2019/10/27 - 2019/10/27
1位(同エリア5件中)
kojikojiさん
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早朝にシワスを出発して町を出ると一面の霧に覆われ、幻想的な風景がしばらく続きます。午前中は1時間30分ほど走ったところで1回目のトイレ休憩がありましたが、そこはカンガールという村でした。バスの車内で添乗員さんから話がありましたが、以前「世界ウルルン滞在記」で照英さんがこの村に来てカンガール犬と触れ合ったと聞きました。その模様はYOUTUBEで見る事が出来ました。
https://www.youtube.com/watch?v=73LdZ4UeW_M
現在トルコでは国宝になっていてその犬を村から出すことも禁止されているそうです。そして村のガソリンスタンドでトイレ休憩になりましたが、そこへ2頭のカンガール犬が歩いてきました。飼い主さんがいて散歩の途中だったようです。数日後のホテルでネットで検索していてカンガール犬が「カラバシュ」と呼ばれることを知ってびっくりしました。17年前にカッパドキアのギョレメの「Yama Tour」という旅行会社で飼っていた犬がカラバシュという名前だったからです。この話は旅行前に「Yama Tour」の現地の日本人スタッフの方としていたばかりだったからです。残念ながらその犬は死んでしまったとも聞きました。シワスからの車窓の風景を眺めながら、好きなロード・ムービーを思い出し、映画で使われていた音楽を聴くのも楽しかったです。何しろ移動時間の長いツアーですから工夫しないといけません。この日の観光はディヴリのウル・ジャーミィと病院の見学だけですが、2か所の見学ではなく建物は1つにつながっています。午前10時くらいに着いて1時間かけて3つの門を見学します。これだけで世界遺産になっているだけあってとても素晴らしいものでした。キリスト教の建築様式についてはいろいろ勉強してきましたがイスラム建築についてはまだまだ勉強が足りないと感じました。この辺りはツアー総勢36人を受け入れられるレストランは少なく、ディヴリの村で早めのお昼もいただきました。焼き立てのユフカというパンが美味しかったことや、村で採れた葡萄の素朴な甘さが印象に残りました。これでこの日の観光はすべて終わりで、後は何度かのトイレ休憩をはさみながらネムルート山の麓のキャフタを目指します。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
トラピックスのツアー日程ではシワスの観光は全く含まれていませんでしたが、前日は思いがけずに楽しい夜が過ごせました。この日は午前5時45分にモーニングコールで午前7時30分にロビーに集合して近くの広場からバスに乗りました。
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シワス市内を出る時にトルコ国鉄Tyrkiye Cumhuriyeti Devlet Demiryollar略してTCDDと呼ばれる鉄路の脇を並行して走りました。前回の旅でイスタンブールからカッパドキア近くのカイセリまで夜行列車に乗ったことを思い出します。
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市内を出るとすぐに荒涼とした風景に変わりました。この時に何でこんな風景に感動するのだろうと考えましたが、昔に観た映画の中の風景を探してるのだと気付きました。
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最初に思い付いたのが1987年の西ドイツの映画「バグダッド・カフェ」でした。日本では1989年に公開されて大ヒットしましたがジェヴェッタ・スティールが歌う「コーリング・ユー」という曲が好きでした。
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映画の中に出てくるラスヴェガス近郊のモハーヴェ砂漠の夕焼の風景を探していたのかもしれません。ipodの中から主題曲を探したのはいうまでもありません。
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そしてヴィム・ヴェンダース監督の映画「パリ・テキサス」のライ・クーダーの曲とかも…。
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1980年代から90年代に観たロードムービーは20代だったということもあって心に残っているものが多いです。
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その中で17年前にトルコに来るきっかけにもなった「ジャーニー・オブ・ホープ」というスイス映画があります。アカデミー外国語映画賞を90年に受賞していますが、89年が「ニューシネマ・パラダイス」で91年が「エーゲ海の天使」92年が「インドシナ」と大好きな映画が並んでいます。
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「ジャーニー・オブ・ホープ」はDVDにもなっていませんが秀逸な映画です。ストーリーはトルコの寒村に住むハイダールという男の家にスイスで働いているおじさんからアイガーの絵葉書が届いたところからスタートします。スイスで働けば極貧の生活から抜け出せると思い、地所を手放してお金を工面して妻と一緒にイスタンブールに向かいます。
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ところが一番下の息子が離れず、予定外に一緒に連れて行くことになります。それが原因で予定のルートで出国できなくなり、イタリアまで船で密入国してミラノのセントラル駅までたどり着きます。その後吹雪のアルプスの山を歩いてスイスへ抜けることになります。
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途中で国境警備隊に見つかって散り散りに逃げ回り、トラックの運転手に助けてもらい保護されますが幼い子供は凍死してしまいます。子供を殺してしまった罪で服役していたハイダールの元にトラックの運転手が面会にやって来たときに「私はあなた方と友達になりたかっただけだ。」と告げて映画は終わります。
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まだトルコの経済が今のように発展していなかった頃は旅をしていても経済格差を感じることがありました。入場料に2重料金(自国民と外国人旅行者で金額が違った)もありました。インフレも凄くて現在と6桁ゼロの数が違いました。
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北キプロスからの船が着いたタシュシュからアンタルヤまで同じバスで隣に座っていた男の子は、路線バスの休憩時にCDプレーヤーを席に置きっぱなしで降りようとしたら「こんなものを置きっぱなしにしたらダメだよ。」と注意されたことがありました。「こんなプレーヤーはトルコ人が20年かかっても作れないよ。」といった言葉が心に残りました。
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ここにきて経済は停滞していますが旅した17年前に比べればイスタンブールの町のうらぶれた雰囲気は全く感じられず、高速道路の舗装やルートに時代が変わったと感じました。
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そんな感慨に耽っているとこの日最初のトイレ休憩になりました。添乗員さんから休憩する村がカンガールというところで「カンガール犬」という固有種が飼育されているけれどここから持ち出してはいけないと聞きました。
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ネットで調べてみると「トルコ原産の犬種のひとつである。別名でカラバシュ(Karabash)、アナトリアン・シープドッグとも呼ばれる。 」とありました。
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さらに「歴史は古く1000年以上も前から存在していた犬種である。トルコ東部のシワス県カンガル(カンガール)郡で飼われ、牧羊犬や家畜の見張りや護身、軍用犬などに使われていた。かつては決まった犬種名がなかったが1960年代にこの犬種がイギリスに輸出されたのをきっかけにトルコ原産のシープドッグを分類してそれぞれ名前を定めようという話し合いが行われた。」とあります。
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「現在もトルコ国内ではほとんどが作業犬として使役されていて、あまりペットとして飼われてはいない。 近年トルコ政府より国宝に指定され、記念切手が発行されたために知名度が上がってきている。」なんていう国宝の犬がガソリンスタンドの敷地内を歩いていました。
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また17年前の旅の話になってしまうのですが1週間ほど滞在したカッパドキアのギョレメに「Yama Tour」という旅行会社があり、1日ツアーを申し込んだことがありました。そこにスレイマンという若いスタッフがいてオフィスで1頭の犬を飼っていてその犬の名前がカラバシュでした。1週間もいると暇な時間も出来て、そのオフィスでコーラを飲みながらその犬と遊んでいました。
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今回の旅の前にギョレメの「Yama Tour」にメールを出したことがありました。ギョレメで逢いたい人がいるのだけど、宿泊がカイマクルなので何か良い移動方法はないだろうかという問い合わせでした。日本人のスタッフの方がいらして親身になってくださいましたが、その中でスレイマンとカラバシュの話を出したところ、カラバシュは死んでしまったということでした。
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この犬と会ったときにその犬のことを思い出していたのですが、カラバシュの名前が「黒い頭」という意味だと初めて知りました。
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短いトイレ休憩が終わりカンガール(Kangal)の村を過ぎると、また荒涼とした風景が現れます。
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ipodで音楽を聴きながら思い出したのが「ファンダンゴ」という映画のことです。これも1985年のロードムービーなのですが、題名はメキシコ音楽の名前でスペインのアンダルシアのフラメンコに起源があり、「馬鹿騒ぎ」という意味もあります。
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ケビン・コスナーのほとんど無名だった頃の映画で、彼の演じるガードナーを含めた同じ大学の学生寮にいた5人の友人はグルーバーズというグループを作っていました。恋人だったデビーは親友のワーグナーと卒業後に結婚することになっています。
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舞台はベトナム戦争末期でガードナーは成績不良で徴兵猶予を取り消され、ワグナーにも召集令状が来たので結婚しないと言い出します。そこで「ファンダンゴ(馬鹿騒ぎ)をしよう。」と5人でキャデラックに乗って「DOM」を目指します。
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「DOM」はリオグランデ川の近くに埋めたシャンパンのドン・ペリニヨンのことで、無事に掘り出して飲む事が出来ます。最後はワグナーとデビーの結婚式を開いて物語は終わるのですが、劇中の曲が素晴らしいものばかりなので、この時もバスの中でずっと聞いていました。
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オープニング・タイトル 「Saturday Night's Alright (For Fighting)」エルトン・ジョンから始まって「As Falls Wichita So Falls Wichita Falls」「September 15th」lt's For You」 パットメセニー、「It's Too Late 」キャロル・キング 、「Can't Find My Way Home」ブライアン・フェスなんて曲がぞろぞろ出てきます。
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映画が公開されて30年以上経ってもオリジナル・サウンド・トラックがCDで発売されず、2013年にCDが発売されましたが、大人の事情なのか何曲か抜けていたりします。
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午前10時過ぎにディヴリ(Divrigi)に到着しました。最初に目につくのは丘の上に建つディヴリ要塞で、一部は修復されているようです。
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世界遺産の「ウル・ジャーミィと病院」に到着しましたが、残念ながら修復工事中で単管パイプで足場が組まれ屋根が架けられています。阪急交通社の案内には何もインフォメーションされていないのでちょっとがっかりです。しかもここまで来ていながら内部にも入れないとのことです。
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このウル・ジャーミイでは南側に病院が接続して建てられ、その外壁が一体化しているのでよけいに規模が大きく見えます。これらは同時の建設ではなく数年の時を隔てた増築だそうです。
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一番高いドームから左がジャーミィで、右側の3スパンが病院の建築になります。
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この建物はトルコの世界遺産の1つで、ウル・ジャーミィは1228年から1229年にかけて現地のベイリクであるメンギュジェク朝のアフメッド・シャーの手によって建設されます。建築家はアフラト出身のヒュッレムシャーで、碑文にはルーム・セルジューク朝のカイクバード1世を称える文章が記されています。
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付属する病院(ダリュシュシファ)はエルズィンジャンの支配者ファフレッディン・ベフラム・シャーの娘トゥラン・メレク・スルタンの発願により建設されたとされます。ただ病院と言っても精神病院(癲狂院)であったそうです。
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見学できるのは3か所の門の部分だけで、最初は一番右側の病院のダリュシュシファのファサードです。
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碑文によると15世紀から19世紀の間に集中的な修復が行われ、 20世紀にも石材の劣化を防ぐ工事が行われていますが、今世紀になっても新たは修復が行われているそうです。
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一見左右対称に造られているようですが、左右のディティールを比べてみると微妙に違っていることが分かります。
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この柱は回転する仕掛けが施されていたそうです。
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出来た当時は彩色が施されていたのでしょうか。
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三日月の内側に青緑色が残っているように見えました。花模様の花弁にも同じ色が残っているようです。
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入り口上部は重厚な模様の連続とアラビア文字がぎっしり書き込まれています。その下の病院への入り口は非常に小さいことが分かります。モスクと病院が一体化して建てられるというのは一見奇妙に思えますが、イスラム世界では早くから住民のための公共福祉施設と宗教施設を組み合わせて建設することが行われたそうです。
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特にオスマン・トルコの時代ではキュリエと呼ばれるモスク複合体を各地に王族が建設し、公共施設としては学校や修道所、救貧院や公共浴場、キャラバンサライなどが設けられます。続いて同じ西側にあるチャルシュ門に移ります。こちらも入り口部分は非常に小さいです。
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入り口上部のデザインを見ていたら古代中国の殷代から周代にかけて用いられた饕餮文(とうてつもん)のように思えました。門以外の壁面には全く装飾が施されておらず、何故この西面と北面の3か所の門にこれだけの装飾を設けようと思ったのでしょう。
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今まで東南アジアや東アジアの遺跡やヨーロッパの石造建築を数々見てきましたが、そのどれにも当てはまらないような造形です。
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最後に北側の天国の門の見学に移ります。遠目にもこの門の装飾が一番立体的なのが分かります。
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イスラーム建築では全ての装飾が建築的枠組みの中に納まった平面的なパターンで構成されているのに対し、ここの門では各細部が立体的な動きを持ち、浮彫りのようです。意匠をよく見れば他のイスラム建築にも見られる唐草模様や植物紋に基づいていることが分かります。
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ここまでディティールを見ていくとイスラム的なものよりキリスト教的なバロック建築の一部に見えてきます。
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ライムストーンの石肌の色からマルタや南イタリアのレッチェのバロック建築を訪ね歩いたことを思い出します。
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これらの彫刻は一度積み上げられたライムストーンのフラットな石材を彫りこんでいったと思われますが、その技術の高さにも驚かされます。
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ここも入り口は小さいので、イスラム教でも天国へ行くのは狭き門だなと感じました。
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真正面から見るとほぼ左右対称の美しさも感じられます。
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面縁の構成はやはりバロック建築的な構成を感じます。ただ挟まれたアラビア文字がイスラム建築であることを知らしめます。
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シワスの神学校のファサード建築も素晴らしかったですが、世界遺産となったこの山の中のジャーミィの素晴らしさにはかなわないなと感じます。
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立体的に構成された模様は立体的に隙間まであります。
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同じ部分ですが左側はデザインが違っています。また三日月の下には赤い色が残っているようです。
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アラビア文字の上部の連続模様の透かし彫りは非常に小さなもので、良く掘る事が出来たと思います。
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出隅みの納まりなどもバロック建築的な感じがします。
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この建物を設計したのはアフラト出身とティフリス出身の2人の建築家の共同だったとされるそうです。主任建築家の名前はジャーミィと病院の両方の内部に刻まれておりKhurramshh bと書かれてあります。
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ガイドさんの持っていた本を見せていただきましたが、ここの建築について非常に詳しく紹介されていました。
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現在修復中ですが工事現場の足元に機械で彫られた幾何学模様の門の枠の一部が無造作に置かれてありました。
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石材の色も違うので修復されてしまう前に見学する事が出来て良かったです。
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日本人の団体が来たということで工事現場の主任さんらしき人があいさつに来てくれました。ガイドさんが中を見せてもらえないか交渉しましたが、人数が多いせいか許可にはなりませんでした。
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ジャーミィのある高台からはディヴリ(Divrigi)の町とディブリイ要塞がきれいにも渡せました。
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世界遺産を持っている町とは思えない静かな盆地の町です。
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見学が終わって、出口に戻りながら何枚かの写真を撮りました。
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もうここへ2度と来ることは無いであろうと思うと後ろ髪を引かれる気がします。30代で1人旅していた頃なら天国の門のスケッチをしたと思います。あの頃の旅はなぜか時間があったんだよなぁ。
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偶像崇拝が禁じられたイスラム教では珍しい鳥のレリーフがありました。ただここだけ門の部分から少し外れた場所ではありました。
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工事中の囲いがありますが記念写真を1枚撮っておきます。
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入り口にはお土産が少し並んでいて、大判の絵葉書がきれいだったので数枚買い求めました。1枚2TLですが少しでも修復のためになればと思います。
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観光客は日中に来てすぐに去るだけですが、この街の朝焼けとか夕日を見てみたいなと思いました。
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これだけの距離にいながら要塞まで行けないのが残念です。
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修復の工事囲いが無かったらさぞ美しい姿だったのだと思います。
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荒涼とした風景の中に佇むジャーミィの姿が見られなかったのだけは残念です。
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ディヴリ(Divrigi)の町まで下ってお昼ご飯になりました。日程の都合上午前11時の早い食事です。
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「Sofra Restauraut 」というお店です。この辺りでは添乗員さんとガイドさんとドライバーさん2名を含めた36人もの人数を受け入れられるレストランはあまり無いそうです。
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小麦を練って伸ばして焼いただけのユフカというパンも焼き立てなので美味しかったです。最初は焼き立てではなかったのですがお代わりは熱々でした。
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アルコールが無いお店なのでコカ・コーラとアイランで乾杯です。アイランは塩ヨーグルトジュースといった感じでしょうか。どちらも5TLでした。ガイドさんが「トルコはアピールが下手ですが、ブルガリアやギリシャで有名なヨーグルトの発祥はトルコです。」と熱心に説明していました。
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このお店では数種類の小皿が供されました。これはミントやガーリックの効いたヨーグルトソースはユフカにつけていただくと美味しいです。
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こちらはエズメというピリ辛の唐辛子と玉葱とパセリとトマトのペースト。
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唐辛子のピクルスはさすがに手が出ません。
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定番のチョパン・サラタス。
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こちらも定番のメルジェッキ・チョルパスというレンズ豆のスープ。
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メインはウリファ・ケバブです。ここまで数種類のケバブをいただきましたが、日本人には違いがあまり分かりません。あまり辛くない羊肉のケバブです。
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焼き立てのユフカがどんどん出てきます。
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デザートは地元で採れた葡萄です。素朴な甘さに手が止まりません。
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店の中には釜があり、どんどんユフカを焼いています。
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釜に入れて数十秒で出来上がり。
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これでこの日の観光はすべて終わりです。正午にディヴリ(Divrigi)を出て、ネムルート山の麓のキャフタ(Kahta)に向かいます。
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ここからはずっと車窓観光が続きます。
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ほとんどの方がお昼寝しているようで、写真を撮っているのは数人しかいないようでした。
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妻もお昼寝中ですが美しい景色がもったいなくて寝る事が出来ません。
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バスや電車の中で寝られないのは子供の頃の父の言いつけからだと思います。
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午後2時頃に一度トイレ休憩があり、無料の紅茶をいただきます。ツアーはどうしても女性の方が多く、こんな時だけは早くトイレが終わるので男に生まれて良かったと思います。
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子供の頃は父に連れられて日本中を旅していました。今から思うと毎週のように関東近郊の山に登り、夏休みは1週間ほどの日本アルプスの登山と1週間ほどの海水浴に会社員がよく休めたと思います。
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子供的には少年マガジンやサンデーを買ってもらって、漫画を読んでいたいのですが、父は車窓の景色の変化や朝や夕方の風景に何かを感じてもらいたかったようです。また、小学校の3年生くらいになると国鉄の時刻表を渡されて、週末の山登りの列車の計画を立てるように言われました。
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数日間の縦走の山行きの荷物の準備も叩き込まれたので、その後の海外旅行でも計画を立てたり、事前に調べごとをするのが好きになりました。旅先でスケッチをするのも父に教えられたことで、現在も子供の頃に教わったことをずっと続けているような気がします。
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父はリタイア後に世界中を旅したかったのですが、パーキンソン病を患いそれも叶わなくなりました。旅行前にスケジュール表を渡して旅先から絵葉書を最低でも1日1枚送っていたのですが、届いた絵葉書にはいつ届いたか鉛筆で書き込まれ、スケジュール表にも変更された予定が書き込まれていました。
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いつの間にか父の代わりに旅をしているような気持ちになり、送り続けた絵葉書は1000枚を超えたと思います。その習慣は父が亡くなっても止める事が出来ず、母と連名で出し続けています。今回も15枚ほど送る事が出来ました。
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ディヴリ(Divrigi)からキャフタ(Kahta)の間は牧草地が多かったのか家畜の姿を見ることが多かったです。
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特に羊の群れが遠くに近くに突然現れるので、思わずカメラを向けてしまいます。
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たまに黒いヤギが混ざったりしています。
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牧羊犬に追い立てられる羊の後ろ姿を見ていると、こいつら何にも考えてないなと思ってしまいます。
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アナトリア地方では灌漑用の用水池も数多く見る事が出来ました。
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そしてまたガソリンスタンドでトイレ休憩です。無料の紅茶をいただくのがみなさんの日課になってきました。
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地方に行くとこれくらいの大きさのバスをよく見かけます。古いタイプのドルムシュのようなバスもどんどん減ってしまっているようなので写真を撮っておきます。
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晩秋らしい風景が広がります。
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車窓の反対側では荒涼とした禿山の上を鷲が舞っています。
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この辺りはポプラが色づいて綺麗でした。一番いいタイミングでトルコを旅していたのかもしれません。
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望遠レンズで座席と反対側の車窓の風景も撮っていましたが、我ながら良く撮れていたと思います。ほとんどミスショットが無かったのが不思議です。
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誰かが「これはトルコのベストシーズンだな。」と言われた言葉が耳に残っています。
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風景の変化に飽きが来ないです。
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延々と続く風景の良さは行った人しか分からないかもしれません。何の写真?と言われても困ってしまうのですが。
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ただただ見たことも無い風景が続きます。
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アナトリアの風景の変化の多さには驚かされます。
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大きな河川に出会うことは稀なので、これも被写体としてファインダーで追ってしまいます。
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夕方になると農作業を終えて家路につく農家の家族の姿を見かけるようになります。
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左右の車窓に飽きてくると前方も狙ってみます。
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10月下旬のトルコは午後5時頃になると日が暮れてきます。
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その夕刻の景色もまた美しいです。
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この日4度目のトイレ休憩です。ガソリンスタンドの入り口にはこんなサモワール(semaver)が置かれてあります。大抵左が紅茶で右がお湯です。トルコの紅茶はとても濃く淹れるので自分の好みに合わせてお湯で割ります。そして砂糖はたっぷりいれます。こういった習慣は旅人をもてなす昔からの伝統なのだと思います。
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カメラを向けたらポーズを取ってくれたガソリンスタンドの店員さん。トイレを借りて無料の紅茶を飲んだだけなのに。ガソリンスタンドの店員さんはどこも親切でした。
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道路の看板にネムルート・ダーの文字が見えてきました。
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キャフタ(Kahta)の手前の町で見掛けたホテルのイルミネーションがきれいでした。昔夜行列車で到着したナポリの駅前の路地裏のホテルにチェックインしたことがあります。朝は普通のホテルだと思ったのですが、観光して夕方になって戻ったらこんなイルミネーションが灯り、連れ込み宿だと分かったことがありました。そんなホテルで風邪で具合が悪くなり、お姉さんに看病してもらったなんて妻には言えません。
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移動遊園地もお客がいないのか閑散として寂しげです。
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お昼に移動を初めてからすでに7時間近く経っています。
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町外れの市場を過ぎるともう少しでホテルに到着のようです。今回一番長い移動のように感じました。
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