ねんきん老人さんへのコメント一覧(71ページ)全873件
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奥様と一緒の四国八十八か所。
ねんきん老人さん・・おはようございます。
奥様と一緒に、四国八十八か所回られたんですね・
nimameのチャリ仲間のKさん、今80歳なので数年前ですが70歳は過ぎていたと思います・彼女も四国八十八か所マイクロバス?
10人ぐらいのグループで行った話、良く聞きましたが・・お寺はほとんどが階段で・・
中には行けない人の分もお参りしてくる・
そんな話聞いていましたが、聞くと見るとでは大違い・・のように、ねんきん老人さんの写真見て、ほんと凄い階段ですね・・
足腰丈夫でないと、本堂まで辿りつけませんね!
でも行く場所・行く場所で奥様に話かけて、お二人で歩いているんだわ・・と感じました。
何時もの奥様の笑顔の写真、これが何よりですね(^^)
nimame本当に一緒だったのか・・・そう思いたいのですが・・・
nimame さん、おはようございます。
情けない老人の泣き言にお付き合いくださり、その上、書き込みまでしてくださって、ありがとうございます。
妻と一緒に回ったと仰っていただいて、嬉しい気持ちでいっぱいです。
実は旅行中、妻に何を話しても返事がなく、当たり前だとは思いながらも、人は死ぬと何も分からなくなってしまうんだろうなと、妻が可哀想でなりませんでした。
それは今も同じなのですが、nimame さんが、私の駄文を読んで、妻と一緒に歩いていると感じてくださったとのことで、もしかしたら妻は、返事はできないけれど自分が私と一緒に旅していることを分かっていたかも知れないと、思えてきました。
今、妻にnimame さんが書き込みをしてくださったことを話しました。 もちろん周りに誰もいないからで、もし人が今の私の行動を見たら、ジイサン、とうとう狂ったか!と思うことでしょうね。
でも、そんな馬鹿な行動でも、妻に話しかけるのは私しかいませんので、これからもずっと話しかけていきたいと思います。
仰るとおり、遍路はある程度の体力がなければできません。ですからバスやタクシーでお寺の前まで来て、門の所からお参りするということでもいいと思います。大切なのはお参りする気持ちであって、手段ではありませんから。
お金だけは、最低交通費と食費ぐらいはないといけませんし、野宿や車中泊では眠れないという人は宿代も必要になります。
でも私は、体が弱くてもお金がなくても、気持ちさえあれば誰でもできるということが大切だと思います。八十八か所を回れなければ、たとえ1か所でも心を込めて行けばいいと思います。八十八か所をチャラチャラ回るより、努力して1か所を回る方が尊いと思います。
ですから、nimame さんのお友達のKさんがマイクロバスで回られたことは、とても良いことだと思います。
私が拙稿の中で書いた○○KANKO の人たちは、バスを使ったことが悪いのではなく、お寺での行動が不真面目だったので、ほかのお遍路さんたちから顰蹙を買っていたのです。
どうぞ Kさんのお話を沢山聞いて、いつか nimame さんも自転車で回られたらいかがでしょうか?
余計なことを言ってしまいました。
重ねてお礼を申し上げます。 ありがとうございました。
ねんきん老人2017年09月01日11時28分 返信する -
お悔やみ申し上げます。
ねんきん老人さん こんにちは。
どうしてもメール差し上げたくて・・・。奥様64歳でしたか。ひとことで45年と言ってもその間二人だけのだれにもわからない世界がぎっしりと詰まっていて・・・ねんきん老人さんもさぞガッカリされていることでしょう。ひとりごとを言ってしまうのも仕方ありません。
家でじっとしていることなどできませんね。自問自答をされながら奥様の面影をさがしながらお遍路へ。涙が出てきました。
「神様、妻のどこが悪いのですか? 仏様、妻のどこが気に入らないのですか? なぜ妻にこんなむごい仕打ちをなさるのですか?」
わかりますよ。わたくしも同じ気持ちでした。ねんきん老人さんと同じようにそんなことを思いながら、かつて妻と訪れた旅行地・ホテルを片っ端から訪問して確認していきました。
いつまでもいつまでも奥様のことを思い続けて元気に生活されて下さい。失礼な言葉があったらご容赦ください。それではまたよろしくお願いいたします。同じ思いをされていらっしゃったとは・・・。
MechaGodzilla?&703 さん、まとまりのない拙稿を深くお読みくださって、ありがとうございます。
なんと、奥様を亡くされていたのですか・・・。
人間は、生きている間は自分の意思であれこれ決められるのに、生まれるときと死ぬときは自分の意思とは関係のない、もしかしたら神か仏かの意思で決められてしまうのですね。
私もMechaGodzilla さんと同じく、かつて妻と行った所をもう一度しっかり見たいという気持ちがあって、四国遍路の帰りは和歌山・奈良・愛知・静岡に寄り道しながら帰りました。
「お母さん、ここだったねえ」「お母さん、あのときと同じだねえ」と聞こえない妻に話しかけながら、辛い旅をしました。
妻に「今度連れて行くから」と約束していた場所も回りました。
「お母さん、見える?」と、そればかりを聞いていました。
かつて旅がこんなに悲しいものだなどとは考えもしませんでしたが、悲しくても辛くても、妻が行ったことのない所に妻を連れて行きたいと思っています。
MechaGodzilla さんが同じ思いでかつて奥様と行かれた場所やホテルを回られていたことを伺い、私も妻との思い出をたどる旅をもっとしたくなりました。
そのためには自分がしっかりしていなければいけないという気にもなりました。
今さら妻を喜ばせることができるかどうかは分かりませんが、何もしないでいてはなおさら妻も喜ばないと思いますので、頑張ってみたいと思います。
本当にありがとうございました。奥様も、御主人が奥様との思い出旅行をなさったことを喜んでいらっしゃることと思いますので、さらに奥様の行かれていない所への旅行も続けられるよう祈っております。
ねんきん老人2017年08月31日16時55分 返信する -
ご冥福をお祈りいたしますーー
ねんきん老人さん
前作を拝見した時とてもではないのですがコメントできませんでした。
奥様のご冥福をお祈り申し上げます−−。
お遍路さんにしろご旅行にしろご夫婦で行きたいものですね。
今の喪失感、表現不能かと存じます。
是非奥様の分も含め二倍旅して楽しんでいただければと思います。
失礼いたしましたーー。
norisaご共感いただき、ありがとうございます。
norisaさん、わざわざの書き込み、ありがとうございました。
旅の目的が何であれ、夫婦で行きたいものだということ、仰るとおりです。
妻が生きているうちは、一人旅も多くしていましたが、妻が死んでしまった今、一人旅ほどつまらないものはないと思っています。
この喪失感、虚脱感は、自分の覚悟を超えたもので、今は何をする気にもならず、旅行記という場を借りて妻を偲ぶことだけが日々の張り合いになっている有様です。
世間様の言うように「忘れる」とか「気を紛らわす」ということは全く考えておらず、むしろ今の悲しみを自分が死ぬまで持ち続けて、私だけは一時も妻のことを忘れずにいてやりたいとも思っております。
とはいえ、私の旅好きは妻のよく承知していることでありましたので、家に籠っている姿を妻に見せたくない気持ちもありますから、なるべく早い時期にまたどこかへ出かけたいとは思います。そのときは、手遅れとは思いますが、妻を連れて行く「つもり」でおります。
面識もない一介の老人とその妻に対してお心づかいをいただき、本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ねんきん老人2017年08月31日16時25分 返信する -
この旅行記に「いいね」をしていいのかどうかと。。。
拝読語しばらく迷い、本日また再読させていただきました。
ねんきん老人さん、こんばんは。
人間はいつどんな目に遭うか、どんな悲しい思いをするか、明日のことは分かりません。
私も近い将来、ねんきん老人さんのような思いをしないとも限りません。
いつも親切にしてもらっているのに、不満ばかり言ったり思ったり。。。
現在の状態が永遠に続くものと勘違いしているのです。
当然いるべき相手が、突然消えてしまう。。。
思うだに怖ろしく、あり得ないことと否定し、考えないようにして逃避する。
しかし、いつかどちらかが、そんな思いをする日がくるのでしょうね。
「さらぬ別れ」とは言え、自分に限っては、そんなことはあるまいと思いたい。
奥様は、ちょうど私と同年齢か、ひとつ下くらいと思われます。
まだまだやりたいことや行きたい所もあったでしょう。
かくなる上は、やはりねんきん老人さんが、いっしょにいろいろな場所に連れて行ってやるしかないと思います。
奥様のことをよくご存じなのは、ねんきん老人さんしかいないのですから、最も多く思い出して考えてやることが、奥様にとっての供養と思われます。
「人は二度死ぬという。一度目は肉体の死、二度目はみんなから忘れ去られることの死である」とは、よく言われています。
ねんきん老人さんが、奥様のことを忘れないでいる限り、奥様はいつまでも生き続けられると思います。
偉そうなことを言っていますが、我が身に同じような事態が起こったら、そんなことを言う余裕はないでしょうね。
言葉にすると、みんなしらじらしく響いてしまいます。
でも、どうかいっぱい落ち込んだ後は、前を向いて進んでいってください。
前日光
忘れないというスタンスを共有していただき、救われました。
前日光さん、お早うございます。
重ねてのご訪問に加え、わざわざの書き込みをいただき、ありがとうございます。
仰る通り、私は妻が自分より早く死ぬなどということは考えたことがなく、自分の死後に妻に苦労をさせたくないということばかり考えておりました。
それが腹部の違和感を感じて軽い気持ちで行った病院で、いきなり余命1年と言われ、奈落の底に突き落とされた思いをしました。それから11か月の間、現代医学の進歩にわずかな望みを託しての闘病生活を続けたのですが、その間の妻の不安は、一度も口にしなかっただけに、なおさら可哀想で、これからの約20年間を失ったことと併せて考えると、私一人がのうのうと生きていることが自分で許せません。
その後多くの人が「早く忘れて」という言葉をかけてくれましたが、その都度、はらわたが煮えくり返るほどの悔しさを味わいました。
私が町内会の雑事や福祉関係のボランティア活動(といっても押し付けられたものですが)をあれこれ抱えていることについても「よかったですね、忙しくて。 忙しくしていれば気が紛れますものね」と言われます。
どうして皆、「忘れる」とか「気が紛れる」とかいうことを良しとするのでしょうか?
私は24時間妻のことを考えていたいし、悲しみが薄れることなどまったく望んでいないのですが、周囲は「男の料理教室」にでも通って、新しい趣味を見つけるといいですよ、という具合いに、妻の死を早く過去のものとするようにということばかり言ってきます。
そんな折り、前日光さんから妻を二度死なせないためにもいつまでも忘れないでいることをご助言いただき、四面楚歌の中で味方を得たような気持ちになりました。
世間の人たちはもう既に私に妻がいたことなど思い出しもしない様子です。であればなおさらのこと、私だけは寝ても覚めても妻のことを考えていてやらなければ、妻が可哀想だと思っています。
前日光さんの仰るように、心の中に妻を連れてあちこち旅行したいという気持ちもあります。ただ、「妻を連れて行く」という気持ちと、「妻が行けなかったのに、生き残った自分だけが旅行する」という罪悪感と、両方ありますので、今のところはまだ出かけるふんぎりがつきません。
いずれにしても、妻の死を過去のものとして「忘れる」などということなく、四六時中、そしていつまでも、妻のことを心に抱いていこうと思っております。
他人事ではなく、当事者の立場に立ってのお心遣い、本当にありがとうございました。
ねんきん老人
2017年08月23日09時38分 返信する -
お悔み申し上げます。
ねんきん老人さん
いつも旅行記にいいねをしていただきありがとうございます。
突然のことで驚きました。
とても辛い状態かと思いますが
あまりご自分を責めないでください。
最後の奥様の写真の素敵な笑顔を拝見して
ねんきん老人さんと一緒にいる時は
とても幸せだったのだと感じました。
こんなにも大切に思える人と出会えたことは
すばらしいですね。
姿はありませんが、奥様はねんきん老人さんの中で
永遠に生き続けていてくれるのではないかと。
いなくなったのではなく、逆なのでは。
これからもずっとそばにいてくれる奥様と一緒に旅を楽しんでください。
まめ猫
示唆に富んだお言葉をありがとうございます。
まめ猫さん、お早うございます。
小生の泣き言にお付き合いくださり、その上わざわざ書き込みまでしてくださり、ありがとうございます。
自分よりずっと若い妻を先に死なせてしまった苦しみは今も全く変わりませんが、私の苦しみなどどうでもよいことで、妻が寂しい思いや心細い思いをしているのではないかということばかりが心配です。
毎日妻に話しかけていますが、何を言っても返事がなく、聞こえていないのではないかと思うと、今すぐにでも妻のいる所に行って「一緒だよ」と言ってやりたい気持ちばかりが募ります。
そんなとき、まめ猫さんから「いなくなったのではなく、逆なのでは」というお言葉をいただき、暗闇に灯を見つけたような気になりました。
たしかに、生きているときには私が忙しさにかまけて妻と一緒にいられない時間も多かったし、呑気に一人旅に出て妻に留守番をさせていたことも多かったのですが、今は24時間、何をしているときも妻のことばかり考えていますし、何をするにも妻がどう思うかということが基準になっているような気がします。
妻が死んでから、四国遍路を除いて旅に出る気が起こりませんでしたが、それも私一人がいい思いをしては妻に申し訳ないという思いが働くせいです。
まめ猫さんのおっしゃるように、これからは互いの都合に縛られずに一緒にいられるということであれば、旅に出るということも罪ではないかも知れませんね。
今すぐということではありませんが、「妻と一緒の旅」ができる日も来るような気がします。
いい歳をしてただ塞ぎ込むばかりの私に、大きなヒントを与えてくださったまめ猫さんの助言を無駄にしないよう、頑張ってみたいと思います
本当にありがとうございました。
ねんきん老人
2017年08月20日10時04分 返信する -
ご冥福をお祈りします
ねんきん老人さん、こんにちは。
奥さんが闘病されていたんですね。ご本人もご家族もさぞ大変だったでしょう。そんな中、拙ブログにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
オバタリアンなんて呼んではいけませんよ!笑顔が素敵な女性ではありませんか。娘さんはよく似ていらっしゃいます。
私の人生の伴侶ウワバミが現在飛行中の中、自宅で一人涙ながらに拝読しました(←ワイン片手に失敬)。旅中の心境、お察しします。日本最初の夫婦イザナギとイザナミの神話は考えさせられます。でも、神話とはある種の集団の考えを象徴する例え話であって、この話は生を肯定するために作られたのだと思います。遺された者は昇天した者のために生を全うする使命を負うと私には捉えられます。
苦しい闘病生活から解放された奥さんは今も天国でねんきん老人さんの毒舌を微笑みながら聞いていると思います。金婚式まであと4年。これからも歯に衣着せぬブログの更新を楽しみにしております。心安らぐお言葉、ありがとうございます。
のまどさん、お早うございます。
のまどさんのおっしゃるように妻が天国にいるとすれば、私が地獄に行ったのでは永遠の別れになってしまいますので、私も天国に行けるよう、今からの余生をしっかりと生きなくてはいけないと思っています。
妻は突然余命1年と言われ、11か月で他界しました。
現代医学の進歩を考えれば「余命宣告」などアテにならないと励まし、妻も自分から死について口にすることはありませんでしたが、心中は不安でいっぱいだっただろうと思います。
私は今、何をする気も起こらず、食事すら「食べて何になるんだ」と思う毎日です。庭の雑草も抜く気にもならず、ただ一日中パソコンに向かって4トラの皆さんの旅行記を読んでは、妻とのバーチャルトリップに時を過ごしている状態です。
それでも、生前の妻に「連れて行く」と約束した場所が沢山ありますので、そうした場所には必ず行こうと思っています。その際にはまた投稿させていただこうと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
2017年08月13日09時03分 返信する -
お悔やみ申し上げます。
奥様と一緒に旅をされたんですね!
前編の素敵な奥様の写真を拝見した時に涙があふれました。
私も二週間前に同居していた義父を亡くしたので想いが重なったのかもしれません。
これからも素敵な旅行記楽しみにしてますね。
PS 補聴器はなぜ眼鏡屋さんに売っているのでしょう?
私も以前からそう思ってました。。
「私だけではない」・・・そう思うこと二度・・・ありがとうございます。
お舅様が御逝去なさったとのこと、御心中いかばかりかと思いますが、同居されていたとのことで、それもなおさらのことと拝察いたします。
愚妻の死去でいまだに茫然としておりますが、身近な人を失うといういわば普遍的な体験は何も私だけではないのだと改めて思いました。
日々の暮らしに大きな変化がおありかと思いますが、どうぞそれをしっかりと受け止めて、悲しみは悲しみとして、寂しさは寂しさとして、ごまかさずに向き合っていただきたいと願うばかりです。
また、なぜ眼鏡屋で補聴器を売っているのかというおふざけクエスチョンに、トラベル民さんも同じことを考えていらっしゃったと知って、久しぶりにニヤリとしました。
ふとした弾みに浮かんだ疑問を人様と共有できたということは思いのほか嬉しいものです。
毎日カップラーメンと「お〜いお茶」での生活も3か月になりました。このままでは妻に叱られると思いますので、なんとか頑張りたいと思っています。
四国遍路を振り返っての旅行記を書き終えることで一区切りになろうかとも思っています。
湿っぽくない文章を書こうという気持ちはありますので、続編をアップしましたらまたお目を通していただけたら幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人2017年08月11日17時53分 返信する -
奥様と一緒のお遍路
奥様のご冥福をお祈りします。
まるで父の旅行記の様で、涙が止まりませんでした。
母は父と一緒に秩父と四国の遍路をしました。
そんな母も、1年半ほど前に他界しました。
父もおもわず「かーちゃん」と言ってしまった後
俺一人だったと思うことがあると・・・
父を見ていても大切は伴侶を失くした辛さは、簡単に癒されるものではないのかもしれません。
でも、これからも沢山旅してくださいね、奥様と一緒に!
うまく言えなくて、失礼なコメントになってしまったらごめんなさい。
ちちぼー
お気遣いいただき、ありがとうございます。
ちちぼー様、拙稿をご熟読くださり、その上親身になっての書き込みをしてくださり、ありがとうございます。
ご両親は秩父と四国をご一緒に回られたのですね。 それは何よりでした。 私は四国で夫婦遍路を見るたびに、妻を連れてきてやれなかった後悔に苛まれました。
母上が亡くなられたことは、何をもっても代えられない、取り返しのつかないことですが、その母上も、おそらくは泉下で旅の思い出を楽しんでいらっしゃることでしょう。 父上は大きなことをされたと思います。
伴侶を失うということは、寂しいことでもあり、悲しいことでもありますが、私にとって自分の寂しさや悲しさはどうでもよいことで、それより、先に死なせてしまった申し訳なさと、多くの楽しみを実現せずに人生を閉じなければならなかった妻が可哀想で、自分一人が寂しくも悲しくもない余生を謳歌するなんてとんでもない、と思っています。
むしろ私は自分が死ぬまで、この悲しさを持ち続け、毎日妻に語りかけたいと思っています。それが多分妻には聞こえないだろうということが最大の悔しさですが、いつか妻に追いついたとき、「俺はあの日からずっと泣いてたんだよ。お母さんのことは一日も忘れてはいなかったよ」と言いたいのです。
父上の寂しさ悲しさが薄らぐようにとのお気遣いは無用だと思います。ずっとその寂しさ悲しさを抱き続けることが夫婦の絆だと思いますし、ある意味、それが父上の、夫としての証だとも思います。
ちちぼー様としては、ただそっと見守っていてくださればいいのではないでしょうか。
自分のうろたえを棚に上げて偉そうなことを言ってしまいました。お許しください。
今後も「妻を連れて」どこかに出かけたいとは思っていますので、旅行記など投稿できましたら、またお目を通していただければ幸いです。
重ねて、ありがとうございました。
ねんきん老人2017年07月27日20時48分 返信する -
ご冥福をお祈りします。
ねんきん老人さん、こんばんは。
いつも当方の旅行記にいいね!戴きありがとうございます。
淡路島の旅行記拝見いたしました。
5月に奥様を癌で無くされたとのこと、
お悔み申し上げます。
最後の奥様の写真を見ると、本当に素敵な笑顔だと思います。
少し短い人生だったかもしれませんが、
ねんきん老人さんをご主人にされて幸せだったという
そんな笑顔に私には見えました。
ご冥福をお祈りいたします。
ねんきん老人さんも
暫く色々な思い出が心をよぎり、気持ちの整理が付かないと思いますが、
早く心穏やかな日々が訪れることをお祈りいたします。
暑い日々が続きますので体調など崩さぬようご自愛ください。
kobapy私事への書き込み、恐縮しております。
kobapy さん、わざわざの書き込み、ありがとうございました。
思えば情報交換の場である筈の4トラ紙面を私事で埋めてしまい、恥ずかしい次第です。
1年弱の入退院があり、私としてはこの日がくることは覚悟していたつもりでしたが、いざ死なれてみると、こんなにも辛いものかとうろたえております。
私自身の悲しさ、寂しさなどはどうでもいいことですが、あと20年は楽しめた筈の人生を容赦なく奪われてしまった妻が可哀想だという気持ちと、私ばかりがのうのうと長生きしている申し訳なさで、毎日をどう過ごしていいか分かりません。
今は何をする気にもなれず、妻の遺品を眺めているだけの毎日ですが、それではいけないということはよく分かっています。
いつか妻に追いついたときに胸を張って会えるように、やるべきことをしっかりやるように心がけたいと思います。
お心にかけていただき、本当にありがとうございました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ねんきん老人2017年07月17日09時30分 返信する



