mom Kさんへのコメント一覧(8ページ)全289件
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いーーーーっぱい♪
mom Kさん
こんばんは♪
ポーランド拝見しました!!
ホントに奇遇ですが、私も今年ポーランドに行ってました(笑)
ワルシャワだったのですが、mom Kさんと同じく食事にフォーカスしましたよ♪
mom Kさんの数ある食べ物の投稿写真の中でも一番わたくしの心を捕らえたのは、何だと思いますか?←知らんがな
鰯の丸揚げです。
絶対旨い(笑)
私のワルシャワで食べたものもご披露したいのですが、なにぶん未だに2020年なんぞの旅行記に手間取ってるので、五年後くらいになりそうです(T-T )
アイスクリームも、パンも、たーーーーっくさん食べましたね♪♪
眼福でした(*・ω・)
てつやんでしたはい♪
現役世代真っただ中、1秒を争う世界に住んでおられるてつやん氏からのエール、申し訳ない思いで心に響きます。ありがたいことです。
When? Why?とたくさんの?が頭に。なぜかPolandとはずいぶん遠い位置におられるような方と勝手に。艱難辛苦を自ら作るWild系疾走旅(ジュニアとご一緒でない場合)派と。
失礼しました。旅の幅の豊かな方は、尊敬します。
うふふ、あの鰯の油の浸みた紙パッケージは大切に持ち帰り、目の前に置き、たまらなく恋しく思っています。違うんです。ポルトガルやシチリア、金沢、紀州の鰯と。バルト海の別次元の豊かさ、実感。
その味さえ、見抜いてくださいました。感謝に堪えません。キッチンカーの中の売り手の女性は、漁師の女将さんにちがいないと判断する顔色艶、貫禄でした。
あの午後しか会えませんでした。4日間もうろちょろしたのに。2024年07月17日22時51分 返信する -
素手でゆく旅の喜びと苦労
sallyさん、いつもエールをありがとうございます。
誰かに届く4travel日記の醍醐味です。
スマホは、日常もほぼ使いませんし、うまく使えないんです。覚えようとしないと
家族に叱られています。でも、今回必要と分かって持参したものの・・・
当日にチェックイン方法連絡というのに、困惑、フンガイ、落ち込み。
おかげで、トラブルによる出会い多く、それも旅の価値だなあと無事帰国できて
しみじみ。
年齢的に大事にされると分かって、甘えていますねえ。
脱皮できた実感、今回ひときわです。いつも以上に友人も手に入れました。
旅の神様のご褒美です。大事にします。 -
32℃ですか!
なんか 奈良盆地=暑い って言うイメージありますよね。もうすっかり夏ですね。
深掘りして感慨に浸る Kazukoさんの洞察、観察、そして旅心には、いつもウ~ムと感心させられっぱなし。 ワシの薄っぺらい旅行とは比較にならない新たな視点に、たくさん気付かされる思いです。
もう少し時間と心にゆとりを持って旅せにゃぁいかんと反省しつつも、節穴の目ではどうしようもない。 Kazukoさんの様な心眼が欲しいなぁ。でもこればかりは無理だなぁ。ただただ憧れるばかりです。
あ、団子、残念でしたね。新たな人生のミッション
エフサ師匠!
弟子の考えを聞いていただきたい。
どの旅も素敵なんです。どの旅も。私は、ポシェットごと引き倒され、ピソ(スペインのアパート)の鍵もカメラも盗まれ、膝小僧をすりむいて、おまわりさんが優しく手当てしてくれたり、コロンボの空港ではオーヴァーブッキング(日本でチケット購入)だと言われ、1昼夜、目途もなくロビーで過ごしても、それでもあの時しかできなかったこと、出会えなかったことがたくさん。失敗も全て愛しい。だから、「私の旅」は、手放さない。多分、これについては、世の多くの旅人は賛同してくれる自信がある。
パック旅行でも弾丸旅でも、旅する人にとって、その時のかけがえのない旅。ご自分が選んでいるにもかかわらず、“旅”に不満を持つなんて、“旅”がかわいそう。勿体ない。
師匠の今の旅は、ご自身にとって最高最適だと思うんです。(不遜な進言と思いつつ)
私は、心眼会得に勤めます。そのプロセスを味わいます。例え未完に終わると分かっていても。
いつもエールを感謝します。今年の北の大地行ルートは、昨夏帰りの機中で決めました。内緒です。自力で決定。いよいよ1本立ち北海道旅。2024年06月20日17時26分 返信するRe: 32℃ですか!
言葉とは難しいものですね。
書いた本人の意図しない方向へどんどん一人歩きしてしまう。
Kazukoさんの言葉、 稚拙な表現しか出来ない自分への戒めとします。2024年06月21日06時04分 返信する -
今井町
mom Kさん おはようございます。
小説家のような文章に心動かされました。
もう50年くらい前になるでしょうか、テレビで奈良県五条町というところをリポートしていました。画面には本物の昔が写っていました。
旅慣れない私たちでしたが、一週間もたたないうちに、この五条町を見るだけのために出かけました。正月の元旦か、二日目だったか。朝の町は、正月のせいか、まだ時間が早いせいか、人通りはなくあっという間に見終わりました。
ただ年配の上品なご婦人が自宅に誘ってくださったのに、辞退したのは残念でした。
このころ今井町を知っていたら、きっと訪ねたに違いないのですが、これも残念です。今井町は是非行ってみたい所にだいぶ前からリストアップしております。
概要がわかって大変参考になりました。
pedarupedaruさんの「残念」の輝き
おそれいります。
何より、pedaruさんの半世紀を超えての旅の後悔を蘇らせられたのなら、本旅行記の価値があったというものです。
私の場合も観光対象そのものでなく、その時はどのように出合い、何に最も心動かされたかを記録にとどめたい。その旅をまるで飴玉を舌に転がしているように、長く味わいたい。そのためなんです。できるだけ自分の心象に合う言葉を探しているだけなんです。pedaruさんは、そこを読み取ってくださったのですね。ありがたいです。
pedaruさんが、奇しくも「残念」と言われておられることも、喜びとともに私には旅の素敵な記録。それに支えられてこそ、新たな出合いがかけがえのないものになる。そう思っています。
世界には、「本物の昔」がまだまだたくさん。簡単には出会えない。自身の旅の感度をupさせ、お互い健康健脚を心がけたいものですね。感謝します。2024年06月20日04時35分 返信する -
えっ、えっ、えびめし…
mom Kさま
台南、最高ですね♪♪
朝御飯のお店、これヤバいすね。
えびめし?
何なんすかこれ?
写真なのに美味しい(笑)
台南行ったことがなくて、台東とともにいつか行かなきゃなんないと思って数十年…。
台湾のお友達に恵まれた良い旅を拝見させて頂きました。
やっぱそういう繋がりがないと、こういうたびになりませんよね…?
うーん、私に出来そうもない。
てつやんでしたてつやんさんこそ
おできになります!!!本表紙写真の並びに納まります。私がどんなに願おうと叶わない世界。
イタリアならパレルモ、台湾なら台南は、私の不動です。食に外れのない街。最も多数派レベルの高い街。
台湾歴は長いのですが、台南歴はまだ10年。やっと東區に出会えました。もう死ぬまで、仁和路に通う決心。なぜ100Mほどの通りに個人店の美味しいが、早朝からひしめいているか。その謎を追求したい。台南市内歴史的地区はくまなく歩いているつもりですが、この手の食堂は、全く見ていません。(10年前まで神農街近くで1店在ったが消えました。)
貴日記でしばらくHavana恋がうずいていました。飛行時間とお金を台湾の10倍費やしてもいいかと考えたら、その思いを断ち切れました。
てつやんさんのキューバ旅日記は貴重です。彼の街に会いたくなったら、あのホテルの窓辺に脳内再訪させてもらいます。それに、恋焦がれた街に行かなかった、想い続けるのもいいなあと思っています。ハバナとブエノスアイレスだけです。
仁和路”康是美仁和門市”(ドラッグ&コスメ店)をタクシーで目指してください。この向かいに私が最初に行った朝食店があります。その並びの朝食自助餮は超お奨め。戻りの台南駅や市中へは、台南市民病院前からのバスが楽しいです。
台南行を仁和路から始めるって、最高の基本形だと思います。
健闘を祈ります。
2024年06月08日08時48分 返信する -
黒島
mom Kさん おはようございます。
写真は不思議なもので、物の形を映すだけでなく、空気感迄切り取るのですね、と言っても今日この旅行記を見て知りました。
>落ち着いた暮らしの気配が漂っている。
小値賀の小路から小路へと歩き周る。
これですよ、これ、気配が漂っているのがわかります。ごく平凡な小道、そこを歩く幸せ感まで伝わってきました。
pedaru嬉しくて
pedaruさん、半年以上前のことなのに、黒島がひょいと心に浮かぶのです。どこにも誰にも登場しない、五島の北の小さな島につながった小さな小さな島。少しお散歩しただけなのに、”あの落ち着いた暮らしの気配”は、何なんだろう。思い出だけで愛しさをおぼえます。
先週、友人が5月5日付の日経日曜版五島特集記事を送ってくれました。そこには、私が感じていたことの正体が書かれているだけでなく、名前がなくても、あの半泊教会の守り人と思われる女性が写真に登場。福江の宿の女将さんに半泊教会のことをあとで聞いていたので、イメージだけは持っていました。
少しためらった旅日記掲載ですが、書いてよかった。せめてトラベラーさんたちに、「こんな島ありますよ」と伝えたかった。pedaruさんが、こんなにも私の気持ち以上に受け止めてくださってうれしいです。
小値賀は、カーン氏もプロデュースに入られて全国的に有名になりつつありますね。よそ者の勝手な言い分ですが、黒島だけはあのままでいて欲しいと思います。
pedaruさん、ありがとう。今日もよい日を!2024年05月22日06時55分 返信する -
郷愁
mom Kさん
台湾の中でも台南は、特にノスタルジックな街ですよね。
歴史的建造物をリノベしたおしゃれなショップやゲストハウスが増えて、
古さと新しさを上手く融合させていると思います。
古いタイルや鉄格子をあしらった昔ながらの住宅があって裏道に入ると、
ちょっとした冒険心をくすぐられます。一青妙さんのエッセイや、一青窈さんの
名曲ハナミズキのMVにも登場し、曲の世界観にピッタリな感じがします。
写真にあった吉品の紅豆餅食べたことあります。
空飛ぶ円盤型の今川焼に、気持ちだけ昔に戻りました。
技術の進歩は止まることを知らず、TSMCは世界をリードする2nm半導体を
生み出しています。しかし、いつの日か、私たちはこの2nmの半導体を
眺めながら、遠い昔を懐かしむのかもしれません。
技術が進化しても、人々の心に残る郷愁は変わらないのでしょうね。人間性のバランスはどこから
おはようございます、ももであさん。
何かを育む土地柄というものが存在しますね。不思議なもので、その街に降り立った瞬間、「あっ、ここ違う。」と感じられるようになりました。その街が志向しているものが、建物や道筋、看板のネーミングと人々の営みなどで垣間見えることがあります。私の好みであったりすると、飛び上がるほどうれしくなります。
発達や進化、便利は、無条件に素晴らしいものとは思いません。むしろ、最近はそのことで損なわれていることに目がいくようになりました。「選ぶ」とは「捨てる」ことを伴っている自覚も、年々強くなっています。
日常の暮らしもこのごろなんだかんだと、"不便”がキーワード。
掃除機が壊れました。買わなくてはと思いながら、品選びを億劫がっていた年末以来。先日ひょいと目に入った実家の遺物座敷箒を使ってみたところ、なんと驚く優れもの。ひさしぶりに「掃き出す」という日本語を思い出しました。畳の隅、障子の桟、押入れの敷居もらくらく。シャッ、シャッという音の小気味よさ。半世紀を越えて蘇らせた満足感も感じながら、人格を育てるのは、案外こんな営みかもしれないなあと思ったり。私には大発見でした。2024年05月06日09時39分 返信する -
ペナン島の歴史的ホテル
mom Kさん初めまして♪
ペナン島のE&Oは 古くて魅力溢れる歴史的なホテルなのですね。
詩情溢れるmom K さんの文章で、このホテルの魅力が一層引き立つ様に感じました。
以前からインドネシアのマジャパヒトホテルと共に、いつかは宿泊してみたいと憧れているホテルです。
しかし時の流れと共に、良くも悪くも変わっていってしまう…
だからこそ「古き良き」時代の雰囲気を味わったmom Kさんの経験はとても貴重ですね!
これからも他とは少し違った視点からの旅行記、楽しみにしています。
それではまた(╹◡╹)♡
ondine24
Re: ペナン島の歴史的ホテル
早速調べました。サーキーズ兄弟が手掛けているホテルですから、E&Oと似ているはず。マジャパヒト王国から名がつけられているようで、もう目がランラン、興味津々。
インドネシアは、本島には訪れていないんです。昔、マラッカ港からのスラバヤ行表示を見て、ちらっとは考えたんです。
昔のイポー駅と旧KL駅隣接で、オリエント急行客御用達のマジェスティックホテルが、修繕程度ままのスタイルでありました。2006年ごろまでです。1泊Rm.70
ぐらいで、ホテルがかわいそうなくらいのお値段。つぶさに写真を撮ってくればよかったと、後悔しきり。この世から消えました。
マレーシアは、そのころどんどん建築破壊が始まり、新しさを誇り始めました。
ニースのネグレスコホテルもかろうじて間に合ったのが30年前です。
だからだからご紹介のホテルは、とてもうれしいです。生きる目標ができました。必ず行きます。
ondine24さん、我が旅日記へのエールにも重ねて感謝します。2024年04月08日11時05分 返信するRe: ペナン島の歴史的ホテル
早速のメッセージ、ありがとうございます。大変嬉しく拝見しました。
KLの方のマジェスティックホテルには、2019年に一度宿泊しました。
昔の雰囲気を残すマジェスティックウィングの宿泊でした。
アガサクリスティの世界にタイムスリップした錯覚に陥ってしまいました。
猫足の
だけどそれも、改築後の新しいものだったのですね。
あ~、2006年以前に泊まってみたかった!
2024年04月08日13時56分 返信するRe: ペナン島の歴史的ホテル
済みません編集の途中で送信してしまった様です。
フォローさせていただきますね。
今後もどうぞ宜しくお願いします。
ondine242024年04月08日13時59分 返信する元のKLマジェスティックHは
廊下は雨漏りの跡、ほぼ宿泊者なく、幽霊屋敷さながら。1か月貸しもしていて、知人はアパートが見つかるまで、滞在していました。確か2004年時で3万円ぐらい(JWマリオットで1泊RM.300の頃)だったか。もしかしたらRM.1000しなかったかもしれません。外観と食堂が当時のままと知り、泊まってみたら、エレベーターに家賃が貼られていて、彼に教えたのです。駅隣接だから。
二つに分かれている広い部屋に古びたバスタブ。カーペットはシミだらけ。壁もタイルもはがれたまま。夜の物音にドキドキしました。ただ廊下は、それぞれの部屋へは短い橋のようになっていて、私のコンドミニアムのデザインはここから来たのかもと思いました。中廊下から空が見えます。(「私的クアラルンプール」に登場させています)
ですから、ondine24さんのイメージを超える古色蒼然以下の廃ホテルさながらでしたよ。それだけに往時へ想像力を発揮したかけがえのない体験泊でした。
全て朽ちるがまま、やむなく”管理”している空気でした。
新しくできたのですね。次のKL行では、せめてお茶に訪れたいと思います。2024年04月09日18時22分 返信する



