ねんきん老人さんへのコメント一覧(31ページ)全873件
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星の下リゾート
ねんきん老人さん、懐かしい言葉がちりばめられた旅行記ありがとうございます。アベックも幻燈も、校庭で見た映画「しいのみ学園」も覚えています。
壇ノ浦の戦い、安徳天皇をめぐる哀しいお話はどんな変人でも涙を流すところですね。二位の尼は孫の安徳天皇を抱きかかえて入水しましたが、我が子の傍らについているのは普通は母親。二位の尼は建礼門院の死への覚悟の足りなさを見切っていて、あっぱれな最期をとげるために孫の傍らに控えていたように思います。その時代の習わし、特に高貴な方々は私の感覚とはかけ離れているだろうけど、最後の瞬間に母親が幼子を自分の手から離すとは考えにくい。自分の娘の性分をよくわかっていた二位の尼の悲しさがより心にしみてくる齢になりました。
恋人の聖地撲滅運動会員番号4のちいちゃん「星の下リゾート」・・・いただきます!
ちいちゃんさん、やられました! 私の泊まったのは「星野リゾート」ではなくて「星の下リゾート」だったのですね。 この絶妙なネーミング、いただきました。
アベック、幻灯をご存知の上、映画を校庭で観るという貴重な体験を共有できて嬉しい限りです。 しかも「しいのみ学園」とは。 私も断片的とはいえ、いろいろなシーンを覚えています。 映画の途中で1台しかない映写機のフィルムを取り換えるのでときどき中断したことなど、今となっては懐かしいばかりです。
安徳天皇を抱いて入水したのが二位の尼であったことについて、私は漠然と当時の天皇家の序列によるものだと思っていましたが、ちいちゃんさんのご指摘で、建礼門院の覚悟の足りなさを見抜いていた二位の尼の深慮という視点に初めて思い至りました。
そういえば建礼門院は一応入水したものの敵である源氏の船に助けられて寂光院で30年も暮らしたんですよね。
ちいちゃんさんのおかげで、歴史の重大な場面での人の心の動きについて新しい気づきがありました。ありがとうございました。
これだから、いくつになっても勉強は楽しい・・・。
恋人の聖地撲滅委員会会長・ねんきん老人2022年10月16日13時54分 返信する -
耳なし芳一‼
ねんきん老人さん・こんにちは(^^)
何時もながら詳しく書かれていて感心して読ませて頂きました。
耳なし芳一にひかれて・・
今回の旅・愛車が20万キロ越え!
凄い車も頑張っていますね。
頑張ると言うか普段丁寧に乗っているから車も現役なんだと思います。
下関~富山まで・・と言う事は・・どれだけ走るのでしょうか?
色々読んでいる内にゲントー懐かしい言葉・
遥か昔部落の開館へ皆で集まり、白布に映し出したチャンバラ・なぜかnimameの記憶はチャンバラになります。
上が兄で下が弟、男の子二人にnimame一人女の子・
どうゆう訳か3人で何時も見に行きました(笑)
とっても懐かしい思い出です。
後角島大橋、これも有名ですよね!
4トラの写真で何度見た事か!
でもねんきん老人さんは一味違いますね。
そこから見えた公園に降りたり・海苔取りそして面白い昔の話・読者を飽きさせませんね!
お話読んでいて感心ばかりです。
nimameも車中泊したくてウズウズしているのですが・
こちらは寒くなり、如何したものか!
悩み中・
いよいよ斜里岳も初雪が降ったと先ほどニュースで流れて・
寒くなります。
お互い体に気をつけて過ごしましょうね~
nimameゲントー、ご存知でしたか!
nimame さん、こんにちは。 いつも私の独りよがりな駄文を丁寧に読んでくださって、ありがとうございます。
幻灯をご存知だそうで。 仰るとおり、私たちも公民館やカメラ店、地元にあった小さな教会などに集まって観たものでした。 どうやってその期日と場所を知ったのか覚えていませんが、多分回覧板かなにかで告知があって、それを読んだ親から教えられたのだと思います。
教会での幻灯会はいつも聖書の中の物語についてでしたが、おかげでキリスト教についてもそこそこ知るようになったと思います。ただ、教会での幻灯会では帰りに出口に箱を持った人がいて、そこになにがしかのお金を入れるようになっていた記憶があります。 事前に親から小銭を渡されてはいたのですが、その募金については嫌だったということを覚えています。
角島の海を見ながら、海中でのオシッコを思い出した件については、お読みくださった方々から、呆れた調子で、その貝は良く洗ったのかというお叱りを受けました。
つまり皆さん、そんな話は初めて聞いたということだと思います。 私は皆やっていることだと思っていたのですが、どうやら私だけが育ちの悪い子どもだったようで、今さらながら自分の人生を恥じることになりました。
nimame さんも車中泊をしたいとお考えとか。 さすがにこれからの北海道では厳しいでしょうね。 私も現役のころは連続して休める年末年始に車中泊で出かけていましたが、暖かい千葉県周辺でもその時期は身体中にカイロを貼って寝ていました。
夏の北海道で車中泊旅行をしたいという思いは今も強いのですが、ガタガタの車がもつかどうか心配ですし、費用のことも考えると難しいと思います。
でも、せめてレンタカー利用、ホテル泊でもいいからもう一度網走・紋別あたりを拠点にオホーツク海を見ながらドライブしてみたいと、これは真剣に考えています。
そのためにも、一日の移動歩数が1000歩以下という今の生活を改めなければいけませんね。
nimame さんの仰るように、体に気をつけて過ごそうと思います。 ありがとうございました。
ねんきん老人
2022年10月06日17時17分 返信する -
こんにちは先生
先生?
そろそろ教室に戻ってよろしいでしょうか?
耳なし芳一のお話や安徳天皇と二位の尼が入水の所までは
静かに先生の語りを聞いていられました。
波の下にも都のくだりには涙も。。。
でもだんだん五木ひろしさんのくだりから
つい学生たちと同じ気持ちで….
(もちろん五木さんは知っていますよ。)
でも古賀政男さん? 「誰? 知らな~い」
思わず教養がなく学生と同じ反応でしたので、
自主的に廊下でバケツを持って立っていました。
だから遅くなってしまって申し訳ありません。
その後のアベック・・・( ´艸`)
「何ソレ~」とは言いません。
廊下にまた戻されるのも嫌ですが、普通に聞こえて
しまう自分のお年頃にも嫌気が。
そういう事は教養がなくてもしっかり身についた言葉でしたから。
海苔を採っている方。
先日大洗に行ったら海辺に打ち上げられた海藻を
朝早く拾う方がいらっしゃいました。
今思えば刻み昆布のようなものでした。
那珂湊で魚・いかなどと一緒に刻み昆布を買った時
朝に拾っているおじさんを思い出しました。
そして 先生のお話を聞いていて、しっかり
洗って食べなくてはと思いました。
角島大橋全貌 すごいですね。
有名であることも知らない私は初めて見る景色に感動しました。
私も星野リゾート系列にお世話になるのですが
やはり先生のようにお部屋の指定までは考えた
こともなく、いつもRun of the House.
今度はちょっとそういう所にも気を使って快眠を得たいと思いました。
古賀政男を知らない世代の女性と知り合えるなんて。
チーママ散歩さん、こんにちは。
相変わらず独りよがりな旅日記で書いた本人が後悔しているような駄作にわざわざの書き込み、ありがとうございます。
古賀政男さんをご存知ないのですか?
古賀政男といえば「丘を越えて」。
「丘を越えて」といえばマンドリン。
マンドリンといえば明治大学。
何をかくそう、この私は明治大学マンドリン俱楽部の入部試験を受けて落ちた経歴の持ち主なのです。
その頃使っていたマンドリンは今も持っており、たまに気が向くと弾いていますが、誰一人として聴きたいと言ってくれないので、人前での演奏はもう何十年もしていません。
マンドリン愛好家にとっては神様ともいえる古賀政男さんを知らないという
「JK]に腹を立てたのは昔の話ですが、今またチーママ散歩という「古賀政男を知らない世代の女性」とこうしてお付き合いいただいているというのは、なんとも不思議な感じです。
大洗に行かれたのですね。 そこで買った刻み昆布、洗う必要はないと思いますよ。 大洗という地名が物語るようにあそこは波の荒いところですから、毎日24時間洗われているようなもので、悪がきのオシッコなど瞬時に落ちてしまうでしょうし、そもそも子供にとっては危険な海ですのでそこでは遊んでいないと思います。
木更津に潮干狩りにお出でになる機会があったとしても、さすがに70年前の海水とは入れ替わっていると思いますから、どうぞご安心を。
星野リゾートの部屋選びについて、ささやかな情報をお出しできたでしょうか? いつも4トラのコンセプトである旅の情報提供ということができずに申し訳なく思っていますので、次にチーママ散歩さんがお泊りになるときに、ちょっと気にかけていただけたら、万々歳です。
そういう、人の言から学ぶ姿勢を持った生徒を廊下に立たせるなんてことは絶対ありませんから、これまたどうぞご安心を。
昨夜、妹の連れ合いが亡くなりました。 妹はもうずっと前に逝っていますので、年上の私の方がのうのうとしていることに後ろめたさもあります。 2月には義兄も旅だっています。
あちこちから「お前はまだか?」という声が聞こえてきますが、もうちょっと、せめて旅行記をあと1~2編は書いてからと思っていますので、どうぞもう少しお付き合いをお願いいたします。
ねんきん老人2022年10月04日16時21分 返信する -
山陰は風車が多いですよね
こんにちは、ねんきん老人さん。
学校の先生でらしたんですね!だからお話が面白いんだ。
私は勉強はたいして覚えてないけど、先生の話しというのは今でもよく覚えていますよ。
きっと古い~と笑った生徒達も覚えてるでしょうね。 先生と生徒の何気ない会話が良い関係をあらわしてるようでホッコリします^_^
アサリ!もぉー、良い話しなのにそこでお○っ○ですか!生徒の事いえませんよぉ。
ご家族にはよく洗ってねと伝えてたであろうと願います。
男子トイレ、なるほど。
隣で人がしてるのって、どうなんだろ?と思った事があるんで、男性の心理が知れて面白かったです。
この窓をつけるデザインをされた方も同じ心理だったのでしょうね。
彼女ではなく友達の顔が浮かびあがる。
いーじゃないですか^ ^
なんの垣根もなくつき合える仲は、子供時代ならではですからね。思い浮かぶ友がいるって素敵!
アサリを良く洗ってくれって、言ったかなぁ?
ASARI さん、おはようございます。
いつも小生の無駄話にお付き合いくださり、ありがとうございます。
持ち帰ったアサリを良く洗ってくれって、親に言ったかどうか覚えていません。 海の中でオシッコをしたと言えば叱られるのは分かっていたでしょうから、アサリを洗うというようなことは言わなかったと思います。
それでも今まで長生きしていますから、害はなかったのでしょう。
トイレといえば、今回の旅行で車中泊した道の駅。 朝個室で用を足しているときに隣のボックスに入ってきた人が絶え間なく独り言を言っているので、おかしくてその人が出るまで私も中に入っていました。
ぶつぶつ言うのではなく、向かい合った人に話しかけるように普通の声で喋り続けているのです。 その中には「おーっ、今日は良く出るわ!」なんていうのもあって、スマホで録音しようかと思ったぐらいです。
夕日に染まって笑い合った友達もそうですが、思い出すのはバカばかり。向こうも私のことを思い出すとしたらバカな奴としてでしょうから、まあ、私の人生というのはそんなものなのでしょうね。
とにかく思い出というものは断片的なもので、ASARI さんがお住まいの広島についても、学生時代に平和公園で野宿したときのことは、蚊に刺され続けて、あまりの痒さに、刺されて腫れた部分に砂を塗ったり爪を立てて傷つけたりしたというバカなことばかりです。
というわけで、旅行記もほかのフォートラベラーさんたちのように要領よく簡潔に書くことができず、ついついバカの発想のままに進めてしまい、自分で読み返してため息をつくのが常です。
それでもお付き合いくださるご好意に甘え、また旅の続きを投稿しようかなどと考えております。 いつになるやら分かりませんが、もしお目に止まりましたら、またよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
ねんきん老人
2022年10月04日08時26分 返信する -
赤間神宮・・
ねんきんさん、おはようございます。
下関から富山まで、気分次第で旅に出られたのですねー
まず甲南パーキングエリアは、私も今年のG.W.に立ち寄って・・
1枚だけ忍者の写真を撮ったのが、記憶に新しいです(^_-)-☆
そこからサクッと関門海峡まで、スゴイ距離を移動されたのですね。
関門海峡の碇の由来は、お陰様で初めて知りました。
・・いつの日か、機会があれば見てみたい!です。
そして道路を挟んで、赤間神宮へ行かれて・・
青空に赤い水天門が、とても映えていましたね(^^♪
岡山で八咫鏡が見つかり、春名さんという方がココに奉還すべく尽力をされた経緯も興味深かったです。
また宝物館の幼い安徳天皇と二位の尼の姿、物悲しく印象に残りました。
ところで ねんきん先生「バケツ持って立ってろ!」も、チョット古い!と突っ込まれるかも・・(笑)
など余計なことも感じながら、拝見させていただきました。
・・山口県とは ゆかりのない、ふわっくま でした。滅びの美学で名を残す
ふわっくまさん、おはようございます。
いつも丁寧な読後感をお寄せくださって、ありがとうございます。
甲南パーキングエリアにふわっくまさんも行かれたのですか。 私が行ったのが5月の15日でしたから、10日ほどずれていたらお会いしたかも知れませんね。
赤間神宮ではいろいろなことを考えました。
平家にあらずんば人にあらずと豪語した平家でしたが、源氏によって追い詰められ、ついには壇ノ浦で一族入水という悲劇的な結末を迎えました。そのこと自体は悲しいことではありましたが、そのせいで今に至るまで名を残しているのですから、歴史というのは分からないものですね。
平家に限らず、負けを承知で戦った戦国の武将や江戸時代の赤穂浪士の討ち入りなど、「どう負けるか、どう死ぬか」ということは日本人の琴線に触れる問題なのだと思います。
赤間神宮は初めて行ったのですが、行けて良かったと思いました。
バケツ持って、というのはやっぱり古かったですか? 確かに、今だったら体罰として問題になっているでしょうね。
少し新しいことを言って人に見直してもらいたいとは思うのですが、自分で新しいと思っていることが、それを口に出すとすぐに「それ、もう古いよ」と言われることが多く、とても最近の世の中の変化にはついていけません。
フォートラの皆さんは旅に出るときに「〇〇を求めて」とか「○○制覇」いうように目的を持って出かけられることが多いようですが、私の場合はいつもただそこに行ってみたいというだけの旅ですので、旅行記も散漫なものになってしまい、人様にお読みいただくのは気が引けるのですが、ふわっくまさんのように一行々々丁寧に読んでくださる方がいらっしゃるのはとても励みになります。
本当にいつも、ありがとうございます。
ねんきん老人2022年10月03日09時36分 返信する -
お疲れさまでした
ねんきん老人さん、こんにちは
車中泊を伴う15日間の旅。
かなりハードな内容ですが、ねんきん老人さんの体力には脱帽です。
すごいですね。
それに、亡くなられた奥様を生まれ育った地に連れて行くための旅だったとは(@@!
奥様が通われていた学校がどこだったのか、ご存じだという事にも驚きました。
そうした事まで知っているご夫婦は、滅多にいらっしゃらないのではないでしょうか。
奥様も大変喜んでおられることと思います。
私の亡くなった父は、一度も海外旅行をしたことがありませんでした。
どこかに連れて行ってあげたかった。そんな思いから、
2019年に私の大好きな国、エジプトを旅した時に、
父の遺骨を小さなフィルムケースに入れて持っていきました。
ねんきん老人さんの亡き人に寄せる思いを伺い、
なんだか近しいものを感じてしまいました(^^)
砂コレクションも素晴らしいですね。
私もモロッコやチュニジア、エジプトの砂漠の砂をコレクションしていたことがあります。親指大の小瓶に5、6個位でしたが、色や粒の大きさを見比べるのも楽しかったです。今はもう処分してしまいましたが…。
ねんきん老人さんのせっかくのコレクション。
いつかはお子様たちが処分されてしまうとは、悲しいですね。
私の父が亡くなった際にも、似たようなことがありました。
庭の物置の中には、大量の漬物瓶やお酒の一升瓶。
どうやら父が、らっきょうや梅酒をつけていたようなのです。
一体いつ漬けたのか日付のないものや、溶けて黒い物体と化した物もあったりして、
瓶だけでなく、中身の処分にも困りました(^^;
でも、たやすく捨てるのは忍びなく、大丈夫そうな梅干しや梅酒は
父の友達にお裾分け。食べられるのか不安なものは、毎日、少しづつ
仏前にお供えしてから捨てました(すべて捨てるのに、1年以上かかりました)。
お子様方も、ねんきん老人さんの砂コレクションをすべて保管するのは大変かと思いますが、美しい砂を何個かだけでも取っておいてほしいものですね。
kiyo仏前にお供えしてから・・・分かります。
kiyo さん、こんにちは。 いつも拙稿を一行々々もらさずにお読みくださり、その上丁寧な書き込みをしてくださって、本当にありがとうございます。
父上様の梅干しや梅酒を処分するのに、少しずつ仏前にお供えしてからというお話、胸に沁みました。
私も、妻の衣類などは当初捨てることができず、子供たちに俺が死ぬまではとっておくと言ってありました。 でもあるとき、妻がどの服を気に入っていたかというようなことを知っているのは私しかいないと思いました。
おそらく子供たちはせっせとダンボールに詰めて、全部まとめて捨てると思います。 それなら、俺の手で、それぞれの服をどこで着ていたかを思いながら処分した方がいいだろうという考えになり、一枚ずつ、紙に包んで捨てました。
ですから、kiyo さんが、毎日少しずつ仏前にお供えしてから処分されたというお話は胸に迫り、それなら父上様も納得されたことだろうと思いました。
パッチワークの材料や道具などは妻が一緒に活動していたサークル仲間に引き取ってもらいました。
5年経ち、妻のものはほとんどなくなりましたが、1品だけ、私の棺に入れるよう、子供たちに言ってあります。
kiyo さんのエジプト旅行記は羨望と自身の記憶とで興奮しながら拝読しました。 kiyo さんもエジプトから砂を持ち帰られたということで、思わずニンマリです。 私の砂コレクションの中にも、エジプトの数か所で採ったものがあります。 チュニジアにもモロッコにも行ったことがないので、kiyo さんのようにはいきませんが、どんな砂だったのでしょうね。
ようやく猛暑にも終わりが見えてきましたが、ほっとする間もなく台風の話題に追われる日々になりました。
どうぞ十分にお気をつけて、またすてきなご旅行をされますよう、そして、お時間があればその顛末をフォートラに投稿してくださいますよう、お待ちしております。
ありがとうございました。
ねんきん老人2022年09月30日17時00分 返信する -
いつもありがとうございます
私の旅行記をたまにご覧いただき有難う御座います。コロナ禍になり、オクサマとの旅行のみとなり、旅行記作成が全く滞っている私ではありますが、ねんきん老人さん様の旅行記は大変学びがあります。長崎出身の私でも知らないことばかりの内容でした。私の母が被爆者ですので、思いもひとしおで御座います。私はタイヘ70過ぎた元上司と旅行に出掛けてましたが、ねんきん老人さん様のような方と旅行にいったら楽しそうですね。今後とも楽しくためになる旅行記をよろしくお願いします。issiより長崎ご出身ですか。
issi さん、拙稿への書き込み、ありがとうございました。
長崎ご出身とは! よそ者の私がデタラメを並べて、さぞお気に障ったことと思いますが、どうかお許しください。
母上様が被爆されたということにも驚きです。 ポテのお散歩さんからも書き込みをいただき、やはりお身内が被爆されたということを伺いました。 今さらですが、私のような者がノーテンキに原爆を語ることの無責任さを後悔しております。
タイに行かれたのですか? コロナの心配はなかったですか?
私は今、海外旅行をする度胸はありません。 もっとも、その気になったとしても年金がた減りの昨今では旅費の都合がつきませんので、もう私の海外旅行はないものと思っています。
issi さんはタイまでお出かけになる余裕がおありですから、奥様とのご旅行も存分に楽しまれてください。
ねんきん老人2022年09月19日13時35分 返信する -
長崎
ねんきん老人さん こんにちは。
旅行記を見て下さり、ありがとうございます。
長崎の旅行記を拝見させて頂きました。
主人が長崎出身で、時々長崎へ行くのですが
『じゃがたらお春』さんの事は言葉で聞いた事があるだけで
初めて どんな方なのかを知りました。
義母の父は戦艦武蔵の造船に関わっていて、
ある日、仕事の用事で長崎市内へ行き その日が原爆投下された日でした。
造船所や義母の家は 市内から山を隔てた向こうにあったので
原爆の影響は無かったのですが、義母の父が帰ってこないので
義母は父を探しに 翌日 長崎市内へ行きました。
原爆とは何か、その時は何も知らず、義母は【救援列車に乗ろうとする人々】の絵の様な中を、父を探して歩いたそうで、その時に義母も被曝しました。
不幸中の幸いで、その後 結婚もし、主人を含めた三人の子供にも
恵まれました。
言葉では聞いていましたが、【救援列車に乗ろうとする人々】の絵を拝見して、私が思っている以上に悲惨な状況の中を まだ若かった女性が一人で 自分の父を探し歩いたんだなと、義母の言葉の重みを改めて感じました。
この秋、義母の法事の為 長崎へ帰ります。
主人の実家は平和公園の近くなので、あの絵の事を思い出しながら
歩いてみたいと思います。
とても素敵な旅行記を拝見させて頂き、ありがとうございました(*^-^*)
ポテのお散歩原爆被害は身近なことだったんですね。
ポテのお散歩さん、こんにちは。 拙稿への書き込み、ありがとうございました。
私たちは、長崎の原爆というと、その悲惨さは十分に理解しているつもりではいても、地理的な遠さもあって、どこか遠い世界の話のように思ってしまう傾向がああります。
ポテのお散歩さんは、身近に被爆された方がいらっしゃって、しかも義母様は実際にお身内を探し回るという体験もなさっているのですね。 そのときの義母様の絶望的なお気持ちを思うと、「遠い世界」などと他人事のように捉えていた自分の浅はかさに申し訳ない気持ちがいっぱいです。
ポテのお散歩さんは近々長崎にお出でになるのですね。 平和公園をお歩きになるときも、私のような半分観光気分で行く者とは違って、見るもの一つ一つが深い意味を持っていることを実感されることでしょう。
ご縁があって何度も長崎に行かれていらっしゃるポテのお散歩さんと私とでは、長崎や原爆を語る資格に大きな差がありますが、私も被爆された方々への思いを忘れることなく、これからも核のない世界を念じ続けてゆこうと思います。
胸に迫るお話を、ありがとうございました。
ねんきん老人
2022年09月17日16時21分 返信する -
昭和は元気だった
ねんきん老人さんのこのシリーズ最後の旅行記をはじめに読んでしまったので、いつも通りに大口あけて笑い転げることができなくなってしまいました。が、ぽっとん便所にまつわるお話はやはりおかしくて、反射角と入射角のくだりで大笑いしてしまいました。今は腰かけて用を足すタイプが主流ですが、またがるタイプの便器は足腰を鍛えると思っているので実はちょっとだけリフォームを考えています。たまにしか顔を見せない家族の猛反対がありますが、心を強く持って見積取らなきゃ。楽しく読ませていただいた旅行記ですが、しばらくカレーは食べられそうもありません。
ちいちゃん昭和(の頃は)元気だった。
ちいちゃんさん、おはようございます。 ばかばかしい話にお付き合いくださって、ありがとうございました。
仰るとおり「昭和は元気だった」と思いますが、もう一つ、「昭和の頃は元気だった」とも思います。 それは私のことです。 今は血圧の薬を飲みながら2か月に一度医者に行っていますが、行くたびにあれが悪いこれが悪いと言われます。
言われるまでもなく、毎朝起きるのがつらいし、階段では息切れするし、重いものは持てないし・・・。 脳梗塞とか大動脈破裂というような突発的な事態はいつ起きるかも分からず、無理がききません。
そういうことをまったく考えずに動き回っていた自分の昭和時代が信じられません。
トイレのリフォームをお考えとか。 これまた私には無理で、一度しゃがんでしまったら、何かにつかまらない限り立ち上がれません。 でも、和式トイレはリキまなくても自然に出る優れたものだそうで、洋式の場合はただ坐っているだけではダメで、ときにはかなりリキまないと出ないという、身体工学に反する構造だと聞いたことがあります。 リキむというのは高血圧の年寄りには大変なリスクがあるそうですね。
ということで、和式派と様式派のバトルは今後も続きそうです。 ちいちゃんさんのリフォーム計画に反対のご家族とはしばらく論争が続くことでしょう。
と、またまたトイレの話になってしまいましたが、ちいちゃんさんが私のつまらぬ旅行記を丁寧に読んでくださって、嬉しい限りです。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人2022年09月18日08時26分 返信する -
砂じゃなくて砂金だったら
ねんきん老人さん、亡き奥様を想いながらの長い旅、読んでいてはらはらと涙がこぼれるほどではありませんが、やはり残された人の情には心に迫るものがあります。
恋人の聖地撲滅運動友の会を設立ならぜひ私も末席に加えてください。ゲロやおしっこをかけるほどではありませんが、私も人が見ていなければツバぐらいかけるかもしれません。観光客に高齢者が多くなったから迷わないような目印になるかもしれないけど、近年とってつけたような恋人の聖地の多いこと。グアムの恋人岬なんてかわいいほうです。
砂のコレクターというのは、甲子園球児以外もいらっしゃるんですね。新鮮な驚きです。砂金だったらお子様方はちょっと嬉しいかもしれません。
ちいちゃんとってつけたような・・・同感です。
ちいちゃんさん、こんにちは。
恋人の聖地撲滅委員会へのご入会申し込み、ありがとうございます。 早速会員認定をいたします。 これで4人目。 ますます力が湧いてきました。
ちいちゃんさんが、「近年とってつけたような恋人の聖地が多い」と仰ること、まさにその通りですね。 なんでもかんでも、無理にこじつけて聖地・聖地と騒ぐ商魂も嫌ですし、それにまんまと乗って記念写真など撮っている「恋人」たちを見るのもうんざりです。
グアムの恋人岬は50年以上前からあって、それなりに地元の秘話がもとになっているようで、まあまあいいのですが、日本ではグアムを真似てあちこちに「にわか恋人岬」ができ、その後高名なデザイナーを担ぎ出して「恋人の聖地」ができ、さらに「恋する灯台」などという意味不明の看板も立ち、もう日本全体が「恋人の集団飼育場」みたいになってしまいました。
そもそも恋というのは当事者二人の私事であって、人前で騒ぐものではないと思いますし、芸能人などが「妊娠会見」などと恥ずかしげもなくカメラの前でチャラチャラしているのを見ると、ここでもやっぱりゲロが出てしまうのです。
砂金のコレクションですか? 次の旅行は佐渡にしましょうか。 でも、旅費に見合うだけの砂金が獲れますかどうか? もし沢山とれたら、恋人の聖地撲滅委員会の活動資金にしたいと思います。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ねんきん老人2022年09月17日17時21分 返信する



