たびたびさんのクチコミ(2075ページ)全42,525件
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- 基本情報
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投稿日 2012年09月07日
総合評価:4.0
琴平駅は、JR四国、土讃線の駅。木造で、少しおしゃれな駅舎です。琴平の玄関口にあたるのですが、降り立つと観光地にしては構内はちょっと閑散として寂しい感じ。周囲も賑やかな感じはなくて、どうしたのかなと思ってしまいましたが、駅前の道路をまっすぐ行くとほどなく琴電琴平駅。これを過ぎると、中心部の街に入っていきます。
さて、ここから高松へは多度津経由になりまして、時間帯によっては、多度津で乗り換え。(琴電だと築港高松まで直行で、約1時間。)しかし、隣りの善通寺、多度津の先には丸亀と、観光地が比較的ありますので、JR沿線のぶらり旅もお勧めです。- 旅行時期
- 2009年10月
- 施設の快適度:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2012年09月07日
総合評価:4.5
金刀比羅宮表書院は、石段の参道中ほどにあります。門の向こうに見える重厚な建物、玄関の大きさが格式を感じさせます。建築は17世紀半ば。金毘羅の別当金光院が応接の場として用いた客殿です。ただ、ここの目玉は円山応挙の障壁画。応挙晩年の頃の作だということで、京都の三井家から資金援助を得たものだとか。周り廊下から、豪華な室内をのぞいて見るのですが、水墨画の渋い間とコテコテに飾り立てた最奥の間の障壁画はいずれも、手を抜かない、応挙らしい絵だと思いました。この日は、さらに私的な部分の特別公開も行われていまして、岸岱、伊藤若冲の間もかなりの迫力。さすがです。
- 旅行時期
- 2009年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.0
天童は、織田信長の子孫が治めていた織田藩のあったところ。ただ、実際は、細かく分割されていまして、飛び地もあったりの貧乏藩。それで内職の将棋の駒作りとか、家来に褒美を与える必要もあって広重と親しくして、絵をもらっていたり。しかし、そういう経緯があって、天童の伝統文化に引き継がれています。で、最近発見されたというのが織田信長公の肖像画。織田家の菩提寺、三宝寺で見つかりました。この絵は、信長の実像に近いという判定もあって、天童の観光案内所の方は興奮気味に話してくれました。寺の中にあるこの建物に安置されていまして、拝観はできませんが、このようにお参りは出来ます。
- 旅行時期
- 2009年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.0
御徒町駅南口を出て歩いて3分。ラーメン横丁の中にあるラーメン屋さん。看板を見ると、「辛うま」と書いてあって、辛いのが売りのラーメンなんですね。私は、辛いのが苦手なので、入り口の辺りで躊躇していたら、お店の人が出てきて、「みそラーメンなら、辛いの抑えてます。どうぞ。」と促されて、入ることに。
野菜がたっぷり煮込んであって、辛い味噌味のスープがたっぷり。始めはちょっと、それでも辛い味に馴染めませんでしたが、食べているうちに大丈夫なりました。
ちなみに、看板で辛いのに躊躇する客は私だけではないようで、他の客にも、店員さんが辛くないのはこれですと丁寧に説明していました。辛いので、人気が出たお店だと思いますが、それはそれで苦労があるようです。
それと、店員さんは、皆さん元気があって、気持ちいいです。- 旅行時期
- 2012年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 観光客向け度:
- 3.5
-
投稿日 2012年09月04日
総合評価:5.0
寂光院は天台宗の尼寺。聖徳太子が父用明天皇の菩提を弔うために建立されたのが起源です。ただ、最も有名なのは、平清盛の息女であり、壇ノ浦で亡くなった安徳天皇の母でもある建禮門院徳子にまつわる物語。平家物語でも、寂光院に入った建禮門院を後白河法皇が対面する場面は、平家の栄枯盛衰に涙を誘われるクライマックスです。本堂は、火災で焼失しましたが、りっぱに再建。本尊の体内にあったという地蔵菩薩の小像も別の展示室に安置されています。
なお、右手奥にある浅い池の庭園も、錦鯉が優雅に泳いで、美しい。これもお勧めですね。- 旅行時期
- 2009年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
寒い冬の日の鴨川にも霜が降りて、河原は真っ白になっていました
投稿日 2012年09月04日
総合評価:5.0
写真は上賀茂神社のあたり。寒い冬の日の鴨川にも霜が降りて、河原は真っ白になっていました。正確には、ここ辺りは賀茂川。ここから、桜並木で有名な半木の道を下って出町柳の付近に至ると、大原の方から下ってくる高野川と合流して、鴨川となります。合流地点には、これも世界遺産の「下鴨神社」神社がありますが、上賀茂神社とは合同で行われる葵祭。結びつきには深いものがあります。歩くと1時間くらいはかかるほど離れていますが、ジョギングの道がずっと続いていまして、広々とした川沿いを行く人の往来はけっこう活発。京都らしいエリアの一つです。
- 旅行時期
- 2009年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:5.0
丸尾の滝は、霧島温泉郷丸尾温泉街の外れの国道脇。霧島神宮から丸尾温泉に向かうバスの車窓からこの素晴らしい景色が見えたので、バックしてじっくり観光。それにしても華やかで美しい滝です。高さ20m、流れ落ちる水は温泉のように硫黄分を含んでいるのでしょうか、滝壺の色は明るいブルー。滝を落とす崖は角柱を集めたような、整った岩肌。これに日が当たると赤っぽい色になるので、全体としてのコントラストは抜群。見飽きませんね。
なお、傍らには休憩所や駐車スペースもあるので、ちょっと寄り道している人も大勢いました。- 旅行時期
- 2009年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.5
この日は、建国記念日。霧島神宮の境内では神社に奉納するための「霧島九面太鼓」が始まりました。この「霧島九面太鼓」は地元の若者による創作太鼓なのですが、その内容は霧島神宮の御祭神(アメニギシクニニギシ アマツヒタカ ヒコホノニニギノミコト)がアマテラスの命により、サルタヒコの道案内を得て、霧島山高千穂峰に天降った光景を表したもの。奏者が付けている天狗の面は、霧島神宮の宝物として保存されている九つの面。奏者がだんだんに人数を増やして、力強い演奏で盛り上がっていくと、こちらも鳥肌が立つよう。市の指定民俗文化財ともなっています。
なお、終わって、面をとったメンバーを見たら女性ばかり、これにも二度びっくりでした。- 旅行時期
- 2009年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.0
藩校明倫館明倫館(めいりんかん)は、長州藩の藩校です。かつての門が残っていまして、往時の姿をそれなりに偲べますが、今は、萩市立明倫小学校の敷地内。ただし、この明倫小学校自体が歴史ある木造風で、やはり伝統の重みがあるのかなあと感心してしまいました。藩校としては、水戸藩の弘道館、岡山藩の閑谷黌と並び、日本三大学府の一つと称されたとのことですが、地元ではさておき、全国的にはやはり松下村塾の名前が有名ですので、ここを訪れる観光客は限られるようです。
- 旅行時期
- 2009年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2012年09月06日
総合評価:5.0
銀閣寺は、足利義政によって建てられた東山文化を象徴する建物。開山は夢窓疎石となっていますが、時代は違います。夢窓疎石の造った名高い庭、苔寺庭園などは、当時、女人禁制だったため、義正の母に見せられないので、代わりにこの銀閣寺を造ったという話もあるくらいですので、夢窓疎石にあやかろうとしたのかもしれません。庭内には、国宝東求堂。また、銀閣の前にある砂の造型、向月台に銀沙灘。これは後世、多分、江戸期から造られたもの。名庭であっても、時代の流れとともに変化していくことが大事。すばらしい要素をふんだんに持つ庭園です。
- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月06日
総合評価:4.5
「うだつ」とは、あの「うだつがあがらない」の「うだつ」。これは隣家との境界に取り付けられた土造りの防火壁のことで、一階の屋根の上に造られています。これを造るには相当の費用がかかったため、裕福な家しか設けることができなかったことから、富の象徴だったというわけです。徳島にはいくつかこの「うだつ」の町並みが残っていて、美馬市脇町に残るものが一番規模が大きく、有名なのですが、ここ三好市池田町も、タバコの産地として、繁栄した時代があり、27軒のうだつの建物が残っています。阿波池田駅から歩いて10分。この町並みだけではなく、池田町の現在の商店街なども、老舗の旅館などどことなくかつての賑わいが感じられ、これもお勧めです。
- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2012年09月06日
総合評価:4.0
平家屋敷は、平家の落人が祖先の家。祖先は堀川内記。安徳帝の御典医であり、平家が都落ちした際には、安徳帝に従い、屋島に逃げのびたという人物です。平家が滅亡した後は、ここ祖谷に隠れることとなりますが、薬草の知識があったため、祖谷の山野に自生する薬草を採取、付近の住民に施したといいます。後に、蜂須賀公が阿波に入ってきた際、反旗を翻がえしたのですが、最後は許され、家をつなぐことになったとか。反骨精神というか、運もあったのでしょう。隠れ里ではありますが、庭からは付近の山々が遠く見渡せました。
- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月06日
総合評価:5.0
かずら橋は、日本三奇橋の一つであり、祖谷のシンボル。「風もないのにゆらゆら揺れる」とはよく歌ったもので、長さ45m、幅2m、谷からの高さ14mの橋は、渡る人の体の動きで本当によく揺れます。足場は、木の間から、真下の谷が見えるので、慎重に足元を見て渡るのも怖いし、ある意味やっかいです。なので、観光客は皆さんキャーキャー言いながら渡ることになります。落人伝説の村だけに、追手が迫ってもすぐ切り落とせるように葛を使って作ったとのことですが、弘法大師が祖谷に来て、困っている村民のために架けたとかの説もあるようです。
- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年09月06日
総合評価:5.0
小便小僧は、祖谷街道中でもいちばんの難所といわれる七曲にあります。谷底までは200mの高さ。深い谷を蛇行する川の流れは「ひ」の字になっています。旅人が岩の上に立ち度胸試しをしたと言うのですが、そんな場所に、この小便小僧とは。誰が考えたのか、とんちの利いた愉快な発想ですね。高所恐怖症の私でも、この絶景には怖さを忘れて、見入ってしまいました。向かいには秘湯として有名な祖谷温泉と温泉場に下りていくケーブルカー。以前入りましたが、ぬるくて。冬場は避けたほうがいいでしょう。
- 旅行時期
- 2009年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.0
貝掛温泉は、上越新幹線越後湯沢駅からバスで約20分。連絡をしておくと、バス停まで迎えに来てくれます。途中、川を渡るのですが、その橋は宿の専用だとか。割と大きめの川ですが、さらさらと水の流れがきれいでした。温泉は、秘湯の会員なのですが、こうして来ると、とても楽ですね。宣伝では、貝掛温泉の名前の入った提灯が照らす、川沿いの露天風呂が出ていましたが、ちょっと、温度は低めでしょうか。効能は目に効くというのですが、無色透明。私的には室内の石風呂が気に入りました。青い石で、端正に造られた、湯舟がさわやか。掛け流しの湯量も十分です。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 泉質:
- 4.5
- 雰囲気:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
みなとぴあは、新潟市の歴史博物館です。万代橋辺りから、歩きましたが、信濃川に沿った遊歩道を散歩がてらに歩いて30分くらい。新潟の歴史を概観するには、ここがぴったり。新潟は、江戸の鎖国が解かれ、開港した全国5港の一つ。しかし、長崎や函館のような、バタ臭いイメージからは遠いですね。開港はされたのですが、砂地で、海が浅いため、大型の船の入港が出来なかったため、敬遠されたのだそうです。博物館の本館は二代目新潟市庁舎を模したモダンな建物。ほかには、銀行の支店建物も。写真は、敷地内にある旧税関です。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
史料館には継之助の戦略、最新式武器の知識や、若い頃の諸国遍歴の旅についての資料も
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.0
長岡市郷土史料館は、長岡駅からバスで。このお城を復元した建物は、山全体が公園になっている悠久山公園の高台にありますので、バス停から降りても、少し歩きます。で、私のお目当ては、河井継之助。河井継之助は、7万4千石の小藩長岡藩の家老。戊辰戦争にあたり、当初は開戦を避けながらも、新政府軍の無理押しに開戦を余儀なくされ、長岡城を奪われますが、敵の意表をつく八丁沖渡沼作戦により長岡城を奪還するという快挙を成し遂げました。史料館には継之助の戦略、最新式武器の知識や、若い頃の諸国遍歴の旅についての資料もあり、充実しています。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
北方文化博物館は、江戸の中期から250年の歴史を持つ、豪農「伊藤家」の屋敷を博物館にしたもの。伊藤家は、分家した百姓からスタートし、藍、雑穀、質屋、倉庫業など豪商としての成長も経ながら、明治の後期には、所有地が約1,400町歩、番頭は7~8人、屋敷には約60人が暮らしていたということです。しかし、お屋敷は、ちょっと常識では考えられないほどの広さ。100畳敷の大広間というのがあるのですが、屋敷全体が広いので、普通の広間に感じてしまいます。これに沿って、出来た日本庭園も桁外れ。大名庭園とも寺院庭園とも違って、豪農文化といったジャンルが確かにあるようですね。料金は550円。バスで訪ねましたが、本数も少なく、交通の便はイマイチです。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
レインボータワーは、新潟市中央区万代シテイのバスセンタービル内にあります。とにかく、細長い高さと虹の色に染められた色彩が目を引きます。旅行のパンフレットで見た時は何か分からなかったのですが、実は、これは、昇降回転式展望台。可動式の展望台が、ゆっくり回転しながら上って行くのですが、高さは100メートルもありますし、高所恐怖症の私としては、まず無理。二階建てで定員は60人なので、見た目ほど小さくはないのですが、やはり足がすくみますね。そのような方には朱鷺メッセの方をお勧めします。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.0
白山公園は、新潟市役所の隣りにある市民公園。その一角に、燕喜館という建物がありました。燕喜館は、江戸期に福井県から新潟に移住して来た斎藤家の邸宅だったものを移築再建したものだとか。斎藤家は、代々大地主で酒問屋を営むという裕福な家。明治期に建てた建物は、外光をいっぱいに取り入れる工夫もあって、豪華とか贅沢なだけではなく、住まいとしての視点もしっかりあります。欄間や天井のデザインも、施主の上品で洗練された趣味が光っていました。繊細で京都風のデザインは、同時代の神坂雪花に似ていましたが、聞いてもちょっと分かりませんでした。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5























