mom Kさんへのコメント一覧(12ページ)全290件
-
愛媛堂
Kazukoさん、
日帰りで松山、行ってきました
偶然通りかかった古本屋さんで、帰りの飛行機で読む文庫本買ったら、50円均一本だけど、そろばんでパチっと!
そう言えばと、kazukoさんの旅行記を見直したら、やっぱり愛媛堂さんでした。ご主人も女将さんもお元気でしたよ。
取り急ぎ、お伝えしたくて
古本屋が多かったのは、もしかして近くに大学があったから?神田がそういう理由だそうです。
ちゅう。
RE: 愛媛堂
ちゅう。さん、お伝えありがとうございます。うれしいです。
私は、旅を思い出すとき、その街で会えた人々の姿。取り立ててお話したり、親しくなったわけではないのですが、愛媛堂さんは、もう10年ぐらいにはなりますね。今年は、二度訪れています。
> 日帰りで松山、行ってきました。
フットワークの軽い方なのですね。素敵!それともお仕事で時間の取りにくい現役真っただ中なのかもしれませんね。そう、旅は長さではありませんね。何を召し上がったのかしら。
> 偶然通りかかった古本屋さんで、帰りの飛行機で読む文庫本買ったら、50円均一本だけど、そろばんでパチっと!
まあ、そろばんには、お目にかかったことがありません。ここで「蜜蜂と遠雷・・・」に出会って、気になっていた本で、うれしかった。賞を取った直後で、「もう?!」と思ったものです。私は、旅で読み終わった本を引き取ってもらったこともあります。そして、新たに購入します。
> そう言えばと、kazukoさんの旅行記を見直したら、やっぱり愛媛堂さんでした。ご主人も女将さんもお元気でしたよ。
お二人で仲良くお暮しなのが伝わってきますね。だからいつまでもと願っています。
> 取り急ぎ、お伝えしたくて
心にとめてくださって、うれしいです。
> 古本屋が多かったのは、もしかして近くに大学があったから?神田がそういう理由だそうです。
あの道をまっすぐまっすぐ歩いていくと、確かに愛媛大学でした。
今日久しぶりに帰宅したら、秋が始まっていました。ちゅう。さんの松山旅、ぜひupしてください。楽しみにしています。もう一度、「ありがとうございます。」 mom K
2023年09月24日19時04分 返信するRE: 愛媛堂
ちゅう。さん、お伝えありがとうございます。うれしいです。
私は、旅を思い出すとき、その街で会えた人々の姿。取り立ててお話したり、親しくなったわけではないのですが、愛媛堂さんは、もう10年ぐらいにはなりますね。今年は、二度訪れています。
> 日帰りで松山、行ってきました。
フットワークの軽い方なのですね。素敵!それともお仕事で時間の取りにくい現役真っただ中なのかもしれませんね。そう、旅は長さではありませんね。何を召し上がったのかしら。
> 偶然通りかかった古本屋さんで、帰りの飛行機で読む文庫本買ったら、50円均一本だけど、そろばんでパチっと!
まあ、そろばんには、お目にかかったことがありません。ここで「蜜蜂と遠雷・・・」に出会って、気になっていた本で、うれしかった。賞を取った直後で、「もう?!」と思ったものです。私は、旅で読み終わった本を引き取ってもらったこともあります。そして、新たに購入します。
> そう言えばと、kazukoさんの旅行記を見直したら、やっぱり愛媛堂さんでした。ご主人も女将さんもお元気でしたよ。
お二人で仲良くお暮しなのが伝わってきますね。だからいつまでもと願っています。
> 取り急ぎ、お伝えしたくて
心にとめてくださって、うれしいです。
> 古本屋が多かったのは、もしかして近くに大学があったから?神田がそういう理由だそうです。
あの道をまっすぐまっすぐ歩いていくと、確かに愛媛大学でした。
今日久しぶりに帰宅したら、秋が始まっていました。ちゅう。さんの松山旅、ぜひupしてください。楽しみにしています。もう一度、「ありがとうございます。」 mom K
2023年09月24日19時04分 返信する -
青春18きっぷ
こんにちは。青春18きっぷは若い頃に一度使ったのを思い出しました。当時私は岡山県在住の大学生で、実家のある新潟まで、途中クラスメイトの家などに宿泊しながら山陽本線・東海道本線と東京経由で普通&快速列車の旅をしました。
一番つらかったのが上越線の県境越えでした。
当時朝昼晩各1本ずつ程度しか電車が通っておらず、更にその電車にはトイレがなかったので途中から意識を下腹部に全集中したものです。結局耐えきれずに浦佐でギブアップして乗車券と特急券を購入しなおして上越新幹線に乗り換えました。 -
帰りはお米を買って帰ろう、
momKさん、こんにちわ
“帰りはお米を買って帰ろう“が、とても良かった。
雰囲気がすごくわかる気がしました。 -
良い旅ですね!
mom Kさん、こんにちは。
私も9月に利尻島に行こうと思っているのですが、
こんないい旅が出来るかなと、
うっとりしながら拝見しました。
きっと無理ですね。
花はもう全部終わっているし、
利尻島で泊まるわけでもないし。
なんとなく上質な小説を読んでいるような気持ちで、
最初から最後まで一気に読ませていただきました。
とっても心が豊かになる旅でしたね。
yamayuri2001 -
稚内
mom kさん こんにちは
稚内は北の町ということで子供のころから名前は知っていましたが、どんなところなのかは、当然知りませんでした。
ところが、mom kさんの旅行記で知りました、実は何もない所なんですね(笑)。
開校百年の高等学校や、祭りの屋台はどこにでもあります。でも地元の人と親しく話せる観光客はそうはいません。ケバイ色の幕、立ち昇る炭焼きの魚の煙、あんず飴、ヒバの葉の上に並べられたいかの醤油やきのにおい、どれも懐かしい、そして美しい、
アセチレンの匂い、おっとこれは私の子供のころでした。
豪邸ではないけど、訪ねてみると生活の残り香がなつかしい民家、こんな家も見られて
よかったですね。観光地を避けて歩く旅行記でした。
pedaruRe: 稚内
pedaruさんも今日は閉じこもりですか。江戸は怪しい空模様ですね。
そうなんです。稚内は、素っ気ないんです。降り立ったのは、三度目ですが、街を歩いたのは、二度目です。
2年前の夏、礼文からのフェリーで降り立ち、1泊した最初は、「最果て感」が納沙布岬に行くまでもなく、町全体から迫ってきました。旅行記を書けませんでした。寂しさ込み上げてきて、おろおろ。その朝まで過ごした礼文島の星観荘での豊かな日々が体にあります。だから、突き落とされ感もありました。食事をした記憶もありません。翌日早々のサロベツ号で灰色の町を去りました。
何も会えなかった旅(町)は、悲しい。それで、却って気になってはいました。利尻旅を決めた時に、「稚内に二泊する」とまず計画。このお祭りは、そんな私のために用意してくれたんだと、駅を降りて、前を見たとき分かったんです。
札幌の屋台グループの社長さんがゲストハウスに泊まっていました。THE STAYのオーナーでしょうか。フロントにおられるとき、何かと声をかけてくださいました。このお宿のおかげで、稚内旅行記が生まれました。オーナー(?)は、「(屋台グループのみなさん)『来年もお願いします。』と言っていかれましたよ。」と、わざわざ私に教えてくれました。つかの間の私と社長さんとの交流に目を止めておられたからだと思います。
来夏は、利尻には渡りません。この稚内を終着地点に、オロロン北上を考えています。喫茶”北門館”も楽しみです。注文が入って、食パンをパンナイフで切る技に見とれました。野菜サンドに決めています。
北海道を順にまわる屋台の売り上げは、「稚内が一番」と店主が即答されました。並みいる大きく有名な観光地をさしおいて。
只者ではありません、稚内。2023年07月20日12時25分 返信する -
初めまして
夜中に酒に酔って突然のコメント失礼します。
17年前に無理して、このホテルに泊まりました。それで、懐かしくなって、ついつい書き込みさせて頂きました。
泊まった部屋から観た海の風景をふと思い出しました。
寂しく独りでアフタヌーンティーも飲んで、夜はペナンサンセットというカクテルを頂いた記憶があります。
チュリアストリートの飲茶、外景しか観てませんがインド映画を上映してる映画館、そんな風景の記憶なども蘇って来ました。
繰り返しになりますが、突然の書き込み、失礼しました。
これからも楽しい御旅行をお楽しみ下さい。
では
-
雨竜ではありませんか!
mom Kさんへ
雨竜にいらしていたのですね。
それも最近ではありませんか!
私はここから車で15分ほどの町に住んでいます。
毎日のように自転車に乗るのですが、
もちろん雨竜もしょっちゅう走っています。
道の駅では親戚が働いています。
江部乙や旭川にも・・・
なんか地元を再発見しているようで楽しく読ませていただきました。
4時前に明るい。
そうなんですよね。
この時期は3:45あたりから明るくなってきたりします。
考えてみたら日本でも特別早い朝なんですね。
豆電球・・・知りませんでした。
今度行ってみます。^^
プロチダそんなあ~!
pisaにprocidaの方が、雨竜近くにお住まいだなんて。不思議な気がします。プロチダさんは、あの緑あふれる中にお住まいなんですね。関西の我が家周辺も緑たっぷりですが、遮るものも多すぎます。あれほどの清浄さ豊かさには程遠いのです。
この旅の最後は、利尻でした。チェックアウトされた千葉の男性が、サロンでフライトの時間待ち。いつものように誰もいなくなったキッチンで、昼食の準備をしていたら、♂「あのう、これ、よろしかったら・・・、山に持っていくのを忘れて残ってしまって・・・」と、おずおずバナナを差し出してくださいました。グッドなタイミング。私は私で、「あのう、よろしかったら、ご一緒にお昼を。稚内から持ち込んだ鰊の一夜干しが多くて・・。」
その時の会話が、北海道のお米について。私が、「お水とお米がおいしいなんて、最高の幸せと思いました。」彼は、うなずいてくださいました。
その「ゆめぴりか」の里にお住まいだなんて。
「豆電球」さんは、お子様もきっと喜ばれると思います。私は、次は娘と参ります。店主夫妻も素敵方達なんですから。2023年07月19日16時59分 返信する -
木札のカルタ
ブリキの缶に入った百人一首の木札のカルタ、懐かしいです。小学校の冬休み(12月26日~1月19日)の中盤にあった登校日(紅白の餅がもらえた)でやらされました。
字が達筆すぎて、字で覚えると言うよりも、模様で覚えるといった感じです。
乙女のすがたしばしとどめん
富士の高嶺に雪は降りつつ
の二つが人気札でした。
わがころもではつゆにぬれつゝ
わがころもでにゆきはふりつゝ
この2つは間違えて、よくお手つきしました。
読み札には全部書いてあるのに下の句しか読まない。木札(取り札)にも下の句しか書いてない。これじゃあ百人一首、覚えられないですね~
読み方も相撲の呼出の様に節をつけて‥
会津から伝わったらしいです。
ホッケのフライ、とても残念です。Re: 木札のカルタ
おはようございます、お師匠さま。大量のお洗濯をする日常に戻っております。゛恋する大地゛が遠くなりつつある時に、彼の地からのメールにあの涼風を感じています。謝。このトピックをupして良かった。同封されていた印刷物の状態は、手にとってみても、驚くほど良好。どれほど大切に扱われていたのか分かりました。恐らく大人が管理し、家庭での学びの教材だったのかもしれませんね。Drの本メールで想像出来ました。師匠ご自身が、こんなにも鮮やかに覚えておられるんですもの。関西では見たことがありません。会津ですか。さもありなん。屯田兵家族の極寒の暮らし、果てしない重労働、突然のお上からの召集etc。人は、何をよりどころに生き抜いていくものか、大きなヒントをもらった気がします。 ご安心下さいませ。次の旅行記でほっけのフライが登場します。私、これを初めて口にしたのが2年前の旭川。舌が忘れてくれませんでしたから。2023年07月18日08時56分 返信する -
ポーランド
mom kさん おはようございます。
こんなに建物が風情あるものばかりとは知りませんでした。街を歩いただけで
私なら大満足です。
pedaru



