横浜臨海公園さんへのコメント一覧(18ページ)全1,512件
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彦根は私の生まれ故郷です。
彦根は私の生まれ育った町です。
私は大学入学時から彦根を離れ、国内は京都、大阪、名古屋、横浜に住みましたが、現在も兄は彦根に、弟は能登川に、姉は稲枝に住んでいます。
米原駅から、彦根、南彦根、河瀬、稲枝、能登川、安土、近江八幡・・・
私の記憶にあるのは60年、70年前の駅の姿です(南彦根はありませんでした)。
臨海公園さんの写真を見て、すっかり昔と変わっているのに驚いています。
それにしても、この地域で生まれ育った私も、知らないことばかり、詳しく調べまた写真も撮られた事に感服しています。
たくさんの写真を懐かしく、興味深く拝見しています。
ざっと読んだところですので、この後じっくりと読ませていただきます。
とりあえず、ご報告とお礼まで
元カニ族
拝復
元カニ族さま、こんにちは。
拙稿に投票、及び、掲示板にコメントを賜りまして深謝しております。
本当に有難うございました。
仰せの通り、本当に、各駅とも明治調の味わいのある駅舎が続いておりましたが、昭和50年代半ばに改築された彦根、及び、近江八幡以外の各駅は、平成20年代に全部建替えられてしまい、駅前も整備された事から、昔の縁は変わってしまいました。
それに、70年前であれば米原-京都間は未電化で、米原-彦根間の佛生山隧道も現役だった時代ですね。
件の隧道は、線路さへ越えれば撮影は容易だったのですが、立入禁止の法を破ってまでの脱法行為は遠慮せざるを得ず、遠距離からの撮影に止まりました。
兎に角、元資料を集め精査に時間がとられ、構想から3年半もかかってしまいました。
次に予定しているのは、近江八幡-草津間でございます。
原資料精査が8割完了しましたので、あとは現地での撮影が残っております。
横浜臨海公園
2019年03月15日12時16分 返信するRe: 彦根は私の生まれ故郷です。
横浜臨海公園さま
私の通った中学は「彦根東中学校」です。現在では場所が変わっていますが、当時は線路際の木造校舎で、今は近江鉄道が入っていて近江鉄道の「芹川」駅が出来ています。
中学が線路際にあったため、毎日列車を眺めていました。仰せの通り蒸気機関車が牽引していました。貨物列車もたくさん走っていました。
「今、特急つばめが通ったから、後10分で授業が終わる」とか、列車の通る時刻は、時計を持たなかった当時、時刻を知る手がかりでした。
また、天皇陛下のお召列車が通る時には、全生徒グランドに整列して手を振りました。軍隊帰りの先生は、列車が通る間、最敬礼をしていました。
京都に行くときは、逢坂山や東山トンネルを通るときには、煙の煤が入らないように慌てて、窓を閉めました。
今は、新幹線の時代、間もなくリニアの時代になりますが、蒸気機関車の時代が懐かしく感じられます。当時の遺跡を探訪され、鉄道の歴史を調べられている横浜臨海公園さまを応援しています。
ご活躍おお祈りしています。
元カニ族
2019年03月16日00時02分 返信するRe: 彦根は私の生まれ故郷です。
それから、もう一つ!
蒸気機関車の時代、彦根の隣の「米原駅」は東海道線と北陸線の分岐駅で、大きな操車場がありました。一日中煙がもくもくで、「米原駅の雀は真っ黒」とか「米原では洗濯物が真っ黒になる」とか言っていました。
また駅のホームでは、乗り換え客や、弁当売りの声など活気にあふれていました。しかし大きなのは駅だけで、駅を一歩出ると小さな町で、誰もが驚いていました。
新幹線になり、米原駅は小さくなり、広大な敷地は民間に売却されたりして、当時の面影はありません。
国鉄「米原駅」と近江鉄道「米原駅」は直結していましたが、国鉄「米原駅」が小さくなって、両者は離れてしまいました。
鉄道に関する思いでは、学生時代「カニ族」で全国を歩いた私にとって興味が尽きません。とりとめもない思い出話ですが、お許し下さい。
元カニ族
2019年03月16日00時20分 返信する再拝復
元カニ族さま、こんにちは。
掲示板に再度コメントを賜りまして、重ね重ね本当に有難うございました。
当該旅行記に掲載の、猿尾踏切、及び。芹川橋梁は、元カニ族さまの地元なので、よく御存じなのではと思います。
それにしても、小生の個人的見解ながら、嘉田前滋賀県知事在職中の公共工事見直し政策実行に依り、東海道新幹線米原-京都間南びわ湖駅建設中止、及び、米原駅前再開発中止は、前者はJR東海の怒りと不信任とで、該一件で滋賀県との再交渉は無くなり、後者は米原駅改良工事完了後の更地にオフィスセンターが無くなった事で、米原市は貴重な税収を絶たれ、土地のみが虚しく残る状態が続いております。
米原駅前は、昔は国鉄職員相手のパチンコ屋が4軒存在したそうですが、現在では商店らしい商店は全く無くなり、元カニさまが降りられたら、さぞかし驚かれる事と思います。
嘉田前知事に依る、将来性を見据えず、単なる選挙民相手の思い付き的政策の為に、米原、及び、草津両市が被った損害と経済的効果マイナスは計り知れないもので、かの者の責任は重大だと思っております。
米原駅構内に就いては、関ケ原-米原間編で投稿したいと考えておりますが、該区間は蛇が多く、ドクロを巻き鎌首を持ち上げてコンニチハでは現地を訪れる気にもなれず、原稿は完成しておりますが、写真撮影は今年11月以降を想定しております。
横浜臨海公園2019年03月16日11時48分 返信する -
結城神社のしだれ梅にありがとうございました。
横浜臨界公園さま、こんばんは。
昔の梅鑑賞記を見て下さりいいねありがとうございました。
横浜移設を見せて頂きました。
横浜市民と27年住んでいました。
貴重な資料を見せていただいたのは良かったのですが、昔から居たのでは
ないので桜木町の名前に懐かしく思いました。桜木町にはよく行きました。
横須賀線に乗っていたのですが当時は、東戸塚駅が出来てなくて不便でした。
横浜駅には、バスでした、
これが、横浜という所かしらと思いながら5年ほど経ち、駅が出来て
便利になりました。本題から外れていますが、横浜駅も随分変わりましたね。
その前に新幹線横浜駅が綺麗になって、初めて降りた時、立ち止まってしまいました、
どう動いていいか分からずでしたから、綺麗になってることも初めて知った
時です。旅行記のコメントになっていませんがお許しください。
toraobasan2019年03月07日23時07分返信する -
旅行記に投票有難うございます。
横浜臨海公園 様
こんにちは
この度は旅行記に投票いただき有難うございます。
志賀高原はゲレンデが広く いろいろなスキー場を巡るのが楽しいのです。
初めて参加してみましたが、常連さんが多くて指導員とも人間関係が出来ていて
とても私が入れる雰囲気ではありませんでした。
またレッスンが主体であちこちのゲレンデを巡るのかと思っていましたがちょっと違いました。
ホテルは一の瀬のホテルこだまで固定されているので自分の好きなホテル(特に温泉付)を選ぶわけには行きません。
まあ再度のレッスン参加は微妙だと思います、一度の参加 雰囲気を知る…… これだけで十分だったと思います。
これからも宜しくお願いいたします。
敏じぃ2019年02月27日10時23分返信する -
新旅行記の発表、おめでとうございます
横浜臨海公園さま、こんばんは。
この度の横浜臨海公園様のライフワークとも言うべき「東海道本線歴史的痕跡探訪記 ~米原-近江八幡間編 明治頌歌~」の発表、おめでとうございます。
いつもながらの綿密に調査された、旅行記と言うより論文と言った方がぴったりの素晴らしい「米原-近江八幡間編 」、凄い凄いと感動しながら拝見させていただきました。
私自身は米原も近江八幡も、たぶん通過しかしたことがないと思いますが、横浜臨海公園さまの「明治頌歌編」を拝見しておりますと、行ったか行かないかなんて、もうそんなことはどうでもいい様な気がしてきます。
明治頌歌の一つ一つの区間を、鉄道敷設がされた明治から現在に至るまでのいろんな方面からの綿密な調査(今回は駅弁のこともありましたね)などに、どれだけ膨大な時間を要されたかと考えると、とても私のような凡人にはできることではないと思いました。しかも「明治頌歌」って全何篇あるのでしょうか。もう半分以上は完成させていらっしゃいますが気が遠くなるような作業だったことでしょうね。
今回の中に西南戦争のことを記していらっしゃいましたね。
私は昨年の大河ドラマ「西郷どん」の流れで明治黎明期の歴史などを調べました。
薩摩英国留学生より先にロンドンに渡った長州藩の「長州ファイヴ」の一人「井上勝」が鉄道の父と呼ばれているのですね。
産業革命で好景気に湧くロンドン、煙を吐いて走る鉄の塊の機関車、それらを見て驚いた留学生たち。彼らが鉄道の重要性を説き、その後日本中に網の目のように鉄道を敷設されたことを思えば、明治ってすごいなーと今更ながら思います。
まさに明治頌歌ですね。
とりとめのないことを書き連ねました。
これから寒さが厳しくなってまいります。
どうかお身体をお大事になさってください拝復
frau.himmelさま、こんにちは。
拙稿への投票、及び、掲示板にコメントを賜りまして、誠に有難うございました。
米原-近江八幡間は、東海道本線全線で一番地味な区間でもあり、当該区間に関する文献も少ない上に間違いだらけで、資料の取捨選択に苦労をさせられてしまいました。
それから季節柄、米原などはアラレが顔に当たるほどの暴風雨時に現地を回りましたが、その為に、米原近辺のみ、写真もどんよりとした光景しか撮影が叶いませんでした。
例のウィキとは全く異なる記述をしておりますが、能登川駅などは何時記述を変えてくるか、高みの見物を決めております。
横浜臨海公園2019年01月30日13時37分 返信する -
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御礼
横浜臨海公園 さん おはようございます。
< いいね ! >をいただき、ありがとう御座います。
鉄道に関する研究論文とも言えるような旅行記で、調査などにも相当ご苦労されているのだろうと思います。私は鉄道の町大宮に住んでいるので、ただ利用するだけでなく、そこに隠されている数々の歴史を探してみたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。
アンペルマン2019年01月13日10時40分返信する拝復
アンペルマンさま、はじめまして。
此の度は、小生の旅行記に大量に投票を賜りまして、誠に有難うございました。
フォートラベルでの10年来のお付き合いをさせて頂いております hn11 さまのページの掲示板を拝見させて頂いた祭に、アンペルマンさまのページに辿り着いた次第でございます。
兎に角、鉄道に関しても歴史にウソが多く、原資料を精査しながらの旅行記を上程しております。
その為に、資料蒐集から旅行記上程まで、最近では時間が無い事もあり、2〜5年かかる様になってしまいましたが、資料としても活用可能な程度に仕上げておりますので、何卒、お許し下さいませ。
今後とも宜敷くお願い申します。
横浜臨海公園2019年01月13日11時33分 返信する -
謹賀新年
横浜臨海公園さま、明けましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。
今年も横浜臨海公園様の内容の濃いご旅行記を楽しみにしております。
私の方は、横浜臨海公園様に与えられたミッションを今年中に遂行できるかわかりませんが、目標として頑張りたいと思います。
どうぞお体をお大事になさって、ご無理をなさいませんように。
今後のご活躍をお祈り申し上げます。
himmel
2019年01月01日17時45分返信する



