Weiwojingさんへのコメント一覧(5ページ)全643件
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ご無沙汰しております。
相変わらずご活躍しておられ感服しております。
懐かしく地元民生活の一端を垣間見る事が出来、懐かしんでおります。
これからも、日比の橋渡しを期待しております。Re: ご無沙汰しております。
AKOさん、こちらこそご無沙汰しております。お変わりありませんか。書き込みをいただき、ありがとうございます。
私は2017年末仕事を終了し、フィリピンから日本へ戻ってきましたが、そのご2回短期でフィリピンへ行ってきました。またこれからも行きたいと思っています。AKOさんは最近はフィリピンへ行かれていますか。また旅行記を拝見できるのを楽しみにしています。
Tamegai
2019年04月28日10時32分 返信する -
デュバイ! 懐かしいです。
Tamegai様
新年あけましておめでとうございます。
初めましてMedinaでございます。
この度、掲示板の書き込み賜りまして、誠にありがとうございます。
私もデュバイ(日本ではドバイ)1度だけ行きました。トランジットではなく渡航ですが、当時ペルシャ湾の反対側ではイラクで湾岸戦争が行われている時代でした。
市内で2泊した後、バ−ジュアラブへ宿泊したいが連泊以上と断られ(1泊が高額なので)ジュメイラビ−チのル・メリディアンに宿泊して、のんきにプールサイドから海辺に出て日向ぼっこして、は目を外しすぎて(^^♪ 帰りの飛行機乗り忘れました(+o+)エミレ−ツの関空行きが深夜なので1日勘違いしてしまい、翌日の昼にホテルから延泊するの?言われ旅程を見たら前日の夜チェックアウトに気が付き、大急ぎで空港に移動してエミレ−ツに事情話したら最初は断られましたが、粘った末席が空いていたのでなんとか乗せて貰いました。その当時JALの共同運航便でしたが、機内に乗り込む前にJALの人に「昨日はどうしたのですか?(◎_◎;) (;'∀') 。。。。正直、日を間違えましたと!」答えました。JALの方が「よくエミレ−ツが乗せてくれましたね? それも無料で。。。飛行機チケットは前日扱いなので。。」
そんなわけで世界中旅してきて初めて大ドジをしてしまいました。
仕事の疲れが出て、は目を外しすぎてしまいました。GWの最終日前日の事で1日、日を間違えた為国内線乗り継ぎ(羽田行き)無効、しかたがないから新大阪から東京まで新幹線ですが、普通席は満席状態。かろうじてグリ−ン車が数席空いていたので、高いけどス−ツケ−スもあることなので、やもなくグリ−ンで戻りました。新大阪から新横浜まで爆睡して寝ておりました。
Tamegai様の旅行記拝読して思い出してしまいました。
仕事上出張が多く家にいない日が多いですが、できる限り拝読させて貰いますので、こちらこそ宜しくお願い致します。
Medina2019年01月05日13時17分返信するRE: デュバイ! 懐かしいです。
Medina 様
新年おめでとうございます。書き込みを頂いていたのに気が付かずにいました。失礼致しました。
ドバイ(ドュバイ)に行かれたことがあるのですか。私はトランジットで10時間ほど滞在しただけですので、訪れたり、見学した所はわずかです。しかし、初めての中東でしたので、大いに興味を覚えました。またドバイを経由してどこか行ってみたいと考えています。
ドバイでは1日間違えてしまったのですか。それでもよく乗れましたね。私も乗る飛行機の時間を間違えて乗れなかったこともあります。
本年もよろしくお願いいたします。また私の旅行記を見ていただけると嬉しいです。ありがとうございました。
Tamegai2019年01月06日09時57分 返信する -
私のときのガイドさんも、この方でした。
Tamegaiさま
私のときのガイドさんも、この方でした。
この方は帯広畜産にもいたことがあり、日本語はペラペラでした。
キルギスにも抑留日本人が、建設労働に従事していたんですね。
昨夏訪れた、カザフスタンのバルハシ市の冶金文化宮殿も日本人捕虜が作ったようです。あと大アルマトィ湖への道も抑留日本人が労働に駆り出されたようです。
タシケントのナヴォイ・オペラ・バレエ劇場の内部、素晴らしいですね。一度実物を見てみたいです。
中央アジアでは中国人は、あまり好かれていなくて、ホテルのフロントで、初めは「ニイハオ」と不機嫌に声をかけられますが、露語で「私は日本からきました」と言うと、態度を変えてニコッとします。対日感情がとてもいいです。
中央アジアで抑留された日本人たちの勤勉さが、今でも語り継がれてることもあるようですね。
Re: 私のときのガイドさんも、この方でした。
哈桑湖様
謹賀新年。キルギス旅行記を見ていただき、またご投票もいただき、ありがとうございます。キルギスで旅行ガイドをしていただいたエレメックさんとはご存知でしたか。同じくガイドをしていただいたのですね。いつのことでしたか。
彼はとても日本語が上手で感心しました。北海道の帯広畜産で勉強されたと私も聞いています。2020年のオリンピックには通訳として東京に来るそうです。再会したいと考えています。
タシケントのナヴォイ・オペラ・バレエ劇場は日本人抑留者が建設に携わりましたが、オペラの公演を見た際に内部を見て回りました。素晴らしい造りです。
確かにウズベキスタンでは日本人は好感をもって見られていますね。あちこちで声を掛けられました。それも日本語で。また行きたいと思っています。
これからも見ていただけると嬉しいです。私も見させていただきます。これを機会にフォ―ロ―させていただきます。
ありがとうございます。
Tamegai
2019年01月02日11時53分 返信する -
お礼」
今晩は!
今年も残り少なく、寒くなりましたが、
お元気ですか?
来年も良き年を迎え、感動的な旅が出きると良いですね!
旅行記待ってます!
又、今年は写真の無い退屈な旅行記に訪問し
いいね!を頂き有難う御座います!
お陰様でモスクワの旅とサンクトペテルブルックの旅・デンハーグ記が
写真が無くポイントは付きませんが1位にランキングされ感謝してます!
良いお正月を迎えられますようお祈りしてます!
Maki
2018年12月29日19時52分返信するRE: お礼」
Makiさん、初めまして。
メツセージをありがとうございます。ロシア旅行記が1位にランキングされたのですか。よかったですね。私はロシアにはモスクワ空港に5時間位待ち合わせで滞在しただけです。チャンスがあれば訪れてみたいですね。
これからも私の旅行記を見ていただけると、うれしいです。
ありがとうございます。良いお年をお迎えください。
Tamegai
2018年12月29日20時24分 返信する -
同じ日に!
Tamegaiさま、こんにちは。
旅行記を拝見させて頂きました。
実は、その場に小生もおりました!
横浜臨海公園Re: 同じ日に!
横浜臨海公園様
同じ日にフランス大使公邸に来られていたのですか。驚きました。小生はフランスにはそれほど強い関心があるわけではありませんでしたが、知人の誘いで出席しました。
フランスの小都市も魅力的ですね。将来行ってみたいです。
Tamegai
2018年12月26日19時25分 返信する -
すごいですね!
食材はあんなに豊富とはまったくイメージと違いました。
ナンもラグメンも素晴らしく美味しそう♪それに、写真でみるだけで
空気が澄んでて気持ちよさそうですね。歴史的にも非常に興味あります。もっといろいろ知りたくなりました!!Re: すごいですね!
旅遊de道楽さん
見ていただき、ありがとうございます。私自身もあんなにも食材が豊富だとは思ってもいませんでした。市場に行くと、見たことがないようなものもたくさんあり、一体どんな料理に使うのか想像もつかないものが多くありました。
ナンは美味しかったです。いつも食事の際は必ず出てきます。殊に焼きたてが最高においしいかったです。ラグメンは色々な種類があるのですね。これも驚きです。ただ、旅行記ではあまり紹介できないのが残念です。
続編もまだいくつかありますので、見ていただけると嬉しいです。
ありがとうございました。
Tamegai
2018年11月10日21時30分 返信する -
ウズベキスタンが楽しみ!
大変興味深く旅行記を拝見させていただきました。語り部のおばさんのお話、私もきいてみたいです。
実は今とてもウズベキスタンに興味があり、行ってみたい国のうちの一つなので、ウズベキスタン編旅行記、楽しみにしています!!Re: ウズベキスタンが楽しみ!
旅遊de道楽様
メッセージをありがとうございます。キルギスは地味で、観光材料は少ないですが、なかなか興味のある国です。
日本との関わりはそう多くありませんが、第2次世界大戦後の日本人抑留者の歴史をある時偶然知り、興味を覚えてきました。そのため今回キルギスを訪ねてみました。
ウズベキスタンは初めて旅行をして大変興味を覚えました。旅遊de道楽様はどのようなところに興味をお持ちですか。まだなかなかウズベキスタン旅行記まで進みませんが、期待してお待ちください。
ありがとうございました。
Tamegai2018年11月04日22時01分 返信する -
コレヒドール島へ
おおっマニラ市からではなく、バターン半島側からもコレヒドール島に行けるんですね。これはすばらしいルート。どこで頼んだのか教えてもらえませんか?RE: コレヒドール島へ
コレヒドール島にはマニラから定期的に船が出ていて、簡単に行くことが出来ます。私採ったルートはバターン半島側の海岸から直に行きました。ただ定期的な船は出ていませんので、地元の人に船を頼んで島に渡りました。20分も掛からなかったと思います。
島に上陸してからは迎えに来てもらったジープで見学しました。徒歩ではとても不可能ですので、車が必要です。ただ前もって頼んでおかないとすぐ来てもらうというわけにはいきませんので、前日泊まったホテルで頼んだと思います。これは同行のフイィピン人がしてくれたので、あまり詳しくは分かりません。
島には私たち以外の全く観光客はいませんでした。ひっそりとしていて、戦跡を回るにはちょうどよかったと思います。
この程度で参考になるでしょうか。前回失念しておりましたが、フォローに加えていただいたようで、ありがとうございました。
Tamegai2018年09月16日09時54分 返信する -
フィリピンの戦跡を探しておりましたところ
先日バギオの英霊追悼碑に行ってきました。 確認ですが、ここに記載されている、サン・フェルナンド港 とは、リンガエン湾にあるところだと思われますが、マニラ湾にあるサンフェルナンドではないですよね。
また、シティーホールに展示されていた戦争遺品展示場は期間限定にも読め、あと、鹿児島県歩兵第71連隊記念碑「慰霊之碑」の、両方の正確な場所を知りたいので、お教えいただけないでしょうか?Re: フィリピンの戦跡を探しておりましたところ
もぐろさん
メッセージをありがとうございます。フィリピンにおける日本人関係の戦跡はあちこちにあります。全部を訪ねることは出来ませんが、以前私んが住んでいたルソン島北部にあるいくつかを滞在中に回りました。
お尋ねのサン・フェルナンドはリンガエン湾にあるのではなくルソン島の北部のLa Union 州にあり、サン・フェルナンド湾に面しています。ここは戦前日本からフィリピンに来る船は先ずここに来る港で、そのため市役所で展覧会が開かれて日本軍関係のものが展示紹介されました。恐らくこれはこの時期だけのものだと思われますが、しかし、常時展示されているものもあるようです。また街の中には日本人が作った植物園もあり、いろいろな日本人とのかかわりを示す記念碑などもあります。飛行場もあったようです。
ルソン島にはもう一つ同じ名前のサン・フェルナンドというところがありますが、こちらはマニラ湾には面していません。内陸部になります。
鹿児島歩兵第7連隊記念碑「慰霊之碑」はサン・ファビアン(リンガエン湾に近い)にあり、場所はPTA Beach Hotel 敷地内の海岸にあります。しかし、ほとんど砂に埋もれているような状態なので、見つけるのは難しいです。ただ、海岸に出れば地元の人がたくさんおり、誰かに聞けば教えてくれます。ここに関しては次の2の旅行記に詳しいく書いています。
私の次の2つの旅行記はご覧になりましたか。もしまだでしたらご覧ください。
1.「太平洋戦争時の最後の日米両国の激戦地コレヒドール島上陸記」 (http://4travel.jp/travelogue/11053344)
2. 「フィリピン・バギオで「比島戦没者慰霊祭」に参加して」
(http://4travel.jp/travelogue/10982818)
何かご質問があればまたお寄せください。
Tamegai
2018年09月14日18時02分 返信する -
京都 島原・・・は 「品格!ある 花街」デスネ。
今晩は。
海外生活が 長かったそう、ですが、
「日本の 歴史ある・・・場所。を 素敵!に 旅されて 楽しんでいる」のが 伝わります。
そんな 場所!は 私も 興味ある・・・所。
今回の、「京都 島原」。 なかなか、東京から 行かれない!ので
とても面白く、 拝見させてもらいました。
江戸時代の 武士達が 「休息。 次の 英気を 養う!花街」は、
派手な 装飾美。 しかし、さすが・・・は 「都! 京都」を 想わせる
「上品さ」が あり、 様々な しつらえ。 お部屋の 様子。と、興味深く
「解説」を 楽しみました。
大店!の 二軒。が 残ってて、 ひとつ!は 一般公開されている。って 有り難い!ですね。
これからも、「素晴らしい~! お話・・・と 素敵な お写真」で ご紹介!くださいね。 これからもよろしくお願いします。
Re: 京都 島原・・・は 「品格!ある 花街」デスネ。
白い華さん、おはようございます。
昨日は心のこもったメッセージをありがとうございます。今まで海外での生活を経験してきて、いざ日本に戻ってくると、これまであまり日本国内を歩いていないということに気が付きました。
日本のいろいろ素晴らしいところはたくさん知っていましたが、実際は訪れたことはなく、ただ知識として知っているだけでした。そこでこれからは日本の伝統的な建物や街並みを見てみたいと考え、計画し、先ずは京都をと考え、情報を集めてみました。
そうしたところ今回の2カ所に目がいき、訪ねた訳です。京都の花街と言えば、祇園ですが、もうひとつ島原もあったのですね。ただ後者は今は衰退し、わずかに2軒の揚屋と置屋があるのみです。どちらも江戸時代から続く店で、その時期の歴史との関わりも秘めていて、大いに勉強になりました。
これからも過去の歴史との関わりのある場所や建造物を訪ねてみたいと考えています。少しでも参考になればと思います。今後とも見ていただけると、うれしいです。
ありがとうございました。
Tamegai
2018年08月19日08時01分 返信する



