リラクマさんのクチコミ(30ページ)全6,091件
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
戸次川古戦場跡との案内塔から少し南に行ったところに、長宗我部信親終焉の処との案内板があり、お地蔵さんと鎮魂碑が建立されていました。お地蔵さんは1586年(天正14年)の戸次川の戦いから400年を記念して高知市の有志によって建立されたもので、鎮魂碑はその後、2002年(平成14年)に、遺族を中心とした寄付により建立されたものです。寄付者には、長宗我部信親子孫とか、家臣の片岡民部光政子孫、片岡三郎衣衛門子孫といった文字が見られました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:3.5
長宗我部信親の墓は大野川((昔の名は戸次川)から望める丘「山崎台地」の上にありました。信親のお墓は高知にもありますね。遺骸は高知まで運ばれたともいわれていますが、こちらは最初の埋葬地だったのでしょうか。お墓の周りには戦いの戦死者の慰霊碑など長宗我部信親に関連するものもありましたが、関連性の分からないものもいくつかありました。その1つに、たくさんのお地蔵さんが並べられていました。それらが全部親子なのか、大きいものと小さいもののペアになっていました。初めて見た光景でした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
戸次の町並みの中では一際大きな建物が、帆足本家酒造蔵でした。現在は帆足家から大分市に寄贈されたているとのことです。ここでは1775年(安政4年)から1972年(昭和47年)まで酒造りが続けられたそうですから、およそ200年間も続いていたのですね。きれいに整備されていますから、当時を偲ぶものは少ないです。酒蔵とは関係がないですが、明治中期のおもちゃ「木馬」が置かれていました。ロッキングするものではなく、車輪が付いていました。博物館に収めても良さそうに思いました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
TOHOシネマズ 大分わさだはフェスティバルタウンの3階にありました。このフェスティバルタウンの1階と2階にはレストランが集まっています。この配置は、食事をしてから映画を見るか、映画をみてから食事をするかといったことも期待されているのかと思います。映画は一定時間拘束されますから、やはり食事も気になる人が多いのでしょう。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
トキハ百貨店の多角化事業の1つであるトキハわさだタウンは、大分市街地の南で、イオンがあるパークプレイス大分とは7~8km西といったところにありました。土地柄としてはパークプレイスが傾斜地なのに比べると、こちらは平らで商業地としては立地に優れていました。また、同じ大分市郊外には、同じ系列のトキハインダストリーの運営するあけのアクロスタウンもあります。この地域の商業圏がそれほど大きいとは思えませんが、それぞれ善戦をしているということでしょうか。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- お買い得度:
- 3.0
- サービス:
- 3.0
- 品揃え:
- 4.0
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
亀塚古墳はほぼ原型に復元されていました。訪れた時は雨が激しく降ってしまい叶いませんでしたが、お天気が良ければ、古墳を下から見上げたり、上に登ってみたりと、ゆっくりと探訪しながら、古代に夢を馳せるのに良いところだと思います。古墳資料館は素人にも分りやすく案内されていますから、古代への思いの手助けをしてくれました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:3.0
旅をして疲れて宿屋に着いた時は、明るく迎えて貰えるとホッとして疲れも取れるというものですね。コロナ下でお客さんは少ないのかも知れませんが、フロントには人が居て欲しいですね。もし、事務所に入っていても、すぐに出てきて欲しいと思いました。フロントはおばぁさん一人?なのか、ここはお留守?と思うほどゆっくりと、また、お愛想もなく対応して頂けました。チェックアウトは、特に何もなければ、鍵を返すだけなので、接客はなしでした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 友人
- 1人1泊予算
- 5,000円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 3.0
- 風呂:
- 3.0
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:5.0
旧丸毛家住宅は、臼杵藩の禄高200石の上級武士のお屋敷だったとのことです。築造は江戸後期だそうですが、1989年(平成元年)から翌年に掛けて、全面的な解体修理が施されたとのことです。旧臼杵藩主稲葉家下屋敷の隣にある旧平井家住宅も、同じ200石取りの上級武士・稲葉家のお屋敷でしたが、丸毛家の方がちょっと大きい様に思いました。湯殿関係では、母屋には湯殿、脱衣之間のほかに化粧之間があり、別棟で湯殿棟がありました。母屋の湯殿はお湯なり水なりを浴びるだけで、五右衛門風呂で湯に浸かるのは湯殿棟の様でした。井戸は台所と湯殿棟の間にあり便利さも考えられている様でした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:3.5
二王座歴史の道沿いにある休憩処・稲葉家土蔵(道路側の入口は休憩処のために改修された)のところを北に入ると善正寺がありました。創建は1602年(慶長7年)です。道路に面した山門は鐘楼門です。本堂前には親鸞聖人像がありました。お寺全体が比較的最近再建された様ですが、この聖人像だけは歴史を刻んできたように感じました。余談ですが、休憩処・稲葉家土蔵とその右隣の長屋門(現在は茶房長屋門の入口)は藩主稲葉家の分家筋となる稲葉家のものです。かなり手が入っていますから歴史は感じられませんが、その内、味が出てくるかも知れませんね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:3.5
見星禅寺は二王座歴史の道を通り過ぎ、町八町の中の1つ・田町地区にありました。こちらには宗麟の時代のものと思われる一言地蔵マリア観音像があります。キリシタン弾圧に備えて、川に遺棄されたものを5世住職が引揚げ、境内に祀ったと伝わっています。裏庭にあるとのことでしたが、工事中で裏庭へは廻れませんでした。また、甚吉坂を上り、切り通しに向かわずに右に曲がって程ないところに禅味料理・星月庵がありましたが、この見星禅寺のご住職が修業時代から体得した禅の料理を提供するお店だとのことです。料金も手頃と評判のお店とのことです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
二王座歴史の道を散策していて、切通しを通り過ぎた先に一部2階建ての、個人宅と思われる建物がありました。その建物の端のところに可愛い鯉のぼりがいくつも飾られていて、「直良信夫顕彰記念館」と書かれた入口がありました。直良さんて誰?と思いましたが、入口横に「明石原人発見者直良信夫博士生誕の地」と刻まれた石碑が建っていました。足跡を辿る資料や写真が展示されていました。近くに下宿をしていて、信夫少年に勉強を教えてくれていた直良音さんとの再会が、大きく運命を変えたのですね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
二王座歴史の道は、サーラ・デ・うすきの近くは、武家屋敷があったと思わせるところや、いくつものお寺さんがあり、城下町といった雰囲気がありました。坂道に掛かり、市が設置した休憩処・旧真光寺辺りから先は、道も細くなり、また違う雰囲気に変わりました。散策には、この辺りが風情があって1番良かった様に思いました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月16日
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投稿日 2022年09月16日
総合評価:4.0
善法寺は二王座歴史の道沿いにありました。旧真光寺の少し東、法音寺の丘下といったところにありました。この界隈では、右隣の善正寺とともに鐘楼門がありました。1334年(建武元年)に建立されたお寺さんで、浄土真宗としては九州では最古のお寺の1つだそうです。従って、九州のリーダー的な地位にあって、織田信長の石山本願寺攻めの際には、末寺を率いて石山本願寺に応援に駆けつけ、信長と戦ったのだそうです。当時のお寺さんの戦闘能力の高さがみえますね。1624年(寛永元年)に現在地へ移転してきたそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0











































