T04さんのクチコミ(230ページ)全5,048件
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- 基本情報
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投稿日 2013年11月06日
総合評価:3.5
かつての激戦地に建っている沖縄方面連合軍最高指揮官・第10軍司令官バックナー中将戦死地を示す慰霊碑で、1985年に旧日本軍関係者などの手によって建立されたそうです。バックナー中将の戦死については、公式には「帝国陸軍野戦重砲兵第1連隊第2大隊の九六式十五糎榴弾砲の放った砲弾がバックナーの居た観測所の真上で炸裂し、えぐられた岩片が胸部に当たり10分後に絶命」とありますが、不自然に思うことも少なくありません。小野一等兵による狙撃説もあり、こちらの方が状況的には合点がいくような気もします。ただそれ以上に重要なことは、バックナー中将戦死後からアメリカ軍による日本住民の虐殺が激増したという報告が少なくないという点です。バックナー中将の死因の謎と、その後のアメリカ軍との行動を結びつける何かが、その間に介在しているような気もします。…真実を知ってみたいという願望が強くなりました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 糸満バスターミナルからタクシーで色々回ってから到着したので良く分かりませんが、交通至便でないことは確かです
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 不便な場所にある+歴史を知らなければ興味も湧かない、という場所ですから訪れる人は多くはないと思います
- 見ごたえ:
- 3.0
- この慰霊碑には、アメリカ軍によって隠された何かがあるのでは…と考えてしまいます
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投稿日 2013年11月06日
総合評価:3.5
「平和祈念公園」内に、沖縄戦の戦没者すべての方を、国籍に関係なく祀るための一角「平和の礎」があります。「平和の広場」を中心として放射線状に広がる石碑群がそれです。一つ一つの石碑に刻まれた戦没者の御名前の数、そして石碑数の多さに圧倒されます。沖縄戦が大規模な陸上戦であり、如何に多くの一般住民の方が巻き込まれた戦いであったのか、何となく想像することができました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 糸満バスターミナルから色々回って到着したので良く分かりませんが、交通至便でないことだけは確かです
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 訪れる人は少なくありませんが、特に問題はないと思います
- 見ごたえ:
- 4.0
- 刻まれた御名前は、とにかく物凄い数です…恐ろしい戦争であったことが少し体感できました
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投稿日 2013年11月06日
総合評価:4.0
「ANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービュー」からタクシーに乗って15分、1500円ほどで豊見城岳陵頂上に到着しました。さすがは司令部壕があった場所、かなり標高を感じる場所にあり、那覇市内や海上の様子を一望できます。ここには慰霊碑や展望台、またビジターセンターの入口があります。ビジターセンターに入って階段を下ると小さな資料館があります。ここでは海軍壕内から見つかった遺留品、将兵の手紙、太田司令官の軍装などが展示されると共に、太田司令官の発した有名な電文「沖縄県民斯く戦ヘリ」が紹介されています。資料館を出てから司令部壕に向かうため25メートルも階段を下ることになります。さて当時は450メートルもあったという壕ですが、落盤の危険などもあり、公開されているのは300メートルほど。現在は至るところに照明が灯されていますが、当時はかなり暗いものであったと推測されます。通路に沿って「通信室」、「作戦室」、「司令室」、「下士官・兵員室」などの小部屋がところどころに設置されています。当時は近代的掘削機械などもなく、すべてツルハシやショベルによる手作業で、その労苦だけでも大変なことであったでしょう。死臭や糞尿の臭いが立ち込める狭くて暗い壕の中、死を覚悟しながら絶望的な戦いを強いられた兵士たちの気持ちは如何ばかりのことであったでしょう…。「司令官室」には太田司令官の愛唱歌が、「幕僚室」には手榴弾による自決の跡が生々しく残されています。そして将兵たちが最後の斬り込みに向かった扉…痛ましい歴史の証人です。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 「旭橋」からタクシーで1500円ほどでした
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 狭い壕の内部には、割と多くの見学者が訪れていました
- 見ごたえ:
- 5.0
- 当時の雰囲気が凄い迫力で感じられました
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投稿日 2013年11月06日
総合評価:3.0
沖縄戦当時、旧制県立第一中学校(現首里高等学校)の生徒たちが鉄血勤皇隊や通信隊学徒兵として組織され、200名以上が戦死しました。また一中同窓生の方では教職員、学徒兵含めて800名以上の方が犠牲になられたということです。これらの方々を祀るため、かつて一中の養秀寮があった場所に建てられたのが、この「一中健児之塔」です。国策の犠牲者となった多くの若者に、改めて弔意を示したいと思いました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 「玉陵」を見学後、「一中健児之塔」とある標識に従って坂を下りました…交通は不便な場所です
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 訪れるの人は多くはなさそうです
- 見ごたえ:
- 3.0
- 石碑のみですが、そこから沖縄戦の一面を感じられます
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投稿日 2013年11月07日
総合評価:4.5
那覇を訪れたら必ず寄ってみたい…と想い続けて早や2年。やっと憧れの「首里殿内」へ行く機会に恵まれました。早速席を予約し、開店早々の11:00に訪れました。場所は「首里金城町石畳道」、その首里城方面へ向かう上り側入口ですので、交通手段はタクシー。店構えは沖縄伝統の御屋敷を利用した高級料亭といった感じで、雰囲気は良いです。門をくぐって入った店内は清潔で落ち着いており、窓の外に見える小さなお庭にも沖縄の雰囲気を感じられ、評価は◎です。親しみやすくも礼儀正しい接客も◎。さて注文した「おもろアグーステーキ定食」、「餃子」共に想像通りの美味さで、もちろん評価は◎で大満足でした。雰囲気・料理・接客共に◎ですから、食べている最中から次回の訪問予定を立てていたくらいです。敷地内には小さいながらも「泡盛資料館」・「民俗資料館」があって、自由に見学することができます。「ごちそうさまでした」
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 4,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 2.5
- 車で行かないとなるとバス、あるいは「首里」駅からタクシーになりますか…お店は「首里金城町石畳道」の入口にあります
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 料理は特別安くはありませんが、あもろアグー豚という食材・良い接客・雰囲気の良い店構えからすれば、決して料金が高いとは思いません
- サービス:
- 5.0
- 接客は丁寧・迅速で愛想も良く、とても気持ちよく食事が楽しめました
- 雰囲気:
- 5.0
- 琉球の古民家といった風情で、敷地内には小さいながらも「泡盛資料館」や「民俗資料館」まであって、食事以外も楽しめました
- 料理・味:
- 4.5
- おもろアグー豚、とても美味しいです
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投稿日 2013年11月07日
総合評価:3.5
「平和記念公園」のある摩文仁の丘を頂上まで上ると「黎明の塔」がありますが、そのすぐ手前に「沖縄師範健児之塔」を示した矢印があったため、矢印通りに階段を下りて行きました。しかし、これは大失敗!ずーっと急な階段を下りながら「途中にあった塔を見逃したのではないか…」と不安にかられたころ、やっと発見できました。塔の先には更に道がありましたが、かなり疲れていたため引き返すも、当然のように急な登り階段ですからヘトヘトです。その後「平和祈念公園」からタクシーに乗って「ひめゆりの塔」に向かおうとすると、すぐに「健児の塔入口」という看板を発見。先ほど見た「沖縄師範健児之塔」とは違った石碑でもあるのかと、タクシーを停めてもらって見学しに行ったところ、ほどなく先ほど見たばかりの「沖縄師範健児之塔」がありました。皆さんも摩文仁の丘越えをしないように気をつけて下さい。さて「沖縄師範健児之塔」ですが、沖縄師範男子部によって組織された鉄血勤皇隊員の慰霊碑で、教師24名、生徒386名中、教師9名、生徒226名が戦死、それ以外にも教師10名、兵役で召集された生徒64名が戦死したことで、歴史から消えてしまった学校でもあります。塔の脇には3名の若者をモチーフにした「平和の像」、その奥には隊員達が自決したガマが、ひっそりと口を空けたままになっています。「ひめゆりの塔」以外、沖縄の戦跡や慰霊碑の多くは忘れ去られているようで、何か寂しい気がします。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 「ひめゆりの塔」方面から「平和祈念公園」に向かう途中に「健児の塔入口」とかいた標識があります…摩文仁の丘を越えるコースは大変です
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 他に人は見かけませんでした
- 見ごたえ:
- 3.5
- 塔の近くにあるガマは、沖縄師範学徒が集団自決した場所ということです
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投稿日 2013年11月07日
総合評価:4.0
摩文仁の丘…沖縄戦末期、地獄絵巻のような光景が繰り広げられた場所ですから、大変多くの戦跡・遺構が残っていますし、慰霊碑も数知れません。映画などで有名になったこともあって「ひめゆりの塔」は観光地のようになっていますが、それ以外の戦跡・遺構や慰霊碑は寂しく忘れ去られているような場所も少なくありません。日本人として残念な気がしてなりません。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 糸満バスターミナルからタクシーで色々回ったので、良く分かりませんが、交通至便でないことだけは確かです
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 丘全体は大変に広いです
- 見ごたえ:
- 5.0
- 大変多くの戦跡・遺構、そして慰霊碑
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投稿日 2013年11月06日
総合評価:4.0
沖縄戦の特殊性は、軍人よりも一般住民の犠牲者が多かったという点だと思います。”本土防衛のために沖縄を捨石とする”という考えの元、沖縄県民を巻き込んでの作戦を命じたのが、ここ第三二軍の司令部壕です。これによって多くの沖縄県民が亡くなり、首里城を中心とした那覇の街も壊滅しましたが、コンクリートで固められた司令部壕だけは残り、数少ない歴史の証言者になっています。いつの時代も権力者の犠牲になるのは一般の人々であること、そうしたことを改めて感じさせる光景でした。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 「守礼門」から「首里城公園」に入り、「園比屋武御嶽石門」を越えて左手の階段を下ると、道の左右に壕の入口が見つかりました
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 私以外の人は、壕のプレートを一瞥して通り過ぎただけ…その姿に悲しくなりました
- 見ごたえ:
- 3.5
- 強固につくられたコンクリート製の壕ですが、沖縄県民に多大な犠牲者を出し、首里城を崩壊させた原因ともなった壕ですから複雑な心境になりました
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投稿日 2013年11月07日
総合評価:3.0
ここ喜屋武岬および周辺は如何なる場所でしょうか。第六二師団は終戦間際の昭和20年6月20日、喜屋武部落周辺で全滅しました。また喜屋武岬は、アメリカ軍に追い詰められた住民8000人~12000人が身を投げた場所でもあります。戦後の混乱が落ち着いた昭和27年、地元の人々が部落内やその周辺海岸に散在する将兵並びに住民の遺骨1万余柱を収集して名城ビーチの西海岸に納め「平和の塔を建立」、昭和44年に現在の場所に改修移転したものです。風光明媚な喜屋武岬ですが、そこにある慰霊塔の意味を知ろうともせず、笑顔で写真撮影に興じるグループには閉口しました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 糸満バスターミナルからタクシーで色々回ってから到着したので良く分かりませんが、交通至便でないことは確かです
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- この場所における景観とは何か…美しい海ではなく、やはり場所の空気だと思います
- 見ごたえ:
- 3.5
- 美しいデザインのモニュメントですが、設置の由来を読む人は少なく…
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投稿日 2013年11月02日
総合評価:3.0
沖縄本島南端部にある喜屋武岬は、沖縄戦末期にアメリカ軍に追い詰められた人々が次々に身を投げた場所です。その人数は定かになっていませんが、おおむね8000人から12000人といいますから、もの凄い人数であることは間違いありません。また、ここ喜屋武部落周辺は第六二師団が全滅した場所でもあります。そこで岬には第六二師団将兵と、犠牲となった住民の方々を祀る慰霊塔も建てられています。確かに喜屋武岬は風光明媚な場所ではありますが、海や慰霊碑を背景にニコニコ笑って記念写真を撮る人、Vサインを出して写真を撮る人などが大勢いて、まったく驚きました。ここが何を意味する場所なのか知らないわけではないと思うのですが…。ちょっと悲しくなりました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 糸満バスターミナルからタクシーで色々回ってから到着したので良く分かりませんが、交通至便でないことは確かです
- 景観:
- 4.0
- この場所における景観とは何か…美しい海ではなく、やはり場所の空気だと思います
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 広くはない場所ですが、頻繁に観光客が訪れていました
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投稿日 2013年11月07日
総合評価:5.0
沖縄戦の特殊性は、それが住民を巻き込んでの戦いであったことだと思いますし、それは一般住民の犠牲者数が軍人・軍属を上回っているという事実が証明しています。特に沖縄戦の主戦場となり、現在「沖縄戦跡国定公園」に指定されている沖縄県南部地域には、今もそこかしこに残るガマや壕、数知れない慰霊碑、悲劇が語り継がれる多くの場所があります。日本人として一度は訪れ、沖縄戦の現実を知ると共に、先人たちに頭を垂れて祈りを捧げなくてはならない場所だと思います。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 景観:
- 5.0
- すべてが戦績・戦争遺構と感じられます
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投稿日 2013年11月07日
総合評価:3.5
戦後、米須原に集められた真和志村民は、アメリカ軍の食糧増産計画に基づいて開墾を命じられたものの、沖縄最南部に位置する米須原は多くの人々が命を失い、その遺体が放置されていた場所。開墾しようにも次から次から遺骨が掘り出されるため、ついに大きな穴を掘って遺骨を収めようとしました。しかし穴にも収まりきれず積み上げられ、大きな骨の山が築かれたようです。そこで周囲から石をかき集めて納骨堂が完成し、「魂魄の塔」と名付けられたということです。そう考えると、「魂魄の塔」の形状にも納得できます。摩文仁の丘や「魂魄の塔」がある米須を中心に、全国すべての都道府県の慰霊碑がありますが「沖縄県の碑」は存在しないため、この「魂魄の塔」が 沖縄県の碑に相当するものという考えもあるそうです。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 糸満バスターミナルからタクシーで色々回ったので、良く分かりませんが、交通至便でないことだけは確かです
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- あまり知られていない場所ということで、誰にも会うことはありませんでした…少し寂しいですね
- 見ごたえ:
- 4.0
- 約35000人もの遺骨が山のように集められた場所…想像できない光景です
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投稿日 2013年11月08日
総合評価:3.5
沖縄でしか購入できないお土産品を考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのがサーターアンダギー。ただ今まで知り合いからのお土産品で何度も口にした経験こそあるものの、自分自身で購入したことがなく、知識も情報も持ち合わせていないため、口コミを参考にして辿り着いたのが「歩」でした。今まで食べたものと比較すると…油切れが良く、くどさを感じることなく食べられる美味しいものでした。包装がキッチリしていることも、お土産品に良いですね。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 第一牧志第公設市場の2階ですから、分かりやすいと思います
- サービス:
- 3.0
- サーターアンダギーの売店ですから、取り立ててコメントはありません
- 品揃え:
- 3.0
- 店頭には2コ入り・5コ入・9コ入が表示されていました
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:4.5
「ANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービュー」にある日本食レストランに夕食に訪れました。入口から料亭風通路をくぐる導線には、なかなかの高級感を感じますし、店内は清潔感と落ち着きにあふれています。窓は2方向に開けており、一方はホテル敷地内の沖縄風庭園ですが、もう一方はお店用の日本庭園で、和琉折衷のエキゾチックさを感じます。泡盛に続いて注文したのは、こちらも和琉折衷の「彩風御膳」5000円。料理が丁寧に作られていることが分かりますし、食材の良さも感じることが出来ました。泡盛を飲み終わってから熱い味噌椀が届けられ、デザートの盆には折鶴が添えられるなど、気遣い・心配りあふれるサービスを受け、豊かな気分も味わうことができました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 7,500円未満
- 利用形態
- ディナー
- アクセス:
- 3.5
- 「旭橋」駅から少し坂を上るため、思い荷物などがあると辛いかな…車利用であれば問題ありません
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- ディナーでの利用でしたが、料金分の価値は充分に感じました
- サービス:
- 5.0
- 気遣い・心配りのあるサービスを受けられ、居心地の良いお店でした
- 雰囲気:
- 4.5
- 入口から料亭のような雰囲気の通路、窓の外にも庭園があって高級感がありますし、客層も良かったです
- 料理・味:
- 4.5
- 料理は丁寧に作られていることが分かりますし、食材の良さも感じることができました
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投稿日 2013年11月09日
総合評価:4.0
「ANAクラウンプラザホテル沖縄ハーバービュー」のビュッフェ・レストラン「プランタン」にディナータあてイムに訪れました。老舗ホテルではありますが、レストランはリノベーションされて綺麗で洗練されたデザインです。大きな窓の外には沖縄風の美しい庭園があるのですが、ディナータイムの時間には暗くて見えないのは仕方ないですね。定期的にテーマを設けているようで、11月は”贅沢イタリアン”というテーマビュッフェでした。ビュッフェ台のスペースは明るく広めで、和・琉・洋の料理が揃っています。オープンキッチンではテーマに沿ってピザなどが登場してしました。ビュッフェですと、あまり料理に期待できないことが少なくありませんが、「プランタン」の料理は味・質共に満足できましたし、接客も気持ち良いものでした。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 5,000円未満
- 利用形態
- ディナー
- アクセス:
- 3.5
- 「旭橋」駅から少し坂を上るため、思い荷物などがあると辛いかな…車利用であれば問題ありません
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 3900円(平日)という料金に比べ、質の高いビュッフェだと思いました
- サービス:
- 4.0
- このホテルのレストランは、総じてサービス精神にあふれています
- 雰囲気:
- 4.0
- ディナー時にはお客さんも多すぎず、ディナーにしては雰囲気は良かったです
- 料理・味:
- 4.0
- ビュッフェにしては料理・食材ともに良いと思います
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投稿日 2013年11月11日
レストラン「ザ・リバーサイド カフェ&ダイニング」 ダブルツリーbyヒルトン那覇 那覇
総合評価:4.0
「ダブルツリーbyヒルトン那覇」ロビー階にあるレストランで朝食をいただきました。さすが開業から日が浅いホテルですから店内はとても綺麗ですし、高級感もあります。店内は大きな窓があって明るい雰囲気なのですが、目の前は幹線道路の国道331線ですから、道行く人と目があったりするのは少し恥ずかしいかも…。さてビュッフェ台に並ぶ料理の種類はさほど多いというわけではありませんが、沖縄風料理もありますし、”トマトデニッシュ”や、エッグステーションに”ヘルシーアンダスー(油味噌)”など初めて目にするものがあったりと、個性的なところがあって楽しむことができました。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 利用形態
- 朝食
- アクセス:
- 5.0
- 目の前は「旭橋」駅、向かい側はバスターミナル、大変便利な場所に立地しています
- サービス:
- 3.5
- ビュッフェですし、特別なサービスもありませんでしたが、笑顔での接客は良かったです
- 雰囲気:
- 4.0
- 新しいホテルで清潔感満点ですし、店内のデザインも高級感があり、大きな窓で明るい雰囲気です
- 料理・味:
- 3.5
- 「ダブルツリー」ブランドだけあって豪華さはありませんが、ちょっと個性もあって、それなりに楽しめました
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投稿日 2013年11月11日
総合評価:3.5
首里城の門と言えば「守礼門」を思い浮かべますが、”門”を城郭を守る砦として考えれば、この「歓会門」が第一の門となります。堅固な石垣と一体化させ、上部に櫓を備えたた姿からは、その防御性の高さが窺えます。同時に「歓会門」は、その名前の通り、宗主国であった中国からの冊封使など、賓客や外国使節を歓迎してお迎えするための門でもありました。アーチ状の美しい形に、そうした儀式的性格を感じることができます。この門は沖縄戦によって破壊されたため、現在の門は復元されたものですが、圧倒的な存在感と重厚感があって驚かされます。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 金城町の石畳道を上って「首里城公園」へ到着しましたが、ちょっと辛かったです…ゆいレール「首里」からが便利ですね
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 広い城内ですから、問題ないと思います
- 見ごたえ:
- 3.5
- 石垣と一体化させて防御性を高めた、いかにも”城門”といった感じの門です
-
投稿日 2013年11月11日
総合評価:3.5
首里城の階段を上って行くと首里城第三の門「漏刻門」に辿り着きます。「守礼門」のような美しさ、「歓会門」のような重厚さもなく、何となく通り過ぎてしまいそうな門です。ただ紹介プレートを読むと、この門上部の櫓部分には”漏刻(中国語で”水時計”)”が設置され、時を知らせるという重要な機能を持っていたことを知ることができました。そんな紹介文がありながら、内部の”漏刻”部分は見ることができません…残念!
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 首里城の階段をかなり上りますので、年配の方には辛いかも知れません
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 広い城内ですから、大きな問題はないと思います
- 見ごたえ:
- 3.0
- 門の由来を知ると、内部の”漏刻”を見たいと思いますが、見ることができません…残念
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投稿日 2013年11月11日
総合評価:3.5
首里城第四の門「広福門」です。建物そのものが門の機能を持っているという、首里城の特徴をよく表している門です。かつては”「寺社座(じしゃざ)」と、士族の財産をめぐる争いを調停する「大与座(おおくみざ)」という役所が置かれていた”ということで、創建年代は不明とのことで、現在は券売所等となっています。この門の前からの眺めは、那覇市内を一望できるだけでなく、その向こうには海も見えてお奨めです。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 首里城のほぼ頂上にありますので、年配の方には辛いところです
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 広い城内ですから、大きな問題はないと思います
- 見ごたえ:
- 4.0
- 門というより、ここからの眺めは美しくてお奨めです
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投稿日 2013年11月11日
総合評価:3.5
首里城第二の門である「瑞泉門へと登る階段の途中右手、口から湧水をはき出している龍の彫刻がありますが、それが「龍樋」です。この湧水は、かつて王宮の飲料水として使われていたそうです。この龍の彫刻は、1523年に中国からもたらされたものということですから、文化財的価値も高いものですね。
- 旅行時期
- 2013年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 首里城第二の門「瑞泉門」への階段を上る途中、その右手にあります
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 意外に写真を撮る人が少なかったのは、気付かないから?
- 見ごたえ:
- 3.5
- この龍の彫刻は500年前に中国からもたらされたもの…貴重な文化財ですね













































































































