横浜臨海公園さんへのコメント一覧(18ページ)全1,510件
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旅行記に投票有難うございます。
横浜臨海公園 様
こんにちは
この度は旅行記に投票いただき有難うございます。
志賀高原はゲレンデが広く いろいろなスキー場を巡るのが楽しいのです。
初めて参加してみましたが、常連さんが多くて指導員とも人間関係が出来ていて
とても私が入れる雰囲気ではありませんでした。
またレッスンが主体であちこちのゲレンデを巡るのかと思っていましたがちょっと違いました。
ホテルは一の瀬のホテルこだまで固定されているので自分の好きなホテル(特に温泉付)を選ぶわけには行きません。
まあ再度のレッスン参加は微妙だと思います、一度の参加 雰囲気を知る…… これだけで十分だったと思います。
これからも宜しくお願いいたします。
敏じぃ2019年02月27日10時23分返信する -
新旅行記の発表、おめでとうございます
横浜臨海公園さま、こんばんは。
この度の横浜臨海公園様のライフワークとも言うべき「東海道本線歴史的痕跡探訪記 ~米原-近江八幡間編 明治頌歌~」の発表、おめでとうございます。
いつもながらの綿密に調査された、旅行記と言うより論文と言った方がぴったりの素晴らしい「米原-近江八幡間編 」、凄い凄いと感動しながら拝見させていただきました。
私自身は米原も近江八幡も、たぶん通過しかしたことがないと思いますが、横浜臨海公園さまの「明治頌歌編」を拝見しておりますと、行ったか行かないかなんて、もうそんなことはどうでもいい様な気がしてきます。
明治頌歌の一つ一つの区間を、鉄道敷設がされた明治から現在に至るまでのいろんな方面からの綿密な調査(今回は駅弁のこともありましたね)などに、どれだけ膨大な時間を要されたかと考えると、とても私のような凡人にはできることではないと思いました。しかも「明治頌歌」って全何篇あるのでしょうか。もう半分以上は完成させていらっしゃいますが気が遠くなるような作業だったことでしょうね。
今回の中に西南戦争のことを記していらっしゃいましたね。
私は昨年の大河ドラマ「西郷どん」の流れで明治黎明期の歴史などを調べました。
薩摩英国留学生より先にロンドンに渡った長州藩の「長州ファイヴ」の一人「井上勝」が鉄道の父と呼ばれているのですね。
産業革命で好景気に湧くロンドン、煙を吐いて走る鉄の塊の機関車、それらを見て驚いた留学生たち。彼らが鉄道の重要性を説き、その後日本中に網の目のように鉄道を敷設されたことを思えば、明治ってすごいなーと今更ながら思います。
まさに明治頌歌ですね。
とりとめのないことを書き連ねました。
これから寒さが厳しくなってまいります。
どうかお身体をお大事になさってください拝復
frau.himmelさま、こんにちは。
拙稿への投票、及び、掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
米原-近江八幡間は、東海道本線全線で一番地味な区間でもあり、当該区間に関する文献も少ない上に間違いだらけで、資料の取捨選択に苦労をさせられてしまいました。
それから季節柄、米原などはアラレが顔に当たるほどの暴風雨時に現地を回りましたが、その為に、米原近辺のみ、写真もどんよりとした光景しか撮影が叶いませんでした。
例のウィキとは全く異なる記述をしておりますが、能登川駅などは何時記述を変えてくるか、高みの見物を決めております。
横浜臨海公園2019年01月30日13時37分 返信する -
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御礼
横浜臨海公園 さん おはようございます。
< いいね ! >をいただき、ありがとう御座います。
鉄道に関する研究論文とも言えるような旅行記で、調査などにも相当ご苦労されているのだろうと思います。私は鉄道の町大宮に住んでいるので、ただ利用するだけでなく、そこに隠されている数々の歴史を探してみたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
アンペルマン2019年01月13日10時40分返信する拝復
アンペルマンさま、はじめまして。
此の度は、小生の旅行記に大量に投票を賜りまして、誠に有難うございました。
フォートラベルでの10年来のお付き合いをさせて頂いております hn11 さまのページの掲示板を拝見させて頂いた祭に、アンペルマンさまのページに辿り着いた次第でございます。
兎に角、鉄道に関しても歴史にウソが多く、原資料を精査しながらの旅行記を上程しております。
その為に、資料蒐集から旅行記上程まで、最近では時間が無い事もあり、2〜5年かかる様になってしまいましたが、資料としても活用可能な程度に仕上げておりますので、何卒、お許し下さいませ。
今後とも宜敷くお願い申します。
横浜臨海公園2019年01月13日11時33分 返信する -
謹賀新年
横浜臨海公園さま、明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。
今年も横浜臨海公園様の内容の濃いご旅行記を楽しみにしております。
私の方は、横浜臨海公園様に与えられたミッションを今年中に遂行できるかわかりませんが、目標として頑張りたいと思います。
どうぞお体をお大事になさって、ご無理をなさいませんように。
今後のご活躍をお祈り申し上げます。
himmel
2019年01月01日17時45分返信する -
御礼
横浜臨海公園さん、こんばんは。
遅くなりましたが、信濃の旅行記への投票ありがとうございます。
今回の旅行記の題材が「西園寺公望公」とあって、ついつい目に留まった次第です。
今回も緻密な取材に基づいた旅行記、さすがフォートラベルの司馬遷だなあと感服する次第です。
西園寺公については何ゆえ寡聞で、政治秘書であった原田熊雄男爵や立命館大学の創設者であったことをこの旅行記で初めて知り、目から鱗が落ちるような心地です。
私が西園寺公に抱く印象としては、以下の通りです。
◎元老、首相を務め保守的な印象
(血統的にも、重臣としても、天皇に一番近いお方)
◎戊辰戦争に従軍して鉄砲をぶっぱなしたり、明治14年に中江兆民らと新聞社を設立、社長になるなど、型破りな公家。
◎法典調査会副総裁(明治25年より)時代に戸主制度を否定したり、第二次伊藤内閣文相時代に女子教育の発展を求めるなどリベラルな政治家。
◎部下であった原敬(日本初の政党内閣、シベリアの撤兵、摂政宮殿下の御外遊)に比べ、インパクトのある功績に欠く。
だが、原敬のこうした功績も西園寺公の後押しあってこそ。
原敬は王貞治(ホームラン世界記録)みたいな感じで、「記録」に残る方であるが、西園寺公は長嶋茂雄(天覧試合でホームラン)みたいに「記憶」に残る方である。
次に近衛文麿公について横浜臨海公園さんはどういう印象を抱いているかうかがいたいなあと思います。
私は第一次内閣のとき、戦線不拡大を掲げたわりに、軍の突き上げで予算を増額したり、首相辞めたとたん終戦を唱えたりと、文中にあるとおり公家特有の優柔不断である点は、国民福祉税を掲げて連立与党から批判された細川護煕氏(近衛公の孫)や「最低でも県外」の鳩山由紀夫氏と重なります。
細川氏が首相になった際、父・護貞氏(第二次近衛内閣で首相秘書官)がインタビューで「あれはすぐ辞める」とおっしゃっていたのも、身近で近衛公を見ていたからなのかなと思う節があります。
最後に浅学非才の点なにとぞご容赦いただきたく思い、文を締めたいとおもいます。
拝復
毛利慎太朗さま、こんにちは。
拙稿に投票と掲示板に過分なるコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
西園寺公に就いては、生まれるのがもう少し早ければ、例の長州7卿落の際に同行したものと思われます。
長州に於いて、非業の死を遂げられた中山卿に大事にされたとの事で、その関係で明治天皇とは兄弟の様な関係だった様です。
晩年は、政治秘書の原田熊雄の存在があったからこそ、興津や御殿場に居ながらにして中央情勢に明るい点では、情報と称しながら一方的で歪な内容を審査もせず鵜呑み状態だった近衛文麿などは足元にも及びつかなかったと考えております。
政治史に暗く疎い左巻自称学者の学説では、2.26事件で東京を中心に戒厳令が施行された際に、大多数の文献では原田が西園寺公の自動車で東京を脱出した事になっておりますが、戒厳令発令中に東京府下から他県への自動車通行が許されていたのは陸海軍鎮圧部隊関係だけで、事実は、原田の鉄道省の某高官の制服を借用し、高等官吏になりすまし、特別急行つばめ号に乗車して脱出し静岡に向かったというのが真相で、何れ、小生の東海道本線の旅行記上で上程したいと考えております。
> 次に近衛文麿公について横浜臨海公園さんはどういう印象を抱いているかうかがいたいなあと思います。
→小生の近衛と言う人物に対しては、見せ掛けだけのハッタリ大好き迷惑人物だと印象が拭い切れません。
そして責任逃れと言う点では、木戸内大臣も含め、自身の責任の重大性を知りつつ、責任が及ぶと昭和天皇に丸投げと言う、ヤラシイ公家的性格がミエミエで、小生なら絶対に友人なんかにしたくない人物です。
> 細川氏が首相になった際、父・護貞氏(第二次近衛内閣で首相秘書官)がインタビューで「あれはすぐ辞める」とおっしゃっていたのも、身近で近衛公を見ていたからなのかなと思う節があります。
→仰せのとおりでございます。
実は、小生、生前の護貞さまには数回お目にかかる機会を得ております。
ご存知と思いますが、東條内閣末期に東條総理暗殺計画が複数進行しており、その1つに、高木惣吉海軍少将に近いラインだった高松宮殿下に護貞さまがお目通りされた際に、
殿下、その卓上の電話で東條に此処に来る様に呼んでください。来室直前に自分は陰に隠れ東條を切ります。今の日本を救うのは東條を排し連合国と和平を結ぶことです。
その時に殿下と睨み合う事数分に及び、殿下が日本には陛下がおられる。謀反はいけません。
と仰り、それを耳にし、自分の浅はかさを恥じたと申されておられましたが、小生、護貞さまは武門の方だなと、つい感心したものです。
ご子息に関しては、小生の出身校の先輩筋ですが、当時から余り評判が芳しくなく、実際にお目にかかり、お父上との落差を痛感させられた記憶が痛烈に残っております。
横浜臨海公園
2018年12月02日15時51分 返信する -
ドロミテ旅行記にいいね下さいまして有難うございました
横浜臨海公園さん
ご無沙汰しております。
今回は私のドロミテ旅行記にいいねを頂きありがとうございました。
自分の旅行記書きあげるのに一生懸命で、御礼のご返信も出来ていなかったこと恥ずかしく思っています。全く自己中心的、他旅行記無視のダメな私です。
またぼちぼちとご訪問させて頂きますのでお許し下さいませ。
ドロミテは素晴らし所です。機会があれば是非一度行かれて下さいませ。
ご相談は私にまでに。もっと親切、情報しっかり4Tメンバーをご紹介します。
今回は列車が遅延の為、入線する興味ある列車を拝見出来ましたが、むしろこの国の電車はどうなっとんかと怒り狂うばかりでした。先輩どうにかなりませんか。
グラチェ 有難う チャオ またね olive kenji
2018年11月19日21時53分返信する拝復
olive kenjiさま、こんにちは。
掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
> 自分の旅行記書きあげるのに一生懸命
→とんでもありません!
クチコミ投稿と比較して、小生など旅行記上程に至るまで、大げさなどでは無く500倍近い労力がかかる思いです。
> ドロミテは素晴らし所です。機会があれば是非一度行かれて下さいませ。
実は、ドロミテは今から37年前に1度訪れております。
ひたすら暑い日で、器が朦朧とした記憶が残っております。
> ご相談は私にまでに。もっと親切、情報しっかり4Tメンバーをご紹介します。
>
> 今回は列車が遅延の為、入線する興味ある列車を拝見出来ましたが、むしろこの国の電車はどうなっとんかと怒り狂うばかりでした。
→本当に我々日本の鉄道の正確さから見て、欧米の鉄道のテキトーぶりには、ただただ唖然とさせられます。
次の旅行記の上程を心待ちにしております。
横浜臨海公園2018年12月02日15時15分 返信する



