ゆっくさんのクチコミ(11ページ)全1,048件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:5.0
ヴィアドロローサの第7留にあたります。
第5留、第6留から続く道の終点、アーケードあるお土産屋やら市場の通りにぶつかった場所のため、もの凄い人通りとなります。
イエスが2度目に躓いた場所とされています。イエスの時代は、ここに城壁があり、この場所は、城門に該当する場所だそうです。当時はゴルゴダの丘は城壁の外だったんですね。
1階は人ひとり入れるくらいの小さなチャペルですが、上階にちゃんとした数人が入れる礼拝堂になっているとのことです。
第8留は、すぐ左隣の細い階段を登った先のコプト教会です。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:5.0
ヴィアドロローサの第5留にあたります。
カトリックの礼拝堂となります。たまたま通りかかったシレーネ(現在のリビア)のシモンが、イエスに代わり十字架を背負わされたという場所です。私が訪れた時は、礼拝堂の扉は閉まっており、中を確認することはできませんでした。礼拝堂の外壁にはイエスが倒れた際に手をついたと言われる岩が残されており、巡礼者達が触るため、岩が凹んだとのことです。
ヴィアドロローサは、ここから右折して、ゴルゴダの丘に向けて緩やかな狭い石畳の階段を登っていくこととなります。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:5.0
神殿の丘とオリーブ山との間の窪地です。敢えて、この谷を目指す人はいないかと思いますが、谷底に沿って大きな道路が走っていますので、旧市街やオリーブ山、ダビデの丘にある鶏鳴教会等を行き来する際には、必ず通ることとなるかと思います。
オリーブ山側を見るとユダヤ教徒の墓地が、神殿の丘側を見るとイスラム教徒の墓地が並んでいます。これは、最後の審判の日、死者が蘇り、この谷にて審判を受けるからだとか。良き者は、金門から神殿に入場できるそうです。この終末思想は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教共通とのことです。改めて歴史的宗教的に特別な景色だと思うと、考えさせられるものがありました。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:4.0
ヴィアドロローサの第6留にあたります。
ヴェロニカがイエスの顔を布で拭いた場所です。そのヴェロニカの家跡にギリシャ正教の教会が建てられています。第5留からゴルゴダの丘に向けて緩やかな狭い石畳の階段を登っていくこととなりますが、その途中にポツンとあります。おそらく、印がないと見落としてしまうかもしれません。私が訪れた時は、扉は閉まっており、中に入ることはできませんでした。
イエスの顔を拭いた布にはイエスの顔が浮かび上がったそうで、現物がバチカンのサンピエトロ大聖堂に安置されているとのことです。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:5.0
エルサレムの旧市街を取り囲む城壁にある8つの門のうち、東にある門です。門と言いながら数世紀に渡ってイスラム教徒によって閉ざされている門だそうです。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3宗教にとって重要な門で、最後の審判の日、オリーブ山に神が降り立ち、死者が復活し、良き人はこの門からエルサレムに入城できるそうです。ゆえにユダヤ教徒は、オリーブ山に復活後すぐ立ち上がれるようにこの門に足を向けて葬らるそうです。一方イスラム教徒は、逆にこの門に頭を門に向けて葬られており、復活したユダヤ教徒を入れないようにしているとのこと。神話と伝説と伝統と宗教と歴史が混じった、大変深い門だなと思いました。ちなみに、谷を挟んで門のちょうど真向かいにはファザードが美しいキリスト教の「万国民の教会」があります。
城壁のいくつかの門を訪れましたが、それぞれ門についている丸いレリーフの模様がすべて違っていることに、写真を整理中に気付きました。何か意味があるのかな。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:5.0
イスラエルのツアーに参加した際、エルサレムからガリラヤ湖方面に行く際のトイレ休憩で、誘惑の山が展望出来るお土産屋に停まりました。緑のない岩肌が露出した山で、麓から山頂に通じるロープウェイも走っているようです。
イエスが40日間の断食中に悪魔から誘惑されたものの、見事に跳ね返したとされる場所です。山腹には、追体験のために、ギリシャ正教の修道院が、崖にへばりつくように建っています。アップで見ると、バルコニーは岩山から飛び出ており、見ているこっちがハラハラしてしまいます。こんな絶壁での苦行だからこそ、断食や誘惑を克服できるのかなと思いました。ちなみに、聖書によるとイエスもエルサレムからガリラヤ湖方面に行く際に、誘惑の山を通ったとのことですが、我々は、その山を望みながら、お土産屋で、生ジュースやドライフルーツの試食をいただき、あっさりと誘惑に負けてしまいました。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:3.0
エルサレムの旧市街を取り囲む城壁にある8つの門のうち、南にある門の1つです。セキュリティもあり、岩のドームのある神殿の丘に行くためには、この門を通ることなります。イスラム教徒の管轄エリアのため、十字架や聖書、数珠といった他の宗教色が強いものは持ち込みNGだそうです。
門自体は普通の城壁の門で、華美な装飾もないです。名前の由来は、かつて排泄物の運び出しの門となっていた名残だそうですが、今はその面影も見当たりませんでした。むしろ、8つの門の中で、唯一大型車も出入りできる大きな門となっています。この周辺にモロッコからの移民が多かったためモロッコ門とも呼ばれるとのこと。
城壁のいくつかの門を訪れましたが、それぞれ門についている丸いレリーフの模様がすべて違っていることに、写真を見返して気付きました。何か意味があるのかな。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 3.0
-
投稿日 2020年06月21日
総合評価:5.0
旧市街の糞門(Dung Gate)が最寄りの入り口で、セキュリティチェックを受ける必要があります。イスラム教のエリアのため、十字架や聖書、数珠といった他の宗教色が強いものは持ち込みNGだそうです。
嘆きの壁を左に見ながら木の橋を渡ると、神殿の丘へ行きます。最初に目に入る建物がモスクがアル・アクサー・モスクです。神殿の外からは銀色のドームが目立っているかと思います。近くで見ると石造りで重厚で、かなり大きいです。
金色ドームの岩のドームはイスラム教の祖ムハンマドが神に会うために昇天した場所で、その際のムハンマドの足跡が残る岩を守っており、その礼拝堂としてアル・アクサー・モスクが建てられたとのこと。8世紀初めに建てられ、当時はメッカの方向ではなく、この方向にお祈りしていたとのことです。イスラム教徒以外はモスクの中には入れないとのことです。
このエリアはもとはユダヤ教の神殿があった場所ですが、今では管理はイスラム教徒が行っているため、ユダヤ教徒は今でも入場禁止だそうです。また、周辺国のイスラム教徒もイスラエルと国交がないため実質入れないそうです。モスクの周辺には多くの兵士が警戒にあたっており、テロ警戒のため集団を作ると注意されます。歴史と宗教の重みを感じる場所でした。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
ガリラヤ湖の北部はイエスが布教をした中心地であり、山上の垂訓教会、パンの奇跡の教会、ペトロ首位権の教会、カペナウムと言った、聖書に出てくる場所が数多くあります。これらは、数キロ圏内に集まっていますので、効率よく巡ることができます。
山上の垂訓教会は小高い丘にあるため、ガリラヤ湖が綺麗に見渡せました。また、ペトロ首位権の教会の裏からは、実際に湖畔に降りることもできます。
ガリラヤ湖周辺の街は、7世紀ごろにウマイヤ朝により破壊尽くされたとのことで、唯一残ったのがティベリアだけだそうで、今でもティベリアは大きな街です。ティベリアのレストランでは、聖書にも出てくるティラピア(セントピーターズフィッシュ)を食べることもできます。骨が多いですが、イエスも食べたと思うと、歴史をまさに噛みしめることができました。
ガリラヤ湖の対面に見える山々は、ゴラン高原。もうシリアなんですね。- 旅行時期
- 2018年11月
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
ガリラヤ湖北部に小高い丘にある1938年に建てられたカトリック教会です。ここでイエスは12人の弟子を選らび、そして、キリスト教の重要な教え(垂訓)を説いたとされています。
比較的こじんまりした教会ですが、8角形の壁のステンドグラスには8つの幸福の教えのフレーズがラテン語で記されており、祭壇はそれらに囲まれるように中央にありました。
ヨハネパウロ2世が訪れた際に寄贈した法衣もありました。
特筆すべきは教会そのものよりも風景だと思います。小高いなだらかな丘にあるため、雄大なガリラヤ湖も、そして対岸も見渡せ風光明媚です。風も心地良く心も穏やかになります。何時間でも滞在できそうです。ここで民を集め、教えを説くなんて、イエスはなかなかのプレゼンターだなと思いました。「汝の敵を愛せ」「狭き門より入れ」といったフレーズやお祈りもここで教えられたとのこと。身に沁みます。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
イエスが宣教の拠点とした街です。11世紀には町は放棄されたとのことで、ローマ時代の遺跡として残っています。さほど大きくないため、30分もかからずに一周できます。
当時のシナゴークも発掘されています。シナゴークの柱はローマ時代のものらしいのですが、その土台はイエス時代のものと確認されており、このシナゴークでイエスも教えを説いたと推測されているとのことです。
遺跡の中央に大きな近代的な建物がありますが、イエスの一番弟子ペトロの住居跡と言われている場所です。それを祈念し、上に教会が建てられています。教会内部の中央からは、床がガラス張りとなっており、ペトロの住居跡を上から眺めることができます。
また、教会の隣には、ペトロの像が建っています。足元には漁師であったことの象徴としてガリラヤ湖で獲れる魚が、左手にはイエスから引き継がれた羊飼いの杖を、右手には天国への2本のカギを持っています。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:3.0
エルサレムの旧市街を取り囲む城壁にある8つの門のうち、南にある門の1つです。セキュリティもあり、岩のドームのある神殿の丘に行くためには、この門を通ることなります。イスラム教徒の管轄エリアのため、十字架や聖書、数珠といった他の宗教色が強いものは持ち込みNGだそうです。
門自体は普通の城壁の門で、華美な装飾もないです。この周辺にモロッコからの移民が多かったためモロッコ門とも呼ばれるとのこと。また、別名糞門。かつて排泄物の運び出しの門となっていた名残だそうですが、今はその面影も見当たりませんでした。むしろ、8つの門の中で、唯一大型車も出入りできる大きな門となっています。
城壁のいくつかの門を訪れましたが、それぞれ門についている丸いレリーフの模様がすべて違っていることに、写真を見返して気付きました。何か意味があるのかな。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 3.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
ヴィアドロローサの第9留にあたります。
正式名称は、聖アントニオ教会。コプト教はエジプトで広まった原始キリスト教ですが、このアントニオはエジプト出身のキリスト教の聖人です。
第8留までは通りに面していましたが、第9留はイスラム街の商店街を右に折れ、小さな路地の階段を登っていきます。道なりに進むと、聖墳墓教会の屋根が見えてきます。ここは既にゴルゴダの丘にあたるらしく、ここでイエスは3度目に倒れたそうです。
曲がり角は注意してないと見逃すかと思います。私が訪れた時は巡礼者や観光客が急に周りに誰もいなくなったため、迷ってしまいました。しかも、教会は閉まっていたため袋小路状態となっており、先ほどまで雑踏だったのに静かで、しかも依然IS国にコプト教信者が斬首されたというニュースも聞いていたので、申し訳ないですが、杞憂だと思いつつ、非常に怖く感じました。
本来、コプト教会からエチオピア教会やアルメニア教会を通って、第10留の聖墳墓教会に辿り着くらしいのですが、ここでUターンして、聖墳墓教会の正面からトライすることとしました。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
ヴィアドロローサの第3留にあたります。
隣接して第4留もあります。旧市街のメインストリートの一つだと思われるので、お土産屋も多く、人通りも多いです。
イエスが最初に倒れた場所で、教会の入り口、そして内部にも、それらをモチーフにしたレリーフが飾られています。教会と言うよりも、こじんまりした礼拝堂的な感じですので、もし団体ツアーがいますと、中には確実に入れません。
アルメニアは黒海とカスピ海の間の国で、4世紀に世界で初めてキリスト教を国教とした国だそうです。ローマ帝国、ペルシャ帝国、オスマン帝国、ロシア帝国と次々に侵略され迫害されたものの、アルメニア人によってキリスト教は守り続けられ、独自に進化しアルメニア正教となりました。そして、その後、ローマカトリックの教義も取り入れることで、アルメニア正教の分派として、アルメニアカトリックが誕生したとのことです。アルメニア人は、ユダヤ人同様に世界中に離散しているそうで、この教会は、ポーランドのアルメニア人によって建てられたそうです。ちなみに、お隣の第4留である苦悩の母マリア教会は、アルメニア正教の教会です。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:4.0
シオン門を出て、そのまま南に進むと徒歩数分で到着します。城壁を出ていますが、似たような壁が続くので、なんとなく城壁内にいる感じ。それもそのはず、イエスの時代は、ここまで城壁内にあったとのことです。
建物の前にはサウル王を癒した竪琴を持ったダビデ王の銅像が迎えてくれます。セキュリティ等はなく、キッパも本来は被らなければならないのかもしれませんが、被らなくても特に注意は受けませんでした。棺は大きく、中央で男女で仕切られています。我々が訪問した時は、ちょうど一人の信者の方が歌いながら、常に飛び跳ねており、熱心にお祈りをしていました。
ダビデ王は、紀元前10世紀ごろに、エルサレムを首都に決めたイスラエルの王で、今でいう神殿の丘に最初に神殿を築いた王です。
エルサレムの祖となる墓ですので、イエスの聖墳墓教会並みの荘厳さをイメージしていましたが、意外なほどに質素な建物でした。この場所も幾度となく戦いの末、破壊と再建が行われ、現在の建物は、11世紀に建てられた十字軍の教会跡らしく、更に16世紀にはモスクに改良されたそうです。なお、この建物の2階が、イエスの最後の晩餐の場所です。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
オリーブ山の中腹。万国民の教会から、細い路地を登っていくと10分程で到着です。徒歩で行く場合は、ものすごい坂ですので、健脚必須です。この路地は、細くて急こう配にも関わらず、車も通りますので気を付けて。
1955年に建てられた涙の形を模したという教会です。カトリックの教会です。イエスが、オリーブ山の東側のベタニアという街から、オリーブ山を越えてエルサレムに入城する際、今後のエルサレムの陥落を予見して涙したことを祈念して建てられた教会です。30年後にローマ軍とのユダヤ戦争により、エルサレム神殿は焼失し、それを期にユダヤ人はエルサレムを追放され世界中に離散することになります。その神殿の名残が嘆きの壁となるわけですね。
教会内部の祭壇の窓から旧市街方面を眺めると、イスラム教の岩のドームが、ちょうど祭壇の窓の十字架と重なって見えるつくりとなっています。ユダヤ教の神殿跡に建つ、イスラム教の岩のドームを、キリスト教の教会の十字架越しに見ると、この地の歴史的宗教的の重要さがひしひしと伝わってきます。
なお、天井は金色で、4方面にはレリーフがあり、祭壇の上のレリーフは、ロバに乗ったエルサレム入城の際のシーンです。また、庭には、イエス時代と言われるお墓の遺跡もありました。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
ガリラヤ湖畔に建つ1943年に建てられたカトリック教会です。磔後のイエスが復活し弟子たちの前に現れてパンを与えた場所となります。
比較的こじんまりした教会ですが、黒い石で出来ており、重厚です。祭壇には、パンを与えたと言われる岩が祀られており、「メンザクリスティ(キリストの食卓という意)」と掲げられていました。
食事後、イエスは自分の後継者としてペトロを指名します。その瞬間を模した像が教会の隣に建っています。ペトロが一番弟子として首位権を得たということになるわけですね。歴代ローマ教皇はその首位権を引き継いでいるとのことで、就任すると、この教会を訪れるそうです。
教会の裏側は、すぐガリラヤ湖となっています。実に雄大でまるで海です。砂浜(石浜)に降りることもでき、直に湖水にも触れることもできます。漁をしていたペトロ兄弟にイエスが初めて声をかけた場所も、ここだそうです。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:4.0
ヴィアドロローサの第4留にあたります。
隣接して第3留もあります。旧市街のメインストリートの一つだと思われるので、お土産屋も多く、人通りも多いです。
マリアが十字架を背負ったイエスを最初に見たとされる場所です。アルメニア人によって建てられた教会です。アルメニアは黒海とカスピ海の間の国で、4世紀に世界で初めてキリスト教を国教としたそうです。ローマ帝国、ペルシャ帝国、オスマン帝国、ロシア帝国と次々に侵略され迫害されたものの、アルメニア人によって守り続けられたキリスト教が独自に進化しアルメニア正教となったそうです。アルメニア人は、ユダヤ人同様に世界中に離散しているとのことなので、それが苦悩のマリアに反映されているのかなと思いました。
敷地の扉は空いてましたが、平日だったものの、ごミサ中ということで、教会内部には入れませんでした。- 旅行時期
- 2018年11月
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 1.0
- 展示内容:
- 3.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
ヴィアドロローサの第2留にあたります。
第1留は小学校の敷地内とのことで、小学校に入れない時は、実質、ここからがスタートとなります。イエスが死刑判決を受けた後(第1留)、鞭で打たれ十字架を背負った場所となります。
教会の入口は通りに面していないため、アーチ(エッケホモアーチとは別のライオン門方面へ一つ手前のアーチ)がある傍の入り口から中庭に入ると教会があります。カトリックの教会となります。ヴィアドロローサの丸い黒標は、外にあるので、一瞬、迷ってしまいました。なお、私が訪れた時は、平日でしたが、ちょうどミサの最中とのことで、教会内部には入れませんでした。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2020年06月20日
総合評価:5.0
シオン門を出て、そのまま南に進むと徒歩数分で到着します。城壁を出ていますが、似たような壁が続くので、なんとなく城壁内にいる感じ。それもそのはず、イエスの時代は、ここまで城壁内にあったとのことです。
マリア永眠教会は、かなり大きく青い屋根と尖塔が特徴的で、エルサレムでも最大規模の教会だそうです。実際、オリーブ山からもはっきり見えてました。1910年に完成したネオロマネスク様式で、歴史の古いエルサレムにおいては、比較的新しく感じます。入り口の装飾が女性らしさを感じます。晩年、この辺りでマリアは過ごしていたことを祈念しているそうです。
天井が高いですが、礼拝堂は、さほど大きくなく50名も入るといっぱいではないでしょうか。正面の祭壇の上には金色の聖母子のモザイク画があり、その周りにも、金色モザイクで様々な場面が描かれています。どこかしら、イスラームな感じがします。
おそらく観光客のメインは地下にあるマリア像だと思います。マリアの棺かなと思いましたが、マリアの墓は、オリーブ山にある教会にあるそうです。桜の木で作られたという像が中央に座しており、天井は、イエスのモザイク画が装飾されています。また、周りの壁には、マリアをモチーフにした祭壇が多数あります。- 旅行時期
- 2018年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 5.0









































































