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jijidarumaさんへのコメント一覧(34ページ)全412件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 興味深く拝見させていただきました。

    jijidarumaさん、こんばんは。

    ヒトラー暗殺事件のシュタウフェンベルク大佐のことを、こんなにも深く掘り下げて研究していらっしゃるjijidarumaさんに本当に頭が下がります。
    じっくりと大変興味深く拝見させていただきました。

    私もあそこに挙げていらっしゃる関連の施設にはいくつか行ったことがありますが、バンベルクの銘碑、ベルリン・ベンドラー地区にある抵抗運動記念館、それに7月20日の暗殺に失敗した将校たちのお墓があるベルリンの墓地くらいです。
    彼が生まれたお城、彼が結婚して住んだ城、彼の両親や親せきのことなど、いろいろお調べになって、訪れていらっしゃるjijidarumaさん、本当に素晴らしいです。

    23歳で彼は結婚したのですね。
    まだ若々しい未来ある青年将校だったシュタウフェンベルクの婚約者と写った写真、女の子のようだった子供時代の写真、面白く拝見しました。
    そういえば、ベンドラーの抵抗記念館には、彼が負傷して治療のために帰省した地で家族と一緒に写っている写真がありましたが、あれはラウトリンゲン城だったのでしょうか。

    7月20日にはシュタウフェンベルクに関係のある地では記念式典が開催されているのですね。
    ドイツの良心と言われるシュツフェンベルク大佐のことを、私もこれからも機会があれば調べてみたいと思っています。

    ありがとうございました。

    himmel
    2016年01月31日21時48分返信する 関連旅行記

    RE: 興味深く拝見させていただきました。:ラウトリンゲン城

    himmelさん

    おはようございます。
    ご投票と、コメントを頂きありがとうございました。

    himmelさんと同じように”旅には拘りがあってよい”と思っていますが、
    念願のラウトリンゲン城を訪ねることが出来たのは良かったです。
    ただ思っていた以上に資料が少ないなと感じました。あれだけ徹底してナチス政権から嫌われただけに、やむないものと思われましたが。
    himmelさんもバンベルクの銘碑、ベルリン・ベンドラー地区にある抵抗運動記念館、それに7月20日の暗殺に失敗した将校たちのお墓があるベルリンの墓地等を訪れた由、ドイツの歴史の一片を彩ったシュタウフェンベルク大佐の事績はやはり興味深いものですね。
    ドイツ抵抗運動記念館は夕方だった所為で、短時間の見学になってしまったので、又見に行きたいとは思っています。
    あまりベルリンの町が好きでないのが、ネックですけど^^。

    短時間で撮った写真の中にシュタウフェンベルク大佐の結婚式、少年となった兄弟3人と両親の写真、子供と遊ぶ大佐の写真があります。バンベルクでの結婚式を別にして、後の二枚や治療のために帰省した地で家族と一緒に写っている写真もラウトリンゲン城でしょうね。

    さて、一族の支配地はバイエルン王国とヴュルテンベルク王国の一部にあり、以下の古城群があります。*印は訪ねた城、まだ訪ねたい城が残っていますね(笑)。下記のガイスリンゲン城などは今回の旅の行程にあったのに、見過ごしました。
    Schloss Jettingenイェッティンゲン城*、
    Schloss Wilflingenヴィルフリンゲン城、
    Schloss Amerdingenアーメルディンゲン城、
    Risstissen Schloss Stauffenbergリスシュティッセン城、
    Schloss Lautlingenラウトリンゲン城*、
    Stauffenbergschloss Geislingen ガイスリンゲン城(bei Balingen ・Zollernalbkreis)、
    Schloss Greifensteinグライフェンシュタイン城*(フレンキッシェ・シュヴァイツ地方)等の居城です。  

    今年の旅も企画はこれからですが、himmelさんは如何ですか?
    私の方は同人誌の原稿も先週、監修者に送付でき、漸く、
    次回の旅を考えることが出来そうです。
    ザックリ言えば、フランケン地方を巡る旅ですが、さて!
    前述した古城群がその地域にあれば訪ねたいものです。

    jijidaruma
    2016年02月01日12時21分 返信する
  • 私もこの街にいってみたいです

    jijidaruma 様


     ゲーテとかシラーとか、ドイツの文豪と記憶していますが、具体的にどのような活動をされていたかは知りませんでした。たしか、「自由博愛平等」を唱えたのが彼らですよね? ちがうかな?

     写真がお上手ですね。

     私も見習いたいです。その町の様子が、伝わってきます。



     スノーマン
    2016年01月29日10時25分返信する 関連旅行記

    RE: 私もこの街にいってみたいです

    スノーマンさん

    おはようございます。
    沢山のご投票と、フォローしていただきありがとうございました。
    ドイツの伝説・民話も大好きなので、訪れた町々で知った話も
    訳して、いろいろと掲載しています。
    口コミにも古城ホテルやグルメ料理、観光地、基本情報などを比較的長く書いていますので、そちらもご参考にお読みいただければと思います。
    ゆっくりじっくりと、お読みいただけるとありがたいですね。

    この項は旅に出る前に資料として調べていくうちに、町の名に偉大な人たちの名を冠している都市について書き出したものです。日本はこうしたことが無いですので、ドイツではとても新鮮に思いました。
    今回の旅ではシラーの町を訪れています。
    そのうちに掲載の予定です。

    「自由博愛平等」はフランス革命のスローガンでもありましたが、ゲーテやシラーが活躍した時代は少し前になります。

    写真がお上手ですね。=>大変恐縮ながら、これらの多くは観光局等のHPの写真を拝借しております。
    私の旅行記は自分が訪れた時に写した写真が主ですが、単なる街歩きということより、歴史的な事柄も多いので、それだけでは物足りない場合はしばしば歴史的な画像などを含めて利用しています。

    それでは宜しくお願いします。

    jijidaruma

    2016年01月30日12時15分 返信する
  • ガイドブックのようです

    素晴らしい旅行記ですね。ガイドブックとしても使いたくなるほどです。
    機会があれば、私もこのルートを旅してみたいと思います。
    市販のガイドブックにはない、詳細な記述と美しい写真が印象的です。
    大昔にこのルートの一部だけ訪ねたことがありますが、もう一度行ってみたくなりました。
    2016年01月21日15時41分返信する 関連旅行記

    ガイドブックのようです:レンタカーでフルカ峠越え

    Rolleiguyさん

    お立ち寄りとご投票、そして過分なコメントまで頂きありがとうございました。

    偶々、Q&A”レンタカーで峠越え”に的確なご回答されたコメントを拝見したので、フルカ峠の旅行記に立ち寄らせてもらいました。
    もうスイスは無理でしょうが、私の若い頃の旅を思い出させて頂きました。

    私はドイツの古城好き、古城ホテル滞在が大好きという事で、退職後毎年訪れているのです。そして娘たちや孫たちに参考になるような旅行記を書いて楽しんでいます。

    昨年はアルザスに少し足を踏み入れ、黒い森、古城街道、木組みの街道などをまた走ったのです。
    ご投票いただいたドナウの細流辺りは初めてで、まだまだドイツも未知な場所があると再認識したものです。

    どうぞ宜しくお願い致します。

    jijidaruma
    2016年01月21日17時55分 返信する
  • 良いお年を!

    jijidarumaさん、

    トゥルーヴィル旅行記をご覧下さいまして、ありがとうございました。
    (いつもありがとうございます。)

    アルザス地方は私も大好きな馴染みのある土地ですので
    楽しく拝読させていただいております。

    32年前のご家族旅行のご様子、微笑ましいですね。
    駐在中は、たくさんのご旅行をなさったことと思いますが
    毎年ドイツへ戻られると懐かしい思い出がたくさん蘇ってくることでしょうね。

    ストラスブールのメゾンカメルツェルでは、私たちも2階のお部屋で
    ランチをいただきましたのでとても懐かしかったです。
    オー・クニクスブール城は、2回の訪問とも行かれず心残りとなっています。

    ところで、駐在中のメルセデスは3年2ヶ月で実質DM2500とは
    驚きましたが、その代わり燃費が・・・なのですね^^
    重厚感あるお車でのドライブは、さぞ楽しく気持ちの良いものだったことでしょう!
    私たちはいつもコンパクトなレンタカーで、ドイツのアウトバーンを
    コワゴワ走っています(笑)

    今年もあとわずかとなりましたね。
    どうぞよいお年をお迎えくださいませ。
    来年もよろしくお願いいたします。

    sanabo
    2015年12月31日18時29分返信する

    良いお年を!そしてまた良い旅を!

    sanaboさん、

    今年最後の日に御投票とコメントを頂き、ありがとうございます。
    トゥルーヴィル旅行記には門外漢でコメントしずらく流してしまいました。
    スミマセン。

    フランスではかつてのドイツ領ということもあって^^、アルザスが好きですね。今回の旅ではここだけはといった場所には何とか行くことが出来たので満足した旅になりました。
    (ストラスブールのメゾンカメルツェルは口コミでも書いておきました。)
    それでもじっくりと見ない、なにか既視感があって集中して見ていないことがママありますね。

    古い写真と旅行記をご覧いただき恐縮です。当時の娘たちと同じ年にそろそろ孫娘がなりますので、一緒に行くことが出来ればなどと思っておりますが。さて・・・。

    メルセデス、ほんとにうまく購入し、うまく売れました。助けてくれた人に感謝していますけど・・・その方はまだドイツにおられますから、人生の半分以上をドイツで過ごした計算になります。

    今は同じようにコンパクトなレンタカーですよ。

    ジルベスタ―ももう少し、何とか返信が出来ました。

    今年は大変勉強させて頂きました。明年も楽しい旅行記をお待ちしています。
    それでは、優しいご主人共々、良い年をお迎えください。

    jijidaruma

    2015年12月31日23時22分 返信する
  • 星形城塞

    jijidarumaさん、こんにちは。

    ブルクハイムは本当にフランスとの国境近くなんですね。両国の対比がなかなか面白く思います。この地方は独領になったり仏領になったりと複雑な歴史を経ているのが分かります。アルザス出身のフランス人は他の地方と比べてゲルマン系の特徴が見受けられる人が多いです。

    辛口で濃厚なワイン、とても興味あります。コルク抜き博物館というこだわりのある博物館があるのはドイツならではかもしれません。

    jijidarumaさんは少林寺拳法をされていたんですね、ご夫婦ともに毎朝15分のストレッチとは頭が下がります。

    星形要塞はやはり死角を消すために入り組んだ線になっているんですね。五稜郭の設計にはフランス人が深く関与していたと思います。最近、ふらっと寄ったフランスとベルギーの村も名前は失念してしまいましたが、星形城塞の中にありました。

    早いもので日本滞在も終盤に差し掛かっています。ひたすら物と情報の多さに圧倒されています。今夜は鳴子温泉でゆっくりしています。

    今年もご家族ともによいお年をお迎え下さい。来年もよろしくお願いします。
    2015年12月29日23時38分返信する 関連旅行記

    星形城塞と年の瀬

    のまどさん
    日本滞在も終盤に差し掛かっている時期、ご多用のところ、コメントやご投票ありがとうございます。

    ブルクハイムからアルザス地方、ひょんなことで星形要塞の事も書きました。とかく寄り道の多い旅日記で、今年中に手元の日記10日目を終了させたいものです。
    日本に帰ると、鳴子温泉・・・やはり温泉が懐かしいのでしょうか!
    日本でのご家族との楽しいひと時、それをエネルギーにまた頑張りましょう。

    さて、昨日29日は“苦を去る”の意味もあって、今年最後の掃除に励みました。少林寺拳法(4代主将を務めた大学時代の部も、先年にもう50周年を過ぎました)で鍛えた体も古稀を過ぎるとただの老人!で、今日起きてみると、少々体の節々に痛みがあります。・・が、門扉や、玄関ドアなどをきれいにしてみると、いよいよ新年を迎える気分になります。
    家内は正月のお節料理作りに集中し始めました。

    正月は世田谷の長女一家が1日から来訪、2日には台北生まれの孫娘(次女)も9歳の誕生祝、3日に近所の次女一家が来訪、中一の孫娘から6歳の孫娘まで5人の孫たちが全員そろって11名、年の始めの祝宴になります。

    ベルギーでのお勤めも4日からのスタートでしょうね。
    こちらこそ、明年も宜しくお願いします。良い年をお迎えください。

    jijidaruma

    2015年12月30日15時28分 返信する
  • カイザーシュトゥールとヌフ・ブリザッハ

    jijidaruaさん、こんにちは。

    いつもありがとうございます。
    さて、前号から度々名前がでて参りますバーデンワイン「カイザーシュトゥール」ちょと気になりまして、私の今回の写真をひっくり返してみました。
    やはり、ありました。
    今回ブライザッハに行きましたが、そこでいただいたワインがまさに「カイザーシュトゥール」でした。
    ブライザッハはワインで有名なところだと聞いておりましたので、なるほどねーと思いました。

    また、ヌフブリザック、あそこにはヴォーバンが造った要塞がありますね。
    あそこにもいかれたのですね。
    私も、4,5年前になりますか、フライブルクから列車でブライザッハに出て、そこから路線バスでコルマールに行きましたが、途中、要塞のところを通りました。
    後からあそこがブライザッハと双子都市のヌフブリザックで、ヴォーヴァンの要塞群として世界遺産になっていることを知りました。

    現地の方しか乗らないのどかなバスでしたが、あのコースをまた機会があれば乗りたいなと思っています。
    思い出させてくださいましてありがとうございました。

    himmel
    2015年12月16日10時56分返信する 関連旅行記

    カイザーシュトゥールとヌフ・ブリザッハ

    himmelさん
    いつもコメントの書き込みありがとうございます。
    同地域を訪れることが多いですね。
    いろいろと気づかされてありがたいですよ。

    バーデンワイン「カイザーシュトゥール」のワイン、特にDr.Heger (ヘーガー);Ihringenのワインは気に入って、その後も旅先のレストランで馬鹿の一つ覚えのようによく飲み、いつも満足しています。

    そういえば、私も“ヴォーバン”の名前でザールルイという、ドイツの町を思い出しました。2010年10月26日に訪れた町ですが、1679年にロレーヌ地方がフランスに帰属し、ルイ14世はザール川右岸の防御を固めるためにこの町に要塞を設けることを彼に命じました。(ヌフ・ブリザックと同じパターン!)
    1680〜86年にかけて、ヴォーバンに造らせた星型にかたどった要塞は有名で、ヴォーバン島と称する場所もありました。
    ドイツの町でありながら”ルイ14世の町”を称するのがとても面白く感じたのでした。

    実はこの時も事前学習で、世界遺産・ヴォーバンの要塞群が引っかからなかったようです。

    ブライザッハと双子都市のヌフ・ブリザックの事を知ったのは2007年の旅でしたが、当時の書き留めたものを今回載せたものです。
    不確かな記憶では観光局の資料を訳した時はヴォーバンの要塞群の言及がなかったか、あっても訳をはしょったようです。(まだ世界遺産ではなかったですが)

    ともあれ、お蔭さまで、古城好きとしては新しい知識も増え、先ほど要塞群を調べて、旅行記にも写真と共に追加しておきました。
    ありがとうございました。

    jijidaruma
    2015年12月17日02時45分 返信する
  • SS髑髏部隊

    jijidarumaさん、こんにちは。

    私たちより1か月ほど遅いご旅行でしたのに、もうすっかりぶどう畑があんなに青々と。
    素敵な時期にいらっしゃいましたね。でも暑かったでしょう?

    いつも興味深い歴史をご披露くださるjijidarumaさん、今回はSS親衛隊に興味を抱きました。
    髑髏軍団の制帽あの帽子の髑髏の紋章は人々を威圧しますね。
    なるほどそれもそのはず、

    >敵には恐怖と死を・・・自らに対しては骨になるまで戦うという絶対の服従・・・

    がモットーの軍団だったのですね。
    彼らがザクセンハウゼンやダッハウの強制収容所を監視していたのですね。

    話はがらりと変わりますが、
    jijidarumaさんご夫妻が召し上がられるお料理はいつも美しく、私たちは、ご存じのドイツの大皿料理しかいただきませんので、いつも目を楽しませていただいています。
    グルメレストランだけでなく、古城ホテルや歴史的ホテルの情報収集も怠りないjijidarumaさん、もう次の滞在先はお決めになっていらっしゃるのではありませんか?

    また興味深い旅行記、拝見させてください。

    himmel
    2015年11月25日11時13分返信する 関連旅行記

    SS髑髏部隊

    himmelさん、

    こんにちは。
    ご投票と書き込みありがとうございました。

    今年の夏はどこも暑かったですね。ドイツやアルザスは
    湿気が無いものの、日なたは実に暑かったですよ。
    次回は初夏から夏のシーズンはもう行くのは
    やめようという事になりました。
    蜂が何処でも見られ、後半で家内が蜂に刺されました。
    急に体力を落とし、フランクフルト近郊のタウヌスの
    古城ホテルで寝たきりになってしまいました。
    ここは2泊でしたので、体力回復まで時間が取れて、
    幸いでした。
    13泊中、2連泊は4回(前半・後半とも2回)をしましたが、
    私共の歳ではもう飛び回るのは無理なのでしょう。

    さて、SS髑髏部隊、カイザーシュトゥール(皇帝の椅子)の
    Totenkopfトーテンコップ(髑髏(どくろ)に反応してしまいました。
    武装親衛隊の38師団の中でも異彩を放った師団、象徴的な師団章と
    思えばドイツの暗い歴史のひとこまですね。

    ドイツの料理も少しずつ進化?し、大皿料理から小品にと、健康志向が
    強くなったのでしょうね。昔は夫婦で一皿を分けたものでしたが。

    次の旅はまだまだです。少々宿題がたまっているのですよ。
    2015年の旅日記、まだまだ続きますので、お付き合いください。

    jijidaruma

    2015年11月25日15時23分 返信する
  • 若かかりしあの頃が懐かしいです

    こんにちわ。
    南欧旅行でドイツに立ち寄った頃を
    思い出しました。旅行記で間に昔のお写真が
    あると思い出も格別ですよね。
    気持ちは今もかわらないのですけれど。
    目は霞んでますが、みえます。
    当時はベトナム戦争だったか、
    フランクフルトのビアガーデンで
    ベトナムから帰ってきたというアメリ人と
    隣り合わせで飲みました。

    あれから40年、安保法制や難民問題と
    近頃の話題をきくにつけ、平和願望えを
    ますます強く感じます。
    ありがとうございました。
    失礼しま〜す。
    2015年11月08日01時45分返信する 関連旅行記

    RE: 若かかりしあの頃が懐かしいです



    一歩人さん

    おはようございます。ご投票とコメントありがとうございました。

    ハイ、私も若かかりしあの頃が懐かしく、いつも思い出しています。
    何度もドイツや周辺国を訪れますと、あの時にそういえばここにを訪れていたとか、思いながら歩くことも多いです。

    ベトナム戦争の終盤に至った1974年に初めてドイツの地を踏みましたから、もう40年の昔ですね。
    東西ドイツの分離体制、米ソの冷戦下といった難しい世界の様相でした。

    ドイツ赤軍派(その創立も日本の赤軍派に影響されたと云う)が1970年代から1998年まで活動している時期にダブるように駐在していましたから、
    西ドイツ経営者連盟会長(日本でいえば、経団連会長)シュライヤーが誘拐され、殺害されたことや、1977年10月にはルフトハンザ航空181便ハイジャック事件を起こすが、ソマリアのモガディシュに着陸したところを西ドイツ政府によって派遣された特殊部隊GSG-9によって急襲され、乗客人質全員を救出された事など・・・
    時にはアウトバーンを降りると、そこに自動小銃を構えた警察官たちがいたこともありました。

    年末年始の小旅行で訪れたシュトラースブルクのレストランでは美味しい食事を楽しんでいますが、この頃は1980年代の半ばであり、赤軍派の活動も下火に向かった頃になります。

    南欧旅行と言えば、きっと耳にされた”忘れな草”の歌があるかもしれませんね。

    ありがとうございました。

    jijidaruma


    忘れな草の悲恋伝説
    http://4travel.jp/travelogue/10858571?lid=notice_vote_travelog

    2015年11月08日12時16分 返信する
  • いつも素敵な旅ですね〜。

    jijidarumaさん、こんにちは。

    いつも素敵なお城ホテルや、歴史あるホテルにお泊りになり、いつも素敵なお食事を召し上がっていらっしゃるjijidaruaさんご夫妻、憧れます。
    旅行記を拝見して私も楽しませていただいています。
    同じシニアの旅なのに、私たちはガサツというか、勿体ない精神満載の私たちの旅とは大違い(笑)。

    さて、シュヴァルツバルト、私たちも今回の旅で訪れました。
    前回の旅行記で書いていらっしゃったゲンゲンバッハも2泊しました。
    私のスローペースですから、アップは何時になるか、気が遠くなりそうです。

    jijidarumaさんの旅行記、次はどんな歴史が飛び出すか、楽しみに拝見させていただきます。

    himmel


    2015年10月25日14時26分返信する 関連旅行記

    RE: いつも素敵な旅ですね〜。

    himmelさん

    こんにちは。掲示板の書き込みと、別章のご回答ありがとうございました。
    なるほどと理解した次第です。

    さて、もうこの年になると、年に一度のドイツの旅(時にちょっと外れますが)が一番の楽しみになっています。
    昔からの古城ホテル好きは今もって後を引き、行程のきめようも古城ホテルの選択から始まります。家内は古城ホテルが大好きというわけでもないのでしょうが、それはレストランの食事を楽しむことで勘定はあっているようです(笑)。

    日本での旅は人込み嫌いで、待つのもならぶのも嫌いという、偏屈夫婦!ですので、殆ど出かけません。むしろドイツの方が性に合うのでしょうかね。
    健康に長生きしているご褒美に一年一度のちょっぴりの贅沢?!も許されるかと思っていますけど・・・尤もツアーの旅よりも実際は私共の旅は安いのですがね。

    それにしてもいつも感心するのはhimmelさんの探求心、冒険心で驚きながら拝見しています。私などはさらっと短時間観光をしただけですが、ゲンゲンバッハも2泊された由、街歩き・探訪記を楽しみに待っていますよ。

    それではまた。寒くなりました。ご自愛ください。

    jijidaruma
    2015年10月25日17時15分 返信する
  • ドイツの免許

    jijidarumaさん、こんにちは

    ルーアン旅行記をご覧いただきまして、ありがとうございました。

    1974年にドイツで取得された免許は、更新などは不要で
    一生涯使えるものなのですか? EU圏内も有効なのでしょうか?
    我が家は当然ながら、毎年国際免許を取りに行きますので、面倒です。
    せめて有効期限が3年くらいだと、助かるのですが・・・

    レンタカーでの出発前には、jijidarumaさんと同じく操作確認や
    車の傷などもチェックしています。
    書類に記載されていない小さな傷なども指摘して、書き込んでもらったり。
    でも、いつも感じるのが返却時に意外とアバウトなこと。
    特にスペインやイタリアなどラテンの国は、かなりいい加減で
    小さなこすり傷を付けた時も見逃されました(笑)

    今年のヨーロッパ旅行は、途中から異常な暑さになりまいりましたが
    jijidarumaさんがいらした7月中旬以降は、過ごしやすい気候に
    戻ったようですね。

    朝晩、随分と涼しくなりましたので、ご自愛下さいませ。

    sanabo
    2015年10月06日15時09分返信する

    ドイツの免許証

    sanaboさん

    こんばんは。いつも素晴らしい旅行記(美しい画像と懇切なる解説付きに驚きです。)を拝見して、楽しんでいます。

    さて、掲題についてのご質問ですが、旅行記ではいつも”1974年12月10日、ドイツで生まれて初めての運転免許を取得。ドイツ等の旅行でレンタカー使用の際には、現在も有効な、この免許証を使っている。”から書き始めています。

    現在使用中のドイツの免許証は更新が不要で、一生涯使えるものと理解しております。この事について法律が変更になったとは聞き及んでおりません。
    レンタカー会社にも最初の予約時に免許内容の登録も行い、その旨も説明しています。それで問題になったことはありません。

    現地のレンタカー会社で、40年前の30代の髪黒々の写真が貼られた免許証を提示しても、ニコッと笑顔を返してくれます。
    従って、ご主人、sanaboさん共がドイツの免許証を現在もお持ちであれば、基本的に使用は可能です。

    おっしゃるようにわざわざ国際免許を取る必要も無く、費用も不要です。
    定年後のドイツ(時にはドイツの周辺国も走ります。)の旅を12年間やってきました。(一応、日本の免許証も財布に入れたままで持参。)

    EU圏内、どこの国でも、その国で有効な免許証は他の国でも通用することになっています。ドイツの免許証はフランスでも有効というわけです。

    Guten Tag Deutschland(9-10/2004)の記事によると、ドイツで発行され、現在通用する運転免許証は第二次大戦直後のものや、旧東独のものを含めて7種類あるそうです。即ち、

    1:1957年に仏からドイツに編入されたザールラント州の免許証。

    2:1950年代以降の通称”灰色の布切れ(grauer Lappen)”と言われているグレーの大判免許証・・・これに私の免許証が入ります。

    3:欧州共同体のピンク色の免許証。

    4:旧東独の3種の免許証。

    5:そして最新のEUの免許証カードです。

    連邦自動車庁の統計によると、最近は5:EUの免許証カードの発行数が増加しているとのことです。

    その理由は
    ?ドイツ国外の警察(どこの国であるかは書かれていない!)がドイツの旧免許証を認めないことが多く、これを嫌うドライバーが新免許証に切り替えるケースがある。
    ?新免許の発行はEUの免許証カードに限られる。・・・からだそうです。

    ?については現実に警察に違反として罰金を取られても、EU圏内、どこの国でも、その国で有効な免許証は他の国でも通用することになっていますから、帰国後に弁護士経由、不服申し立て、罰金の返還請求ができるわけです。只、手間と時間がかかるので、EUの免許証カードがベターだと、書かれています。

    (尚、ここではドイツの旧免許証からEUの免許証カードへの切り替えを行う方法については特に書かれておりません。ドイツ大使館のHPでもそのことは言及していませんでしたので、直接、問い合わせをするしかないでしょうが、私はあまりその必要性を感じていないために、調べていません。)

    XXX

    レンタカーは以前はハーツでしたが、一度対応に不満があったので、以後はエービスにしました。
    返却時の対応はドイツですら、言われるようにアバウトです。総じてエービスはフレンドリーでしたね。当方が日本人であること、老人であることで得している面もあるかと思います。
    今年も最後の日にトランクに荷物を入れる際、後ろのバンパーにぶつけて小さな傷を付けました。男性スタッフは目にしたのかどうかわかりませんが、特に問題にされませんでした。

    ドイツもアルザスも、7月中旬以降も暑かったですよ。

    大好きな秋の到来ですね。
    目下は小学・中学の同窓会開催(10月30日)をひかえ、小冊子(式次第、校歌の由来・校章の意味・学校沿革史、ケアセンターにおられる恩師との電話内容の報告、懐かしい卒業集合写真などの写真集、住所録、物故・消息不明者一覧等で24ページになる)を80部作成中です。(消息判明者の41%が出席と回答してきました。家内が同級生で、作成のアシスタントをしてくれるので助かっています。)
    皆が喜んでくれると嬉しいですが。

    jijidaruma


    2015年10月07日01時00分 返信する

    RE: ドイツの免許証

    jijidarumaさん、こんにちは

    ご返信、ありがとうございました。

    私の素朴な疑問に対して、詳細なご回答をありがとうございました。
    frau.himmelさんも仰ってましたが、『論文』のような完璧なお答えで
    あらためて博識なjijidarumaさんに敬服しております。
    興味深く拝読させていただき、勉強になりました。
    貴重なお時間を割いていただきまして、恐縮です。

    > 現地のレンタカー会社で、40年前の30代の髪黒々の写真が貼られた免許証を提示しても、ニコッと笑顔を返してくれます。

    ほっこりするエピソードです^^
    でも、著しく容姿の変わった方などは、日本のように身分証明書代わりには
    なりませんね(笑)

    > 従って、ご主人、sanaboさん共がドイツの免許証を現在もお持ちであれば、基本的に使用は可能です。

    主人はヨーロッパに数か月滞在経験はありますが、二人とも
    ヨーロッパの免許を取得したことはありませんので、国際免許証は必須なのです。

    > 目下は小学・中学の同窓会開催(10月30日)をひかえ、小冊子(式次第、校歌の由来・校章の意味・学校沿革史、ケアセンターにおられる恩師との電話内容の報告、懐かしい卒業集合写真などの写真集、住所録、物故・消息不明者一覧等で24ページになる)を80部作成中です。(消息判明者の41%が出席と回答してきました。家内が同級生で、作成のアシスタントをしてくれるので助かっています。)
    > 皆が喜んでくれると嬉しいですが。

    小冊子どころか、立派な文献をお作りになられたご様子で、流石
    jijidarumaさんらしいと、あらためて敬服いたしました。
    皆さん、喜ばれるどころか驚かれることと思います。
    10月30日、楽しみですね。
    奥様は小学校時代の同級生でらしたのですね。 長〜いお付き合いですね^^

    また、旅行記の続きにお邪魔させていただきます。
    ありがとうございました。

    sanabo
    2015年10月07日16時54分 返信する

jijidarumaさん

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33国・地域渡航

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

行ってみたい場所

ドイツ

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現在12都道府県に訪問しています