2019/10/26 - 2019/10/26
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kojikojiさん
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午前中にヤズルカヤ遺跡の見学をした後はボアズカレのホテルのレストランで昼食になりました。そして午後はハットゥシャシュ遺跡の見学です。事前に勉強してきたこととヤズルカヤの遺跡でガイドさんの説明を受け、ホテル前のロータリーのモニュメントを見たので準備は万端です。遺跡はヤズルカヤ遺跡の手前を右に折れた先にありました。この遺跡は広大なので遺跡の中に車道が設けられバスに乗ったまま移動できるので団体ツアーに参加していてよかったなと思います。バスの車窓は高さもあるので周りの景色も見逃すことはありません。遺跡観光もメインは礎石だけになった寺院や周囲の倉庫群で、中にはラムセス2世から贈られた巨大な宝石岩であるグリーンストーンを見ることも出来ました。更に傾斜地に設けられた城壁の中にある入口のゲートもこの遺跡の見どころで、レプリカながらスフィンクス像や王の像やオリジナルも残ったライオンの像も見事でした。個人的には地下道の残った城壁の石組が気に入りました。エジプト文明については子供のころから興味もあったし、勉強する機会もありました。テレビでも見る機会が多かったのですが、対するヒッタイトについて学ぶことは非常に少なかったです。せいぜい中学校の歴史の授業の中で鉄を発明したということがポイント(実際はそれ以前に発明されていたようですが)だったくらいの記憶しかありません。前年にエジプトのアブ・シンベル神殿で「カデシュの戦い」のレリーフを見てきたことも良かったと思いますが、自分の頭の中で空白だったヒッタイトの歴史が少しでも埋まったような気になりました。そんな余韻に浸りながらもこの日に宿泊するシワスまで4時間のドライブが待っています。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
食事が終わって出発までに少し時間がありました。遺跡へ向かうロータリーには歴史を紹介するモニュメントがあるのはバスの中から見ていましたが、ガイドさんも添乗員さんも説明しないので誰も興味を持っていないようでした。よく見ると右側がエジプトで左側がヒッタイトを表しています。柱の立て方や軒のデザインからも見てとれます。そしてレリーフは「カデシュの戦い」の場面だと分かります。
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レリーフの出来栄えについては触れませんが、帽子や服装からシュッピルリウマ1世の息子達のテレピヌかピヤシリの姿だと思います。
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そしてこちらは戦車に乗り弓を射るラムセス2世の姿です。これを見た瞬間に前年に行ったエジプトのアブ・シンベル神殿のレリーフを思い出しました。
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そのレリーフは柱廊の左側の一番奥にありました。
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馬と戦車とラムセス2世の姿は全く同じなので、これを模したものだと分かります。
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「カデシュの戦い」は紀元前1286年頃にシリアのオロンテス川一帯で起きた古代エジプトとヒッタイトの戦いです。史上初の公式な軍事記録に残された戦争であり、成文化された平和条約が取り交わされた史上初となる戦いであるともいわれます。 アブ・シンベルのレリーフではラムセス2世のエジプト軍の大勝利のように描かれていますが実際はヒッタイトの勝利だったようです。
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そしてその中央にはハットゥシャから出土した粘土板のレプリカもあります。「古の時より、エジプトの偉大なる主とヒッタイトの偉大なる王に関し、神々は条約によってそれらの間に戦争を起こさせなかった。ところが、我が兄、ヒッタイトの偉大なる王、ムワタリの時代、エジプトの偉大な主と戦ったが、しかし、今日この日より、見よ、ヒッタイトの偉大なる王、ハットゥシリは、エジプトとヒッタイトのために、ラー神とセト神が作った、恒久的に戦いを起こさせないための条約に同意する。――我々の平和と友好関係は永久に守られるであろう。――ヒッタイトの子とその子孫は偉大なる主の子とその子孫の間も平和であろう。なぜなら、彼らも平和と友好関係を守って生きるからである。 」
このレリーフは昔イスタンブールの考古学博物館で見たことがありますが、その頃はピンと来なくて前を通り過ぎただけでした。訳文はウィキペディアを参照させていただきました。 -
通り過ぎてゆくトラクターのおじいさんを見送りながら、ここでヒッタイトとハットゥシャシュ遺跡について説明すれば分かりやすいのにと思いました。
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レストランからほんの20メートルの距離なのですが、ホテルに戻ってバスに乗りヤズルカヤ遺跡の手前の道を右に曲がります。
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ここを曲がってしばらく走ると遺跡の入り口があります。
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ガイドさんが遺跡の入場料を支払ってる間はバスの中で待機します。この遺跡は広大なので遺跡の中に車道が設けられ、車でなければとても見て回る事が出来ないほど広大です。2006年にトルコ政府や日本タバコ(JTI)の支援により当時と同じ材料が使用され、ヒッタイト王国の城壁を偲ばせる64メートルの城壁が復元されています。
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この模型はその入り口に置かれていたもので、遺跡の見学後にトイレを借りに寄った際に撮ったものです。これを先に見て置けばイメージがより湧いたと思います。
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ほとんど破壊されて彫刻のレプリカしか置かれていないので、往時を知るにはとても良いと思いました。
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この後4つほどの城門と神殿の跡などを見て周ります。ハットゥシャシュ遺跡は海抜1000メートルほどの丘陵地帯にある遺跡で、紀元前17世紀から紀元前13世紀に繁栄したヒッタイト帝国の都の跡です。
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ハットゥシャ遺跡は北が低く南が高い広い谷に位置し、東から南、南から西に尾根のある防御に優れた形になっています。ここがヒッタイトの首都に選ばれると尾根上に外周6キロメートル強の城壁が築かれ全体を取り囲み、大きな城塞都市として機能していました。
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大要塞ブユックカレの丘にはヒッタイト王の居城を中心に公的な館が建っていたそうです。宮殿の文書庫の跡からも膨大な数の模形文書が発見されていて、特に起源前1279年にエジプトとの間で結ばれた「カデシュの条約」の発見の意義は大きいです。
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遺跡に入場してまず最初にあるのが王都の大神殿遺跡です。規模が大きく神殿の中央を100近い貯蔵室が取り囲んでいたようですが、現在は礎石が多数並んでいるだけなので、当時の様子を明確に想像するのは困難です。
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かなり破壊が進んでいてかろうじて獅子らしいとは感じられます。
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ヤズルカヤ神域のトゥトハリヤ4世の彫刻の体は4頭の獅子で表されていましたが、ここにも4頭のライオンの水盤が置かれてありました。
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ヒッタイトはここハットゥシャシュを首都として西はアパサ(現在のエフェス)から東はカデシュ(現在のシリア南部)まで支配し、南の強国エジプトと係争していました。紀元前1274年にカデシュにおいて大きな戦争が行われた後にヒッタイトとエジプトの間で平和条約が締結され、その事実を楔形文字で記した粘土板がここハットゥシャシュから出土しました。
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これが世界最初の平和条約とされレプリカが平和を理念とする国連本部ビルに飾られ、2001年にユネスコ記憶遺産に登録されました。オリジナルはイスタンブールの考古学博物館に納められています。
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午前中に見学してきたヤズルカヤ神域は谷を越えた隣の山の上に位置します。離れた位置からも何故あそこに神殿を建てたのか分かりません。
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大神殿のほとんどは礎石だけが残されているだけで全体像をイメージできませんが、このような完全な形で残された井戸があると過去に思いを馳せる事が出来そうです。
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かなり高度な石の加工技術があったと考えられます。
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敷石の加工には鉄器が使われたのではないでしょうか。連続的に開けられた穴の意味は何だったのでしょう。
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この遺跡は冬場は降雪で閉鎖になることが多いそうですが、10月の下旬ではポカポカ暖かくてそんな心配は不要でした
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カデシュの戦いの後にヒッタイトの王女がエジプトのラムセス2世に嫁ぎ、ラムセス2世からは巨大な宝石岩であるグリーンストーンが贈られたそうです。その3200年以上前の時代からグリーンストーンは霊力のある石として崇拝され、誰も破壊することも持ち去ることもできない不思議な存在感を示し続けてきたそうです。
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ヤズルカヤの神域を背に王座でも設けられていたのでしょうか。スリランカのシーギリアロックの王座を思いだすようなデザインです。
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寺院の入り口も間口が広くて立派です。
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一番中心の寺院の中に入っていきます。
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案内板のイラストと遺跡を見比べても全くイメージが湧いてきません。
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寺院入り口前のテラスでヤズルカヤ遺跡の岩山をバックに写真を1枚。
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雨水を流した樋のようですが詳しくは分かりません。もう少し修復が進んでいればイメージしやすいでしょうね。
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ここまで造り上げてしまうとやりすぎのようでもあります。2006年にトルコ政府や日本タバコ(JTI)の支援により当時と同じ材料が使用され、ヒッタイト王国の城壁を偲ばせる64メートルの城壁が復元されています。
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寺院の周囲は倉庫に使われていたのでしょう。巨大な甕がいくつも納められていました。
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もう遺跡見学は飽きてしまったようです。
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なぜこのような傾斜地に寺院を造ったのでしょうか。
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先ほど言ったヤズルカヤ遺跡を望遠で撮ってみます。周囲に木々が多いのが分かります。
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こちらは荒涼として雑草が生えているくらいです。
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あまりにイメージが湧かず寺院周辺の遺跡より周囲の景色の方に興味が移ります。
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当時が見渡す限りの草原だったかは分かりませんが、騎馬民族の襲来などを考えると巨大な城壁は必要だったのだと思います。
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バスに乗って遺跡内を移動します。一番西にある城壁の門がハットゥシャのシンボルとして有名な「ライオンゲート」です。遺跡の内側に道路があるので肝心のライオンはバスを降りてゲートの先にあります。
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向かって右側のライオンは古いオリジナルで、左側のライオンの顔は破損していたため復元された新しいものです。本来は上部を巨大な石垣アーチ壁に取り囲まれたトンネル状の強固な門で、門扉は一説によるとヒッタイトらしく鉄製であったとのことです。このライオン像は城壁の外側を向いており、城壁内に悪霊が入るのを防ぐ役目を持っていまたそうです。初めてここを訪れた者に対しても圧倒的な威圧感を与えていたと思われます。
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オリジナルの右側のライオンの顔は往時を想像することが安易に出来ます。
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修復されたライオンの顔はドラえもんのご先祖のように見えます。
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ここにも詳しい案内板が設けられています。
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下の写真は往時の想像図で実際に見る事が出来るものではありません。
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こんな具合に近くまでバスが運んでくれるので、数十メートル歩くだけで遺跡観光が出来ます。
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ライオンの足元にはお供え用に穿った穴がありました。
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ここは記念に写真を撮っておきましょう。
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ライオンをよく見ると毛並みが丁寧に筋彫りされていました。
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バスの移動中も城壁に沿って移動しているのが分かります。
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スフィンクス門の近くに地下道(イェルカプ)があり、城壁の中のトンネルを通って外に出ることができます。結構本格的なもので抜け道というには規模が大きい不思議な遺跡です。
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戦争など非常時に兵士を繰り出すための通路とする説やスフィンクス門は宗教的儀式用の門で、通常はこの地下道を出入り口に使ったとする説などがあり詳しくは判明していません。
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ここも案内板を見るとイメージしやすいです。
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真っ暗なトンネルをかなりの距離下って最後は別の階段を登らなければならないので、希望者だけが入ることになりました。
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年齢層の高いメンバーが多いツアーでしたからガイドさんも気を遣ったのでしょう。
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人ひとりが通れるほどの幅のトンネルに入っていきます。
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妻は全く入る気が感じられません。すぐにどこかへ行ってしまいました。
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20人くらいの方が中に入られたと思います。3名同い年のお姉さま方がいらっしゃいましたが、皆さん妻よりお年を召した方ばかりです。
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真っすぐの下り坂なので難なく降りる事が出来ました。
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ここにも案内板があります。
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上部の城壁部分は盛山になっていますが基礎の部分の台形の石組は見事な形で残っていました。
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中央の出口です。ここから戻らないで基礎の石組みを右側に回り込んで階段を上って戻るとのことです。
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隠された出入り口という印象は受けません。
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こちら側からは周囲の紅葉した木々がとてもきれいでした。
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車窓からの紅葉の景色や色づいたポプラ並木もきれいですが、静かに歩きながら深まる秋を感じられたのはここだけだったかもしれません。
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台形の石組みの底辺に来ました。琵琶湖の湖西の穴太(あのう)に伝わる穴太積みの石垣を想像したのは私だけでしょうか。
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最後はこの階段を登ることになりました。
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登り切った後も周囲の風景はとてもきれいでした。
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エジプトのアブ・シンブル神殿のレリーフもそうですが、いろいろなものがどこで繋がっているか分からないし、どこに何が収蔵されていてどこで繋がるかボッーと旅していると色々なものを見逃してしまい何度も通わなければならないことがあります。
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脇にあった案内板を見ると先ほど通ったトンネルと台形の石組みの様子が手に取るように分かります。
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航空写真が一番分かりやすいかもしれません。
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この辺りが一番高いところなので傾斜地の遺跡の礎石がどんな形をしているのかが分かります。
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遠くに先ほどお昼を食べたボアズカレの町が見えます。
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そして周囲は広大な畑や牧草地です。
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ヤズルカヤの遺跡もここからが一番分かりやすかったです。
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ただ広大なだけの風景ですが日本ではなかなか見ることの出来ない空間なので心打たれます。
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ハットゥシャに入るのは北側の谷の入り口以外では、南西尾根にあるライオン門と南側頂上尾根にあるスフィンクス門と南東尾根にある王の門の3か所だけでした。
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現在ここに置かれたスフィンクス像はレプリカで、現在はボアズカレ(ボアズキョイ)考古学博物館に収蔵されています。以前はベルリンに1基とイスタンブールの考古学博物館に1基納められていたそうです。
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標高が1236メートルとハットゥシャでの最も高い部分にスフィンクス門がありました。門の両側のスフィンクスの像は有翼人面で身体はライオンの立った姿勢に造られています。顔はややふっくらしており女性的な感じがします。
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有翼で女性の顔をしたスフィンクス像は古代オリエント世界によく見られるもので、ここハットゥシャシュのスフィンクスもその系統に属すると考えられます。また嘴を持つ鳥のような頭部のスフィンクスも多く、ペルシアやギリシアのグリフィン像にも通じると感じられます。
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何となく身近に感じられ親近感が湧くお顔です。
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後ろ姿は左右のスフィンクスでかなり違いました。
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周辺の土地や牧草地の下にも遺跡が埋まっているのだろうと思います。
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まだまだ発見されていない遺跡はいくらでもあるのでしょう。
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最後にバスは「王の門」に停まりました。
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この像もレプリカだということです。オリジナルはアナトリア博物館に収蔵されているそうです。
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想像図ですが往時の城門が想像できるようなイラストがありました。
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屋根の形がギリシャやローマと違う文明だと感じさせます。
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彫の深い端正な顔と特徴的な帽子や腰のベルトやスカートなど、当時の衣装や装飾が良く分かります。
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かなり巨大な門だったのだと想像できます。
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これでハットゥシャシュ遺跡の見学は一通り終わりました。
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個人で来ればもっと詳しく見る事が出来るのでしょうが、そこまでの興味も無いのでこれで十分でした。より興味のある所は個人で来ればいいやと思いながら、自分の年齢を考えると残りの人生でどれだけ自らの興味を満足できるか考えなければなりません。
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今回の旅では遺跡などの見学も重要でしたが、周囲の何気ない景色の美しさを強く感じました。
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時期的にもベストシーズンだったのではないでしょうか。そして天気にも恵まれていました。
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最後に遺跡の入り口でトイレ休憩になり、遺跡の模型の写真も撮る事が出来ました。絵葉書の良いものもあったので数枚買い求めました。
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バスで効率よく遺跡を周りましたが、1時間30分ほどはかかりました。
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遺跡の中にも耕運機がありました。大切に使われているようで木陰に置かれてありました。
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脇には発掘中の遺跡に屋根が架けられていました。
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ボアズカレを出てからもこの日はシワスまで4時間ほどのドライブが残っています。
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国道に出るまでは細い道路を走るので、近いところの景色を見る余裕があります。
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こんなところで大渋滞です。
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国道に出ると100キロ近いスピードでバスが走るので、遠い景色にしか目が行きません。
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瞬間瞬間に写真にとどめておきたい景色が通り過ぎるので、バスの中では結構忙しかったです。
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家が国旗になっているなんてなかなか見つけられないですからね。
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中景と遠景と空の組み合わせで面白い被写体を探します。
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しばらく走ってバスの給油のためにガソリンスタンドに停車しました。
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丘の上には巨大な温泉施設がありました。周囲には何もないので商売になるのだろうか心配してしまいます。
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給油やトイレ休憩は平均すると20分以上でした。ガソリンスタンドの場合はトイレのブース数が少ないので女性は時間がかかります。それにガソリンスタンドは無料で紅茶が飲めるのでついつい時間がかかります。
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たまに通過する町では近景で面白いものが無いか探しますが、なかなか構図が決まらずに苦労します。
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結婚式を終えた車と道路の脇に座り込んだおじさんの組み合わせはシュールです。信号待ちが長かったのでしばらく眺めていました。
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町を過ぎるとまた広大な景色に変わり、遠景になる分写真は撮りやすくなります。
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手入れの行き届いた牧草地に家畜はいません。
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突然近いところに現れたり。
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シワスの町の名前が看板に現れましたが、まだまだ先のようです。
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土埃をあげて疾走するトラクターが火星の探査機のように見えました。
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こちらにもトラクター。だんだん写真の被写体が固定化されてきました。
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前方の高速道路の景色。
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農地や牧草地とトラクターや家畜の群れ。
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紅葉した広大な大地。
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黄葉した木々が延々と続きます。
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建国記念日を前にしたトルコの国旗の親子。
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鉄塔と青い空も良い被写体です。
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まあ飽きずによく写真を撮ったと思います。
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そしてガソリンスタンドでのトイレ休憩も写真に残しました。
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カメラを置いて出たときに限って面白いものに出くわしますから。小腹が空いた妻のためにチーズ味のプリッツ2TL。
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夕暮れ時の風景も良い被写体です。
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茜色に染まった雲。
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この後真っ暗になってからシワスの町に到着しました。
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