たびたびさんのクチコミ(2074ページ)全42,525件
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
不老橋は10代藩主によって架けられた石橋で、徳川家や東照宮の関係者が和歌祭の日にお旅所に向かうために通った「お成り道」にかけられたもの。和歌浦のシンボルの一つでしょう。中国の杭州西湖にある六橋を模したものだそうで、熊本の石工集団の施工。がっちりした造りは名前のとおり、確かに長持ちしそうですね。わたって眺めたり、水辺の方に下りて下から眺めたり、いろいろ楽しめます。なお、ここから歩いてすぐの海観閣に渡る方の橋は、三断橋。こちらはけっこうボロボロ。長い年月でちょっと差が出てしまいましたね。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
大門坂は、JR紀伊勝浦駅から熊野交通バスで、那智山行き20分。「大門坂」下車で、すぐ。名前は、かつて坂の入り口に大門があったから。田んぼのあぜ道みたいなところから、入っていきます。この坂道を辿っていくと、熊野那智大社への参道につながります。那智黒の飴屋さんとかが見えてくると終点です。熊野古道の一部なのですが、途中はバス道路に沿った場所もありますし、石段とかもそれなりに整備されていますので歩きやすく、手軽に安心して熊野古道が楽しめます。古道のルートとしては最も有名だと思います。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
ホテル浦島は、紀伊勝浦駅から歩いて10分。港に出ると、渡し舟(無料)の乗り場があって、そこから入ります。写真は、夜の渡し舟乗り場。この乗り場の正面に、ホテルの建物がどんと構えていまして、全体の夜景がきれいでした。(写真にはうまく撮れず、残念)ホテルで有名なのは「忘帰洞」という洞窟風呂。海岸端の侵食されてできた洞窟がそのまま温泉になっています。この名前は、大正初期に、元紀州藩の徳川頼倫公が命名されたのだとか。私は、夜がふけてから入ったので、真っ暗な洞窟の口の向こうから、風波の音が聞こえるだけで、ちょっと寂しい感じ。明るいうちに入ったほうがいいかもしれません。料金は1000円です。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 2,500円未満
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 接客対応:
- 4.5
- 風呂:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:5.0
橋杭岩は、その名の通り、橋の橋脚が続いたような形の岩。海岸から海に向かって1キロ近くの長さで岩が直線上に連続して立ち並んでいます。たまたま、干潮時だったので、中ほどにある弁天島まで歩いて渡ることが出来ました。辺りでは、地元の人が、岩海苔でしょうか、一生懸命、採っていました。例によって、弘法大師に絡んだお話。天の邪鬼と串本から沖合いの島まで橋をかけることが出来るかどうかの賭けを行った名残りというのですが。
なお、橋杭岩の近くに、大師温泉という温泉があります。アットホームな温泉だと聞きました。- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.0
潮岬灯台は、紀伊半島南端、串本町にある灯台です。明治初期の江戸条約に基づき建設された8基の洋式灯台の一つで、現在の白亜の灯台は明治11年に竣工したもの。堂々、がっちりした印象の灯台です。太平洋に突き出た潮岬は、台風の時とか、よくテレビに出たりするので、名前だけは御馴染みかもしれません。灯台へは、JR串本駅から、熊野交通バスで18分。バス停はたぶん終点の一つ手前、潮岬灯台前で下車して、岬を巡る遊歩道を辿ってすぐの場所。バスの本数はあまりないので、行ったバスで、また帰るといった感じになりました。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:5.0
仙人風呂は、川湯温泉にある露天風呂。熊野本宮大社からの帰り道に寄ってみました。仙人風呂の名前は、千人くらい入れる広い温泉ということでしょうが、特徴は、その広さよりも、川湯温泉街から川を挟んで、川沿いにあるロケーションと掘った場所から温泉が湧き出していることでしょう。川の水のきれいなことも特筆です。さて、私は急に思い立って寄ったので、何も準備していなかったのですが、ここは、混浴で皆さん水着。若いカップルもちらほら。ちゃんと水着を用意していました。しかし、私は、そういうわけで仕方ないので、隅っこのほうで、裸で入りました。申し訳ないです。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 2,500円未満
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 接客対応:
- 4.5
- 風呂:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
熊野速玉大社は、「くまのはやたまたいしゃ」と読みます。那智大社、熊野本宮大社と並んで、熊野三山の一つなのですが、新宮市内にありますので、新宮駅から、バスで。交通の便はここが一番いいです。赤い鳥居から、境内に。池の脇を過ぎて、本殿の前に出ましたが、本殿の雰囲気にびっくり。傾斜のゆるい屋根が、何層にも重なったような。古い神社なのでしょうが、洗練された現代っぽさを感じました。この美的感覚はすばらしいと思います。宝物は、室町時代に奉納されたという皇室と足利義満公の古神宝類ほか。時間があれば、是非どうぞ。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:5.0
青岸渡寺は、西国第一番の札所。熊野三山の一つで、もともとは那智の滝を中心にした神仏習合の修験道場だったところ、明治初期に青岸渡寺と那智大社に分離されたのだそうです。ですので、那智大社との境は、ちょっとした石段があるだけ。今でも、実質、境内はつながっています。本堂、歴史を感じさせる、古びた大きな木造建築なのですが、むしろ、ポスターとかでよく目にするのは、この三重塔のほうかも。那智大社から青岸渡寺の本堂を抜けて、だらだらとした坂を下っていくと、この景色。塔の背景、遠くに、那智の滝を望んでまさしく絶景。朝日に輝く、三重塔とのコントラストがすばらしいですね。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月05日
総合評価:5.0
那智の大滝は、落差133メートル。華厳滝、袋田の滝と並んで日本三名瀑に数えられているとのことです。袋田の滝は見てないのですが、少なくとも、華厳滝と比べれば、感動が格段に違います。三筋に分かれて流れ落ちるのですが、その三筋は人工で作られたようにきれいに整っていますし、背景の岩肌の美しさに、流れ落ちる水しぶきの上がり方、全体がすばらしいです。この滝に対する信仰心が芽生えるのも当然でしょう。滝は、入場料を払うと真下の辺りまで行けまして、舞台のような場所から、見上げれます。本当に一見の価値がある滝だと思います。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.5
紀三井寺は、背後の名草山に三つの霊泉があったことから「紀三井山」という山号となり、これが通称となったとのことでしたが、三井寺と関係はどうでしょうか。ちょっとわかりません。JR紀三井寺駅から歩いて10分くらい。賑やかな門前町を抜けて、急な石段を登ると高台に位置する境内です。紀三井寺の本尊は、有名な十一面観音像。しかし、これは千手観音像とともに、50年に一度開扉されるという秘仏です。代わりといってはなんですが、傍らに建つ鉄筋コンクリート造の新仏殿では、日本一の寄木造りという大千手十一面観世音菩薩像があります。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.5
岡城址は、台地状の地形が、二つの川の間に挟まれて、川岸からそそり立っている場所。城跡を巡り、眼下の渓谷を眺めていると、かつて「難攻不落」と言われた天然の要塞であることが今でも、十分偲ばれます。ちなみに、岡城は、地元の武将が源頼朝に追われた義経を迎えるために築城したのが始まり。実際の激戦としては、戦国時代の終わり頃、島津の大軍が岡城を襲った際には、これを良く防ぎ、豊臣秀吉から感状を与えられたほど。有名なのは、瀧廉太郎の「荒城の月」。瀧廉太郎は少年時代を竹田で過ごし、この岡城の印象をその作曲にこめています。なお、入場料が必要ですが、チケットは、巻物風。おもしろいです。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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ちょっとうっとりといった感じを持ちました。けなげでもあります
投稿日 2012年09月04日
総合評価:5.0
淡嶋神社は、和歌山市の北西にある加太にある神社。加太駅からはしばらく歩きます。全国にある淡嶋神社、粟嶋神社、淡路神社の総本社だとのことですが、有名なのは人形供養。始め見た時は気がつかなかったのですが、近づいてよく見ると、本殿の縁や床下など、所狭しと、人形が並んでいます。捨てるのは人形がかわいそうということで、持ち込まれた人形たちですが、それぞれがとてもかわいいし、きれいで、捨てられる運命だった人形とはとても思えません。あまりに多いので、確かに異様な雰囲気とも言えますが、私としては、ちょっとうっとりといった感じを持ちました。けなげでもあります。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:3.5
大分城址公園は、大分市の中心部。大分城は、元は豊後国の国衙が置かれた場所であり、中世には府内と呼ばれていたので、府内城と言います。この府内城は、鎌倉時代から戦国時代にかけては豊後国の守護大名であった大友氏の拠点であったのですが、現地の説明板は、江戸期の松平氏にかかるもの。しかし、この松平氏は2万石の小大名であったため、そのような説明があっても、申し訳ないのですが、なかなか感慨は湧いてきません。石垣の内部には、ホールを備えているのでしょうか、文化センターのような施設。敷地では、骨董市をやっていました。ただ、周囲を散策してみると、お堀の水は意外にきれい。鯉の泳ぐ姿がゆったり。よく見えました。大分は、小藩の集まりで、一番大きな藩でも福沢諭吉の出身藩の10万石。これもそいういう意味では大分らしいのかもしれません。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.0
大分元町石仏は国の史跡で、大分市の少し郊外。路線バスで早朝に訪ねました。山裾に小さなお堂が建てられていて、その正面は透明なアクリル板のようになっていますので、ちょうどお顔に朝日が差し込むところでした。出来たのは、平安時代後期だということですが、傍らには、矜羯羅童子、制多迦童子を従える不動明王に、毘沙門天もあって、比較的整っています。種類的には崖に彫られた磨崖仏。この辺りはほかにも、石仏がいくつかありまして、柔らかな凝灰岩だということもあって刻みやすかったものと思われます。ちなみに、大分では、臼杵の国宝石仏が有名ですが、ここもありかもしれませんね。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.0
江戸時代の初め、藩主中川公が、祈念所として建立したのが観音寺。この観音寺への参道の石段の右手、天然の崖石の上に十六羅漢の石像が並んでいました。市内の中心部で、うろうろしていたら、突然、この光景。石段は、けっこう険しいですし、苔むしているは、磨り減っているはで特徴的なのですが、それに加えて、この十六羅漢も強烈です。ちなみに、石段を登りきったところには、国の重要文化財「愛染堂」も。端正な建物で、本尊の愛染明王は恋愛成就の願掛けで有名なのだということです。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.5
長湯温泉は、竹田の奥座敷、くじゅう連山に抱かれた温泉地。ラムネ温泉という炭、入ると炭酸の泡のような気泡がまとわりつく湯で急に有名になりました。この日の男風呂は、3階の風呂でしたが、見た瞬間は、建物の外観と違って、お湯の白いにごりもあってかもしれませんが、かなり古ぼっけた感じ。長湯の通り、ぬるいので、確かに長湯には適していますが、その分、同じ階の屋外にあるせせらぎを見下ろせる露天風呂は、ちょっと寒いくらいでした。料金は300円。バス停にも近いので、ぎりぎりまで、入ることが出来るのは利点ですね。飲んでもいいようですが、私は試すの忘れました。残念です。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 泉質:
- 4.5
- 雰囲気:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
-
投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.0
竹田市内にある武家屋敷通り。これは、かつての岡藩時代の面影を残すと言われ通りですが、100mちょっと。何軒かの屋敷はそれぞれに風雪を耐え忍んだ土塀に漆喰壁が今も生々しく残っていまして、半分崩れかけたような場所もありますが、それが逆に迫力満点です。途中に、岡藩時代の迎賓館である御客屋も。長屋門のような、入り口が目印です。中は、今では茶房になっています。枯山水の庭園の裏庭もあるとのことですが、これにはちょっと気がつきませんでした。
なお、この日は雨の日。写真は、余計に渋い感じになりました。- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 4.5
-
投稿日 2012年09月04日
総合評価:4.5
小倉城庭園は、小倉城主の下屋敷跡。写真はここに建つ書院。江戸時代の大名屋敷を再現した造りなのですが、広縁の一部が池に張り出す「懸造り」であるのが、特徴。天気が悪かったので、室内写真になりました。縁側からは真下から池が広がり、ひさしの下から小倉城の天守閣が見えまして、その見え方が一番美しいといわれるアングルです。ただ、ここの価値は、お作法でいう小笠原流の本家となった品々の展示。正月のお飾りや食器の類など、丁寧な解説付き。今だと、福岡県でも気性の荒い地域なのですが、江戸期からの伝統は健在のようです。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年09月04日
総合評価:5.0
金剛宝戒寺は高野山真言宗の寺。僧行基が聖武天皇の勅命により建立したのがはじまり。私は、大分の駅の看板で、国の重要文化財の仏像「木造大日如来坐像」を見て、訪ねることにしました。早朝だったのですが、庫裏の方に声を掛けたら、奥さんが写真の大日堂に案内してくれました。ちょうど、住職が朝のお勤めをしている最中だったのですが、暗闇の中に、丸いわっかの光背を背負った、切れ長の仏が浮かび上がりまして、思わず声を失いました。見透かしたように、「田舎の寺だ(たいしたことない)と思ってたでしょ」と突っ込まれてしまいましたが、確かに、大分恐るべし。隠れた名所だと思います。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 5.0
-
投稿日 2012年09月05日
総合評価:4.5
紫川は、小倉の街中を流れり川で、潤いある小倉の代表的景観の一つ。紫川の名前はロマンチックな響きですが、謂われは万葉集の歌枕まで遡るのだとか。この辺りは、最都市計画「紫川マイタウン・マイリバー整備事業」によって、最近、生まれ変わったエリア。もともとは、地元の百貨店「井筒屋」のおひざ元で賑やかな場所なのですが、小倉城とその隣にできた原色がちょっと派手目のリバーウォーク。これらを結ぶ紫川の両岸も、木製の橋とか周遊しやすい工夫があって、素晴らしいと思います。なお、写真は早朝です。
- 旅行時期
- 2009年01月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.0























