アリヤンさんへのコメント一覧(14ページ)全269件
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お久しぶりです
父は建築家で、コルビュジェ事務所で一時期クセナキスと一緒に仕事をしていました。(クセナキスは数学者にして現代音楽家) 芸大の前身、東京美術学校 建築学科卒後、戦争の時代を経てフランスへ行き、その後日本に戻り建築家として活躍。 フランスは僕にとって一度は訪れてみたい国です。 今まで、仕事で中国・台湾・香港・韓国・フィリピン・インドネシア・シンガポール・マレーシア・ベトナム・タイ・カンボジア・インドと出張や駐在をしてきましたが、ついぞアジア(広域での西アジア・インドを含む)を出た事が有りません。
僕はアリヤンさんのこの原点、を偶に覗き見するのが好きです。
何も考えず、または見えぬうちから、海外に行き、何とかその地で大人になって行く過程の若者、を見る事が出来るからだと思います。
僕も決して若くは無くなりましたが、気持ちの若さ=成長過程であると考え、時にここを訪れ、気持ちを新たにしています。 有難うございます。 -
お久しぶりです
アリヤンさん
いつの間にかフィリピンに行ってしまったんですね。
自分は、東南アジアの中で、東洋のラテン国、フィリピンが一番好きです。
バナウェーですか?行ってみたいです。
ところで、ウィルスに感染してしまって、USBから写真が取り出せないとのこと。お気の毒です。パソコン内のウィルスは既に駆除とのことなので、ウィルス駆除ソフトは既にインストール済みですね。
自分は、直すことは出来ないですが、治療?の近道は知っています。役に立つかどうかわかりませんが、試して見る価値はあると思います。
でも、もう試されたかもしれませんね…
自分は、いつもウィルス・ソフトの会社に直接質問してました。症状を細かく伝えると、数日後、返事がもらえ、そのとおりに実行しました。解決出来ないときは、何度かやり取りをしました。
UBSの会社と連絡を取るのも良いと思います。
あと、インターネットのフォーラムなんかも利用しました。「トロイの木馬 USB 開かない」とでもキーワードを打ち込んでみると、Yahooでは、下記のようなサイトが出てきました。
http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%9C%A8%E9%A6%AC%E3%80%80USB%E3%80%80%E9%96%8B%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84&search.x=1&fr=top_of3_sa&tid=top_of3_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=
早く、写真がみたいです。
では。
ToshRE: お久しぶりです
toshさん、
PCウィルスのご心配、ありがとう。
ヤフー知恵袋で、失なわれた写真再生の方法が分かりました。
復元ソフトで回復することが分かりました。
そのソフトが高いので、まだ買えてないですが、、、
もうひとつの問題=旅行に持って行った小さなミニPC(工人舎製PM)の修復にも手こずっています。
色々なIT関連の問題を抱えていますが、徐々に回復中です。
さて、バナウエですが、そりゃあ、かなりな田舎ですよ。
なんせ、マニラからソコにいくのは、くるまかバスしか手段がないのです。
しかも夜行で9時間もかかるのです。
今回、歩きましたよ。
toshさんもよく行き当たりバッタリに歩くヒトですが、吾が輩、パートナーとも60歳代のお年寄りですが、どこでも歩きます。
バナウエでは片道20キロ(急な坂道、山道ばかり)を歩いて訪れた、バタードとバン・ガ・アンの棚田は素晴らしかった。
帰りも歩きました。
バナウエから2泊3日の行程でしたが、車移動にない稀有な景色や経験が得られました。
もっとも、現地のヒトの中には、10キロの米を担いでこの行程を往復するヒトも居ますケド。
toshさんは、中国の田舎の人々に癒されて、元気になっているようですネ。
toshさんの辺境地での「行き当たりバッタリ歩き」に注目しています。
アリヤン2011年04月20日15時01分 返信するRE: RE: お久しぶりです
アリヤンさん
徐々に回復とのこと。安心しました。
> さて、バナウエですが、そりゃあ、かなりな田舎ですよ。
> なんせ、マニラからソコにいくのは、くるまかバスしか手段がないのです。
> しかも夜行で9時間もかかるのです。
9時間ですか?近そうに見えますが…遠いですね。
> 今回、歩きましたよ。
> toshさんもよく行き当たりバッタリに歩くヒトですが、吾が輩、パートナーとも60歳代のお年寄りですが、どこでも歩きます。
ははは、「いきあたりバッタリ」ですか?
その通りです。旅には自分の性格が出ますね。
> バナウエでは片道20キロ(急な坂道、山道ばかり)を歩いて訪れた、バタードとバン・ガ・アンの棚田は素晴らしかった。
> 帰りも歩きました。
おっと!合計40ですか?凄いですね。
> バナウエから2泊3日の行程でしたが、車移動にない稀有な景色や経験が得られました。
歩いて、見て、発見することってたくさんありますよね。
> もっとも、現地のヒトの中には、10キロの米を担いでこの行程を往復するヒトも居ますケド。
あらら…上には上がいますね。
> toshさんは、中国の田舎の人々に癒されて、元気になっているようですネ。
はい、体調は9割5分戻ったと自分で判断してます。
> toshさんの辺境地での「行き当たりバッタリ歩き」に注目しています。
はい、そのうちまた始まります。
Tosh2011年04月23日19時48分 返信する -
40年ほど昔に 訪れました。
アリアンさん ご無沙汰しております。
バナウエは 1971年に訪れました。 写真を拝見してどこがどこだか
分からないほど変わってしまったと イマウラシマの感じです。
当時私は バナウエからさらに北上して ボントック近くを調査しておりました。
収穫の時期でしたが 日本の平安時代と同じく稲が同時に熟さないので
熟した穂だけをえらんで摘む 「穂摘み」の時代でした。
それを束ねて手に持って家に帰る少女は 上半身裸でしたが
見事に陽に焼けていて 健康美そのものでした。
私の車に向かって ”イーッ”と白い歯を見せていた少女は
エロティシズムなどまったくない 野生の美しさをもっていました。
こんなことを思い出しながら 旅行記の効用として 遠くなった記憶を
引き出してくれる力があることを つくづく 感じました。
ありがとうございます。
ANZdrifter
RE: 40年ほど昔に 訪れました。
ANZdrifterさん
40年も前のバナウエを訪れたとは!
うらやましい!
バータードで、1940年代のバナウエ一帯の写真集(在住フランス人写真家が撮った写真)を同道のフランス人から見せてもらいましたが、それは素晴らしい自然とイフガオ族の人々でした。
今や、そうしたアミニティな姿はもう見られませんが、その香りはアチコチに残っています。
ワタクシたち、その匂いを嗅ぐためもあって(実は時間がたっぷりあった)バンガ・アンにもバタードにもバナウエから歩いて行きました。
その道中に昔のイフガオがあるヤモ?との思いでした。
途中途中に垣間見られる景色を楽しみながら、20キロくらいは歩きました。
良い運動にもなりました。
フィリピンにはあまり良い印象を持っていなかったので、今まで行かずギライでした。
マニラには全く興味はないですが、棚田のバナウエだけは行ってみたかったので、堪能致しました。
2011年04月17日09時38分 返信する -
おかえりなさい・・・かな?♪
アリヤン、おひさしぶり。
ご夫婦でたぶん、おそらく、間違いなく、とっくに帰国されてるだろうと思います。
ラオスのここら辺、
facebook風に例えるなら 『いいね!』。
6年前プノンペンからは閉ざされていたけど、次回は挑戦してみます。
RE: おかえりなさい・・・かな?♪
がまだすさん、
ご無沙汰デス!
先月18日に帰国していました。
今回は、棚田のバナウエでカメラがつぶれ、パソコンもつぶれ、写した写真を入れていたマイクロSDからは写真を取り出すことが出来なくなり、日本では大地震は起こるは、バナウエの人々からは「日本がタイヘンなことになっているのに、お前はなぜココに居る??」と責められ、急遽予定を変更して少し早く帰ってきました。
100日間のタビの疲れか?
帰国してスグに花粉症、歯が痛くなる、インターネットはスグに付かず、東京のムスメのことが心配で行ったり、児童日中一時支援にも行くし、ナンヤかやで毎日大変でした。
マゴ2人のお世話もせにゃあイカンし、旅行中の疲れを癒すヒマもありません。
今日、やっとネットが来たので、活動再開のダンとなりました。
がまだすさん、よろしくネ!2011年04月14日14時47分 返信する -
共感
アリヤンさん
だりと言います。
旅行記拝見させて頂きました。
パンのある無しはアリヤンさんのせい
と言われた奥様のくだり、
思わず我が妻と同じ!と笑ってしましました。
そもそも、インドに行きたいと言われたのは奥方ですよね。
アリヤンさんの奥方への愛情からでのインド行き。
パンで非難されてはたまりません。
でも楽しい旅行記でした。
だり -
バスの行き先を見ると旅情を掻き立てられます
アリヤンさんこんばんわ^^
引き続きラオス編たのし〜く見せていただいてます!
もうこうなると、自分も一緒に行き先を考えているようです。
日本にいてこんな楽しい思いをさせてもらって、本当に感謝・嬉しい限りです。
ベトナム行きのバス、私も多分日にちさえあれば絶対視野に入れます!!
HPによると情報もあまりないようですが、何となくだからこそ意欲を掻き立てられますよね。
パクセの町の様子もとてもよく分かります、私は南バスターミナルからすぐソンテウに乗ってシーパンドンに行ってしまったので今回素通りしただけだったのですが、これもまた行ってないのに得した気分。
今回はこのまま北部を目指すことになったとのこと、引き続き気をつけて楽しんで旅を続けてくださいね!いつも楽しみにしています。 ゆみRE: バスの行き先を見ると旅情を掻き立てられます
ゆみナーラさん、
ラオス版、お楽しみ頂きありがとう。
今のところ、パクセーでストップしてしまい、先に進めない状態です。
ワイヤレス パソコンが故障してしまい、前に進めないのです。
これからフィリピンの世界遺産のある棚田で有名な、バナウエに行き、2週間くらいはゆっくりするつもりです。
そこでうまい具合に良いネットカフェでもあれば、パクセー⇒タケク⇒ウドンターニ⇒バンビエン⇒ジャール平原⇒ウドン⇒サワンナケート⇒フエ⇒ホイアンエトセトラ をアップするつもりですが、どうなることやら、、、、
アリヤン 在 フエ2011年03月03日12時58分 返信する -
お久しぶりです
アリヤンさん
旅行記、楽しませてもらってます。
カンボジアは、予想外にいいところですよね。
シェムリアップは居心地がいいですよね。
自分は、西バライ周辺が一番好きです。
Tosh
2011年01月20日10時43分返信するRE: お久しぶりです
Toshさん、
カンボジア人があんなに良い人々だったとは、驚きでした。
ベトナム人にツメのアカでも飲ませたいくらいです。
パクセーからアッタプーを通って、ベトナムのプレイク(ジャライ県)に行くルートがオープンになってて、行こうかとパートナーと計画したけど、あのベトナム人が群がってくること、観光地でない地方都市のひどさを考えると、気がなえてしまって、やめました。
ラオスには何度も訪問していますが、ベトナムにはもう行きたくありません。
でも、ジャール平原の後に、フエやホイアンやミーソン遺跡には見に行く予定ですが、、、、
ではハロン湾、頑張って!
アリヤン、 在ラオス、パクセー2011年01月20日15時02分 返信する -
美しすぎ〜!
アリヤンさん
お久しぶりです。
アンコールワットの緊急避難ページにお邪魔しました。
今年あたりちょこっと行ってみたいなあとおもっていたものですから。
でも
トンレサップ湖への村々の生活も興味深く
アンコールワットのレリーフの美しさにも目を見張り
とても1週間の滞在では足りないと感じました。
ですので延期です。
ですので、アリヤンさんの画像アップがとても楽しみです。
今度日本へはいつお戻りになりますか?
今年もどうぞよろしくです。
唐辛子婆 -
はじめまして
アリヤンさん
新作の旅行記楽しみにしています。
というのも、軟弱な旅行者の私は、ツアーに参加し2010年のクリスマスからベトナムとアンコールワットへ旅してきました。
その際に1番印象に残っていたのが、カンボジアの人々です。
カンボジアの人々への印象がアリやンさんと全く同じでした。
もう一度カンボジアに行ってみたい私にとって、アリヤンさんのこれからアップされる旅行記ほど興味深いものはありません。
楽しみにしています。2011年01月02日10時16分返信する -
ロシアン・マーケット
あけましておめでとうございます、arfaです。
本年もよろしくお願いいたします。
年末にはマレーシアからカンボジアに行かれたのですね。
私は11月の西南インドの後、年末にはタイに行ったのですがスケジュールは直前まで考える余裕がなくてバンコク⇒チェンライ間は前々日、帰りのチェンマイ⇒バンコク間のエアーアジアはバンコク到着後に取ったので2200Bちょいの定価でした。タイ航空との差はわずか700Bでした。発着空港もスワナブームかドンムアンかエアーアジアは初めてだったのでわからないので乗り継ぎに2時間半も取ったし、やはりLCCは早い予約でないと安く取れないですね。
ロシアン・マーケットは元々地元の人の生活市場『プサー・トゥールトンポン』ですが、カンボジア内戦時にポルポト派を追い出したベトナム軍の装備品や機械類は当時のソ連製だったので新品・中古のスペアパーツがこの市場の横の通りに売る店が多かったのでこういう名前がつきました。
私が初めて言った'98年はこのプサー・トゥールトンポンではマリファナが店に並べられて、売り子が声をかけてくるのはヘロインやハルシオン、銃器類をついてくれば売ってる店があるよというものでした。
名前のトゥールトンポンはすぐ隣のお寺がワット・トゥールトンポンというお寺なのでここからきています。仏教の信仰の厚いカンボジアでは地名よりもお寺の名前のほうがみんな知ってるので通りがいいのですね。
ちなみにトゥール・スレン博物館は私が行った当時は殺された子供の小さな頭蓋骨でカンボジア地図が作られてかけられていました。これはあまりに衝撃が大きいということで2000年に外されました。
ま、ともかく今年も宜しくお願いいたします。



