ワンダラーさんのクチコミ(34ページ)全1,714件
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投稿日 2020年04月27日
総合評価:2.5
青梅街道と言えば、甲州街道(現在の国道20号線)の新宿区から甲府市までのバイパスにもなる青梅市や柳沢峠越えの街道である。青梅市から甲府までは国道411号線になっているが、新宿から青梅まではいくつかの都道を渡って行く。
新宿大ガード西口から田無の手前の田無町一丁目交差点までは都道4号線で、この道は交差点を直進して所沢街道(旧秩父道)と名前を変える。すぐ先の北原交差点から西に分岐する都道5号線BPが「新青梅街道」で、田無の宿場町をバイパスして青梅市に直行する。
北原交差点から東の新青梅街道は都道245号線で杉並区井草に、さらに都道44号線と名を変えて西落合一丁目で目白通りになる。
北原交差点から西は4車線で走り易いが、東は2車線(片側は1.5車線くらい)で、走りにくい。どうせつくるのであれば、あと4mくらい幅員を広げてつくっていれば、相当に車の捌きが良くなったと思うと、残念に感じる道路だ。- 旅行時期
- 2020年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 1.5
- 見ごたえ:
- 2.5
-
投稿日 2020年04月27日
総合評価:3.5
言わずと知れた京都の伏見稲荷大社に対する関東の東伏見稲荷神社ではあるが、実は創建は新しく、1929年(昭和4年)に稲荷神の総本社である伏見稲荷大社から分霊を勧請して創建されたという。
西東京市の地名としても定着し、西武新宿線の駅名(上保谷から改称)にもなっており、有名である。
西武新宿線の東伏見駅のすぐ南西に一ノ鳥居があって、線路沿いに参道が西に続く。
参道は途中の鳥居から南西の青梅街道方向に向かい、現在は新しい都道233号線で分断されている。
正面は南の青梅街道側で、参拝者用の駐車場から一段上がった高台に、立派な拝殿ほかが鎮座している。歴史が短いと、なんとなく有難みも少なく感じてしまうのは小生だけかもしれないが、寺社仏閣は歴史が長い方が趣があるように感じる。- 旅行時期
- 2020年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2020年04月27日
総合評価:3.0
青梅街道と言えば、甲州街道(現在の国道20号線)の新宿区から甲府市までのバイパスにもなる青梅市や柳沢峠越えの街道である。青梅市から甲府までは国道411号線になっているが、新宿から青梅まではいくつかの都道を渡って行く。
新宿大ガード西口から田無の手前の田無町一丁目交差点までは都道4号線で、この道は交差点を直進して所沢街道(旧秩父道)と名前を変える。すぐ先の北原交差点から西に分岐する都道5号線BPが新青梅街道で、田無の宿場町をバイパスして青梅市に直行する。
田無町一丁目交差点から西に分岐するかたちの細い道が青梅街道でこちらも都道5号線で、田無の旧宿場町の中を縫って西に、各宿場を経て青梅に向かう。
田無宿入口には田無神社が鎮座している。
新青梅街道の北原交差点から西は4車線あるのに、青梅街道は旧青梅街道の名残を残す2車線で、信号も多く、踏切もあって走りにくい。- 旅行時期
- 2020年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 2.5
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青梅街道鍋屋横丁から中野区杉並区を通り、ここ石神井から所沢に行く古道
投稿日 2020年04月27日
総合評価:3.0
所澤道は、青梅街道鍋屋横丁から中野区(中野駅付近)、杉並区(旧早稲田通り)を通り、ここ石神井から西方へ、西東京市などを経て所沢に行く古道。
環七の大和陸橋付近からここのJA前の交差点までは、定期バスが通る都道25号線として概ね現存し通行も多い。
練馬区内に入る八成橋は千川上水(現在は千川通り脇の暗渠)に掛かっていた橋の名で、北西に進んで豊島橋で石神井川を渡り、突き当たった禅定院で西に折れて、この付近、三方字池の南側、旧石神井城の南麓の寺社群の前を通っている。
現在は、石神井図書館の南側の道路端に、写真の石碑と、教育委員会の解説板が建てられ、昔が偲ばれる。この付近の南側、石神井川の両岸は昭和30年代までは水田地帯で、現在は団地や密集住宅地で面影はないが、石神井城の小山の森と、田んぼとの境目を旅人が辿っていたのであろう。- 旅行時期
- 2020年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2020年04月26日
-
新型コロナ自粛で、店内での飲食禁止でも大繁盛
投稿日 2020年04月25日
総合評価:3.0
新型コロナウィルス感染予防のため、都内の飲食店は夜間営業のみ自粛であるが、マクドナルドは、昼間も店内での飲食禁止に踏み切った。味に自信がある証拠であろう。
ここ西武池袋線東伏見駅前のマックもテイクアウト客で大繁盛。レジ3台で客列を捌いている。
客席には使用禁止の表示があるが、店のすぐ脇にベンチがあるので、お天気さえ良ければ(通行人の人目はあるが)、そこでテイクアウトメニューを食べることも可能なのでグッド。すぐに食べれば、味は落ちていない。
食事後は、店の分別ゴミ箱に捨てるのも可能。- 旅行時期
- 2020年04月
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 4.5
- サービス:
- 3.0
- 雰囲気:
- 3.0
- 料理・味:
- 3.0
-
投稿日 2020年03月31日
総合評価:3.5
西武池袋線・都営大江戸線の練馬駅から、南側の千川通りを渡った商店街のすぐ裏手に、ひっそりと建つ。
『江戸時代初期の正保2年、当地に飛来した三羽の鶴の霊を祀り、のち和泉国一宮大鳥神社の御分霊を勧請し創建された。』とホームページにある由緒ある社。
おそらくはもっと敷地は広かったのであろうが、現在は中小ビルに囲まれて、こじんまりと鎮座しているように感じられる。
東向きの鳥居から拝殿までも参道とは言えないくらいの短さ。
それでも毎年11月の酉の市には想像できないほど賑わうのが不思議と感じる。- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
-
投稿日 2020年03月31日
総合評価:3.5
港区の三田の丘は、四方に向けて、色々な名前の坂がある。
中でも「綱坂」は、平安時代の勇士、源頼光の四天王の一人「渡辺綱」の生地にまつわる名称とされている。現在の地名は三田二丁目の一部であるが、「綱坂」から西の古川にかけては「綱町」と呼ばれていた。
丘の上のイタリア大使館は綱坂側に宿舎などは建ったものの幸いに大名屋敷の庭園を残しており、三田倶楽部も西側がマンションに変わったが東側の綱坂側は明治時代の風情を残している。
そのため、間の綱坂の道路は、昔の風情が残る坂道に感じられる。- 旅行時期
- 2019年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
昔は工場地帯や倉庫が多かったが、現在はウオーターフロント再開発の彩。
投稿日 2020年03月31日
総合評価:3.5
北は竹芝桟橋近くから南は港南の高浜西運河までの長い運河。
高度経済成長期までは、各種工場や倉庫が林立し、艀など水運に使われていた。
しかし都心部に近いことからウオーターフロントの再開発が進み、現在ではタワーマンションなどに彩を添える水面になっている。
JR田町駅から「なぎさ通り」を東に向かうと、芝浦運河に架かるレインボーカラーの汐彩(しおさい)橋があって、南北を眺めることができる。
写真のこの橋は「芝浦運河のしおが干満する様子や正面にレインボーブリッジをみることができることからつけられた。」という。
海岸通りと、その上の首都高羽田線が芝浦運河脇を通り、南端ではモノレールも加わり、運河の水上交通に、陸上輸送が取って変わった様子が良く分かる。- 旅行時期
- 2019年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2020年03月31日
-
投稿日 2020年03月31日
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街路樹で一般化した今日、それ程珍しくないが、昔は名所だったのだろう。
投稿日 2020年02月29日
総合評価:2.5
ここ40年くらいで、ハナミズキは街路樹として一般化し、どこでも沢山見られるようになった。
今日、それ程珍しい花木ではないが、昔はここ日比谷公園が名所だったのであろう。
アメリカ合衆国に桜の苗木を贈った返礼品として、ハナミズキの苗木が1915年に日本に贈られてきた。その子孫がここに植えられたらしいが、日本中のハナミズキの大半は同じ子孫では?
花の時期ではなかったので、評価は難しいが、わざわざ訪問するハナミズキ林というほどではないように感じた。- 旅行時期
- 2019年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2020年02月29日
総合評価:3.0
JR新宿駅東口の北側出口、アルタビルを望む植栽の端に 赤大理石で造られた水槽で、前面の上部が馬用、下部が犬猫用の水飲み場、その裏面が人間の水飲み場になっているロンドン製輸入品の「馬水槽」が展示されている。
ここの「馬の水飲み場」は、新宿ほどの大きさと多用途はないが、お洒落なデザインの鋳物製で、きっと数十個以上生産された実用品なのだろう。
見ていると、水飲み場だと分かっている馬がやってきて、美味しそうに水を飲んでいる光景が想像される。- 旅行時期
- 2019年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
「京橋」という地名は有名だが、かつて「京橋」という名前の橋があったとは。
投稿日 2020年02月29日
総合評価:2.5
現在は中央区、かつては京橋区の「京橋」という地名は有名だ。
しかし、「京橋」という名前の橋は渡った記憶がない。
橋としての京橋は、東海道起点の日本橋から出発して京都方向に向かうとき、最初に渡る橋が運河にかかる「京橋」だという。京都に向かうから「京橋」。
先に橋の名がついて、後に下の運河が「京橋川 」と呼ばれるようになったのではないだろうか? 京橋川は昭和34年に埋め立てられて、首都高速用地になったという。
ここの欄干擬宝珠は、もっと以前の明治8年の架け替えで造られ、大正11年の架け替えで撤去されたものという。橋名の親柱とセットだったが、親柱は京橋跡に復元されたと記載されている。- 旅行時期
- 2019年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 2.0
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「首かけ」とは、首吊り自殺の木かと思ったら、移植担当職員が成否に首を賭けたとは。
投稿日 2020年02月29日
総合評価:3.0
レストラン松本楼の前というよりは松本楼裏の南側にあるイチョウの古木が「首賭けイチョウ」。
「首かけ」と聞いて、「首かけ」とは、首吊り自殺の木かと思ったら、移植担当職員が成否に首を賭けて移植したとは、存じませんでした。
移植当時の推定樹齢は200年超でしょうから、日比谷交差点付近から公園中心部への小移動といえども、失敗の可能性もあり、きっと「担当者が首を賭けて移植する」くらいだったのでしょう。
育っている場所は、日比谷公園内でも環境が良い場所に思えます。
鎌倉鶴岡八幡宮の大イチョウの例もあるので、排気ガスにも強いというイチョウは、まだ何百年も生き続けるのでしょう。- 旅行時期
- 2019年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
コンサートホールは、パイプオルガン付で贅沢なつくりだが、上層階なので出入りしにくい。
投稿日 2020年02月29日
総合評価:4.0
この場所は、戦前は豊島師範学校、戦後は学芸大附属小学校であったが、西口周辺の大規模再開発で、東京都の芸術文化会館がつくられることになった経緯がある。
池袋にはサンシャイン劇場以外に大規模劇場がなかったので、コンサートホールを中心に複合的な劇場なビルがつくられ、1990年に開業した。
当初は1階から3階に一気に上がる恐怖感もあるエスカレーターが特徴であったが、リニューアルで壁際を2階で乗換の変哲もないデザインに変わった経緯がある。
メインのコンサートホールは、パイプオルガン付で贅沢なつくりだが、上層階なので出入りしにくいのが玉に瑕。
開館して30年も経つと、豪華とも見えなくなる。- 旅行時期
- 2019年12月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.5
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2020年02月29日
総合評価:2.5
以前は豊島区役所本庁舎や豊島公会堂の建物に囲まれた空き地のような公園であったが、周辺の再開発に伴いリニューアルされた。
しかし、公園とは呼び難い「広場」のようなほぼ全面石張りの敷地で、落葉樹が数本あるだけの殺風景な広場に変わった。
イベント会場ということであれば、同時期にリニューアルされた池袋駅西口前のステージ付の公園に比べ、工事費倹約の感がする。
スタンド屋台風のアニメイトカフェはあるが、これも西口の客席付に比べれば見劣りする。
繁華街の中であれば、中途半端なイベント広場ではなく、常緑樹の森のような緑が多い公園の方が、心が癒される気がする。- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 2.5
-
とにかく早いが、トッピングは開業当初よりも割高感
投稿日 2020年02月29日
総合評価:3.0
もう10年近く前、サンシャインシティのB1ALTAレストラン街に開業した店で、その頃は、コシがある麺にアツアツの天婦羅トッピングが、お値打ちだった。
親子丼とか牛丼とか、メニューは増えたが・・・?
外食産業の悪例で、メニューを増やし過ぎ、人手を細かくかけられなくなったのか、天婦羅もつくりおきが多く、アツアツは少なくなった。
刻みネギの薬味入れ放題は継続されていて良い。
写真は、かけうどんにジャンボカニカマ580円と、親子丼中盛りスープ付490円。
親子丼の方がコスパが良いような、変な麺専門店になったように感じる。- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- ランチ
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- サービス:
- 3.0
- 雰囲気:
- 3.0
- 料理・味:
- 3.5
-
明治初期の東池袋は、天皇陛下が根津山で休憩なさった跡が名所になるほどだった。
投稿日 2020年02月24日
総合評価:3.0
明治8年というので明治時代の初期になるが、現在の東池袋は根津山と呼ばれる山林で、名所でもなく、「天皇陛下がここで休憩なさった跡」というのが名所旧跡になり、石碑が建つほどであったようだ。
当時は、日の出通り(グリーン大通り)は勿論なく、小高い根津山の雑木林に細い道が通っていたのであろう。天皇陛下ご一行は、近衛兵の演習検閲に向かう途上、ここで休憩なさったという。
現在は「ニッセイ池袋ビル」の敷地の公開空地の一角にあるが、15年ほど前までは日本生命池袋ビルは日の出通り側だけで、そのブロック北側は「人世横丁」という飲み屋街だった。
人世横丁入口に古めかしい石碑が建ち、そこを含めて1ブロックが再開発されて、現在の「ニッセイ池袋ビル」になった。
工事中は豊島区教育委員会が石碑を預かっているような看板があったと記憶しているが、ビル北側に少し移動して復元されたようだ。
明治天皇の足跡は全国に及ぶだろうが、皇居からさほど離れていないこんな場所に石碑が建ったというのは、主に馬で移動していた時代ならではのことであろう。- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 3.0
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「きづきたいしゃ」と読むのが正しいようで、出雲の国の大国様と恵比寿様を祀っている。
投稿日 2020年02月08日
総合評価:4.0
最寄りの駅はJR中央線武蔵境駅で、以前は橋上駅で南口に降りていたが、現在は複々線連続立体化で駅は高架下のビルに入っていて、自由通路に改札がある。南側への出口に立つとイトーヨーカドーが地域一番店としてあるが、吉祥寺などに押されて賑わいは今一つの静かな駅だ。
しかし駅の歴史は古く、1889年(明治22年)に現在の中央本線の前身である甲武鉄道が新宿 ~立川間を開通させた時に開業している。このときに途中停車場は、中野、境、国分寺の3つだけで、荻窪や吉祥寺停車場は後の開業だ。
360年ほど前に出雲国松江藩主が創建したと伝えられ、現出雲大社の当時の名称を残すという杵築大社のすぐ北側に境駅が建設されたのは、境本村の乗降客だけでなく、大社参拝の乗降客も見込まれたのであろう。
地元では「きつきじんじゃ」とも呼ばれているようだが、「きづきたいしゃ」というのが正しいようで、出雲大社の大国様と出雲三保神社の恵比寿様を祀っているという。
駅からは、ほんの200mほどで、東向きに静かな広い境内を持ち、八坂神社、富士浅間神社(冨士塚)、金比羅様、弁天様もある。
森に囲まれた神社境内の雰囲気は良いが、駐車場脇にあるトイレが祭礼時にしか使えないのが玉に瑕。- 旅行時期
- 2020年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0


































