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jijidarumaさんへのコメント一覧(40ページ)全411件

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  • アーヘン!

    jijidarumaさん こんばんは。

    私の方にも何度もご訪問くださり、ありがとうございます。

    アーヘンのカール大帝、懐かしく拝見しました。
    アーヘンには縁があり、なんどか訪れています。
    大聖堂のそばの宝物館にも行きました。
    黄金のカール大帝の胸像、黄金の腕(この中に骨が入っているんでしたね)覚えていますよ。
    それから歴代の皇帝が戴冠式のときに座った椅子もありましたね。

    デューラーが描いたカール大帝像、あれってニュルンベルクの歴史博物館にありませんでしたっけ?(ちょっと自信ありませんが)

    またアーヘンに行きたくなりました。

    himmel
    2014年06月30日21時04分返信する 関連旅行記

    RE: アーヘン!

    himmelさん

    書き込みありがとうございました。

    仰る通りで、ニュルンベルクのゲルマン国立博物館にアルブレヒト・デューラーの手になるカール大帝像が残っています。
    大帝の像はデューラー作品としてはあまり評価は高くない由ですが、私自身はとても気に入っていて、黄金のカール大帝の胸像の写真と共に、ここでは載せたいものでした。

    アーヘンは初めて家族で小旅行した町でした。車の免許が無かったので、電車で行ったのです。とても魅力的な町ですね。

    jijidaruma


    2014年06月30日23時50分 返信する
  • お邪魔しますぅ☆

    jijidarumaさんへ

    Eberbach エーベルバッハの旅行記にお邪魔させて頂きます。
    私はぶぅ〜ちゃんが好きで、Eberbach エーベルバッハの街に
    2度ほど足を運んでいます。
    jijidarumaさんが記載して下さっている歴史を読ませて頂き、また足を運びたくなりました。
    また、ゆっくりお邪魔させて頂きます♪♪♪
    今日も一日楽しく過ごせますように☆
    2014年04月14日09時49分返信する 関連旅行記

    RE: お邪魔しますぅ☆

    とんちゃん健康一番さん

    コメントありがとうございます。

    エーベルバッハは古城街道沿いですが、近くのMosbachモスバッハの方が木組みの町として好まれる所為か、どうしてもこの町は通過してしまうので、じっくりと見る事が少ないですね。
    それがフランクフルトの近郊にある古城ホテル クロンベルク城で余生を送っていたヴィクトリア皇妃が英国ヴィクトリア女王の長女であった事を知ったのがきっかけになりました。
    一つがきっかけに色々と波及して、勉強になりました。

    今度行かれたら、是非エーベルバッハ生まれのヴィクトリア・トルテをご賞味下さい。私もまだ味わっていないのです(苦笑)。

    jijidaruma
    2014年04月14日19時40分 返信する

    RE: RE: お邪魔しますぅ☆

    おはようございます。

    Mosbach モスバッハ!!
    素敵な街ですよねぇ☆
    昨年、足を運んだのですが、イベントがあり通常のマルクト広場の雰囲気がわからなかったので、今回、再訪しようと思っております。
    時間があれば、エーバルバッハも行きたいところなのですが・・・

    >今度行かれたら、是非エーベルバッハ生まれのヴィクトリア・トルテをご賞>味下さい。私もまだ味わっていないのです(苦笑)。
    ちょっと、頑張ってスケジューリングしてみようかと思います☆

    今日も一日楽しく過ごせますように♪♪♪
    2014年04月15日09時40分 返信する
  • jijidarumaさん素晴らしい旅行記というか歴史記をありがとうございました。

    読みいってしまいました。
    よくぞここまでお調べになったものだと感心、そしておそらく、資料はドイツ語であったと思われますが、私にも分かるように翻訳してくださって感謝です。
    最後のAmerdingenのお城のガストホフ、泊まってみたいですね。
    シュットットガルトから2時間ほどのところなんですね。DBサイトでさっそく
    検索して夢見ています。
    住所からするとRathausと同じなので晩ごはんを食べに行くのにもさほど不便じゃないかもしれないなどと想像してしまいました。
    素敵なお話と旅行記をありがとうございました。
    2014年04月11日14時09分返信する 関連旅行記

    jijidarumaさん素晴らしい旅行記というか歴史記をありがとうございました。

    Utaさん

    シュタウフェンベルグ伯爵に関するシリーズ4編をお読み頂き、また、ご投票もありがとうございます。

    趣味人の日記にさらに加えて、掲載してみました。少々ダブった部分もありますが、文章の流れでは止むなかったと思います。
    纏めてみれば、私の旅行資料にもなりました。

    Amerdingenのお城のガストホフ、実は旅の途中で1泊したBurg Katzenstein
    猫城・・・城内中庭に車を乗り入れ、狭くて動きが取れなくなり、パニックになった古城ホテル・・・の直ぐ東数kmの場所にあるガストホフでした。
    当時はこのあたりに古城の印がありましたが、気にもしませんでした。
    分かっていれば、足を伸ばした事でしょう。
    シュタイフの本社工場のあるGiengenギ―ンゲンからも北東にあたりますが、少々辺鄙で、残念ながら私の地図では鉄道の線路は見当たりませんよ。

    jijidaruma
    2014年04月11日17時25分 返信する
  • 充実した内容、ワルキューレ作戦

    jijidarumaさん おはようございます。

    シュタウフェンベルク大佐の故郷のお城にいらしたのですね。
    とても充実した内容の旅行記を興味深く拝見させていただきました。

    表紙のシュタウフェンベルク大佐の碑、私もあれがバンベルクにあると知って2012年に行ってまいりました。
    彼は、バンベルクの連隊に入隊し、この街で結婚式を挙げているほどバンベルクとは縁があったよう。
    それに近郊にゼーホフ城というきれいなお城がありますが、そこを建てたバンベルク司教領主の名前が *****シェンク・フォン・シュタウフェンベルクと仰るそう。
    大佐と関係があるのかどうか、私にはわかりませんでしたが・・。

    続きは映画「ワルキューレ」のお話ですね。
    楽しみにしています。

    himmel
    2014年04月03日12時05分返信する 関連旅行記

    充実した内容、ワルキューレ作戦

    himmelさん

    コメントと拍手をありがとうございました。
    さすが!
    シュタウフェンベルク大佐の碑をベンベルクでしっかり見たのですね。

    次回は映画「ワルキューレ」のお話を中心に書いてみたいと思います。
    どうぞ宜しくお願いします。

    さて、バンベルクはシュタウフェンベルク大佐の想い出多い土地であったようですが、生れたのはアウクスブルクとウルムとの間、Schloss Jettingen  イェッティンゲン城にて生まれました。
    彼の母は出産の際に偶々、ここに滞在していたと云う。
    D-71131 Jettingen-Scheppach 、Schlossstrasse 6

    そして、シュヴェービッシュ・アルプ地方、黒い森にも近い、その東に人口1800人のLautlingenラウトリンゲンの小さな村があります。
    D-72459 Albstadt-Lautlingen
    この村の中心に立つラウトリンゲン城は、かつてシュタウフェンベルグ伯爵一族が累代の居城とした所であり、シュタウフェンベルク大佐とその兄弟(彼は男兄弟3人の3番目)が幼児期や、青少年時代を過ごしています。
    今は町の所有となった城には大佐の記念館が設けられており、城外にシュタウフェンベルグ礼拝堂が作られ、今も毎年7月20日(ワルキューレ作戦の日)には記念祭が催されるそうです。

    彼らが子供の頃に親しんだ場所は父の公邸があった王都シュトゥットガルト、ラウトリンゲン城、またイェッティンゲン城、アーメルディンゲン城、グライフェンシュタイン城といった親族の居城であったそうです。

    ゼーホフ城も一族のバンベルク司教領主(1683〜93年)Marquard Sebastian Schenk von Stauffenbergマーカード・セバスチャン・シェンク・フォン・シュタウフェンベルクが建てたものです。(この事は日記に追記させて頂きました。)


    jijidaruma
    2014年04月03日14時41分 返信する
  • こんにちは

    Utamiumiuです。
    ロマンティックな伝説話も素敵ですがこんな素敵なお城にこんな悲劇の過去があったのですね。
    読み入ってしまいました。
    私はいま、ナポリにいます。3月20日から4泊、ドイツはAlsfeldで過ごし初イタリア、初ナポリです。
    飛行機で1時間半しか飛ばない近い国なのにその文化の違いにおどろいています。
    後、数時間で帰国の途につきます。
    この後のお話も楽しみにしています。
    2014年03月31日16時41分返信する 関連旅行記

    ワルキューレ

    Utamiumiuさん

    日本は桜が咲き始め、1昨日・昨日は長女と孫娘たちと、砧公園、千鳥が淵と靖国神社に桜見物に行ってきました。桜はこの所の暖かさで満開に見えました。
    もうご帰国になった事でしょうか?

    ドイツ・イタリアと、また収穫の多い旅であったと思います。
    その内に日記・写真を拝見したいですね。

    さて、1944年7月20日ヒトラー暗殺未遂事件の二つ目を載せました。
    お立ち寄りいただければ幸いです。

    jijidaruma

    2014年04月02日01時51分 返信する
  • ワルキューレ

    jijidarumaさん こんばんは。

    とても興味ある旅行記でした。
    1944年7月20日のワルキューレに加担した人物に関係のある、古城ホテルにお泊りになったのですね。
    私もワルキューレのことはいろいろ調べておりますので、ワクワクして拝見しました。

    シューレンブルク伯爵は、シュタウフェンベルク大佐の兄と同じ日に、同じ場所で処刑されたのですか。

    本当にヒトラー暗殺が成功していたら(IF)を考えると、興味深いものがありますね。
    次回もワルキューレ関連とのこと、楽しみにしています。

    himmel
    2014年03月30日21時11分返信する 関連旅行記

    ワルキューレ

    himmelさん

    お読み頂き、ご投票も頂戴してありがとうございました。
    日頃の旅行記から拝察していましたが、こうした話は特にご興味をお持ちかと思っておりました。

    いつものような伝説・民話と違いますが、ドイツの旅をしていると、思わぬ所でドイツ史に関わる話にあたります。
    現在の城主はシュレンブルク伯家とは全く関係の無い方のようでしたが、ちょっと聞いてみたかったことです。

    ワルキューレ作戦Operation ”Walkuere”・・・如何にもドイツ人の付ける名前で感心した覚えがあります。
    この事件に関係した者は時間をおかずに処刑されてしまったようですから、法廷闘争などいう事はあの時代あり得なかったのですね。また、彼らは軍人ではなかったので銃殺刑ではなく、絞首刑になったのでしょうけど。

    次はバンベルクの旧市庁舎、フランケンのスイス地方のグライフェンシュタイン城を訪ねた所から書きだしたいと思います。後2度ぐらいで完了させたいものですね。
    それではまた、お立ち寄りください。

    jijidaruma
    2014年03月30日21時48分 返信する
  • つい先日見た映画「大脱走」

    jijidarumaさん こんばんは。

    つい先日、この大脱走をテレビでやっていましたね。
    ずいぶん前にも見たのですが、すっかり内容を忘れてしまって、改めてドキドキしながら見ました。

    あの映画は事実を元にして作成されたとありましたので、あの収容所はどこにあるんだろうなんて、いろいろ手がかりを探しながら見ましたがわかりませんでした。
    何だか南ドイツか、スイスのバーゼルの方かしらなんて思ったり・・。
    そうですか、ザクセンにあったのですか?
    トンネルのあと、手製グライダー、ミシンでドイツ軍服を作ったりと、本当にほんとうにあった話なのですね。

    面白かった〜、jijidarumaさん、どうもありがとうございます。

    himmel
    2014年03月03日22時21分返信する 関連旅行記

    つい先日見た映画「大脱走」

    himmelさん
    投票にコメントと、ご興味を持ってお読み頂きありがとうございます。
    ”大脱走”は何時見ても面白く、映画を見ていると確かに南ドイツの雰囲気がいっぱいで、収容所が南ドイツにあったかのように思いますね。

    スティーブ・マックイーンの映画の一場面の写真を借用したので、日記の印象がザクセンのコルディッツ城よりも、ザーゲンの捕虜収容所のように思われたかもしれません。

    さて、この日記はザクセンのコルディッツ城戦争捕虜収容所の話ですが、映画大脱走の舞台であった町はドイツ語Saganザーガン=>ポーランド語Żagańジャガンと言います。ちょっと面倒ですが、正しくはザクセン王国にもブランデンブルク辺境伯領にも入っていない地域で、Schlesienシュレジエン地方に属しているようです。ドイツのCottbusコットブスの町からも国境越えて、南東に結構ポーランド内に入った所にあります。

    トンネルの跡、手製グライダー、ミシンでドイツ軍服を作ったりと、本当にほんとうにあった話もいろいろな捕虜収容所で実際に行われた事なのでしょう。

    以下を日記中に追記しておきました。
    *尚、「第三空軍捕虜収容所」があったSaganザーガンは現在、ポーランド領になっています。ポーランド語は Żagańジャガン、ポーランド・ルブシュ県の最南部に位置する都市です。人口 26千人。
    当時はドイツの支配下にあり、 Schlesienシュレジエン地方に入り、かつて3次にわたるプロイセンとオーストリアのシュレジエン戦争でも知られている。
    2014年03月04日10時58分 返信する
  • マールブルクの旅行記、ありがとうございます。

    ジジダルマさん
    またまたたくさんの票をいただき、ありがとうございました。
    マールブルクもフリッツラーとともに行ってみたいとおもっていたところです。
    エリーザベトの薔薇の奇蹟は西村先生の講座で学んだこともあるし是非訪れたいとかねがね思っていました。

    ジジダルマさんの旅行記をみてますます行ってみたくなりました。
    アルスフェルト滞在なので日帰りで充分行けそうです。

    ありがとうございました。
    2014年02月05日12時03分返信する 関連旅行記

    マールブルクの旅行記

    Utaさん

    3月下旬のドイツはまだ寒いですが、アルスフェルト、マールブルク、フリッツラー等を周遊されるとのこと、楽しみですね。
    聖女エリザベートの謂れのある町は多いですが、アイゼナハに次いでマールブルクは記念の地です。
    考えてみたら、趣味人では2006年の旅行記を載せていないから、ここで初めて伝説にからめた旅日記を載せた事になります。
    アルスフェルト滞在の由ですが、見所は少ないかと思いますよ。

    jijidaruma
    2014年02月05日14時00分 返信する
  • 旅の守護聖人・聖クリストファー

    jijidarumaさん、こんにちは。はじめまして。
    聖クリストファーの旅行記を拝見しています。

    この聖人は私もチロルで何度か見ました。
    私の場合は、壁絵(家々を飾るフレスコ画)という形で見ました。
    たぶん、これから先の旅でも見るのだと思います。
    幼児キリストを背負った姿なので、とても分かりやすい聖人ですね。
    旅人の守護聖人でもあるので、なんとなく親しみもあります。
    (ちなみに、私が見たのはこんなクリストフォロスさんです。
     http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=32089613 )

    ところで、jijidarumaさんのプロフィールの写真は、ラムザウですね!
    私もいつかラムザウに行ってみたいです。


    旅するうさぎ
    2014年01月29日23時01分返信する 関連旅行記

    旅の守護聖人・聖クリストファー

    旅するうさぎさん

    はじめまして、お立ち寄りとコメントありがとうございました。

    国が変れば、守護聖人の姿も色々ですね。旅行記・写真集を拝見しました。膨大なので、漸く最後の方で聖クリストファーの壁絵を見つけましたよ。
    村中の写真も美しく撮られて素晴しかったです。
    是非今度はドイツの旅の体験されて、壁絵の写真、木組み建築の家並みなどをたくさん撮ってください。

    プロフィールの写真はラムザウです。南ドイツはスイスやオーストリアのように山々や湖水が多く、魅力的です。
    ラムザウには春の旅でベルヒテスガーデンに泊って、こちらにも参りました。この写真はドイツのカレンダーなどに必ず載っていますからよく知っていましたが、この時が初めてです。

    旅行記は趣味人で掲載していますので、こちらではドイツの伝説・民話を載せています。

    どうぞ宜しくお願い致します。


    jijidaruma
    2014年01月30日00時25分 返信する
  • たくさんの票をありがとうございます。

    ジジダルマさん
    いっぱいいっぱい票を入れて下さってありがとうございます。
    暮れからお正月にかけて叔母や両親の世話に追われて自分の旅行記のアップも他の方の旅行記も見る余裕がありませんでした。
    今もまだ続いていますが一時期よりはマシになりました。

    この後の旅行記も楽しみにしています。
    2014年01月17日00時35分返信する 関連旅行記

    RE: たくさんの票をありがとうございます。

    Utaさん

    ご多忙の所、コメント恐縮です。
    ここでは伝説話が主で旅行記は付記に過ぎませんが、お読みいただければ幸いです。

    jijidaruma

    2014年01月17日12時22分 返信する

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jijidarumaさん 写真

33国・地域渡航

12都道府県訪問

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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