ワンダラーさんのクチコミ(31ページ)全1,714件
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投稿日 2020年07月31日
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投稿日 2020年07月31日
総合評価:4.0
ずばり金沢の名を名乗る金澤神社は、金沢市内の神社めぐりには落とせない。
江戸時代の文政3年藩主前田斉広公によって、竹沢御殿の鎮守として創建されたという。
江戸時代は参拝が難しく、一般の参詣は例祭 に婦人童児のみが許されたという。
兼六園が一般に開放された明治7年に金澤神社と改称されたようだ。
ネーミングが良く、兼六園に接する立地なので、金沢市を代表する神社の一つになったようだ。
また、菅原道真公をお祀りする天神様ということも、親しみを感じる源のようだ。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2020年07月31日
総合評価:4.0
現在の石浦神社の創建は金沢で最も古く、古墳時代の547年とされる。
金沢最古の宮として最初は三輪神社の称号で始り、奈良時代には神仏習合で石浦山慈光院長谷寺と称される時代を経て、 江戸時代には石浦山王、石浦大権現と呼ばれたという。
明治の神仏分離令により地名から石浦神社と改称し、大国主大神ほかを祀り 縁結び・家内安全などのご利益があるという。
石の鳥居も古めかしく、のべ15世紀もつづいた有難味が感じられる境内だ。
兼六園の正門からも近く、21世紀美術館見学のついでにも立ち寄りお参りし易い立地で人気が出たように感じられる。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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二の丸を守る堀そのものは見栄えしないが、石垣や長屋等の防御建物が美しく映える
投稿日 2020年07月31日
総合評価:3.5
金沢城の本丸は南側であるが、その北、お城の中央に二の丸がある。
その二の丸を守るのが内堀で、堀そのものは現在は見栄えしないが、石垣や修復工事が完了した長屋等の防御建物が美しく水面に映える様は、絵になる景色だ。- 旅行時期
- 2020年07月
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2020年07月31日
総合評価:4.0
金沢城の堀は、一部が大手堀など残っているが、南側いもり堀も現存する。
周囲に建物がないので開放的な景色である。
昔の幅の半分くらいだそうで、埋め立てられた脇を車道が走っているので、早朝など車が少ない時間帯が見ごたえがある。
城内の森、法面の草、空を映す水面と、静かだと市内の喧騒を忘れるような場所。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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金沢城公園の北西、近江町市場近くに鎮座する、東照大権現をお祀りする金沢の東照宮
投稿日 2020年07月31日
総合評価:4.5
金沢城公園の北西、近江町市場近くに鎮座する、東照大権現ほかをお祀りし、金沢東照宮とも言われている。
1643年(寛永20年)加賀藩藩主前田光高が金沢城北の丸に東照三所大権現社として建立したとされる。
前田光高は、藩祖前田利家から4代目にあたり、母が第2代将軍徳川秀忠の娘・珠姫(天徳院)、正室も第3代将軍徳川家光の養女とされる。
そこで、曽祖父である徳川家康公(東照大権現)をお祀りする神社を城内につくったようだ。
詳細は知らないが、徳川幕府に対する帰順姿勢を示す必要があったのかも知れない
明治7年に神仏分離により尾崎神社と改称、さらにに移転、移築されたとはいえ、国の重要文化財に指定されいる。
400年近く前の建物で、塗替え頻度が少ないようで日光東照宮ほどの派手さはなく、しっとりと風景に溶け込んでいる様が、親しみやすく感じる。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 4.0
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投稿日 2020年07月26日
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百万石通りの西の住宅街にある赤レンガの玉川図書館の南側、鞍月用水までの広い公園
投稿日 2020年07月25日
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金沢城の西を流れる、犀川からの用水。街中にせせらぎの景観が。
投稿日 2020年07月25日
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投稿日 2020年07月25日
総合評価:3.0
幕末の1852年(嘉永5年)に建築という二階建て町家建築で、金沢市指定保存建造物になっている。一見、古色蒼然に見えてしまう。
しかし福久屋石黒傳六商店は、当代で二十代も続くという薬屋ということで、現在の建築からすれば大きくはないが、竣工したころには立派な商家の建物だったのであろうと感じる。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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前田藩六代藩主 吉徳の家来の屋敷跡を整備した日本庭園風公園。
投稿日 2020年07月25日
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投稿日 2020年07月25日
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投稿日 2020年07月25日
総合評価:4.0
金沢城下は浅野川左岸に広がるが、金沢城西側を防御する延長1,600mに及ぶ内堀と構えの遺構が、緑水苑の緑地に保存されている。
北から浅野川を渡って攻めてくる軍勢に対し、河岸段丘の斜面と内堀の土塁に設けた惣構えで防御する考えだったようだ。下から登る敵兵には不利な戦いが強いられる。
斜面を緑地として保全しているには、良い都市景観をつくっている。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2020年07月25日
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前田藩三代目藩主利常公の位牌を守り現在も安置しているという格式のお寺さん
投稿日 2020年07月25日
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投稿日 2020年07月25日
総合評価:3.5
前田藩12代藩主は、浅野川を隔てた東山地区に妓楼を置くことを許可したという。
その後、学問の神様とされる菅原道真公を祀り、ここで働く芸妓たちの守り神とするとともに、ひがし茶屋街の鎮守社として創建されたのが、「東山菅原神社」という。
茶屋の旦那衆は、推測するに相当に儲かっており、穿ってみるならば、上流の客を迎える芸妓たちの水準を高めることでさらなる商売繁盛を神頼みしていたのではないだろうか。
結果、今日まで伝統的な地区が続いて、今日も観光面で繁盛しているので、菅原道真公も支援なさっているように感じる。
一対のうち、「オスの狛犬の頭をなでると、女性は幸せになれるという伝説」がつくられ、「良縁の松」というのもあって、女性のパワースポットにもなっているらしい。
隣にある宇多須神社の末社という位置付けになるという。- 旅行時期
- 2020年07月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年07月25日
総合評価:3.5
「宇多須神社」の由緒は、石川県神社庁によると
『本社は通称毘沙門さんと云う。佐和田川(今の浅野川)の辺の小丘から出た古鏡の裏面に卯と辰との紋様があったので卯辰神とし、養老2年(今から1250年以上)多聞天社と称して創建された。また藩祖前田利家公を卯辰八幡宮と称して祀ってあり代々藩主の祈祷所として崇敬篤かった。・・・』とある。
一方、写真の鳥居前には
『宇多須神社は慶長4年(1599年)二代目藩主前田利長公が金沢城の鬼門の方角の当地に前田利家公をお祀りした、元の加賀藩社「卯辰八幡宮」です。』とある。
併せて考えると、養老2年に多聞天社と称して創建された神社を元に、加賀藩が大拡張したように考えるのが合理的なようだ。
この地は、東山というのに平らな感じで不審に感じていたが、宇多須神社は小高くなっていて、ここが東山の地名の元祖なのであろう。- 旅行時期
- 2020年07月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2020年07月25日
総合評価:3.5
ひがし茶屋街のメインストリートにあった伝統的な茶屋の店舗建物を保存しつつ、金箔関連商品の店舗として活用している。
メインストリートに面した主屋は、木造二階建て、一部三階建て、瓦葺という。
道路側を見ると、一階は縦のラインが特徴的な意匠の出格子と玄関になっている。
二階は雨戸と戸袋があって、一階には金属葺きらしい可愛い庇が出ている。
間取りは、間口の割りに奥に長いのが特徴と言い、一階は正面の玄関、店の間、茶の間、中の間、奥の間と続き、二階は、前座敷、階段の間、奥座敷、離れなどがあるという。
金沢市指定文化財である重要伝統的建造物を改造せずに店舗として活用していくのは苦労が多かろうが、観光客向けに商売ができれば、結果、維持費用なども捻出できて、保存に役立つように感じる。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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昔は観光名所ではなかったと思うが、インスタ映えの時代の流れか
投稿日 2020年07月25日
総合評価:4.0
近年、観光ポスターや映像で、ひがし茶屋街の画像を見受けることが多い。
昔は、そんな大観光地ではなかった記憶で、2001年に伝統的建造物群保存地区に指定されて人気が出たのか?
金沢市は50年来何度も訪問しているが、初めて散歩してみる。
折からのコロナ感染での観光自粛と雨が重なり、観光客は少なかった。
お蔭で、観光ポスターのような空いた状態のひがし茶屋街を見ることができた。
確かに街区として茶屋の建物の保存は良いが、道路の石畳舗装は立派過ぎるように感じる。観光資源としたい気持ちは理解できるが、当時はこんな道路ではなかっただろう。- 旅行時期
- 2020年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2020年07月25日







































