すぶたさんのクチコミ(35ページ)全3,773件
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投稿日 2017年03月23日
総合評価:4.0
生國魂神社の一番奥にひっそりと佇んでいます。
大阪城の淀君も熱心に通ったと言われる弁天島から勧請された境内社です。
美人で有名な市寸島比賣神や大宮賣神、そして淀姫神がご祭神です。
全員女性の神様であるため女性の守護神として知られており、
特に縁切りや縁結びに強いご利益があるとされています。
小さい神社ながらなんとくご利益がありそうな気がしました。
無料で参拝できるうえに、ほかにも末社があります。
生國魂神社は割と平坦ですが周辺は坂道になっています。
無料駐車場は20台までは無料で駐車できます。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 谷町九丁目駅から徒歩5分
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 生國魂神社は割と平坦だが周辺は坂道
- 見ごたえ:
- 3.0
- 小さい
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:3.0
生玉前町の寺院の一つで、山門の緑色の朱塗りの本堂の建物が目を引きます。
天王寺区には灸でしられる寺院がいくつかあるがそのひとつで、
無量寿灸で知られるが、もと上本町の遍照庵で施されていたものを受け継いだものです
天王寺区史によると、寛延三年(1750年)年3月創建された新しいお寺です。
昭和20年(1945年)年3月14日の大阪大空襲により焼失しましたが、
戦後再建されました。
このお寺はさほど見るほどではありませんが、
ここから生國魂神社や天王寺七坂、愛染堂勝鬘院も近いです。
ぜひ、散策してみてください。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:4.5
アベノハルカスで最近人気が出ている天王寺にある七つの坂です。
北から真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂をいい、
真言坂のみ南北の坂で、ほかは東西にある坂です。
この辺りは歴史の舞台になった場所が多く、
最近ではNHK大河ドラマの真田丸の真田幸村ゆかりの安居神社や、
聖徳太子が創建した四天王寺もすぐ近くです。
神社やお寺は閉門が早いので先に参拝して、
ぜひ坂の上から夕陽を眺めてください。
その昔は海も近くて大変美しい夕日が迫って見えたそうです。
現在は埋め立てられて遠くなりましたが、それでも高台から見る夕陽は美しいです。
やかましいお笑い芸人で大阪のイメージが悪くなりましたが、
本当の大阪は人形浄瑠璃や様々な和歌に詠まれた情緒ある土地なんですよ。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 狭くて高低差がある
- 見ごたえ:
- 4.5
- 坂巡りをして最後に坂の上から夕陽を眺めてほしい
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:3.0
熊野街道は、京から大坂を経て熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)への参詣に利用された街道の総称で、紀伊路とも呼ばれました。
また、説教浄瑠璃の小栗判官にちなみ小栗街道とも呼びます。
京から大坂までは淀川を下り、摂津大坂の渡辺津(大阪市中央区天満橋付近)を起点に、四天王寺(大阪市天王寺区)、住吉大社(大阪市住吉区)を経て、
和泉国では並行して走る紀州街道(孝子越街道)よりも山沿いを通ります。
。瓦屋村(泉佐野市)から和歌山間は雄ノ山峠を経由し、
紀州田辺を経て、中辺路または大辺路によって熊野三山へと向かう道筋でした。
近世以後は紀伊田辺を境に紀伊路・中辺路と区分されるようになり、
ユネスコの世界遺産になったのは中辺路の部分です。
現代ではあちこちに石碑が残っているばかりですが、
少しずつでも当時の旅人を偲んで歩いてみるのも良いと思います。
歴史ファンには特におすすめしますよ。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:3.0
人形浄瑠璃といえば近松門左衛門が有名です。
人形浄瑠璃の歴史の中て代表的人物として「太夫は竹本義太夫」、
「作者の近松門左衛門」と共に、「興行師の竹田出雲」が並び称されていました。
なお、能・歌舞伎・浄瑠璃等の格式のある芸人(演じ手)を太夫といいます。
その竹田出雲の墓が青蓮寺にあります。
人形芝居の興行師 の一方、青年時代から近松門左衛門に 師事し、
文筆の面にも才能を発揮しました。
近松門左衛門との合作も含めて40篇近い脚本があり、
「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜は今日も上演される傑作です。
最近は人形浄瑠璃は下火になっていますが、
国立文学劇場からほど近いところにすごい人が眠っているんですね。
また行ってみようと思います。
国立文学劇場は、生玉さんで親しまれている生國魂神社からも歩いていける距離ですよ。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:3.0
桜田門外の変は、江戸城桜田門外(現在の東京都千代田区霞が関)で、
水戸藩からの脱藩者17名と薩摩藩士1名が、
彦根藩の行列を襲撃し大老井伊直弼を暗殺した事件です。
水戸藩士の川崎 孫四郎は、幕末の志士で水戸藩家老・安島帯刀の従者であり、
郡吏を務めていました。
万延元年(1860年)3月3日に起こった桜田門外の変では大坂で連絡役を務めました。
しかし、幕府に探知され、同年3月23日、幕吏に追われ奮戦しましたが、
桜田門外の変の首謀者・高橋多一郎親子を逃がし、
生國魂神社(生玉さん)前で自刃を企てて重傷になり翌日亡くなりました。
生國魂神社(生玉さん)の向かいにある公園の片隅に小さな石碑がありますが、
誰も気に留めていません。
彼らが命をかけた日本の現在を見たらどう思うのかなとふと考えました。
生國魂神社は素敵な神社なので、ぜひ参拝してくださいね。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.0
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:3.5
生國魂神社への参道は何か所かありますが、
1番わかりやすいのは千日前通りと松屋町筋の交差点にある石鳥居を登る
生玉北門坂でしょう。
石鳥居の周辺は交通量が多いですが、石鳥居をくぐるとさっと静かになります。
かなり急な坂で歩道もなく線を引いただけです。
ここを登ると生國魂神社に着きます。
大阪市内は平坦なのですが、この辺りは坂になっており、
上町台地を感じられるようになっています。
電気街からオタロードへと変貌した日本橋からも歩いていけます。
ここから、生國魂神社への散策をすすめるとよいと思います。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 鳥居周辺は交通量が多い
- バリアフリー:
- 1.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2017年03月22日
総合評価:4.0
天王寺七坂(真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂)の
1番北にある坂です。他の坂が東西にある坂に対し、真言坂は南北に延びている坂です。
坂を登ったところには生國魂神社(通称:生玉さん)があります。
生國魂神社の神宮寺であった法案寺をはじめとする生玉十坊が、
明治の廃仏毀釈まで神社周辺で栄えていた。
生國魂神社の北側には、
医王院・観音院・桜本院・新蔵院・遍照院・曼陀羅院の六坊ありました。
すべて真言宗であったので、この坂は真言坂とよばれるようになりました。
短いながら石畳の美しい坂で、訪問した日は晴れていましたが、
雨の日も石畳が濡れていたらまた違った風情があるだろうなと思いました。
最近、オタロードとしても人気の日本橋からも近いので、
ここから天王寺七坂巡りをしても良いと思います。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 谷町九丁目駅から徒歩2分
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 千日前通りは人も車も多いが、真言坂は静か
- バリアフリー:
- 3.0
- 坂道なので下りは危ない
- 見ごたえ:
- 4.0
- 短いながら石畳が美しい
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:3.0
天王寺七坂の一つ、口縄坂の坂上にあるお寺です。
曹洞宗の寺として1560年に開山以来、現在の住職で27代を数える寺ですが、
その歴史はさらに古く、平安時代の公卿で歌人であった
藤原家隆の菩提所として開かれたと伝えられます。
なお、藤原家隆の塚もすぐ近くにあり、
この辺りが夕陽丘という地名が付いたのも家隆が名付けたからです。
時代が下って、松尾芭蕉もこの地を愛し、
句会を開いたりした記録が残っています。
他にも、日本天文学の祖である麻田剛立(あさだごうりゅう)の墓が残されています。
近くにある口縄坂からぜひ夕陽を眺めてほしいと思います。
なお、近くには真田幸村ゆかりの三光神社や安居神社、
他にも様々な歴史のある神社やお寺が多いですよ。
京都のお寺と違って拝観料を取っていないところが多いのでお勧めです。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
永禄三年(1560年)に、寂蓮社円誉上人が創建した約450年の歴史ある寺院です。
大阪の名所旧跡・時事・風俗などを記した『浪華百事談』に、
「順慶町通りより御堂筋の西を浄國寺町と呼べり」とありました。
もとは西区新町、淨國寺町と呼ばれた所に在したお寺で、
創建よりほどなくして現在の松屋町沿いの下寺町にうつりました。
日本三太夫の一人で絶世の美女と伝えられ、
1678年に27歳の若さで没した夕霧太夫のお墓もあります。
大阪中が夕霧太夫の死を悲しみ、死後も近松門左衛門の
「夕霧阿波鳴渡」などの人形浄瑠璃に題材としてとり上げられ、
井原西鶴の好色一代男にも遊女として登場しています。
山門を入って右側には、「まんなおし地蔵尊」と呼ばれる大きなお地蔵様があります。
「まん」は京ことばで「うん」を意味し、
不運を幸運に転ずるありがたいご利益があるお地蔵様です。
4月2日(日)11時より花祭り夕霧太夫行列を開催するそうです。
華やかな行事のようなので、興味のある方は見に行きましょう!- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
慶長20年(1615年)の大阪夏の陣の時に、
真田幸村から逃れた徳川家康がかくまわれたお寺です。
当時の住職が人の命に敵も味方も無いとの想いから、
家康公をかくまったそうです。
窮地を免れた家康公は二代将軍秀忠公に、
「大坂城再建の折にはその高さ鳳林寺の本堂の高さを越えぬよう。」 といったそうです。
もし、鳳林寺の住職が徳川家康をかくまわなかったら、
日本の歴史は変わっていたことでしょう。
その後の真田幸村、豊臣家、徳川家康の運命は、
もう何回も大河ドラマで演じられているのでお判りでしょう。
なお、ここから歩いて三光神社や安居神社へも行けますよ。
真田幸村ゆかりの地を巡るのも楽しいと思います。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.5
寛永七年(1630年)創建の曹洞宗の禅寺です。
谷町筋から見てもすぐにわかる特徴のある外壁をしています。
大阪における赤穂藩浅野家の菩提寺で、
山門をくぐると大石内蔵助の石像が鎮座し、
少し奥に入ると躍動感あふれる四十七義士の姿が見られます。
境内右手に赤穂浪士が討入後、切腹御免となった寺坂吉右衛門が、
四十六義士の冥福を祈る碑の建立を、
吉祥寺に依頼したといういわれのある四十七義士の墓がひっそりと佇んでいます。
討入りのあった12月14日にちなみ毎年「大阪義士祭」が行われているので、
この日に都合があえば参加してみればいいと思います。
なお、12月14日に近い日曜日に開催されているようです。
https://gisinotera.jimdo.com/お寺の行事/
通常の日は、入場料無料で開門9:00、閉門16:00です。
赤穂浪士ファンの方はぜひ訪問してみてください!- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
藤次寺の本尊は宝生如来、即ち如来の五徳を表した
「如意宝珠融通尊(にょいほうじゅゆうずうそん)」です。
「大阪の融通さん」の愛称で親しまれており、
「融通」が「お金を融通する」に通ずるとして、
商いをする人々から厚い信仰を集めています。
特に大阪は商人の町ですから信仰が厚いです。
今でも、毎月1日、11日、21日の御縁日と、
2月3日(または4日)の節分祈願祭には2000人近い人々が参詣に訪れます。
周辺はちょっと特殊なホテルが多い場所ですが、
谷町筋側なら歩いても大丈夫です。
訪問した時が3月上旬だったので、境内には梅の花が咲いており見事でした。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 谷町九丁目駅からすぐ
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:3.5
松屋町筋のこの辺りは寺町になっており、
大通りに面した特徴のある塀に惹かれて中をのぞくと、
奥には美しい庭園があります。
文禄三年(1594年)に、前田利家の弟にあたる僧・開導が開いたお寺です。
幕末、谷三十郎、万太郎、周平三兄弟や山崎蒸らにより、
「大坂新撰組屯所」が置かれました。
大坂相撲力士との乱闘、石蔵屋ぜんざい襲撃事件などは、
この屯所を拠点に行なわれたそうなので新撰組ファンは必見です。
大阪にはほかにもたくさん新撰組あるので、
散策してみるとよいと思います。
なお、ほとんどのお寺が16時には拝観を終了している場合が多いです。
午前中からの訪問をお勧めします。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
銀山寺は齢延寺と向かい合っており、春の八重桜が見事です。
天正19年(1591年)に大福寺と称したのが始まりで、
その後、秀吉が自ら自分の画像を納めて修復し「宝樹山銀山寺」と命名しました。
今も旧門の瓦に五山桐紋が見られるのは、そのためなんだそうです。
「苦行仏」と呼ばれる、出家直後に厳しい修行をして
悟りを開こうとする釈迦像があります。
墓地には近松門左衛門の「心中宵庚申」の主人公、お千代・半兵衛の比翼塚もあります。
近くには源聖寺坂もあり、風情ある石畳と白壁の坂が多いです。
夕陽も美しいのでぜひ、お天気の良い日に散策するのをお勧めします。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
源聖寺坂を上りきった左手にある寺です。
ここから見る寺町の見晴らしは素晴らしく、また夕陽が美しいです。
元和九年(1620年)、曹洞宗の寺として真田山に開創し、
1623年に今の場所に移転ました。
江戸時代は「齢延寺の彼岸桜」と呼ばれた桜の名所だったそうです。
立派な仁王像が門にあり、びっくりしました。
なお、源聖寺坂の坂下から10メートルほどは、
昭和44年に廃止になった大阪市電の敷石を再利用しています。
鉄道ファンには懐かしいスポットだと思います。
坂の上にあるので、車いすやベビーカーなら谷町筋から訪問するほうがいいと思います。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
- 仁王像が立派
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
「夫婦善哉」でも有名な織田作之助は上町台地出身の作家です。
その作之助の「木の都」の文学碑が口縄坂の坂上にあります。
昭和19年「新潮」に発表された作品「木の都」は、
古き大阪への作者自身のノスタルジーが色濃く漂い、
大阪的庶民気質や大阪人情への深い共感が読み取れる優れた作品です。
近年、全国ネットワークのテレビ局の間違った大阪のイメージにより、
貶められているように感じます。
下品なお笑いも増えているのも原因です。
しかし、本当の大阪は文学や浄瑠璃など文化的にも先進的でした。
そのような面を知ってほしいと思います。
この文学碑がある口縄坂は、天王寺七坂で真田幸村最期の地である安居神社や、
聖徳太子が創建した四天王寺にも近いです。
夕陽も美しい坂なので、先に安居神社や四天王寺を参拝してから立ち寄ってください。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
「くちなわ」は、「へび」のことです。
坂の下から眺めると、坂道が蛇のように見えることからこの名が付いたといわれます。
しかし、石畳から石段に変わる坂道はしっとりと美しいかったです。
また、春には途中ある善龍寺の庭満開のしだれ桜が咲き誇って、
撮影する人も多いそうです。
西の坂下から坂を上ったところには、
上町台地生まれの作家・織田作之助の文学碑があり、
『木の都』の一節が刻まれています。
敷石と石段の坂なので、蛇の鱗に見えないこともありませんが、
そのように想像するとちょっと気持ち悪く思えます。
石段なので車いすやベビーカーでの散策は難しいと思います。
夕陽の美しい所なので、ぜひ夕陽を見てから帰ってください。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
-
投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
この辺りは寺町なのでお寺が多いです。
松屋町筋と谷町筋の間を東西に延びる坂で、
源聖寺の敷地の一部をつぶして近隣の住民の通行のために造られた坂です。
そこで、「源聖寺坂」という名が付きました。
西側の坂の下から10メートルほどは石畳になっていますが、
これは大阪市電が昭和44年に廃止なった時の敷石を再利用したものです。
坂の上の方(東側)は石段なので、車いすやベビーカーでは通行しにくいです。
しかし、寺町の風情もあるので素敵な写真が撮れそうですよ。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 坂道なので車いすはしんどいと思う
- 見ごたえ:
- 4.0
- 松屋町筋側の坂の下方は大阪市電の敷石を転用
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投稿日 2017年03月19日
総合評価:4.0
大江神社は上之宮、小儀、土塔、河堀、堀越、
久保の各社と共に天王寺七宮と呼ばれています。
四天王寺の鎮守として聖徳太子が祀られたものと伝えられています。
境内には芭蕉句碑があったり、狛犬ならぬ「狛虎」があり、
阪神タイガースのファンもお参りするなど面白い神社です。
日吉稲荷神社は大江神社の一角にあり、
それほど大きな稲荷社ではありませんが、きれいに整備されていました。
近くにはカップルの仲が永遠に続くという
「愛染かつらの木」がある愛染堂勝鬘院や愛染坂もあります。
四天王寺や天王寺七坂などもあるので、ゆっくり散策してみましょう。- 旅行時期
- 2017年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0














































