1978/06/30 - 1978/06/30
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jijidarumaさん
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【セピア色の思い出:家内のお手製のシュークリームはドイツの子供たちにも大人気だった。】
日本では毎月19日は「シュークリームの日」だそうです。
家内はお手製のシュークリームをつくって、ドイツ駐在中によく行われた子供たちの誕生日会に提供し、これがドイツの子供たちにも好評だった。
「Frau Darmaダルマのママ、又こんど作ってね!」と、階下のレッカート家の次男坊Mariusマリウス(我が家の次女と同じ年で、敬虔なキリスト教徒であったレッカート家の紹介で入ったKindergarten キンダーガルテン*St. Bonifatiusキリスト教会附属聖ボニファティウス幼稚園:Sternwartstrasse 65、Bilkに一緒に通園していた)がたいへん気に入って、そう家内に言ったと云う。
*St.Bonifatius は英国人、8世紀にフランク王国(後の独、仏、伊)にキリスト教を伝えた 宣教師・殉教者である。「ドイツ人の 使徒」と称されるドイツの守護聖人。
写真は1978.06.30.次女の6歳の誕生会で家内のお手製シュークリームやケーキを、レッカート家の双子の長女Judithユディト、次男Mariusマリウスと長男のJoachimヨアヒム(いずれもキリスト教徒らしい名前が付いている)、長女、娘達の友達M子ちゃん、MIちゃんにふるまって、喜ばれた。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
いわゆるケーキをWikiで検索すると、
「日本語で単にケーキというと、一般にはスポンジケーキにクリームを塗り果物を載せた(例えば苺ケーキ)ものを指すが、
広義では、チーズケーキやフルーツケーキなどクリームや果物を載せないものや、クッキーを砕いた土台の上にクリームチーズの生地を敷き、冷やして固めたレアチーズケーキなど、様々な種類を指すこともある。
欧米では焼き菓子のことを広く「ケーキ類」を示す語で指す」とでてくる。
因みに英語ではcake(ケーキ / ケイク)、ドイツ語ではKuchen(クーヘン)、フランス語ではgâteau(ガトー)と称する。
写真は1975.06.ある日の聖ボニファティウス幼稚園の様子、当時日本人が一人でしたが、ものおじしない長女は楽しそうに通園していた。次女は長女が1976.04.日本人学校に通学した時期に交代して通園した。
長女は言葉が分からないなりに、直ぐに友達も出来て、次女が通園するときは、長女の友達を引き継ぐことができた。
それでスッと入り込めるかと思えたが、感受性の強かった次女は幼稚園に送って行った家内が帰ると、1ヶ月ほど部屋の隅でメソメソしていたらしい。辛抱強く慣れるのを待っていてくれた先生や長女の友達のお蔭で、その後は幼稚園生活に馴染み、言葉も良くできるようになって、友達も増えた。 -
さて、かつて昭和世代である家内の育った環境ではケーキ作りといった素養を取得する機会は残念ながら無かった。
私共はケーキは菓子店から購入するものだと思っていたので、子供たちが生まれて、その誕生日を祝うときはいつもケーキを自ら作ることはせず、菓子店からケーキを購入して、祝っていた。
当時も、今も母親自身が家でケーキを作る家庭はそう多くはないと思いますが!?
写真は色あせてしまったシュークリームのレシピ -
入社して5年目30歳(1973年)で、ドイツに派遣されることが決まっても、とりたてて西洋風の料理やケーキを作る事を習得することが無かった。
むしろ当時はドイツ語習得が第一であった。
つまり、1974年6月、家内はケーキ類は何ひとつ作れないまま、赴任地のデュッセルドルフに4歳と2歳の娘達を連れてやってきた。
前述したように、唯一「シュークリーム」は作れたのだが・・・。
(いつどのように習ったものか不明だが、古い黄ばんだ「シュークリーム」のレシピ(先の写真参照)を、家内が書き留めたものが残っている!)
「シュークリーム」をドイツ人は”あまり”食べたことが無いと、聖ボニファティウス幼稚園に娘の誕生日祝いで持参した際に、先生から聞いたが、食べてみると先生も子供たちにも大いに喜ばれた。
幼稚園にはクラスが2組あり、合計30名ぐらいの幼児が通園していたから、家内はその日の為に凡そ80~90個の「シュークリーム」を大急ぎで作ったと云う。
幸いにもドイツの住居には日本の住居にはない、大きなオーブンがあり、便利であったから大量に一気に作るには助かったと云う。ただ、クリームを注入し、ふっくらとさせるのに苦労したそうだ。
それで、フランス語でいう「シュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)」は当時、ドイツ人の中ではあまり認知されていないものだと思っていた。
参考写真はchou à la crèmeシュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)・・・Wiki検索して見ると、今の時代はこうした写真が見つかる。日本的なシュークリームによく似ている。家内の作るものより少し大きい。 -
シュークリームがドイツ語で「Windbeutelヴィントボイテル(直訳すると風の袋で「Windヴィントは風」+「Beutelボイテルは小袋」という事も知らないでいたから、当時はシュークリームで通していた。
駐在中のドイツ語の家庭教師(デュッセルドルフ大学の学生)で、ニュルンベルクの近郊育ちであるルーフさんもこの言葉について、特段の指摘も説明も無かったから本人も御存じなかったのかもしれない。
実は日本で見るようなシュークリームはフランスの菓子店、パン工房ではあまり見かけないのだと云う。フランスでは家庭でもできるシュークリームとして考えられていたことから、お店で売られることはなかったのだろうと推測する。
この事は多分ドイツでも似たようなものだったろう。
ドイツ駐在中でも、退職後のドイツ感傷旅行でも、各地の菓子店、パン工房でシュークリームらしきものを見ていないからだ。
参考写真はchou à la crèmeシュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム) -
我が家には写真のようなドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本(318頁)があるが、「Windbeutelヴィントボイテル(シュークリーム)」を見てみようと、索引から調べてみた。なるほど、幾つかのレシピが見つかった(後述)。
その前にシュークリームの成り立ちなどを、この際調べてみようと検索した。
【仏語:chou à la crèmeシュー・ア・ラ・クレーム(シュークリーム)】
pâté à chouxパータ・シューの生地にクリームを詰めたお菓子のことである。
フランス語であるシュー・ア・ラ・クレームはクリーム入りのキャベツ(chou/シュー)という意味合いで、英語ではcream puffクリーム・パフという。
したがって、日本でいうシュークリームはフランス語であるシューと英語であるクリームを合わせた和製語ということだ。
中に詰められるのは主に「Crème pâtissièreクレム・パティシエール」(カスタードクリーム)や「Crème diplomateクレム・ディプロマット」(カスタードクリームと泡立てた生クリームを合わせたクリームのこと)、「Crème Chantillyクレム・シャンティイ」(砂糖と生クリームを合わせたデザートの名称で、フランスのシャンティイ城で作られはじめた)などが主流だ。
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ(318頁、DM29.8):表紙、1979年7月、ドイツ駐在の記念に購入したもので、これ以外に料理本(350頁、DM??)も同時に購入した。 -
シュークリームの歴史:
シュー生地の原型は小麦粉をバターで炒めたルー・ブラン(白いバターのソース)から始まったのではないかと考えられているが、他にも「じゃがいもを潰して卵も混ぜたもの」や、「クレム・パティシエール(カスタードクリーム)」が始まりではないかという諸説が存在する。
また、他に現代でシュー生地を揚げて作られるbeignet souffièベニエ・スフレ(写真を見ると確かにシュークリームに似ている)に近いものが、シューの先祖ではないかと云われている。
現代で流通しているシューの製法は、1533年にイタリアのメディチ家・Catherine de Médicisカトリーヌ・ド・メディシス姫がフランス王 アンリ2世 の王妃として嫁いだ際に従事していた料理人によってフランスに伝えられ、改良を重ね1760年にJean Aviceジャン・アヴィスが完成させたと云われている。
日本にシュークリームを伝えたのは、幕末に来日して横浜で西洋菓子店「横浜八十五番館」を開いたSamuel Pierreサミュエル・ピエールというフランス人だとされている。
冷蔵設備が普及した昭和30年代以降には一般庶民にも広まり、シュークリームと合わせてéclairエクレア(稲妻の意味)も親しまれるようになっていった。
・・・・・
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ:目次 -
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ:目次
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この料理本は555もの多様な焼き菓子を美しい画面で再現している。
(以下要約)
すべての生地の基本的なレシピとマスター菓子職人の収集したベーキング知識が示され、来客用の美しいケーキ、人気のフルーツケーキ、大人数向けのベーキングトレイ上で焼いたフラットケーキ、おばあちゃんのベーキングの秘密、特に伝統的なベーキングのアイデアを使ったクリスマス用ベーキングなどの項がある。
数々の賞を受賞した料理本の著者はChristian Teubner クリスチャン・トイブナーと Annette Wolterアネット・ウォルターである。
この料理本はGastronomischen Akademie Deutschlandドイツ美食アカデミーの金メダルを受賞した。
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ:裏表紙 -
【ドイツ駐在時代:手作りケーキの話】 (2019.05.15.)
家内は駐在当初、ケーキも自分で作った事もなく、大変苦労しました。
当時の駐在員婦人会では新人歓迎のお茶の会が社長宅で催され、社長夫人の、もしくは奥様方の持ち寄りの手作りのケーキがふるまわれたそうです。
その日から2週間以内にお返しのお茶の会を行うのが不文律で、家内も我が家で各夫人を迎えて、お茶会を開いたのです。
ケーキ作りの経験もなく、小さな娘たちを抱えた家内は困った末に、日本人の知人に聞いた市内の有名ケーキ屋さんでケーキを買って、テーブルに出したそうです。
その場では皆さん何も言われることなく、お帰りになりましたが、その夜、招待へのお礼の電話で、ある婦人からはしっかりとお小言を頂戴したそうです。
曰く、”手作りのケーキをお出しするのが常識ですよ!!”と。
それから、言葉も分からぬままにドイツの料理教室に通って、ケーキやドイツ料理を学んでいきました。
美味しいケーキやドイツ料理を作れるようになり、お客を迎えた時も自信をもって料理もケーキも出していました。
得意としたのはObstkuchenオプストクーヘン(果物のケーキ)、Käsekuchen ケーゼクーヘン(チーズケーキ)、Schwarzwälder-Kirchtorteシュヴァルッベルダー キルヒトルテ(黒い森のサクランボケーキ)で、ドイツ人の好きなコーヒーなどでお招きしたものです。
(尚、この話は以前にも書いたことがあるが、シュークリームについて書いたので、参考に書きこんでみた)
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写真はドイツ料理のレシピ本:表紙(350頁、DM??多分ケーキのレシピ本と同じぐらいだろう)、ケーキのレシピ本と同じ1979年7月、ドイツ駐在の記念に購入した。 -
写真は1977.06.10.次女5歳の誕生日に長女7歳やお友達と誕生会を開く:近くのYさんとご子息3人(8歳、5歳、4歳)、Reckertレッカート家の双子の長女Judithユディト(5歳)、次男Mariusマリウス(5歳)と長男のJoachimヨアヒム(8歳)・・・いずれもキリスト教徒らしい名前が付いている)、長女の幼稚園時代のお友達で次女のお友達になってくれたAngelikaアンゲリカ(6歳)、Nadjaナジャ(6歳)たちを御招待した。
-
イチオシ
家内が手作りしたシュークリームはドイツ語でWindbeutelヴィントボイテル(直訳すると風の袋)という。先にも書いたが、ドイツ人はシュークリームを”あまり”食べたことが無いと、聖ボニファティウス幼稚園に娘の誕生日祝いで持参した際に、先生から聞いたが、食べてみると先生も子供たちにも大いに喜ばれた。
写真は1978.06.30.次女の6歳の誕生会で家内のお手製シュークリームやケーキを、Reckertレッカート家の双子の長女Judithユディト、次男Mariusマリウスと長男のJoachimヨアヒム、長女、娘達の友達M子ちゃん、MIちゃんにふるまって、喜ばれた。 -
イチオシ
写真は1979.02.02.オーバーカッセルに昨年11月に転居した際、家具の運搬等で大変お世話になったHerr Rufルーフさんと友人のHerr Ottoオットーさん達をお礼に我が家に御招待した。
食後の一時をシュークリームで(Windbeutel mit Crèmeクリーム風袋)で楽しんで頂いた。我が家のドイツ語家庭教師であるルーフさんはシュークリームが大好物でした。 -
写真は1979.04.08.夏には帰国予定になっていた、春のKaiser-Friedrich-Ringカイザー・フリードリヒ・リンクの我が家前で、
05.18.次女の仲良しWagnerヴァーグナー(ワーグナー)家のNicoleニコールとSchröderシュレーダー家のDanielaダニエラをお母さんと共にお招きしてシュークリームで(Windbeutel mit Crèmeクリーム風袋)で楽しんで頂いた。 -
イチオシ
<beachさんの投稿写真から>
『ドイツ デュッセルドルフ発 日帰り旅行(コッヘム)』コッヘム(ドイツ)の旅行記・ブログ by beachさん【フォートラベル】 (4travel.jp)
<Cafe Bistro Filou(カフェ フィロウ)>
シュークリームを注文!
ドイツ語でシュークリームは「Wind:風」+「Beutel:小袋」=「Windbeutel(ヴィントボイテル)」と言います。
日本のようにしっとり感はなく、サクサクとした食感。フォークを刺すと崩れるので食べづらいですが、品の良い甘さで美味しかったです。
・・・・・
参考写真はbeachさん ドイツ デュッセルドルフ発 日帰り旅行(コッヘムcochem)・・・勝手ながら、この写真の事を思いだし参考に利用させて頂きましたが、こちらのシュークリームも私達日本人がイメージするものとはちょっと違うようですね。 -
ドイツ語でシュークリームは「Wind:風」+「Beutel:小袋」=「Windbeutel(ヴィントボイテル)」というと書いてありますが、「Beutel:小袋」の付いた言葉がすぐ浮かびます。
それは「Bocksbeutelボックスボイテル」という言葉です。
フランケンのワインはボックスボイテルと称した、ずんぐりした、丸みを帯びた独特のボトルの形状で有名である。色は、緑や茶色が多い。
語源については山羊(Bock)の睾丸袋(Beutel)という説が一般的だが、ほかにも「祈禱書をいれる袋」に由来するという説もある。
長い冬の霜の被害を考慮し、この地域では、晩熟のリースリング種はあまり利用せず、フランケンの約6000ヘクタールの畑の75%はミュラー・トゥルガウ種、シルヴァーナー種が中心となり、辛口の白ワインを産出している。特にシルヴァーナーが伝統的に有名である。
尚、西のMiltenbergミルテンベルクの小地域でシュペートブルグンダーなどの赤ワインを栽培している。
Frankenフランケンはほぼ丘陵地帯と言える。西をSpessartシュペッサート山地、東をSteigerwaldシュタイガーの森に囲まれた一帯がフランケン地方と呼ばれる。
フランケンワインはジグザクと蛇行して流れていく、マイン川とその支流フレンキッシェ・ザーレ川の流域の斜面にブドウ畑があり、その流域の魅力的な町々で上質で辛口のワインが造られている。
大きくは三つに分かれ、①Bereich Mainviereckマイン四角地域:Aschaffenburg、Miltenberg、Wertheim、Marktheidenfeldの地域、
三つの中でも最も中心となるのは②Bereich Maindreieckマイン三角地域:Gemünden am Main、Karlstadt、Würzburg 、Ochsenfurt、Volkachの地域だ。
三つ目は ③Bereich Steigerwaldシュタイガーの森地域:Iphofen、Bad Windsheim、Neustadt の地域で、この地域は拠点が散在している。
この他にHammelburg、Schweinfurtの地域もある。
写真は2010年土産:ボックスボイテルの形状したフランケンワイン -
それにしても、私共にとって不思議なのは今の日本の方々(ドイツ在住)のプログなどを拝見すると、普通にシュークリームを「Windbeutel(ヴィントボイテル)」という言葉で表現をしていることだ。
それだけ今の菓子店、パン工房にはその品が提供されているのだろうか?
参考写真はWindbeutel(ヴィントボイテル)シュークリーム -
中でも驚いたのは、今は参考写真のような冷凍物があることだった。
参考写真はWindbeutel(ヴィントボイテル):ドイツの冷凍ミニシュークリーム -
せっかくなので、家内の古いレシピ(添付写真)より、具体的なレシピ1編を以下に紹介します。実際にチャレンジされる方が居られるならば・・・。
【パティシエの見習い in ドイツ(yamako)】
シュークリームはドイツ語でWindbeutel、『風の袋』を意味しますが、その名の通り、シュー生地の中には空気をたくさん含んだ空洞が見られます。
シュー生地がうまく膨らむように、コツを添えて作り方をご紹介します。
《基本の材料》(この分量ですと柔らかい生地に仕上がります。)
100g 牛乳
100g 水
50g バター
5g 砂糖
1g 塩
100g 小麦粉
150g(3個) 卵 ※125g~150gの間で生地の固さを見ながら調節。
《作り方》
1) 牛乳、水、砂糖、塩を、鍋で沸騰させる。
2) 沸騰したら、火力を弱め、ふるいにかけておいた小麦粉を一気に加えて、鍋の中でへらで混ぜ合わせる。
3) 生地がひとまとまりになったら鍋からはずし、生地をのばして40℃程度まで冷ます。
4) 生地がぬるまったところで、卵を少しずつ加え、なめらかになるまで混ぜ合わせる。
5) 生地を全て同じ大きさになるように絞り出し、210℃に余熱していたオーブンで20~25分ほど焼く。
《コツ》
1) 牛乳、水を半々の分量で作るのがおすすめ。
牛乳を使うことで、牛乳中の乳糖により、生地が茶色く色づく。
牛乳のみだと、牛乳中の乳脂肪により生地が柔らかくなりすぎる。
砂糖は加えなくてもよいが、加えることで、生地に綺麗な焦げ目がつき、シュー皮もかりっと仕上がる。
2) 生地が鍋に引っ付かない程度にひとまとまりになり、艶がでてくるまで混ぜ合わせる。鍋の底に白い膜ができたらOKの合図。(約80℃)
この程度まで混ぜ合わせなければ、オーブンの中で生地が横に流れ、平らな焼き上がりとなってしまう。
3) 生地が熱い状態で卵を加えてしまうと、卵中のたんぱく質が変性してしまう。生地を冷ますことで、卵がうまく混ぜ合わさり、焼き上がりが膨らみのよい生地になる。
4) 卵の分量は生地の固さを見ながら調節するのが重要。へらで生地をすくい、とろっと下に落ちたところで、へらに逆三角形の生地が残っているのがよい固さ。
卵の分量が多すぎると、2)の場合の注意点と同じく、平らな焼き上がりとなってしまいます。
また、混ぜる時には、ホイップクリームを混ぜる時のように素早く空気を入れ込むイメージではなく、あくまでも生地が卵とうまく混ぜ合わさり滑らかになるまで、ゆっくりと混ぜるように。
生地を泡立てるように混ぜてしまうと、生地中でうまく絡み合っていた原材料がいくらか分離し、膨らみの悪い生地となってしまう。
5) 生地を焼き上げる時は、スチーム機能つきオーブンの場合はそれを利用するか、生地の表面にきりふきで水をかける、もしくは余った卵を塗るなどして、表面を湿らせることがポイント。
シュークリームのボリュームは、生地中の水分が蒸発し、その蒸気が生地を膨張させることによって生じるもの。
生地の表面(後にシュー皮となる部分)が湿った状態であると、中からの蒸気の圧力に対応してうまくのびるので、生地がうまく膨らむ。
表面が湿っておらず乾燥した状態だと、早くシュー皮の部分ができあがってしまうと、固い皮は蒸気の圧力に対応してうまく膨らむことができず、ボリュームの小さな出来上がりになってしまう。
(風船を想像していただけるとわかりやすいかなと思います。伸縮性のあるゴム性の風船に空気を入れると中からの空気圧に対応して膨らみますよね。)
・・・・・
参考写真はWindbeutel(ヴィントボイテル)~シュークリーム~ - パティシエ ... -
以下には日本的なシュークリームとは異なる菓子が見られる。
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本:写真の左Erdbeer-Windbeutelエルトベーレ ・ヴィントボイテル(苺のシュークリーム) -
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本:写真の右 Käse-Windbeutケーゼ・ヴィントボイテル(チーズのシュークリーム)
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写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本:Sahne-Windbeutel ザーネ・ヴィントボイテル(生クリームのシュークリーム)
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シュークリームから派生したお菓子もある。
【Flockensahnetorte-フロッケンザーネトルテ】
フロッケンザーネトルテはシュー生地を薄く焼き、生クリームとサワーチェリーを重ねたドイツのお菓子。
ドイツ語でFlockenフロッケンとは雪のかけら、sahneザーネは生クリームのことです。
シュークリームがフランス生まれなだけに、派生したお菓子もフランスのものが多いが、こちらはドイツ生まれのお菓子です。
シュー生地を絞るのではなく、薄く広げて焼き上げ、間にクリームとチェリーやラズベリーなどを挟んで層にしてお菓子です。
例えるならばミルクレープの生地がシュー生地になったものといったところでしょうか。シュー生地を広げて焼くとはなんとも斬新ですが、薄く伸ばしてもシュー生地のふわふわした感じは失われず、軽い食感の生地に仕上がります。この軽い食感とクリームのハーモニーの絶妙なお菓子ですが、その反面で柔らかい生地でクリームを挟み、積み上げる点が難しく、上級者向けのレシピでもあります。
参考写真はFlockensahnetorte-フロッケンザーネトルテ _Katharina van Sontum -
参考写真はFlockensahnetorte-フロッケンザーネトルテ- パティシエ ...
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【Krapfenクラップフェン】
シューの祖先とも云われている揚げ菓子。
1581年に書かれた本には「底に小さな穴の空いた壷のなかに生地を入れ、沸騰した油のなかに落として揚げる」というクラプフェンの作りかたが書かれている。
現在はカーニバルの時期に食べられることが多い。(その背景には中世に僧侶と聖職者が、長期の断食に備えカーニバル前にパンより油脂が多くカロリーが高いこの揚げパンを、庶民に進めたのが始まりだと云う)
Krapfenクラップフェンはドイツを中心とした地域の揚げパン、ドーナツの一種である。南部ドイツでの名称はKräpfelクレップフェルと称する。
その食感を、あんドーナツのようだという人もいる。中にローズヒップやアプリコットなどのマーマレードが詰められていることが多い。
また、Berliner Pfannkuchenベルリーナー・プファンクーヘンはクラップフェンの一種で、北部ドイツでよく食される。
*ジョン・F・ケネディによる演説の文句「イッヒ・ビン・アイン・ベルリーナー」によっても有名になった。
(パティシエのための製菓用語集「パティシエWiki」)
・・・・・
写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本:写真の左Traditionalle Silvesterkrapfen伝統的なジルヴェスター クラップフェン -
シュークリームで(Windbeutel mit Crèmeクリーム風袋)のことで、思い出した旅がある。
≪2016年ドイツの秋:ライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの旅≫
2016年10月14日(金)~10月28日(金)15日間
第2日:10月15日(土)・・294km、朝小雨、晴れ間も出たが曇天の日、10.5~17℃
モノトーンの木組みの家並みが素敵なFreudenbergフロイデンベルクのスーパーHIT116店:パン屋・Cafe Heyyeカフェ・ヘイエで、少し早い昼食だが、短い睡眠に加え、今日は朝食無しで出発したから、丁度良い時間だった。
コーヒー、ケーキ・蜂の一刺し(家内がお皿にのせている:“蜂の一刺しケーキ”はBienestichビーネシュティッヒ(蜂の一刺しの意)でスライスアーモンドをのせ、蜂蜜で固めたケーキ、とても美味しい)、リンゴ入りのBerliner Pfannkuchenベルリーナー・プファンクーヘン(ジャム入りの揚げパンだが、私に好物だ)。
尚、プファンクーヘンとは英語のパンケーキのことだ。
*<ジョン・F・ケネディの逸話>
英語圏で有名な逸話にアメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディが西ベルリンを訪問した際のスピーチ「Ich bin ein Berliner(私はベルリン市民である)」が「I am a jelly doughnut(私はジャムドーナツである)」と通訳されたというものがある。
ベルリン市民とジャムパンのベルリーナーが同じ単語のため些細な文法のミスを笑うものだが、現地のドイツでは全く知られていない逸話であり、実際には文法も誤っていないため、英語圏を中心にジョークが広まった都市伝説のようである。
しかしこの都市伝説を逆手に取り、ベルリーナーにケネディの顔が描かれたキーホルダーがベルリンの土産店で広く販売されている。(Wiki)
スピーチ「Ich bin ein Berliner(私はベルリン市民である)」
https://www.youtube.com/watch?v=2Ha9GJwlus8
*当該箇所は、"Two thousand years ago, the proudest boast was ?'civis romanus sum?'. Today, in the world of freedom, the proudest boast is ?'Ich bin ein Berliner?'."「2000年前は、最も誇り高き言葉は『私はローマ市民だ』であった。今日、この自由な世界において、最も誇り高き言葉は『私はベルリン市民だ』である。」と、キケロに由来するとされる”civis romanus sum”との対比で用いられた。
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写真は2016.10.15.Freudenbergフロイデンベルク_Berliner-Pfannkuchenベルリーナー・プファンクーヘン -
写真は2008.04.26.Bienestichビーネシュティッヒ(蜂の一刺しの意)
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参考写真はTraditionalle Silvesterkrapfen伝統的なジルヴェスター クラップフェン
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写真はドイツのケーキ、パン菓子のレシピ本:写真の左Husaren-Krapferlフザール(軽騎兵・・・何故この名が使用されているのかは不明だが) クラップフェン ・・・ドイツのクリスマスに提供されるジャムクッキー
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参考写真はHusaren-Krapferlフザール(軽騎兵) クラップフェン
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参考写真はAustrian_Krapfenオーストリアン クラップフェン(オーストリア風揚げパン)・・・見るからにあんドーナツだが、カーニバル時期にオーストリアでは欠かせない揚げパンだそうだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2024年12月21日Wiki・HP参考、訳・編集追記)
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≪セピア色の思い出:72歳の同窓会がきっかけで交友関係が再び始まる≫
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横浜
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この旅行記へのコメント (2)
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- M-koku1さん 2024/12/31 12:52:44
- すごいレシピ編になりましたね
- jijidarumaさん
今年も押し迫ってきましたね。
毎日なんだか忙しかったりして、なかなか4トラにアクセスできずに、1年が終わってしまった感じです。
奥様のレシピの記録、すごいですね。このまま本にできそう。貴重ですね。今度シュークリームを作るときには参考にしましょう。
と言いながら、きっと近くのコージーコーナーで安くて簡単に手に入れて食べちゃうんでしょうね。
ではどうぞ良いお年をお迎えください!
また来年もどうぞよろしく!
Mより
- jijidarumaさん からの返信 2024/12/31 19:57:30
- Re: すごいレシピ編になりましたね
- M-koku1さん、
今晩は。いつもありがとうございます。
PCが不調で、折角書いた返信が固まってしまい、オタオタしている内に消えてしまいました。
ドイツの旅ができないので、このようなセピア色の思い出を投稿することが多くなりました。
クリスマスはシュークリームでなく、ドレスデンのシュトレンをデザートにしました。久しぶりにポアレのキッシュ料理(マトウ鯛)にロワールの白ワインで乾杯しました。この日は亡母の117回目の誕生日、この数に驚いています。
亡母も私共も年を取りました。
何やらこれから年越しそばだと、家内から声がかかりました。
大晦日です。
御健康で良いお年をお迎えください。
それではまた。
jijidaruma
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