ミルさんのクチコミ(7ページ)全1,489件
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投稿日 2020年05月08日
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投稿日 2020年05月08日
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投稿日 2020年05月08日
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投稿日 2020年05月08日
総合評価:3.0
増上寺は江戸時代より、徳川将軍家の菩提寺として格式を誇っていたお寺です。元々は別の場所にありましたが江戸城の拡張に伴い、慶長3年(1598年)、家康によって現在の場所へ移されました。初代将軍の家康こそ日光東照宮に埋葬されていますが、二代秀忠、六代家宣、七代家継、九代家重、十二代家慶、十四代家茂の、6人の将軍家の方々が埋葬されています。太平洋戦争の空襲により、徳川家霊廟、五重塔をはじめ大きな被害を受けましたが三門は、戦火を逃れ、今も東日本最大級を誇っています。増上寺でひときわ目を引くのがずらりと並んだ「千躰子育地蔵尊・せんたいこそだてじぞう」です。また増上寺は東京タワーとのコラボショットが撮れるエキゾチックな写真スポットとしても外国人観光客にも人気があります。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月08日
総合評価:3.0
有楽町JR高架下にある飲食店街「有楽町産直横丁」は「魚の浜恵」「貝の真寿」「牛の最上」「豚の中西」「鶏の三芳」など生産者直結の専門素材酒場5店舗に加え、「北海道食市」「東北食市」「関東食市」「近畿東海北陸食市」「四国中国食市」「九州沖縄食市」など全国の地域B級グルメ6店舗をあわせて11店舗が終結した産直横丁になっています。良心的な価格設定でそれぞれに特色を生かしたメニューが並び、活気に満ち溢れていました。24時間オープン、年末年始も休まず営業というので、空いているのかを気にすることなく、昼から飲めるのが嬉しいところです。コンセプトがしっかりしているので、一時流行したテーマパーク的横丁シリーズとは一線を画す存在となっています。
- 旅行時期
- 2020年04月
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投稿日 2020年05月08日
総合評価:3.0
明治維新後、近代国家へと生まれ変わろうとしていた日本には、外交の拠点にふさわしい宿泊施設もなく、これに危機感を抱いた財界人らの働きかけによって、1890年、欧米との対等な関係を築くため、国の威信をかけて誕生させたのが「帝国ホテル」でした。ホテル建設の発起人のひとりには20年ぶりに刷新される新一万円札の新しい顔 渋沢栄一もいました。「日本の迎賓館」という役割を担い、その歴史を歩み始めた「帝国ホテル」は様々な「日本初」」「業界初」を導入し、進取の気性を発揮してきました。日本初のランドリーサービス、日本初のウェディングサービス、日本初の「バイキング」スタイル、日本初のショッピング街「アーケード」。ホテル業界初の週休2日制導入。日本中のホテルが「帝国ホテル」のサービス水準を追いかけました。帝国ホテル、ホテルオークラ、ニューオータニを「ホテル御三家」と称することもあります。
- 旅行時期
- 2020年04月
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投稿日 2020年05月08日
総合評価:3.0
明治36年、日本初の洋式公園として誕生した都心のオアシスとして名高い日比谷公園。公園の開園時に同時にオープンしたのが老舗レストラン、「日比谷松本楼」です。オープン以来、森のレストランとして親しまれ、明治時代には文化人の社交場としての役割を果たしていたようです。革命の志士・孫文は松本楼になじみ深い客だったようで、孫文は松本楼の代表取締役会長夫人の祖父にあたり、日本に亡命中に度々店を訪れていたそうです。松本楼の1階ロビーには「孫文夫人ゆかりのピアノ」が展示されています。1971年に沖縄返還学生デモによる放火で店が全焼し、その後、 人々の支援により再オープンしました。 その時の感謝の念を込めた記念行事「10円カレーチャリティ」を今も変わることなく実施し続けています。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月08日
総合評価:3.0
江戸時代、日比谷公園の敷地は、松平肥前守の敷地でした。明治になると陸軍の練兵場となり、その後の1903年に日本初の西洋式公園へと生まれ変わりました。設計に当たったのはドイツ留学から帰った本多静六博士で、当時としては初めて見る洋式公園はそれはそれは目新しいものだったはずです。公園のシンボルは「大噴水」です。夜間にはライトアップもされます。噴水広場と第二花壇付近が日比谷公園の代名詞といえる景観で、テレビや雑誌、ドラマなどに度々登場してきました。平日のランチ時になるとサラリーマンやOLの憩いの場となっており、まさにビジネス街のオアシスといった感じです。警視庁音楽隊や東京消防庁音楽隊によるコンサート」をはじめ様々なイベント会場にもなっている華やかな公園です。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月07日
総合評価:3.0
老朽化で、大規模な改修工事中の日比谷公会堂です。1929年(昭和4年)に完成したこの劇場は関東大震災で傷ついた東京の復興シンボルでした。海外の大物アーチストたちがこぞってコンサートを行った会場として、まさに芸術の殿堂として多くの人たちに親しまれてきました。カラヤンのような音楽の権威との関わりもあって「日本のカーネギーホール」的な存在でもありました。また社会党委員長、浅沼稲次郎が演説中に刺殺された事件現場になっていたりと、政治的な舞台になってこともありました。「化粧をしていないすっぴんのホール」という異名を持つほどに、残響が少なく、忠実に音が響くという特性を持っており、このことこそが、これほど大物アーティストに愛されてきた理由です。そんな日比谷公会堂の最大の魅了を失うことなく、改修を行うため、今もなお、多くの時間が費やされているようです。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月07日
総合評価:3.0
東京丸の内には美しい西洋建築の建物が多々存在しますが、その中でもずば抜けて優美な姿を見せているのが、この明治生命館です。1937年に完成したコリント式列柱が並ぶ古典主義様式の建築物で、その芸術性の高さから、昭和の建築物として初めて、国の重要文化財に指定されました。設計は大正から昭和初期にかけて、歌舞伎座、ニコライ堂修復、日本銀行小樽支店などを手がけた建築学会の重鎮であった岡田信一郎氏です。戦後、この建物は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収され、アメリカ極東空軍司令部として使用されました。あのマッカーサーが何度も足を運んだ場所ということになります。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月07日
総合評価:3.0
鎌倉時代末期、後醍醐天皇に最期まで忠義を尽くした正義の武将、それが楠木正成です。楠木正成といえばゲリラ戦を得意とした武将で、個性的な戦法を駆使して戦った戦略家として知られています。皇居前広場にあるブロンズ製の楠木正成の騎馬像は上野公園の西郷隆盛像、靖国神社の大村益次郎像と並び、「東京の三大銅像」の一つに数えられています。この像は、別子銅山を開いた住友家が、開山200年の記念として宮内庁に献納されたものです。その製作を東京美術学校に依頼し、高村光雲など東京美術学校の総力を結集して造られました。世界中にすばらしい騎馬像が多々ありますが、この作品は勝るとも劣らない見事なものです。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月07日
総合評価:3.0
皇居前広場から正門へ至る濠に手前から「正門石橋」、奥の「正門鉄橋」と二つの橋が架かっており、この二つの橋の総称を「二重橋」と呼んでいますが、厳密には奥の橋「正門鉄橋・せいもんてつばし」を指します。 現在、「正門鉄橋」がある場所には、江戸時代、木で造られた橋が架かっていました。堀が深かったため、上下二重に橋桁が組まれていたことから「二重橋」の名で呼ばれていたそうです。つまり、私達が普段目にしているのは「正門石橋」で、「二重橋」はその奥に架かる鉄製の「正門鉄橋」ということになります。2つの橋は事前手続きをし、皇居参観をする場合と新年や天皇誕生日の皇居一般参賀時を除き、通常一般人はこの橋を渡ることはできません。また、これらの橋は、通常は使用されず、新年の一般参賀、外国賓客の皇居訪問などの公式行事の際にのみ利用されます。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月07日
総合評価:3.0
桜田門は1636年、徳川家康が入府する際に修築されたそうで、国の重要文化財(建造物)にも指定されている門です。1860年に起きた、水戸藩浪士らによる大老・井伊直弼の暗殺事件「桜田門外の変」の現場としても有名です。目の前に「警視庁」があることから警視庁の隠語として「桜田門」と呼ぶこともあり、刑事ドラマなどでよく登場します。かつては小田原街道の始点だったため、小田原口とも呼ばれていたそうです。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月07日
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投稿日 2020年05月07日
総合評価:3.0
「東京さくらトラム」の愛称で知られる都電荒川線は、荒川区南千住の三ノ輪橋から新宿区西早稲田の早稲田までの約12kmを運行する路面電車路線です。30の停留場が設置され、日に5万人ほどが利用しています。一日乗車券も発売しています。また1両をまるごと貸し切ることもできます。貸切運賃は時間制ではなく、片道単位です。(約50分間/13,820円)小中高の学生を対象とした社会学習体験「荒川車庫の車庫見学」もやっているそうです。排ガスの出ない路面電車はヨーロッパなどでも見直されています。これからも路面電車のある風景が残って欲しいものです。
- 旅行時期
- 2020年04月
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投稿日 2020年05月07日
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投稿日 2020年05月07日
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投稿日 2020年05月06日
総合評価:3.0
なんと言っても500度の高温で焼く、手作りの窯焼きピッツァが破格なのが嬉しいお店です。人気の22種類のピッツァを平日は終日、なんと1枚500~700円!ドリンクも15時~18時までのハッピーアワーならビール、ワイン、パークリングワインが1杯たったの300円と、あまりの太っ腹さに呆れ返るほどです。因みに土日も18時までならピザ500円~700円でやっています。ピッツァ以外のつまみやパスタも本格イタリアンです。ここのピザに出会ってから、デリバリーのピッツァはすっかりご無沙汰気味です。
- 旅行時期
- 2020年02月
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投稿日 2020年05月06日
総合評価:3.0
社殿が真新しく、さすが都会の真っ只中にある神社だなぁと思っていたら、意外にもその歴史は古く、なんと創建は平安時代前期の903(延喜3)年だというので驚きました。御祭神は天神様で知られる菅原道真です。天神様を祭っている神社を天満宮ともいいます。菅原道真は学問の神様としても有名です。身分の低かった道真は幼少から勉学に励み、神童と呼ばれていたそうです。大人になって昇進を重ね、ついには右大臣にまで登りつめた人でした。天満宮には必ず聖なる獣として牛の像がいます。牛は菅原道真公の「おつかい」と考えられています。 境内には天照大御神を祀った大神宮や商売繁盛と豊作の神様「稲荷様」、七福神など数多くの神様がいるありがたい神社と言えます。
- 旅行時期
- 2020年05月
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投稿日 2020年05月06日
総合評価:3.0
苗字帯刀を許された江戸時代の豪商「高田屋嘉兵衛」の銅像です。嘉兵衛は1769年に淡路島に生まれ、28歳で箱館にやってきました。1818年に故郷に帰るまでの49年間、箱館で造船・海運業・漁場経営などを手がけ、国後島・択捉島の開発や北方漁場の経営、江戸幕府の代理人としてロシアとの交渉に当たるなど、函館の発展の基礎を築いた人でした。1958年、函館開港100年を記念し、かつて嘉兵衛の屋敷があった場所に像が建立されました。左手に持っている袋は一体何かというと、ゴロヴニン事件で幕府の代理人としてロシアの軍艦へ乗り込んだ際、艦内で正装に着替えた時に脱いだ服をまとめたものだそうです。末広町には高田屋嘉兵衛記念館もあります。
- 旅行時期
- 2020年01月







































