガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」が有名です。グラハム・グリーンの「大人しいアメリカ人」はマイケル・ケイン主演で映画化され、ベトナムのホイアンの「ヴィン・フン」というホテルには彼の名を冠したスイートルームがありました。
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ペラパレスホテルではアタチュルクの部屋とアガサ・クリスティーの部屋が博物館になっていますが、シルクとバラの香りで装飾されたグレタ・ガルボ・スイートやヘミングウェイの本で満たされたアーネスト・ヘミングウェイ・スイート、ゴールデンホーンとピエール・ロティの丘を見下ろすピエール・ロティ・スイートは滞在者が歴史のページ間を彷徨えるよう工夫されています。
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ホテルのオリエント・バー(Orient Bar)にはそれ以外にもこのホテルを愛した著名人の写真も飾られています。
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007シリーズの原作者であるイアン・フレミングもその1人です。彼の原作「007ロシアより愛をこめて」でもイスタンブールが出てきました。彼の原作ではありませんが、「007ワールド・イズ・ノット・イナフ」はイスタンブールのクズ塔が出てきましたね。ボンド役はピアース・ブロスナンで、エレクトラ役にソフィー・マルソーでした。
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サラ・ベルナールもこのホテルを愛用していたのですね。と思った瞬間に彼女がサルドゥの史劇「テオドラ」でテオドラ皇后を演じていたことを思い出しました。テオドラは東ローマ皇帝ユスティニアヌス1世の皇后で、貧しい踊り子から皇后にまでのし上がった女性で、翌日に行くアヤ・ソフィアにモザイクが飾られています。
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そして親愛なるファム・ファタールのジャクリーン・ケネディもここへ来ていたのですね。何故ファム・ファタールかというとカンボジアのプノンペンにある「ラッフルズホテル・レ・ロイヤル」のエレファント・バーにはジャクリーンのためにホテルが作ったオリジナルカクテルがあり、その名前がファム・ファタールなのです。
エレフェント・バー https://4travel.jp/travelogue/11343035 -
そしてエジプトのアスワンのホテルでもシルケジ駅のレストランでもアガサ・クリスティーのこの写真にはお会いしています。
そしてその下にはアルフレッド・ヒッチコックの姿もあります。 -
ペラ・パレスの中のメインバーであるオリエント・バーも妻を連れてきたかった場所の1つでした。23年前に泊まった時も何度か利用しましたが、いつもガラガラだったのは現在も変わりませんでした。
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23年前に泊まった時のホテルの便箋セットやバーのメニューを今回持ってきたのですが、バーのスタッフに見せたら大受けでした。スマホで写真を撮りだすので理由を尋ねると「息子にゼロがたくさんついてるメニューを見せたいんだよ。2005年に通貨のデノミでゼロが6個なくなったからね。」
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持って行った23年前の便箋セットです。ロビーの雰囲気はちょっと似ている感じがします。
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オリエント・エクスプレス・バーはこんな風にシンプルでした。面影はカウンターの位置が同じくらいしかありません。
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そして当時のバーのメニュー。
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この当時はホテルのオリジナルカクテルがありましたが、現在は特に変わったものはありませんでした。ちなみにカクテルが500,000TLからです。
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スタッフのお兄さんが記念写真を撮ってくれました。
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お店はほとんど貸し切り状態になりました。
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妻はマンゴ風味のフローズン・マルゲリータ。おつまみはでん六豆?
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そしてラズベリーのモヒート。カクテルはいまいちでした。まあこの店で楽しんで2,000円ちょっとなので安いものです。
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23年の思いを胸に記念写真。
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午後11時を回ったのでそろそろ帰る事にしましょう。
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最後にもう一度ロビーを歩きました。
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近い将来ここに泊まってイスタンブールをゆっくり回りたいものです。
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ホテルの前は狭い通りなので近くのタクシースタンドまで歩きました。
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ホテルの右側にはクラシックなフランス風パティスリー(Patisserie de Pera)がありますが、夕方の早い時間に終わってしまうようです。
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タクシーに乗って坂を下ってガラタ橋を渡ってホテルに向かいます。
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助手席に座ってガラタ橋の上から写真を撮っていたらブレブレです。
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すると運転手のおじさんが橋の上で車を停めてくれました。トルコのタクシーの運転手さんはみんな親切でした。
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12時前に何とかホテルに戻って来る事が出来ました。そして楽しいトルコ最後の夜が終わりました。
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カッパドキア
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(12)カイマクル地下都市と鳩の谷とウチヒサールとギョレメ・パノラマから...
2019/10/29~
カッパドキア
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(13)三人姉妹の岩からラクダ岩を見て、洞窟レストランでランチを食べてギ...
2019/10/29~
カッパドキア
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(14)ローズバレーの夕日とセマー観賞の後はギョレメで離団して、友人と再...
2019/10/29~
カッパドキア
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(15)二日酔いで絨毯店と陶器工房を巡りながらもチャウシンの昼食後は廃墟...
2019/10/30~
カッパドキア
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(16)カッパドキアからシルクロードを走り、キャラバンサライを経てコンヤ...
2019/10/30~
コンヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(17)インジェミナーレ神学校と念願のメヴラーナ博物館を見学し、探してい...
2019/10/31~
コンヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(18)トロス山脈を越えてアスペンドス遺跡に至り、アンタルヤのリゾートホ...
2019/10/31~
アンタルヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(19)ハリントンパークホテルからアンタルヤのカレイチを歩き、郊外の渓流...
2019/11/01~
アンタルヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(20)アンタルヤ考古学博物館へ行く前にペルゲを見学し、17年前に遺跡を...
2019/11/01~
アンタルヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(21) ペルゲ遺跡を訪れた後はアンタルヤ考古学博物館で発掘品を見て歴史...
2019/11/01~
アンタルヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(22)夕暮れのカレイチを散策した後はアンタルヤの1720軒のレストラン...
2019/11/01~
アンタルヤ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(23)アンタルヤから霧の山中を抜けたアフロディシアスでトラクターに乗り...
2019/11/02~
アフロディスィアス
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(24)パムッカレの石灰棚に遊び、カラハユットのサーマルホテルパムで温泉...
2019/11/02~
パムッカレ
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(25)3度目のエフェソス遺跡の変化に驚くもセルチュク名物のチョップ・シ...
2019/11/03~
エフェス遺跡周辺
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(26)トルコ周遊の最後はイスタンブールに戻る前にエーゲ海沿いのアイワル...
2019/11/03~
アイワルック
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(27)ホメロスの叙事詩「イーリアス」のトロイ遺跡を歩き、ダーダネルス海...
2019/11/04~
トロイ遺跡周辺
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(28)イスティクラール通りに遊び、チチェッキ・パサジュで夕食を食べた後...
2019/11/04~
イスタンブール
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トラピックス「トルコ大周遊15日間」(29)旅の締めくくりは早朝のボスポラス海峡クルーズから始まる。
2019/11/05~
イスタンブール
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旅行記グループ 2019 トルコ周遊の旅
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