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【二年前から訪れたかった茨城百景・行方市西蓮寺(なめがたしさいれんじ)の大銀杏(イチョウ)にお目見えする。】<br /><br />師走乍ら、茨城百景の一つに謳われる、行方市の西蓮寺の大銀杏は盛りだと聞き、天気に恵まれたこの日、思い切って51号線で利根川を越え、左折して霞ケ浦を観ながら、浦に沿った355号線を北上して訪れた。 <br /><br />寺の案内や新聞などによれば、今年も11月下旬~12月上旬に見事な黄葉を迎え、西蓮寺の大イチョウは人気が高く、漸く私共もその仲間に入れた。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):27メートルの大銀杏<br /><br />

二年前から訪れたかった茨城百景・行方市西蓮寺(なめがたしさいれんじ)の大銀杏にお目見えする。

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2024/12/07 - 2024/12/07

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jijidaruma

jijidarumaさん

【二年前から訪れたかった茨城百景・行方市西蓮寺(なめがたしさいれんじ)の大銀杏(イチョウ)にお目見えする。】

師走乍ら、茨城百景の一つに謳われる、行方市の西蓮寺の大銀杏は盛りだと聞き、天気に恵まれたこの日、思い切って51号線で利根川を越え、左折して霞ケ浦を観ながら、浦に沿った355号線を北上して訪れた。 

寺の案内や新聞などによれば、今年も11月下旬~12月上旬に見事な黄葉を迎え、西蓮寺の大イチョウは人気が高く、漸く私共もその仲間に入れた。

写真は西蓮寺(さいれんじ):27メートルの大銀杏

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • さて、日本全国にこうした表現も多いが、この県にも茨城百景(いばらきひゃっけい)という呼び名がある。茨城百景は茨城県観光審議会が選定した100の景勝地を指すのだと云う。1950年5月10日付の茨城県告示第211号で指定された。<br /><br />因みに水戸の偕楽園(かいらくえん)、関東の松島と称される五浦海岸(いづらかいがん)、霞ヶ浦(かすみがうら)、鹿島神宮(かしまじんぐう)、水郷潮来(すいごういたこ)などが代表的な景勝地として指定されている。<br /><br />行方郡には、水郷潮来などと共に創建1200年、関東最古の西蓮寺(さいれんじ)が指定されている。<br />この寺で最も知られているのは 高さ25メートルと27メートルの大イチョウである。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):寺域に立っていた今年の看板

    さて、日本全国にこうした表現も多いが、この県にも茨城百景(いばらきひゃっけい)という呼び名がある。茨城百景は茨城県観光審議会が選定した100の景勝地を指すのだと云う。1950年5月10日付の茨城県告示第211号で指定された。

    因みに水戸の偕楽園(かいらくえん)、関東の松島と称される五浦海岸(いづらかいがん)、霞ヶ浦(かすみがうら)、鹿島神宮(かしまじんぐう)、水郷潮来(すいごういたこ)などが代表的な景勝地として指定されている。

    行方郡には、水郷潮来などと共に創建1200年、関東最古の西蓮寺(さいれんじ)が指定されている。
    この寺で最も知られているのは 高さ25メートルと27メートルの大イチョウである。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):寺域に立っていた今年の看板

  • 【西連寺(さいれんじ)】<br />〒311-3514 茨城県行方市西蓮寺504<br />Tel:080-8731-1772<br /><br />西蓮寺は茨城県行方市西蓮寺にある天台宗の寺院。山号は尸羅度山(しらとさん)。院号は曼珠院(まんじゅいん)。本尊は薬師如来(やくしにょらい)である。 <br />俗に常陸の高野山(常陸高野西連寺)とも云われ、山門(仁王門)と相輪橖(そうりんとう)は国の重要文化財、木造薬師如来坐像は茨城県指定有形文化財である。<br />また、境内の面積は1万6000平方メートルあり、県指定天然記念物である樹齢1000年以上といわれる2本の大イチョウのほか、サクラ・スギ・シイの巨木が茂っている。<br /><br />春の桜、秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生、晩秋の大銀杏が知られていて、これを楽しみに参詣する人も多い。<br /><br />西連寺は関東最古の寺院と謳われているが、桓武天皇(第50代天皇・在位:天応元年・781年~延暦25年・806年)の勅願により、延暦元年(西暦782年)に伝教大師最澄の弟子最仙(さいせん)上人によって開創されました。 <br />最仙上人は常陸国関城(現在の茨城県筑西市(ちくせいし)出身の高僧で、中国に渡り修行を重ねて帰郷し、常陸国で天台宗の布教に尽力した。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):寺で頂いた冊子(表)

    【西連寺(さいれんじ)】
    〒311-3514 茨城県行方市西蓮寺504
    Tel:080-8731-1772

    西蓮寺は茨城県行方市西蓮寺にある天台宗の寺院。山号は尸羅度山(しらとさん)。院号は曼珠院(まんじゅいん)。本尊は薬師如来(やくしにょらい)である。 
    俗に常陸の高野山(常陸高野西連寺)とも云われ、山門(仁王門)と相輪橖(そうりんとう)は国の重要文化財、木造薬師如来坐像は茨城県指定有形文化財である。
    また、境内の面積は1万6000平方メートルあり、県指定天然記念物である樹齢1000年以上といわれる2本の大イチョウのほか、サクラ・スギ・シイの巨木が茂っている。

    春の桜、秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生、晩秋の大銀杏が知られていて、これを楽しみに参詣する人も多い。

    西連寺は関東最古の寺院と謳われているが、桓武天皇(第50代天皇・在位:天応元年・781年~延暦25年・806年)の勅願により、延暦元年(西暦782年)に伝教大師最澄の弟子最仙(さいせん)上人によって開創されました。 
    最仙上人は常陸国関城(現在の茨城県筑西市(ちくせいし)出身の高僧で、中国に渡り修行を重ねて帰郷し、常陸国で天台宗の布教に尽力した。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):寺で頂いた冊子(表)

  • <アクセス><br />東関東自動車道・鉾田インターから約30分<br />東関東自動車道・潮来インターから約30分<br />JR常磐線・石岡駅からタクシーで約40分<br />大洗鹿島線・新鉾田駅からタクシーで約30分<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):寺で頂いた冊子(裏)・・・寺域マップの中央左手の仁王門から入域し、手水舎(ちょうずしゃ)と鐘楼の間の道を上がると大銀杏が見えて来る。手前に大きな1号樹、その裏手に2号樹がある。

    <アクセス>
    東関東自動車道・鉾田インターから約30分
    東関東自動車道・潮来インターから約30分
    JR常磐線・石岡駅からタクシーで約40分
    大洗鹿島線・新鉾田駅からタクシーで約30分

    写真は西蓮寺(さいれんじ):寺で頂いた冊子(裏)・・・寺域マップの中央左手の仁王門から入域し、手水舎(ちょうずしゃ)と鐘楼の間の道を上がると大銀杏が見えて来る。手前に大きな1号樹、その裏手に2号樹がある。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門傍にある寺の説明版・・・寺域にはその他の建物についても丁度良い場所に説明版が見られた。西蓮寺の建造物は、明治16年に火災により消失したため、現存する建造物はその後の復興で建てられたものである。<br />江戸時代は寺中に八ヶ寺、末寺が二十四ヶ寺、門徒が五ヶ寺あったと云う。<br />

    写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門傍にある寺の説明版・・・寺域にはその他の建物についても丁度良い場所に説明版が見られた。西蓮寺の建造物は、明治16年に火災により消失したため、現存する建造物はその後の復興で建てられたものである。
    江戸時代は寺中に八ヶ寺、末寺が二十四ヶ寺、門徒が五ヶ寺あったと云う。

  • 県道を行くと案内板が立っており、右折し、左折して道を上がると、高台に駐車場がある。仁王門の手前に広い無料駐車場が設けられていて、数名の係員の誘導で駐車ができた。<br /><br /><仁王門(におうもん)>  <br />国指定重要文化財(大正6年(西暦1917年)4月5日指定)<br />天文12年(1543年)柱立の山門である。<br /><br />元来は二階建・三間一戸の楼門であった。屋根はトチ葺き形銅板葺き。<br />室町時代末期の天正4年(1576年)に修理された後、江戸時代の寛政年間(1789 ~1801年)に楼門の2階部分を取り壊し、一階建の山門となった。<br />江戸時代末期の安政7年(1860年)に現在の位置に移築されて仁王門に改められた。今日に見ることができるのは三間一戸楼門の一階部分だけが残された山門である。昭和34年に桟瓦葺を銅板葺に解体大修理を施した。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門ではまだ大銀杏が見えない。

    県道を行くと案内板が立っており、右折し、左折して道を上がると、高台に駐車場がある。仁王門の手前に広い無料駐車場が設けられていて、数名の係員の誘導で駐車ができた。

    <仁王門(におうもん)>  
    国指定重要文化財(大正6年(西暦1917年)4月5日指定)
    天文12年(1543年)柱立の山門である。

    元来は二階建・三間一戸の楼門であった。屋根はトチ葺き形銅板葺き。
    室町時代末期の天正4年(1576年)に修理された後、江戸時代の寛政年間(1789 ~1801年)に楼門の2階部分を取り壊し、一階建の山門となった。
    江戸時代末期の安政7年(1860年)に現在の位置に移築されて仁王門に改められた。今日に見ることができるのは三間一戸楼門の一階部分だけが残された山門である。昭和34年に桟瓦葺を銅板葺に解体大修理を施した。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門ではまだ大銀杏が見えない。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門(におうもん)<br /><br />

    写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門(におうもん)

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門の説明版

    写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門の説明版

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):室町時代後期の特徴を示す、*間斗塚(けんとつか)と蟇股(かえるまた)の形が見られる(このへんは素人なので分からないのだが)。<br /><br />*「和様」の建物において、両斗栱間(柱間)の「中備(なかぞなえ)」にあって、上部に「間斗(けんと)」という「斗」が付いた「束」のことを合わせて「間斗束(けんとづか)」と呼ぶ。<br />*2本の水平材の間にあって上に斗を載せる、台形の斜辺に繰形をつけたような材であり、蛙が脚を広げた姿に似ているところからこの名がついたといわれている。当初においては梁の上に置かれて上の材料を受ける構造材であったが、のちに装飾部材としても用いられるようになった。<br />

    写真は西蓮寺(さいれんじ):室町時代後期の特徴を示す、*間斗塚(けんとつか)と蟇股(かえるまた)の形が見られる(このへんは素人なので分からないのだが)。

    *「和様」の建物において、両斗栱間(柱間)の「中備(なかぞなえ)」にあって、上部に「間斗(けんと)」という「斗」が付いた「束」のことを合わせて「間斗束(けんとづか)」と呼ぶ。
    *2本の水平材の間にあって上に斗を載せる、台形の斜辺に繰形をつけたような材であり、蛙が脚を広げた姿に似ているところからこの名がついたといわれている。当初においては梁の上に置かれて上の材料を受ける構造材であったが、のちに装飾部材としても用いられるようになった。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門の仁王さん・・・全体像が写せないので、力のある目玉付きの顔を撮った。

    イチオシ

    写真は西蓮寺(さいれんじ):仁王門の仁王さん・・・全体像が写せないので、力のある目玉付きの顔を撮った。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):この先で、手水舎(ちょうずしゃ)と鐘楼の間の道を上がると大銀杏が見えて来る。手前に大きな1号樹、その裏手に2号樹がある。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):この先で、手水舎(ちょうずしゃ)と鐘楼の間の道を上がると大銀杏が見えて来る。手前に大きな1号樹、その裏手に2号樹がある。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):手水舎(ちょうずしゃ)傍の道を上がると大銀杏1号樹が見えて来た。<br /> <br /><br /><br /><br />

    写真は西蓮寺(さいれんじ):手水舎(ちょうずしゃ)傍の道を上がると大銀杏1号樹が見えて来た。




  • 椿の花で埋まった手水舎(ちょうずしゃ)とは、寺や神社で参拝者が身と心を清める場所のことですが、最近はよく見られる景色だ。やはり流行りと云うべきか?!<br /><br />此処では目で見て我が身を清めた!<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):手水舎(ちょうずしゃ)、水盤舎(すいばんしゃ)、手水舎(てみずや)とも云う。

    椿の花で埋まった手水舎(ちょうずしゃ)とは、寺や神社で参拝者が身と心を清める場所のことですが、最近はよく見られる景色だ。やはり流行りと云うべきか?!

    此処では目で見て我が身を清めた!

    写真は西蓮寺(さいれんじ):手水舎(ちょうずしゃ)、水盤舎(すいばんしゃ)、手水舎(てみずや)とも云う。

  • さて、肝心の大イチョウですが、 西蓮寺の大イチョウは2株(茨城県指定天然記念物)あり、いずれも大きな銀杏の木である。<br />それぞれ1号株、2号株という。1号株は相輪橖(そうりんとう)の近くにあり、幹囲約6メートル、樹高約25メートルである。<br />明治16年(1883年)の火災のときに幹が焼けて細くなってしまったらしい。<br />伝承では開基した最仙(さいせん)上人の御杖銀杏(おてうえの意味だろう)といわれ、根元に子安観音(こやすかんのん)が祀られている。<br /><br />2号株は1号株より東側に位置し、幹囲約8メートル、樹高約27メートルあり、1号より大きい。その根元に尸羅度稲荷社(しらといなりしゃ)が祀られている。<br />大正6年(1917年)の台風で幹の途中が折れた。<br /><br />二株とも<雄株>で樹齢1000年以上といわれ、俗に「チチ」と呼ばれる大きな気根が多数下垂し、イチョウの老樹の特徴を備えながら樹勢は旺盛である。<br />秋の黄葉は見事で、境内を明るく彩って、これを目当てにやってくる観光客も多い。<br />多くの方がカメラ片手に銀杏を見上げて、撮影している。大きいだけになかなか枠内に入らず、後ろ退きつつ撮影している。<br />中には大きな望遠付きのカメラを持つ集団もいた。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウは2株(茨城県指定天然記念物)の説明版

    さて、肝心の大イチョウですが、 西蓮寺の大イチョウは2株(茨城県指定天然記念物)あり、いずれも大きな銀杏の木である。
    それぞれ1号株、2号株という。1号株は相輪橖(そうりんとう)の近くにあり、幹囲約6メートル、樹高約25メートルである。
    明治16年(1883年)の火災のときに幹が焼けて細くなってしまったらしい。
    伝承では開基した最仙(さいせん)上人の御杖銀杏(おてうえの意味だろう)といわれ、根元に子安観音(こやすかんのん)が祀られている。

    2号株は1号株より東側に位置し、幹囲約8メートル、樹高約27メートルあり、1号より大きい。その根元に尸羅度稲荷社(しらといなりしゃ)が祀られている。
    大正6年(1917年)の台風で幹の途中が折れた。

    二株とも<雄株>で樹齢1000年以上といわれ、俗に「チチ」と呼ばれる大きな気根が多数下垂し、イチョウの老樹の特徴を備えながら樹勢は旺盛である。
    秋の黄葉は見事で、境内を明るく彩って、これを目当てにやってくる観光客も多い。
    多くの方がカメラ片手に銀杏を見上げて、撮影している。大きいだけになかなか枠内に入らず、後ろ退きつつ撮影している。
    中には大きな望遠付きのカメラを持つ集団もいた。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウは2株(茨城県指定天然記念物)の説明版

  • 1号樹は黄色のじゅうたん共にまさに見頃を迎えていました。 <br />2号樹は若干緑の葉が残っていましたが、これはこれで黄と緑のコントラストがあって美しい。<br />西蓮寺によると、毎年この期間に約2000人が訪れると云う。この数値は思っていた以上に少ないが、他県からの見物が無いのだろう。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):25メートルの大銀杏

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    1号樹は黄色のじゅうたん共にまさに見頃を迎えていました。
    2号樹は若干緑の葉が残っていましたが、これはこれで黄と緑のコントラストがあって美しい。
    西蓮寺によると、毎年この期間に約2000人が訪れると云う。この数値は思っていた以上に少ないが、他県からの見物が無いのだろう。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):25メートルの大銀杏

    西蓮寺の大イチョウ 紅葉

    茨城百景:関東最古の西蓮寺には見事な大銀杏2本がある。   by jijidarumaさん
  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):25メートルの大銀杏と鐘楼

    写真は西蓮寺(さいれんじ):25メートルの大銀杏と鐘楼

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂傍の*延命地蔵尊(ふる里茨城路 百八地蔵尊)は元文元年(1736年)の建立で表情が見にくいが・・・。<br /><br />*延命・利生?(りしょう)?を誓願する地蔵尊である。新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすという。後世では短命・若死を免れるため信仰されたと云う。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂傍の*延命地蔵尊(ふる里茨城路 百八地蔵尊)は元文元年(1736年)の建立で表情が見にくいが・・・。

    *延命・利生?(りしょう)?を誓願する地蔵尊である。新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすという。後世では短命・若死を免れるため信仰されたと云う。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂傍の*延命地蔵尊の横に仏墓群が立っていた。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂傍の*延命地蔵尊の横に仏墓群が立っていた。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):本堂かと思ったが*常行堂(じょうぎょうどう)と称している。<br /><br />*常行堂とも称されているが、通常は常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)と称し、天台宗において四種三昧のうち常行三昧の行を修するために建てられた仏堂である。阿弥陀如来を本尊とするが、信仰の対象として建てられた阿弥陀堂と異なり常行三昧行を修するための仏堂であることから、比叡山延暦寺をはじめとする天台宗の修行道場をおく寺院に建てられることが多い。<br /><br />*常行三昧の行とは90日間、道場内で阿弥陀仏を念じて仏像の周囲を歩き回る。それによって諸仏が堂内に立ち並ぶのを見ることができるという。平安時代、浄土信仰の高まりにつれて重視されるようになった。<br /><br />

    写真は西蓮寺(さいれんじ):本堂かと思ったが*常行堂(じょうぎょうどう)と称している。

    *常行堂とも称されているが、通常は常行三昧堂(じょうぎょうざんまいどう)と称し、天台宗において四種三昧のうち常行三昧の行を修するために建てられた仏堂である。阿弥陀如来を本尊とするが、信仰の対象として建てられた阿弥陀堂と異なり常行三昧行を修するための仏堂であることから、比叡山延暦寺をはじめとする天台宗の修行道場をおく寺院に建てられることが多い。

    *常行三昧の行とは90日間、道場内で阿弥陀仏を念じて仏像の周囲を歩き回る。それによって諸仏が堂内に立ち並ぶのを見ることができるという。平安時代、浄土信仰の高まりにつれて重視されるようになった。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):「焚香(ふんこう)」の場・・・お線香をあげる場所ですが、多くの人が御線香をあげているので、もうもうたる白煙が目に痛い。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):「焚香(ふんこう)」の場・・・お線香をあげる場所ですが、多くの人が御線香をあげているので、もうもうたる白煙が目に痛い。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):何とか、火を移してお線香を立てました。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):何とか、火を移してお線香を立てました。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):「焚香(ふんこう)」の場・・・お線香をあげる場所

    写真は西蓮寺(さいれんじ):「焚香(ふんこう)」の場・・・お線香をあげる場所

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):*常行三昧会(じょうぎょうざんまいえ)の看板<br /><br />*西蓮寺の伝統行事で、西蓮寺の末寺、門徒寺の僧侶が常行堂に集まって、9月24日 ~30日の7日7夜にわたって堂内を廻りながら独特の節回しで阿弥陀経を立行読経する大法要が行われる。(前述したのは90日間とあり、現代風に期間を短縮しているのだろう)

    写真は西蓮寺(さいれんじ):*常行三昧会(じょうぎょうざんまいえ)の看板

    *西蓮寺の伝統行事で、西蓮寺の末寺、門徒寺の僧侶が常行堂に集まって、9月24日 ~30日の7日7夜にわたって堂内を廻りながら独特の節回しで阿弥陀経を立行読経する大法要が行われる。(前述したのは90日間とあり、現代風に期間を短縮しているのだろう)

  • お線香をあげてから、常行堂に入る。<br />常行堂は明治17年に建立された。堂内には来迎阿弥陀如来像が安置されており、9月24日~30日まで、僧侶が昼夜不断で読経する常行三昧会が行われており、日本で唯一の立行法要だと云う。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内の様子。<br /><br /><br />

    お線香をあげてから、常行堂に入る。
    常行堂は明治17年に建立された。堂内には来迎阿弥陀如来像が安置されており、9月24日~30日まで、僧侶が昼夜不断で読経する常行三昧会が行われており、日本で唯一の立行法要だと云う。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内の様子。


  • 常行堂内の左手に、赤い帽子と衣装を身に着けた妙な座像があった。<br />調べてみると、*常行堂内のおびんずる様で、木造の顔の表面が摩滅したようすである。「なで仏」とも呼ばれ、病んでいる身体の部位と同じ箇所をなでると病気が治ると云われているから、参詣の方が撫でた結果なのだろう。<br /><br />*おびんずるさまはお釈迦さまのお弟子の一人(十六羅漢の一人、第一番の賓度羅跋羅堕闍尊者びんどらはらだしゃそんじゃという)で、神通力にすぐれていたが、みだりに世間の人に神通力を用いたため、お釈迦さまの呵責(かしゃく)を受けて涅槃(ねはん)を許されず、お釈迦さまの滅後も衆生を救い続けるとされている。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):おびんずるさまの座像

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    常行堂内の左手に、赤い帽子と衣装を身に着けた妙な座像があった。
    調べてみると、*常行堂内のおびんずる様で、木造の顔の表面が摩滅したようすである。「なで仏」とも呼ばれ、病んでいる身体の部位と同じ箇所をなでると病気が治ると云われているから、参詣の方が撫でた結果なのだろう。

    *おびんずるさまはお釈迦さまのお弟子の一人(十六羅漢の一人、第一番の賓度羅跋羅堕闍尊者びんどらはらだしゃそんじゃという)で、神通力にすぐれていたが、みだりに世間の人に神通力を用いたため、お釈迦さまの呵責(かしゃく)を受けて涅槃(ねはん)を許されず、お釈迦さまの滅後も衆生を救い続けるとされている。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):おびんずるさまの座像

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内に武者絵が奉納されていました。・・・調べてみたが、歴史や謂れは分からなかった。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内に武者絵が奉納されていました。・・・調べてみたが、歴史や謂れは分からなかった。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内に武者絵が奉納されていました。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内に武者絵が奉納されていました。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内に武者絵が奉納されていました。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂内に武者絵が奉納されていました。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):いろんな角度から大イチョウ を写した。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):いろんな角度から大イチョウ を写した。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ

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    写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ と相輪橖(そうりんとう)

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ と相輪橖(そうりんとう)

  • <相輪橖(そうりんとう)><br />国指定重要文化財(大正6年(1917年)8月13日、重要文化財(建造物)指定)。弘安10年(1287年)建立<br /><br />相輪橖(そうりんとう)は中興慶弁阿闍梨(あじゃり)が弘安の役の戦勝記念に建てたと伝えられている。高さ約31尺(9.16メートル)の木心に青銅製の筒をかぶせ、頭部は錫杖の形になっている。相輪橖(そうりんとう)と称されるものは、西蓮寺以外には比叡山延暦寺、日光山輪王寺に残されていると云う。<br /><br />相輪橖(附 棟札1枚)は天台宗の象徴となるもので、基壇、橖身、頭部の3つの部分からなり、全体的に錫杖形をしている。基壇は石造り3段積。橖身は円柱形で、木芯に銅板鍛造の筒をかぶせて、つなぎ目に帯輪が巻かれている。<br />頭部は五輪塔形で、頂部に火焔がつけられた宝珠、その下に大輪及び大輪に架けられた12個の小輪からなる。大輪には卍(まんじ)字が飾られている。<br /><br />塔身には寄進者と思われる多くの人名が刻まれている。その後、慶長9年(1604年)、天保12年(1841年)および、1903年(明治36年)と幾度か修理が実施されており、近年では1977年(昭和52年)に木芯の腐朽を原因とする橖身の傾斜から、解体修理が行われた。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):相輪橖(そうりんとう:国指定重要文化財)

    <相輪橖(そうりんとう)>
    国指定重要文化財(大正6年(1917年)8月13日、重要文化財(建造物)指定)。弘安10年(1287年)建立

    相輪橖(そうりんとう)は中興慶弁阿闍梨(あじゃり)が弘安の役の戦勝記念に建てたと伝えられている。高さ約31尺(9.16メートル)の木心に青銅製の筒をかぶせ、頭部は錫杖の形になっている。相輪橖(そうりんとう)と称されるものは、西蓮寺以外には比叡山延暦寺、日光山輪王寺に残されていると云う。

    相輪橖(附 棟札1枚)は天台宗の象徴となるもので、基壇、橖身、頭部の3つの部分からなり、全体的に錫杖形をしている。基壇は石造り3段積。橖身は円柱形で、木芯に銅板鍛造の筒をかぶせて、つなぎ目に帯輪が巻かれている。
    頭部は五輪塔形で、頂部に火焔がつけられた宝珠、その下に大輪及び大輪に架けられた12個の小輪からなる。大輪には卍(まんじ)字が飾られている。

    塔身には寄進者と思われる多くの人名が刻まれている。その後、慶長9年(1604年)、天保12年(1841年)および、1903年(明治36年)と幾度か修理が実施されており、近年では1977年(昭和52年)に木芯の腐朽を原因とする橖身の傾斜から、解体修理が行われた。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):相輪橖(そうりんとう:国指定重要文化財)

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):相輪橖(そうりんとう)の説明版

    写真は西蓮寺(さいれんじ):相輪橖(そうりんとう)の説明版

  • <薬師堂(中堂)><br />25坪、160年程前の建築を他から移築したと云われ、本尊である*薬師如来坐像(県指定有形文化財)を拝観できる祈願道場である。<br /><br />*木造薬師如来坐像は薬師堂奥の収蔵庫に安置される西蓮寺の本尊である。<br />身丈4尺9寸余り(高さ148.5センチメートル)、一木造りで、*背刳り(せぐり)を施されている。(*背刳りとは、背面から仏像の内部を彫って空洞にし、別の背板でふさぐ技法) <br />寺伝によれば、開基した最仙本人が彫ったものと伝えられ、貞観時代(じょうかんじだい、859年~877年)の作風をあらわした、茨城県内有数の古木像とされている。特徴としては、小鼻が張り、目と眉の切り方は大きく、唇が厚くなっており、顔は大きく作られていて両腕も非常に太い。<br /><br />参考写真:木造薬師如来坐像が安置されている薬師堂

    <薬師堂(中堂)>
    25坪、160年程前の建築を他から移築したと云われ、本尊である*薬師如来坐像(県指定有形文化財)を拝観できる祈願道場である。

    *木造薬師如来坐像は薬師堂奥の収蔵庫に安置される西蓮寺の本尊である。
    身丈4尺9寸余り(高さ148.5センチメートル)、一木造りで、*背刳り(せぐり)を施されている。(*背刳りとは、背面から仏像の内部を彫って空洞にし、別の背板でふさぐ技法)
    寺伝によれば、開基した最仙本人が彫ったものと伝えられ、貞観時代(じょうかんじだい、859年~877年)の作風をあらわした、茨城県内有数の古木像とされている。特徴としては、小鼻が張り、目と眉の切り方は大きく、唇が厚くなっており、顔は大きく作られていて両腕も非常に太い。

    参考写真:木造薬師如来坐像が安置されている薬師堂

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):木造薬師如来坐像の説明版

    写真は西蓮寺(さいれんじ):木造薬師如来坐像の説明版

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ と相輪橖(そうりんとう)

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大イチョウ と相輪橖(そうりんとう)

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂の左右にある雨水用水甕の水面に映る大イチョウ を撮ってみた。こちらは大きな望遠付きのカメラを持つ集団の一人が教えてくれた撮り方で撮った(笑)。

    イチオシ

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂の左右にある雨水用水甕の水面に映る大イチョウ を撮ってみた。こちらは大きな望遠付きのカメラを持つ集団の一人が教えてくれた撮り方で撮った(笑)。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂の左右にある雨水用水甕の水面に映る大イチョウ を撮ってみた。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):常行堂の左右にある雨水用水甕の水面に映る大イチョウ を撮ってみた。

  • <西蓮寺(さいれんじ)の鐘楼><br />明治22年に建立された。重層の建造物で、大晦日から元旦にかけて除夜の鐘が鳴らされ、一般の方も参加できる。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):鐘楼

    <西蓮寺(さいれんじ)の鐘楼>
    明治22年に建立された。重層の建造物で、大晦日から元旦にかけて除夜の鐘が鳴らされ、一般の方も参加できる。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):鐘楼

  • 根元に尸羅度稲荷社(しらといなりしゃ)が祀られている大銀杏の2号樹。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):大銀杏の2号樹の根元、俗に「チチ」と呼ばれる大きな気根が多数下垂しているのが見える。

    根元に尸羅度稲荷社(しらといなりしゃ)が祀られている大銀杏の2号樹。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大銀杏の2号樹の根元、俗に「チチ」と呼ばれる大きな気根が多数下垂しているのが見える。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):大銀杏の1号樹の根元

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大銀杏の1号樹の根元

  • こちらの銀杏の木はまだまだの大きさだが、この横に客殿(法華堂)が立っている。客殿は明治43年建立。秘仏釈迦如来立像が安置されており、法華経読謡の道場であり、法要を行う場所になっている。<br />客殿内には常行三昧会の木目込人形や、籠行列で使用する籠が飾られている。<br /><br />写真は西蓮寺(さいれんじ):客殿(法華堂)傍の銀杏<br /><br />

    こちらの銀杏の木はまだまだの大きさだが、この横に客殿(法華堂)が立っている。客殿は明治43年建立。秘仏釈迦如来立像が安置されており、法華経読謡の道場であり、法要を行う場所になっている。
    客殿内には常行三昧会の木目込人形や、籠行列で使用する籠が飾られている。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):客殿(法華堂)傍の銀杏

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):遠めに撮った大銀杏

    写真は西蓮寺(さいれんじ):遠めに撮った大銀杏

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):大きな樹形の椿の木に品良い花が咲く。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):大きな樹形の椿の木に品良い花が咲く。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):椿の花

    写真は西蓮寺(さいれんじ):椿の花

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生ボランティアが植えた10万本の「彼岸花」が、秋(9月中旬~下旬)には寺域一帯に見頃となるらしい。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生ボランティアが植えた10万本の「彼岸花」が、秋(9月中旬~下旬)には寺域一帯に見頃となるらしい。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生・・・平成13年(2001年)3月30日、行方市指定無形民俗文化財に指定された。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生・・・平成13年(2001年)3月30日、行方市指定無形民俗文化財に指定された。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生の絵が常行堂内に飾られていた。

    写真は西蓮寺(さいれんじ):秋の曼珠沙華(ヒガンバナ)の群生の絵が常行堂内に飾られていた。

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):まだ生命力がありそうなケヤキ?

    写真は西蓮寺(さいれんじ):まだ生命力がありそうなケヤキ?

  • 写真は西蓮寺(さいれんじ):寺域には低木のモミジが良い色に染まっていますが、銀杏のすごみはありません。<br /><br />・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<br /><br />そろそろ寒くなり、西蓮寺の大銀杏の見物人も少なくなりました。<br />それでは、思い入れの西蓮寺の大銀杏を見て満足して帰宅です。<br />茨城百景シリーズもなかなか魅力的でした。<br /><br />(2024年12月14日Wiki・HP参考、編集追記)

    写真は西蓮寺(さいれんじ):寺域には低木のモミジが良い色に染まっていますが、銀杏のすごみはありません。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    そろそろ寒くなり、西蓮寺の大銀杏の見物人も少なくなりました。
    それでは、思い入れの西蓮寺の大銀杏を見て満足して帰宅です。
    茨城百景シリーズもなかなか魅力的でした。

    (2024年12月14日Wiki・HP参考、編集追記)

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  • pedaruさん 2024/12/17 07:32:22
    西蓮寺の大銀杏
     jijidarumaさん おはようございます。

     茨城は好きなところですが、多くを知りません。西連寺の大イチョウは見事ですね。黄色というのは同じ空間を埋めても,陰になるどころか明るさを増幅させますね。まるで貴家の奥様のようです。(pedaruがそう言っていたとお伝えください)

     jijjdarumaさんらしく何事にも研究の癖が抜けず、今回も仏教の諸々のことを述べられていますね。たいへん勉強になります。
     水面に映ったイチョウ、みごとでした、にわかに習ったテクニック、お上手に撮れましたね。
     鉾田といえば年に一回、寺宝の幽霊のえを公開しています。たまたま行ったときに見ることが出来ました。たしかお盆の時期だったと思います。
     茨城は地味な県ですが、なかなか素敵な県です、人もおっとりしていて無欲です。
    千葉県とは真逆です(笑)。ちょっと言い過ぎでした。(笑)

     pedaru

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2024/12/18 00:00:54
    Re: 西蓮寺の大銀杏
    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    黄金色した大銀杏が天を指すように立つ姿、この景観は中々なもので、拡大色は気分が高揚します。(家内にしかるべく伝えておきました。本日の夕食は外出して和幸のとんかつ定食、私より高いものを選んでおりました^^)

    4Tra投稿では、どうも読む人に出来るだけ参考となる情報を書きたくなるのは習性になってしまいましたね。もっとも、自分で?と思った点はクリヤーにしないと気が済まぬのです・・・(それだけ無知なことが多いのは、この歳になって正直情けない)。

    確かに、茨城県は地味ですね。あまり観光宣伝も上手くないのかもしれません。水戸だけとってもなかなかのものですがね。私自身千葉県在住の為、鹿島神宮、水郷潮来といった東に偏った観光をしています。

    鉾田の幽霊の絵、一度見たいものです。これで宿題が増えました(笑)。
    新しい運転免許証を10月に頂きましたが、高速で走るスピード感覚がづれてきた、夜間運転が見にくいなど、車で走る観光は疲れるようになりました。

    少々早いですが、良き年をお迎えください。
    それではまた。
    jijidaruma

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