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2005.4.21?5.05.北ドイツ周遊・ハンザ都市、エリカ街道、ハルツ山地、メルヘン街道<br /><br />5.03.   Elisabethkirche聖エリザベート教会と大学の町Marburgマールブルク<br /><br />Alsfeldアルスフェルトを14:30に出発。目的地までB62・3で50kmの道のりだ。<br />Lahnラーン川に沿った、グリム兄弟が学んだ大学の町マールブルクは、学生が18、000名もいる町らしく、活気があって、人通りも多い。<br />ラーン川の対岸から見てみると、橋を渡ったルドルフ広場に旧大学がある。この大学は1527年、ヘッセン方伯フィリップ王により、世界で最初のプロテスタントの大学として創立された。現在もDie Philipps-Universitaet Marburgと正式名称で呼ばれる。<br />中腹にはマルクト広場にある市庁舎が見え、山上には尖塔のあるLandgrafenschloss方伯の城がその重厚な姿を見せている。この城はテューリンゲン伯の居城が在った所に聖女エリザベートの娘が建設したもので、1529年には宗教改革者・ルターが、ツヴィングリ等と宗教問答を行った事でも知られている。<br /><br />写真はマールブルクの聖エリザベート教会にある聖女エリザベートの像

マールブルク:“聖エリザベートのバラの奇蹟Das Rosenwunder”

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2005/04/21 - 2005/05/05

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旅行記グループ ドイツの伝説・民話

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jijidaruma

jijidarumaさん

2005.4.21?5.05.北ドイツ周遊・ハンザ都市、エリカ街道、ハルツ山地、メルヘン街道

5.03.   Elisabethkirche聖エリザベート教会と大学の町Marburgマールブルク

Alsfeldアルスフェルトを14:30に出発。目的地までB62・3で50kmの道のりだ。
Lahnラーン川に沿った、グリム兄弟が学んだ大学の町マールブルクは、学生が18、000名もいる町らしく、活気があって、人通りも多い。
ラーン川の対岸から見てみると、橋を渡ったルドルフ広場に旧大学がある。この大学は1527年、ヘッセン方伯フィリップ王により、世界で最初のプロテスタントの大学として創立された。現在もDie Philipps-Universitaet Marburgと正式名称で呼ばれる。
中腹にはマルクト広場にある市庁舎が見え、山上には尖塔のあるLandgrafenschloss方伯の城がその重厚な姿を見せている。この城はテューリンゲン伯の居城が在った所に聖女エリザベートの娘が建設したもので、1529年には宗教改革者・ルターが、ツヴィングリ等と宗教問答を行った事でも知られている。

写真はマールブルクの聖エリザベート教会にある聖女エリザベートの像

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
レンタカー
航空会社
ルフトハンザドイツ航空 ANA
旅行の手配内容
個別手配
  • 麓の右手にあるElisabethkirche聖エリザベート教会を最初に訪ねた。<br />この教会は24歳で亡くなった聖女エリザベートの墓の敷地に1235年から50年をかけて建立された。<br /><br /><br />【聖女エリザベートはハンガリーの王女に生まれ、4歳の時にヴァルトブルグ城の城主、テューリンゲン方伯のヘルマンの息子だった、当時11歳のルートヴィッヒ四世の婚約者として、城にやって来て、14歳で結婚しました。夫が1227年に十字軍遠征で戦死した為、3人の子供と共に城を追放されてしまいます。マールブルグにやってきた、聖女エリザベートはそこで信心深い一生をおくり、貧者救済の為に献身しました。余りに献身が過ぎた為、24歳で亡くなります。死後、エリザベート信仰が起こり、その墓地への巡礼が始まり、ドイツ各地からの巡礼が行われるようになりました。4年後の1235年、彼女は“聖女”の称号を受け、マールブルグに聖女エリザベート教会の建設が始まります。】<br /><br />二つの見事な鐘楼をもつ、初期純粋ゴシック様式の教会で、十字架の形を基本として建てられている。正面入口に“天国への入口“と呼ばれる浮き彫りがあり、聖母マリアとキリストを描いている。<br /><br />内部に入ると左隅にドイツ最後の将軍ヒンデンブルグ元帥の墓所があり、正面に”バルラッハの十字架のキリスト像“(1918年)がある。

    麓の右手にあるElisabethkirche聖エリザベート教会を最初に訪ねた。
    この教会は24歳で亡くなった聖女エリザベートの墓の敷地に1235年から50年をかけて建立された。


    【聖女エリザベートはハンガリーの王女に生まれ、4歳の時にヴァルトブルグ城の城主、テューリンゲン方伯のヘルマンの息子だった、当時11歳のルートヴィッヒ四世の婚約者として、城にやって来て、14歳で結婚しました。夫が1227年に十字軍遠征で戦死した為、3人の子供と共に城を追放されてしまいます。マールブルグにやってきた、聖女エリザベートはそこで信心深い一生をおくり、貧者救済の為に献身しました。余りに献身が過ぎた為、24歳で亡くなります。死後、エリザベート信仰が起こり、その墓地への巡礼が始まり、ドイツ各地からの巡礼が行われるようになりました。4年後の1235年、彼女は“聖女”の称号を受け、マールブルグに聖女エリザベート教会の建設が始まります。】

    二つの見事な鐘楼をもつ、初期純粋ゴシック様式の教会で、十字架の形を基本として建てられている。正面入口に“天国への入口“と呼ばれる浮き彫りがあり、聖母マリアとキリストを描いている。

    内部に入ると左隅にドイツ最後の将軍ヒンデンブルグ元帥の墓所があり、正面に”バルラッハの十字架のキリスト像“(1918年)がある。

  • 左手には聖女エリザベートの立像(1470年頃)が、茶色のドレス、ブルーのマント、王冠の下は白いスカーフで覆われた、大変優美な服装で立っている。素晴らしく美しい。<br />内陣には聖女エリザベートの黄金の聖遺骨箱(1240年頃) 、これも見事な細工である。また、13、4世紀頃のステンドグラスには聖女エリザベートの善行と生涯が描かれている。<br />本祭壇横に高さ30cmの聖女エリザベートの石像もあり、Alte Lettner-Figuren古内陣仕切り格子の画像と呼ばれ、マントに包れたバラの花を見つめている。これが”バラの奇蹟“なのでしょうか?!”マールブルグの夕べの祈り“と称される聖母マリアの祭壇も見られる。<br /><br />写真はMarburg:エリザベートの切手

    左手には聖女エリザベートの立像(1470年頃)が、茶色のドレス、ブルーのマント、王冠の下は白いスカーフで覆われた、大変優美な服装で立っている。素晴らしく美しい。
    内陣には聖女エリザベートの黄金の聖遺骨箱(1240年頃) 、これも見事な細工である。また、13、4世紀頃のステンドグラスには聖女エリザベートの善行と生涯が描かれている。
    本祭壇横に高さ30cmの聖女エリザベートの石像もあり、Alte Lettner-Figuren古内陣仕切り格子の画像と呼ばれ、マントに包れたバラの花を見つめている。これが”バラの奇蹟“なのでしょうか?!”マールブルグの夕べの祈り“と称される聖母マリアの祭壇も見られる。

    写真はMarburg:エリザベートの切手

  • 特にじっくり見たのは聖女エリザベートの墓所;霊廊で、上部にキリストがエリザベートに王冠を授ける光景、下部にはエリザベートの死の状景、棺の周囲に聖人たち、乞食、いざり、精神病者などがエリザベートの冥福を祈る図が彫られたもので、大変印象深い。<br /><br />文字通り、聖女エリザベート信仰のあふれた教会であった。<br />

    特にじっくり見たのは聖女エリザベートの墓所;霊廊で、上部にキリストがエリザベートに王冠を授ける光景、下部にはエリザベートの死の状景、棺の周囲に聖人たち、乞食、いざり、精神病者などがエリザベートの冥福を祈る図が彫られたもので、大変印象深い。

    文字通り、聖女エリザベート信仰のあふれた教会であった。

  • ≪聖女エリザベートのバラの奇蹟≫<br /><br />ドイツではじめて福祉事業を行ったとされる聖女エリザベート信仰には、次のような伝説がある。<br /><br />『ライ病患者をいたわったエリザベートが患者を自分の婚姻の寝床に寝かせたが、戻ってきた夫ルートヴィッヒ四世がこれを邪推して探したところ、寝床には磔にされたキリスト像を見出した。』と云う。<br /><br />また、『13世紀初頭、テューリンゲン州のヴァルトブルグ地方は大飢饉が襲い、村人は大変な食糧不足に陥りました。村人のそんな状況を心配したエリザベートは城で作ったパンや肉をこっそり、村人達に分け与えました。夫のルートヴィヒ四世がこれをたしなめましたが、彼女はパンを与えるのをやめません。<br />ある時、パンを入れた籠を持った小間使いと一緒に出かけようとして、ルートヴィヒ四世に見つかり、籠の中身を確かめられました。<br />籠の覆いを取ると、そこにはたくさんのバラの花が入っていたのです。』と・・・。<br />

    ≪聖女エリザベートのバラの奇蹟≫

    ドイツではじめて福祉事業を行ったとされる聖女エリザベート信仰には、次のような伝説がある。

    『ライ病患者をいたわったエリザベートが患者を自分の婚姻の寝床に寝かせたが、戻ってきた夫ルートヴィッヒ四世がこれを邪推して探したところ、寝床には磔にされたキリスト像を見出した。』と云う。

    また、『13世紀初頭、テューリンゲン州のヴァルトブルグ地方は大飢饉が襲い、村人は大変な食糧不足に陥りました。村人のそんな状況を心配したエリザベートは城で作ったパンや肉をこっそり、村人達に分け与えました。夫のルートヴィヒ四世がこれをたしなめましたが、彼女はパンを与えるのをやめません。
    ある時、パンを入れた籠を持った小間使いと一緒に出かけようとして、ルートヴィヒ四世に見つかり、籠の中身を確かめられました。
    籠の覆いを取ると、そこにはたくさんのバラの花が入っていたのです。』と・・・。

  • マルクト広場にある市庁舎

    マルクト広場にある市庁舎

  • 山上には尖塔のあるLandgrafenschloss方伯の城がその重厚な姿を見せている。

    山上には尖塔のあるLandgrafenschloss方伯の城がその重厚な姿を見せている。

  • リューベックの聖霊養老院

    リューベックの聖霊養老院

  • アイゼナハのヴァルトブルグ城:バラの奇蹟の伝説

    アイゼナハのヴァルトブルグ城:バラの奇蹟の伝説

  • 2006年5月5日(金)~5月19日(金)15日間に“ドイツ ライン・モーゼルの古城巡り、更にはルール川、アール川、ザール川、ラーン川流域巡り”をしたことがある。<br /><br />5月17日、古城ホテル シェーンブルグ城を出発。B9Kaubフェリーで対岸へ。B42-&gt;42km、Lahnsteinで、渓谷沿いに走るB260に入る。“Lahn-Ferienstrasse”ラーン休暇街道沿いを走り、古城、木組みの家々の町々を訪れた。<br /><br />途中の山道から、山上にメルヘンチックな城が見える。三つの塔が高々と立っていて、初めて見る城だが、なかなか形の良い城だ。15:52 Braunfelsブラウンフェルズに着く。<br /><br />Braunfelsブラウンフェルズは高タウナス山系の国立自然公園内にある。ラーン川の南に、750年以上の古い歴史をもつFachwerk木組みの家並みの町があり、今はラーン休暇街道沿いの、人口11400人が住む保養地となっている。<br /><br />町の中心のMarktplatzマルクト広場からは、見事なSchloss Braunfelsブラウンフェルズ城が見える。<br />城の成り立ちは1280年にSolmsゾルムス伯がNassauナッサー伯との戦いの為に、砦を築いたことに始まり、15世紀に城は完成するが、17世紀の30年戦争で被害をうける。<br />その後、ネオゴシック様式の城が1891年に出来上がり、第二次大戦では、隣町のWetzlerヴェツラーは英軍の空襲により殆ど壊滅したが、この町は幸いにも被害も受けずに現在に至り、城は博物館となっている。<br /><br />Schloss Braunfels見学:皇帝フリードリッヒ三世が1887年にこの城を訪れ、【ブラウンフェルズを見ずに、老いてゆけようか?!(日本的には“日光を見ずに、結構と言うな!”かな?!)】と言ったという。<br />この城のおびただしい文化遺産は絵画であり、武器、家具調度品、陶磁器等のコレクションである。それらは確かに一見の価値あるものである。<br /><br />⑥ゴシックの間に進む。ここには聖女エリザベートの一番下の娘(Altenbergアルテンベルクの城主夫人;彼女は母が死んだ時、たった3歳であった為、女子修道院で育ったという。)が持っていたゴシック様式の櫃がある。となりの、<br />⑦祭壇の間には、最も興味深い聖女エリザベートの指輪が展示されている。<br />テューリンゲン方伯である、夫ルートヴィヒ四世が十字軍に出かける際に、聖女エリザベートに与えた指輪であると---【この城で聖女エリザベートの話を聞くとは想像だにしませんでした。<br />夫ルートヴィヒがイタリアの南・Otrantoオトラントで戦死した時、エリザベートのしていた指輪のオパールの石が血を流したと】・・・伝えられているそうだ。<br />指輪の横にある、13世紀の銀製のピッチャーは聖女エリザベートが貧者や病人に、それでワインを与えたと云う。<br /><br />写真はブラウンフェルズ城の遠景

    2006年5月5日(金)~5月19日(金)15日間に“ドイツ ライン・モーゼルの古城巡り、更にはルール川、アール川、ザール川、ラーン川流域巡り”をしたことがある。

    5月17日、古城ホテル シェーンブルグ城を出発。B9Kaubフェリーで対岸へ。B42->42km、Lahnsteinで、渓谷沿いに走るB260に入る。“Lahn-Ferienstrasse”ラーン休暇街道沿いを走り、古城、木組みの家々の町々を訪れた。

    途中の山道から、山上にメルヘンチックな城が見える。三つの塔が高々と立っていて、初めて見る城だが、なかなか形の良い城だ。15:52 Braunfelsブラウンフェルズに着く。

    Braunfelsブラウンフェルズは高タウナス山系の国立自然公園内にある。ラーン川の南に、750年以上の古い歴史をもつFachwerk木組みの家並みの町があり、今はラーン休暇街道沿いの、人口11400人が住む保養地となっている。

    町の中心のMarktplatzマルクト広場からは、見事なSchloss Braunfelsブラウンフェルズ城が見える。
    城の成り立ちは1280年にSolmsゾルムス伯がNassauナッサー伯との戦いの為に、砦を築いたことに始まり、15世紀に城は完成するが、17世紀の30年戦争で被害をうける。
    その後、ネオゴシック様式の城が1891年に出来上がり、第二次大戦では、隣町のWetzlerヴェツラーは英軍の空襲により殆ど壊滅したが、この町は幸いにも被害も受けずに現在に至り、城は博物館となっている。

    Schloss Braunfels見学:皇帝フリードリッヒ三世が1887年にこの城を訪れ、【ブラウンフェルズを見ずに、老いてゆけようか?!(日本的には“日光を見ずに、結構と言うな!”かな?!)】と言ったという。
    この城のおびただしい文化遺産は絵画であり、武器、家具調度品、陶磁器等のコレクションである。それらは確かに一見の価値あるものである。

    ⑥ゴシックの間に進む。ここには聖女エリザベートの一番下の娘(Altenbergアルテンベルクの城主夫人;彼女は母が死んだ時、たった3歳であった為、女子修道院で育ったという。)が持っていたゴシック様式の櫃がある。となりの、
    ⑦祭壇の間には、最も興味深い聖女エリザベートの指輪が展示されている。
    テューリンゲン方伯である、夫ルートヴィヒ四世が十字軍に出かける際に、聖女エリザベートに与えた指輪であると---【この城で聖女エリザベートの話を聞くとは想像だにしませんでした。
    夫ルートヴィヒがイタリアの南・Otrantoオトラントで戦死した時、エリザベートのしていた指輪のオパールの石が血を流したと】・・・伝えられているそうだ。
    指輪の横にある、13世紀の銀製のピッチャーは聖女エリザベートが貧者や病人に、それでワインを与えたと云う。

    写真はブラウンフェルズ城の遠景

  • <br /><br />写真はブラウンフェルズ城の遠景



    写真はブラウンフェルズ城の遠景

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  • utamiumiuさん 2014/02/05 12:03:39
    マールブルクの旅行記、ありがとうございます。
    ジジダルマさん
    またまたたくさんの票をいただき、ありがとうございました。
    マールブルクもフリッツラーとともに行ってみたいとおもっていたところです。
    エリーザベトの薔薇の奇蹟は西村先生の講座で学んだこともあるし是非訪れたいとかねがね思っていました。

    ジジダルマさんの旅行記をみてますます行ってみたくなりました。
    アルスフェルト滞在なので日帰りで充分行けそうです。

    ありがとうございました。

    jijidaruma

    jijidarumaさん からの返信 2014/02/05 14:00:27
    マールブルクの旅行記
    Utaさん

    3月下旬のドイツはまだ寒いですが、アルスフェルト、マールブルク、フリッツラー等を周遊されるとのこと、楽しみですね。
    聖女エリザベートの謂れのある町は多いですが、アイゼナハに次いでマールブルクは記念の地です。
    考えてみたら、趣味人では2006年の旅行記を載せていないから、ここで初めて伝説にからめた旅日記を載せた事になります。
    アルスフェルト滞在の由ですが、見所は少ないかと思いますよ。

    jijidaruma

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